桜の花が咲く頃に

「キラちゃん。私の話を先にさせてもらえるかしら?」

 涼やかな声が響く。
 医務室でパトリックと対面したキラが一対一の話し合いを申し出た時、ドアから聞こえてくるその声は馴染み深いものだった。
 その声に聞き覚えのあるアスランは振り返った瞬間に硬直し、パトリックも目を見開いて立ち尽くしている。
 キラも少々驚いた顔をしているが、アスラン達ほどではない。
 イリアに至っては疑問などまるで感じないまま泣いていた事を忘れたかのように満面の笑顔で両手を差し伸べ叫んだ。

「ばーちゃ!」

 呼ばれた女性は祖母と名乗るにはまだ若かったが怒るどころか嬉しそうに顔を綻ばせる。
 アスランと同じ藍色の髪、エメラルド色の瞳、顔立ちは優美で一言で言うなら美人。
 アスランと違うところと言えば髪がショートカットである事と性別が女性という事だろうか。

「母上?」

 確認するように疑問符付きで訊ねるアスランにニッコリと『レノア・ザラ』は答えた。

「久し振りね、アスラン。それにパトリックも。」
「レノア・・・本物か? 幽霊とかそんな落ちではないのか??」
「まあ何を言っているのかしらv
 幽霊に足があるなんて聞いた事ないわね〜。」
「足・・・確かにあるし影もある。」
「で、久し振りにあった妻、母親に何か言う事はないのかしら二人とも。」

 微笑んでいる。
 レノアは確かに微笑んでいるのだが【怒っています】的なオーラがパトリックとアスランに向かって放たれていた。

「お前生きてたのか!?」
「あの日、母上はユニウス・セブンに居たんでしょう! 何で!!」
「順序だてて話してあげるけど・・・先にイリアの為にクサナギに移りましょう、キラちゃん。
 他の皆そろそろID確認して良いかしら? 後・・・ラクスさんとアリシアちゃんも来て頂戴♪」
「「「はい。」」」

 有無を言わさぬ。
 そんな言葉が似合う異様な威圧感。
 レノアに気圧されて思わず皆頷いていた。



 クサナギに移るとキラ達を出迎える一組の夫婦が居た。
 セミロングの紫色の髪が緩やかにウェーブを描いている優しげな女性と栗色の髪をオールバックにした背の高い男性。
 二人はキラ達の姿を認めると喜びの色が混じった呼び掛けをした。

「キラ! イリア!」
「じーじ! ばーば!」


 キラの両親、ヤマト夫妻。
 あの日、ヘリオポリスが崩壊した日の朝に着ていた服と変わらないことに気付きキラは訊ねる。

「父さん、母さん。どうして此処に?」
「ヘリオポリスから射出されたポッドは皆オーブ軍の船に回収されたのよ。
 そのうちの一つであるこのクサナギに私達のポッドは回収されて、クサナギが本国から通達があって一部の市民が地球軍の艦に保護されているから引取りに行くことになった時、キラ達の名前がリストにあったからって声がかかったの。
 私達以外は他の艦に移ったから、もう本国に着いている頃じゃないかしら。」
「レノアさんは最初からクサナギにいて・・・私達もびっくりしていたところさ。
 何にしてもお前達が無事で良かった。」

 ぱんぱん!

