余計な一言 前編

 遅れていたバレンタインSS。
 大分遅くなりました。ダラダラなお話・・・。
 人間誰しも後悔はある。
 何故あんな話を始めてしまったのか。
 何故あの時に言ってしまったのか。
 一度出た言葉は取り消せない。
 その事実を今、スザクは噛み締めていた。



 事の起こりはアッシュフォード学園高等部生徒会室での会議だった。
 お祭り好きのミレイがアッシュフォード学園ならではのイベントを考え出しては企画実行するのはいつもの事。
 しかし今回の祭りについては悩んでいた。
 皆が楽しく騒ぐ為に必要なのはマンネリにならない事。
 しかしアイデアはいつも湧き上がってくるわけではない。緩やかなウェーブを描く金色の髪を掻き上げながらミレイは唸った。

「確かにバレンタインデーなんだから祭りはしたいわ。
 だけど何かもうちょっと捻りが欲しいのよね〜。
 前回は何やったんだっけ?」
「確か男子は白いバラ、女子は赤いバラを一本ずつ持ってバラにつけたリボンに名前を書いたんだよね。」
「互いに好きな相手に贈りあってカップル成立って奴だったよな。」

 ニーナが思い出しながら答えるとリヴァルが頷いて補足する。
 それなりに楽しい祭りではあったが問題点を思い出したシャーリーが苦々しい顔で首を振りながら反省点を述べた。

「でもアレは不評だったよ。一部の生徒にバラが集まって騒ぎになったから。
 その上、たった一本のバラを巡ってバトルになっちゃって先生に怒られたからもう止めた方が良いよ。」
「一部の生徒?」

 スザクがきょとんとした顔で聞き返すとミレイ達が我関せずと書類決裁を続ける人物へと視線を集中させる。

「「「一部の生徒その一が此処にいるし。」」」

 視界を遮る両頬に掛かる黒髪を払う姿は麗しく、綺麗なアメジストの瞳は澄んでいて見つめて欲しいと思ってしまう魅力を持っている。
 美しく女性的な顔立ちは見た事の無い生母の美しさを思わせる少年・・・ルルーシュは視線がうっとおしいと眉間に皺を寄せながら答えた。

「人を指差すのをやめて貰えますか。それから、俺は誰からも受け取っていない。」
「そうよね〜。受け取る前に逃げ出したのよね。
 でも祭りが失敗したのは捻りが足りなかったのが最大の理由よ。
 私もつまんなかったし。」
「素直に祭りにするのやめては如何です。会長。」
「嫌! 絶対にやるの!!」

 副会長として進言するルルーシュにミレイは断固拒否だと首をぶるぶる振る。
 こうなったらミレイはてこでも動かない。ならばやはり祭りは企画会議は続行かと全員が溜息を吐く。
 別に祭りが嫌いなわけではないがこうも頻繁だと企画実行、報告書や予算組み直しなどの後始末が重い負担となって圧し掛かって来るから偶には祭りの無い時期もあって良いと思ってしまうのだ。
 祭りは始まる前が一番楽しいと言う言葉もあるし企画だけで頓挫する期待を込めてルルーシュは時間の問題を指摘しようとしたが、その前にスザクが不思議そうにミレイに尋ねた。

「それにしても何でバラなんですか?
 しかも互いに。」
「普通バレンタインはメッセージカードとかプレゼントを贈るでしょ?
 あまり高価なプレゼントを校内に持ち込まれると色々と面倒な事が起きる可能性があるから生徒会でバラを用意したのよ。」

 それがどうかした?と首を傾げるシャーリーにスザクが更に首を捻る。
 高額なプレゼントを学園内に持ち込んで欲しくないという学園の自治を司るシャーリー達の言い分はわかる。
 皆が皆、良い人間であれば良いのだが残念ながらルールを破る人間もいる。
 同じ学校に通う者を悪く言うつもりはないが『手癖の悪い生徒』や『陰湿な苛めをする生徒』がいる事はスザクが転校してきた時に証明されている。
 スザクが来るより前に祭りを悪意を持つ者に邪魔される事を恐れたと言う事はミレイ達が能天気に生徒達を信じるほど考えなしではないと言う事だ。
 しかしスザクが不思議に思うのはそんな事じゃなかった。

