たぶんきっとだいじょうぶ


 「Caricature」のソト様の作品のパパルルに触発されて生まれたネタです。
 パパルルとは逆のスザパパが読みたいと思ったのが切っ掛けなので、こちらの作品はソト様に捧げさせて頂きました〜v
 お楽しみ頂けましたら幸いです。
 しかしこの作品、触発された元の小説の設定とはかけ離れてしまい、パパルル設定の影も形も見当たりません・・・。(笑)

「父さんは?
 差し入れを持って来たけど。」

 その一言でその場にいた特派メンバー全員が一斉に振り向いた。
 視線の先には今年17歳になるルルーシュ少年。幼い頃から忙しい父の代わりに家事を一手に引き受けたくましく育ってきた。
 その手にはまだ温かいおにぎりが詰められたランチボックス。
 おかずもしっかり作られており、野菜不足を補う為の生春雨や鳥の唐揚げに千切りキャベツ、プチトマトはヘタを取って半分に切られておりその脇には出汁を丁寧に取って作った出汁巻き卵が鎮座している。
 おにぎりも中の具は変えられており、昆布・梅干し・おかかと三種類が二個ずつ用意されている。
 その場にいた全員が誰も中身を見ていない。しかし誰もが我先にとルルーシュの元へと殺到した。

「ルルーシュ君! そのお弁当僕にも頂戴!!」
「ロイドさんは昨日貰ったばかりでしょう!?」
「私なんて先々週にタコさんウィンナー貰ったっきりです!」

 ロイドを筆頭に特派メンバー達が腕を伸ばして叫ぶが、ルルーシュのランチを掴み取ろうとするいくつもの手が届く前に彼の前に立ちはだかる影があった。

「皆さん、可愛いうちの子が僕の為に作ってくれた食事を横取りしようとはいい度胸ですね。」

 ちっ!

 何時の間に戻ってきたのか。
 実験直後で汗を流しにシャワールームに行っていたスザクの姿を見止め、駆け寄ってきた全員が舌打ちした。
 枢木スザク24歳、日本人でありながら何故かブリタニア軍である特別派遣嚮導技術部に所属するナイトメアパイロット・・・ランスロットのデヴァイサーがルルーシュの前で仁王立ちする。
 たった今まで自分に迫っていた危険に気付いていないのか、ルルーシュはきょとんとした顔で首を傾げながらも父親が現れたことで気にする必要なしと判断し、手にしたランチボックスを差し出した。

「これ、今日は休みだから少し多めに作った。」
「有難うルルーシュ。」

 感謝の言葉を掛けながらスザクは大事そうにランチボックスを手にすると勝ち誇った様に同僚達に振り返る。
 口の端が吊り上がり少し伏せられた睫はスザクが湛えている優越感を示していた。
 たった今まで特派メンバー達が懸命にルルーシュの弁当を手に入れようとした理由が彼らの背後にいる。
 だが彼らはまだ気付いていない。その事を今知っているのはスザクだけだった。
 この瞬間までは。

「ルル君、いつも頑張っているわね。偉いわ〜。」

 ぎっくん!

 ぽやぽやとした暢気さ満点の笑顔と共にルルーシュを褒めるのはセシル・クルーミー。
 藍色の真っ直ぐな髪を首を傾げて揺らすその姿は特派の聖母の名に相応しい。
 だが彼らは彼女の笑顔の向こうにある恐怖を思い互いの手を取り合って身体を震わせる。
 振り向こうともしないロイド達に代わり唯一恐怖から逃れる術を持っているスザクが笑顔で訊ねた。

「セシルさん。今日の昼食は何ですか?」
「今日は炊き込みごはんよ。」

 炊き込みご飯

 その名に皆、微かな希望を見出す。
 幾らなんでも日本の炊き込みご飯のレシピに一度でも目を通しているのならばその内容に期待しても良いのでは・・・と蜘蛛の糸に縋る思いでロイドが更に尋ねる。

「セシル君。炊き込みご飯の具材ってどんなのかな〜。」
「それは見てのお楽しみです。でも香りでわかるかしらv」

 言われてみれば何処からとも無く甘酸っぱい香りがする。
 何処かで嗅いだ覚えのあるその香りはまるでイチゴミルクの様な・・・。
 そこでセシルが苺と練乳を大量買いしていた事を思い出したロイドは血の気が引いていくのを感じた。

