真実と虚構の狭間で

 TURN25後のお話。
 ラクシャータとヴィレッタの会話になります。
 ギアスの真実を少ない手がかりから探ろうとして、戦っていた頃の騎士団を振り返るお話です。
 基本シリアスになりますが、興味のある方はどうぞ!

 ナイトメア開発で知られてはいるもののラクシャータは医師免許を持つ科学者だった。
 医師免許は全科共通。だから目の前の褐色の肌の女性を診たとしても違法性はない。
 違法ではないのだが、それでも医師として彼女は言わざるを得なかった。

「とは言ってもねぇ。餅は餅屋。産婦人科も産婦人科医が確実なのさ。
 わざわざ私のところに来る必要性はないのよ。
 戦時中ならまだしもゼロがルルーシュを殺して平和に向かっているし黒の騎士団幹部の妻なら探そうと思えば腕の良い専門医を見つけられるでしょうに。」

 溜息混じりにラクシャータが言うと、女性患者・・・ヴィレッタは俯きがちに答えた。

「受診は口実。話がしたいだけだ。」
「まぁ、そうだとは思ったけど。何の話がしたいの?」
「あの戦いで、ギリギリまでルルーシュと行動を共にしていた科学者達と知り合いだと聞いた。
 貴女から見て彼らが本当に脅されていたのか、もしくはギアスにかかっていたのか、どう判断したのかを聞きたい。」

 何故今更そんな事を訊くのか。
 今、彼女達はもう直ぐ内輪ながら結婚式を挙げる予定だ。
 処刑パレードの最中に何故本物のゼロだったブリタニア皇帝ルルーシュが『ゼロ』に殺されたのか。
 その答えはおぼろげながらラクシャータも察している。
 しかし、ルルーシュではなくロイド達を気にかける彼女が何を知りたいのか。
 ラクシャータは彼女の問いに興味を持った。
 だがこの問いの真意を知る為にもラクシャータは予てより抱いていた疑問を解消する必要があった。
 気を落ち着けようと愛用の煙管を手に取りかけ、ヴィレッタが妊婦であった事を思い出す。
 少し困った顔をしながら煙管を置き、ラクシャータは逆に問いかけた。

「質問に答える前に聞かなくちゃいけないね。まずギアスとは何だったのか。」

 ラクシャータは黒の騎士団がゼロを裏切る切欠となったシュナイゼルの説明に納得したわけではない。
 彼は強力な催眠術のようなものと言ったが、催眠術で人の行動を誘導するにはいくつかの条件と制約がある。例えば自殺させようとしても本人が望んでいない限りその命令は実行されない。
 仮に掛けられた相手の意思に反した命令を遂行させる事が出来るならそれなりの条件と制約、リスクがつき物だ。
 ナイトメアの能力をパワーアップさせようとしても必ずどこかで反動や制約が生まれる。
 ギアスという人を操る事のできる能力が本当に何のリスクもないなどとラクシャータには信じられなかった。
 あの日、その事を指摘しなかったのはメンバーの怒りが強過ぎて下手に庇う様な事を言えばラクシャータも裏切り者扱いされるだろうと判断しての事。
 実際ゼロは面白い男だったが徹底した秘密主義者だった。
 その点は面白くないと思っていた事も理由の一つかもしれない。
 
 ラクシャータの全て話してもらうと告げる視線を受け、ヴィレッタは一瞬迷った様に顔を伏せ、逡巡するとまた顔を上げ答えた。

「ルルーシュのギアスは絶対遵守。
 本人の意志に反した命令でも下し操る事が出来る、と聞いている。」
「ルルーシュの?
 それってルルーシュ以外にもギアスを持つ人間がいる。もしくはいたって事かしら。」

