〜キラの選択 前編〜


 ユニウス・セブンの落下による被害は甚大だった。
 都市を吹き飛ばされ海岸沿いは津波が襲い、歴史的建築物等の世界的遺産すら欠片も残さず消えうせたところもある。
 多くの人々は泣き叫び、怨念の声も上がっている。
 各国のメディアが被害や人々の叫びを報道する様子を眺めながら笑う人物が一人。

 ブルーコスモス現盟主ロード・ジブリール

 銀色の髪にいやらしく細められた目、唇は不健康さを象徴する藤色で縁取られている。
 彼はニィっと口の端を吊り上げ、ワインを片手にモニターに映る数人の老人達を見やりながら言った。
 彼等は世界中にネットワークを持つ、所謂裏から世界を支配する存在。
 名を【ロゴス】と言う。
 世界のパワーバランスを調整する事で自分達の持つ商品への需要が絶えないようにしてきた。
 商品とは武器。彼等は表の事業とは別に死の商人としての一面を持つ者の集まりなのだ。

「まずは皆さん、ご無事で何よりです。」
『何が無事なものか。パルテノン神殿が吹き飛んでしまったわ。』
「あんな古臭い建物どうなろうと良いでしょう。」

 本当にどうでもいいと言った様子で切り捨てるジブリールに老人の何人かが顔を顰めるがそれ以上彼に反論するつもりはないらしく、口を噤む。 
 別にジブリールを恐れているわけではない。今の彼に何を言っても無駄だと長い付き合いで知っているだけだ。
 しかしジブリールは自分が正しい事を言ったのだと思ったのか高笑いを上げそうなくらい得意げな表情を浮かべ、手元のパネルを打ち始めた。

「皆さんの手許にももう届く頃でしょう。」

 ジブリールの言葉と共に一部のモニターが映像を変える。
 先程までニュースが映っていた画面は次々にMSの戦闘シーンを映し出した。
 その中にユニウス・セブンの一角にフレアモーターを設置するジン・ハイマニューバU型の姿もある。
 この装置を使用した意図は分かり過ぎるほど分かっていた。
 意図的に落とされたユニウス・セブン。そして犯人はコーディネイター。

『これは・・・。』
「ファントム・ペインが送ってきました。最高のカードです。
 コレを許せるものなど世界中の何処にもいない。」

 くっくっく・・・・・・はっはっは!!!

 高笑いを始めるジブリールに冷ややかな声が被さる。

『残念ながらジブリール。君は対応が遅過ぎたようだ。』
『この情報ならば既にオーブより発表されている。非公式ではあるがな。』

 モニターに映る一人の言葉に追従するようにもう一人の老人が皮肉を孕んだ声で補足する。
 何人かはまだ知らなかったようで驚愕の表情を浮かべているが、約半数は既に情報を手に入れていた様子で無言でジブリールから送られた映像データをチェックしていた。
 予想しなかった答えにジブリールは叫ぶ。

「なっ!? 何故オーブが!!」
『更に君ご自慢のファントム・ペインが破砕作業を邪魔する様子のおまけ付だ。
 続いてアーモリー・ワンの襲撃映像も流され始めている。
 プラントもデータ内容に偽りは無いと公式に認める声明を発表するそうだ。』
『ユニウス条約に違反してミラージュ・コロイドを装備した戦艦の情報も流れている。
 既に国連も動きファントム・ペインは正体不明のテロリストとして国際手配に掛けられる予定だ。
 下手に動けばどうなるか、わかるだろう?』
『それに君は情報の出所をどう誤魔化す気だ。あちらは取材者の名を公表している。
 下手に濁せば情報の価値は下がるどころかこちらに不利になりかねん。』

