友と家族線の境界

 エザリア・ジュール。
 プラント最高評議会議員として活躍中の彼女はその美貌と手腕でプラントの女性の注目を浴びている。
 そんな彼女の一人息子がイザーク・ジュール。
 エザリアの血を色濃く引いている事がわかるその優美な外見は涼やかで高貴なイメージを周囲に植え付ける。
 彼の容貌に夢見がちな少女達は憧れを抱くが外見と反比例して熱い性格を知ると半分がイメージ崩壊の為に脱落する。
 残りの半分はその性格が良いのだと言ってアタックするが玉砕して諦める者が多数。
 それでもと残る少数派がいるのだが・・・・・・・・・。

 突然のイザーク婚約話に打撃を受ける。
 しかもその相手がナチュラルで大西洋連邦の事務次官の娘と聞けばよりショックを受けるのは当たり前だろう。
 正確には見合いがセッティングされているだけなのだが、周りは停戦条約締結とこれからのプラントの展望を兼ねてこの話を無理にでもまとめようとしていた。
 そこに本人達の意思は無い。



「冗談じゃないわよ! 顔も合わせたことの無いコーディネイターと結婚!?
 サイはどうするのよ。パパだってずっと勧めてたでしょ。」
「フレイ、気持ちはわかる。だが、私も大西洋連邦事務次官としての立場があって・・・。」
「面子の為だけに私に一生を棒に振れっていうの?
 そりゃ私がキラと友達になる事で以前よりコーディネイターに対する偏見が無くなったって言ってもあっちがこっちの言い分を素直に受け止めると思う!?
 コーディネイターだって『ナチュラルは低俗だ。』って見下す人は少なくないのよ!!!」
「だが今回の見合いの相手はプラント最高評議会議員の子息だ。
 あちらにも世間に対する体面というものがあるし、下手に断れば折角締結された停戦条約に揺らぎが生じる。
 今だってお互いに納得し切って停戦したわけじゃないから双方の上層部もピリピリしている・・・。
 ここで条約を補強する明るい話題が欲しいんだ。」
「・・・・・・・・・要は、私がコーディネイターと婚約すれば話がスムーズに進むと、そう言うことかしら?」
「フレイ・・・頼む。パパの為・・・いや、世界の平和の為に!」

 既に娘に泣きつかんばかりに腰を屈めて言うのはジョージ・アルスター。
 いい年こいた大人がまだ成人もしていない少女を『捨てられた仔犬のような目』で見上げる姿はキモいの一言に尽きる。
 情けない父親の姿にこれ以上怒鳴り返す気力も失せたのか、フレイは「はぁっ」と溜息を吐いて答えた。

「わかったわ・・・。見合いには行く。
 でもその場での断りはさせてもらうわよ。」
「フレイ!? しかしそれでは・・・っ!!!」
「でもコーディネイターとは婚約する。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
「コーディネイターの中でって限定されてるなら、せめて自分がこれから先の人生を一緒に過ごせそうな相手を選ばせてもらうわ。
 要は『コーディネイターと婚約すれば良い。』んでしょ?
 善は急げよ。私、先にプラントに向かうからパパはその後のフォローをお願いね。」
「待ちなさいフレイ! 誰と婚約するつもりだーーー!!!」

 さっさと部屋を出て行こうとするフレイにジョージは慌てて留まらせようと叫ぶが、フレイはドアをくぐる前に上半身だけで振り向いて言い放って出て行った。

「例外その3。」



 その頃、ザフトの施設内で走る少女がいた。
 ジュール隊所属MSパイロット。
 数少ない紅服を纏うその少女の名はシホ・ハーネンフースという。
 男所帯のザフト軍の中で女性のパイロットは非常に少ない。
 その殆どが後方援護やオペレーター、整備士などの内輪的な仕事を主にしていた。
 更にアカデミーTOP10のみが纏う事が出来る紅服ともなれば彼女は軍内でも非常に目立つ存在だった。

『男の子に負けたくない!』

 負けん気の強い彼女がMS模擬戦闘で敗北を甘んじて受けた相手がイザークだった。
 先にアカデミーを卒業し前線で戦っていた経験の差が出たかもしれないが・・・それ以上にシホの中に『ジュール先輩について行きたい。』と思う気持ちが生まれたせいかもしれない。
 憧れか初恋かはまだわからないけれど、彼女にとって今回のイザーク婚約の話が深く心の刺となるものであったことは確かだった。
 自分の気持ちを確かめる為に、噂の真相を本人から訊き出す為にシホをイザークを探して走り回っていた。

 カンカンカンカン・・・

 シホの向かう先の通路を誰かが走る音が響く。
 自分が走る音と息遣いに紛れて気づくのが遅れたシホは曲がり角近くで慌ててスピードを緩めるが間に合わず相手とまともにぶつかってしまった。

 どんっ!

