平穏無事はあり得ない

シリーズ終結に向けて書いたお話です。
スザパパ完結させる気あったのかというツッコミをしてはいけませんよ。(笑)
「そ・・・んな・・・・・・。」

 告げられた言葉にルルーシュはそれきり声を失った。
 向かいに立つのは『面白眼鏡』『プリン伯爵』とあだなされる自他共に認めるナイトメアフレーム馬鹿のロイド・アスプルンド伯爵。
 珍しく真面目且つ深刻そうな表情を浮かべ、普段よりも声が硬い。
 そう、彼がルルーシュに話した事は彼自身にも不利益を齎すもの。上司であるシュナイゼルにも協力を仰ぐつもりではあるが、彼が協力的でもこの状況を打開できるかどうかは怪しい。

「マリアンヌ様にはコーネリア殿下からお話がいっているそうですが・・・。」
「言うな。何となく予想はつく。」

 ルルーシュはもう7年以上も母と会っていない。
 それでも性格は相変わらずだとわかるほど宮廷内の噂が海を越えて日本にまで届くのだ。
 言われなくてもどう返したかなど簡単に想像出来てしまう。それだけに目の前の問題は頭が痛い。

「ですが報告させて頂きます。
 これは僕に下された命令ですので。」
「そうか・・・・・・。」

 覚悟を決めろという事なのだろう。
 ルルーシュは項垂れてソファに深く座りロイドの言葉を待った。

『もう7年も好き放題にやってきたんだから覚悟なさい。
 シャルルも随分我慢してくれたのよ? もうすぐパパが日本まで迎えに行くっていうから責任もって対処する事。
 勿論日本のパパの件も自分で何とかしなさいね。
 一応C.C.と協力して戦争だけは回避確定まで漕ぎ着けたから貴方がよほどの失敗しない限り最悪の事態は避けられるから☆

 P.S.
 ナナリーも一緒に行くそうよ。頑張れお兄ちゃん!』

 くねくねと身体を捩じらせ可愛らしく答える三十路前のマッドサイエンティスト。
 彼の姿を見た者は誰もが変態と評するだろう。
 だが、そんな突っ込みも忘れるほどにルルーシュに圧し掛かった問題は深刻だった。

「あのロール頭が直接来るのか・・・・・・。」
「ナナリー殿下を伴っているのは出会った瞬間、即座にルルーシュ殿下が逃亡するのを防ぐためでしょうねぇ。
 殿下、状況は最悪です。
 ナナリー殿下も少々お怒りのご様子ですから。」
「やはりロロとユフィの件も知られているのか。」

 ルルーシュの問いにロイドは神妙に頷いた。
 現在、何とか部屋を完全に分ける事に成功したもののロロとユフィはルルーシュ達と同居している。
 同母妹の自分は一緒にいられないのに異母妹のユーフェミアが一緒という事実はナナリーが機嫌を損ねる一番の問題なのだろう。
 しばらく会っていない分、妹がどう出るのかがわからない。
 不確定要素がルルーシュを更に悩ませる。

「こればかりは僕にはどうにも出来ませんので。」
「クロヴィス兄さんが強制送還になったのが痛手だな・・・。」

 確かにクロヴィスは統治能力が低かった。だが母の身分は高く後見の貴族の力は大きかった。
 勿論皇帝に比べるまでもないが全く無視できるわけではない。時間稼ぎくらいなら出来たはずだった。
 だがクロヴィスはユーフェミア達が来るのと入れ替わりに本国へ帰っており、現在勉強と称して宮殿に缶詰状態になっていると言う。
 伝え聞くに絵描きとしての能力を買われ現在のルルーシュの肖像画を何枚も描かされているとか・・・。

「写真は直接会うまでのお楽しみにしたいと思う一方、今現在の殿下の成長ぶりを見たいというパパ心がかなり勝っている皇帝陛下の御心を慰める為・・・というのが、クロヴィス殿下が缶詰め状態にされている理由だそうですよ。」
「随分詳しいな、ロイド。」
「そりゃあ、見た目真っ白お腹は真っ黒の宰相閣下から情報たっぷりもらってますから。」
「お前そのうち不敬罪で捕まるぞ。」
「ランスロットの研究とプリンさえあるなら牢屋の中でも僕は構いませんけどねぇ。」
「・・・訂正する。さすがはシュナイゼル兄上の友人だ。」
「殿下、それ褒めてません。」

