パンドラの番人

 25話の捏造後日談(シリアス)です。
 ミレイ好きさん&ニーナ嫌いさん回れ右的な内容なのでご注意下さい。

 私はゼロを許さない。

 多分、一生・・・・・・・・・



 * * *



 急な呼び出しだった。
 TVで朗らかな笑顔を彩る人気キャスターとして活躍しているミレイちゃんからの電話に私は不安に思った。
 以前私が、中華連邦の天子とブリタニア帝国の第一皇子の婚姻を祝うパーティーであれほど詰ったにも関わらず終始冷静に受け止めて自分を制したミレイちゃんが、これ以上ないくらいに取り乱した声で命令したのだ。

【来なさい! 今直ぐにっ!!!】

 理由は何も言わなかった。
 けれど従わなければミレイちゃんの心が壊れる。
 そう思って指定されたTV局へと赴いた。
 窓口の案内で行った先には何人かのスタッフと、その中心にミレイちゃんが待ち構えていた。
 何人かは暗い表情で、一部高揚した心を抑え切れないといった表情で私を見る人がいた。
 誰も何も言わない。
 ドアが閉められ窓にもカーテンが引かれる。
 密室で何が起こるのか、訳がわからず私はただ怯えていた。
 怖かったのだ。
 ミレイちゃんが私を見る目が。
 突き刺し、突き通るような鋭い視線が。
 今までの優しいミレイちゃんがいなくなったようで怖かった。
 立ち尽くす私にミレイちゃんは漸く口を開いた。

「先に来たのはニーナだったのね。良いわ。話を始めましょう。」
「ミレイ・・・ちゃん?」

 尖った声も今まで聞いた事がない。
 耳を通して胸の中に突き刺さるような声に私は一歩後ずさる。

「ニーナは知っていたの?」
「な・・・にを? ミレイちゃん、何の話をしてるの。」

 わからない。いきなりミレイちゃんが私に問う。
 その質問の意味が私には何もわからなかった。

「ルルーシュが、ルルーシュ達がやろうとしていた事を貴女は知っていたの!?」

 何故!?

 ただその言葉が私の頭の中を埋め尽くす。
 ゼロレクイエムは誰にも知られてはいけない。
 知られればルルーシュの思いが全て無になってしまう。それまで犠牲になった命全てが意味のないものになってしまう。
 だから関係者は全員口を噤んだ。
 私達だけじゃない。最後の瞬間に全てを知った黒の騎士団も、ゼロも、ルルーシュを最も愛しているだろうナナリーさえ話す事はない。
 何処から情報が漏れたのか。
 身の凍る思いで私も問う。
 ミレイちゃんが何処まで知っているのか。それは一体何故なのか。

「ミレイちゃんは、何が言いたいの?
 話して。ミレイちゃんが知っている事を全部。
 そして、私に何を訊きたいのか。」
「とぼけないで! 知っていたんでしょう!?
 知っていたから協力したんでしょう!!
 何で止めなかったの。何故止めてくれなかったのよぉっ!!!」

 泣き叫ぶミレイちゃんに私は言葉を失った。
 私にしがみつきながら、私の胸を叩く手。
 痛かった。
 心が、昔の私を見ているみたいでとても痛い。
 締め付けられるこの思い。苦しくて悲しくて誰かに助けてもらいたかったあの時と同じ。
 ユーフェミア様を失って、私はゼロを憎んだ。
 そして今、ミレイちゃんは私を責める。
 けれど答えるわけにはいかない。必死に動揺を悟られないようにミレイちゃんの後ろに控えていたTVスタッフへ助けを求めるように振り仰ぐと、悲痛な表情で一人のスタッフが進み出た。

「今度の・・・・・・世界同盟条約成立に合わせて、英雄ゼロを讃える番組を作っていたんだ。
 あの日、悪逆皇帝ルルーシュの最期を間近でカメラに捉えていたのは此処のTV局だけだったから。
 映像を編集してルルーシュが討たれる瞬間をクローズアップした時、ミレイちゃんが気づいたんだ。」