「痛たたた・・・。ゴメン、大丈夫?」
「いや、俺も慌てていたからな。」
「・・・ジュール先輩!?」

 見覚えのある銀糸の髪と特徴的な赤い制服にシホが驚きの声を上げるとイザークの方も気づいたのか少し驚いた様子でシホの声に応える。

「シホか。珍しいなお前が通路を走るなど。」
「いえ、先輩を探していたんです。」
「俺をか?」
「はい、訊きたいことがありまして・・・。」

 シホが言いかけた時、イザークが駆けて来た方向から人のざわめき声が響いてきた。

 いたか!?
 いや、見失った。
 おいこっちの通路じゃないか?
 早くしなければ・・・エザリア様がお怒りだぞ!?

《エザリアって・・・エザリア・ジュール議員の事?》

 ざわめき声にシホが疑問を感じた途端、イザークがシホの手を引っ張って再び走り出す。
 強い力に引っ張られてシホは転ばぬようにイザークに合わせて走り出した。

「ジュール先輩!?」
「後で説明する! とにかく走れ!!!」

 その声が通路に響き渡ったのが原因か、後方から数名の足音と共に「いたぞ!」「こっちだ!!」「イザーク様お待ち下さい!!!」という声がバラバラと聞こえてくる。
 逃亡者の感覚に陥ったシホは考える事を忘れてイザークについていくように走り続けた。

 途中に置いてあったエレカに乗って軍施設を飛び出した二人はそのままショッピングモールへと向かった。
 思わずついて来てしまったものの事情がわからないシホは息が落ち着いてから運転するイザークに訊ねる。


「ジュール先輩、どこへ行くんです?」
「この格好のままでは流石に拙いからな・・・服を買いに行く。」
「ショッピングモールに向かっていることは分かってます!
 服を買ってどうするんですか。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・シホ、お前付き合っている奴はいるか?」
「いきなり何を言い出すんです!」
「見合いの話が来てるんだ。」
「・・・脈絡も無く話さないで順序だてて話して下さい。」

 イザークの話についていけないシホの言葉に漸く頭が冷えたのかイザークは事の始まりを話し始めた。

 始まりはイザークに持ち込まれた大西洋連邦事務次官の令嬢との見合い。
 見合いとは名ばかりで強制的に婚約させられるのは目に見えていたその話にイザークが反発するだろうと読んだエザリアはギリギリまでイザークには黙っていた。
 しかし、先日のミゲルの見舞いに行った時にイザークは知ってしまった。
 世間話中に同じく見舞いに来ていたニコルから『父から聞いた話』という形でイザークに見合い話が持ち込まれたとその場にいた皆に伝えたのだ。
 当然イザークはうろたえた。その直ぐ後に相手であるご令嬢、フレイ・アルスターがラクスと一緒にミゲルの病室を襲撃した。
 彼女もこの話を受ける気が無く、断り理由にする為のラスティの捕獲にやって来たと知ったイザークは安心したのだが・・・エザリアはそう甘くは無い。
 最悪な事に昨日、エザリア御用達のブランド店でフレイとエザリアが顔を合わせたのだ。
 見合い用のドレスとラスティに着せる服を見繕う為に来た彼女とエザリアは何故かブランド談義で意気投合してしまったという。
 自宅に戻ったエザリアがまず言った言葉は今までのエザリアからは考えられない言葉だった。

『やはりナチュラルだからと初めから分かり合えないと決め付けてはいけないわねv
 イザーク、あの子を我が家に迎え入れますからそのつもりで。』

《ちょっとまてーーー!
 一人息子の一生をそんな簡単に決めるなぁあああっ!!!》


 母親の優美な笑顔に本気を悟ったイザークはこのままではフレイと婚約させられると焦った。
 幾らフレイがその気が無いと言ってラスティを紹介してもあの母親の事、こっそりラスティを抹殺するなり何なりして婚約を取り纏めないとも限らない。
 いや、エザリアがそこまでしなくてもラスティ自身がフレイから逃れたがっていたのだから『これ幸い』とイザークにフレイを押し付ける事間違いなし。
 だからイザークは見合い当日に逃げ出したのだ。
 当然掛かってくる追っ手。
 軍の施設内をひたすら走って逃げ回っていたところでシホとぶつかった。

「で、今度は何で施設を飛び出してショッピングモールへ服を買いに行くんです。
 観念して見合いを受けるんですか?」
「受けるなら逃げ回っていない。あっちにその気が無いのがわかっているのだからな。
 当人達が拒否しているのに周りだけが盛り上がっているんだ。
 だから状況的にこの婚約がありえないと示さねばならん。」
「『ありえない』?」

