〜キラの選択 後編〜


 あれから一晩経った。
 食事は何とか摂らせたものの宛がわれた部屋で泣いていたマユはいつの間にか泣き疲れて眠っていた。
 傍で宥めようとしても癇癪を起こして逆に落ち着かない少女が静かになったのを見計らって部屋に入ったフレイとマーナは涙の残る頬を拭いながら見守っていた。

 一方シフトの関係で一時ミネルバに帰艦していたメイリンは何度もシンの部屋の前でインターフォンを鳴らそうとしては躊躇って手を引っ込めていた。
 マユの様子を知らせた方が良いのか、それともあえて告げずにおいた方が良いのか・・・。
 正しい答えなど分かるはずも無くドアの前に立ちつくす妹の様子にルナマリアが声を掛けた。

「どうしたのよメイリン。」
「お姉ちゃん。」
「シンとレイなら早朝訓練で射撃場にいるわよ。
 何か用があるんでしょ?」
「ん・・・・・・用って言うか・・・・・・。」
「どうしたのよ。」

 先程から様子のおかしい妹にルナマリアは尚も問いかける。
 しばし迷いメイリンは漸く昨日のマユの様子を話した。



 ガンガンガンッ

 連続して放たれた弾は全て急所にヒット。
 射撃、特にライフルでの狙撃を得意とするレイにはいつもの事。
 それでもアスランの腕は更に上。
 表には出さないが自分より上の存在を知り負けず嫌いな一面が訓練に現れているようでいつもより難しい的を選びレイは訓練を続ける。
 その隣ではシンが同じように的を狙って銃を撃っている。
 レイと違いむらっけのあるシンは調子の良い時はレイ以上の狙撃の腕を見せるが精神的に落ち着かない時は全然駄目。
 今日は調子の悪い様子で急所から外れたところに弾が当たっている。

 はぁ・・・・・・。

 大きな溜息を吐くシン。
 その原因は分かっている。マユだ。
 昨夜は電波を受信したかのように「マユが泣いている!」とミネルバから飛び出そうとし、持たす事の出来なかったマユへのプレゼントを抱えてすすり泣く。
 はっきりいって不気味の極致。
 しかしそんなルームメイトの奇行に慣れ切っているレイはとっとと耳栓して就寝する見上げた根性の持ち主。
 お陰で本日は絶好調である。
 それでも幽霊よろしくユラユラと身体を揺らしながら移動するシンに思うところでもあったのか、世間話でもするようにブリッジで仕入れた情報を口にする。

「上陸許可が下りるかも知れないそうだ。」
「・・・・・・・・・。」
「上陸したかったんじゃないのか?
 マユは昨夜からアスハ家にいるんだろう。」

 答えないシン。
 ポイントはアスハ。
 もやもやとした空気がシンから漂ってくるとレイはもう一押しとばかりに話を続ける。

「今回のスコア次第ではマユと泊りの許可を出して貰えるように俺からも掛け合ってやろう。」

 ばんばんばんばんばんっ!!!!!

 レイの一声でシンの持つ銃は一気に弾を撃ち尽くす。
 訓練用の的を映し出すスクリーンが示すのは【complete】の文字。
 マユが絡むと百発百中。むらっけのあるシンの真の実力を目の当たりにしたレイは彼の行動の一部始終を見納め、掛けていた保護用のサングラスを外すと記録されたスコアデータのコピーを手にしたメディアに吸い上げ始める。

「レイ、さっきの話は本当だろうな。」

 鼻息荒く銃に弾を込め直しながらシンは問う。
 ギラギラ光る赤い瞳。大して涼やかな青い瞳で受け止めレイは答えた。

「ああ、大丈夫だ。俺から艦長に掛け合おう。
 仕事のフォローも入れておくからマユについててやれ。」
「レイは来ないのか?」
「修理中で動けないとは言えパイロットが二人もいなくなっては拙いだろう。」
「マユだってレイと遊びたがってるはずだぞ。」
「また時間がある時にな。
 兄妹水入らずの時間を邪魔する気は無い。」
「やっぱレイって良い奴☆」
「抱きつくな。動き辛い。」

 何だかんだと言いながらアカデミー入学当初からずっとシンと行動を共にしてきたレイ。
 先を見る事に長けてしまったが故に子供っぽいシンは弟のように思え、兄弟がいたらこんな感じだろうかと考えていた。
 そんなある日にシンから紹介されたマユは子供と遊ぶのが苦手な自分にも懐き弟妹が増えたように感じられた。