 ゼロに貫かれる直前のルルーシュの微笑みに

 告げられた瞬間、唇を噛み締めた。
 ほんの僅かの、ルルーシュが本来の自分に戻った瞬間に彼らは気づいてしまった。

「優しい、顔をしていた。とても綺麗で、暖かな・・・。」
「それが・・・何故私を呼び出す事に繋がるんですか?」

 悟られてはいけない。
 気づかせてはいけない。
 必死に言い聞かせて言葉を選ぶ。
 けれど何処かでわかっていた。私を呼び出した時点で既に彼らは何かを掴んでいたのだ。
 あの日、私は牢に閉じ込められていた。
 だから何も見ていない。ルルーシュの覚悟を知っていたから死の恐怖に怯えることなく皆と話をしていた。

 胸が痛まないわけではなかったけれど

「あんな笑みを浮かべて殺される人間が、本当は何を考えていたのか確認したくなるのは人の性だろう。
 俺達は知りたかった。彼が何を考えていたのか。
 ゼロの剣に貫かれながら何か話しているのに気づいた俺達は読唇術で彼が何を言っているのかわからないかと、唇を読める人間を探した。
 映像は荒く、角度の問題もあり読み取り辛かったが・・・恐らく間違いはないだろう。」

 嗚呼、なんて余計な事をしてくれたのだろう。
 知られてはいけないのに。しかもゼロレクイエムが成って一年も経っていない。
 
 知られても平和が続くように私達は頑張らなくてはいけないの。
 そうでなければ『彼ら』が救われない。

「『これはお前にとっても罰だ・・・。』」

 語られ始める言葉はルルーシュがゼロに告げただろう言葉。
 ルルーシュがゼロに何を託したのか、彼を殺したゼロが何者なのかが知られてしまった。
 知られてはいけなかったのに!

「・・・ルルーシュは世界中を騙した。そして人々の憎しみを煽って死んでいった。
 何故? ・・・何故彼がそんなことしなくてはいけなかったのよ!
 何で約束を果たしに戻ってきてくれなかったの・・・。」

 彼らは知ってしまった。完全にではないけれど、この情報が外に漏れれば必死になって作った世界は優しくなる前に消えてしまう。
 それだけは許容出来なかった私は、話す事にした。全てではないけれど・・・。

「憎しみを集める必要があったの。」
「だったら他にも方法はあるでしょう!?」
「・・・あの方法以外、ルルーシュには選べなかったの。
 早く優しい世界へと変える為には沢山の犠牲が必要だった。
 だって世界は、ブリタニア帝国はどうしようもないくらいに歪んでいたのだから。
 98代皇帝シャルル陛下のエリア拡大とブリタニア人優遇処置により差別意識と選民意識がブリタニア国民に深く浸透していた。だからルルーシュはまず差別意識を壊す為に貴族制度の撤廃を行う必要があると考えた。同時にブリタニア国民の憎しみを集める為にエリア開放を行う必要があった。
 それが出来るのはブリタニア皇帝だけ。その後には世界中からの憎まれる必要があった。
 ルルーシュが軍事力を盾に超合衆国に参加させろと迫ったのはそれが理由。
 各国の代表を人質に世界中を敵に回した。ダモクレスによる世界の管理を防ぐ為にも力が必要だった。
 フレイアの恐怖で世界が、人々が怯える日々を過ごさなくて済む様に。最後にフレイアを使ったのは自分が悪いのだとはっきり示す事で世界を纏める為。」
「・・・・・・なんでルルーシュなの・・・・・・・・・。」
「世界を纏めるには正義が示されなくてはいけない。誰の目から見てもわかる絶対的な正義が。
 けれど絶対的な正義なんて存在しない。正義を作る為には絶対的な悪が存在しなくてはいけない。
 善意と悪意が表裏一体であるように。正義と悪は一枚のカードの裏表。
 だからルルーシュは絶対的な悪があると見せかける為に・・・・。」
「それを貴方達は認めたの!?
 その為にどれほど多くの犠牲が出たかわかってて言えるの!!?」
「それまでに、ルルーシュが決意するまでにも世界中では人が死んでいた。
 世界の歪みの犠牲になって、優しい世界なんて作れるわけがないと示す様に。
 ルルーシュは優し過ぎて、残酷で、そんな世界なのに愛してしまったの。
 世界が自分を否定しても、傷つけられても、誰かの笑顔を望んでしまう人だったから。
 ミレイちゃんだって知っているでしょう? ルルーシュがどんな人なのか。」
「だけど世界は彼を知らない! 今もルルーシュを傷つける!!
 お墓だってないのよ。世界が認めなかった。彼を葬る事を許さなかった。
 いやよ。私は認めない。認めたくない。あの映像を見るまでも信じ切れなかった。ルルーシュが変わってしまったなんて。」
「変わってないよ。」
「そうよ! 優しいままだった。
 なのに彼は死んだ。いやよこんなの! 絶対イヤっ!!!
 ルルーシュのいない世界なんていらない! どんなに世界が優しくなっても彼のいない未来なんていらない!
 何で止めてくれなかったのよ。何で! 何でよぉっ!!!」