《うわぁ、ベタな展開が見えてきた。》

 次に出てくるイザークの言葉が予測できてしまい、どうやって走る車から逃げ出そうかと算段しているシホの耳にソレは届いた。

「シホ、さっきお前に恋人はいないかと訊いたな。」
「確かに・・・まだ特定の相手はいません・・・けどっ!」
「では俺の恋人役をやってもらえないか。」
「語尾に疑問符がついてませんよ、先輩。
 って言うかもう強制でしょ!」

 ききっ

 シホが叫んだところで車が停まる。
 目の前にはシホが使う事はまずありえないプラントで有名な某ブランド店。
 フォーマルドレスがウィンドウに飾られているその光景を見て自分の立場のヤバさに背中に浮かんで来る汗を感じた。
 既にイザークは車から降りており、助手席のドアを開けてシホの左腕を掴んでいる。

「当然だ。俺はまだ一生を縛り付けられる気は無いんだからな!」
「だからって私を巻き込まないで〜〜〜!!!」

 無理やり引っ張り出されて店に連れ込まれるシホ。
 正直言ってこの展開はシホ的にはありがたくなかった。
 まだ自分の中にあるイザークの位置が憧れの先輩なのか初恋の人なのか自分でもわからない状態なのだから。
 自分で結論を出す前に『偽の恋人役』をさせられるなど真っ平ご免だ。

 が、イザークは強かった。いくら腕を振り解こうとしても掴まれた手はびくともしない。
 こんな時に力の差を思い知らされてシホは悔しさに涙ぐんだ。
 入り口に控えていた店員は浮かない顔をしたシホに似合う服を急いで見繕う様にイザークに言われ戸惑いの表情のままショーウィンドウに飾られていたドレスを持ち出す。
 蒼を基調にしたスラリと身体のラインを浮き立たせるそのドレスは訓練で引き締められた身体をしたシホにぴったりと合った。
 ついでにと店員は髪も梳いて長い髪をサイドに集め一括りにし、光沢のある青い薔薇のコサージュをヘアアクセサリーとして付けた。
 仕上げに同じくセットで飾られていたバッグを持たせ蒼の革靴を履かせると軍服とは一転して華やかさのある姿にコーディネイトした店員も見惚れるほどの美少女がそこにいた。

 一方シホを店員に任せたイザークは適当なスーツを自分で見繕って既に着込んでいたのだが・・・会計も終えて振り返った時、店員にエスコートされてイザークの許に来たシホに一瞬見惚れた。
 普段と違う姿を見られて恥ずかしいのかシホが俯いているとイザークが僅かに微笑み声を掛ける。

「そういう姿も似合うじゃないか。」
「・・・・・本当ですか?」
「ああ、勿論だ。こういうのをなんて言ったんだろうな・・・。
 確かディアッカに以前教わった事があるんだが。」
「エルスマン先輩に?」

《やな予感。》

 イザークとは凸凹コンビで有名な金髪色黒の先輩を思い出しシホは青褪める。
 あのタイプはろくな事を教えないとシホは確信していた。
 そしてその確信は当たっていた。
 考え込んでいたイザークが不意にぽんと手を打ち、晴れやかな笑顔と共に言ったのだから。

「そうだ『馬子にも衣装』だ!」
「ソレ誉めてません!!!」

 どばしぃっ!

 シホの手にあったバッグがイザークの顔面に吸い込まれた瞬間がスローモーションで見えたと目撃した店員は閉店後に他の店員に話したのだが・・・それはイザーク達には関係の無いお話である。



 こつこつこつこつ

 エザリア・ジュールは苛ついていた。
 ここはプラントの首都『アプリリウス・ワン』でも有数のホテル。
 自然と科学の調和を一望出来るレストランを借り切って用意した会場だった。
 その中でも特に大きな窓の傍にあるテーブルにはエザリア一人が席についている。

 もう直ぐ見合い時間だと言うのに息子は未だに現れず部下達からは見失ったと情けない報告。
 まだフレイが着いていないのがせめてもの幸い。
 だが・・・もしイザークが捕まらなかったら・・・。

《今回の見合いはただの国際交流じゃないのよ!?
 只でさえ危いバランスをとっている地球・プラントのこの先の友好関係に関わるもの。
 もし関係に罅が入りでもしたらまた戦争時代に逆戻りよ!!!》