 うぐっ

 最初にジブリールに返答した老人が問いかける。
 情報の出所・・・・・・勿論伏せる事は可能だが、月からの地球軍は現場には間に合わずザフトも認めるデータとは違う映像データ。
 ならば彼の持つデータは誰が撮ったものか?
 直ぐに気づくだろう。アーモリー・ワン襲撃犯だと。
 そして問題のデータを手に入れた者と彼等が繋がっている事もわかってしまう。

『わかるだろう。今回は引き下がる事だ。
 痛い目を見たくないならな。』

 こういう情報は先に出した方が有利になる。
 中立国オーブからの情報発信に既に予定されているプラントの正式発表。
 出し抜こうとして先手を取られていた。
 苦々しい嘲笑が部屋に響く。
 メンバー全員の前で恥を掻かされジブリールは首まで赤くして怒りに震える。

《くそぉ・・・オーブめ!
 この恨みは必ず晴らしてくれる!!!》




 懐かしい声に懐かしい匂い。
 気がつけば肩口には豊かな赤い髪が揺れており、キラは身動き出来なくなっていた。
 あの日失ったと思った。
 最後の最後で守れず、彼女の乗っていた脱出艇は爆発の炎に包まれた。
 その瞬間を心に焼き付けたまま凶弾を放ったクルーゼへと向かったのだ。
 だからキラにはとても信じられなかった。
 けれどもぬくもりは確かに彼女が生きている証。

「キラ・・・・・・良かった。」
「・・・・・・フレイ、ホントに?」
「もー、ミリィよりマシだけどその幽霊見るような顔止めてよね!」

 頬を膨らませ拗ねた様に怒るその顔は平和だったヘリオポリスでよく見かけていた。
 それでもまだ信じられずキラは反論する。

「だって君はあの時!」
「だから生きてたの。運良くスーツ破れなかった上にザフトが偶然助けてくれたおかげで。
 流石に怪我が酷くて暫く入院生活送ってたけどね。」
「じゃあ何で!」
「私は連絡した。」
「へ?」
「連絡したけど途中で連絡網が止まったらしくて、何処で止まったのかはわかんないんだけどね。
 それがわかったのはミネルバで二人に会った時・・・・っ!?」

 むにっ

 話の途中でキラはフレイのほっぺを掴んで引っ張り始める。
 脈絡の無い反応に周りも呆気にとられてただ見守るばかりだ。

「ちょっとキラ痛い! 痛いってばっ!!」
「本当に本当なんだ・・・。」
「だからさっきからそう言って・・・!」

 ほろり

 流れる涙にフレイは言葉に詰まる。

 どれほどキラが悲しんだのか
 どれほどキラが苦しんだのか
 どれだけキラが泣いていたのか

《泣かないで。》

 それをずっと胸の内に秘め続けたキラにフレイはあの時の気持ちを思い出す。

「泣かないで。優しい貴女はもう泣かないで。」
「僕は・・・君を・・・・・・。」
「守るから。私の本当の想いが守るから。」

 泣き続けるキラをフレイは抱きしめた。

《あの日伸ばした手は届かず自分は死んだと思った。
 今は手が届く。この子を抱きしめられる。》

 優しさに満ちた空気が広がる。
 永遠に似た短い逢瀬。
 誰にも邪魔出来ないと思われたその空気をぶち破るのは情緒の無い人間と昔から決まっていた。

「ちょっとぉ、ヤマト准将何やってるんだい。
 君も馴れ馴れしく彼女に抱きつかないで欲しいね!」

 ベリリと音でも立ちそうな勢いで二人を引き剥がしたのはユウナだ。
 彼は自分という主役(と彼は思っている)を無視して話を進めるフレイにも憤っているが、それ以上に自分を差し置いて話を進めるキラにも怒りを感じていた。
 だからこそ彼の行動はわかる。わかるが・・・・・・・・。

《《《あの二人の雰囲気ぶち壊すとはある意味勇者だっ!!!》》》

 周囲は分かっていた。
 あの状態の彼女の邪魔をする事がどれほど危ない事なのか。
 そそくさとユウナの周りにいた軍人達は彼から距離を取り、前の方で二人のやり取りをみていたタリア達も後方へと下がる。

「何、女の子の胸触ってんのよ変態っ!!!」

 ぴしゃぁああん! どごぉっ!!!