《あれ・・・デザート用じゃなかったんだ・・・・・・。》

 見たくない食べたくない逃げ出したい。
 しかし部下であるセシルの恐ろしさはロイドが一番良く知っている。

「スザク君はいつも通りルル君のお弁当よね。」
「はい、折角ですがセシルさんのご飯は遠慮させて頂きます。」
「いいのよv 息子さんが毎日お弁当作ってくれるなんて、とても幸せな事よ。」
「本当にいい子に恵まれました☆」

《《《裏切り者ぉっ!!!》》》

 笑顔で角を立てることなくセシルの料理から逃げ切るスザクに、皆声には出せなくとも心を一つに叫んでいた。
 だがしかし、スザクも特派に入ったばかりの時はセシルの料理を涙ながらに食べていたのだ。
 それが現在のお弁当になったのはスザクが特派に入って3ヵ月が経った頃の事である。



 * * *



 ブリタニアと戦争直前の状態でありながら何故か動こうとしない大国の思惑がわからないまま始まったのがナイトメアの共同開発。
 自国の技術力だけでは中々超えられないラインにやきもきしていたブリタニアと、サクラダイトを利用した技術力だけは他国の追随を許さないながらもナイトメアの製造技術は中々向上しない日本。
 ギリギリ続けられていた国交は今にも切れそうな蜘蛛の糸並みに脆いと誰もが見ていた。
 実際、日本人はブリタニア人を、ブリタニア人は日本人を蔑視する傾向にあり、国交が良好な方向に向かうとは思えない状況。そんな中、一つだけ転換の切欠になるのではと期待されていた事があった。
 ブリタニア帝国第十一皇子とその母后のサクラダイト精製工場視察。それに合わせて日本文化との交流を深めたいという后妃と皇子の申し出を日本政府は受け入れた。
 その後問題なく帰国した后妃と皇子の顔をスザクは知らない。
 しかし、二人がブリタニアに帰ってから暫くしてから実の父親であり日本の首相であるゲンブの顔色が悪くなっていく様子にスザクは困惑していた。
 気になって何度か声を掛けたがゲンブは「何でもない。」「お前は自分の事だけしていれば良い。」と突っぱねて話そうとしない。
 師である藤堂の紹介でロイド達と出会ったのもその頃である。
 元々藤堂はラクシャータという女性の知り合いだった。ナイトメアの研究をしている彼女は理想と言えるパイロットに出会っていたが、彼女の古い知り合いであるロイドはその性格の為かパイロットに恵まれず、彼の副官であるセシルがラクシャータを頼ったのが最初の切欠だ。
 ラクシャータが藤堂に相談し、シミュレータで能力確認をしてみようと弟子の中で最も身体能力の優れたスザクを紹介した。
 スザクもスザクでブリタニア人は好きではないが、師の頼みと言うこともありロイド達に付き合った。そこで見せられた数値にロイドが歓喜の声をあげたのが特派との腐れ縁の始まりだろう。
 そのまま無理やりに特派専属のデヴァイサーとしての契約書にサインをさせられたスザクは未成年である事を理由にゲンブに保護者の了承を証明するサインを求めた。
 もしゲンブが拒否すれば未成年であるスザクだけでは契約は成立しない。
 いつもだったらゲンブはサインを拒否するだろう。
 けれど、暫し考えたゲンブはスザクからロイドの人となりを聞き、最後に彼がブリタニアの伯爵であり特派が第二皇子シュナイゼルの直属機関である事を知ると重々しく頷きサインをした。
 その後も何やらゲンブはブリタニア側へ連絡を入れていた様だが段々と世情は悪化し、ブリタニア帝国第98代皇帝からの『サクラ』を求める声を拒否した事を切欠に戦争へのカウントダウンが始まった。
 次々に避難の為に母国へ帰るブリタニア人、ブリタニアに縁の深い人々も日本から脱出を始め、特派も本国へと引き上げる事になった。
 変わり者のロイドや優しい姉の様なセシル、気さくな特派の技術者達が日本を去るということでとり行われたのは送別会。どうせなら日本形式でと居酒屋のはしごが始まった。
 未成年だからと酒を断っていたスザクだが、誰かの悪戯か偶然の事故か、サワーとソフトドリンクを間違えて飲んでしまったのだ。しかも酔っ払いは皆友達と言ってメンバーの何人かが別の宴会へ紛れ込む度に連れ戻し、誰かが潰れたと聞いては介抱しを続けて疲れていたスザクは自分も酒を飲んでいる事に気づかず途中から記憶がぷっつりと途絶えてしまったのだ。
 一体どうやって帰り着いたのか本人にもわからないながらもスザクは自室の布団の中にいた。
 朝の光が顔を照らし、眩しさで目が覚める。
 目覚めたばかりでぼんやりとした視界がはっきりするまでぼーっとしているとスザクは傍らにある温もりに気付いた。