 号泣するミレイちゃんの言葉が痛い。
 嗚呼、彼はこの痛みに耐えたんだ。
 ううん、違う。
 彼はもっと痛かった。
 きっと・・・・・・

「友達だから・・・彼が望んだから。」
「嘘よっ! ニーナはユーフェミア様の敵であるゼロを憎んでたじゃない!!
 ルルーシュがゼロだったんでしょう!?
 だから彼が死ぬシナリオに同意したんでしょう!!!」
「それにも、気づいちゃったんだ。
 そうね。ミレイちゃん、そういうところでは鋭かったから。」
「ルルーシュはゼロのナイトメア蜃気楼に乗っていた。
 それにゼロを殺せるのは、ゼロだけよ。
 ゼロを蘇らせる事が出来るのも、ゼロだけ・・・・・・。」
「そうだよ。私はゼロを憎んでる。今も許していない。
 これからも許さない。多分、一生。」
「ニーナ!」
「でも、ルルーシュは友達だから。」

 胸が痛い。
 私は笑えてる?
 優しく、話せてる?

「とても大切な、友達だったから。」

 彼の覚悟も知っていた。
 全て話してくれた。
 ギアスの事も、何故ユーフェミア様が変わってしまったのか、何故彼がユーフェミア様を撃ったのか。
 事実ではなく、真実そのままに話してくれたから。
 言い訳にしかならないと誰もが思う。
 スザクは教えてくれた。自分がどれほど問い詰めても一ヶ月前に、シャルル皇帝陛下を消滅させたあの日まで教えてはくれなかったのだと。
 真実を話す事はなかったのだと。
 私はルルーシュの話を信じる事にした。
 自分がゼロだと明かしてでも私に助けを求める彼の言葉に嘘はないと感じたから。
 そしてもう一つ、教えてくれた事がある。
 けど私には言えない。一生ミレイちゃんとリヴァルには秘密にすると決めたから。

「ルルーシュは、ルルーシュのままだったから。
 だから、手を貸したの。」
「本当に友達だと思うのなら止めるべきだった!」
「そうかもしれない。けれど私にはこの方法が一番だと言うルルーシュの言葉が正しいと思えた。」

 ミレイちゃんの手が私の腕から外される。
 見上げてくるミレイちゃんの目に憎悪の光が混じっていた。

「私は、彼がいない世界なんて認めない。」
「認めてあげて。」
「彼を犠牲にして存在する未来なんて認めない。」
「彼が望んだ未来だよ。」
「ゼロを許さない。彼を殺したアイツを!」
「許さなくていい。憎んでいいよ。」

 一瞬、虚を突かれたようにミレイちゃんの声が途切れた。
 憎しみを肯定されると思わなかった?
 でもね。私は知っているの。
 憎しみが生きる力にもなるって。
 私はゼロを憎む事でユーフェミア様のいない世界を生きてこれた。
 この先も憎み続けながら生きると思う。

「ミレイちゃんはルルーシュが好きだったんだよね。」

 きっと、本当はシャーリーに渡したくないくらいに。
 だけどミレイちゃんは優しいから。
 皆の笑顔を望む人だったから。

「だったら憎めばいい。ゼロを。
 私もゼロを憎んで生きていく。一生許さない。」
「何でよ。ゼロはっ!」
「ゼロは正体不明の英雄で、私達にとっては大切な人達を奪った殺人者。
 だってそうでしょう?
 ゼロは私から、私達から大切な人達を奪ったの。
 ユーフェミア様もルルーシュも、スザクだってゼロに存在を抹消された。」