 当たり前だと言いそうになりルルーシュは言葉を飲み込んだ。
 シュナイゼルの名を出されて不機嫌そうにコーヒーを啜るロイドの細められた目から本気で嫌悪していると察せられた。
 この辺りがシュナイゼルがロイドと親しくする最大の理由なのだろう。
 第二皇子として、帝国の優秀な宰相として将来を嘱望されているシュナイゼルは、幼い頃から立身出世を願う貴族に囲まれていた。
 温和な物腰で彼らを上手くかわし付き合い続けてきた彼とて人間。本音を言える人間は欲しい。
 そんな彼の前に現れたのが研究費目当てである事を隠さない変人のロイド。
 逆に研究以外に興味を示さない貴族の中でも変人で有名なロイドにシュナイゼルは興味をそそられた。
 一度繋がった縁は簡単に切れるものもあるが逆に中々切ることが出来ないものもある。ロイドに関しては後者だった。
 腐れ縁にプラスして悪友としての立場を確立していったロイドは自然とシュナイゼルと親しくしている腹違いの弟妹・・・他の貴族達が羨ましさに背後からブスっとやってしまいたくなる皇位継承位の高い皇子皇女との繋がりを持つようになった。
 彼が一番喜んだのは閃光の二つ名で有名なナイトメアパイロットだった后妃マリアンヌだったが周囲はそれを理解していない。
 だがそのおかげでロイドがルルーシュを日本で見つけ、関わるようになったにも関わらず周囲にばれる事はなかった。
 勿論、シュナイゼルのフォローもあった。
 行き当たりばったりの計画では直ぐにボロが出る。
 日本政府のフォローだけで愛息子を探して泣き喚く皇帝からルルーシュを隠し通すことなど出来なかっただろう。
 密かにシュナイゼルに連絡しルルーシュ達の動向を見守りレポート提出をする事で予算とブリタニア本国でのフォロー、そして平穏な時間を確保したのだ。
 しかしいつまでもこのままという訳にも行かず、時間と共に隠していた情報は綻びと共に伝わってしまった。

「僕らも出来うる限りのフォローはします。
 ですが・・・スザク君の事までは何も出来ません。隠し事していたのは僕らも同じですからね。
 殿下自身から話された方が傷は浅いでしょう。」
「確かにな・・・。」

 俯きルルーシュはポケットに入れた携帯のストラップを握る。
 手縫いのお守り袋には一枚の紙。破れて半分になったソレはルルーシュにとってスザクとの絆を意味する。

《離れたくない。》

 ブリタニア皇族に生まれた以上、国の為に働かなくてはならない。
 だからいつかはと思いつつ居心地の良いスザクの傍から離れ難くなり動けなくなっていた。
 言える訳が無い。今更国に戻らなければならないなんて。
 半分に裂かれた契約書がルルーシュの胸を締め付ける。
 高校を卒業して大学に行っても一緒にいられると喜んだのはルルーシュだけではない。
 少なくともルルーシュ本人はまだまだスザクから離れるつもりは無かった。
 けれど状況が許さない。

《これは甘えだ。》

 理解している。
 けれど理解と感情は別物だ。
 頭ではいつかスザクと離れなくてはならないとわかっていた。その一方で離れたくないと心が叫ぶ。
 胸が痛くなる。奥で締め付けられるモノは何なのか?
 どくんどくんと心臓が鳴る。
 この痛みが意味するものは何なのか?
 答えを知ろうと自問自答を始めようとしたルルーシュの思考をロイドの声が遮る。

「それはそうと殿下、バイト辞めるならフォローをお願いしますよ!
 僕らはもうセシル君の料理食べられませんから料理とお掃除が得意で性格の良い子。
 僕はどうでもいいんですが、殿下並に綺麗なとまでは言わないけど可愛い女の子が来てくれると頑張れるって他のメンバーが要望を僕に言ってきてるんですよね。
 『ルルーシュ君がバイト辞めるかも』って一言言っただけで皆泣いて縋って僕に懇願するんですよぉ。
 僕の立場の問題もあるのでよろしくお願いしまぁっす☆」
「お前は少しくらい俺の気持ちも考えんかっ!!!」