「普通は女性が男性にチョコレート贈るもんだと思うんだけど。」
「何ソレ!?」
「ああ、日本ではバレンタインにチョコレートを贈る風習があったな。」

 ルルーシュがスザクの疑問の意味が漸く分ったと書類から顔を上げて頷くとカレンも補足説明するように頷いた。

「私も知ってる。製菓メーカーの戦略で浸透したのよね。
 バレンタインに女性が男性にチョコレートを、3月のホワイトデーには男性が女性に返礼もしくは告白の返事と共にキャンディとか贈り物をするのよ。」
「へー、日本人って変な事するのね。」
「変・・・かな?」
「というか、俺たちからすれば何で一ヵ月後にまた似たような事するわけって言いたいよ。」
「告白したらその場で返事貰えると限らないからだろう?
 だが、時が経つにつれ告白の機会としてというよりも只のチョコレートフェアと化していたようだがな。
 かなり盛大なセールが行われて日本のチョコレートの年間消費量の何割かがこの時期に売れるものだと言う話もあるくらいだ。」

 理解し難いがなと付け加えながらリヴァルの疑問にルルーシュが答える。
 しかしチョコレートフェアと聞いてミレイの目が輝いた。
 最近のチョコレートは味だけでなく芸術的な作品が多い。
 食べてしまうのが勿体ないほど美しく繊細な形状にほろ苦い甘みと独特のコクのハーモニーを奏でながら口に溶けるチョコは彼女の好物の一つ。シャーリーとニーナも顔を見合せて「いいな〜。」と呟く辺り二人もチョコレートが好きなようだ。
 スザクもルルーシュの言葉で昔の暮らしを思い出したのか懐かしそうに顔を天井に向ける。
 しかし視線は上を見ていない。遠く過ぎ去った時間を見つめてながらスザクは言った。

「でも僕は楽しみだったな〜。バレンタインの後、暫くはチョコレートに困らなかったから。」
「以前、冬に大量の荷物を帰ってきたのはソレか?」
「うん。ルルーシュとナナリーも食べたじゃないか。」
「お前何も言わなかっただろ。」

 7年ぶりにおすそ分けしてもらったチョコレートの出所を知り苦々しそうにルルーシュは呟く。
 スザクにチョコレートを贈った者達は恐らくブリタニアの皇子と皇女の口に入る事になるなど夢にも思わなかった事だろう。
 贈り主の事を思うと今更ながら謝罪したくなる。
 その隣でチョコの量がモテ度のバロメータになる事を知っているカレンはルルーシュに負けないくらい苦々しそうな顔をしていた。

「随分モテてたってわけね・・・。」
「多分お返しが目当てだったと思うけど。
 他の皆はどうしてたかわからないけど、僕はお手伝いさんに言ってお返しを用意してもらってたし。」
「お手伝いさん・・・。」

《《《《《そう言えば、彼は元日本国首相の息子だった。》》》》》

 当り前の様に言われてその場にいた全員が漸くスザクの元々の立場を思い出す。
 ブリタニアの支配下に置かれて名誉ブリタニア人と謗られる様になってはいるが、元々は日本の名家のお坊ちゃま。それでいてあの顔ならばさぞかしモテたのだろうとカレンは嘆息した。
 コイツの顔なんざ見たくないと顔を背ければその先にはルルーシュ・ランペルージ。
 先ほどの会話を思い出しつい嫌味が口から零れてしまう。

「で、アンタはそのおこぼれに預かっていたと。」
「俺が望んだわけじゃない。コイツが勝手に持ってきたんだ。
 当時はそんな風習がある事すら知らなかったんだからな。」
「そんな事より!
 スザク、そのチョコレートに纏わる話をもっと聞かせてよv」
「聞いてどうするんですか?」