 フレイの張り手をまともに食らってユウナは吹っ飛ぶ。

「ってゆーかセクハラよ。セクハラ!
 さっきも馴れ馴れしくキラの肩触ったりして!!
 挙句の果てにドサクサに紛れて私やキラの胸に触るなんて言語道断!!!
 世のため人のため何よりもキラと私の為にこの場で成敗してくれるわ―――っ!!!!!」

 怒りMAXアルスター嬢。
 けれど無理も無い。二人を引き剥がす時に肩に掛けた手の指先は微妙に彼女らの胸に触れていた。
 しかしそれだけならタダの事故。ユウナが怯えながら反論する。

「さ・・・触ったって指先が偶然当たっただけだろぉっ!?
 それに准将の肩に触ったのは・・・・・・っ。」
「わざわざキラの白くて綺麗な生肩触った時点でセクハラと看做すのは当然、万死に値する。
 とは言え一応代表代理だし? 折檻で勘弁してあげるから覚悟なさい。」

 が、しかしフレイからすればセクハラ癖のある最低な痴漢である。
 唯一離れなかったアスランは怒り狂うフレイにそっと銃を渡す。

「あら気が利くわねv」

《《《いやそれ死ぬから!》》》

「そんじゃ一発!」
「ひぃいいやぁあああっ!!!」

 躊躇い無く向けられる銃口に怯えユウナが目を瞑った瞬間、引き金は引かれた。

 ぱん! ぺちょん

 音と共にユウナの頭に真っ赤なペイントがされた。
 一瞬死んだと皆が思ったが撃たれたユウナは真っ赤になったまま更に後ずさっている。

《《《・・・・・・・・・?》》》

「ペイント弾です。幾らなんでも実弾入った銃を渡すわけないでしょう。」
「こうしないと彼女の気は治まらないと思ったので僕が用意させました。
 フレイ、もう気は済んだ?」
「まぁね〜。」

《《《知ってたの!?》》》

「ユウナ・ロマ首長。失礼ながら妄りに女性に触れるのは代表の名誉にも関わりますのでお止め下さい。」

 微笑みながら言うキラを見る限り、その雰囲気からして彼女も相当不快な思いをしていた事は察せられる。
 フレイも先程の発砲はかなりきっついお仕置きの為だったのだろう。
 「これに懲りたらもう二度とやるんじゃないわよ!」と言い放ちながら傍にいたオーブ軍人に銃を返すフレイだが・・・ミネルバクルーは皆心の中で突っ込まずにはいられない。

《《《何で止めないんだよオーブも。》》》

 仮にも閣僚の一人であり代表の婚約者なのだ。
 ふつーは止めるものだ。
 そんなミネルバクルーの視線に気づいたのかフレイはにっこり笑って彼らの疑問に答える。

「ふふv 単なる昔なじみのじゃれあいですよvv」
「何がじゃれあいだぁっ! あの時だって僕がどれだけ酷い目にあったと思ってるんだ!!」
「やかましいセミ男ね。子供の頃の話を持ち出すなんて。
 ちょっとした事でピーピー泣く様ななよっちい男と婚約させられそうになった私の方が泣きたかったわよ。」

 元婚約者候補


 それがフレイとユウナの過去の関係。
 フレイが5歳の頃、父親に連れられて彼女はセイラン家を訪れた。
 目的は簡単に言えばお見合いだ。
 まだ物事の分別がついていない年頃であるために気が合うかどうかを確かめる為だけだったのだが・・・・・・写真を見たフレイが逃げ出したのだ。
 「モミアゲがイヤ。」と書き残して逃げ出したもののセキュリティ完備のセイラン家からは出られない。
 しばらく庭の植木の陰に隠れていたフレイだったのだが・・・・・・そこで一人の少年にあったのだ。
 金色の髪と琥珀色の目が印象的な快活そうな顔立ち。
 正直言ってフレイとしてはユウナよりもこの少年の方がずっと好みであり気も合った。
 更に見合いから逃げ出したと知った少年が面白がって破談の手助けをしてくれたのだ。