 この日、卓袱台返しをしたくとも体力的にテーブルをひっくり返せなかったルルーシュは涙ながらにバイト先である特派を後にした。



 * * *



 スザクの微笑を見るのが辛い。
 そんな日が来るとは思わなかった。
 もう直ぐ別れが来る。その事を知りながら告げる勇気を持てない。

「ルルーシュ、どうしたの?」

 気遣うスザクの微笑みが更にルルーシュを責め立てる。
 何も知らないスザクが本当にルルーシュを責めているわけではない。
 わかっていても自分の中に生まれている罪悪感がスザクの全てが責めているのだと思い込ませる。
 苦しくて手にした紅茶を飲み込めず微かに震える手でソーサーに戻した。
 朝食で異変を悟られればスザクが不審に思うに決まっている。
 必死に微笑を作り答える。

「何でもない。生徒会の企画が中々纏まらなくて少し考えていただけだから。」

 だから心配しなくて良いと繋げるルルーシュにスザクは問う言葉を飲み込んだ。
 ルルーシュはいつも通り平静を装ったつもりかもしれない。
 けれど長く共に生活していたスザクの目を誤魔化せるはずもなかった。
 普段なら隠し事しているルルーシュを問い詰める。
 様子を見て問題なければそのまま口を割らせるか割らせないか決めるが今回スザクはそれをしなかった。
 いつものルルーシュの隠し事は賭けチェスや悪巧みなど、生活態度によるものが多い。
 しかし今回のルルーシュの笑みはいつもの誤魔化し笑いとは違う。
 悲痛な思いを押し隠している様子に無理に問い詰めれば傷つけると察しスザクはその場で問い詰める事を止めたのだ。
 だからと言って放置するつもりは無い。朝食の片づけを終え、家を出て行くルルーシュを見送りスザクは身支度を始めた。
 ルルーシュが学校に向かい15分程したらスザクも出かける。いつものスケジュール。
 だが準備を整え鞄を持つスザクの手には携帯があった。

「セシルさん? すみません。ちょっとお話したい事があるんですが・・・。」

 電話で話しながら扉に鍵をかけスザクは歩き始める。
 その足が向かうのは自身の実家、枢木邸だった。
 スザクとてルルーシュの事を疑問に思わなかったわけではない。
 酔った勢いで結んだC.C.との契約は記憶にあるが、契約書を書いた覚えは全く無いのだ。
 勿論酔っ払っていたからとも考えられる。だが気になるのは乱れ気味だったスザクのものと思われる筆跡。
 もしもあれが偽装されたものなのだとしたら記憶が全く無い事にも納得できるのだ。
 ルルーシュと最初に迎えた朝、初めて酔い潰れたスザクは最初のうちこそ記憶が混乱していたが数日経つと段々鮮明に記憶が蘇っていった。けれどルルーシュの父親になると決めた後。自分に信頼を寄せるルルーシュの手を今更振り払う事は出来なかったし、そんな選択だけは自分で許せなかった。
 だから契約書が無くてもスザクは契約を守るつもりだった。
 寧ろあの契約書は『ルルーシュと共にいる為』には邪魔に思えるくらいだ。
 それでもルルーシュの真実を知らない現在スザクは契約書の処分が出来なかった。

《自分はまだルルーシュの過去を知らない。》

 答えを知る者はいる。
 わかっていてスザクは何も訊かなかった。
 自分の父、枢木ゲンブ。
 一度は長過ぎる政権に異を唱える一派に理解を示し8年という長い任期を終えたゲンブは首相の座から降りた。
 しかし問題が起こった。
 首相として立った期間が長いという事は彼のリーダーシップを国会議員が認めていた事にも繋がる。
 足の引っ張り合いもあった。批判も多い。
 それでも適当な事しか言わない政治家よりは余程頼りになったし、未来展望もしっかりしていたからこそ務め続けることが出来たのだろう。しかしその状態になれた党員達はゲンブの方針に従うばかりだった。党一団となって動く事は悪い事ではない。
 しかし問題点もあるのは確かだった。

 早い話が・・・・・・後任となる新たなリーダーが育っていなかったのだ。

 他の政党はと見回してみると次は自分達の党が政権を握るのだと躍起になっていて与党の批判はしても代案や未来展望を思わせる主張が弱い。本人達はしっかりしているつもりかもしれないが国民には分かり難い為に大多数に理解を得られないままだった。
 取りあえず担ぎ上げた新首相は周囲の批判や期待に耐え切れず自滅。政治の乱れに当然国民に不安を与える。
 国会そのものに対する不安や怒りが渦巻き始め、遂には在り得ない事態になった。