 ミレイの勢いに押されてちょっぴりスザクの背が逸れる。
 しかし彼女はスザクの体制が不安定になっているのも気にせずに更に上半身を前に押し出してウィンクした。

「勿論祭りに盛り込むに決まってるじゃない。
 ううん! 祭りのおまけなんて勿体無い。
 今回はバレンタインに因んだチョコ祭りに決定!!!」
「チョコ祭り!?」
「何するんです? 会長。」

 シャーリーの言葉に皆考える。
 このミレイが考える祭りは突拍子もない。
 出来れば面倒事は避けて欲しいとミレイの思いつきの発端であるスザクにちょっぴり恨みがましい視線が集まる。
 しかしスザクはそれどころではない。更に背をのけ反らせながらミレイを見つめ返す。

「スザク、日本人は昔どんなチョコ用意してたわけ?」
「人それぞれで決まった形はありません。
 本命にはブランド物のチョコとか、手作りチョコを用意する人もいたし、義理チョコは価格抑えめで用意してる事もあるし・・・他にもお世話になった人に贈るチョコや友達に贈る友チョコもあったから皆好き勝手に用意してましたよ。」
「よっしゃ! 義理チョコも友チョコも何でもありまくりのチョコ祭りにするわよ!
 アッシュフォード学園らしいものにする為!!!」
「ですが会長、その前に現実的な問題があります。」
「なーに? ルルーシュ。」

 スザクに迫っていたミレイが身体を起こして振り返るとそこには満面の笑みを浮かべた優秀な生徒会副会長。
 先程まで決裁していた書類をとんとんと机の上で揃えると笑顔のまま深く溜息を吐く。
 しんと張りつめた空気が部屋に満ちると同時に彼は静かに答えた。

「予算がありません。」

 ズゴン!

 容赦ない言葉にミレイは盛大にずっこけた。

「何でよ!?」
「会長が思いつきで祭りを催しすぎるからです。
 内輪でならともかく学園全体を巻き込んだ祭りにするなら当然先立つものが必要。
 全生徒にチョコレートを持たせると仮定して一つのチョコの最低金額を低めに見積もって、最低でも必要な金額は・・・・・・こんなところでしょうか。」

 ルルーシュが差し出した電卓に全員が目を向ける。
 並んだ数字のゼロの数を見てシャーリーが溜息を吐いた。

「これは無理ですよ、会長。」
「やっぱり猫祭りと男女逆転祭りの衣装代が響いてるよね・・・。」
「ルルーシュ〜もうちょっと価格抑えられない?」

 突発的に行われた祭りだけでも辛いのに予算を考えない祭りによる経費が生徒会に重く圧し掛かっていた。
 けれどミレイの落ち込み具合を見ると助力したくなるのは惚れた弱みか。リヴァルが猫撫で声で親友に訊ねる。

「チョコの質をとことん落としてもいいのならな。
 だが、会長は突発的にイベントを捻じ込んだりする事が多いからその分の金額を確保しなくてはいけない。
 生徒の自主性に任せてそれぞれにチョコレートや包装紙の金額を負担させるなら話は別だ。」
「イーヤーッ! 祭りにお金の話を持ち込まないでよ。」
「俺達は生徒会役員ですから予算編成及び調整は避けられません。
 嫌ならチョコ祭りは諦めて下さい。それに各自に用意させていたら何を仕込まれるかわかったもんじゃない。
 俺は絶対に嫌ですからね。」
「それもイヤ〜。やりたいやりたい祭りがしたい〜。」

 身体をくねくねさせて強請るミレイだが付き合いが長いルルーシュには通用しない。
 どれ程冷たいと罵られようと最後の最後で会長のストッパーとなるのが副会長の役目だと首を振る。
 意気消沈するミレイをニーナとシャーリーが慰めるが場の空気が読めない人物が一人。
 スザクが不思議そうにまた訊ねた。