「あ・れ?」

 枢木家ではペットは一切飼っていない。過去も現在もだ。
 犬も猫も好きだがどうにも動物に嫌われやすい体質らしく、一人息子のスザクの事を考えゲンブも飼う事を断念していたのだから確かな話だ。
 それとも昨日の帰り道の途中で捨て猫でも拾ってきたのだろうかとスザクはまだはっきりしない頭で思い出そうとしていた。
 知らぬ間に飲んでしまった酒の影響かはっきりと思い出せない。しかしおぼろげながら緑色のイメージと共に若い女性の声が脳裏に蘇った。

『契約は結ばれた。この子を守り育て上げる事が出来ればブリタニアとの戦争を回避してやる。
 だが私が引き取りに来る前に・・・・・・・・・・・。』

「来る前に何だ?」

 思い出した言葉に鸚鵡返しに訊ねるが応える相手はいない。
 とにかく起きようと身体を起こすと掛け布団が捲れて朝の冷気が身体を冷やした。
 すると何かが唸る声が聞こえる。

「う〜ん・・・・・・寒い・・・。」

 !!?

 どっと汗が湧き出た。
 背中と手の中とこめかみに湿った感触がして息が意図せず止まる。

《い・・・今のは・・・・・・。》

 聞き間違いでなければ明らかに人間の意味ある言葉だ。
 今、スザクの周りでする生き物の気配は傍らにある温もりだけ。
 それに改めて考えてみると猫や犬にしては妙に大きい気がする。
 まさかと思いながらもスザクは恐る恐る捲れた掛け布団の陰にある存在に目を向けた。
 艶やかな黒髪と白い肌、寒さが不快なのかキツク閉じられた切れ長の目と形の整った鼻と口。
 瞼の向こうにある色はわからないながらもスザクには目の前で眠っている子供が日本人で無い事を確信していた。
 黄色人種である日本人でもここまで白い肌はまず見られない。黒髪もアジアに多いが漆黒の黒髪は日本人でも珍しい。
 何よりも眠る子供の顔貌が日本人からはかけ離れていた。

《目を覚ます!?》

 何時まで経っても掛け布団が戻されない為に身体が冷えたのだろう。
 スザクの目の前で眠っていた子供・・・少年が瞼を震わせその瞳の色を現した。
 透き通るように美しいアメジスト色。
 思わずスザクがその色に見入っていると少年ははっきりと目を覚ましたらしくスザクを真っ直ぐ見返して言った。

「おはよう父さん。」

 びきききぃっ!!!

 瞬間的に脳を凍りつかせたスザクは直ぐに我に返った。
 今のは単なる聞き違いかもしれない。そう自分に言い聞かせながらスザクは少年に訊ねる。

「えーっと、君は誰かな?
 お父さんとお母さんは何処??」
「貴方がお父さんで母は・・・ブリタニアに戻っているかもしれません。そのまま行方をくらます可能性が高いですね。」
「まてまてまてっ! 僕は君みたいな大きな子供を持った覚えはないし明らかに年齢的に血は繋がってないのがわかるし子連れの女性と結婚した覚えもないよっ!!!」
「確かに父さんは未婚です。でも僕らは親子です。
 ほらこれが証拠。」

 ピラピラと少年が一枚の紙を取り出しスザクの前に突きつける。
 厚めの上質紙に書かれたソレには確かにしっかりと書かれていた。


【私、枢木スザクはルルーシュ・ランペルージを息子とし、C.C.が迎えに来るその時まで、如何なる権力者に引き渡すことなくルルーシュが健やかに成長する環境を作り上げる努力を惜しまず、彼を守り続けることを誓います。

