迂闊者の末路

ラウンズ達と黒猫アーサー。
こんな場面があったら良いな☆

 ここ一年の間、ナイト・オブ・ラウンズが集まる広間には騎士に相応しくないものが増えている。
 エリア11で起こったブラックリベリオン後に仲間入りした初のナンバーズ出身のナイト・オブ・ラウンズ枢木スザク。
 入ってきた当初から何やら表情が固くあまり周囲と馴れ合おうとしない彼に興味を引かれたのはジノだった。
 同じく口数少ないアーニャも年の近さもあり多少は交流がある。
 自然と三人集まる事の多いこのメンバーを他のナイトは微笑ましそうに見つめていた。
 さて、付き合いが長くなればわかってくることもある。
 通常ならば有り得ない異例の出世スピードで帝国最強の騎士の地位を手に入れたスザクはブリタニア本国に来た時、私物は殆ど無かった。
 多少の着替えと小さなアルバム、そして明らかに雑種とわかる黒猫を入れたキャリーバック。
 表情の固いスザクが連れてきた黒猫、アーサーに向かい合う時だけ表情を緩めるのに気づいたのは誰だったかは覚えていない。
 スザクが仲間に多少なりとも心を許すようになった事もあるだろう。
 最初にアーサーの世話を交代出来るようにする為にとジノが広間にアーサー用のキャットタワーを設置した。
 次いでアーニャがアーサー用のクッションの寝床を、そして次はワンがアーサー用のキャットフードとトイレをと次々にアーサーの為の猫グッズが増えていった。
 まるで以前のアッシュフォード学園の生徒会室のように。
 より良い環境が整えばアーサーが広間に留まる様になるのも当然で、アーサーが留まるのと同じようにスザクも広間に居つくようになった。
 気付けばスザクがアーサーの餌を用意する姿とねこじゃらしを手に歩き回る姿は見慣れたものになった。
 こうなってくると人間欲が出る。
 更なる交流をと中々アーサーを抱き締める事が出来ないスザクにジノが提案をした。

「アーサー抱き時間記録?」
「そうだ! 記録をつければどれだけアーサーがスザクに心を許すようになったかはっきりとわかるだろ。
 アーニャ、記録用のブログ作ってくれるか?」
「新しいブログ・・・構わない。
 非公開タイプにしておく。」
「頼む。それじゃアーサーブログのアドレスとパスが欲しい奴はアーニャに申し出て。」

 ジノの言葉にわらわらと集まるラウンズ達。
 物好きな・・・とあきれ顔でスザクは彼らが携帯を突き合わせる姿を見つめている。
 そんなスザクの姿によしよしとジノは頷いていた。

《これで俺達との交流の回数も記録されるしアーニャはスザクが態度を軟化させていく様子も残る。》

 人間関係が改善される切っ掛けなんて他愛のないものだったりする。
 何かと壁を作りがちなスザクだがアーサーに対してだけガードが緩むのであればこれを利用しない手はない。

《何回目辺りにアレやろっかな〜。》

 ジノ・ヴァインベルグ

 ナイト・オブ・スリーとラウンズの中でもかなりの地位にいる彼だが、戦闘能力はさておきまだまだ若き騎士であった。



 * * *



 スザクの憧れはいくつかある。
 そのうちの一つは一生目にする事は無いだろうと思われていた。
 だがしかし、その憧れの光景が目の前にある。

「アーサー・・・・・・。」

 まだアッシュフォード学園にいた頃、生徒会の飼い猫となったアーサーはスザクに対してだけ冷たかった。
 ろくに生徒会室に居つかないルルーシュに対しては猫撫で声で甘えては餌を強請り、居眠りしているルルーシュの膝を陣取りその体温に温まりながら昼寝、スザクは見た事は無いがたまにルルーシュの自室に入り込んでは好き勝手していたそうだ。