「ルルーシュは何で仕込まれる事を前提にしているだい?」

 至極当然の疑問である。
 ルルーシュは元皇族で毒を仕込まれる恐れはあるだろう。
 しかし現在は死亡した事にして身を隠している。これまでの様子からして彼らの生存を知る者が学園内にいるとは考え難い事を踏まえると彼が毒を恐れているとは考え難い。
 スザクと仲良くしている事で嫌がらせを受ける事もあるが、命の危険を感じるほどではない。
 ルルーシュを見ると蒼い顔をして顔を背けている。
 答えたくないと態度で示すルルーシュの代わりにリヴァルが気持はわかると苦笑しながらスザクの疑問に答えてくれた。

「前に香水入りのクッキーとかネットで買った惚れ薬モドキを仕込んで持ってきた子がいたんだよ。」
「食べる前に気付いてよかったよね。」

 そもそも食べる物に香水を入れると言う行為はどうだろう。
 飲む香水もあると言うが美味しいとは思えない。
 しかも惚れ薬などという眉唾ものを混入するような人物では食べる相手の事を本当に考えて作っていると思えない。
 ルルーシュの事だ。まさかという想いを抱きながら材料を調べただろう。
 その内容のおぞましさに今も口を噤んでいるのだ。
 無論まともなプレゼントも貰っただろうがまともでない物を食べそうになった事がトラウマになってしまったと考えられる。
 しかしまた疑問が生まれる。

「内輪での祭りなら問題ないのは何で?」
「生徒会メンバーならそれぞれが出し合って少しくらい何か出来るだろう。
 期待してるぞ現役軍人。」

 口元に笑みを浮かべながら肩を叩くルルーシュはとても綺麗だ。
 けれど言葉の意味を理解すると同時にスザクは青くなる。

「そっか! スザクは学生兼軍人。この中で定期的に現金収入がある唯一の人物!!
 いやぁ〜ゴチになります。スザク君!!!」
「たかるな!」
「お前もバイトしてるだろリヴァル。」
「そーゆールルーシュだって!」
「Shut Up! 皆好き勝手言い過ぎよ。」
「「「会長にだけは言われたくありません。」」」

 ジト目で言い放つルルーシュ達にミレイはわざとらしく軽く咳払いして間をおくと話を再開した。

「内輪だけの祭りなら問題ないのよね、ルルーシュ。」
「予算も何も自腹ですから学園側に申請する必要もありませんしね。」
「オッケー、今回はそれで手を打ちましょう。」
「助かります。それで具体的にどうするんです?」

 漸く観念してくれたとルルーシュの微笑みに安堵が浮かぶ。
 対照的にミレイの顔は渋いがスザクもルルーシュと同じ気持ちらしく先程よりも気楽そうに祭りの話に参加してきた。

「チョコレート持ち合ってそれを食べあうだけ?」
「それもちょっとな〜。普段食べられないチョコが良いよな。
 しかも金が掛からないヤツ。」
「チョコって高いものになると天井なしなんじゃと思うくらいのがあるものね。」
「チョコフォンデュはどうだ?」
「それ良い!」
「チョコを溶かすの大変だし後片付けを思うと面倒なのよね。一人じゃ侘しいし。
 でも祭りと思えば・・・。」
「チョコは会長に任せて具材は他の皆で持ち寄るのはどう?」
「いいね! フルーツ担当とかある程度分担して詳細は当日のどっきりってヤツ!!」
「はい決定! それじゃ2月14日は生徒会限定チョコ祭りを開催するわ。
 皆の衆、その日は絶対に予定を空けておくように!」
「ラジャー!」

 やっと話がまとまったと全員に笑顔が浮かぶ。
 チーズフォンデュは店でもやっているがチョコフォンデュは設備の問題もありやっている店はあまり見かけない。
 初めてだと笑うカレンも自分の分担する具材をどうしようかと楽しそうに悩んでいる。
 そんな中、チョコレート担当と既に決定されてしまったミレイは少々不機嫌気味。
 手抜きをする気はないし自分が楽しむ事も大事だが、皆を楽しませる具材選びに参加できないのが不満らしく苛立ちを発散させる様に叫ぶ。

