だいすき! (ボツシーン)

「だいすき!」の没シーン。
リサイクルとも言ふ。
 切欠が何だったのかはルルーシュも覚えていない。
 ただ、物心ついた時にはマリアンヌを「ママ」と呼ぶ様になっていた。
 言葉を喋れるようになって初めて父皇帝の前に出たのは3歳の時だと後から聞かされた。
 1番目だろうと11番目だろうと息子に対する皇帝の態度は変わらない。
 偉そうに胸を張り座る姿はとても幼い子供に対する態度ではない。
 細められた紫電の瞳はマリアンヌが手を引いて連れてきた幼いルルーシュへと向けられた。
 まだ自分を取り巻く状況がよくわかっていない。
 普段は細身のマリアンヌだが臨月が近い為、腹が膨れてスカートが膨らみ隠れる陰が出来ていた。
 自分を射抜く視線が怖かったのだろう。母の影に隠れるルルーシュにマリアンヌはコロコロと笑いながら言った。

「まぁルルーシュ照れちゃって。」

《《《照れてない照れてない。っつか怯えてるんだと思う。》》》

 思わず突っ込みそうになる周囲の貴族達は『言ったら不敬罪。』と必死に自分に言い聞かせ言葉を飲み込んだ。
 そんな彼らの想いなど気付きもせず、マリアンヌはそっとルルーシュの手を引いて再び前へと引き寄せ言った。

「改めまして皇帝陛下。こちらが第十一皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアにございます。
 さぁ、ルルーシュ。練習したでしょう。ご挨拶して。」

 母に促されても自分を見る周囲の目がちくちくと痛い。
 一番恐ろしいのは真正面から自分を見つめる時代錯誤のくるくるロール頭をした皇帝。
 目の前に居る人物が自分の父親なのだと聞いていた。一度も会ったことの無い実の父。(もしかしたら覚えていないくらい小さい時には会った事があるかもしれないがルルーシュの記憶の中には全く無い。)
 再度マリアンヌに促されルルーシュは何度も練習した言葉を必死に紡いだ。

「・・・はじめまして、パパ。」

《《《パパ!?》》》

 未だ嘗て当代皇帝を「パパ」と呼んだ者はいない。
 今まで謁見した子供達はそれぞれ好きに呼んでいたが、皆皇族としての品格を持てと教育されており、「パパ」などと呼ぶ皇子や皇女は一人もいなかった。

 ぷっ
 くすっ・・・くすくす・・・・・・
 所詮は庶民出ということですね
 全く、これが帝国の皇子とは情けない
 恥ずかしくて私ならば謁見など申し込めません

 幼い子供の言う事だ。
 けれど庶民出の后妃と言う事でマリアンヌのことを軽視する貴族は多く、幼いルルーシュの言動すら槍玉に挙げる。
 嘲笑が謁見の間に広がる中、マリアンヌは微笑を絶やさないが、周囲の雰囲気に怯えたルルーシュが再び母親のスカートに捕まり隠れようとした時にそれまで黙っていた皇帝が口を開いた。

「ルルぅぅ〜シュ。もう一度言ってみよ。」

 びくぅっ!

 自分を見下ろす目が怖いのかルルーシュは肩を跳ね上げて今度こそマリアンヌの後ろへと回りこむ。
 その姿に更にルルーシュを笑う声が多くなった。
 悪意の渦の中、怯えて身体を縮こまらせるルルーシュを見て、再び皇帝は言った。

「今ルルーシュを笑っている者、全員この場より立ち去れ。」

 へっ!?

 一斉に周りに居た貴族達が皇帝を見やる。
 表情はいつもと変わらない。何を考えているのかわからない冷徹な瞳は今もルルーシュに向けられている。
 笑っていた貴族達は聞き違いかと隣り合った者と顔を見合わせたりして首を傾げていたが、お互いの顔を見る限りでは聞き違いではないらしい。
 戸惑って居ると再び皇帝は口を開いた。

「聞こえなかったか? 今直ぐ出て行けと言ったのだ。」

《《《そう言われて出て行ったら不敬罪扱いするつもりでしょ!?》》》

 真っ青になって身体を震わせる貴族の何人かが衛兵に拘束され謁見の間より連れ出され始める。
 先程、声高に笑っていた者だと確認すると控えめながらに笑っていた者達は表情を凍りつかせた。
 数名ほど連れ出された後、笑い声は既に無く謁見の間は静まり返っていた。
 何が起きたのかわからず戸惑うルルーシュに再び皇帝は声をかける。

「ルルーシュ、今一度先程の言葉を。」
「ことば・・・?」
「お前はさっき、わしの事を何と呼んだ?」

 言われてルルーシュは漸く思い出す。
 何度も練習した挨拶の中で、一番口に馴染んだ言葉を。

「・・・パ、パ?」
「・・・・・・・・・ルルーシュ、近くに。」

 暫しの沈黙の後、命じる皇帝にルルーシュはまた戸惑っているらしくマリアンヌを見上げる。
 するとマリアンヌは最初と変わらぬ笑みを湛えながら「パパの傍に行ってらっしゃい。」と背中を押す。
 母にも言われて嫌とは言えずルルーシュはとことこと前に進み出て玉座の前で立ち止まった。
 先程より大きく見える父皇帝の姿にルルーシュは逃げ出したくなるが、両手に拳を作ってその場に留まり見上げた。
 真っ直ぐに返される視線は最初よりも怖くない。
 少しほっとしていると再び問いかけられる。

「ルルーシュ、他に何か言う事はないか?」
「いうこと・・・?」
「謁見を申し出たのだ。報告する事があっての事だろう。」
「ホウコク・・・あ。
 パパ、ルルーシュはこんどおにーちゃんになります。」
「そうか。」
「おにーちゃんになるから、いもうとのナライになれるようにしなくてはいけないとセンセイにいわれました。」
「ふむ。」
「だからキョウでパパやママとよぶのをやめます。」

 くわっ!?

