新たな戦場

 またまたナイト・オブ・ゼロのお話です。

 戦争とは外交手段の一つに過ぎない。

 ナイト・オブ・ワンであるビスマルクの言葉を聞き若い世代の何人かは首を捻ったがその中の一人、イレギュラーナンバーを持つゼロはその言葉の意味をよく理解していた。



「実際、戦争は最も非効率的な手段だ。
 そんなことはわかっている。だが俺達は皇帝陛下直属の騎士であり軍人だ。
 陛下のご命令とあらば戦場を駆け巡り勝利を齎さねばならない。」
「非効率的って?」

 通信機の向こうから幼い声が響く。
 最年少のナイト・オブ・ラウンズの一人、アーニャの問いにルルーシュは皮肉気に笑いながら答える。

「通常、外交というものは互いに互いの利を押し付け合い擦り合わせ妥協と打算で折り合いをつけていくものだ。
 勿論それには理由がある。求める富は相手が現状態であるから存在するものだ。
 戦いともなれば互いに互いが持つ富を消費し力をぶつけ合う。決着がついた時には最初の目的だった富は目減りしており、生産性が落ちている。
 元々無いものを奪うことは出来ないだろう? 更に生産性を回復させる為に再スタートさせなくてはならないから労力も多い。
 その後の苦労を思えば多少なりとも辛抱して交渉した方が労力を抑えて手に入れられる。
 悪感情ばかりが先立つ戦争なんてしない方がいいに決まっているだろう。」
「つまり・・・?」
「ルルーシュ、それじゃアーニャにはわからないって☆」
「茶々を入れるなジノ。
 簡単に言えば俺達がやっているのは自分が欲しい物ごとぶっ飛ばしている我侭な子供と同じって事だ。」
「私、子供じゃない・・・。」
「そうだな。子供なのはブリタニア帝国の方針であってアーニャじゃない。」

 ポーカーフェイスのアーニャが不服だと呟く様子にルルーシュは慰めるように微笑む。
 ラウンズ三人がのんきに会話しているのはとても平和そうに見えるが、実は現状況はそうではない。

【第二ライン突破しました! ナイト・オブ・ゼロ、ご命令を!!】

 通信機からの連絡にルルーシュは笑みを浮かべながら答える。

「ここまでは予定通り。次の作戦に移行する。
 火力重視の中央突破、ジノは先陣を切って切り込め、アーニャはトリスタンの直ぐ後に続くんだ。
 俺が合図するまで撃つんじゃないぞ。それまでエネルギー充填をして構えておけ。
 第一部隊は予定通り左翼に、第二部隊は右翼に回れ。無理に敵を倒そうとしなくていい守備重視の隊形を崩すな。」
【イエス、マイロード!】

 了承の声と共に通信が終わる。
 ルルーシュの目の前には戦況を表す数々の光。
 少しずつ移動する光がルルーシュの戦略通りに事が進んでいることを示している。
 ポイントまではあと少し、中央にいる敵指揮官を目指し進むトリスタンのエナジーも大分消費されている。
 指示通り守備に徹している左右の部隊から取り零れた何機かがルルーシュの居る後方部隊に向かってきたが守備部隊が前面を守っており問題ない。
 ブリタニア軍から大きく離れ、一見孤立無援に見えるトリスタンとモルドレッドは格好の餌に見えたのだろう。突如、中央が下がり残っていたと思われるナイトメア部隊が前面に出てきた。

「よし、手筈通りだ! トリスタンは空中へ離脱。ポイント地点目掛けて撃てアーニャ!!」
「りょうか・・・。」

 了承の言葉を返しかけアーニャの声が途切れる。
 不審に思いルルーシュが問いかける前に別の部隊からの報告が耳を打った。

【ナイト・オブ・ゼロ! ランスロットが・・・!!!】
「何!? 今回の作戦にスザクは参加させないと置いてきたはずだぞ!!?」
【しかし来ているのです。ランスロットの援護で囲い込んでいた右翼部隊が勢いづいて中央に向かい始めました。】
「馬鹿が! そんな状態で例の地下水脈を破壊などしたら・・・っ!?
 アーニャ、待て! 作戦中止だ!!!」
【ごめん。】
「ごめんって、まさか!!?」

 アーニャの無感情な声にルルーシュは顔を引き攣らせる。
 予想に違わぬ答えをアーニャは先ほどと変わらぬ口調で答えた。

【今、反射で撃った。】

 ごごごごご・・・・

 微かな地響きが戦場を襲い始める。
 この先に起こる事態を思いルルーシュは叫んだ。

「ブリタニア軍全部隊に通達! 一斉退避!!
 予定ルートを辿り全部隊退避しろ!!!」
【右翼部隊の一部が戻ってきません!】
「無理に助けに行けば『崩落』に巻き込まれるぞ。
 責任感の強さは認めるが今は他の兵士の命を優先しろ!」
【イエスマイロード!!!】

