木漏れ日の中で

 1月配布の無料SSペーパー作品で完全健全。
 平和な学園生活の一コマです。

 木漏れ日だが確実に光が届き温かな中庭のベンチ。
 昼休みには多くの生徒が昼食を取り談笑する中庭でぼーっとするのに最適なこの場所はいつも人が寄り付かない。
 それは何故か?


 ふわぁあ〜〜

 大きな欠伸をする少年が一人ベンチに座っている。
 翡翠の色の瞳にクリクリとした栗色の癖っ毛が柔らかな雰囲気を醸し出す。
 顔も悪くない。むしろ女性受けしそうな整った顔立ち。柔和な微笑みを浮かべる少年から受ける印象は温かで好印象を与える。
 にも関わらず中庭にいる生徒の殆どは彼を遠巻きにして距離を取っていた。

《生徒会の皆には馴染んだと言っても学校全体ではまだまだ・・・か。》

 少年の名は枢木スザク。
 学園内では彼の素性は完全に知られている。
 一番の理由は冤罪とはいえ皇族殺しの容疑者として大々的に報道された『イレブン』だという事。
 偏見の強いブリタニア人にとって彼は警戒すべき人物ではあっても進んで友好を固めたい相手ではない。
 それでも最初の頃とは違い今は大分マシだ。
 一番の理由はやはり幼馴染の『彼』だろう。

「大欠伸するくらいなら休んだらどうだ?
 元々軍の仕事がメインなんだろう。」

 皮肉めいた微笑みを浮かべて声を掛けてくるのは黒い髪と鮮やかな藤色の瞳をした優美な少年ルルーシュ・ランペルージ。
 『本名』は別にあるにしても今も昔もファーストネームが変わっていないのは有難いと思いながらスザクは笑って返す。

「折角学校に入れたんだから出来るだけ来ないと勿体無いじゃない?」
「隈、出来てるぞ。」
「え、ウソ!?」
「ウソだ。」

 笑って答えるルルーシュに「ひどいなぁ。」と笑って返す。
 極自然にスザクの右隣に腰掛けるルルーシュも眠いのか口元を手で覆い目の端に涙を浮かべていた。

「ルルーシュも眠いの?」
「ああ、ここ最近寝不足なんだ。
 悪いが休み時間が終わる頃に起こしてくれ。」
「へ。」

 言うが早いか。スザクが改めて隣に座る親友を見ると既に腕を組み目を閉じている。
 呼吸が安定しているところからしてもう眠ってしまったらしい。

「まるで有名な漫画のキャラクター並みの速さ・・・。」

 スザクの脳裏に浮かんだのは失敗しては某猫型ロボットに泣きつく眼鏡の少年。
 記憶が確かならばその少年の特技は【3秒で昼寝】だったはず。
 だがルルーシュのそれは少年の速さを上回っている。

「ほんっとうに眠かったんだ・・・。
 さっきまでいつもと変わらない様子だったのに。」

 生徒会メンバーであり友人のシャーリーの言葉を思い出す。

『ルルって格好つけだから。』

 確かにその通りだとスザクは思った。
 皇子という特殊な出生と宮殿での環境が今でも彼の中に根付いている証拠。
 ルルーシュらしいと言えば違いないがどこか物悲しさも感じられる。

「お休みルルーシュ。」

《ここは箱庭。誰も昔の様に君を貶めたり傷つけたりしない。
 ここでなら僕も君を守れるから。》

 ブリタニアの宮殿での生活は日本人であるスザクの想像を超えるものだろう。
 半分とはいえ血を分けた兄弟さえも敵となる冷たい場所だという事はナナリーの障害が証明している。
 本来ブリタニアの軍人であるスザクにはルルーシュ達の生存を報告する義務がある。
 だがそれをしないのは友を守りたいからだ。
 いつかはバレるだろうとは思う。だがその僅かな間だけでも安らぎをと願うのは罪だろうか?