 憎めばいい。
 ゼロという名の記号を。
 人は弱いから。悲しいほどに脆いものだから。
 ルルーシュは心の強く優しい人だった。
 私は強くない。弱いの。誰かを憎まなくては生きていけないほどに弱い人間だから。
 だから私はミレイちゃんを抱き締めよう。
 震える身体が心に痛い。ミレイちゃんの涙が毒の様に私の心を蝕む。
 それでも助けたかった。
 だってミレイちゃんも私の大切な人だから。

「・・・世界の平和と引き換えに彼が還ってくるなら、私はきっとそれを望む。」
「けど、ルルーシュは戻ってこない。それを望まない。」
「知らなければ生きていけたのに。
 ・・・・・・ゼロを憎めても立てない。前に進めない。」
「なら、私も憎めばいい。
 ゼロだけじゃ足りないなら、知っていて止めなかった私を。」

 突然ミレイちゃんが顔を上げた。
 ミレイちゃんの驚く顔が痛かった心を鎮めていく。

「大丈夫。私にはルルーシュの様に世界中の憎しみを受け止める事はできないけど、ミレイちゃん一人の憎しみなら受け止められるよ。」
「ニーナ・・・。」

 本当はミレイちゃん一人じゃない。
 今はルルーシュに集まっている憎しみは、いつか拡散し色んなものへと向けられるだろう。
 その一つにフレイヤを作った私がいないわけがない。
 人は変化を求めるから。
 変わらない明日なんてないから、きっとルルーシュに集まっている憎しみも変化を帯びていく。
 だから私達は急がなくてはいけない。
 世界が変わり切ってしまう前に、彼が指し示してくれた世界を作り上げる為に。
 彼は信じてくれたの。最後の最後で私達が彼の想いを継いでくれるって。
 スザク一人でゼロは演じ切れない。サポートする人が必要だから。

 カタン・・・・・・

 音共にドアが開く。
 私の予想通りの人がそこにいた。

「カレン、遅かったね。」
「本当はニーナの直ぐ後に着いていたわ。」

 無表情のままカレンは部屋の中へと入ってくる。
 服はアッシュフォード学園の制服。首に下げられた赤い紅蓮弐式の起動キーが彼女の想いの象徴のように思えた。
 きっとカレンはドア越しに此処にいるスタッフが真実に気づいてしまったと知り、動いたんだ。
 私の推測を肯定する様に一人、続いて入ってくる。

「ヴィレッタ先生・・・・・・。」

 ミレイちゃんが驚いた様子で呼びかける褐色の肌の女性。
 知識では知っている。現日本国首相の妻。
 臨月間近らしく大きなお腹を抱えながら入ってくる女性に私は頷き、ミレイちゃんの身体を彼女の方へ押し出した。
 戸惑いの表情のままミレイちゃんは私を見て、直ぐに俯き呟くような声で言った。

「ごめんね。ニーナ。」

 わかってる。ミレイちゃんが何を後悔しているのか。
 きっと全部に対してなんだろうね。
 今の私だけじゃない。ユーフェミア様を失った時の私に対しても。

「・・・・・・ミレイちゃん。大好きだよ。
 だから、直ぐには無理でも笑って。
 私も笑って明日を迎えられるように頑張るから。」

 咄嗟に答えが出ないのかミレイちゃんは声を詰まらせる。
 そんな彼女の腕を引っ張り身重の女性は部屋を出て行きながらミレイちゃんに話しかける。

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの墓はないがロロの墓はある。」
「・・・っロロも、もういないんですね。」
「ルルーシュが墓の在り処を言い残した。案内しよう。」

 言って彼女は私達に目配せした。
 私もカレンも心得たように頷きドアが完全に閉められるのを待つ。
 微かに聞こえる足音が完全に消えるまで待って私はカレンに問いかけた。

「・・・ロロって誰?」
「ブラックリベリオンの後、ニーナがいなくなってからアッシュフォード学園は98代皇帝が支配していたのよ。
 記憶を奪われたルルーシュは一年間、いなくなったナナリーの代わりに監視役の少年を弟と信じて一緒に暮らしていたそうよ。」
「話には聞いていたけど、本当に記憶がないんだね。ミレイちゃんも、リヴァルも。」