 我、灰色の魔女C.C.はルルーシュ・ランペルージを迎え入れる準備が出来、日本国と神聖ブリタニア帝国の同盟が成るまでの間、神聖ブリタニア帝国による日本国侵攻を阻止する事を誓う。】


 ラストには互いの名前(イニシャル)と拇印が押されている。血の色である赤銅色が不気味だ。
 改めて自分の右手を見てみると親指に傷の跡があった。
 筆跡は多少乱れているが自分の字とわかる。これで指紋が合致すれば間違いなくスザクが書いたものなのだろう。
 今更ながらおぼろげながら記憶が蘇ってきた。
 飲み屋を梯子しているスザク達の隣のテーブルで時間帯には似合わない子連れの女性がいた。
 ライトグリーンの艶やかな髪を後ろに流し無表情でテーブルの上に所狭しと並べられたピザを食べながら焼酎の大瓶を片手に飲み食いしていた為に酔っ払いだらけの特派メンバーも思わず彼女の食べっぷりや飲みっぷりに見入ってしまった。
 と同時に、彼女の向かいに座る少年も奇妙に見えた。
 目の前のピザには一切手を出さずに小さなエビドリアを黙々と食べてはオレンジジュースを飲む姿は異様だ。
 ただ食欲を満たす為だけに来ている二人は互いに無関心な様子と外見年齢からとても親子には見えない。
 親戚の女性が子守でも頼まれているのだろうかと思ったが、時刻は既に11時を回っている。幼い子供を連れまわして良い時間ではない。
 だから、まだ正気が残っていたスザクが声をかけたのだ。



 * * *



「もう遅いですし、この子の為にも全て持ち帰りにして家で食べてはどうでしょう?
 君も夕食はもう止めて家に帰ったら歯を磨いて直ぐに寝なさい。
 食べ足りない分、朝に沢山食べれば良いんだから。」

 その一言が不味かったのだろうか。女性は少し怪訝そうな顔をして少し考え込んだ後にスザクの額を軽く突き放した。
 指が額に触れた瞬間、すさまじい衝撃を感じたと思ったのだが、実際にはスザクの身体は僅かに後ろに逸れただけ。戸惑うスザクとは対照的に女性は口元に笑みを刷いて言った。

「終わらせたくないのだなお前は。」
「え?」
「彼らとの関係を。戦争で失いたくないのだろう?」
「な・・・何を言って・・・。」
「回避したいのだろう? 戦いを。」

 クラリと身体が傾ぐのを感じた。
 酔いが大分回って思考が上手く纏まらない。
 先ほどの衝撃も手伝ってか段々と女性の言葉理解しながらもそれに応えるだけの思考能力が麻痺していく。

「これは契約。私の望みを一つだけ叶えてくれればお前が望む世界を与えよう。」

《俺が・・・望む世界?》

「だが戦いを回避する代償は安くは無い。
 代償を払おうとすればお前は長く孤独に苛まれる。
 その覚悟があるならば・・・。」

 女性の言葉が直接頭に流れ込んで来るイメージにスザクは身体が浮いているような気分になる。
 何もない不可思議な空間に女性と自分だけがいるような錯覚に陥りながら考えた。

《戦争で失うものに比べたら何て事はない!》

 脳裏に浮かぶのは仲良くなった特派の仲間達、師匠の藤堂や四聖剣のメンバー、ラクシャータに同じデヴァイサーのカレン、父と従姉妹の神楽耶。他にも今まで自分が関わってきた人達の笑顔が浮かんでは消えていく。
 それは一瞬のことだったのだろう。スザクは女性の言葉に吠える様に応えた。

「結ぶぞ! その契約!!!」



 * * *



「で、この状況なわけだ・・・。」

 思い出せば何て事はない。
 少年・・・ルルーシュは昨夜の店で出会った子供なのだ。

「お母さんのC.C.さんは現在行方不明・・・と。」
「あの女は僕の母なんかじゃありません。
 母の古い知り合いであって血は一滴たりとも繋がっていませんし、ピザ女が僕の母であるはずがない。」
「ピザ女って・・・。」
「放っておけば365日毎食ピザにしようとする女はピザ女で十分でしょう。」
「・・・とにかくお母さんは行方不明としてもだ。実のお父さんは何処にいるのかな?」