 チチチ・・・

 空を舞う小鳥が平和を演出する。
 だがゲットーの様子を知るスザクにはそれは紛い物でしかない。

「隣、良い?」

 突然掛けられた声にスザクは視線を戻す。
 気づけば同じく生徒会メンバーのカレン・シュタットフェルト。
 病弱な名門家の令嬢と評判の彼女は鮮やかな赤いストレートの髪を揺らしてスザクに問いかける。

「カレン。どうしたの?」
「ここ、日当たりが良いから。
 それとも先約がいるの?」
「いやそんな事はないよ。どうぞ。」
「有難う。」

 スザクが示す左側のスペースに座ったカレンもまた眠いのか軽く欠伸をする。

「カレンも眠いの?」
「うん・・・ここのところちょっと寝不足で・・・。」
「にしても何で態々この場所に。」
「寝てると周りの皆が煩いの。保健室に行ったらとか家に戻った方が良いとか。」
「実際無理しない方が良いんじゃ。」
「私は来たくて来てるの。
 貴方の傍なら皆寄ってこないから・・・利用してごめん。」
「ううん、別に気にしてないよ。」

 カレンは他の生徒の様にスザクを避けたりはしない。
 彼女は他の生徒がスザクをどう見ているかを知っていて話しかけてくるのだ。
 そしてスザクの立場を利用する事への罪悪感を感じている。それを思えば気にするような事ではないとスザクは考える。
 微笑むスザクにほっとしたように微笑みカレンはスザクを挟んで向こう側に座って眠るルルーシュを見た。
 いつもの気難しそうな表情で眠っている様子にカレンは笑って言った。

「眠ってても格好つけてるわね。筋金入りだわ。」
「だね。」

 笑いあう二人。
 その二人に抗議するようにルルーシュの身体が傾く。

 こてん

「ルルーシュ?」

 スザクの肩を枕に眠り続けるルルーシュ。その様子にカレンは思いついた様に呟く。

「ベンチだと支えるものがないから首・・・痛くなるのよね。
 私も借りようかな。」

 こつん

「ええ!?」

 左肩・・・というよりスザクの左腕に寄りかかる様にカレンは身体を預け「休み時間が終わる頃に起こしてね。」と呟くように言って目を閉じてしまった。

「もう寝てる・・・。」

 ルルーシュに勝るとも劣らないスピードで眠ってしまったカレン。
 その警戒心など欠片も伺えない寝顔にスザクは苦笑するしかない。
 動けなくなったスザクも少し眠ろうかと目を閉じた。

 視覚がなくなった事で気づくものがある。
 三人を包むように温かな日差し。
 隣で眠る二人の規則正しく穏やかな呼吸音。
 遠巻きにしていた生徒たちから注がれる視線の中に優しいものがあった。

《ああ・・・緩やかに変わっている。》

 スザクは内部からブリタニア帝国を変えると決意した。
 その目標に向かってひたすら駆け続けてきた。
 けれど中々目には見えてこない変化にくじけそうになる事がある。

《見えなかったんじゃない。気づかなかったんだ。》

 その証拠がこの学校にはある。
 だからスザクは無理をしてでも学校に通う。
 特派の皆もスザクを受け入れてくれている。
 だからスザクは軍で頑張れるのだ。

 木漏れ日の中、心地よい睡魔が襲ってきた。
 その誘惑に身を任せたスザクは思考を止めた。



「全く・・・奇妙な光景だ。」

 学校の屋上で一人の少女が呟く。
 白い拘束服に萌黄色の長い髪を風にたなびかせながら中庭のベンチで眠る少年少女達を眺め、嘆息する。
 彼らは皆、別の顔を持ち敵対する立場にある。

 ブリタニアに反逆するブリタニアの皇子。
 同じくブリタニアを倒そうと戦うブリタニア人と日本人のハーフ。
 そして彼らとは逆にブリタニアに組する前日本国首相の息子。

 実情を知るものにとっては彼らほど奇妙な者達はいない。
 一度戦いが始まれば刃を交える関係。
 そんな彼らが戦いとは程遠い平和な空間の中で憩いの一時を共に過ごしている。

《奇妙な・・・そして悲しい光景だ。》

 公然の下、真実が明かされる時は来るのだろうか?
 それは少女・・・C.C.にはわからない。
 けれど一つ予測できる事がある。

 視線をまた別に向けると金色の髪を揺らしてベンチに近づく女生徒が一人。
 その後の展開が簡単にわかってしまいC.C.は興味を無くしてルルーシュの部屋へと向かいぽつりと呟く。

「今日は何のピザにしようか。」



 * * *



 クラブハウスでルルーシュは不機嫌そうな表情を隠そうとしない。
 カレンも少々顔を引き攣らせている辺りあまりいい気はしていないと察せられる。
 そしてスザクも目の前に突きつけられたものに困り顔しか浮かべられなかった。