「ルルーシュ、スザク、カレン!
 この三人はサボった時は罰ゲームよ。心してスケジュール及び体調の管理をするように。
 一人でも休んだら連帯責任で全員が罰を受けるだからね!」

 生徒会長の絶対命令

 それ以上にミレイのお遊び(罰ゲーム)に付き合わされては堪らない。

《黒の騎士団の予定を大幅に組み替えるか・・・。扇とディートハルトは良いとしてラクシャータと玉城が煩いだろうがな。》
《扇さんに事情話してゼロに許可もらう手伝いして貰わないと! 後はラクシャータに拝み倒せば!!》
《特区日本の手伝いで僕が出来る分は暫くないはずだけど・・・ランスロットの実験がスケジュールにねじ込まれてた様な。ロイドさん、許してくれるかなぁ。》

 しかし休まないわけには行かない。
 三人は互いに目を見合わせて頷いた。



 * * *



 はぁ〜。

 ちょっとだけ溜息を吐いてみる。
 と言っても別に憂鬱なわけではない。寧ろ嬉しいのだ。
 まだ休みの許可はもらっていないが祭りを思うと心が躍る。
 そんなスザクの様子にロイドが不思議そうに訊ねた。

「ご機嫌だねスザク君。何か良い事あった?」
「ええ、ちょっと学校で楽しそうなイベントの予定がありまして・・・。
 今度の14日ですがお休み頂けますか?」
「えー、僕はランスロットの調整したかったんだけど〜。って言うか前に実験するよってスケジュールに組み込んだでしょ?」

 ぱかん!

 軽い音がしてスザクが驚いて振り仰ぐと春の木漏れ日の様な笑顔を浮かべたセシルがお盆を持っている。
 何時の間にやらテーブルには紅茶が三人分ならんでいた。

《いつの間に・・・。》

 音はお盆でロイドの頭を叩いたもの。
 スザクはロイドに気を取られていて気付かなかったがたまたま書類を持ってきた特派メンバーの一人が見ていた。
 ロイドの発言を聞いたセシルがお盆に載せたティーセットを瞬時にテーブルに載せた後にロイドを叩いた姿を。
 正しくはティーセットはテーブルの上に瞬間移動したようにしか見えなかったのだから恐ろしい。
 怖くなって書類提出を後回しにしようと逃げ出していく。
 けれど三人は直ぐ傍に他に人がいたなどと気づく様子もなく会話を続ける。

「ロイドさん。スケジュール調整という言葉を教えて差し上げましょうか?」

 訳:スザク君にお休みをあげなさい。絶対命令。あげなかったらお仕置き決定。

 言葉の意味を正しく理解したロイドはぐっと握り込んだセシルの拳に怯えながら叫ぶ。

「結構です。わかったわかりました! じゃあ14日はお休み決定。その代わりその日をお休みにする前提で機動実験とかの予定をずらすから、セシル君は皆に伝えて。」
「わかりました。良かったわねスザク君。」
「はい、有難うございます。」

 嬉しそうに微笑み合う二人だがロイドとしては面白くない。
 不機嫌そうな顔を隠さないままスザクに訊ねる。

「それにしても何をやるって言うんだい?」
「バレンタインだからチョコレートパーティーをするんです。
 日本ではバレンタインに女性が男性にチョコレートを贈る風習があったので、会長が面白いからチョコ祭りをしようって提案してチョコフォンデュをする事にしました。」
「学校全体でやるの?」
「いえ、それは流石に無理なので内輪で、生徒会メンバーだけでやります。
 皆それぞれ具材を持ち寄って食べようって話になったんです。」
「へぇ〜チョコフォンデュって食べた事ないな。
 準備面倒臭そうだし、特にチョコが好きなわけでもないからね〜。」
「面倒臭いのではなくて、研究の時間を取られちゃうのが嫌なだけでしょう?
 でも、楽しそうね。私も作ってみようかしら☆」
「「え゙。」」