《父さんの首相再任の声・・・。
 本来ならば在り得ないと突っ撥ねられる声を財界政界共に拾い上げた。
 同時期に僕の様子を見に来たと言って桐原さんが一度遊びに来た・・・。
 これは偶然だろうか?
 それに僕がお茶菓子を切らしているからと買出しに出ている間、ルルーシュと桐原さんは二人きりだった。
 彼らが何を話していたか僕は知らない。
 戻ってきた時、ルルーシュはほっとした様な笑顔で僕を迎えてくれた。
 政情が安定しない間、ずっと落ち着かない様子だったのに・・・。》

 ゲンブと桐原はルルーシュの何かを掴んでいる。
 そうスザクは確信していた。
 でなければゲンブがルルーシュをスザクの養子として引き取る事に同意するわけが無い。
 息子を政治家にするつもりがないのか進路については何も言ってこないゲンブだが、枢木家は京都六家の一つに上げられる名家だ。
 時代に逆流していると言われていても結婚には常に政略がついて回る。
 当然スザクも自分の結婚が己の意思ではどうにもならないと理解していた。
 
 今思うとブリタニアの伯爵であるロイドがその事を指摘しなかった事も気に掛かる。
 変人と言われようとも貴族である彼は身分社会や政治の駆け引きを理解しているのだ。おかしいと思わないわけがない。
 それに加えて最近のルルーシュの様子のおかしさ。
 スザクの第六感が危険信号を発した。
 今までうやむやにしていた事を明らかにしなくては状況を変えられない。

「ルルーシュ・・・君は、僕が守るから。」

 それは父親としてか、それとも・・・。
 答えを口にしないままスザクは決意だけを胸に刻み込んだ。



 * * *



 まだ猶予はある。
 ロイドから話を聞いたのは一昨日の話だ。
 切羽詰った状況ならば飄々とした態度を崩さないロイドとて慌てるだろう。
 彼を経由して齎されたシュナイゼルの情報によると皇帝のスケジュールは一ヶ月先まで埋まっており抜け出す隙はない。その間に別れを済ませておけと暗に告げる異母兄にルルーシュは感謝した。
 今まで皇子としての責務を放棄していたと考えているルルーシュからすれば宰相としての職務の他に皇帝のお守りという仕事まで押し付けてしまった兄の優しさに涙したくなった。
 それがルルーシュの思い込みであり、戦争回避の為に祖国を離れ市井に紛れ生活を続けるルルーシュの行動をシュナイゼルなリに評価しているのだがそれを教えてくれるものはいない。

 二番目の異母兄は優秀で基本温和な人物

 それが、ルルーシュが知るシュナイゼルの姿だ。
 だから多少怒っていたとしても国務に関わる嘘は絶対に言わない。少なくともルルーシュは信じている。
 だが目の前にある状況は何なのか?

「マイラブリィ〜エンジェルにしてマイスウィィイ〜トサン。ルッル〜ゥッシュ!
 パパが迎えに来てあげたぞぉおおお!!!」


 学校に登校したら絶対会いたくなかった実父が待ち構えていました

 そんな状況誰が想像できるだろう。普通なら出来ない。
 ましてや父のスケジュールを知っている現在は夢にも思わない状況だ。
 しかしルルーシュは失念していた。
 シュナイゼル達の言う皇帝の行動予定は側近が決めたもの。
 円滑なる執務の為に組まれたスケジュールを無視して「ルルーシュのパパ」を自称するシャルル皇帝はこの数年間の鬱憤を晴らす為にこっそり入国して来たのだ。
 この行動はシャルルに近しい者達ならば予想して当然。
 長く離れて暮らしていた為に常識を打ち破る実父の行動を忘れていたルルーシュは今、目の前に現れたストレートヘアーの大柄なブリタニア人を前に焦っていた。
 トレードマークともいえる時代錯誤のロール髪をストレートに変えてまで日本に密入国してきたシャルルの本気を思い知らされこの場を切り抜ける策を練る。
 しかし突発的な事に弱いルルーシュの頭に浮かぶのは一つだけだった。