 スザクの問いかけにルルーシュはビクリと肩を震わせて視線を伏せる。
 膝上にある両手が拳を作り震えている。その様子にスザクはまさかと思った。

「父は、遠いところに・・・います。どうしても、言わなくてはいけませんか?」

 悲しげに細められたアメジストが潤んでいる。
 そんな目を見せられてそれ以上スザクに言えるわけがない。

「僕にはもう・・・父さんしかいないんです。」

 縋るように見上げられたスザクは反射的にルルーシュを抱き締めた。
 無表情にただエビドリアを口に運ぶ姿が思い出される。

《きっとこの子は楽しい事や嬉しい事も何も感じられない生活を送ってきたに違いない。
 親に捨てられ世界に見放されて全てを諦めてしまっているこの子を、俺は・・・・・・っ!》

「大丈夫だ! 父さんがお前を守ってやるから!!!」

 スザクの言葉に腕の中のルルーシュは再び身体を震わせる。
 小刻みに震える肩に背中に回される細くまだ成長しきっていない腕にスザクは安堵した。
 だがしかし、スザクは気づいていなかった。
 ルルーシュがしてやったりといった顔で皮肉気な笑みを浮かべている事に。


 とは言えスザクも未成年。
 親の許可なしに一人暮らしする事は出来ないし、子供を引き取ることも不可能だ。
 だが一体どんな魔法を使ったのか?
 ゲンブは二つ返事でスザクとの別居を許可しマンションの手配までしてくれた。
 ルルーシュの事も承知しているらしく中途入学の手続きを取り、スザクが成人するまではゲンブが名前を貸してルルーシュの保護者となってくれたのだ。
 実質的な世話はスザクの仕事だったし運動会や授業参観、PTAや役員会などは全てスザクが出る事を条件として出してきた。
 無論スザクは自分が結んだ契約だからと頷いた。
 手続きが終わり環境が整いルルーシュが日本の暮らしに慣れるまでは一人に出来ないと特派への用事にもルルーシュを連れて行くことにしたスザクは最後の挨拶にと施設へと足を運んだ。

「ざ〜んねんでした〜ぁ!
 スザク君、僕らの撤収は白紙撤回されたよ☆」

 いつも通りランスロットのトレーラー前へとやって来たスザクを出迎えたのはロイドの素っ頓狂な声。
 傍らにいるセシルが笑顔で説明を始めた。

「急な話なんだけど一昨日の飲み会の後に電報が入ったの。
 日本との戦争が回避されたって。」
「どうして!? あれだけ皇帝が・・・じゃない、皇帝陛下が強硬に戦端を開こうとしていたのに。」
「そう、その皇帝陛下がそれまでの主張を翻したんだよ。
 僕もその理由を知らないけどランスロットの研究が続けられるからどーでもいいじゃない。」
「一応シュナイゼル殿下にあまりにも突然に状況が変わり過ぎたので特派としては最初の命令通りに本国に戻るべきかと確認の。日本政府に正式打診をして今まで通り継続して合同研究が続けられるようにするつもりとのお言葉を頂いてね。
 正式命令が下されるまでは研究はストップ、私達も日本で待機する事になったわ。」
「な〜んか、あの人の話からすると大事な大事な第十一皇子が家出したのが理由っぽいけどね。」
「ロイドさん! それはあくまで推測に過ぎないんです。あまり人に言い触らさない様にして下さい。
 不敬罪に問われますよ!」
「第五后妃マリアンヌ様も皇宮を出奔しかねないもんでコーネリア皇女殿下が必死に止めているっていう話は本当かねぇ?
 でもあくまでウ・ワ・サ。」
「皇帝陛下が欲しがっている『サクラダイト』を犠牲にしてでも・・・ですか?」
「そこからしてスザク君は勘違いしてるね。」
「まさかスザク君・・・お父様から何も聞いていないの?」

 セシルが戸惑いながらも問うとスザクは頷いて答える。

「父は僕を政治に関わらせまいとしていたので。
 下手に関わらせては僕の生活に支障が出ると思ったんでしょうね。マスコミに突撃取材される事がありますし、何も聞いていないと言ってもしつこく食い下がる人たちがいますが、父が僕に何も話さない事はこの2年くらいでしっかりと伝わったみたいで最近は追い回される事もありません。
 今までそうして守って来た生活を今更壊す気は父も無いんでしょう。
 それで、僕が勘違いしているってどういう事ですか?」