 ぴきーん

 瞬間、辺りの空気が凍りついた。
 と同時に周囲から恨みがましい視線がスザクに集まる。
 振り返らずともわかる。特派の技術者達の非難の念が集まっているのだ。
 実際スザクも余計な事を言ってしまったと思う。
 セシルの料理の破壊力を思えば全員が14日の悲劇を想像しただろう。

《けど! 今14日は休みって決まったし!!!》

「でも14日がお休みなのよね。それじゃあ前日の13日にやりましょう♪」

 パシーン

 少しの希望を見出してスザクがセシルに制止の言葉掛けようとした瞬間、希望は打ち砕かれた。
 絶望に打ちひしがれるスザクの背に恨みがましい声が追い打ちをかける。

「ス〜ザ〜ク〜く〜ん?」

 ロイドの突き刺すような視線がスザクを射抜いた。
 いつもは飄々とした態度を崩さないロイドが眼鏡の奥で不穏な光を宿し静かに脅しをかける。

「責任取って君がセシル君止めてよね。」
「と、言われてもスイッチ入って加速を始めてますけど・・・。」

 既に自分の世界に入っているセシルは既に具材を決め始めている。
 この状態のセシルを止める事はゼロとタップダンスを踊るより難しいかもしれない。

「日本の風習なんだから日本らしい具材が良いわよねv
 え〜と日本らしい食べ物は・・・お鮨とか鰻とか梅干があるわね☆」

 うひぃいいいいっ!!!

《それらは単独もしくはご飯と一緒に食べさせて下さいぃいっ!!!
 しかも鰻と梅干は食い合わせ悪いしっ★》

 問題はそんな事ではないというのにスザクは気づいていない。
 セシルの暴走具合に慌てているのはロイドも一緒。口元を引き攣らせながら叫ぶ。

「とにかく止めるの! でないと休みあげないからね!!」
「そんな! 今のセシルさんを止めるなんてランスロット一機で要塞一つ落とすよりも難しいじゃないですか!」
「スザクく〜ん。折角だから具材のアドバイス欲しいんだけど。」
「ゔっ!」

 セシルからスザクに矛先を向けて来たのだからやはりタイミング的にも立場的にもスザクが彼女を止めるのが一番成功率が高い。それはわかっているが無言で任された任務のレベルは今までで一番難しい。
 助けを求めようと他に視線を向けるが皆の視線は氷点下。
 ここで失敗したら地獄行き決定。
 今もちくちくと視線がスザクに突き刺さる。
 ごくりと唾を飲み込みスザクは漸く腹を据えてセシルに言った。

「でもセシルさん。チョコに具材、更に道具まで揃えるなんて大変でしょう。
 スケジュールを繰り上げるからこれから忙しくなりますし。今回は・・・。」
「そんなの気にしないでv 腕を奮って皆に食べさせてあげるわ☆」

《逃げ道塞がれた。》

 自腹を切って皆にチョコレートを食べさせる気満々のセシルをどうやったら止められるのか。
 いや、止められるわけがない。絶望に打ちひしがれるスザクの耳に場の空気を読まない声が届いた。

「おーい。枢木准尉〜? ロッカーで携帯鳴ってるぞ。」

 丁度所用でこの場を離れていた一人がお気楽そうに声をかけて来る。
 一人だけ恐ろしい未来予想図が描かれている事を知らない事が羨ましくはあるがスザクにはそれ以上に気になる事があった。
 テロが頻発するエリア11でイレブンや名誉ブリタニア人に携帯の所持許可は特例でもない限り出ない。
 例に洩れずスザクも携帯をずっと持っていなかった。ユーフェミアの専属騎士になった事で申請すれば許可は出るだろうが、スザクは必要性を感じていないので未だに無いままだ。
 にも関わらず携帯が鳴っていると言われスザクは首を傾げた。