 ヴィレッタの答えに新たな疑問が生まれる。
 異能の力を持つ者が複数いる。同じ力を持つのか、それとも・・・。
 また、複数いると確認しているのであれば更に異能者が存在する可能性が高くなる。
 あれからラクシャータはルルーシュ以外にギアス・・・力を持つ者がいるのかどうか調べてみたが痕跡は見当たらなかった。
 少なくとも、ルルーシュの死後にそれらしい現象や事件が報告されていないかと思い調べてみたがギアスが関連していると思われる報告はなかった。
 単に報告されなかっただけか、彼以外にギアス能力を持つ者がいなかったのか・・・。
 ならば彼が死ぬ以前なら?
 調べてみたところゼロが、ルルーシュが関係する以外にも不可思議な現象が報告されていた。
 傾向としてはブリタニア帝国に都合の良い方向に進む事件や現象が多く、ルルーシュが活動を始めるよりもずっと前・・・それどころか彼が生まれる以前にもそれらは報告されていた。

《けど何故、今はないのか。》

 その答えが藤堂の部下、朝比奈が報告してきたというゼロが零番隊に下した命令にあるのではと考えているが確証がない。
 知っていそうな人間に覚えはあるが、ルルーシュに絶対的な忠誠を捧げていた騎士が答えてくれるとはラクシャータには思えなかった。

「ああ。私が直接知っているのはルルーシュの監視をしていた・・・いや元監視者か。ロロだけだが。」
「なんでそんな大事な事を今まで言わなかったのさ。それとその子のギアスは?」

 続けざまに質問するラクシャータにヴィレッタはまたも躊躇う様に口篭った。
 また沈黙が降りる。
 ラクシャータは答えないヴィレッタを責めずただ彼女が再び話し始めるのを待った。
 元々ラクシャータにヴィレッタに答えを強要する権利も義務もない。
 知りたい答えではあるが、彼女が答えないなら自分も彼女の相談に乗れないだけだ。
 より確実な返答をする為にもヴィレッタには答えてもらわなければならない。
 答えてもらえないならこちらも応えない。
 ヴィレッタもその事を理解しており、最終的には一息吐いてからまた話し始めた。

「よくわからない。」
「わからない?」

 ラクシャータの眉が歪んだ。
 あの時、黒の騎士団がゼロを売り渡す事を承諾したのは扇の決断が強く影響している。
 状況から考えてラクシャータは扇がヴィレッタから全てを聞かされていたと考えていた。
 だが此処に来てわからないと彼女は言う。
 まさかと思いつつもラクシャータは湧き上がりそうな怒りを鎮めながら答えを待った。

「ロロは元々教団から派遣されて来たし、ルルーシュのギアスもロロが対応するからと私には詳細は知らされなかった。」

 もう、ただ訊いている事は出来なかった。
 つまり、ヴィレッタはこう言っているも同然なのだ。
 ルルーシュのギアスの説明は不完全なもので、推測だけで自分達の指導者たるゼロの排斥と言う重大決断を下したのだと。

「待ちなさい。あんたまさか中途半端な情報だって扇に言ってないんじゃ。
 それにルルーシュのギアスにはまだ隠された情報があるって事!?」
「それも、わからない。」
「わからないで済む話じゃないよ。」

 怒りを露わにしてラクシャータはヴィレッタの言葉を断じた。
 ずっとわからなかった。
 ゼロとして活動していた時は優秀な指導者であったルルーシュが、何故世界の憎しみを煽るような真似をしたのか。
 彼ほどの手腕とギアス能力があれば世界中にギアスを掛けて反対勢力を抑え込む事は出来た。
 戦後処理が進む中、ルルーシュは集めた富を浪費している様子が全くなかった。
 何より気になるのがスムーズ過ぎる復興事業。前々から準備されていたかのような取りかかりの早さに疑問を感じる者は多い。
 気になるのは牢の中でのロイド達との会話。
 恐怖が麻痺したにしてはのんき過ぎる彼らの態度と意味深なセシルの言葉。
 ラクシャータの中で一つの結論が出ていたが、認めるには証拠が足りない上に自身のプライドが邪魔していた。