 ミレイちゃん達には話せない秘密。
 自分の記憶が書き換えられているなんて、想い出を傷つけられているなんて、知らない方がいい。
 これ以上二人を傷つけたくないと言ったルルーシュの気持ちは私にもわかる。
 だからルルーシュは二人の記憶を刺激しないように私に教えてくれた。
 この世界は歪んでいた。そんな中、世界を変えようとしたルルーシュを目の前にいる彼らはどう思っているんだろう。
 彼らはミレイちゃんと私の会話を静かに聴いていた。
 声を発することなく、聞き漏らすことのないよう私達を見つめていた。
 自然と表情が険しくなる。
 私は手を握り締め自分を奮い立たせた。
 戦うために。

「私達が何を望んでいるか・・・わかりますね?」
「番組の製作中止なら俺達もそのつもりだ。」
「それだけではありません。皇帝ルルーシュが映っている映像データ及びルルーシュに関する資料、そして番組制作に関わった全てのスタッフのリストを提出してもらいます。
 勿論、映像データや資料はマスターとコピー全ての両方を出して下さい。
 ルルーシュに関するデータを外部に持ち出してはいませんね?
 データ転送等、外部サーバを介しての移動をしているようでしたら事実確認をさせてもらいます。
 ああ、編集に使ったパソコンも全て提出してもらいます。それが出来ないようでしたら私がデータを復元出来ないようにこの場でクラッキングしますので。」
「なっ!?」

 スタッフの一人が驚いた様子で声を上げた。
 他のスタッフは苦い顔をしながらも頷き、番組制作の中心人物と思われる男性スタッフが進み出て私に答える。

「わかった。直ぐに用意しよう。」
「何言ってんだよ!? これはとんでもない真実なんだぞ!!?
 これを放映すれば世界中からの注目を集める事間違いなしのネタだってのに何だって手放すんだよ。
 俺は反対だ。絶対に番組を作って放映すべきだ。」

 一人、反対意見がいるようだけど問題はないだろう。
 他のスタッフは相変わらず暗い表情のままだ。
 多分、彼らは理解しているんだ。ルルーシュの真実を世界が知る事によって起こる混乱を。
 自分達がパンドラの箱を見つけてしまったんだって事を。

「ルルーシュの真実を知らせれば世界中が混乱する。
 今、彼を憎む事で生きる力としている人達がこれを知ればどうなる?」
「っ・・・けど!」
「それとも貴方がルルーシュの代わりに世界中の憎しみを受ける存在になりますか?
 方法が全く無いわけではありません。」

 嗚呼、私は今どんな顔をしているんだろう。
 自分達の名を売るチャンスだと目の色を変えるスタッフが私を苛立たせる。
 彼は世界を愛し世界を守ろうとした。
 だけどその世界を生きる人が皆善人というわけではない。
 ルルーシュもそれは理解していただろうけれど、私は納得出来ない。
 こんな人の為に貴方が死んだなんて思いたくない。

「協力が必要だと言うのなら私も力を貸すわ。」
「カレン・・・。」
「私は黒の騎士団零番隊隊長。ゼロの騎士よ。」

 カレンの鋭い視線がゴネるスタッフに突き刺さる。
 炎の様な怒りがカレンを取り巻いている。
 ナイト・オブ・ゼロ、枢木スザクを倒したパイロット。
 戦士の目をしたカレンに怯えてスタッフが後ずさる。

「諦めろ。」
「でもよぉ!」
「お願いだからこれ以上俺を・・・俺達を情けない大人にしないでくれ。」

 情けない大人?
 言葉の意味がわからず私が戸惑っているのに気づいたのだろう。
 ずっと黙り込んでいた女性スタッフが語り始めた。

「ミレイちゃんの取り乱し方を見れば自分が情けなくもなるわ。
 貴方は今幾つ?」
「・・・・・・18です。」
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと枢木スザクも同じ年だったわね。」
「はい・・・・・・。」
「まだ十代の貴方達を追い詰めたのは世界で、その世界を容認していたのは私達大人よ。
 心の何処かでこんな世界間違っているとわかっていながら変えられなかった。
 結果、彼を悪逆皇帝の道へと導いてしまった。
 若さゆえに取れた方法とも言える。
 だけどそんな言い訳で自分を許したくないのよ。
 せめて、彼が必死に作ってくれたチャンスを守りたい。」
「だが忘れないでくれ。ルルーシュによって多くの人が殺された事もまた事実だ。」
「わかっています。」

