生理的に駄目なものは駄目なのです 「ルルーシュの苦手なもの編」

 食卓シリーズです。
 ほんわか目指しましたが失敗した気がします。
 ある朝、スザクは今までずっと食卓に並ばない食材がある事に気付いた。
 いや、今気付いたと言うのは少し違うかもしれない。
 ずっと食べていないからこそ身体がその食材が持つ特有の味を求めていたのだ。
 確かにルルーシュの作る食事は美味しいが慣れた味が味わえないと物足りなく感じられる。
 遂に我慢できなくなったスザクは食事の途中であるにも関わらず、茶碗と箸を置いてルルーシュに訊ねた。

「ルルーシュ、何で納豆が一度も出てこないんだ?」
「無くても支障はないだろう。同じ大豆製品の豆腐は出しているのだし煮豆だって出してる。
 たまにポークビーンズも作っている。」

 珍しくスザクが食事を中断してまで訊ねたというのにルルーシュの言葉は素っ気無い。
 ぽりぽりと大根の漬物を齧りながら白米を口に運びそれっきり黙りこんだ。

《おかしい。》

 スザクの頭に疑問符が浮かぶ。
 いつものルルーシュならば「食べたいなら次に用意しよう。」と答えてくれる。
 納豆はそう高いものではない。高価な食材で無い限りスザクの希望を無下に断る事のないルルーシュが今回に限って何故出そうとしないのか。
 理由がわからない以上、聞くしかない。何よりも随分遠退いていた味が断られた事で更に恋しくなり、スザクも負けじと食い下がる。

「納豆があると手軽だろ。一品作らなくて良いし。
 薬味は葱とか鰹節とか青じそ刻んだやつとか適当なの使って風味変えれば毎日出されたって俺は平気だ。
 あと大根おろし入れたり青海苔入れたり、生卵ご飯に掛けて食べても美味いし。
 日本の代表的な健康食品の一つだぞ。」
「しかし癖の強い匂いと食感の為に実際に普及しているのは主に関東以北と南九州。
 他の地域ではそれほど好まれてはいないし関東にも苦手とする日本人が多くいると聞いている。」
「時々健康番組で紹介されたりしてるぞ。それに一部地域でしか普及しなかったのは昔の話。
 今はほぼ日本全国で食べてる人がいる。
 それに好きな人間が沢山いるんだから一部地域で普及しているしてないは関係ない。」

 剥れて言い募るスザクにルルーシュは深く溜息を吐く。
 いくら言ってもスザクは引き下がらない。ならば主張の根源たるものを押さえねばとルルーシュは改めて問いかけた。

「スザク・・・何故そんなに納豆に拘るんだ。」
「ルルーシュこそ何で納豆を出したがらないんだ。」
「一回だけ出た事ありますよね?」

 ナナリーの言葉にスザクが驚き視線を移す。
 盲目の少女は穏やかな笑みを浮かべ「私覚えてますよ。」とルルーシュに答えた。
 一度は出した事がある。にも関わらず今は出していない。
 真っ先に浮かんだ答えをスザクが確認する前にルルーシュが嗜めるようにナナリーを呼ぶ。

「ナナリー!」
「いいじゃないですか。いくらお兄様が嫌いでもスザクさんは好きなんですから出してあげれば。」

《やっぱり。》

 ナナリーの言葉でスザクは確証を得た。
 確かに納豆は日本の代表的な食品の一つであり健康に良いと言われている。
 好む人間も多いが、同時に独特の風味と食感故に嫌悪する人間も多い。
 日本人でも嫌う人間がいるのだ。それまで馴染みの無かったブリタニア人ならば尚の事。
 スザクは探る様な生ぬるい視線をルルーシュに送る。

「・・・・・・ルルーシュ。」
「あの匂いを嗅ぐだけで・・・・・・生理的に駄目なんだ! そしてネバネバとした食感が・・・。
 一口食べた時は吐きそうになったぞ!!!」
「お前も嫌いなものあったんだな・・・。
 うん、お兄ちゃんだもんな。皇子様だもんな。」
「そのにやけた笑いを止めろ。」

 生ぬるい視線に生ぬるい笑顔。
 ちょっぴり口の端が上がっているのは大口を開けて笑いたいのを堪えている証拠。
 しかし此処で笑ってはいけない。ルルーシュのご機嫌を取る為、スザクは一生懸命震えようとしている横隔膜を誤魔化しながら諭すように言った。

