文化と文化の溝は深し


 夏コミに配布したペーパーのSSです。
 食卓シリーズ「カルチャーショック」編。


 じゅーぅううう〜〜

 焼く時の香ばしい匂いが音共に道を行く人々を誘う。
 黄色く丸いその物体は熱されたぼこぼこと穴の空いた鉄板の上でひっくり返されるのを待っている。
 その魅力的な姿と内包された食材に惹かれスザクはタコ焼きの屋台にしがみ付いていた。

「スザクぼっちゃん・・・そこでへばり付かれていると商売にならないんですけど。
 買うんですか? 買わないんですか??
 せめてその辺だけでもはっきりさせて欲しいんですけど。」

 困り顔で問うのは商店街の一角を借りて屋台を出すたこ焼き職人。
 焼けるたこ焼きをじっと見つめて動かないスザクが邪魔で呼び込みも出来ないと困っていると漸くスザクの迎えが来た。

「スザク! 買い物は終わったのか?
 終わったならおつりを返してくれ。」

 言って手を差し出すのは枢木家・・・と言うよりスザクの生活費を管理しているルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。無駄な事はしない主義の彼はお金の使い方でも無駄を嫌う。
 買う時は目的のものだけ、買い食いなど以ての外。
 しかしスザクはルルーシュとは対照的に衝動買いするタイプの人間。
 当然のことながら二人は対立した。

「やだ! 久しぶりにたこ焼き食いたいから残りのお金で買って食べる!!」
「家計簿つけたことも無い奴が勝手に決めるな!」
「いーやーだー! 食べるったら食べる!!
 持ち帰れるからナナリーにも食べさせるしルルーシュはそれで構わないだろ?」
「人が苦労してやりくりしているのに何が『構わないだろ?』だ!
 却下だ却下!! そんなのどうでも良いから帰るぞ。」
「だってルルーシュタコ料理出してくれないじゃん。
 タコが食べたい食べたいったら食べたいんだぁっ!!!」
「タコなんて食べ物は知らん!」

 ぴしん

 ルルーシュの叫びにスザクとたこ焼き職人が固まった。

《《タコを知らない? そんな馬鹿な!!》》

「ルルーシュ本当にタコを知らないの?」
「聞いた事も無いぞそんな食べ物。」
「あ。食べたらわかるんじゃないかな? 良ければ味見に一つどうぞ。」

 言って一玉爪楊枝に刺して差し出されルルーシュは怪訝そうな顔をする。
 彼にとってタコとは聞き覚えの無い未知の食品。

《けれどスザクが驚くと言う事は日本語を学ぶ時にテキストには載っていなかった名詞なのだろう。
 食べてみればわかるか。》

 一度は躊躇いはしたものの店の好意と物を知らないと見下げられる事は屈辱としか感じられない自身のプライドの為、ルルーシュは貰ったたこ焼きを一口で口に入れた。
 外はカリカリしていたが噛んでみると柔らかくふわっとした生地がソースと出汁の香りと共に口いっぱいに広がる。
 その中に弾力のある。
 けれど肉とは違い淡白且つすっきりしたものを感じゆっくりと噛み締め味わった。
 中々食べ易い味だとは思うがやはり覚えの無い味にルルーシュは首を捻る。

「確かに美味しいが・・・味や食感に覚えが無いな。」
「うっそだー。絶対知っているはずだって。」

 ウソだと断じるスザクにルルーシュはむっとした表情で睨みつけるがスザクも負けてはいない。
 さてどうしたものかと店員が思っていると手元の材料が無くなっているのに気付くと同時にイタズラ心を起こしにっこり微笑みながらルルーシュとスザクに声をかける。

「折角だからタコを茹でるところを見て行くかい?」
「面白そう! 見せて見せて!!」
「是非見せて下さい。絶対に僕は食べた覚えがありませんので見ても違えば証明になります。」
「でも凄くメジャーな生き物だよ。名前くらい知っていると思うけど・・・。」
「兎に角茹でるところを見せて下さい。料理の参考にもなりますし。」