「携帯? でも僕携帯なんて持ってませんけど。
 僕じゃなくて他の人のでは??」
「でもお前の学生服から鳴ってる。さっき一度止まったけど時間を置いてまた鳴り出したぞ。
 悪いと思ったけど持って来た。」
「有難うございます。って、あれ? もしかしてこの制服・・・。」

 確かに渡されたアッシュフォード学園の制服から電子音が聞こえる。
 着メロでない呼び出し音は聞き覚えがあり内ポケットから響いている。手を入れれば予想通りの硬い感触。
 スザクは携帯を取り出し通話ボタンを押した。

「ルルーシュ?」
『スザク・・・漸く気付いたな。』

 電話の向こうで嘆息する親友の言葉にスザクは思わず苦笑する。

「ごめん。これ君の上着だったんだね。
 慌ててたから着ないままこっちに来ちゃったもんで。」
『着れば絶対気付いたと言いたげだな。
 つまりは体格の良さを自慢しているのか?』
「いや、そういうつもりじゃなくて! とにかく返しに行くよ。
 今夜は大丈夫?」
『是非とも今すぐ返してほしいくらいだ。電話が掛かってくる予定があるからな。』
「でも君、確か携帯二つ持ってるんでしょ? 今使っているのはもう一つのじゃないの??」
『相手に合わせて使い分けているんだ。とにかく急いでいる。
 駄目か?』
「う〜ん・・・・・・?」

 目を彷徨わせるとロイドの視線がぶつかる。
 瞬間、スザクはひらめくものを感じた。セシルに聞かれると拙いと思いこそこそと壁際に寄って声を潜めて話す。

「ね、14日だけど上司呼んでも良い?」
『軍人だろ? 出来れば遠慮してもらいたいが。』
「でも会長の婚約者だし。一応バレンタインだから・・・・・・。」
『・・・会長に聞いてみる。例の白衣の男だろう?
 そいつだけなら・・・。』
「もう一人!」
『二人もか? チョコと具材代を請求するぞ。
 それでなければ材料そのものを持ってきてもらう。』
「それでも良い! ね、日本の食材でチョコフォンデュに向いているものって何?
 思いつかなくて。上司が日本食に凝ってて困ってるんだ。
 お鮨や梅干をチョコフォンデュにしようって言い始めてて。」
『お前・・・随分追い詰められている様に聞こえるぞ。』
「実際追い詰められてる。14日の休暇と仲間の命が掛かってる。」

 命とまで言われてルルーシュも抗弁する気が失せた。
 通常ならば冗談だろうと言い切って捨てるが、天然のスザクが趣味の悪いジョークを言うとも思えない。
 本当に生命の危機に瀕しているとは考え難いが精神的に追い詰められていることだけは感じ取り深い溜息を吐く。

『・・・わかった。会長には俺から言っておこう。
 具材の方だが俺も日本食でと言われても急には思いつかない。
 だが・・・。』
「だが?」
『加工する事が前提になるが餅なら大丈夫だと思う。
 日本に馴染み深い食材だろう? 準備が必要になるから直ぐに用意できないなら言ってくれ。
 こっちで用意する。下ごしらえに一週間近く掛かるからな。』
「有難うルルーシュ! 伝えたら直ぐに携帯届けに行く!!」
『そうしてくれ。全く・・・困っているなら一言相談くらいしろよ。友達なんだから。』
「え? 何か言った。」

 喜びで最後の言葉を聞き逃したスザクが聞き返すが、聞き流された事にカチンときたのかルルーシュは答えなかった。

『・・・・・・・・とにかく直ぐに持ってこい。』
「うん☆ じゃあね!」

 携帯を切り、スザクはにっこりと微笑みながらセシルに向かい合う。
 勝利を確信した笑みにロイド達が戸惑っていたが、構わずスザクははっきりと言った。

「セシルさん。お餅って直ぐに手に入ります?」


 続く