「例え大豆の腐ったのと書く食品でも本当に腐ってるわけじゃないから。
 だから、ね?」
「君は漢字ドリルをちゃんと復習しろ。豆に腐ると書くのはトウフだ。」
「え? そうだっけ??」
「とにかく! この家の食卓の支配者は僕だ。
 出したくないものは出さないし食べない。」
「食べなくて良いから出してよ!
 ルルーシュの分まで俺が食べるから!!」
「あの匂いが嫌だと言っただろう!?
 結構臭うんだぞ。食べている人間は気づかないかもしれないがな。」
「じゃあルルーシュにはマスクをしてもらって・・・。」
「食事時にずっとマスクをしていろと?
 どうやって食べろと言うんだ。」

《確かに。》

 マスクをすれば匂いは何とかなるかもしれないが、肝心の食事が取れなくなる。
 しかし納豆を諦めきれないスザクは居間の間取りを見直した。
 木枯らしが吹く縁側は障子を閉めており、その向こうにある硝子戸もきっちりと閉め切っている。
 台所へと繋がるドアも閉めており、開けても入って来るのは冷気ばかりで風は入って来ない。
 動かない空気はじんわりと匂いを辺りに漂わせルルーシュには逃げる事も出来ないだろう。

「食事の時間をずらすってのは・・・・・・。」
「食事の支度に手間がかかるし食後の片付けもずれ込んでしまうな。
 時間を無駄にしたくないから却下だ。」
「でも食べたいよぉ〜。ルルーシュぅ〜、月に一回でも良いから納豆出してよ〜〜〜。」
「猫なで声を出しても駄目だ・・・って! へばりつくなっ!!!」

 何時の間に回り込んだのか。空になった茶碗を置いてルルーシュの背中にへばり付くスザクを身体を振って振り払おうをするが力はスザクの方が強く振り払えない。

「ルルーシュぅ〜放して欲しい?
 放して欲しければ・・・・・・。」
「脅すつもりか!?」
「今日が休日で良かったね〜☆」
「稽古はどうする!」
「ルルーシュにへばり付くのも結構体力要るし、十分稽古代わりになると思うんだ。」

《一日中へばり付くつもりか!?》

 浮かんだのはひたすらルルーシュにへばりついて仕事を邪魔するスザクの姿。
 力で引き剥がそうとしても絶対に自分が負けるとわかっているルルーシュはこの先の苦労を思った。
 この後は台所で調理器具や茶碗を洗い洗濯物を干さなくてはいけない。
 通常ならばそれほど時間を取らないが、スザクを背負ったままでどこまで仕事をこなせるのかわからない。
 最悪昼までに終わらないかもしれないし、夕方の洗濯物の取り込みと片付けや風呂掃除や湯張りなど仕事は山積みだ。
 時間が許せば土蔵の掃除や布団干しなどやりたい事やらねばならない事は多い。
 しかし行動が制限されれば昼食・夕食さえ作れなくなる可能性も考えられた。

《ナナリーがお腹を空かせてしまう!》

「そんな事をすれば今日のご飯が作れなくなるぞ!」
「日本にはインスタント食品という便利な物があるから。」
「君は僕の料理しか食べたくないとか言ってなかったか!?」
「一日くらいなら何とかなるし、ナナリーもルルーシュがいない時の食事の作り方くらい覚えて良いと思うし。」
「そうですね。私にも作れるんですか?」

 ナナリーが頷いてスザクに尋ねると、返ってきた答えはナナリーにも出来る事を保証する言葉だった。

「お湯入れて3分。
 やり方は俺が教えるし、種類によってはもう少し掛かるかもしれないけどお湯さえあれば10分以内に出来る。」
「凄いですね。どんな味がするのか楽しみです♪
 お兄様は身体に悪いから出さないとおっしゃいますけど・・・。」
「一食二食でどうにかなったりしないって。そんな危ないものだったら日本人の殆どが倒れてるよ。」

 それなら大丈夫ですねと微笑むナナリーにルルーシュは悲鳴を上げた。

「ナナリー!」
「ルルーシュ・・・納豆出してくれるだけで全て解決するんだよ。」
「人を脅迫しておいて何を言っている!」
「でも、お兄様は自分が匂いを嗅ぐ状況でなければ出して下さるんですよね。」

 愛しい妹の言葉に嘘は吐けない。
 ルルーシュは少しだけ視線を逸らし口籠りながらも是と答える。

「それって団扇でも仰げって事?」

 食べながらは難しいぞと答えるスザクの前でルルーシュがナナリーの言葉を反芻する。

「そうか・・・そうだったな。
 匂いさえなければ問題ないんだ。」

 自分がある状況に拘っていた事に気づいたルルーシュは全てを解決する術を見つけ微笑む。
 振り返れば目の前には不思議そうに目を瞬かせるスザクがいた。
 どうしたんだ?と首を傾げるスザクの腕を取り、ゆっくりと首から外すと答えた。