『膝上がいいなら僕の膝を提供するよアーサー!』

 叫んでも高貴な名を持つ黒猫はつんとそっぽを向いてキャットタワーの上で不貞寝を決め込み決してスザクに近寄ろうとはしなかった。
 けれどスザクがうっかり生徒会室で居眠りしてしまった時、ふと目を覚ますと膝に疲労が溜まっている事があった。
 よくよく見ると黒い制服の表面に短くて黒い何かの毛がついている。
 そんな体毛を持つ存在はただ一つ。
 スザクの意識がある時は全く寄りついてくれないのに意識がない時は傍にいる。
 嬉しいけれどちょっぴり悲しい。
 一度で良いからスザクが目を覚ました時に膝上で眠っているアーサーを見たいと願っていた。
 そして今、奇跡が目の前にある。

「やったじゃないかスザク! 記録今からでも計ろうか?」
「しー! ジノ、折角だけど遠慮するよ。
 少しでも長くアーサーが安らぐように静かにしていたいんだ。」

 淡く微笑むスザクはいつもと違い距離が近く感じられる。

《よっしゃあ! 壁の一つぶち壊し成功!!!》

 喝采を上げたいほど喜びをジノは必死に抑え込んだ。
 その手の内には小さな小瓶。スザクには見えない様にこそこそと服のポケットに押し込みそっと離れる。

《ここらで親近感を一気に強めていけばスザクもラウンズに完全に馴染むだろう。》

 陽気な性格で知られるジノにとってスザクの硬い表情は是非ともぶち壊したくなるものだった。
 少しずつ縮まっていた距離感はこれを切っ掛けにゼロになるかもしれない。
 そう思うと嬉しくて溜まらず鼻歌交じりで退室していくジノは気づいていなかった。
 その後ろで相変わらずのポーカーフェイスとアーニャが携帯を弄っていた事に。



 * * *



 翌日、広間に来たジノは昨日に引き続きご機嫌だった。
 早速スザクに挨拶をと考えていたのだがスザクはまだいない。
 いつもはもっと早く来るスザクの姿がない事に不思議そうに首を傾げているとノネット・エニアグラムに呼びとめられた。

「ジノ、今日は仮病を使ってでも休め。」
「ノネットねーさんどうしたの?」
「いいからスザクが戻って来る前にお前はこの場から去れ。
 後は私とワンでどうにか誤魔化してやるから。」
「一体何を言って・・・。」
「ああ、ジノやっと来たんだ。おはよう。」

 びびくぅっ!

 いつもは豪胆なノネットが肩を上げて固まる姿にジノは驚く。
 常に大胆で大らかな彼女は大抵のことに動じることはない。ナンバーズ初のラウンズ入りしたスザクの事も快く受け入れていた。
 その彼女が何故スザクに怯えるというのか。
 どうしたのだろうとジノがノネットの肩越しにスザクを見た。

 ぞぞっ!

 瞬間的に血の気が引く。
 以前あったもの以上に厚く硬い見えない壁が出来ている。
 その壁を飛び越えて漂ってくる殺気は真っ直ぐに自分に向かっていると察せられジノは知らず知らずの内に及び腰になった。
 それでも挨拶を返さないわけにはいかない。

「お・・・はよ、スザク。何か今朝はまた随分重苦しい顔してないか?」
「うん、やっぱこの状況のせいかな。」

 答えてスザクが示した先には黒い塊がスザクの腕に垂れているのが見える。
 否、黒い猫がいきり立ってスザクの腕に噛みついていた。
 遠慮がない事がわかるその口元からは何だか赤い物が見えているような気がする。

「スザク・・・・・・とりあえずアーサーを引き剥がして消毒したらどうだ?
 それから躾としてやたらめったら噛みつくもんじゃないと教えないと・・・。」
「確かにアーサーが何の理由もなく噛みついて来たのだったら躾ける事を考えないといけないだろうけれど、彼が怒るのは当たり前だし僕も理由を知った以上抵抗できないよ。
 ところでジノ。僕はエリア11で何度も何度も友達に言った言葉があるんだ。」
「・・・いきなり何だ?」