「とにかく先にロロの能力がどんなものか話な。
 アンタの見解はいらない。アンタが見たままの状況を話すんだ。
 私が判断する。」
「・・・話では時を止めるものと聞いていた。
 実際ロロが能力を発動させると次の瞬間、目の前で生きていたはずの機情の部下が血溜まりの中で倒れていたのを何度も目撃している。」
「何度も、ねぇ・・・。機密情報局、シャルル皇帝の直属部隊だったそうだね。
 ロロって子はどんな子だったんだい?」
「正直言って扱い難い部下だった。
 元々派遣元が違う上にギアスに関しては私以外彼しか知らない為に問題を起こしても外す事は出来なかった。
 それが仲間殺しであったとしても・・・。任務優先で動く為には殺人も厭わない、感情の乏しい子供だった。
 だが、気付かぬうちにルルーシュに取り込まれていた。初めは奴のギアスで操られているのかと思ったがそうではなかったらしい。やたらとルルーシュに懐いて・・・どちらかと言うと執着している様に見えた。」
「何が理由だとは聞かないよ。どうせわからないんだろう?」
「・・・ああ。」

 ヴィレッタが溜息と共に答えるとラクシャータは視線を移した。
 今の情報でわかるのは一つだけ。
 手にした煙管を目の前に翳しヴィレッタを見据える。

「これを見てごらん。」

 言ってラクシャータは煙管から手を放した。
 引力に従って煙管は床に落ち、軽い音を立てて転がる。
 ヴィレッタはラクシャータの行動の意味が分からず戸惑いながら床に転がった煙管とラクシャータを見比べた。
 ラクシャータは床に転がった煙管を拾い上げ、再び手にして問いかける。

「今、煙管が手を離れて床に転がるまでどの位の時間が掛ったと思う?」
「約1秒と言ったところか?
 けどそれがどうしたと言うんだ。」
「そう、物体が移動するのに時間が掛かる。つまり、時間が流れていると言う事さ。
 どうも勘違いされる事が多いんだけど時間が止まるって言うのは世界全体の法則に関わるって事。
 運動エネルギーの停止がその一つさ。水を零せば水が広がる間にも変化が生まれる。
 コップに留まっていた水は解放されて床に広がり形を変える。その変化も時間という言葉で表される。
 時間が止まれば物理法則も停止するという考えさ。
 常に変化する世界が変化を止める。それが時間停止。
 だからアンタがロロって子の能力を説明する時に使った時間停止という表現は正しくない。
 何故ならアンタは言っただろう?
 次の瞬間には部下が血溜まりの中で倒れていたって。
 時間が停止すれば変化は起きない。肉体はそのままの形を維持する。例え傷つけようとする力が、ナイフが身体を切り裂こうとしても変化は起きない。
 何故なら時間が停止しているものに時間が流れているものが干渉する事は出来ないからさ。
 よく半永久的にと表現されるが永久にと断言される事がないだろう?
 それは人間の生に対して永遠に近いと感じられる時間だからさ。長い長い時間の間に変化は起こる。時間は流れている。
 血が流れ床に広がるにも時間がかかる。一瞬で血が床に広がり切るなんておかしいね。
 恐らく時間は流れていたんだ。単に、アンタが認識していなかっただけで。
 私が思うにそのロロって子の能力は周囲の人間の時間感覚を狂わせるものなんだろう。」
「時間感覚を狂わせる?」
「そう考えると納得できるって事さ。
 ルルーシュの能力も人間に作用するものだったし、限定的でもその場の時間を停止させる事が出来る超能力よりも、周囲の人間の脳波を狂わせる電波みたいなものを発し、時間感覚を狂わせている間にその子が動いていたって考えた方が自然だと思うけどね。
 他にギアス能力者がいればその辺の検証は出来ただろうけど。」
「無理だな。嚮団施設はルルーシュが破壊してしまったし、その場にいた研究者達も皆殺しにされたとコーネリア殿下に聞いている。」
「それ、もしかして零番隊が担当した極秘作戦の事かい?」