 だからルルーシュは罪と向き合った。
 ゼロの裁きの剣を微笑みと共に受け入れた。
 それが正しい方法だったのかは今もわからない。
 絶対の正義が無いように絶対に正しい方法も存在しないのだろう。
 私達はより良い方法を探して足掻くだけだ。

「資料は全てこの部屋に集めてある。外部への持ち出しはない。
 君達に全て預けよう。
 スタッフリストはこれから作るよ。」
「部屋の外に私の仲間がいます。彼らの指示に従って下さい。
 失礼ながら身体検査も受けて頂きます。」
「疑り深いな。だがその慎重さはこれからも必要だ。頑張りなさい。」
「ご理解頂き有難うございます。お言葉、深く受け止めます。」

 カレンの言葉を受けてスタッフ全員が一斉に部屋の外へと向かう。
 先程ゴネていたスタッフが名残惜しそうに部屋を振り返り、仲間に腕を引っ張られ渋々と出て行った。
 要注意人物として暫く監視が必要になるだろう。
 だけどそれは黒の騎士団の、ゼロの仕事だ。
 私は私の仕事をするだけ。
 部屋の奥にあるパソコンを立ち上げ、私はデータのチェックを始めた。
 その傍らでカレンが書類のないよう確認を始める。
 沈黙が支配する部屋の中、私はずっと気になっていた事を思い出しカレンに問いかけた。

「カレンは泣かないんだね。」

 ミレイちゃんは泣いていたのに。
 単純な疑問だった。
 答えが無くても構わない程度の疑問。
 声が返ってくることはないと思いながらデータの確認を続ける私の耳に、カレンの声が響く。

「私には泣く資格がないから。」
「・・・ナナリーが泣かないから?」

 ルルーシュの遺体から引き剥がされたナナリーは涙など枯れ果てたといった様子で目元を荒らし無表情のまま座り込んでいた。
 こんな状態で本当に次の皇帝になれるのだろうか。
 そんな不安を抱いたけれど、翌日ナナリーは微笑みを浮かべていた。

「泣き暮らしたいだろうあの子が泣かないのは、笑っていることだけがルルーシュに返せる唯一の事だからよ。」

 カレンの言葉にキーボードを打つ手が一瞬止まる。
 わかってた。
 ナナリーの笑顔がルルーシュへの愛の証だと。
 ナナリーが強いと知っていたからルルーシュは自分の道を進めた。
 でもね、本当はそんなに強くない。あの笑顔はルルーシュへの愛であると同時に精一杯の強がりなの。
 私はそれを知っている。

「私は二度も彼を裏切った。三度目は許されない。
 彼が開いてくれた未来を笑って生き抜く事が私に出来ることだから。
 ルルーシュがいつか帰ろうと言った学園を卒業して、私は未来を生きる。
 もしも願いが叶うなら、私は彼に逢いたい。今も逢いたい。彼の胸で泣きたい。」

 自嘲の笑みを浮かべるカレンにまた胸が痛くなる。
 やっぱりルルーシュは残酷だ。皆、貴方を愛していたのに。一人逝ってしまった。
 叶うなら私も泣きたい。
 でも泣いたら貴方は悲しむでしょう?
 貴方が悲しむのは嫌なの。

 ぴーっ

 パソコンのハードディスクに残っていたデータを完全に破壊した事を知らせる電子音が鳴る。
 念の為、局内のサーバーコンピュータに侵入して確認したがスタッフの言う通り外部への持ち出しの痕跡は無い。
 かしゃん、と音を立ててパソコンの中からディスクが出てくる。
 これがルルーシュの最期を記録する唯一のデータ。
 書類は燃やして灰を完全に砕けば読み取る事は出来ないだろう。