 家族の語らいが始まろうとしていたところ、水を注したのはレノアだった。

「気持ちはわかるけどこれから家族会議始めたいからちょっと良いかしら?」



 クサナギの中でも会議等に使われる広めの部屋に集められた一同はそれぞれ席に座り神妙な顔をする。
 まずは・・・と話し始めたレノアの話はこんなものだった。


 始まりはアリシアからの連絡。
 どうやってかは知らないがラクスと知り合い彼女の父であるシーゲルを通して彼女はレノアに連絡を取ってきた。
 ずっとパトリックの妨害にあって連絡をしてもレノアに届く事は無い事を悟った彼女が取った最後の手段。その事に驚きながらもレノアはアリシアの連絡に応えた。それが血のバレンタインより一週間前の事。
 知らされた内容はキラがアスランの子供を身篭っていた事。
 その後、詳しい経緯は直接会って聞いたという。
 キラが月を離れる直前に会い確認した事。その後、ヤマト一家がヘリオポリスに移った事。
 電報で伝えられたキラ達の引っ越し先の住所をアリシアから教えられ、レノアは急いで仕事をこなし一段落したところで単身ヘリオポリスに渡った。
 丁度その日は開戦の前日、2月10日。
 出国出来たのは奇跡に近かった。
 しかしその代わりと言うべきか、レノアがプラントを出国した記録が残されなかった。
 機械で管理していると言っても最終確認をするのは人間。どうしても人為的なミスは起こりえるもの。
 戦争が起こるか否かでプラントが揺れていた時期だったせいも考えられるが・・・レノアはユニウス・セブンに居たままと思われていた。
 開戦してから2日後の2月13日。レノアはアスランに連絡を取ることが出来た。
 しかし14日以降はユニウス・セブンの悲劇のせいで問い合わせが殺到し、ヴィジフォンでの連絡は回線が繋がらず出来なかった。
 仕方なくカリダのアドレスを借りて特別回線からメール連絡をしてみたのだが・・・プラントに届いているはずなのに返事は無い。
 そこで漸くレノアは自宅サーバが操作され自分宛の特定のアドレスからのメールが届かないように設定されている事を知ったのだ。


「まさかカリダからの連絡まで断ち切ってくれていたとはねぇ・・・パトリック?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 妻の冷たい視線で射貫かれてパトリックが固まる。

《あのザラ国防委員長が怯えている!》

 フレイとアリシア、それにラクスまでもが尊敬の念を抱きレノアを見つめるとレノアは軽く首を傾げてまた話を始めた。


 ユニウス・セブンの悲劇の前にアスランとヴィジフォンで連絡を取ったが発信元は非通知扱いだった為にアスランもレノアは死んだものと思い込んでいた。
 仕方なくオーブの行政府に連絡してプラントに連絡を取ってもらう様に申請したところ、既にプラントにおいてレノアは死亡したと認定されIDは抹消されていた。
 またこの混乱に乗じて更にブルーコスモスの活動が活発になり、プラントへの連絡は困難になっている事を知らされ、事態が落ち着くまでプラントへの連絡は不可能という事になり、レノアはオーブ本国で今までの研究を続けることにしたのだ。
 ヘリオポリスは工業関係の仕事が多い。
 レノアのような食糧生産に関わる仕事は本国で求められた。
 その為、レノアはずっとオーブに住んでいたのだ。
 休みにはヤマト一家が住むヘリオポリスに行っては孫娘とのふれあいを楽しみ、ウズミの情報収集の手伝いもしていた。
 そしてレノアが保有していた植物学者のネットワークに引っかかったのが【γ-グリフェプタン】の元になる新たな麻薬として注目されていた植物。
 その植物をムルタ・アズラエルが出資している研究所が集めている事を知り、レノアからの連絡でウズミが密かに調査隊を結成し研究内容の情報収集と証拠集めを指示したのだ。
 その後レノアがまた別に抑えたアズラエルの弱み。
 二つの情報が揃い、刻が来たと判断したウズミは集めた証拠と共に国連にアズラエルの研究を暴露した。


「じゃあ、今回の急な休戦は・・・。」
「地球軍で戦争を煽っていたブルーコスモスの盟主、ムルタ・アズラエルがこのスキャンダルで戦争静観派になったからよ。
 寧ろ戦争反対派かしら? 休戦条約を纏めたのは彼だから。
 プラントはトップであるクライン議長が元々穏健派だったから話が早かったわ。」
「しかし、その程度でブルーコスモスの盟主が引き下がるものでしょうか?」
「アリシアちゃん。いいところ突いて来たわねv
 だから他に個人的な弱みを抑えたのよvv 功労者はキラちゃんだけどvvv」
「僕が!?」

 全く覚えが無いと言った様子のキラに対し、レノアは益々笑みを深めて言った。

「キラちゃん。3週間前にハックを頼んだデータがあったでしょ。」
「確かに頼まれた事は覚えているけど、あんなものが?」
「彼にはとっても知られたくなかった事なのよv でも内容はここにいる他の人には内緒よ?」
「言うつもりはないので構いませんが。」

《《《それ以前にハッキングは犯罪だってばキラ。》》》

 その場にいた全員はそう心の中で突っ込んだが、天然のキラに言っても仕方がないので敢えて口にはしない。
 話を少し変えようと今度はフレイが質問する。

「あれ? じゃあヘリオポリスで建造されていたアークエンジェルや新型MSは??
 戦争を終わらせようと動いていたアスハ代表が何故そんなこと許したの???」
「『何も知らなかった。』・・・それがお父様の返答だ。」