 ルルーシュのダメ押しの言葉に迷いを見せていた各部隊が戻り始めた。
 ゆっくりと大きく歪んでいく大地に息を呑む声が通信機越しに聞こえる。

【すっげーっ☆ ホントに大地が崩れてく。
 これアーニャのハドロン砲でやったのか?】

 空中を舞うトリスタンから観光でもしているかのような朗らかな通信が入る。
 余裕があるのは良いことだが状況を思うと胃が痛いルルーシュは現実逃避のつもりかポーカーフェイスを保ちながら説明を始めた。

「そうだ。地下水脈の枯渇により出来た自然の地下道。この辺りが特に大きな空洞が出来ている。
 これを利用し不穏な動きをする者達がいることはリサーチ済みだ。
 地元の人間は地下道の存在を勘付きながらも場所を特定出来ていなかった。
 歴史書を紐解けばこの場所に気づけただろうに誰も気づいていなかったのが運の尽き。
 相手のテリトリーで相手が知らない空洞を利用した大崩落。戦闘の敗北のみならず大恥をかかされたEUは腸が煮えくり返っているだろう。
 だが・・・今回はこちらも失態を犯した。
 くそっ! 俺の命令通りに動いていれば全員無事に済んだものを・・・。」

 予定通りならば敵部隊の大打撃に浮き足立つ敵司令部をトリスタンが急襲。今頃は華麗に勝利を収めていたはずだが・・・・・・。
 次々にルルーシュの耳を打つのは崩落に巻き込まれた自軍の被害状況。全く巻き込まれない者はいないと考えてはいない。中にはうっかり者もいるのだから遅れて落ちる者が出るケースは予想していた。
 だがそれらをフォローするだけの余裕はあるはずだった。

《いくらなんでも想定外過ぎる!》

 コンソールを叩き苛立つルルーシュの耳に再び能天気なジノの声が入ってくる。

【ルルーシュ〜? 一応敵司令部の制圧終了したぜ。】
「一応は余計だ。」
【それからスザクは無事だ。飛行ユニット着けてた癖に陸上戦やってたみたいで、崩落の時は飛んでたって。】
「いっそ崩落に飲み込まれてれば可愛げがあるものを・・・・・・。」

 ぎりりと噛み締める歯はとても綺麗は白色。
 しかしその頬を彩るのは怒りの赤。

 ぴぴっ

 電子音と共に新たな通信回線が開かれる。
 モニターに移る名にルルーシュの機嫌は最低レベルに落ちた。

【ルルーシュ。】

 予想通りの剣呑な目がモニターからこちらを睨む。
 だがルルーシュも怒りを滲ませた目で睨み返す。
 怒りたいのはルルーシュとて同じなのだ。

【どういうつもりなんだ? 今回の作戦、司令部さえ抑えれば戦いは終わる。
 被害だって最小限に抑えられるのに何故被害が広がる作戦を実行したんだ。】
「言葉を返すぞ。お前こそどういうつもりなんだ。
 お前が突っ込んできたせいで自軍に要らぬ犠牲が出た。」

 ピシリと空気がなる音がした。
 睨み合う二人の間に隔たるのは深い心の谷間。
 スザクは目を細めて口を開く。

【戦争は最小限の犠牲と最大限の戦果が必須だろう。
 君が僕に言った言葉だ。】

 確かに言った。ルルーシュもその言葉に覚えがある。
 ナイト・オブ・ラウンズとして初めて指揮を執った時、その作戦内容に「卑怯だ。」とスザクに罵られた。
 ジノとアーニャは面と向かって非難はしなかったが不快に思っている事には気づいていた。
 それでも戦果を求める為にはその作戦しか取れなかったルルーシュはスザクに返した。
 その言葉を返す事でスザクはルルーシュを責め立てようとしている。
 しかしルルーシュは、くっと口の端を上げ目を細め応えた。

「ならナイト・オブ・セブンに問おう。組織とは何だ?」
【え?】
「組織とは小さな力を集め大きな力とする。
 だが、一部の突出した力に頼れば力のバランスが崩れる。
 必要ならばイレギュラーとしてラウンズの力に頼るのも良い。
 だが、通常の戦略において大多数である兵の力を無視するわけにはいかない。
 彼らが活躍する場を奪い取ってまでお前は何を求める?」
【それは・・・。】

 ナンバーズ出身のナイト・オブ・ラウンズ。
 帝国史上、皇帝直属の騎士をブリタニア人以外の民族が任じられた事はない。
 現在、ブリタニア史上主義の帝国において差別を推奨する皇帝がスザクをラウンズに任じた事で走った衝撃は並大抵のものではない。
 貴族の視線はそれだけで射殺されそうな鋭さを持っており、スザクも功績を挙げる事で周囲の雑音を消してきた。