「見合いをぶち壊すなら相手に嫌われるのが一番だ!」

 そう言って少年が取り出したのは一抱えもあるビン一杯に詰められたセミの抜け殻。
 彼の宝物だったのだが家の者に捨てられそうになって隠し場所を探していたのだと言う。

「けどいい場所が無くてな。
 誰かに捨てられてしまうくらいなら自分で捨てようと思っていたところだ。
 折角だからお前を助けるのに使おう。」
「どうするの?」
「それはだな・・・・・・。」

 悪戯坊主の笑みを浮かべて策を話す少年。
 フレイも大喜びで賛成し実行した。
 その日の夜、セイラン家ではユウナの悲鳴が響き渡った。


「セミの抜け殻をベッドに敷き詰めてやったんですv
 丁寧にシーツの下に仕込んでメッセージカードも付けてvv」

 誇らしげに答えるフレイだが、タリアはこめかみに浮き出る汗を拭う気にもなれずに硬直していた。
 恐らく彼らを取り巻いているオーブ軍人達は二人の関係を知っているのだろう。
 だからこそ危害が加えられることは無いと知っていた。
 だが、それでも全く止めようともしないというのはどうだ?と思わずにはいられない。
 つつーと視線をずらしキラへと目を向ける。
 「個人的な事ですからザフトに抗議する事はありませんのでご安心を。これでセクハラ癖を直してくれると良いんですけど。」と微笑むキラがちと怖い。
 平和の国オーブ。
 只今セクハラ撲滅キャンペーン実地中。

《《《心臓に悪いからもう止めてくれ。ってか止めてくださいフレイ。》》》

 怯えるミネルバクルーに気を遣ってか、アスランの「直ぐに修理作業を。」との指示がミネルバにとってもユウナにとっても救いの言葉となった。





 フレイとの再会後、直ぐに軍服へと着替えて仕事に移ったキラとアスラン。
 名目上の上官のユウナは現在フレイに張り飛ばされたほっぺの治療で医務室で寝込んでいる為、二人は書類を眺めながら通路を歩いていた。
 軍人としてもモルゲンレーテの職員としても忙しいキラとカガリの護衛であるアスランが一緒に仕事をする事はまずない。
 休暇も滅多に重ならない為に最近は会話も無かった事に危惧を感じていたアスラン。
 存在を知らされなかったキラの妹マユの存在を訊きたかったが今の状況が質問を許さない。
 ふっと溜息を吐いて彼はもう一つの問題についてキラに問いかけた。

「ユニウス・セブンの事は・・・もう皆知っているんだろう?」
「うん、オーブから全世界に非公式ながら発表したしね。プラントからの許可も得てるって話だったけど?」
「なっ!?」
「あの謎の強奪犯の事もあるからでしょ?
 カガリも無茶言うけどプラントも思い切ったね。
 直ぐに救援の手配もしていて議長の手際の良さと潔さと褒める人たちや唯のご機嫌取りだと批難する人たち。
 色々だけどね。」
「無茶だ!」
「無茶だよ。けれど責任の分散を狙ったんじゃないかな?
 プラントを混乱させて対応を遅らせた上に破砕作業も邪魔した強奪犯がいるってね。」
「しかし!」
「これで彼らは完全に『テロリスト』だよ。
 もしも『ザフトの新型MSを保有する』軍があると分かればまた意見が分かれる。
 ねえ、もしブルーコスモスがこの情報を手に入れてたらどんな発表をしたかな?」

 !?