 セシルとロイドは互いに顔を見合わせた。
 スザクに話す事に迷いがあるのか戸惑いの表情を浮かべるセシルにロイドは笑みを浮かべて頷くと一瞬間をおいてスザクに答えた。

「皇帝陛下が日本の『サクラ』を所望したって話は知ってるね。」
「勿論です。新聞やニュースで報道されていましたから。」
「その後、日本政府はマスコミに情報の訂正をするように通達したはずなんだけど・・・どうしてだろうね。
 未だに訂正されていないんだよ。真実の方が嘘っぽいと思ったからだろうけど。」
「情報の訂正? でも皇帝は確かに『サクラダイト』を寄越せと言ったのでしょう?」
「だからそれが間違い。皇帝陛下が日本に寄越せって言ったのはサクラダイトじゃなくって・・・。」
「第十一皇子殿下とマリアンヌ后妃殿下が揃って観賞した千年桜の事なのよ。」
「あの樹齢千年はいっていると言われている古代桜!?」

 ブリタニア狙いのテロ防止の為に二人の写真は報道規制されている。
 特に幼い皇子が狙われやすいと完全に皇子の写真はメディアに出ない様に手配され、優しげに微笑む后妃の写真と映像が僅かに映されるだけだった。
 勿論二人のスケジュールは後で報道されて一般人が先回り出来ない様にしていたのでスザクも殆ど知らなかった。
 千年桜を観賞した事もセシルの言葉で初めて知ったスザクが驚いて二人の言葉を待つ。

「そうなのよ。実際は千年じゃなくて数百年だろうと研究者は言っているようだけど・・・。」
「でもアレを寄越せって言っても・・・。」
「日本人は桜好きな民族だろう? しかも苗木を譲って欲しいって事なら何の問題もなかったけれど皇帝陛下は千年桜をそのままブリタニアに移すと言ったんだ。
 日本政府としては戦争を回避したいがそんな事を了承する事は出来ない。
 国民が納得するわけないからね。日本文化を蹂躙する行為だと非難されるだろうね。」
「国民の賛成が得られない事は確か。それに無理に桜をブリタニアに移そうとしても根が傷つけられたら桜は枯れてしまう可能性が高いから日本政府も要求は受け入れられないと丁重に断ったらしいけれど・・・。」
「皇帝が断られた事に憤慨して開戦まで秒読み状態に陥った、と。
 それじゃ第十一皇子が家出って話はどう繋がるんですか?」
「噂の域を出ないんだけど・・・皇子殿下は自分がまた千年桜を見たいと言った言葉が原因で戦争が始まる事にお心を痛めて、陛下を諌める為に姿を隠してしまわれたという話があるのよ。」
「父親が勝手に暴走しただけでも切っ掛けが自分だからって?」
「まあそれだけが理由じゃないと思うけどね。実際皇子殿下は皇宮から姿を消しているらしいよ。現在行方不明。
 精神的なショックから皇帝陛下は臥せってしまわれて現在若干二十歳の宰相、シュナイゼル殿下が対応に追われてるってハ・ナ・シ。」
「ロイドさん? 正しい説明の仕方、教えて差し上げましょうか?」
「有難う、遠慮します。
 スザク君、今のも一応噂だから。」
「わかりました。噂ですね。」

 伯爵でシュナイゼルに近い位置にいるロイドが仕入れている情報なのだ。真実に近い噂なのだろうとスザクは納得して頷いた。

 くぅぅう〜

 何かが鳴る音が聞こえる。
 スザクはそこで漸く時刻が12時を回っている事に気づいた。
 右手を握るルルーシュを見ると疲れてしまったのか、それとも恥ずかしさからか、耳を赤くして顔を伏せている。

「スザク君、この子は?」

 セシルの言葉にスザクはルルーシュを気遣いながらも答える。

「期限付きですけど僕の息子のルルーシュです。」
「息子っ!?」
「へぇ〜。」

 驚くセシルとは対照的にロイドは面白そうに目を細めながらルルーシュを見つめる。
 その視線に居心地悪そうにスザクの陰に隠れる様子にスザクがロイドの視線を遮るように前へ進み出た。
 と同時にまた腹の虫が鳴く音が響く。