「データ。完全に抹消しないの?」

 カレンの言葉に心が揺らぐ。
 ルルーシュの真実は知られてはならない。
 わかっていてデータを抹消出来ない私は弱い。

「私は弱いの。」

 だから私はパンドラの番人になろう。
 これもまた生きる糧になる。



 * * *



 パンドラという名の災厄を齎すディスクを抱き締める毎日。

 胸の痛みを伴う世界で、私はパンドラから解放される日まで生き続ける。

 私はゼロを許さない。

 多分、一生・・・この胸の痛みが続く限り。

 『生』という名の戦いを勝ち続けるには憎しみが必要。

 だけど同時に気づく。憎しみを糧に生き続ける己の醜さに。

 誰かのせいにしないと生きていけない自分の弱さ。

 自分の弱さと醜さを知りながら憎まずにはいられない矛盾すら、ルルーシュは愛したのだろうか?

 きっと、私が本当の意味でパンドラから解放されるのは自分の罪に向き合えた時。


 それまでどうか。ゼロを憎み続ける私を許して下さい。



 END



 25話を観て、漸くニーナがユーフェミアを失った時の痛みを知った気がします。
 彼女がそこまでユーフェミアを慕った心は理解し難い部分が多いのですが、それでも心の痛みだけは少し理解できたのではと思うのです。
 ルルーシュの最期を観た私達の心の痛みにシンクロする部分があるのでは・・・と思った事が今回ニーナ視点で捏造後日談を書いた主な理由です。
 だけどもう一つ。24話での二人の会話に引っ掛かりを感じていた事もあるんです。
 ニーナは「ゼロを許さない。多分、一生・・・。」とルルーシュに答えていました。
 何故ゼロの正体がルルーシュと知りながら「ゼロ」と答えたのか気になっていたのです。ルルーシュと別れた後の悲痛な表情にも何か他の感情が混じっている様に思えました。
 その答えが、ニーナにとってゼロは「自分の大切な人(友達)を殺してしまう存在」だったからではないかと思ったのです。

 リヴァルの言葉で「友達だから助けたい」という思いが彼女の中で生まれていたのでは?
 ルルーシュがリヴァルを巻き込まない為に遠ざけたと気づいたのでは?
 カレンと敵対する道を選んだのは彼女にも未来をと願っていたルルーシュの想いに気づいたのでは?

 あくまでSOSOGUの解釈ですのでこれが正しいと断言するつもりはありません。
 違うって思われる方も多いと思います。だからこんな考え方もあるのだと受け流して頂けますと幸いです。

 ニーナはフレイヤの製作者で協力してもらわなければならなかったけれど、ルルーシュは、本当はニーナも巻き込みたくなかったと思うのです。
 フレイヤが初めて戦場に持ち込まれニーナは自分の作った兵器の恐ろしさと罪深さに必死に向き合おうとして精神的に大きく成長していました。

 自分なりの答えを見つけようとするニーナに、ルルーシュは「君は立派だ。」と答えました。
 思い返すとニーナが一人の人間として人格を評価されたのはこれが初めてではないでしょうか?
 ニーナが慕っていたユフィは優しくて、ニーナを可愛いと答えたけれどその人格を評価する言葉はかけていなかったです。(それほど深い付き合いではないから答えようが無かっただけでしょうが・・・。話せた事を喜んだのはたまたまニーナの言葉でスザクに必要なものが何なのか気づく切っ掛けを得られたからですし。)
 次にフレイヤの実験成功でシュナイゼルがニーナを「天才だ。」と誉めていましたが、フレイヤを作り上げた能力への評価でした。
 生徒会の皆は友達としてニーナを認めていたけれど人格をどうこう言うシーンはなかったですしね。

 だからこれら全てを総合するとニーナもルルーシュとの別れはとても辛かったのではと思いました。
 ゼロレクイエムの為に立てられた計画はニーナが知った時には止めようが無い位に進んでいて、止めたくても止められない。(お話の中でミレイにその点を責め立てさせましたが、本当はミレイもわかっています。ニーナ視点なので書けなかった部分ですのでこんなところで補足説明。)
 友達がいなくなる為の計画に協力するしかないのは悲しい事だったと思います。

 珍しく長い後書き書きました。此処まで読んで下さり有難うございます。
 最後になりましたが、少しでも私が感じたものを読み取って頂けたら嬉しいです。


 (初出 2008.10.2)
 2009.3.8 ネタblogより転載