「何処の何方か知りませんが俺の父なら只今出勤中です。
 人違いではありませんか。というか絶対に間違えてますよ。」

 他人の振りに限る。
 幸いな事に周囲にいる友人はスザクのことを知っており、血が繋がっていないながらもルルーシュがやんごとなき理由の為に彼と暮らしていると推測しているらしい。
 大筋は違わない。違わないがやんごとなき理由というのが『戦争回避』と『父離れと称した家出』とは思うまい。
 横巻きロールが無くてもその大柄な身体とでっかい声、特徴的な巻き舌を持つ人物がテレビの向こうに映っていたブリタニア皇帝だと推測するのは容易である。
 常識を持つ人間ならばそんな遠い世界の人の愛息子といつも隣にいる友人が一本の線で繋げるわけが無い。繋げる方が無理がある。
 だから逃げに徹していればその内にスザクがやってくる。

「や、でもルルーシュ。今思いっきりお前の名前言ったじゃん。」

 リヴァルの素朴且つ的確な突っ込みは気にしてはいけない。無視だ無視。
 とにかくこの場を誤魔化し逃げ切れば学園と言う名の楽園は守られる。
 そう信じて引き攣った笑みを浮かべるルルーシュに捌きの矢が向けられた。

「往生際が悪いですわよ。お兄様v」

 とても可愛らしい涼やかな声。
 昔より大人びているが聞き間違いではないだろう。
 だが振り返れば完全に逃げられない。
 ルルーシュはこの状況にどうしようと必死に頭を巡らせる。

「それに・・・例えトレードマークの横巻きロールが無くてもお父様が何処の何方かわからない方がブリタニア人にいるとは思えません。
 その辺の言い訳はございますか?」

 追い討ちをかけられ観念したルルーシュは背後にいる妹・・・ナナリーに向き合う為、シャルルに背を向けた。
 が、それが間違いだった。

 がしぃいいっ!!!

「ほわぁあああっ!?」

 背を向けた瞬間、身体を拘束される。
 張り付け? 簀巻き? 正しく述べるなら羽交い絞め。
 自分は本当にこの男の遺伝子を受け継いでいるのだろうかとルルーシュが疑問に思うほどに違う体格でシャルルはルルーシュを抱き締める。
 それで終われば良かった。だがそれだけでは終わらないのがシャルル・ジ・ブリタニア。
 何年振りの再会か言いたくないくらいに離れていた愛息子の香りを堪能し始める行動は決まっていた。

 ずーりずーりずーり

「のぁあああああっ!!!」

 ルルーシュが悲鳴を上げるのも無理は無い。
 事態について行けず見守るだけだったリヴァルは気の毒そうに悪友を見つめる。
 立派な体格をしたいい年した髭面のジジイに頬擦りされる美少年の姿は見ているだけで鳥肌物だ。
 だけど助けない。助けられない。
 何故なら友人を抱きしめているのはブリタニアにおける至高の存在。逆らうには命を掛ける必要がある。
 愛しいミレイならばまだしも悪友である上に命の危険が無い今、リヴァルに動けるはずがなかった。
 その間にもシャルルの暴走は始まる。

「ほぉおおおらパパのお髭だぞぉおおおおっ!」
「止めろこのクソオヤジ!」
「お口が悪くなったなぁああ。駄目だろう? パパって呼ばないとぉお!?」
「ひぃぃいいっ! 髭の感触が気色悪いっ!!!
 馬鹿オヤジ! 止めろと言っているのがわからんかっ!!!」
「お父様、お兄様が怖気で気絶されてしまいますわ。」
「気持ち悪くなんかない! パパの愛はマシュマロの様に柔らかく甘いだろう!?」
「不快だと何度言えばわかる!? 離しやがれっ!!!」
「まぁお父様のお気持ちもわからなくは無いのですが・・・お兄様。」
「ナナリー、今は話している暇は無いっ!」
「先程からお父様をオヤジと呼んでいらっしゃいましたがよろしかったのですか?」

 こっきーん

 ナナリーの言葉にルルーシュの身体は凍りついた様に固まった。
 いざ周囲に気をつけてみると悪友を始めとしたクラスメイトが自分をジト目で見つめている。
 そう言えば先程自分は何を口走った?
 ロール頭(現在はストレートだが)の皇帝を親父と呼び、皇女として現れた妹を親しげに名前で呼んだ。
 その事実を前に周囲にいるクラスメイトがどう思うかなど簡単に分かってしまう自分の頭脳が恨めしい。