 ラクシャータは平静さを保つのに必死だった。
 もしかしたら知りたかった謎の一つが明かされるかもしれない。
 期待を隠しそっとヴィレッタから目を逸らす。悟られない為に。

「そう。元々の予定ではルルーシュは嚮団を利用しようと考えていたようなのだが・・・。
 私が扇に会う為に機情を離れている間に親しい人間が殺されたんだ。」
「親しい人間・・・?」
「後で話を聞いた時はもしやルルーシュがと思ったが、ルルーシュはシャーリーを巻き込む事を忌避する傾向があった為に可能性が低い。それにルルーシュのギアスで記憶操作は可能だったのだから巻き込みたくないと思っている相手を殺すとは考え難い。
 そして、あの場にはルルーシュに執着するロロがいた。」
「じゃあ・・・。」
「ロロがシャーリーを殺したと考えればルルーシュが計画を変更し嚮団殲滅に走った理由にも納得できる。
 シャーリーがギアス能力者に殺された事で自分以外のギアス能力者が親しい者を脅かす事を恐れたのだろう。
 最も、確認は永遠に出来ないな。」

 ルルーシュはロロを憎んでいたのだろうか?

 ヴィレッタの問いに答える術は無い。
 ロロの能力を教えられた今、黒の騎士団の裏切った日の、カレン達の目の前で突然ゼロと共に蜃気楼が姿を消したという話にも説明がつく。
 しかしルルーシュの周りにロロの姿は無かった。
 それが示すのはルルーシュによるロロの殺害か、それとも・・・。

「それにしてもルルーシュはよくそのロロって子を傍に置いたね。
 仲間を殺すような子じゃ困っただろうに。」
「・・・・・・?
 そう言えば、ルルーシュに従うようになってからのロロは落ち着いていたな。
 機情の人間がギアスで操られているにしても、枢木スザクやラウンズの面々を襲う素振りもなかった。
 奴の能力なら殺すのは簡単だったろうに。」
「ゼロが、ルルーシュがそれを禁じていた?」

 ラクシャータの問いにヴィレッタは答えない。
 答える術がないのだ。

 ふぅっ

 ラクシャータは軽く息を吐く。
 恐らくヴィレッタからはこれ以上の情報は出ないだろう。
 それにしても気になるのは何故ヴィレッタが機密情報局の司令官に任じられたのか、だ。
 ゼロ・・・ルルーシュはロロを上手く押さえ命じる事が出来た。
 しかもそれにギアスは関わっていないと思われる。
 しかしヴィレッタは出来なかった。それは上官として部下の管理能力に乏しいと言う事だ。
 ロロに部下を殺されながら抑えきれなかった彼女が何故解任されなかったのか。

《ヴィレッタでなくてはいけない理由があった?》

 そこまで考えが行きつきラクシャータは思い出す。
 扇がゼロの裏切りを決めた理由の一つにヴィレッタが過去にルルーシュのギアスを受けたという事。そして彼女がルルーシュに扇との関係を脅迫のタネに協力を強制させた事にあると。

「ねぇ、確かアンタは一度ルルーシュにギアスを掛けられた事があるって言ってたよね?」
「? ああ・・・それは確かだが。」
「その後、何でルルーシュはアンタにギアスを掛けなかったの? 扇の事で脅すより確実じゃない。」

 !?