 キラの言いたい事を悟りアスランは口を噤む。
 聡いアスランに苦笑しながらキラは話を続けた。

「そういう事なんだよ。
 強奪犯の本当の目的が何であれプラントと敵対する存在である事は確かだ。
 こんな情勢だもの。ましてやプラントの新たな力を奪われたばかり、少しでも対立する力を抑えておきたいのは当然だよね。
 リスクは高い・・・だからこれは賭けなんだ。
 プラントにとっても、オーブにとってもね。」

 どちらにしろ戦争の回避は難しいとアスランも考えていた。
 元々互いにこれ以上なく消耗するだけの戦いに妥協せざるを得なかっただけだ。
 母を失い友を失い、最後には父を失ったあの戦争の始まりは搾取する側と搾取される側の対立。
 そこに人種差別や宗教観念が加わりどうしようもないところまで火種は広がっていった。
 まだ大西洋連邦を始めとしたプラント理事国家が諦めていない事もその後の彼らの対応で分かっている。
 思うままに行かない事への憤りとこれ以上プラントに力をつけさせない為という建前からオーブをちくちくといびる様な抗議をしてくる光景を目の当たりにしてきたのだ。
 だが今のアスランには権力は無い。
 父親が戦争犯罪人となり、大戦末期にザフトの最新鋭機体を持ち出したまま第三勢力に所属した裏切りがアスランの立場を危うくさせた為にオーブに亡命した。
 その為に彼に権力は無い。
 出生故に身元を伏せるキラと同じく表に出てきてはいけない英雄なのだ。
 けれども・・・。

《キラ達は自分のすべき事を見つけている。
 だが・・・・・・俺はこれから何をしたら良いんだ?》

 思い出すのはユニウス・セブンで聞いた言葉。
 アスランは真っ直ぐに前を見て歩き続けるキラの横顔を眺め、そして心を決めた。





 工具の音、指示を仰ぐ声や怒鳴り声が響くのはモルゲンレーテの工場。
 直ぐに始められたミネルバ修理は前準備がされていた為に直ぐに工場を騒がしくした。
 そんな中、とてとてと走りまわる数人の子供達が見受けられ、その様子に目を剥いたヴィーノがモルゲンレーテ職員の一人に問いかけた。

「あの子達は?」
「え? ああ、マルキオ導師の孤児院の子達ですね。
 離れ小島にあった家が高波で流されて本島に移って来たんですよ。
 今は海岸沿いにある代表が管理している家にいるそうです。
 子供心に役に立ちたいって気持ちがあるんでしょうね。
 簡単な荷物運びを少しさせて気の済むようにさせて欲しいと准将から言われてまして。」
「しかしだからと言って・・・。」
「何、そろそろ昼時ですし午前中だけって話ですから。」
「はぁ・・・・・・。」

 職員の言葉にいまいち納得し切れずにあいまいな返事を返すヴィーノ。
 修理は好意によるもので国家間で特別なやり取りがあったわけでもなく無償である為に強く言い出せない。
 艦長であるタリアに指示を仰ぎたくともそろそろいなくなると聞くとどこに居るかもわからないタリアを探してまで追い出すのは気が引け、ヴィーノはそのまま自分の仕事に戻った。
 だがキラの狙いは別にあった。
 子供達でミネルバの気を惹いて、影からデータ収集を行う。
 アスランに現場の指示を任せてコンピュータに向かうキラの傍らにトダカが立ち、問いかける。

「キラ様、代表がマーナに渡されたデータディスクをご覧になりましたか?」
「いえ、ミネルバに偶然乗り合わせた子供のプラントへの送還に関するものと聞いていたのでそのままマーナさんに手続きをお願いしました。それが何か?」
「子供の名はマユ・アスカだそうです。」