「ルルーシュ・・・もしかしなくても、お前。」
「皇子・・・殿下?」

 リヴァルに続くように戸惑いながらもニーナは全員が思っているだろう名称を口にする。

《バレたっ!!!》

「嘘よぉおおっ!!!」

 止めの様にニーナが首を傾げながら呟いた言葉にシャーリーが絶叫する。

「嘘よねルル! 嘘と言ってよ!!
 ルルが皇子様だったりしたら、卒業前に告白、大学部で婚約、卒業と同時に結婚&妊娠で大騒ぎ、最後には白い壁の一軒家で可愛い新妻として皆に羨ましがられながら幸せな一生を送る私の計画が成り立たないじゃないの!!!」
「って・・・シャーリー、君そんな事を考えてたのか?」

 シャルルに抱き締められたままであることも忘れ、ルルーシュは呆然としたまま喚き続けるシャーリーを見つめる。
 けれどシャーリーは既にトリップ状態なのか、ルルーシュには答えず空に祈る乙女のポーズで熱心に語り始めた。

「告白は私から! でもルルは頬を赤らめながら迷う素振りをしてお父さんを一人に出来ないって泣きそうになりながら私の愛を拒絶しようとするの。だけど私の愛の献身振りを理解したお父さんは再婚を決意。ルルに父離れを促してカレンさんと一緒に去っていくの。傷心のルルを私は必死に慰めて・・・ルルは私の想いを理解し結婚を申し出てくれたわ。」
「ちょっと待て、過去形になってるぞ。
 その設定。」
「ルルーシュ。シャーリーは妄想を始めると暴走状態から簡単に抜け出せないから何言っても無駄だと思うわ。」
「冷静に分析してないで止めてくれニーナ。」
「それはリヴァルの役目でしょ。」
「俺!? いや・・・ああなったシャーリーは俺も近寄りたくないし。」

 シャーリーの暴走のおかげで少しだけ平静を取り戻しニーナにツッコミを入れるルルーシュ。
 けれどルルーシュのツッコミをスルーしてリヴァルに事態の対処を投げ出すニーナにリヴァルもげんなりした様子でトリップし続けるシャーリーに首を振ってお手上げだと肩を竦めた。
 皇子とわかっても態度を変えない二人に心を救われほっとするルルーシュだが、事態は何も好転していない。
 無視された皇帝が再び自分の存在を主張するようにルルーシュにキス出来そうな程に顔を寄せて叫びだす。

「そんな事よりもルルゥウウッーシュっ!!! お父さんとはどういう事だぁ!!?」
「ひっ!?」
「ルルーシュのパパは一人だろぉっ!!!」
「止めんか変態! これ以上近寄るなぁあっ!!!」
「弾けろブリタニアぁ!!!」

 ルルーシュの悲鳴に応えるように赤い色が飛び込んできた。
 ルルーシュには見覚えのある女性。
 ナイトメアの開発研究をしているラクシャータが自慢していた紅蓮弐式のパイロット紅月カレンがシャルルの顔面に飛び蹴りかましながらルルーシュを引き剥がす。
 一瞬の事に護衛として傍に控えていたブリタニア軍の精鋭も唖然と事を見つめるばかり。

「ルルーシュ無事!?」
「た・・・助かった・・・。カレン、何故此処に。」

 ルルーシュは漸くシャルルから開放され安堵の溜息を吐くが同時に疑問に思った。
 カレンとはそれなりに交流はあるがあくまでバイト先で働いている別の研究チームに差し入れする事があるのと、同じナイトメアパイロットとしてスザクとカレンが交流を持っているついでという程度だ。
 元々シュタットフェルトの父親との不仲もありブリタニア帝国を嫌う傾向にあるカレンだが状況を理解できない人間ではない。
 世界の三分の一を支配する大国のトップを相手に飛び蹴りをかまして只で済むはずが無い上に日本の立場も悪くなる。
 こんな無謀な救出方法を取るとは・・・。
 問うようにカレンを見るルルーシュにカレンは周囲の状況を見直しながら答えた。