 ラクシャータの言葉でヴィレッタは今の今まで自分が気づかなかった重要な点を気づかされた。
 驚きで慄き口元を覆う。
 恐らくルルーシュが自分にギアスをかけるチャンスがあった場面を思い出しているのだろう。
 この様子からして他にギアスを掛けられた覚えは無いのだろう。
 一度でもギアスを掛けられたと断言できると言う事はギアスを掛けた時に何かしらの痕跡が残る事を意味する。
 その痕跡をヴィレッタは知っていると言う事だ。

「ギアスが掛けられたって何でわかったかも教えてくれるね。」

 言葉はお願いだが声に宿る色は命令だった。
 ヴィレッタは頷き話し始める。

「記憶が・・・途切れるんだ。
 ギアスをかけられていたと思われる間、記憶がなくて。
 その間に自分だったら絶対にしない行動をしていたと教えられて、私は操られていたのだと考えた。」
「でも、その様子からして二度目にギアスを掛けられた覚えは無いってことだね。」

 ラクシャータの言葉にヴィレッタは頷く。
 ここに来てラクシャータは強い苛立ちを爆発させる寸前だった。
 今の話からしてルルーシュのギアスは強力であると同時にやはり制約を持っていたとわかる。

 恐らく、一人に対し一度きり。
 しかもギアスに掛かっている間は記憶障害が起こる。

 だが黒の騎士団のメンバーにそのような障害が起こったら医師でもあるラクシャータの耳に入らないわけがない。
 少なくとも医務室にそういった報告は入っていなかった。
 それの意味するところはラクシャータが入った後にゼロがメンバーにギアスを掛けた事はないと言う事。
 既に幹部メンバーには使用済みだったとも考えられるが、『ゼロを裏切れた』という事実が有り得ないと証明している。
 一度しかかける事が出来ないならば裏切りを防ぐギアスが一番安心できる。
 持続時間があるとも考えられるが、確かめようがない。

《けど・・・。》

 星刻達もギアスに掛かっていた様子がないことからルルーシュは仲間にギアスをかける事を忌避していたと考えていいだろう。
 犠牲を出す戦略を立てる非情な司令官でもあったが、決して無駄死にさせるような人間ではなかった。
 常に結果を出し自らも戦場に立つ男の人間らしいところをラクシャータは見ている。
 星刻に囚われたカレンを助ける為にルルーシュは動いた。
 あの時はインドが裏切っている可能性があるなどと言っていたが本気で考えていたのでは無く、その場にいた部下達を黙らせる為のものだったのだろう。

《それにギアスがなくても人は操れる。》

 情報操作と話術。
 それはゼロだけでなくシュナイゼルの得意技だ。
 油断ならない敵国の宰相の恐ろしさはロイドを通して知っていた。

「今にして考えてみるとゼロを裏切ったあの日、騎士団幹部は皆シュナイゼルに操られていたんだね。」

 ヴィレッタはラクシャータの言葉を肯定しないが否定もしない。
 彼女と話して自分で気づけた筈の真実を垣間見てしまった今、シュナイゼルは未知の力ギアスの不安を煽りたて無かった事実をあったかのように思いこませたのだとわかる。
 実に巧妙に。
 振り返ってみるとあの日、騎士団で平静でいられた者などいなかっただろう。
 ルルーシュ・・・ゼロは精神的なダメージを負い部屋に閉じこもっていて指示を出せる状態ではなかった。
 指導者の不安は部下にも伝わる。
 その上ブリタニアが持つフレイヤの恐怖が失った仲間の数と共に圧し掛かっていた。
 フレイヤの威力を目の当たりにするまで、兵器の存在を事前に知らされてもヴィレッタは信じなかっただろう。
 あの戦場で味方を巻き込む恐れのある広範囲の爆弾を放つなど・・・しかも民間人を巻き添えにするほどの破壊力を持っている兵器を使用するなど正気の沙汰ではない。
 だからルルーシュが警告を受けながら無視したとしても不思議ではないのだ。例え情報を齎されてもヴィレッタなら報告しない。戦略的におかしいと考えが至らない部下を不安にさせるだけだからだ。
 それが味方を謀った事実だとシュナイゼルは思い込ませた。
 戦略的に適正ではない兵器を持ち込んだブリタニアの異常さを指摘出来る平静さを誰も持っていなかった。
 全てシュナイゼルの計算の内だったのだろう。
 騎士団幹部の精神を狂わせ指導者に武器を突きつけさせた。
 皆はルルーシュが弁明する事を期待している節もあったが、ルルーシュは気づいたはずだ。