《今回と同じように・・・。》

 確かに貴族の視線は逸らせたが代わりに軍内部に敵を増やしている事に気づいていてもどうにも出来なかったスザクの胸を、ルルーシュの指摘が貫く。

「力が全てのラウンズ。だが、ラウンズもブリタニア軍の一部だ。
 組織を無視する者がナイト・オブ・ワンの地位を手に入れられるほどブリタニアは甘い国ではないぞ。
 今回のお前の行動と俺の作戦。参加した部隊にアンケートを取るか?
 どちらを選ぶか、と。」

 そこまで言われてスザクに何が言えるのだろう。
 スザクとてわかっていた。ルルーシュは最初こそ戦果を追い求めていた為に無茶な作戦を決行したが、ロロの問題が解決すると組織固めへと作戦方式を変えて行った。
 各部隊の特性を見極めそれらを生かす作戦を取るようにし、ラウンズの活躍は必要最低限に留めるようにしていた。
 結果評価は上がり始め、ルルーシュの命令に不透明なものを感じながらも部下達は素直に命令を遂行するようになっていった。

 命令通りに動けば勝利が齎される。

 確実にナイト・オブ・ゼロの評価は高まり始めている。
 今回の件にしてもスザクが暴走したことで作戦がぶち壊しとまではいかなくても支障が出たのは確かだ。

「アンケートを取るまでも無い様だな。
 わかったら俺のやり方に口出ししないで貰おう。」
【それでも僕は、君のやり方に賛同できない。】
「悔しかったら俺の策を超える策を自分で考えてくる事だな。
 だがその為に、自分に何が足りないのかを知る事だ。今回の作戦が歴史書から発したように、知識は何よりの宝だ。」
【知識・・・・・・。】

 考え込むスザクの耳を打つのは静かなアーニャの声。

【二人とも、話は終わり?】
「一応な。俺はもう話す事はない。アーニャ、何があった?」
【被害状況の確認終わった・・・各部隊長がルルーシュに報告したいと。】
「今行こう。スザク、宿題だ。
 答えが出たら俺に言って来い。答えが出るまでは俺はお前を戦いに参加させるつもりはない。」

 言い切ってルルーシュは通信を切りブリタニア軍本部へ向かった。
 勝敗が決した事で被害状況確認が終われば直ぐに崩落した敵軍兵士達の救助もしなくてはならない。
 しかしやる事が山積みのルルーシュの頭の中の殆どを埋め尽くすのは、ロロとの夕食に間に合うかどうかだった。



 数日後・・・・・・・・・



「よく考えたよ・・・。答えは一つしかなかった。」
「そうか。会長達にはきちんと挨拶しておけよ。
 リヴァルにシャーリーも喜ぶ。」
「そうだね。」

 黒い学生服がよく映える日差しの中、二人はいた。
 一年前まで当たり前だった光景。それを理解ながらもロロは不機嫌になっていく。

「だからって何で復学なんて展開になるんだ・・・。」

 知識が不足しているなら勉強するしかない。
 ナイト・オブ・セブンの私立アッシュフォード学園への復学に合わせ、ミレイ達がお祭りだと叫んでいるのが更に胃を痛くする。
 しかもジノとアーニャまで転入する事が決まり現在手続き中と聞いたロロの機嫌は悪くなっていくばかり。
 けれどルルーシュは気づかない。

「ロロ、これからはスザクもクラブハウスに住む事になるそうだ。
 賑やかになるぞ☆」
「よろしく。」

 微笑むルルーシュの傍らで手を差し出すスザクの白々しい微笑がロロの黒い部分を刺激する。

《兄さんを皇帝に売って地位を手に入れた裏切り者・・・。
 絶対に兄さんに近づけさせるものか!》

「よろしく。」

 差し出された手の中に光るは縫い針。
 気づきながらもスザクは針を避けながら手を握り返す。
 ギリギリで刺さらない事に苛立ちながらロロは一旦は退いた。
 戦いはこれからなのだ。

《つまりここは・・・・・・。》
《ルルーシュを巡る戦場。》
《《何が何でも勝つ!》》

「良かったな。これで元通りだ。」
「ルルーシュ・・・なんかあの二人黒くない?」

 リヴァルの言葉があってもルルーシュはまだ気づかない。
 スザクが学園を選んだ本当の理由。
 実地で知識での戦い方を学ぶために選んだ戦場なのだという事に、ナイト・オブ・ゼロはまるで気づいていなかった。


 END


 何気に楽しいな・・・ナイト・オブ・ゼロ。
 シリーズ化しちゃおうかしら☆

 (初出 2008.7.30)
 2008.11.8 ネタblogより転載