「高等部にブリタニア皇帝が現れたって大学部でも大騒ぎになっているわよ。
 ロイドさんが泡食って私にルルーシュを守って研究室に連れて来てって。
 例え皇帝相手でも手段選ぶなって言うから相当よね。」
「何でカレンに? 父さんはっ!?」
「アンタ、年上に対しては敬称つけなさいよね。全く・・・。
 スザクは今朝急に休みを取ったのよ。今日に限ってアイツが研究室にいなかったからロイドさんは私を頼ったの。
 一応スザクには携帯で連絡入れてあるわ。
 ところであのロール皇帝、本当にアンタの父親なの?」
「・・・・・・・。」

 目を逸らして黙り込むルルーシュを睨みカレンは既に出入り口を固めた護衛に舌打ちをした。
 これでは体力ゼロのルルーシュを連れた状態での突破は不可能。
 クラスメイトが協力してくれれば可能性はあるがブリタニア皇族には絶対忠誠の教育が行き届いているブリタニア人ばかりである為に期待は出来ない。

「そこで沈黙したら肯定したも同然よ。でもまあ不幸中の幸いね。外見だけでも似なくて良かったわ。」
「聞き捨てなら無いな。それは、中身は似ていると言いたいのか!?」

 ルルーシュの抗議にカレンは答えなかった。
 どうすればこの状況を好転させる事が出来るのか。
 考えるカレンを見てルルーシュは状況を思い出す。
 時間が過ぎればこちらが動けない事に気づいたシャルル達はルルーシュの確保を躊躇わないだろう。

《何か・・・この状況を変えられる何かを見つけなくては!》

 焦るルルーシュの想いに応える様にそれは現れた。

「ルルーシュ無事!?」
「兄さん!」

 大学部にいたカレン達でもわかったこの状況。
 当然ユフィとロロの耳にも届いていたはず。けれど彼らの到着が遅れたという事はシャルル達が先手を打っていたという事。
 ルルーシュの推測を裏付ける様にユフィの持っているパイプ椅子がちょっぴり赤い。同じくロロの手には何処で手に入れたのか赤いスパナが握られているがルルーシュは色が示す事実を無視して笑顔を浮かべた。

「ユフィ、ロロ!」
「ユフィ姉様、よくも抜け駆けしてくやがりましたわね☆」
「恋は先手必勝と言いますもの。兄の愛を手に入れるのも早い者勝ちで良いのでは?」

 突如姉妹喧嘩を始めるナナリーとユフィは互いに微笑を浮かべている。
 放つ空気は黒く重いのに表面は笑顔で華やかな分恐ろしい。
 口を挟むのも恐ろしくカレンとルルーシュは生唾を飲み込み二人の会話を聞かなかったことにして改めてシャルルの動きを確認しようとして驚く。
 二人は勿論、周囲にいる誰もが驚愕した。
 無抵抗のまま縛り上げられたと思われるシャルル・ジ・ブリタニアの簀巻き姿。
 仕上げだとロロが踏みつけロープを引っ張り締め上げている。

「兄さん大丈夫?」
「貴様まさか・・・嚮団の。」

 誰もが驚く中、シャルルだけが自分の身に起こった現象の正体を理解していた。
 一瞬にしてロロが何をしたのか。その常識ではありえない力の存在を知っていたが故の問いをロロは肯定する。

「その通りです。だけど今の僕は兄さんの弟です!」
「貴様もルルーシュを私から奪おうと言うのかぁあ!」
「兄さんは僕のだ!」

 ぶちぶちっとロープを引きちぎるシャルルに彼を守る護衛もルルーシュのクラスメイトも目の前で起きた非常識な脱出方法に唖然とする。

「その記憶消し去ってくれる!」
「その前に僕が止めを刺します!」

 いつの間にやらナナリーVSユーフェミア、シャルルVSロロの対戦が始まり周囲の目も彼らに向いている今、ルルーシュがこの場を逃げ出すには絶好の状況と言える。
 だが目の前の状況をルルーシュとカレンは理解し切れずにいた。

「うあ゙何これ。これ全部アンタが原因なの?」
「俺に聞くな。そもそも俺はただ・・・。」

 どがしゃぁああん!