 冷静になれない者達に何を言っても無駄だと

 あの場にシュナイゼルがいた事もルルーシュが何一つ弁明しなかった理由の一つだろう。
 
 部下が操られ、その原因がいる場で彼に何が出来るだろう。
 仲間にギアスをかける事を忌避していた上にルルーシュ自身精神的に追い詰められている状態だった事は今ならわかる。

「私達は・・・・・・。」
「ゼロが裏切っていたんじゃない。騎士団が裏切ったんだよ。
 あの場で政治的判断ができる人間がいなかったのは不幸な事だね。
 ゼロと同等の能力を持つ者がいたら騎士団の立場を思いシュナイゼルとの密約をその場で結ばせる事はなかっただろうに。」
「それ・・・は?」

 どういう意味だと問うヴィレッタにラクシャータは窓越しに空を見上げながら答えた。

「あの日の戦いは日本奪還だけを目的としたものじゃないし、騎士団は日本軍でもないって事。
 超合集国と契約を結ぶ黒の騎士団が独断で日本返還を条件にブリタニアと停戦条約を結ぶ権利はないんだよ?
 それにシュナイゼルは宰相であって皇帝ではない。ブリタニア皇帝が承諾した契約だなんて誰が言ったんだい。
 恐らくシュナイゼルは元々契約を結べる立場ではない騎士団との約束を果たすつもりなんてさらさら無かったってことさ。
 指摘されたら超合集国の承認を得ていないとは知らなかったと白を切るつもりだったんだろう。」
「そんな・・・。」
「シュナイゼルの思惑通りに事が運べば扇達は越権行為を責められていた。
 運が良くて退団、下手したら罪人として超合集国の議会で裁判を受けていただろう。」

 ラクシャータの言葉にヴィレッタは項垂れるが、ラクシャータはどうでもよかった。
 自分の考えが正しければシュナイゼルは既に次のステージに進む事を考え騎士団の事は放置する方針に変えたのだろう。
 最終判断する皇帝は一か月姿を見せず代わりにルルーシュが皇帝の座に就いた。まるで彼が現れる事を待ち望んでいたかのように。
 仮にルルーシュが現れなかったとしたらどうなっただろう?

「!?」

 かたん

 手にした愛用の煙管が再び床に落ち転がる。
 だがラクシャータはそれを拾い上げる事を忘れて慄いた。
 頭の中を様々な情報が駆け巡る。

 何故ロイド達がルルーシュに協力したのか。
 何故ルルーシュは恐怖で世界統一を成したのか。
 何故ゼロが皇帝ルルーシュを殺す為に現れたのか。

『失敗と成功を繰り返す。科学と一緒じゃないでしょうか。』

 あの日のセシルの言葉が全てを語っていた。
 世界も同じだ。間違ってはやり直しより良い道をと願う。
 ルルーシュが現われなかったとしてもシュナイゼルはダモクレスを、フレイヤを世界に向けただろう。
 挫折を知らない、人を従える事を日常としたブリタニア皇族。
 帝国随一の優秀さを誇る宰相シュナイゼル・エル・ブリタニア。
 ゼロと違い負けを知らない彼は温和な性格だと言う。その一方で底知れぬ笑みを浮かべ人を殺す命令を下す。

『あの人はね。僕とは違う意味で壊れているから。』

 シュナイゼルが何故ロイドと交流を持つのか不思議に思っていた時、ロイドはこう答えた。
 それの意味するところがラクシャータの思い描いた最悪の未来に繋がるのだろう。
 ルルーシュとは別の恐怖による世界支配。

 飄々とした態度の裏にある狂気を自覚しながらロイドは科学を極める為に人を二の次にした。
 それが許せなくてラクシャータは彼との研究方針の違いを理由に対立していた。
 人あってこその科学と思っていたラクシャータはロイドに絶対に負けたくないと思っていた。
 だが今、ラクシャータはロイドに負けたと感じていた。

 ロイドは科学の先に人を見ていたのではないか?