《嫌われたくは無い。笑っていて欲しい。》

 養父であるギルバート以外に生まれた暖かな感情。
 その一方で自分の行動にちくりと痛む胸。
 レイにとってマユの事で便宜を図るのはシンへの贖罪でもあった。
 今は明かせない自分の秘密。

《いつか話せる日が来るまで笑っていてくれ。》

 言葉に出来ない願いを胸に秘め、レイは微笑みながら銃を置いた。



 訓練を終え、レイの肩に手を置きながら「ほんっと頼むぜ!」と嬉しそうに笑い訓練室を出たシン。
 彼を出迎えたのは眉を寄せて仁王立ちするルナマリアとおろおろと姉に寄り添うメイリンだった。

「ちょっとシン! どーゆーことよっ!!?」
「ちょちょ・・・お姉ちゃん一応シンのプライベートな事なんだから声抑えて!」

《そりゃこっちのセリフだ。》

 何に怒っていると言うのか。
 ルナマリアの怒りの原因に思い当たらないシンはきょとんとした目でレイに心当たりを問うが返ってくるのは首をふる仕草のみ。
 自分にもレイにも思い当たらないルナマリアの怒りの原因は何なのか。
 シンが話しては喧嘩になる可能性が高いと判断したレイはルナマリアに問いかけようとするが、その前にルナマリアの方が話し始めた。

「マユちゃんの事よ。あの子、まだ両親が死んだって知らないんですって!?」
「っ!? 」

 確かにシンはマユには話していなかった。
 オノゴロでヤマト夫妻の命と引き換えにマユはあの爆発の中を生き残る事が出来た。
 だが死の概念が理解出来ない幼いマユに告げる事は躊躇われ、二年も経った今も告げられないのはあの言葉のせいだった。

『いい子にしてればママかえってくる?』

 シンが完全に自立しマユを養える様になるまで何年もかかる事は分かっていた。
 待たされるマユの支えになるこの言葉を否定する事実を告げればどうなるか・・・・・・いつまでも黙っていられるわけがない。
 分かっているが今はまだ告げる時期ではないとシンは未だにマユに嘘を吐いたままだった。

『うん、ママもお兄ちゃんもマユと一緒にいられるようになるために頑張るから。
 だからいい子に出来るかな?』

 ヤマト夫妻が死んだなんてマユには言えなかった。
 あの日オノゴロで、目の前で夫妻が亡くなっているにも関わらずマユは母親を求めて泣き続けたのだ。
 せめてマユがもう少し大きくなるまで、死の概念を理解し受け止めることが出来る年齢になるまで。

「ちょっとシン。私の質問に答えなさいよ!」

 ルナマリアの声でシンは思考を止めて目の前に立つ同僚を見た。
 彼女は何も知らない。シンの苦悩も、あの日の光景も、マユの涙も。
 だからこそ自分を非難するように問い詰めてくる彼女に・・・・・・怒りを覚えた。

「ルナには関係ないだろ!
 これは俺とマユの問題だ。口出しすんなよ!!」
「何ですって!? 私はマユちゃんの将来を心配して訊いているのよ。
 それなのに!!!」
「お姉ちゃん止めてってばっ!」

 ルナマリアを押しのけてその場を去ろうとするシン。
 けれどシンの言葉にカチンときてシンの行く手に立ち塞がるルナマリア。
 メイリンが必死に姉を宥め止めようとするが脳みその温度が急上昇中のルナマリアには聞こえていない。
 このままでは正面衝突が起こるのも時間の問題。
 メイリンがレイに助けを求めて視線を向けるとレイも心得た様に頷いて二人の間に割って入った。

「止めろルナマリア。」
「レイ!?」
「シンも落ち着け。お前も考えがあるから黙っているんだろう?」
「それは・・・・・・そうだけど。」
「ルナマリアも心配する気持ちはわかる。
 だが忘れていないか。マユはまだ4つの子供だ。」
「! そう・・・・・・だったわね。」
「ちゃんとマユの事は考えている。シンにとってたった一人の妹だからな。」

 妹の言葉にルナマリアは縋りつくメイリンを振り返った。
 一つしか違わない妹。
 喧嘩したりする事もあるけれど大事な存在である事に変わりは無い。
 シンにとってもそれは同じはず。
 それを振り返れなかった自分に自己嫌悪に陥り、目を伏せながら謝る。

