この日何の日気になる日

 ギリギリUPですが久々の食卓シリーズ☆
 母の日編ですv
 初夏になり衣替えが必要になる時期、ルルーシュは珍しく一人で商店街を歩いていた。
 今日はどうしても外せない用事があるとスザクが買い物について来れなかったからだ。
 久しぶりの一人での買い物。
 ブリタニア皇族である自分が一人で歩けばどうなるか・・・と身構えるルルーシュだったが杞憂だったらしい。

「あれ、今日は一人か?」
「暑くなってくるから今のうちから食糧管理気をつけておけよ。」
「魚は特に腐りやすいから小まめに買いにおいで。」
「相変わらず頑張ってるな。どうだ? この野菜盛り合わせセット。
 今回は特別サービスでセット価格から更に50円引きだ!」

 まるで持ってけ泥棒とばかりに叫ぶ八百屋の主人に対しルルーシュの目は冷ややかである。

《今日はまた随分と親切じゃないか?》

 思わず辺りを見回すがどうやら自分だけではない様子。
 他にも近所の主婦達が何やら嬉しそうにおまけをつけてもらったり花を貰っていたりする。

《花?》

 更に視線を巡らせば花屋がやけに賑わっている。
 普段は物静かな店が異様なほどに元気がいいのが異様に見えルルーシュは首を傾げた。

「今日は特にイベントがあるとも聞いていないんだが・・・。
 いくら日曜は人出が多いと言っても今日は異常だ。」
「何だよ今日が何の日かわかってて来たんじゃないのか?」

 全くもってわからないと頷くルルーシュに八百屋の主人が苦笑する。
 「考えてみりゃそうかもな。」と彼だけでなく他の客達まで納得顔で頷くのがちょっぴりひっかかる。
 生ぬるい視線はよくある事だが今日は特に微妙な雰囲気が漂っていた。
 ちょっぴり・・・いや、かなり苛立ちを感じルルーシュは眉間に皺を寄せた。

「そんな不機嫌そうな顔するなって。」
「そうそう。折角美人に生まれたんだから。
 それにしても・・・ロール頭の皇帝にあんま似てないな。」
「目の色は同じだけど、やっぱ母親似かね。誰か写真見たことあるか?」

 勝手に盛り上がり始める店主達はルルーシュを置いてきぼりにして会話を続ける。
 その事が更にルルーシュの機嫌を損ねる事を忘れる程にわいわい騒ぎ始める店主達を見つめルルーシュは肩を震わせて怒りを必死に静めようとした。

《確かに母さんは美人だったけどそんな事は僕にはどうでもいい。
 あのくそおやぢの話を持ち出すな。折角忘れて心穏やかでいられたのにむし返すな。》

「マーマー! カーネーション貰った〜!!
 はい、あげる〜☆」
「あら有難うマリちゃん。」

 横を仲の良い母子が通り過ぎた。
 見ればその手には赤いカーネーションが一輪握られている。
 その瞬間、漸くルルーシュは日付を思い出した。

「・・・・・・母の日。」
「どんなイベントも商売のチャンス。セット二つ買ってくれたらカーネーション(造花)を一本プレゼントだ。」
「煮ても焼いても食べられないから結構です。セットは一つでお願いします。
 それ以前になんで造花なんですか。」
「花屋のカーネーションの値段見ればわかるだろ。生花一本幾らだと思ってんだ。」
「高い販促物は使えませんね。」
「その代わり色が選べるぞ。本当は2セットからのサービスだがいつも買ってくれるからおまけしよう。」
「それじゃお言葉に甘えて、白のカーネーションを。」

 ひきっ☆

 ルルーシュが答えた瞬間、柔らかな微笑を浮かべる少年とは対照的に店主は顔を引き攣らせた。
 馴染んでいたのですっかり忘れていたが目の前にいるのはブリタニアの皇子。
 来たばかりの時は随分と皇子らしくない服を着ていると思ったし召使や家政婦の手を借りずに自分で買いにくる事もただ可愛げがない子供だと思っていたが、その行動の起源については考えた事がなかった。
 留学とは名ばかりで学校に行っている様子も無かった事もおかしいとは思っていた。
 ただ、それが学問ではなく生活に関することではと無理やり納得していた部分もあった。
 ブリタニアの皇子と皇女は覚えきれないほどにいるし詳しい情報は日本に伝わってくる事はない。
 把握しているのは日本の中枢部、国会にいる者達ぐらいだろう。
 だから知らなかった。
 ルルーシュが此処に来た本当の理由を。
 今更ながら知らされた真実の一端に八百屋の店主だけでなく辺りにいた大人達は皆遠巻きにしながらルルーシュの次の言葉を待つ。