 出発点が違う。それだけの事だとセシルは言った。
 その通りだ。単に立ち位置が逆だっただけで目指すものは結局同じだったのかもしれない。
 だがそれをロイドは語ってはくれなかった。

「いや・・・それは甘えか。」

 ラクシャータは自身に言い聞かせるように呟いた。
 自分は科学者であり真理を追う者。
 他者に教えてもらおうなど甘え以外の何物でもない。
 自嘲の笑みを浮かべ俯くラクシャータに何かが差し出される。
 いつの間にか意識の外に置いていたヴィレッタが気遣う様に煙管を持っていた。
 相談に来た筈の身重のヴィレッタに気遣われラクシャータはまた自嘲を深くする。

「悪かったね。最初の質問に答えるよ。」

 煙管を受け取りながらラクシャータは答えた。

「ルルーシュの傍にいた奴らは操られてなんかいない。
 ギアスで意思を捻じ曲げられたりはしてなかった。断言出来るよ。」
「そうか・・・。」

 少しほっとした様子で嘆息するヴィレッタにラクシャータは不思議に思った。

「アンタ、ルルーシュを恨んでたんじゃなかったのかい?」
「最初は。・・・今はわからない。
 居場所が欲しくて爵位の為に戦い多くの人を殺してきた私が、今までの価値観とは違う逆のものを得た。
 切っ掛けがルルーシュのギアスだった為に私は立場を無くして苦痛を強いられた。
 しかし得たものを見直すと抱いていた筈の憎しみに自信が持てなくて。」

 ヴィレッタの困惑した表情と言葉にラクシャータは納得した。
 ブリタニア至上主義者であった彼女が伴侶に選んだのはナンバーズと卑下していた民、扇だ。
 純血派がゼロのせいで軍での立場を無くした事による恨み、その一方でゼロを追う過程で得た扇の愛情。
 価値観をひっくり返されたヴィレッタの苦悩は憎しみの行き場を失わせたのだ。

「それに・・・ルルーシュは扇達を殺す気なんて始めから無かった。」

 決して公言出来ない言葉は力を持っていた。
 ヴィレッタの答えにラクシャータも頷く。
 あの日以来、扇も漸くルルーシュの行動を振り返る気になったのだろう。
 仲間にゼロを信じろと言った自分がシュナイゼルの言葉に踊らされてゼロを信じられなかった。
 いや、元々信じてなどいなかったのかもしれないと扇は自分の判断を後悔し続けていた。

「扇は、悩んでいる。
 ルルーシュが何故あんな結末を選んだのかが分からなくて扇が悩む中、神楽耶様から依頼が入った。
 自分の代わりに日本国首相の地位に就いて欲しいと。
 だがルルーシュを信じ切れない自分が、悩み続ける様な人間に一時的でも、例え象徴の為の暫定的なものであっても人を導く地位に就く事は許されないと今も返事が出来ないままでいる。」
「ルルーシュを信じる為の証拠が欲しくて私に会いに来たってわけか。」

 神楽耶の判断は間違いではないだろう。
 あちこち突っ込みどころはあるものの人々はまだルルーシュの行動の裏を読むに至っていない。
 まずは復興の為に世界と手を取り合う為の代表が日本には必要だ。
 だが神楽耶は合衆国日本の代表と言ってもそれは象徴としての役割だった。
 実質的な代表はゼロだったと言っても過言ではないのだ。
 しかし今後は神楽耶では勤まらない。世界と対話する為の代表に何故扇を選んだのか。