「ゴメン・・・。」
「いや、いい・・・よ。」

 ルナマリアの謝罪を受け流すようにシンはそのまま立ち去った。


 部屋に戻り、シンはベッドサイドに備え付けられた棚の引き出しを開ける。
 そこに転がるのはシンの好みとは思えないビーズのストラップ付きのパステルピンクの携帯電話。
 契約はとっくに切れて使えない《マユの携帯》だった。
 オノゴロの惨劇で手元に残った唯一の家族の形見。
 《妹の形見》を見つめシンは先程のレイの言葉を振り返る。

『シンにとってたった一人の妹だからな。』

 その言葉は間違いではない。
 シンと血の繋がった妹は一人しかおらず。
 現在戸籍上も妹は一人だ。
 けれどマユという名の少女は二人いた。
 久しぶりにシンは携帯の電源を入れ、留守録メッセージを流す。

【はい、マユでーす。でもごめんなさい。
 今マユはお話できま・・・】

 残された妹マユの声はあの日の悲劇なんて夢にも思わず無邪気で明るい声だ。
 そこにあるのはオーブでの幸せな生活の欠片。
 記憶に残された嬉しそうに笑う『マユ・アスカ』を思い出しシンは静かに涙を流す。

《マユはたった一人の妹さ。俺に残されたたった一人の・・・・・・。》

 傍にマユがいながらこの電話を手放せないのは自分への戒めと誓いの為。
 そしてあの日の怒りを忘れない為。
 誓いを新たにし涙を拭うシンの耳に呼び出しの電子音が届く。

「外泊許可・・・・・・そっか。レイ、あの後でそのまま艦長のとこに言ってくれたんだ。
 でもその前に面会? トダカさんが??」

 ザフトのアカデミーに入って以来シンはトダカと連絡を取っていない。
 マユには定期的にメールが送られているし、今も彼が後見人となっているが近況は知らせても自分達への干渉を避けていた彼の突然の面会希望に驚きを覚えながらシンは私服へ着替え始めた。





 夕日が照らす海辺の慰霊公園。
 そこはシンが家族を失った惨劇の場所。
 今は整備され悲劇の片鱗は公園にある慰霊碑のみ。
 植えられ根付いた花が公園を彩るが公園も高波の被害に遭い一部のタイルは欠けたり剥がれが見られ、花は塩水を被り一部は流されていた。
 残った花もそう遠くないうちに枯れてしまうだろう。
 寂しさを覚えて慰霊碑に向かうシンの行く先に人影が見えた。
 喪服のように全身黒い服で身に包んだ人物は先日見かけていた。
 ミネルバをカガリ・ユラ・アスハの姿で出迎えた少女。
 あの時は遠目で見ただけでタリア達の会話は聞いていない。
 名を知らぬものの見知っている少女がいる事にシンは少し驚くがすぐ平静を取り戻し問いかけた。

「ここへはよく来るんですか?」
「いや、僕も初めてだよ。」

 そう答えて微笑む少女に続ける言葉が見つからず、待ち合わせているトダカの姿が無い事に戸惑い見回すシンにキラが儚げな笑みを浮かべて更に答えた。

「ごめんね。トダカさんは来ないよ。」

 目的の人物の名を告げられシンは驚き目を見張る。
 けれどシンの反応は予想していたらしく少女は表情を変えずに言葉を続けた。

「君を呼んで欲しいと僕が頼んだから。」
「何でそんな事・・・。」
「話の前に自己紹介するね。僕の名はキラ・ヤマト。」

 !?

「あ・・・・・・。」

 がたがたがた

 シンは怯えて身体を震わせる。
 その名には覚えがあった。
 きっとこの先も忘れる事の無い名前。

「マユは元気ですか?」
「アンタ・・・・・・生きて・・・・・・・・・・。」

 死んだはずの人間を目の前にし、シンは目の前が真っ暗になる思いだった。
 シンがキラ・ヤマトの名を知ったのは終戦協定を結ぶために世界が動き始めた頃のオーブでだった。
 大西洋連邦を始めとした地球軍がオーブから撤退し、オーブ再出発の為に避難民のID照合が始まった。
 そしてわかったのだ。マユにはヤマト夫妻の他にもう一人家族がいたのだと。