 そう、イザークを会場に連れて来なければ個人的な問題どころか国際問題に発展する。
 その事を熟知しているエザリアが焦り苛つくのは当たり前な事だった。

「エザリア様。」

 レストランのウェイターが恭しく頭を下げながら声を掛けてきた。
 エザリアの貫くような鋭い眼光を真正面から受け止め、ウェイターは答える。

「イザーク様達がお着きになりました。」
「イザーク・・・達?」

 言葉に引っ掛かりを感じてオウム返しに訊き返すがウェイターは困ったような表情を浮かべながら入り口へと視線を向ける。
 つられてエザリアが入り口に顔を向けるとイザークが蒼いドレスを纏った少女と共に入ってきたのだ。
 
 ぴくり

 その少女の着ているドレスを見てエザリアの眉が攣り上がる。

《あれは・・・私が通っている店のドレス!
 しかも私も気に入っていたのに若向けデザインだから諦めたヤツじゃないの!!》

 怒りの論点違うエザリアさん。
 イザークは気付いているがシホはドレスのせいで怒りを買っているとは露知らず、エザリアのいるテーブルへとやってくる。
 二人がエザリアに近づく度に震える空気に怯えたウェイターは少しずつ後ずさりして避難した。

「御紹介致します、母上。
 彼女はシホ・ハーネンフース。私と同じザフトの軍人でMSパイロットです。」
「イザーク、貴方はここが何の会場かわかって言っているのかしら。」
「母上、好きな女性がいる私がこの見合いを受けるわけにはいきません。」
「今まで私にそんな事は一言も言ったことの無い貴方に恋人?」

 ぴしぴしぴしぃぃぃっ!!!

 エザリアから放たれる電波にイザークの髪が静電気のせいで扇の様に浮かび上がる。

《ジュール先輩の髪がっ! 髪がっっ!!》

 突然の異常事態にシホは顔を強張らせるがイザークは動じていない。
 母の突然の怒りのオーラなど慣れているらしい。
 しかし、イザークが再び口を開くより先に本来の『客人』が現れた。
 ・・・・・・・・・・・・・おまけ付きで。

 ごろごろごろごろごろ

 高級ホテルには不似合いな台車。
 それが重い荷物を載せて転がる音と共にやってきたのはフレイだった。
 フレイ自身は赤い髪に合わせて淡い桜色のドレス。
 薄い羽衣を思わせるフワフワのショールを大きく首もとが開き寂しく見える上半身に巻きつけるように纏い、歩く度に揺れる襞の多いドレスは一種のウェディングドレスの様に見える。
 華美でない程度に光るペンダントと左手の薬指にはめられた指輪が印象的だ。
 当たり前だが台車を押しているのはフレイではない。
 ホテルの従業員である。
 その表情は必死に平静を装ってはいるが、載せているものの異様さに顔が引き攣っていた。

 むーむむむーーーっ!

 台車の上にはこれ以上動かないように紐で固定されているラスティ。
 服装そのものは立派だと思うのだが・・・その前に、これでもかと言うほどに胸から下腹部近くまで腕ごとボンレスハムの様にぐるぐる巻きにされ、両足も腿から足の先も似たような状態。止めは口に噛まされた猿轡。
 先ほどの意味不明な呻き声は彼のもの。
 その姿は陸に打ち上げられた人魚姫がイメージ的にそっくりである。

「ご機嫌麗しゅうv エザリア・ジュール議員vv
 先日は楽しい時間を有難うございましたvvv」

 そんなラスティを伴ってにこやかに挨拶するフレイ。
 あまりのギャップの激しさに辺りに漂う空気は微妙である。
 怒りを忘れて台車に乗っている人物、ラスティ・マッケンジーに視線を送ってから何を考えているかわからない笑顔でエザリアも挨拶をする。

「いいえ、こちらこそ楽しかったですわv
 フレイ・アルスター嬢vv ところでこちらの方は何方ですか?」

《何故縛られてるかを突っ込まないんですか!?》

 エザリアの反応にシホが突っ込みを入れそうになるがイザークがそっと静止するようにシホの前へ右腕を出した。
 イザークのその仕草にハッとして思い止まる。
 貴婦人が声を荒げてはいけない。
 彼女はそう解釈したのだが、実はイザークも動揺していて何も考えてなかっただけなのだがシホがそれに気付くことは無かった。
 そんな二人のやり取りを無視してフレイとエザリアの会話は続く。

「こちらはラスティ・マッケンジー。
 ヘリオポリス崩壊の折に私を助けて下さった命の恩人であると共に私の生涯の伴侶となる方です♪」
「命の恩人・・・?」
「ええv モルゲンレーテの工場区に迷い込んだ私を助けて下さったんですvv
 その後、地球軍の艦に脱出ポッドが収容されて不安な思いをしていた私を慰めてくださいましたvvv」
「嘘吐けぇぇぇえええええっ!!!」