「あの子はゼロを慕っていたからねぇ。」

 夫の判断は間違いないと神楽耶はゼロを信じ続けていた。
 なのに皇帝として現れたルルーシュを信じられなかった。
 彼女の後悔は今も大きな心の傷となっている。
 その一方でゼロの妻として考えたのだろう。
 何故ゼロが扇をナンバー2に据えたのかと。
 ゼロのカリスマは人を引き付けるが仮面の指導者では胡散臭さが抜けきらない。
 扇の存在はゼロと部下を結ぶ重要な役割を果たしていた。
 同じ日本人であり親しみを感じる平凡な人間。
 着眼点は悪くない。扇一人で国は回せないが周りを固める手配をあの少女が忘れるわけがない。
 今後の世界は対話を重んじる。
 扇はゼロを裏切った事で対話を重んじなかった自分を知り後悔している。
 痛みを知る彼ならば傷つけられても対話する努力を忘れないと神楽耶は期待しているのだろう。
 それは吉と出るか凶と出るかは今後の扇の努力次第。

「ルルーシュは最後まで世界を憂いて死んでいった。
 情けない大人の代わりに子供が死ぬ。それが今までの世界だった。」
「・・・そうだな。」

 ラクシャータの言葉にヴィレッタは頷いた。
 ただの子供だったルルーシュを彼女は一年間見続けていた。
 手のかかる生徒だったが決して憎めない何かがあった。
 彼がゼロだったなんて悪い冗談だと思える程にロロを慈しみ微笑んでいた。
 優しい世界であればあの時間は続いていただろうか。

「だけど世界を変える切っ掛けをあの子は作ってくれた。
 今後の世界に私達大人は責任を持たなくちゃいけない。」

 責任と言う言葉にヴィレッタは弾かれたように顔を上げた。
 扇が直面しているのは日本に対する責任、世界に対する責任だ。
 しかもルルーシュを犠牲にして得た未来がその先にある。

「説得、出来るね?」

 ラクシャータの言葉にヴィレッタは感謝の言葉を述べて立ち上がった。
 腹を括った女は強い。
 扇の事はヴィレッタに任せて大丈夫だろう。
 ヴィレッタが完全に去った事を確認するとラクシャータは煙管に煙草を詰め、火を点けた。
 煙草の煙が漂い室内が白くぼやけて見える。
 妊婦の前だからと我慢していた分、美味しく感じられまた煙管を口に添えた。

「あたしはどうしようかね。」

 平和な世界に戦闘力に特化したナイトメアは必要ない。
 またフレイヤの存在が戦争を大きく変えた事、富士の戦いでサクラダイトの鉱脈がほぼ壊滅状態になった事もあり、世界は新たなエネルギー確保に躍起になっている。研究開発は難しい状況と言っていいだろう。
 真実と虚構の狭間で真理を求めていた自分は科学者以外の生き方を知らない。
 一流の科学者でありながら一人の少年の真実に最後まで気づけなかった事実はラクシャータのプライドを傷つけていた。
 また腹立たしいのがロイドに負けたと思う自分がいる事。

「・・・今度は勝ってみせるさ。」

 脳裏に浮かぶのは仮面を被った男と白い皇族服を纏った少年。
 煙草を消し、窓を開けラクシャータは空を見上げた。



 アンタが大切な事、教えてくれたからね。



 END


 随分時間かかりましたがラクシャータお姉さんとヴィレッタの対話です。
 TURN25で扇が首相になっていましたが正直勤まるタイプじゃないよな〜と言うのが正直な感想でした。
 況してやルルーシュの真実に気付いていたら絶対に就かないと拒否するタイプと思っていたので意外だと思ったのです。
 けれど一方でゼロが何故扇をナンバー2にしていたのかという点についてディートハルトが話していましたし、もし後悔していたらズタボロになるまで頑張って償いをしようと考えて首相になるのかも、と考える事も出来たのでこんなお話書きました。
 また気が向いたら最終話派生を書きたいです。特にカレン!


 (初出 2008.11.3)
 2009.3.8 ネタblogより転載