『キラ・ヤマト?』

 名を告げられシンは確認するようにトダカに返した。
 大事な話だとずっと抱きかかえていたマユを他の避難民に預けて二人はデータを見る。
 映っているのは名前と顔写真。
 死んだマユと同じ特徴を持つ少女の写真にシンは痛々しそうに顔を歪めた。

『ああ、ヤマト夫妻にはキラという娘がいたそうだ。』
『いたって・・・・・・でもそれなら何で一緒にオノゴロから避難しなかったんですか?』
『データによると彼女はMIAになっていた。』
『MI・・・何ソレ?』
『ヤマト一家は元々ヘリオポリスに住んでいたそうだ。
 だがヘリオポリスはザフトの急襲に遭い地球軍とザフトの交戦でコロニーは崩壊。
 その時に彼女だけ地球軍所属の艦アークエンジェルに保護されてそのまま軍に志願したらしい。』

 地球軍

 自分の幸せを奪ったもうひとつの存在。
 その名にシンは激昂した。

『何で地球軍なんかに!』
『詳しい事はわからない。はっきり分かっているのはオーブ近郊の海域で行われた戦闘から戻ってこなかったらしい。』
『戦闘って確か見つかった残骸はMA1機とMS2機分って報道されて・・・・・・地球軍はろくに訓練も受けていないはずの女の子を戦闘に出したんですか!?』
『GAT−X105ストライク。彼女は当時連合唯一のMSパイロットだったんだ。
 MIAとはMissing in actionの略。
 戦闘中行方不明、未確認だが死亡と軍が認定したという事だ。』

 あの戦闘はもう大分前の事。
 生きているならばとっくに分かっていてもおかしくは無い。
 今になっても情報が無いと言う事は死亡と考えていいのだろうと補足するトダカ。
 シンは泣いていたマユ・ヤマトを思い涙を流し呟く。

『じゃあ・・・・・・マユの家族は本当に・・・・・・・・・。』
『あの子も君と同じだ。だが君はもう14歳。私としてはプラントへの帰化を勧めるがどうかな?』
『マユは、あの子はどうなるんです!?』
『戦争孤児として施設に入る事になる。あの子はまだ2歳と幼い。
 そこで里親を待つんだ。』
『里親・・・・・・・。』

 当然の処置と言えばそうだ。
 だがトダカの言葉にシンはしばし考え込み、何かを決めた強い瞳で彼を見上げ答えた。

『なら俺が引き取ります。』
『!?』
『今までずっと俺がマユの面倒を見てたんだ。
 マユも俺の事「にーちゃ」って呼んでる。周りは誰も俺達が兄妹じゃないって思わなかった。
 トダカさんだってID見るまで気づかなかったでしょ?』
『それは・・・だが、君達がコーディネイターという点を考慮していたからだ。』

 外見が似ていなくても遺伝子操作を受けたコーディネイターは突然変異の可能性を指摘されていた。
 一世代目ですら母体の影響でコーディネイト通りに生まれるとは限らない。
 二世代目になって現れる影響が囁かれ、一部のものには実際に現れたと言う。
 だから誰も不審に思わなかった。
 そうトダカは反論するがシンは更に反発した。

『今更引き離すんですか!
 確かに俺の本当の妹は死にました。父さんも母さんも・・・・・・皆いなくなった。
 マユだけが俺のそばに居てくれたんだ!!
 もう俺の妹だ。絶対に渡さない!!!』

 その場から駆け出そうとするシンを慌ててトダカは腕を掴み留めた。
 シンはトダカの腕を振り払おうと必死に暴れるが軍人であるトダカとコーディネイターと言っても平和な日常を謳歌してきた14歳のシン。
 力の差は歴然としており簡単に引き戻されてしまう。

『放せ! 放せよっ!!!』
『落ち着きなさいシン!』
『イヤだ! そう言って俺が離れてる間にマユを連れてくんだろっ!?』
『良いから私の話を聞きなさい。』

 諭すように語り掛けるがシンはキッとトダカを睨み返す。
 対するトダカの目は落ち着いており、彼の目を見つめるうちにシンも少し落ち着いてきた。
 シンが少し冷静さを取り戻したのを見てトダカは低く重い声で問いかける。