「なっ!?」

 窓から突っ込む巨大な手。
 鉤爪のようなそれは紅蓮弐式可翔式のマニュピレーター。
 それに二人は包まれ教室から強制的に出される。
 いつの間に現れたのか、羽を広げ聳え立つ紅蓮弐式の後背部が開き鳶色のくせっ毛が現れた。
 恐らくルルーシュが今一番傍にいて欲しいであろう人物。枢木スザクが。

「ルルーシュ無事!?」
「・・・父さん。」
「ちょっとスザクまさかそれアタシの紅蓮じゃない!?
 しかもラクシャータさん特製の飛翔滑走翼付だし。何アタシより先に乗ってるのよ!」
「非常時だよカレン。ルルーシュが連れ去られる危機に対し、処女航海ならぬ処女起動に拘っちゃいけない。」
「変な造語使うの止めて。気色悪い。」
「そんな事よりルルーシュ。」

 カレンと口喧嘩している場合ではないとスザクはマニピュレーターの上で蹲るルルーシュを見つめた。
 その瞳は穏やかで落ち着き払った声が、スザクは全てを知っているのだと語っていた。
 非常時と言ったからには学園にブリタニア皇帝が姿を現した事、彼の目的がルルーシュである事を知らない方がおかしい。
 別れが来たのだと悟りルルーシュは悲しそうに呼びかけた。

「父さん・・・。」
「まだ、そう呼んでくれるんだね。」
「え?」
「本当のお父さんが迎えに来たのに・・・僕はまだ、ルルーシュにとって父親なんだ。」
「やっぱり・・・俺の素性を・・・・・・。」
「うん、父さんと桐原さんを締め上げて教えてもらった。」

 ちょっと待て、締め上げるという乱暴な手段を使っておきながら教えてもらったというのはおかしくないか?
 自分の存在を置いてきぼりにして話を続けるスザクに思いっきり突っ込みを入れてやろう。
 硬く心に近いカレンはスザクを睨みつける。けれどスザクはカレンの視線に対し春の微笑で受け流す。

「そうしたら丁度飛行テストを兼ねて研究室まで自力で飛ばす予定だった紅蓮の納品をラクシャータさんが伝えに来て、直後にカレンからの連絡。渡りに船とはこういうのを言うんだろうね。」
「それ、確か軍の許可はまだ下りてないはずでしょ。」
「父親が首相だと後から辻褄あわせ出来て便利だねv」
「俺様理論で押し通す気だ・・・。」
「ルルーシュ。」

 コクピットから出て腕を伝いスザクは蹲るルルーシュを抱き締める。
 温もりに触れてルルーシュは涙が溢れそうになった。
 実の父親に本国へ強制的に連れ戻されそうになり、恐ろしくて堪らなかった。
 友人達と別れたくないという思いもある。けれどそれ以上にスザクと離れなくてはならないと考えた時、胸に棘が刺さったような痛みが生まれた。
 心の痛みと悲しみ、この先会えなくなるかもしれない恐怖。
 失いたくないとスザクの背に腕を回し目を閉じるルルーシュにスザクは囁いた。

「これから先、僕はもう君の父親にはなれない。」

 !

 平坦な声にルルーシュは教室で感じた恐怖とは違う恐怖を感じた。
 スザクは自分を突き放そうと言うのか?
 そんな考えが浮かび頭脳をフル回転させどうしたらスザクの傍にいられるのかを考え始めるが、スザクの本音が読み切れず良い手段が浮かばない。
 ルルーシュの表情から何を考えているのかを察したのだろう。
 スザクは違うよと首を振り安心させるようにルルーシュの背を軽く叩きながら答えた。

「そうしないと僕らは一緒にいられない。
 君は僕と一緒に生きていく覚悟はある?」
「父さん・・・?」
「決着を着けましょう。シャルル・ジ・ブリタニア陛下。」

 振り返れば割れた窓の向こうにロロに噛み付かれながら仁王立ちするブリタニア皇帝シャルルの姿があった。
 ロロとの喧嘩で服が少々寄れているが鋭い眼光は変わらない。

「ルルーシュと共に在る権利を賭けて、決闘を申し込みます!」

 無謀とも言えるブリタニア皇帝への挑戦状にその場に居合わせた全員が驚きの声を上げる。
 ルルーシュは勿論、カレンさえも耳を疑った。


 だが、―――誰もスザクが『親権を賭けて』と言わなかった理由に気づかなかった。


 続く


 『続く』となっているのは予定通りです。
 元々この展開でお話を切るつもりでしたのでそれは良いのですが・・・話の長さは予定より長いです。
 どうしてもっとコンパクトに話を纏められないんだ私は・・・。

 2008.12.24 SOSOGU