「もうお昼だもんね。ゴメンねルルーシュ。
 外に食べに行こうか。」

 スザクが背後に隠れているルルーシュの髪を撫でながら言うとルルーシュもこくりと頷く。
 それじゃと施設を出ようとするとセシルが呼びとめた。

「今の時間じゃ大分混んでいるわ。ルルーシュ君、お腹空いてるんでしょう?
 オニギリが此処にあるから良かったらどうぞ。」
「「げっ!」」

 慌ててルルーシュと止めようとするが、お礼を言って受け取ったルルーシュはアルミホイルに包まれたオニギリを広げている。

「ルルーシュちょっと待って!」

 スザクの制止の声が響くが遅かった。

 ぱくり☆ ばったーん★

 セシル特製、トリプルベリージャム入りのオニギリを食べたルルーシュはそのまま気絶してしまったのだった。



 * * *



「あれからだよね。ルルーシュがお弁当を作るって言いだしたの。」
「いきなり何の話だ?」

 ルルーシュ特製ランチを突きながらスザクは呟く。向かいに座るルルーシュは尋ねながらも水筒に入れた味噌汁を注いでスザクへと差し出した。
 スザクは何でもないと首を振りオニギリを頬張る。程よい塩加減で握られたそれは自家製の梅干し入り。磯の香りと味噌汁の香りが腹に沁み渡る。
 ルルーシュを引き取ってから7年。
 未だにルルーシュはスザクを『父さん』と呼ぶが口調は大分砕けており、友達のような話言葉になっていた。
 ルルーシュは現在17歳、24歳のスザクとは7歳しか違わないのだから丁度良いだろう。
 一時は『兄さん』と呼ばせてはとセシル達が提案してみたがスザクは猛反対したのだ。

【僕はルルーシュの父親なんです!】

 反射的に出た言葉だが今のスザクは自分が叫んだ本当の理由が分かり始めていた。
 勿論、ルルーシュを預かる自分を戒める為だったかもしれない。
 けれど・・・。

「そうだ。この間、シャーリーがコンサートに行かないかと誘ってくれたんだ。」
「何時っ!?」
「明日の7時から開演のクラッシック。だけど枢木首相が久しぶりに食事をしようと誘ってくれていただろう?
 だから丁重に断った。」

 微笑むルルーシュはとても妖艶だ。
 最近は特に告白される機会が増えたらしく、生徒会の書類に乗せて家の中を歩いている内に落ちたのだろう。ルルーシュ宛てのラブレターが2・3通居間に落ちていた。
 ルルーシュは気づいていないらしくスザクは心を痛めながらもこっそりと手紙を開封してみた。
 どれもこれも内容は同じ。

【ずっと貴方を見ていました。好きです。付き合って下さい。
 返事は一週間後に。中庭で待ってます。】

《ふ・ざ・け・る・な。
 何がずっと見ていましただ。高々1・2年かそこらだろうに。
 僕なんかもう7年も寝食を共にして、ルルーシュの教育の為に一人称変えて仕事の休みには家族サービスで色んなところに出かけたり一緒に食事を作ったり部屋の掃除をしたり一緒に風呂に入る事も未だにあるしこの間も頬についてたプリンを舐め取ってあげたら擽ったそうに笑いながらお礼言ってもらったし大事な大事なルルーシュをどこぞの馬の骨ともわからん女にやれるわけがない!!!》

 この時点でもスザクはまだ気づいていなかった。
 だがしかし、ラブレターをこっそり見たことを知ったルルーシュに責められてスザクは思わず叫んだのだ。

「僕とこの子とどっちが大事なの!?」

 ルルーシュは親馬鹿で出た言葉と思い呆れたと溜息をついていたが、スザクは自分の言葉の意味がわかってしまった。 

《僕は恋愛対象としてルルーシュを見ている。》

 そう自覚した時にC.C.の言葉が思い出される。

【だが戦いを回避する代償は安くは無い。
 代償を払おうとすればお前は長く孤独に苛まれる。
 その覚悟があるならば・・・。】

 言えない。言えるわけがない。
 周囲の誰にも言えないのだ。
 自分が養い子にあらぬ想いを抱いているなど悟られたら引き離されてしまう。
 絶対にそれだけは避けなくてはいけない。
 自分は父親なのだとスザクは自身に言い聞かせ、ルルーシュにも継続して父と呼ばせている。
 けれどたまに理性が崩壊しそうな時がある。