 必死に猿轡を自力で外したラスティが真っ先に叫んだのはそんな言葉。
 何故最初に縄を解けとか開放しろと言わないのか。
 この辺がラスティらしいところかもしれない。
 彼の怒りはフレイだけでなくイザークにも向いた。

「イザーク! お前も同僚が縛られてんだから解いてやろう、助けてやろうとか思わないのか!!
 この薄情者のスットコドッコイ!!!」
「スットコドッコイは余計だ。」
「ジュール先輩、突っ込みどころが違います。」

 天然なのかわざとなのか、傍から見れば漫才にしか見えない三人のやりとりが全く聞こえなかったようにフレイは話を続けようとした・・・しかし。

 トリィ!

 突然舞い込んできた緑の色彩に目を奪われた。
 特徴的な鳴き声にフレイは驚愕する。

「トリィ! 何でここに?」

 まるでフレイの声に応えるかの様にエザリアのいるテーブル辺りでくるりとカーブし、フレイの差し出した右手の指先に器用に止まる。

 ばさばさっ トリィ?

 羽根を整えるように軽く震わせ首を傾げて鳴くトリィの仕草にその小さなボディに詰め込まれた高度な技術を察して皆が驚く。例外はラスティとトリィを手にしているフレイだけ。

「とりぃ〜!」

 そこへ、ここにはフレイやイザーク達以外が他に入って来られないようにホテルに連絡して入り口が固められているはずなのに、場違いな子供の声がフロアに響いた。
 白いレースだらけのドレスは16世紀欧州の王侯貴族を思わせるデザイン。
 ティアラの代わりなのか白い絹のリボンを頭に飾るその幼子は藍色の髪と透き通るような若草色の瞳をしていた。

「「イリア!」」

 ラスティも入ってきたイリアの姿を認め、驚いて声を上げる。
 二人の声に気づいて振り返ったイリアは途端に嬉しそうな顔をして二人に駆け寄ってきた。

「みつけた〜v ふれーみつけたよ、ばーちゃ!」

 むんずとフレイのドレスの裾を掴んで空いている左手で入り口に向かってイリアが手を振る。
 するとクリーム色のスーツ姿にイリアと同じ色彩を纏った女性が入ってきた。
 パトリック・ザラの妻、レノア・ザラ。
 ずっと死んだと思われていたが最近になって漸く生存がプラントに知られた女性である。
 思いもかけない客人の姿にエザリアが問い掛ける。

「ザラ夫人、どうしてここに?」
「お久しぶりですわジュール議員。
 今日はプラントのID再登録の為に入国したんです。
 孫に会いたがるパトリックの為にイリアも連れて来たのですが、こちらでアルスター嬢との見合いが行われていると知ったこの子が会いたいと強請りまして。」
「とりぃもいっしょだよ!」
「そうね♪」
「ねー、らす。それなんのあそび?」

 まだ2歳の幼子にはラスティの状態が理解出来ないらしく、何かの遊びと思い訊ねるがラスティからすればそんな間の抜けた質問は悲しいだけ。半泣き状態で叫ぶ。

「見りゃわかるだろ! フレイに捕まってるんだ!! 遊んでるんじゃない!!!」
「なんでふれーは、らすをつかまえてるの?」
「私とラスティは婚約するのよ。」
「こんやく?」
「結婚する約束の事よ。」
「俺は承知してな・・・・・・・・むぐぐっぐっ!!」

 うるさいとばかりにフレイにガムテープを貼られて口を塞がれるラスティからはくぐもった声しか出ない。
 対してイリアはラスティの状態よりもフレイから聞いた言葉にショックを受けているらしく大きな目が潤み始めていた。

「ふれー、けっこんするの?」
「今すぐじゃないけどね。」
「らすと?」
「そうよ。」

 ・・・・・・・うええええええぇぇえっぇええっっ!!!!!

 フレイから肯定の答えを貰った途端にイリアは泣き出してしまった。
 上に向けてくしゃくしゃに歪められた顔は既に涙の洪水。
 何に泣いているのかわからずとにかく涙を拭こうとフレイがカバンにあるハンカチを探るとイリアは涙混じりに叫び出す。

「やーなの! ふれーがおよめいくのはやーなの!!
 らすとけっこんするのはめーなの!!!」
「えええ!?」

 この場でイリアの言葉の意味を理解出来たのは付き合いの長いフレイのみ。
 レノアも理解はしているが「まあ」と少々驚いたように口元に手を当てて事態を見守っているだけだ。
 残りの展開についていけないイザーク達はこそこそと話し始める。