 ぴくっ

 キーボードを澱みなく叩いていたキラの手が止まる。
 彼女の様子を見とめながらトダカは話を続けた。

「先程『ミネルバクルーのシン・アスカ』と共に面会し確認しました。
 ・・・・・・・・・如何なさいますか?」

 沈黙が二人の間に横たわる。
 しばし息の詰まるような時間を置いて無表情のままキラは答えた。

「カガリとマーナさんには暫くアスハの宮殿には行けないと伝えて下さい。
 理由はミネルバの対応に忙しいと言えば納得するでしょう。」
「はい。」
「それからお願いが一つあります。
 シンと個人的に話せますか?」

 ・・・・・・・・・。
 キラの目的を悟りトダカは瞑目して答える。

「彼の後見人として申し出れば不可能ではないかと。」
「ではお願いします。」
「早速手配します。」
「それから・・・・・・・アスランとマユの接触を出来るだけ防ぐように。」
「わかりました。」

 敬礼して去って行くトダカを反射するモニター越しに眺めながらキラは震える胸を押さえた。

《彼が軍人の道を選んだとは知っていたけれどまさかミネルバに配属されていたなんて。
 流石に機密だらけのあの部署に配属されてからは調べ切れなかったから・・・油断していた。
 アスランとマユが出会う事だけは避けたかったのに。》




 地球上にあるザフトの基地と言えばジブラルタルとカーペンタリア。
 オーブに近いのはカーペンタリアである為にミネルバの最新情報は当然ここから発信される。
 情報は早く正確に。
 それはとても良い事に思われる・・・だが、必ずしも良いことだけとは限らないのは世の常。
 本国に戻ったイザークはカーペンタリア基地よりミネルバの所在を知らされ激怒していた。

「今はオーブだぁっ!?」

 戻ってこないフレイを心配してミネルバの情報を調べさせていたイザークに齎されたのは現在地のみ。
 けれどもそれ以上の情報が全く入ってこないと言う事は彼女が無事である可能性が高いと言う事。
 その安心感が更にイザークの声に力を与えており、癇癪の被害をこうむるまいとボルテールクルー達は彼から視線を逸らしていた。
 唯一真正面から話すのは幼馴染であり副官のディアッカのみ。
 手にしたデータをモニターに映し出しながら何でもない様子で答える。

「ああ、ミネルバは現在モルゲンレーテの協力で修理中だと。
 アイツの母国だから里心ついてなきゃいいけど。」
「馬鹿なことをぬかすな! アイツは今ザフトなんだぞ!?」
「んな事知ってるって。」
「直ぐにカーペンタリアから帰国するように伝えろ!」
「あ、ソレ無理。」

 きっぱりはっきり答えるディアッカにイザークは更にヒステリックに喚き散らす。

「この俺が、隊長として、命令しているにも関わらず何を言うっ!?」
「大体ミネルバは惨憺たる状態なんだぜ。
 艦の修理に微妙な情勢、カーペンタリアもぴりぴりしているんだ。
 迂闊にオーブから動くことも出来ないって事さ。
 もうしばらく待つしかないって。」

 むき―――っ!

 頭から噴火でも起きそうなくらいに怒り狂うイザーク。
 ブリッジに詰めていたクルーはそっと胃を抑えながら涙した。

「「「ジュール隊の平穏は何処だ。」」」

 それはフレイだけが知っている。





「まぁまぁまあv 何て可愛らしいvvv」

 マーナの第一声。
 ミネルバに居られなくなったマユはメイリンとフレイに連れられてアスハの宮殿へとやってきた。
 見なれない大きく特徴ある建物にぽかんと口を開けながら見上げるマユ。
 そこへ出迎えに大きな身体を揺すりながら出てきたマーナに怯えてフレイの足の影に隠れた。
 未知の物に対する怯え。
 マユの気持ちを悟ったのだろう。マユの視線に合わせてマーナがしゃがむと安心したようにマユは微笑んだ。
 一人連れられて来た理由を知らないマユは無邪気に尋ねる。