 頬笑みが不気味な影を作り出す。まるで暗い中、懐中電灯で下から顔を照らしているかのような不気味さだ。
 爽やかな朝の光の中であるにも関わらずスザクの不気味さと恐ろしさは解消されない。
 それでもジノは怯えながらも問い返した。
 その間にノネットはこそこそと部屋の隅へと移動する。
 ふと気づけば先に来ていた同僚達は全てスザクから出来るだけ距離を取る様に壁際に避難している。
 唯一の例外はアーニャのみ。視線は常に携帯に向けられ何やら両手でぽちぽちボタンを叩いているのが見えた。

《うあ゙。すごーく嫌な感じ。》

 ごくり

 唾を飲み込む音が大きく響く。
 たらたらと流れる脂汗が首筋を通り誉れ高きラウンズの騎士服へと染み込む。

「間違った方法で手に入れた結果に意味は無い。
 当然昨日の幸せも間違った過程によるものなので全て無へと帰したよ。
 それどころか今まで培ってきた信用も全て崩れ去った。」
「あ・・・あの〜スザクくん?」
「昨日アーサーが僕の膝上で寝てたのはジノの仕業だったんだってね。
 随分と用意周到にクロロフォルムを用意してアーサーに嗅がせて?
 つまりアーサーは僕を信用していたんじゃなくて動けなくさせられていただけだったんだ。
 おかげでアーサーは起きてからずっと気分を損ねてこの通り。」
「ちょ、ちょっと待てよ。そこでどうして犯人が俺って決めつけられてんだ!?
 別に他の皆にもチャンスはあるしアーサーの事はお前の為になるならって皆考えてるから動機も充分だろ!!?」
「証拠がある。」
「だから! いったい何処に!?」

 ぽん☆

 怯えながら叫ぶジノの肩に手が置かれる。
 隻眼のラウンズのトップが無言で差し出したものは携帯電話。
 その画面に映し出された映像にジノは完全に凝り固まる。

「そう、アーニャのアーサーブログだよ。
 ジノがアーサーに薬を嗅がせている瞬間やその状態で僕の膝上にアーサーを乗せているその一連の作業の写真が載せられている。」
「あ、あーにゃ。」

 振り返れば最年少のラウンズはこちらをちらとも見ようとせずに携帯電話に向かいながら答えた。

「ジノに言われた通りに記録しただけ。」

 この一言でジノの運命は決まった。

「ところでジノ、色々と聞かせて欲しいな。
 麻酔薬って大量に摂取すると非常に危険な代物なんだよね。
 プロでもないのにアーサーに嗅がせて・・・本当に安全を確認しての行動だったのかな?
 それに昨日の居眠りの前にお茶を飲んだ覚えあるけどあれは確かジノの差し入れだったよね。
 急に眠くなった気がするからその辺も含めてよーく話をしてみたいな。」

《か・・・壁が・・・・・・。》

 元々はスザクが作っている心の壁を打ち崩す為の行動。
 にも拘らずジノの行動は・・・・・・。

「た、助けてノネットねーさん!」
「諦めろ。」
「リーダー!」
「・・・・・・お前も騎士だろう。」
「アーニャ!」
「・・・スザク。アーサー預かる。」
「ありがとう。これ以上アーサーを巻き込むわけにはいかないものね。
 さてじっくりと話をする為に別室へ行こうか☆」

 にこやかな笑顔が怖い枢木スザク。
 逃げたくても逃げられないジノ・ヴァインベルグ。

 ばたん!

 締められたドアの向こうで何が起こったのかは知らない。
 けれどべこぼこになったジノと相変わらず表情の硬いスザクが以前にも増して共にいる事が多くなったそうな。



 END



 男の子は喧嘩して仲良くなる

 (↑激しく過程が間違っている)

 (初出 2008.4.28)
 2008.9.7 ネタblogより転載