「ジュール先輩・・・『やーなの』は多分『嫌』って意味ですよね。」
「恐らくな・・・だが、『めーなの』は何なんだ?」
「多分使い分けられてるみたいだから違う意味ですよね。」
「普通に考えて「め」が続く言葉は『駄目』なんだろうが・・・。」

 そんなイザークの推測を肯定するようにまたイリアは叫んだ。

「らすはいりあのおむこさんなの!」

《《《おい。》》》

 思わずエザリア、イザーク、シホの三人の視線が縛られたままのラスティに集まる。
 ラスティ自身も驚いているのか顔色は蒼白、脂汗が浮かんでいる。
 が、本当の原因はイリアの言葉ではなかった。
 震える彼の視線の先にはある人物が立っていたのだ。

 ザフトのボス、プラントの国防委員長パトリック・ザラ。
 顔に似合わない可愛らしいウサギのぬいぐるみを手にしたパトリックがラスティを睨んでいた。

「私の孫娘を泣かせたのは誰だね?」

 ゆらゆらと身体を揺らしながら前進してくるパトリックにラスティは勿論シホも顔を白くする。
 イザークは顔色こそ変えないものの僅かに引き攣った口元が動揺していることを示している。

《うわわわあああああっ! 殺られる!!
 このままじゃ確実に明日のお日様拝めないっ!!!》

 必死に身動ぎするラスティだが台車に縄で固定されたままなので動く事が出来ない。
 半泣き状態で震えるラスティの耳元に悪魔が囁いた。

「助けて欲しい?」

 場違いな程に晴れやかな笑顔で問うフレイに一も二も無くラスティが頭を縦に振る。
 だがまだフレイは問いかける。

「じゃあ私と婚約するわよね?」

 命と未来。
 究極の選択を迫られてラスティは一瞬答えに窮するが徐々に距離を詰めてくるパトリックの姿を見止めて恐怖から逃れるべく先程より激しく頭を縦に振った。
 それでもまだフレイは確認を取るべく先程貼り付けたラスティの口のガムテープを外しながら最後の問いをかけた。

「男に二言は無しよ?」
「わかったから助けろよお前は!」
「契約成立v レノアさんvvv」

 フレイの言葉に応えて動いたのはレノア。
 自分を追い越してフレイ達に近寄ろうとするパトリックに見事な足払いをかけて引き倒す。
 予想しなかった妻からの攻撃に不意を突かれたパトリックは手にしたウサギを放り出すのを忘れてまともに地面とキスして動かなくなる。
 ぴくぴくと僅かに痙攣している身体が痛々しい。
 だがフレイはパトリックに見向きもせずに事態に気付かず泣き続けるイリアの頬を拭いながら話し始めた。

「イリア? どうして私が結婚したらダメなの??」
「うっくぇっ・・・・だて・・・だって・・・ふれーがおよめにいったらあえなくなっちゃう。」
「どうして会えなくなるの。」
「ぷらんとにいっちゃうから・・・ひっく・・・ママいってたもん。」
「大丈夫よv オーブで暮らすからいつでも会えるわvv」
「なんでぇ・・・?」
「結婚しろとは言われたけどプラントに住めとは言われてないしね♪」
「確かにそうね。」

 フレイの言葉を肯定したのはエザリアだった。
 事実プラントと地球の友好関係が築かれつつあると示すための結婚。
 住む場所は無理にプラントにしなくても良い。
 むしろ中立国に移り住んでいた方が対等の関係を築いているというポーズに取れるのだから。

「でもイリアはラスティが好きなのね。結婚したいほど?」
「だってパパがだいすきなひとといっしょにいるためにけっこんするんだっていってたもん。
 イリアはママがだいすき。でもママはママだからイリアといっしょにいられる。
 ふれーはママのともだちだからそばにいられる。だけどらすはちがうからけっこんするの。」
「ん〜イリア? 結婚しなくても一緒に居ることは出来るわよ。
 それに結婚は世界中で一番好きな人とするものよ☆」

《っつーか『世界中で一番好き』という条件から俺は外れてるんじゃないか?》

 フレイの言葉に突っ込みたい・・・突っ込みたいが、先程から復活しつつあるパトリックの様子に怯えてラスティは声を出す事が出来ない。
 フレイはその事に気付いているのかいないのか、ペースを乱すことなく話を進める。

「だからイリア、一番良い方法教えてあげるv
 まずは私とラスティが結婚してそれからキラの家の近くに引っ越すわvv
 そうしたら皆いつも一緒でしょ?」
「・・・・・・・・ほんと?」
「うんv 約束しましょうvv」
「ゆびきり! うそついたらはりせんぼん!!」
「嘘つかないわ☆ これで皆幸せよ★」

《俺の幸せは!!?》

 叫びそうになったラスティを黙らせたのはフレイの眼光。

《男に二言は無いわね?》
《・・・・・・・・・・はい。》


 無言の会話をする二人によって漸く場は静まった。
 すると何やら聞こえる呻き声。
 ずっと身体を震わせていたパトリック・ザラ復活。

 がばあああっ!