「え・・・・・・あの、ひょっとして。」
「お母さんは・・・・・・。」
「はい、生母であるマリアンヌがテロに見せかけた謀略により死亡したので後ろ盾なくして此処に来ました。妹もその時に怪我を負ったのですが、父は皆さんご存知の通りあのロールケーキ頭なので何があったかはおおよその見当はつくのではないでしょうか。」

《《《母親を殺された子供を送り込んできたのか、あのロールケーキは!!?》》》

 声に出して叫びたい。
 周囲にいた全員は思ったが誰も言葉にはしなかった。
 何故ならば当事者であるルルーシュは未だ笑顔である。
 しかも今更な話だ。
 ここで皇帝を非難する事は今までの自分達にも跳ね返る。
 知らなかったのではない。知ろうとしなかったのだ。
 精神的に未熟な子供ならばまだ話はわかるがいい年をした大人である自分達はルルーシュに危害を加える子供達を積極的に止めようとはしなかった。
 最初の頃は物を売る事を拒否する者もいたのだから居た堪れない。

「今更なので気を遣わないで下さい。それよりも花を頂きたいのですが。」
「でもさっきは・・・。」
「妹が喜ぶと思うので。」
「あ、ああ・・・・・・・・・。」

 店主から手渡された造花は精巧とは言い難い作りだったが一見してカーネーションとわかる造りではあった。
 何の香りもしない花にふと、花が咲き乱れていたアリエスの離宮を思い出しルルーシュは自嘲気味の笑みを浮かべる。

《《《あの・・・がきんちょに虐められて傷だらけの状態より痛々しく見えるんですけど・・・。》》》

 子供にそんな表情をさせているという事実が胸に突き刺さり周囲にいた大人達は一人、また一人と胸を押さえながらその場を離れていく。

《皆、ズリーぞ!》

 唯一この場から離れられない一人。
 八百屋の店主だけが汗を滲ませながら硬直し動かない。
 早くルルーシュが買い物を終えて去ってくれるのを願う中、救いの声は掛けられた。

「今日は一人で買い物かい。」

《誰だかわからないけど有難う!》

 この状況から漸く抜け出せると店主が喜んで振り返るとそこには私服姿の藤堂がいた。
 今日は部下はいないのか一人きり。
 滅多な事では事前連絡無しに来る事のない藤堂の姿を見止め、ルルーシュは首を傾げた。

「藤堂中佐、お久しぶりです。
 しかし今日はまたどうしてこちらに?」
「スザク君に招待されたのだが・・・聞いていないのかい?」
「全く。また僕に言うのを忘れていたのか。」
「おかしいな。電話口に桐原氏もいたしナナリー皇女の声も聞こえた。
 スザク君のことを考えると二人が君に言わないとは考え難い。」
「ナナリーも? そんな・・・ナナリーが僕に秘密を作るなんて。」
「言えない事の一つや二つはあるものだよ。
 逆に君も妹の為にならないのであれば全てを話そうとはしないだろう。」
「わかって・・・・・・わかって、います。」

 馴染んだと言っても本当に全てに心を許す事など出来ない。
 ルルーシュの態度からそれが見て取れる。
 藤堂もわかるからこそそれ以上は言わない。
 気まずそうに二人を見つめる店主に会釈し藤堂はルルーシュの持つ買い物籠を持つ。
 急に軽くなった荷物に驚いて見上げるとちょっぴり口元を緩めている藤堂の姿。そして自分を痛々しそうに見つめる店主の視線に漸く気付いた。
 困ったように店の置くから笑うのは八百屋の奥さん。
 手にしたカーネーションに改めて気付き思わず頬を染める。
 昔だったらその場を誤魔化して買い物も忘れて立ち去っただろう。けれども野菜を買い忘れなかった辺り、ルルーシュの神経は大分図太くなったのかもしれない。



 * * *



 一方枢木家は騒がしかった。

「予想通りならルルーシュが買い物を終えて帰ってくるまで後1時間!
 桐原のおじーちゃん、料理の準備は!?」
「抜かりない。しかしわしとしてはいつも通りの料理が食べたかったんだが。」
「却下。それじゃ意味無いじゃんか。」

 きっぱりとスザクに言い切られて桐原は項垂れる。
 発案はスザクとナナリーによるものだが、話を聞いてそれに乗ったのは桐原自身である。
 今更否を唱えるわけにはいかないとわかっていても彼の胃袋がちょっぴり悲しいと泣いている。
 いやいや仕方がないのだと自分に言い聞かせ、部下に目配せしいつもの食卓に何やら車から運んできた様々な皿を並ばせ始めた。
 そんなこんなでバタバタと皆が走り回る中、唯一静かだったナナリーが嬉しそうに声を上げる。