 にっこりと微笑み言い切るルルーシュに抗弁する力を持たず店員は恐る恐る沸騰した湯を湛えた鍋の前に立ち、ソレを取り出した。
 表面の滑りを示すきらきらとした光、茹でる前のそれは不気味な色をしており目と思しきものがこちらを睨んでいるように見える軟体動物。

 がっちん★

 取り出されたそれを見た瞬間、ルルーシュは自身の身体が固まるのを感じた。
 確かにスザクの言う通り名前は知っている。
 だがブリタニアにおいて、それは食べ物ではなかった。

「Octopus?」
「Yes.」

 思わず英語の発音で訊ねるルルーシュ。
 素直に答える店員の声を聞いたと思った瞬間、幼い皇子の意識はブラックアウトした。



 * * *



「つまり・・・蛸を食べる習慣がある民族は世界的に見て珍しいと。」

 気絶したルルーシュを抱えて枢木家に戻ったスザクは買い物の荷物に加え、気絶したルルーシュを背負う事になったと不機嫌そうな顔で確認した。
 ルルーシュが気絶したのは『悪魔』と呼ばれ食べられる事の無い生き物だと認識したため。
 蛸を食べる民族が少ないながらもいる事実を知ってはいたが自分がいる日本がその一つだったとは今日この日まで知らなかったのは無理も無い話。
 魚屋で変なものを置いているなと思ってはいても茹でられて色が赤くなっていた上に見慣れないものだった為に今まで気付かなかったのだ。
 それを食べさせられた上で正体を知らされては今まで持っていた不気味なイメージと実際に食べた時の味わいのギャップで意識を手放したのは仕方の無い事だろう。
 知識だけで理解するのと実際に触れて理解するのとでは大違いなのだから。
 醜態を晒しただけでなくスザクに借りが出来た事もありルルーシュとしては居心地が悪いらしく、ちょっぴり視線を逸らしながら自身を弁護するように呟いた。

「一部の地域を覗いてEUでは特にな。ブリタニアも食べる習慣は無い。」
「でも日本は食べるんだ。俺は蛸の酢漬けとか刺身とかたこ焼きとかが大好きなの!」
「それは理解した。理解しているが・・・。」
「ならこの先の食事に出してくれるよな。」
「理解とは日本人の食習慣として蛸を食べる事を知ったという意味であり・・・。」
「高タンパク低カロリー。夏には欠かせないさっぱりとした味わい。
 お寿司のネタに使われてて魚屋にいつでも売ってる。ルルーシュだって美味しいって言ってただろ。」
「それとこれとはまた別問題であり僕は調理法を知らないのだから。」
「ルルーシュ・・・タコ美味しいって言ったよね?」
「正体を知った今食べる気にはなれないな。
 何しろデビルフィッシュとも呼ばれる生き物だからな。」

 ぴっきん

 言い捨てるルルーシュに決定的溝が生まれた瞬間だった。
 文化と文化の違いは時に素晴らしいものを生み出し、かと思えば深く修復し難い溝を生む。

「ルルーシュぅうううっ!!!」
「スザーックぅうううっ!!!」


 その後、険悪な状態に陥った二人にナナリーが泣き出すまで、二人は全く口を利かなかった。
 タコついては暫く二人の間で禁句となったのは言うまでもない。


 END


 タコを食べる民族は珍しいという話を思い出して出来たお話でした。
 こちらのお話は本当は夏祭りのお話に組み込みコピー本にする予定だったのですがあまりに筆の進みが遅かったので諦めてコピー本は別のものにしてこちらのネタをショートに仕立ててみました。
 このお話の後ルルーシュもタコを食べるようになるのですが・・・きっかけはまた考えてみようと思いますv


 2007.10.14 SOSOGU