「美味いか?」
「ルルーシュが一緒だと特にね。」
「そうか。」

 言葉はそっけないがルルーシュの表情が和らぐ。
 ふわりと空気が暖かになる瞬間がスザクの理性を殺いでいく。

《滅茶苦茶可愛いんだけどルルーシュ!
 そんな顔、他に人には見せてないよね!?
 っつーか絶対に見せないでぇっ!!!》

 表面上は人の良さ気な笑みを浮かべながらも心は嫉妬の嵐。
 社会勉強も兼ねてバイトを探そうとするルルーシュをストーカーしかねない自分が恐ろしく、バイトそのものをしないようにと一生懸命に止めているが、そろそろ明確な理由がないと彼を止められないだろう。
 現在の最大の悩みである。

「話は変わるけど俺もそろそろバイトを・・・。」
「お小遣い足りないの!? 頑張って働くからバイトなんてしないで!」
「金が目的じゃないから小遣いは関係ない。
 それにもう契約してしまった。」
「一体何処で働くっていうのさ!」
「ここだよ〜☆」

 間延びした声に振り返るとゼリー飲料を手にしたロイドが立っている。
 傍らのセシルが困ったように微笑みながら話し始めた。

「スザク君がいつも反対してるからルル君バイト出来ないでしょう?
 でもルル君が勉強の為にもバイトしたいって気持ちわかるし、スザク君が心配になる気持ちもわかるから、特派でバイトしてもらえばスザク君も安心だし問題ないと思って。」
「でも僕らは甘くはないからね〜。きちんと仕事しないと怒るしビシバシ指導していくよ。」
「お手柔らかにお願いしたいところですけどね。」
「スザク君も自分の職場なら安心でしょう?」
「ま、まぁ・・・。」
「とりあえずは清掃業務と賄いだね。一応ここの情報は機密扱いだし。
 いつまでもセシル君に負担掛けるわけにはいかないし、僕としてはセシル君には本来の仕事に集中して欲しいからね。」

 笑顔で「ルルーシュ君には明日から来てもらう事になってるんだ〜v」と鼻歌を歌うロイドを見てスザクは全てを悟る。

《後半は嘘だな。》

 ルルーシュのバイト話はロイドにとっては都合が良かったのだろう。
 ルルーシュの為だと言えばセシルも引き下がるを得ない。ルルーシュがバイトをする限りはセシルのトンデモ料理から逃れられるとロイド達は踏んだのだ。
 更に後方に視線を移せば男泣きしているメンバー達が見える。
 今日が最後だと互いに肩を叩き合い必死にいちごミルクご飯を口に運ぶ彼らには同情する。
 同情はするが、不安材料があった。

「これからは職場でもヨロシク。父さん。」

 爽やかではあるが17歳になり更に磨かれた妖艶さが見え隠れするルルーシュの笑みに、スザクは心臓を鷲掴みされた様な気がした。
 どっくんどっくん鳴り響く心音に早く静まれと心の中で叫びながら「よろしく。」と答える。
 だが・・・。

《僕の理性・・・何処まで保つかな。》

 不安材料はある。
 けれど周囲の目がある場所なのだから・・・とスザクは自分に言い聞かせた。

《たぶん、きっと大丈夫だよね。》

 その『たぶん』が己の理性の危うさの指標である事にスザクはまだ気づいていない。


 END


 ○読まなくても良い後書き○

 切っ掛けはパパルル話に萌えた事にありますが、スザパパも読みたいなぁ〜と思いついたのが運のつき。
 時間ないのだから書けはしないと言い聞かせたものの増え続ける妄想の数々。
 段々と設定が固まってきてしまったので一応書いてみようと思いました。やはり長くなりましたね・・・実は大分削った結果なんですよ、この話。
 パパルルが切っ掛けのわりに設定は大分掛け離れてしまいましたので今回書かれていない設定が沢山あります。
 ルルーシュサイドを書くと何故皇帝が戦争を止めたのかもわかりますが・・・書くかどうか迷ってます。
 食卓シリーズも書きたいですしね。

 この話ですが、書いた切っ掛けが切っ掛けなので今回のお話はソト様に捧げさせて頂きました。
 ソト様の作品はどれも素敵なので次回作楽しみにしてますね☆

 2008.2.10 SOSOGU