「おにいちゃんは?」
「お仕事だそうですよ。それにマユちゃんはお家に帰らないといけないから此処で帰りの準備が出来るまで待ちましょうね。」

 そうやって待たされるのはいつもの事。
 だから素直に頷くと思っていた。
 しかし大人達に対しマユの反応は予想に反するものだった。

「いやっ!」
「マユ?」
「もうひとりはイヤ!!」

 全身で拒否の意を表現するように首を大きく振り差し出されたマーナの手も振り払う。
 子供ながらも強い力で叩かれた衝撃に驚き手を引っ込めるマーナに申し訳なさそうにお辞儀をしながらメイリンが必死にマユを宥めて言った。

「マユちゃん仕方がないのよ。いい子だからちょっと我慢してね。
 それにほら、小母さんが一緒に居てくれるから一人じゃないわよ。」
「マユ、ママがいい!
 駄目ならおにーちゃんがいいの!!」
「ママって・・・。」

 シンの両親の死亡を知るフレイとメイリンは戸惑い顔を見合わせた。
 確かにシンの親が死んだのはまだマユが2歳の時。
 死の概念を理解できない年頃だったとしても二人の不在の意味をこの二年の間に全く話さなかったのだろうか?
 そんな疑問が浮かびマユに問い質そうとした。
 けれどその前にマユが泣き叫んだのだ。

「マユずっといいこにしてたもん!
 いいこでまってたらママ帰ってくるって言ったじゃん!!
 いつまで待ったらママ帰ってくるの?
 いつになったらみんなといっしょになれるの?
 もうマユ、ひとりで待つのはイヤァ!!!」

 うわぁあああん!

 終にはひっくり返って大泣きするマユに三人は戸惑う。
 マーナはマユの癇癪に。
 メイリンはシンが事実を知らせていない事に。
 フレイは・・・・・・マユから「ママ」の言葉は出ても父親を表す「パパ」の言葉が一言も出ない事に。

《何故ママだけなの?》

 キラとシンが隠しそびれた綻びが一つ、フレイの前に現れた。





 モルゲンレーテではミネルバを前に大勢の整備士が資材を運んでは修理に勤しんでいる。
 彼らの姿を見ながらタリアは先程まで会話していた女性を思った。

『ミネルバの修理を担当するマリア・ベルネスです。』

 ベルネスはまるでタリアの気持ちを見透かしたような言葉をかけて来た。
 その殆どが艦長であるタリアを労わる言葉。
 優しい響きを含む声とその言葉は同じ立場になった事がある者の言葉のように思え、タリアは安堵感を覚える一方マリアの正体に疑惑を抱いた。

『仕様がないですわ。先の事はわかりませんもの。
 今はただ目の前にある出来る事をやって、間違っていたら悩んでまた道を探して。』

 まるで自分が同じ状況に陥った戦艦の艦長を経験した事があるように答えるマリア。
 だが彼女の肩書きはモルゲンレーテの技術士でありミネルバの修理責任者の一人。
 戦艦に縁があるのは機械としてだけのはず。けれど技術屋であるはずの彼女には決定的な違和感があった。

《普通の会社員・・・にしては実感が篭り過ぎているわね。
 それに彼女の立ち振舞いは。》

 微かに感じた違和感。彼女と別れて1時間以上経ってタリアはその正体に気いた。
 こんなに時間が掛かったのは仕方がない。タリアにとってソレは日常の中にあったのだから。

 マリア・ベルネス

 彼女からは確かに軍人の気配がしたのだ。
 元オーブ軍人とも考えられる。
 だがマリアの言葉が、体中から滲み出る悲しみと憤りと優しさが、その可能性を打ち消していた。
 彼女が本当は何者だったのかタリアには検討もつかない。
 けれど出来ることなら。

《戦場で会いたくないわね。》

 誰も聞く事のない呟きは喧騒漂うデッキ内に解けて消えた。


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 もう何も言わないで下さい・・・。(滝涙)

 2006.6.30 SOSOGU
 (2006.7.1 一部修正)
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