「イリアちゃんを泣かせたのは誰だぁあああぁぁあああーーー!!!」

 びくびくびくっ

 降りかかる恐怖にラスティは身を竦めるが、その恐怖を払拭したのは幼女の声だった。

「じーちゃ、はなぢ。」

 勢い良く立ち上がるパトリックだが、その顔は血で真っ赤に染まっていた。
 打ち付けたショックで鼻が傷ついたらしくドボドボと血が流れている。
 泣き止んだイリアが血だらけのパトリックに気付いて駆け寄り心配そうにハンカチを差し出した。

 きらきらきらっ☆

 パトリックのみに見えるハレーション。
 愛らしい孫娘の姿に悩殺されて自分が何をしようとしていたかを忘れたパトリックは途端に笑顔になる。

《《《《うわっ! きもっ!!!》》》》

 当たり前である。
 未だ拭かれていない血塗れの顔というだけでも不気味なのにあの強面で有名なパトリックの蕩けるような甘い笑顔となれば不気味さは倍、いや三倍以上。

「有難うv イリアちゃんvv おじーちゃまは大丈夫だよvvv」

《《《《しかも『おじーちゃま』ときたよ。》》》》

「ところでさっきイリアちゃんを泣かせたのは誰かな〜☆」

《《《《話を蒸し返すなっ!》》》》

「だいじょーぶだよ♪ それよりじーちゃ、ごはんたべにいこっ!」

《《《《おっけーそのまま委員長を連れ出してくれ!》》》》

 その場にいた常識人達の願いはその小さな存在に届けられた。

 孫娘の願いが最優先。

 ハンカチで顔を拭いたパトリックは「プリンアラモードも食べようね〜☆」とぬいぐるみごとイリアを抱き上げ意気揚々と去って行った。
 夫の復活は当たり前と言いたげなしっとりと落ち着いた笑顔を浮かべて「ごきげんよう」とだけ述べて二人の後を追うようにレノアも去って行く。
 一体何をしに来たと言うのかと問いたくなるレノアの後姿を見送る本来の見合いのメンバー達。
 あまりの光景にショック状態だったシホがやっとの思いで口を開く。

「ザラ国防委員長がいきなり穏健派に変わった理由ってあの子のせいだなんて事は無いですよね?」
「いいや、間違いなくイリアが原因だ。」
「マッケンジー先輩・・・。」
「初めてイリアに会った国防委員長が何をしたと思う?」
「アルスター嬢。」
「父方の祖父の存在なんて欠片も知らない、しかも高熱がやっと引いたばかりの病み上がりの子供を無理やり抱き締めて頬擦りかましたのよ。か〜な〜り力を込めて。」
「うあ゙。」
「知らないオヤジにいきなり拘束されるだけでも怖いのに、あの顔だぞ?」
「地獄だな。」

 会話を締め括ったイザークの言葉に再び辺りは静まり返る。
 重い沈黙の中、マイペースを保っていたフレイは笑顔絶好調でエザリアに話しかけた。

「というわけで、大変勿体無いお話ではありますがこの度はご縁が無かったと言う事でお願い致します。」
「・・・っ! でも私は貴女を!!」
「私もエザリアさんとのお話はとても楽しかったです。
 この先も出来たらお付き合いしたいと思っています。
 けれど友達と家族は違うんです。」
「友達と家族・・・。」

 言われてエザリアははっとする。
 自分が本当に望んでいたのは『友』であり『嫁』では無かったことに。

「私には譲れない家族がいます。先程いらっしゃったザラ国防委員長のお孫さんは私にとっては家族です。
 ラスティもこの先を考えると家族になれると思いました。
 けどエザリアさんとは対等でいたいんです。家族とは違う意味でお付き合いしていきたい。
 正直、昨日お話した時は迷いました。
 エザリアさんとは家族としてもやっていける。でもその息子さんは?
 私の知らないそちらのエザリアさんの息子さんが友達と家族の境界線。
 だからゴメンなさい。そして会えて嬉しかったです。
 またお友達として会ってくれますか?」

 そう言って右手を差し出すフレイの手を力強くエザリアは握り返した。
 友情を固めて颯爽と去っていくフレイ。
 彼女とは対照的にまたごろごろと音を立てて台車ごと連れて行かれるラスティは泣いていた。
 滝の様な涙を流す同僚を見送りながらシホが呟く。