 がたっ

 フレイの疑問に答えたのはレノアでは無かった。
 白く飾りの多い煌びやかな軍服に身を包んだ少女は輝かんばかりの金色の髪と強い意志を感じさせる琥珀色の目をしていた。
 護衛なのか彼女の脇にはかなり階級の高い色黒の軍人が控えている。
 その良く通る声はつい最近聞いたもの。
 あの時停戦を告げたオーブの代表首長の娘、カガリ・ユラ・アスハだった。
 見覚えのあるその姿にキラが驚きの声を上げる。

「君! モルゲンレーテの工場区のっ!!」
「お前・・・あの時の!? 何でこんなところにいるんだ!!」
「シェルターに入れなくって地球軍の人に助けられたけどMS見たからってそのまま拘束されちゃったんだ。」

 あっけらかんと答えるキラにカガリは怒りに肩を震わせ怒鳴りつける。

「あの場面であっさり人にシェルターの空きを譲るからだろ!
 お人よしも程ほどにしとかないとその内死ぬだろーがっ!!
 そしたらお前タダの馬鹿だぞ!!!」

 キラに助けられたのは事実。
 けれど結果としてキラにはよろしくない事態が起こったのを察したカガリは恩も忘れて怒鳴りつけた勢いで襲い掛からんばかりに詰め寄る。
 そんなカガリを必死に後ろから押さえるのは脇に控えていた護衛の軍人レドニル・キサカだった。
 さすがのカガリもキサカの力には抗えずその場に留まるが怒りが収まる様子は無い。
 突然生み出された異様な雰囲気を払拭したのレノアの声だった。その声に漸くカガリも神妙な顔になるが今度は怒りがその表情から感じられる。

「カガリ姫、いらしてたんですか。」
「大まかな確認作業は終わった。後はこちらだけだ。
 そちらの話はまだのようだな。」
「まあ怖い顔。まだ納得されていないのですか?」
「ヘリオポリスで地球軍の新型機動兵器や戦艦が密造されていたんだぞ!?
 国のトップが『知らない』等ということがあるか!!!」
「事実何もご存じなかったのですよ。γ-グリフェプタンの調査に掛かりっきりだった為に一部の閣僚が大西洋連邦の圧力に屈した事に気付けなかった。
 何度も説明したでしょう。」
「それで? 国連の調査が終わり停戦条約が締結されたら叔父上に代表の座を譲る??
 それは建前に過ぎない。横から口出しするのだから実質的に代表を勤め続ける事に変わりがないだろう!!!」
「ウズミ・ナラ・アスハは現在のオーブに無くてはならない方です。
 況してや現在地球とプラントは混乱している。
 彼がいなくては今回の停戦条約も締結前に流れてしまう可能性が高いのです。
 再び自国の民が戦禍に巻き込まれる事を予測しながらも道理を通す為に貴女のお父上は今すぐ政治から退くべきだと・・・そうおっしゃられますか?」
「・・・っく。」

 取り乱していたカガリに対してレノアは静かに、しかし糾弾するように答える。
 返答に詰まり立ち尽くすカガリから視線を逸らしレノアは話を続ける。

「今の話で大分わかったと思うけど、アスハ代表はヘリオポリスでの戦艦・新型起動兵器の建造開発に関しては無関係だったわ。一部の閣僚が大西洋連邦の圧力に負けて独断で許可したのよ。最悪な事にその『一部の閣僚』がモルゲンレーテと癒着していたから開発依頼が成されるのは早かった。
 そしてアスハ代表はその動きに気づけなかった。
 国連への報告の後にヘリオポリス崩壊の連絡を受け、オーブも相当混乱していたから迎えに来るのが遅くなってしまったの。」
「でも、停戦・・・なんですよね。」

 ミリアリアがポツリと呟くように言った。
 その言葉に皆気付かされる。
 停戦とは戦いを停める事であり、終わりを意味する言葉では無い。

「それはこれからの私達の頑張り次第よ。
 双方の相互理解を深め、友好関係を築く。それが出来なければ折角のウズミ様の頑張りも無駄になってしまうわ。
 中立国から出来る事は高が知れているけど・・・プラントには心強い味方がいるから☆」

 カリダが朗らかにミリアリアに答えた。
 意味ありげなその視線の先には、戦争急進派として知られているプラント最高評議会議員でありザフトのトップでもあるプラントの国防委員長、パトリック・ザラ。
 突然注目されパトリックも多少は動揺したのか僅かに眉を上げてカリダに目を向ける。
 微笑を絶やさずにレノアの隣に座る『自分が否定し続けてきたナチュラル』にどう対処してよいかわからず視線を向けたものの押し黙っている。

《カリダさん?》

 フレイが戸惑いの表情でカリダの様子を窺う。
 その隣でレノアがカリダの言葉を受けて言い募った。

「ナチュラルの祖父母に育てられたイリアがナチュラルの排斥を唱えるコーディネイターの祖父をどう思うかしらね?」

 がががががががんっ!