「綺麗に撮れてるでしょv
 やるわねスザク君。これ日本では両手に花って言ってたんでしょ?」

 生徒会長であるミレイが手にしているのはベンチで三人仲良く眠っていた時の写真。
 見事に熟睡していた三人は写真を撮られていた事に全く気づかず、突きつけられた今になりその事実を知ったのだ。
 少々気難しそうだったルルーシュの表情は和らいでおり、カレンもスザクも穏やかな表情で眠っていた。
 なるほどミレイ辺りならこんな場面に遭遇して写真を撮らないわけがない。
 だが今の言葉は訂正しなくては7年前の侵攻まで日本の文化に深く触れていたルルーシュが怒り狂う事間違いなし。
 慌ててスザクはミレイの言葉に答える。

「いや花って普通女性二人を連れてた場合であってルルーシュは・・・。」
「ルルちゃんはそこらの女の子より綺麗だもの十分『花』でしょ。
 何よりも美少女&美少年の寝顔って言うのがポイント。
 是非とも学校の皆に。」
「公表なんてしたら仕事二度とやりませんよ。」

 調子付くミレイをルルーシュの威圧感バリバリの声が制する。
 「え〜。」と不満そうな声をあげるミレイをさて置いてルルーシュの鋭い視線はスザクに向いた。

「大体お前が寝こけるから会長にあんな写真を撮られるんだ!」
「でも僕も眠かったし・・・ってギブ! ルルーシュ、ギブアップ!
 誰かタオル投げて!!」

 そんなルルーシュに首に技を掛けられ慌てふためくスザク。
 二人の様子に生徒会メンバーは苦笑して見守るのみ。
 ちょっぴり意識が遠退きかけた頃、漸く女神の声が響いた。

「データ処分したわよ。」
「「「え!?」」」

 ミレイ達が驚いて振り向くと「ご苦労様。」と言って手のひらに割れたメモリを載せたカレンがいた。
 後ろでニーナが「ごめん、パソコンも・・・。」と呟いているところからして写真のバックアップも処分したという意味だと全員が察した。
 再び視線を戻せば先程までスザクを締め上げていたルルーシュが腕を組んで嘲笑を浮かべている。
 傍らではスザクが首元を緩めながら「ちょっと本気だっただろ?」と言っているところから先程の二人のやり取りが態とだと察せられた。
 それにしても写真はつい先程見せたばかり。にも関わらず陽動と実行役と見事な連係プレーを見せた三人にただ驚くばかりだ。

「ってことはコレが最後・・・。」

 ミレイが手にしていた写真を見ようとすると手にしていたはずの写真が無い。
 驚いて辺りを見回せば丁度カレンが手にした写真に火をつけたところ。

「きゃぁああ! 何時の間に!?」
「そんな! 会長ルルの寝顔写真プリントアウトしてくれるって言ったじゃないですか!!」

《新しいルルの、しかもレアな寝顔写真ゲット出来ると思ったのに!》

 今現在も片思い進行中。
 周囲は気づいていても本人には気づいてもらえない。
 ただでさえカレンに負けているのにと頬を膨らませるシャーリーと炭と化した写真を前に嘆くミレイ。
 そんな二人の背後からよく響く低い声がかかる。

「ところで会長、肖像権の侵害ってご存知ですか?」

 振り向けば微笑みの魔人ルルーシュ・ランペルージがいた。
 確かに笑顔を浮かべているのに背景はオドロオドロしい。

《《《怒ってる・・・本気で怒ってる・・・。》》》

 助けを求めるようにスザクに視線を向ければ彼は合掌している。
 日本の文化に詳しくは無いがそれが助けられないという意味だという事は察せられた。



 クラブハウスに響いた悲鳴。
 同じ建物のルルーシュの部屋でそれを聞いたC.C.は二箱目のピザを開けた。
 窓から木漏れ日が降り注ぐ。
 ベッドの上の窓の外で輝く太陽。
 偽りながら確かにここには平和があると彼女は感じていた。



 その平和がやがては無くなるとも。



 END


 2007.1.14に大阪で無料配布したSSペーパー作品です。
 いつもでしたら隠し部屋行きなのですが珍しく完全健全系なのでこちらにUPしました。
 お楽しみ頂けたら幸いです。
 だけど・・・14話観る前の作品なので・・・。
 まさかシャーリーがしっかりルルーシュの寝顔写真ゲットしてたとは思いませんでした。

 2007.2.26 SOSOGU