『君は、あの子の命を背負う覚悟があるのか?』
『俺の大切な人達は皆死んだ。残されたのはマユだけなんだ。
 マユを守れるなら何だってやってやる!』

 赤い瞳にうっすらと浮かぶ涙。
 零れ落ちる寸前で堪える少年の姿にトダカは察した。
 全てを失ったシンが自分を失わずに済んだのは一緒に生き残ったマユの存在があったからだと。

《シンの心を癒したマユを離せば・・・・・・。》

 数秒瞑目しトダカはもう一度シンに問う。

『もう一度問う。あの子の兄として一生生きていく事が出来るか?
 家族としてあの子を守り続ける自信はあるのか?』

 頷くシンにトダカは提案した。
 戦後の混乱を利用してマユのIDを書き換え。
 だが当然リスクは高く、発覚すればシンとマユは引き離されるしトダカは罪に問われる。

『具体的にどう書き換えるかは言えないが・・・何とかしよう。』
『それじゃトダカさんも巻き込まれるんじゃ。』
『あの子と君が一緒に居る為にはこれが一番確実なんだ。
 君だけをプラントに送ることは出来るがマユは幼過ぎて無理だ。
 だが私が後見人に立つ事でソレは可能になる。君が成人しマユと二人で生きていく為の生活基盤が出来れば君自身が保護者として完全に私から自立出来る。』
『えっと・・・・・・何でそんなに回りくどくコウケンニンだのセイカツキバンだのが関係して来るんですか?』

 親の庇護の下、何の不自由なく生きてきたシンはいまいち理解していない。
 けれど漸く年頃の少年らしい表情を見せた事にほっとしながらトダカはもっと内容を砕いて話すことにした。

『オーブ政府が心配性だから君達の世話が出来る大人が必要なんだよ。
 君が大人になってオーブ政府が大丈夫と判断出来るまでは私が君達の保護者になるという事だ。』
『それはトダカさんが俺達の親になるってこと?』
『少し違うが・・・・・・親戚のおじさんになるとでも思ってくれれば良い。』

 微笑むトダカにホッとした様子で小さく息を吐き、ふと何かに気づいた様子でシンは再びトダカを見上げて問いかけた。

『・・・・・・トダカさんは何でそこまでしてくれるんですか。』

 当たり前すぎる疑問。
 シンとトダカは避難の日まで面識すらない赤の他人。
 そこまでして貰う覚えが無い事に気づいて問うシンにトダカは少し躊躇うようにしてから答えた。

『ただの自己満足さ。』

 守らなければならなかったのに守れなかった自分の非力さから目を背けたくとも出来ず、罪の意識から逃れたくてシンの言葉に応じただけ。
 それをトダカは告げる事が出来なかった。

 その後、トダカは虚偽の報告をしIDを書き換えた。
 マユ・ヤマトとマユ・アスカのデータの摩り替えに成功し、数ヵ月後にシンとマユはプラントへと旅立った。





「俺からマユを取り上げるのか!?」

 シンとトダカの罪。
 それを証明するキラ・ヤマトの存在にシンは恐慌状態で喚き散らすように叫んだ。
 だがキラの言葉はシンの予想とは全く違い穏やかなものだった。

「そんなに怯えないで。僕は君を弾劾するために呼んだんじゃないんだ。」
「?」
「まずは有難う。」

 !?

「君が居たからマユは一人ぼっちにならなくて済んだ。
 トダカさんから聞いているよ。君がずっとマユの傍に居てくれたと。
 そして・・・・・・これからもあの子をお願いします。」
「な・・・アンタ一体・・・・・・。」

《感謝される覚えなんかない。
 マユを取り上げた自分に感謝するのは何故だ!?》

 キラの穏やかさに底知れないものを感じてシンは疑心暗鬼に駆られ後ずさる。
 けれどキラは微笑を絶やさず、まっすぐにシンを見つめて言った。

「僕は一生あの子の家族として名乗り出る事はありません。
 出来ないんだ。
 だからトダカさんからマユの生存を確認した時に決めた。
 あの子にはこれから君の妹として生きてもらおうと。」

 耳に心地よい声がシンの胸に響く。
 自分に都合の良過ぎるキラの言葉は到底信じられるものではなかった。
 けれど彼女の微笑みの中に悲しみを感じ取り、悲痛な想いで決めた事なのだと悟った。
 そして同時に浮かぶのはもうひとつの疑問。