 パトリック、9999のダメージ。

 先ほどの医務室での騒ぎの時にラクスからイリアが何者であるかを聞き、パトリックは狂喜乱舞した。
 夢にまで見た妻そっくりの孫娘。
 漸く容態が落ち着き母親を求めて起き上がったイリアは熱が下がってきたものの、涙で潤んだ瞳はまだ元には戻っていなかった。
 不安げにキョロキョロと辺りを見回すイリアのふわふわレースで飾り立てたくなるくらい純粋無垢な瞳にノックアウトされ、イリアに頬擦りする前にしっかり写真を撮っていたパトリックなのだが・・・。
 パトリックの顔に怯えてしまい泣き顔しか撮れなかったのだ。
 その後戻ってきたキラに抱きついた時の孫の笑顔に更に心臓を射貫かれ、『次こそは!』と息を巻いていたが根本的な部分である『自分がイリアにどう思われるか。』に関しては欠片ほどにも考慮しなかった。
 この艦に移った時に出迎えたヤマト夫妻に見せたイリアの笑顔はどれだけ二人の事を好いているかを物語っている。
 『ナチュラルの排斥を唱える自分』をイリアがどう思うかなど・・・言われなくともその答えは導かれた。
 事態が急展開していた為、状況を把握する為に黙っていたラクスはパトリックの様子に不敵な笑みを浮かべる。
 ラクスの隣にいるアリシアも何かしら悪巧みでもしているかのような不気味な笑顔を浮かべていた。
 二人は顔を見合わせると黒いオーラを放ちながらパトリックに言った。

「ではザラ国防委員長☆ 停戦条約締結の為に急進派の取り纏めをして頂けますね?」

 びくっ

「あら当然ですわよね〜? 可愛いイリアちゃんの為ですもの。」

 びくびくっ

「今まで連絡してあげてたのにちゃんと内容を見ないからイリアちゃんの記録を今まで撮れなかったのに・・・。」
「プラントとオーブの行き来が容易にならないとこれから先の成長記録も撮れなくなってしまいますわ。」

 びくびくびくっ

「折角キラとイリアにぴったりなペアのドレスを見つけたのに・・・。
 新素材を使った光に合わせて微妙に色合いを変えるレースを使用したやつ。
 手に入れてもその姿を記録出来ないなんて悲しいわね。」

 ぴきーーーーーん

 二人の考えを読み取りフレイが止めの一撃を放つ。
 その瞬間パトリックの心は決まった。

『ふわふわレースの似合う孫を手に入れるんだーーー!!!』

 以前パトリックがシーゲルに叫んだ言葉が彼の脳内でリフレインする。


「ラクス嬢。大変申し訳ないが不肖の息子のスキャンダルが明るみに出る前にアスランとの婚約を破棄したいと思うのだがよろしいか?」
「構いませんv でもその為にはスキャンダルを払拭する話題が必要ですわね。
 こちらでネタを考えておきますのでまずは条約締結にお心を注いで下さいv」
「わかりました!」

《《《いいのか? そんな簡単に婚約破棄して。》》》

 突込みを入れる前にラスティが素朴な疑問を呟く。

「って言ってもなぁ・・・アスラン達の婚約ってプラントの希望だったじゃん?
 どんなネタで払拭するんだよ。」

 いっちゃあならない事を言ってしまった事にラスティは気付いていない。
 その瞬間、『言い出しっぺのラスティをネタにしよう。』と女性陣が皆して黒い考えを浮かべた事にも彼は気付かなかった。



 数週間後、無事停戦条約が締結された。
 と言ってもまだまだ戦後処理はある。
 条約に伴い様々な軍備の破棄もされる事が決まった。
 双方共にMS・MAの数を制限される事になり、基地も規模縮小が始まる。
 下手すれば戦中よりも忙しい。
 そんな中、僅かではあるがオーブとプラントとの定期船が行き来する事になった。
 1週間に2・3便。徐々に数は増える予定だが今はソレが精一杯。

『桜の花が咲く頃に迎えに行く。』

 アスランはキラ達がオーブ本国に戻る前にそっとキラに耳打ちした。
 その意味を知りキラは目を潤ませながら頷いた。



 月の都市ヘラクレオポリス。
 そこはキラとアスランが育った街。
 今、桜の花が満開だとのどかなニュースが流れていた。
 キラはイリアを連れて懐かしい町並みを歩いている。