「スザクさん。飾り付けの準備が整いましたよ。」
「良かった〜間に合って。じゃあこれは俺がつけるからナナリーは順番を教えて。
 それにしても山中さんが今日休みなの忘れてたのが痛かったんだよな。
 無理言ってでも来てもらいたかったんだけどあっさり断られちゃったし。」
「仕方ありませんよ。休日ですし、今日は母の日ですから。」

 くすくすと笑いながらナナリーが告げる通り、本日5月11日は母の日。
 昔、ある女性が死んだ母親を慕っていたことを切欠に全ての母親に感謝する日が作られた。
 国によって母の日は違うが日本はブリタニアと同じ5月の第二日曜日を母の日としている。
 けれどルルーシュとナナリー、そしてスザクには母と呼べる人物がいない。
 スザクは気づけば父と子の二人きりだった。
 対してルルーシュ達は父は生きているが父親として構ってもらったことなどなく、殆ど母と子の三人で暮らしている状態だった。
 だからスザクは母の日を気にしたことはない。
 けれど二人は違う。母親が世界の中心だった二人にとってマリアンヌの死は今も胸に深く刻み込まれ、見えない血を流し続けている。
 だからスザクは母の日が近づいてくると家政婦に頼んで新聞から母の日に関する広告を全て抜き取るように頼んだのだ。
 マリアンヌのことを思い出せばルルーシュが再び悲しむ。
 だけど、ずっとそのままでいる訳にはいかない。
 ぐるぐると考えたスザクの小さな脳みそはやがて延々とエンドレス状態の思考に落ち込み、最終的に知恵熱が出る寸前に一つの結論を出した。

『考えてみればうちのお母さんってルルーシュじゃん!』

 ある意味スザクは間違っていなかった。
 スザクの認識では母親とは家族の為に炊事洗濯掃除をこなし時には厳しく時には優しく子供を叱り導いてくれる存在なのだ。
 それは父親も一緒に行うべき家族の営みだが、スザクの父親は政治家でこの国の首相。
 どちらかと言うと「いつも威張って皆のリーダーをする人」であり「ご飯のお金を稼いでくれる人」なのだ。
 はっきりそう言ってしまえば流石の父ゲンブも息子の認識に涙しただろうが幸いな事にゲンブはまだ何も知らない。当然今回のスザクの発案も知ることはなかった。

「準備出来た人から手を上げて!」

 スザクの言葉に居間にいたナナリー、桐原、桐原のSP、そして神楽耶が手を上げる。

「うんうん、全員もう仕事は終わったな・・・って!?
 神楽耶がどうしてここにいるんだ!!!」
「あら? 私だけ除け者ですの?」
「お前、また皇家から抜け出して来たな。
 今回はお前と遊んでいる暇ないんだからとっとと帰れ!」
「まぁ、折角面白い企画があると聞いてルルーシュ皇子に贈り物持ってきたのですもの。
 会わせずに帰すなんて乱暴ですわよ。」
「お前の目的はルルーシュの料理だろ。」
「ええ、私は一度も食べたことありませんから。」
「だったら今日は帰れ! 今日は母の日。ルルーシュの日なんだから料理はない!!
 邪魔だからとっとと出てけ―――っ!」
「ひどーい! お兄様のイジワル☆
 酷いですわよねルルーシュ皇子★」

 びっきん

 泣き真似をして居間を飛び出すと同時に叫んだ神楽耶の言葉の意味にスザクは凍りついた。
 背中に突き刺さるのは刺々しい視線。
 非常に馴染んだ気配にスザクは恐る恐る振り返る。
 見ればそこには買い物籠を持った藤堂と神楽耶を背中に張り付かせたルルーシュが眉間に皺を寄せて立っていた。
 美しい紫電の瞳が問う。

「今日が何の日で誰の日だって・・・?」
「ルルーシュ・・・早かったな。買い物にはいつもなら少なくとも後30分はかかるんじゃ。」
「途中で藤堂中佐に会って荷物もちをしてもらえたからな。
 非常に買い物が捗ったしセールが沢山あって選ぶのも楽だったよ。」
「しまった! 商店街もセールしてたんだっけ!!」
「何故か家に広告がなかったが・・・それについての言い訳は。」

 あうあうと口をパクパクさせるスザクは金魚の様。
 桐原も余計な事は言えないと考えを巡らせる中、先に声をあげたのはナナリーだった。

「待って下さいお兄様誤解なのです!」
「ナナリー?」
「スザクさん達は、私達がお母様を思い出して悲しんだりしないように態と母の日の事を隠していたのです。」
「ナナリーは優しいね♪ でもそれはソレ、これはコレ。
 母の日が何で僕の日になるのか教えてもらおうじゃないか、スザク。」