「マッケンジー先輩を助けなくていいんですか?」
「案外割れ鍋に綴じ蓋で上手く行くんじゃないか?
 さっきの話からしてラスティはもう『婚約を承諾した』のだから俺が如何こう言う筋合いは無い。」
「関わり合いになりたくないんですね・・・。」
「ところでイザーク。そちらのお嬢さんを改めてご紹介して頂きたいんですけど?」

 ぎっくーーーん

 フレイとの会話から立ち直ったエザリアの言葉で二人は漸く状況を思い出した。
 見合いをぶち壊すために引き連れてきたシホをイザークはどう説明するつもりのか。
 下手な事は出来ないとイザークを見守るシホの肩を抱き寄せて恋する年頃の少年は宣言した。

「実はまだ正式には付き合っておりません。」

《この場で正直に言いますか!?》

「ですがこれから気持ちを固めていくつもりです。」

《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はいぃぃいい?》

「その為にこれから外出してきます。ご報告ははっきりしてから改めて行います。」

《ジュール先輩、何か最初の話と違いますぅっ!》

 かちこちに固まっているシホを抱えるようにしてイザークは退出した。



 ホテルから出て再び車に乗り込み漸くシホは訊ねる。
 先程までは何処に人の耳があるかわからず、下手な事を訊ねてイザークの立場を悪くしてはいけないと思い黙っていたがこれ以上は出来ない。
 運転するイザークに声音を強くして問いかけた。

「先輩どういうつもりですか! まだ人生を縛られる気はないから私を連れて行ったのでしょう!?」
「確かに縛られる気は無いが・・・なんとも思ってない奴に一生を縛られたくなかったのが見合いを断った一番の理由だ。」
「じゃあさっきの発言は何ですか!?」
「俺はなんとも思ってない奴に『恋人役』を頼んだ覚えない。」
「!?」
「まだ時間はあるぞ。」

 そう言って前方を見据えるイザークが笑っている様に見えたのは気のせいなのか。
 けれどその横顔に見蕩れたシホが何も言えなくなり、二人はとりあえず帰途に着いた。



 イザーク達が去った後、エザリアは一人取り残され寂しかった。
 お気に入りのフレイに去られ、大事な一人息子は存在すら知らなかった少女を引き連れてくる。
 またその少女が自分には似合わないからと諦めたお気に入りのドレスを身に着けて現れた日には衝撃が走った。
 不意に蘇るフレイの言葉。

『エザリアさんとは対等でいたいんです。』
『友達と家族の境界線。』

 ふっふっふっふっふ・・・・・・・・・・

 寂しさから立ち直り突如含み笑いを始めるエザリア。
 その不敵な笑みを見るものは誰もいない。

《考えてみれば【あの子】は私にとってまだどんな存在でも無い。
 友達でもなければ家族でも無いあの子はフレイさんの言っていた境界線に立つ存在。
 イザーク次第で家族にもなるし私とは友人にもなれる。
 何よりさっきのドレス姿・・・・・・・・。》

 どうせ自分に似合わないならばシホを着せ替え人形にして遊んでしまえ。

 エザリア・ジュールの最終決断。
 考えを変えた途端に軽くなる心が赴くままにエザリアは行動を始めた。

 ぴっぽっぱ・・・

 携帯端末を目的の相手へ繋げる。

「私よ。エザリア・ジュール。
 ザフトのMSパイロット、シホ・ハーネンフースの情報を全て調査、報告して頂戴。
 特に身体のサイズは最新の情報をね。」

 後は調査結果を待つのみ。
 忙しくなるのはそれからだ。

「さあ・・・シホさん。貴女は境界線からどちらへ移るのかしらね。」

 ふふ・・・ほほほほほ・・・・・・・おーっほっほっほっほっ!!!!!



 エザリア・ジュール。
 新たな楽しみを手にした日。
 その後、シホは彼女に遊ばれる事になる。


 END


 フレイとラスティをどうしようとか思いイザシホも良いよね〜と考え、意味不明の代物を書いてしまいました。
 書きたかったところ。

 1.フレイに怯えながらも婚約承諾するラスティ
 2.イリアにべた甘なパトリック
 3.ほんのりイザシホ

 以上の3点。
 纏めるの大変でした・・・。
 脈絡無く浮かんだシーンを一つの話に詰め込んだだけですからねぇ。
 取り敢えずはギャグを意識して書いてみました。
 少しでも楽しんで頂けたら幸いですv


 2003.11.3 SOSOGU


 再録本前のオフ本の特典SSです。UP忘れてました・・・。(汗)
 (2009.4.19 再UP)

 NOVEL INDEX