 あの後、オーブ本国に戻っても暫くは避難民として窮屈な思いをするだろうと予測していたが現実は違った。
 オーブ本国に大き目の家を構えていたレノアのおかげでそのまま家族揃ってその家に住み込む事になった。
 突然仕事を失った人たちがオーブ本国になだれ込む形になり空前の就職難がオーブ全土を襲うと想われたが、停戦条約が締結されればプラントのからの補償金を元にまた新たなコロニーの建造計画が始まるとハルマは逆に忙しくなり始めた。
 カリダは慣れない家に戸惑いながら必要な家財道具を少しずつ増やしてレノアの研究のサポートもしている。
 キラは学校が暫く休校となったため、授業が再開されるまでの間イリアとの時間を増やし毎日料理の特訓をしながら過ごしていた。
 そんなある日届いたプラントにいるアスランからのメール。

『桜の木の下で』

 日時はしっかり指定しているくせに場所だけかなり曖昧な表現。
 けれどキラには何処を指しているのかがわかった。
 そして約束の日、キラは月へと向かった。


「ママ〜どこいくの?」
「パパに会いに行くんだよ。」
「パパはぷらんとでしょ? ここはつきだよ。」
「うん、でも此処で待ってるって。」
「なんで〜?」
「ここはパパとママの思い出の場所だからだよ。」
「む〜???」

 何故かがよくわからなくて首を傾げる娘を抱き上げる。
 急に視線が高くなり絶対に届かないと思っていた桜が近くに見え、花を手にしようとイリアは懸命に手を伸ばすがあと少しと言うところで届かない。
 悔しさに癇癪を起こしかけたところ、急に枝が下がってきた。

「あれぇ?」
「触るだけだよ。可哀想だから折ってはいけないよイリア。」

 上から聞こえる心地よい声にキラとイリアは顔を綻ばせながら視線を向ける。
 そこにはザフトの軍服ではなく、普段着のアスランがいた。
 母親にコーディネイトされたのか黒に近い深緑色のジャケットに渋めに押さえられた若草色のシャツ、グレイのストレッチパンツ姿。
 アスランの髪と瞳の色に合わせたその服は落ち着きがあってアスランが年よりも大人びて見える。

「待ったか?」
「ううん、桜に見蕩れてたから・・・。」
「場所、わかってくれたんだな。」
「忘れられないよ。僕らはあの日、此処で別れたんだから。」
「別れた場所だから再会も此処にしたかった。
 あの時離した手を再び繋ぐためにな。」
「アスラン、それキザだよ。」
「ロマンチストと言ってくれ。」
「似合わな〜い☆」
「にあわな〜い♪」

 キラの言葉に追従するように言ったイリアの言葉を受けながらアスランは笑って娘を抱き上げる。

「それじゃあ行こうか。」
「何処へ?」
「まずはオーブへ。あの時は出来なかった事をしにね。」
「出来なかった事・・・?」
「『娘さんを僕に下さい!』って小父さんに土下座して頼まなきゃ。」

 ぷっ

 娘が既に生まれているというのにそれでもやると言うアスランにキラは噴出す。
 心外だと言わんばかりにアスランが膨れるがそんなやりとりすら今のキラとアスランには愛おしい。

「じゃあガツンと怒鳴られて下さい。旦那様。」
「手が出てくるかな。奥さん?」
「足もでてくるかもね。ダーリン。」
「最後は泣き落とされそうだよ。ハニー。」

 ぷぷっ

「ママたちへん〜。」

 突然噴出す二人が理解出来ず「ね〜。」と肩に止まっていたトリィに同意を求めるイリア。
 イリアの言葉に頷くようにトリィは一声鳴いて飛び立つ。



 桜の花が咲いた日に二人は別れた。
 桜の花が咲いた日に二人は再会した。

 次の桜が咲く日には家族と共に在ることを願う。
 またその次の桜が咲く日にもまた共に在ることを願う。

 延々と続く思い出の季節の中、桜はただ咲いていた。
 春の暖かさを知らせるために咲いていた。


 END


 長かった・・・・・・・・・・この後のおまけ話&補足話はオフラインのみの特典〜vvv
 っつうか。未消化でもオンライン上では終わりを綺麗にしたかっただけです。

 2004.10.18 SOSOGU (11/3 UP)

 追記:補足話はUPします。アドレス変更対応為です。(2008.6.16)


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