 ルルーシュの宣言に今まで表情を変えなかった皇帝の顔が大きく歪んだ。
 驚愕の表情を浮かべる皇帝に周囲にいた貴族達も度肝を抜かれるが声をあげれば即刻退場させられてしまう。
 皆、己を律し必死に声を飲み込んだ。
 注目が集まる中、ルルーシュは自分が怯えていた視線が再び集中している事に気づかず一生懸命に皇帝に語り続ける。

「いちどもパパってよべないのはかなしいとおはなししたらママがつれてきてくれました。
 次からはクロヴィスにいさんのように父上ってよびますね。
 ごホウコクはイジョウです☆」

 しーん

 謁見の間に重い沈黙が降りた。
 誰もが何も言えずに立ち尽くす。
 その中で唯一微笑んでいるのはマリアンヌとルルーシュのみ。
 目的を果たせたと満面の笑みで辞そうとするルルーシュを皇帝は引き止めた。

「待てルルーシュ。」
「はい、なんでしょうか。」
「神聖ブリタニア帝国において皇帝の命が絶対と知っておるな。」
「はい、みんなパパのいうことをきかなくてはいけないのでしょう?」
「その通りだ。ではルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに命ずる。」

《《《皇帝陛下、幾ら不敬罪に当たるとしてもこんな子供に罰を与えるのはちょっと大人気ないんじゃ!?》》》

 先程までルルーシュを嘲っていた貴族達とて鬼ではない。
 ちくちくとした言葉による虐めはするが、公的に罰を与えるほどの事をしていないと考えていた。
 にも関わらず皇帝の視線は鋭く厳しい。一体どんな罰を与えようというのかとハラハラしながら見つめていると当代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアは大きく息を吸い込み、一息に吐き出すように叫んだ。

「お前はこの先一生、わしのことをパパと呼ぶのだぁ!!!」

 ちーん ぽくぽくぽくぽく・・・・・・

 ブリタニア帝国の国教は仏教ではない。
 しかし何故か木魚の音が響いている気がする。
 皇帝の命令が謁見の間に居る全員が理解するまでに要した時間は約3分。
 ルルーシュは固まり、マリアンヌは笑みを深くする。

「「「皇帝陛下がご乱心だぁ!!!」」」

 貴族たちの悲鳴交じりの叫びをきっかけにルルーシュは一歩後ろに下がる。

「わかったかぁ!? では練習だ。
 今直ぐパパの膝の上で『パパ大好き』と言え!!!」

 逃げ出したい。目の前の父親は何かヤバイと本能が悟るが更なる命令が下り逃げ出せない。

「電波が飛んでる! 絶対毒電波受信してるよ皇帝陛下!!」
「陛下、お気を確かに!!」
「ルルーシュ殿下も怯えられてますし、落ち着きなさいませ!!!」

 いつもは厭味な貴族達も今はルルーシュの味方。しかし・・・

 ぎろん!

 声を上げた貴族達は一斉に身体を竦ませ口を閉じる。
 辺りを威圧する空気が謁見の間に満ち、ルルーシュは一歩足を後ろに下げようとした。

「ルル、皇帝陛下のお招きです。
 陛下のお膝の上に上がりなさい。」
「ママ・・・・・・。」

《助けて。》

 声にならないまでも目でマリアンヌに助けを求めるがルルーシュの視線に対しマリアンヌは軽く首を振り答えた。

「折角陛下がこの先もパパと呼ぶ許可を下さったのですもの。
 それに貴方はまだ陛下に抱っこしてもらったこと無いでしょう?」

 確かにそれは事実だ。
 ルルーシュどころか第一皇子のオデュッセウスでさえ皇帝に抱き上げられた事があるかどうか疑問だ。
 徹底して皇帝としての態度を崩さないシャルル・ジ・ブリタニアが僅かに口角を上げる。

《《《陛下、それ微笑みというより企み顔の笑い!》》》

 とても幼子を迎える笑みではない。
 突込みを入れそうになりググっと抑える貴族達も気が気ではない。
 今、当代皇帝の御世始まって以来の珍場面に出くわそうとしているのだ。
 貴族達とマリアンヌが見守る中、幼いルルーシュはちょこちょこと歩を進め僅かな階段を慎重に上がり続ける。
 上りきったところにある玉座を前に視線を上に上げると先程から表情を変えぬ皇帝がそこにいた。

 ひきっ☆

 子供の心臓には悪い、白のくるくるロール頭の皇帝陛下の笑み。
 固まるルルーシュの脇に手を差し込み、皇帝はルルーシュを膝の上に乗せ笑みを深くする。

《いわなくちゃ。》

 母后マリアンヌが見守っている。
 そしてそのお腹の中にはまだ見ぬ妹がいるのだ。
 ここで兄としての意地を見せなくてはとルルーシュは必死に笑顔を作りながら言った。

「パパだいすき☆」



《サービスし過ぎた。》

 今となってはルルーシュはそう思う。
 あれが切欠で声が枯れるまで同じセリフを言わされ続け、以降の謁見予定は全てキャンセルされたのだと聞いているが、ルルーシュは覚えていない。
 故に記憶に無いくらい幼い頃の自分が恨めしい。




 ここで終わり。これを入れるともう一つの謁見シーンを入れられないので没にしました。

 2008.4.20 サイトUP