「スザク、夕飯に納豆を出してやろう。」
「ホント!?」
「二言は無い。但し、僕の言う通りにするんだぞ。」
「うんっv」

 大喜びでルルーシュに感謝を込めて再び抱きつくスザク。
 いつもならば過剰なスキンシップを嫌がり引き剥がすルルーシュだが今日は少し違う。
 微笑みだたスザクのハグを受け止めている。
 しかし、彼は喜んで受けていたわけではない。
 ブリタニア皇宮で嫌味な貴族との駆け引きばかりに慣れていた皇子としての一面が久しぶりに蘇ったのだ。
 可愛らしい子供の我儘で呼び起されたそれは皇宮で行われたそれに比べれば些細な企み。

《人を脅した報いを受けるが良い・・・。》

 暗い笑みを浮かべるブリタニア皇子ルルーシュ。
 久しぶりの兄の微笑みから気配を感じ取ったのか、ナナリーは少し困ったように首を傾げたがスザクが気づく事は無かった。



 * * *



 その日の夕食は静かだった。
 いつもならば元気にお代りをつぐスザクの茶碗を見て山盛りの御飯を戻させようとルルーシュが喚き、ナナリーが元気ですねと微笑み事態が収まるのを待つのだが・・・今、食卓を囲んでいるのはルルーシュとナナリーの二人だけ。
 本来この場にいるべきスザクの姿は無かった。
 食事はまだ途中だというのにナナリーは箸を置いてルルーシュの様子を窺いながら声をかける。

「お兄様・・・スザクさんをこちらに呼んであげましょう?」
「僕はスザクが望む通りに納豆を出した。
 ネギもゴマも青のりに刻みのり、鰹節や納豆のたれも用意した。
 大根おろしまでつけたのだから文句は言わせない。歯を磨いて匂いを落とさない限り僕の前に出てくる事は許さないしスザクも承知した。」
「でも・・・今日の冷え込みは特に酷いですし。
 いくらスザクさんが丈夫でも風邪をひいてしまいます。」
「同じ屋根の下、直ぐ傍にいるんだから大丈夫だ。
 そうだろう。スザク。」

 ルルーシュの呼びかけにナナリーもスザクのいる場所へと顔を向ける。
 答えに躊躇っているのか、スザクが弱々しい声で答えた。

「でも・・・寒いよルルーシュ・・・・・・。」
「冬に納豆を食べたいと言い出した君が悪い。」

 冷たく言い捨てるルルーシュの視線は動かない。
 縁側と居間を隔てる障子の向こうは光の関係で何も見えないが、耳を澄ませるとその向こうからカチャカチャと茶碗の音が聞こえる。

「そっちで食べたいよルルーシュ。
 幾らなんでも夜の縁側じゃ寒過ぎる――!」

「叫ぶ元気があるなら大丈夫だ。残さず食べて歯を磨け。」
「鬼―――っ!!!」

 叫ぶスザクだが皇宮で貴族の嫌味に鍛えられたルルーシュには微風そのもの。スザクの言葉ににっこりと笑い返しナナリーに早く食べる様にと言って自分の食事を再開する。

《僕もうっかりしていたな。》

 食卓は常に三人で囲むものと無意識のうちに思い込んでいたルルーシュは同じ席でスザクが食べる事を嫌がっていた。
 しかし、食卓を別にしてしまえば問題は無い。
 要は匂いがしなければいいのだ。縁側にしたのは空気の入れ替えが容易である事、居間の温かく納豆のにおいのしない空気を保てる事がある為だ。
 だがしかし・・・。

 へっくしっ! ぶえっくしょいっ!! けほがほげほほっ!!!

《流石にスザクにもあの寒さはきついかな?》

 明日は優しくしてやろうとルルーシュは思ったが・・・時既に遅し。
 翌日、スザクから風邪をうつされルルーシュ共々寝込む事になる。
 誰も食事を作れない中、一人風邪をひかなかったナナリー手製のカップヌードルを三人で啜る事になるとはその時のルルーシュは思わなかった。


 END


 納豆嫌いなルルーシュを書いてみたかっただけです。
 書いている本人は逆に納豆大好きなので変な感じしましたが・・・納豆を自分が嫌いなチーズに置き換えると嫌がるルルーシュと宥めるスザクが目に浮かぶようでした。

 2008.1.20 SOSOGU

(2008.2.25 GEASSコンテンツへ移動)