《《《あ、怒りの頂点きてるかも。》》》

 元々女の子のようだと言われるルルーシュである。
 商店街ではこっそりと呼んでいるつもりらしいがいい加減付き合いが長いためルルーシュとて自分がどう呼ばれているか知っている。

 おかあちゃん皇子

「僕の何処が女性っぽく見えると言うんだっ!!!」

 怒りを爆発させるルルーシュだが、問われた疑問にスザクは思わず素で返す。

「え、全部だろ?」
「具体的に言え、ポイント全て簡潔に述べてみろ!」
「掃除洗濯炊事を毎日こなしてて、整頓上手でいつも部屋が綺麗だし洗濯の時の色物分けは完璧だし料理はそこらのお店よりも美味しいの作れるし見た目可愛いし性別さえ問題なければ何時でもお嫁にいけるところ? つーか俺が嫁にもらいたい。」

《《《最後の一言が余計だと思う。》》》

 そうは思っても言葉に出して突っ込めない三人。
 皇子殿下の怒りを理解していないのはスザクともう一人だけ。

「まぁまぁ、枢木のお兄様ったら大切なステップ忘れてはいけませんわ。
 それにしてもこの状態では仕方ありませんわね。
 目的が果たせそうにありませんし、贈り物だけ置いて私はお暇させて頂きますわ。」
「神楽耶、お前本当に何しに来た。」
「目的の一つはこれで達成です。皇子殿下、お手を。」

 無邪気に微笑む少女にルルーシュも無闇に怒鳴り散らすわけにはいかない。
 何よりも母親より教えられた女性に優しくするという精神が僅かにルルーシュの怒りを散らす。
 言われた通りに差し出した右手に何やら赤い小さな袋を載せるとスザクと同じ深緑の瞳をした少女はあっという間に去っていってしまった。

「本当に何しに来たんだろうな・・・神楽耶のやつ。」
「さぁな。ところで何をもらったんじゃ?」
「よくわかりません。何か漢字が書いてありますが・・・。」
「それはお守りだろ? アイツも一応巫女だし。」
「日本のアミュレットか。えーとこの漢字の意味は確か・・・・・・・・・。」

【安産祈願】

 ぴきりっ☆

 言葉の意味を理解した瞬間、再びルルーシュの表情が凍りつく。
 静かに巡らされた首は先ほどと同じ方向、枢木スザクへと固定された。

「ちょ・・・ちょっと待てルルーシュ。これは俺がやらせたわけじゃないぞ。」
「お兄様と呼ばれていただろう? つまり妹である彼女の後始末は兄である君にとってもらうのが筋だな。」
「そんな理屈あるか―――っ!」
「僕を馬鹿にするのもいい加減にしろ―――っ!!!」
「母の日祝うのがそんなに悪いかっ!?」
「常識を考えろ。男の僕が何で母の日なんだっ!?」
「お前がおかーさんで俺がおとーさんでナナリーが子供だからっ!」
「僕はナナリーの兄だっ!!!」
「だったら俺もナナリーのにーちゃんだっ!!!」

 どったんばったん取っ組み合いの喧嘩を始める二人にオロオロするナナリーをさておき大人二人は互いに顔を見合わせSPに目配せする。
 無言で頷き隣の部屋へと避難させていくテーブルの料理は幸いな事にまだ無傷だ。

「さあナナリー皇女。あちらで食事にしましょう。」
「え? でもお兄様達が・・・。」
「動けば腹は減る。腹が減れば食事のことも思い出すじゃろう。」
「止めなくても良いのですか?」
「止める?」
「あれを・・・ですか?」

 戸惑うナナリーとは対照的に白けた視線を喧嘩する少年たちに向ける桐原と藤堂は同時に深い深いため息をつき、同時に答えた。

「「夫婦喧嘩は犬も食わない。」」



 * * *



「ナナリーが子供なら僕が父親に決まっている!」
「俺の方が強いから俺がおとーさんだっ!」


 5月11日 母の日

 世間一般では母親に感謝している日。
 だがこの日、日本のとある家では幼い子供が母親役を押し付けあっていた。
 その様子は喧嘩するほど仲のよい夫婦のようだったそうな。


 END


 このシリーズにおいて、普段家事をこなしているルルーシュはお母さん以外の何者でもないので母の日関連で書こうと思ったのは良いのですが、考えてみればルルーシュがそんなの素直に受けるわけないので結局喧嘩する二人になりました。
 だけど喧嘩するほど仲の良い二人と思って下さい。(←無理やり纏めるな)

 2008.5.11 SOSOGU

(2008.10.19 GEASSコンテンツへ移動)