「どうやって知ったんだ?」
「トダカさんのデータ改竄の後を見つけてね。
 ハッキングして書き替えたのはわかったから痕跡を消しながら誰がやったのかを突き止めた。」

 答えからトダカがかなり危ない橋を渡ったのだと知る。
 そこまでして自分の我侭に付き合ってくれた将校の微笑みを思い出しシンは沈黙した。
 彼女が痕跡を消していなかったら他の誰かにばれていたかもしれない。
 苦悩するシンにキラは苦笑して補足した。

「趣味でやってたからハッキングは得意なんだ。
 大丈夫、僕が見つけるまで誰も彼のした事に気づいていなかったから。
 だから『安心』していい。僕は君からマユを取り上げたりしない。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「その代わりお願いがあるんだ。」
「?」

 一体何を願うというのか。
 あまりに自分に都合の良い展開に逆に不安を覚えていたシンは怯えた表情でキラを見上げる。
 視線の先には先程までの優しい微笑を消した、底冷えしそうな冷たい顔をした女性がいた。

「僕はさっき一生あの子の家族として名乗り出るつもりは無いと言った。
 だから君は一生あの子の兄として生きて欲しい。」

《アスランにあの子の存在を知られるわけにはいかないんだ。》

 キラの頭をよぎるのはヤキン・ドゥーエ攻防戦前のカガリとアスランの抱擁シーン。
 戦後直ぐの報告で両親もマユもオノゴロで死んだのだと思いキラはアスランに何も告げないと決めた。
 ただ穏やかな時を過ごして傷ついた心を癒すより、カガリを手伝いがむしゃらに生きる方がキラには楽だった。
 じっとしていればヘリオポリスでの幸せが思い出されるばかり。
 報告を受けながらヤマト一家のIDの確認をしたのは三人は死んだのだと自分に言い聞かせ戒める為。
 けれど実際に調べてみて見つけたデータ改竄の痕跡でキラはマユが生きていると知った。
 そしてアスランにはカガリがいて、二人にとって自分とマユは邪魔者だと思ったキラはデータ改竄の痕跡を消去しながら犯人のトダカに訊いたのだ。
 何故こんな事をしたのか。理由によってはこのままでも構わない・・・と。
 マユが幸せになれるなら預けたい。
 誰かの不幸の原因になるなんて自分にもマユにも辛いことだ。

「駄目かな?」

 少しおどけて問うキラの表情は優しいものに戻っていた。
 けれど先程の表情と言葉の重さに否と言えるはずがない。
 シンはゆっくりと首を縦に振り了承の意を表す。

「・・・・わかりました。いや、お願いされなくてもそのつもりさ。」
「うん、そうだね。
 じゃあこれは約束の証。」

 トリィ!

 言葉を合図にキラの肩からトリィが飛び立つ。
 ゆっくりと二人の頭上を旋回し、滑り降りるようにシンの肩に止まったのを見届けるとキラはホッとした様子でシンを諭した。

「その子を見て、決して忘れないで。」



 長い話が終わり沈黙が二人の間に横たわった。
 気拙い空気に居心地悪そうに肩を竦めるシンの耳に歌声が聞こえてきた。
 優しい世界を願う歌。
 桃色の優しい色合いの髪を揺らし歌いながら歩いてくる少女が持つ花を見てシンは眉を寄せて寂しそうに公園を振り返った。
 映るのは高波に流された痛々しい花々。

「彼女はここへよく来るのか?」
「いや、彼女も今日が初めてだよ。」

 シンと同じようにキラも来れなかった。
 ここは心を傷つけられた場所。ラクスはキラの傷に触れる事を恐れるようにここを避けた。
 特にシンにとってどれだけ整備されても辛い場所だった。

「どんなに綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす。」

 キラは沈黙する。
 シンが言った言葉は今の世界を現したもの。
 けれど人はそんなものでもない。
 その答えをキラ自身も探しているからこそ答えられるはずも無かった。
 背を向けて去って行くシンをキラは見送り、ラクスはキラの隣に寄り添うように慰霊碑の前に立ちシンを見送った。


 続く


 もう何も言わないで下さい・・・。(滝涙)

 2006.6.30 SOSOGU
 (2006.7.1 一部修正)


 前々から指摘を受けていたのですが・・・対応遅れて申し訳ありません。
 特に長いお話を前後編に分けました。
 これでも表示されない時はご連絡下さい。

 2006.9.25 SOSOGU


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