〜ウナト・エマ・セイラン〜


「カガリ、俺は情勢確認の為にプラントへ行こうと思う。」
「そうか。」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 朝食の会話終り。

「ってそーじゃなくて!」

 気分は卓袱台返し。
 キラとの話で決意し、下調べの為に世界情勢を昨夜のうちにチェック。
 アーモリー・ワンの報告書も今朝方行政府に送信して荷物も纏めた。
 たとえ反対されても今はプラントへ行くべきだと主張する気満々。
 緊張で張り詰めた空気を発しながらの重大発言を雇い主であるカガリはあっさり受け流したのだ。
 拍子抜けを通り越して突っ込みたくなるのは真面目なアスランにとって当たり前の事だった。
 けれどカガリは何を一人ボケ突っ込みしていると呆れ顔で返答する。

「何だ? 何か違うのか??」
「普通は『どうして?』とか『どのくらいで戻る?』とか訊くもんだろう!?」

 アスランはカガリのボディーガード。
 筆頭護衛である彼が離れると言うのに雇い主としての疑問も投げかけてこないカガリに半分涙目になりながら主張する。
 哀れさ満点のアスランに対してカガリは哀れむ様に頭を撫でて語りかけた。

「アスラン・・・・・・寂しかったのか?
 悪いが私はまた直ぐに行政府に行かねばならない。
 昨日あのまま放っておいたのは悪いと思うが。」

 ぴきん

 まるっきり子ども扱い。
 カガリの中の自分という存在がどんなものなのかを突きつけられ自尊心に皹が入る。

「いや、だからソーでもなくて!!!」
「なら何だ?」

 がぁああああああっ!!!

 カガリは本気でアスランを子ども扱いしているのではない。
 元よりアスランの事に口出しする気が無いのだ。
 今は代表としても役割に精一杯な上に情報は欲しいので自分から休み返上(カガリの中ではそうなっている。)で調査に行ってくれると言うならば寧ろその行動をプッシュしたいくらいだ。
 だがアスランはそんなカガリと背後に立つ人物に全く気づかず唸り続ける。

「や・か・ま・し・いっ!」

 どげこっ!

 背後にいた人物・・・フレイが持っていた水差しをアスランの頭の天辺に乗せた。
 いや、正確には打ち付けた。
 なみなみと入っていた水の重さ+水差しの重さ+この2年で軍人として鍛えられたフレイの筋力による攻撃はアスランにも結構効いたらしく頭を押さえて呻く。

「うぐぉおおおお・・・・・・ふ、ふれい・あるすたー!?」

 いくら気を取られていたと言っても自分の背後に彼女が立っていた事に気づかなかった事実にアスランは驚愕する。
 だが目の前にいるカガリは全く驚く様子はなく、それどころか頭に水差しを載せたまま呻くアスランを放っておいてカガリは何でもないように朝の挨拶を交わした。

「よ! 昨夜は良く眠れたか?」
「それは私の事? それともマユ??」
「シンも含めて全員だ。」
「何でお前が此処にいるんだ! それにシンもいるのか!?」
「何、この喧しいアホヅラは。」
「気にするな。それと朝食は静かにしろアホラン。」
「アスランだ!」

 アスランを無視して話を続ける二人。
 漸く自分を取り戻したアスランは会話の中の疑問点を問うが返ってくるのは冷めた視線のみ。
 反論しても無視して会話を続ける二人にアスランはメイドがそっと差し出したパンを涙で味付けして噛み締めた。

「で、どうなんだ。」
「マユは落ち着いたみたいね。まあ散々泣いて疲れてたし、昨日の夕方からお兄ちゃんと一緒って安心感からまだ眠っているみたい。
 シンは起きてるけど朝食はマユととるって言ってるし、あの子達、この広いお屋敷に落ち着かない様子だから部屋で取れるように食事を運びたいんだけど。」
「分かった運ばせておく。お前も食事がまだだろう。一緒にどうだ?」
「そうね。兄妹水入らずでそっとさせておいた方が良いし・・・・・・多分此処で暫くお別れだものね。」
「マユのID確認だが、今はプラントも立て込んでいてまだ時間が掛かりそうだ。
 恐らくはミネルバの修理完了とほぼ同じくらいの時期になるだろう。
 しかし・・・・・・。」

 一度言葉を切って手にしていたフォークを置くカガリ。
 彼女の様子に傍らにいた少女は察した様子で紅茶をカップソーサーへと戻し言った。

「閣議で何かありましたのね。」
「ああ、正直芳しくない。
 大西洋連邦が持ち出そうとしている同盟条約があるんだが、プラントを敵対国家と看做すものが含まれているらしい。
 まだ全容は明らかになっていないがそれを考慮した対応をとウナト達は主張するんだ。」
「当然でしょうね。セイランは大西洋連邦寄りだし、正直彼等の力は強い。
 一度侵略されたオーブとしては及び腰になるのも無理はないわ。
 今の行政府には侵攻を受けた時の閣僚が全く居ないんでしょう?」
「・・・・・・・・・・何でラクスも居るんだ?
 というか何時の間に同じテーブルで食事してるんだ。」

 パンを食べ終えたアスラン・ザラ。
 ふと気づけば自分の斜め向かいに桃色の髪を後ろに流し、特徴的な髪留めをした少女がいた。
 元婚約者にして友人のラクス・クライン。
 現在はマルキオ導師の孤児院に身を寄せ子供達の世話をしているはずだ。

《何でここで当たり前のように紅茶啜ってるんだ。》

「何この間抜けは。」
「初めから一緒に食事してただろ。」
「その頭は飾りですか? 元ザフトのアスラン・ザラ。
 いえ、頭の軽さからしてソフラン・フワの方がお似合いですわねv」

 ひどい・・・と言う無かれ。
 カガリの言う通りラクスは最初から食事の席にいた。
 単に悩み悩み悩み尽くして頭が沸騰中だったアスランがカガリしか目に入らなかったのだから、無礼千万なのはアスランの方である。

「またハツカネズミになってんだろ。
 別にお前なりに答えを探すって言うなら構わないけどな。
 私としてもプラントの情勢は気になるところだ。
 ミリアリアもまだプラントから出国出来ていならしいし、アイツと合流して帰って来い。」
「ところでキラは?
 今日は孤児院に泊まったの??」
「いえ、今は国防本部に詰めているそうですわ。」
「一応責任者はユウナとなっているが実質的な責任者はキラだからな。」
「あのモミアゲ男はどうしているのよ。」
「今頃自宅で優雅に食事でもしてるんじゃないか?」
「全く役に立たない方ですわね。
 今頃キラは食事の時間も惜しんで働いているのに・・・。」
「ホントよ! 外泊許可貰えたの奇跡だったのにキラに会えないなんて!!
 しかも私達が再会を喜んでる時もやたらめったらキラにベタベタして来て・・・っあんのセクハラ魔がぁっ!!! 次は毒蛇の抜け殻でも仕込んでやる!」
「それなら毒牙を抜いたキングコブラ辺りがよろしいですわv
 キラに精神的苦痛を与えた上、泊り込みの仕事をさせて自分はのうのうと自宅で休んでいる様な無能な殿方にはよい薬です。
 貴方はそんな役立たずとは違いますよね?
 ソフラン・フワさん。」
「せめてアレックスと呼んで下さい・・・・・・。」

 これでもかと言う位の厭味を込めた偽名で呼ぶラクスにアスランは涙する。

「あー、アスランだ!」
「違うよアレックスだよ。」
「えぇ? アスランでしょ?」
「どっちでも良いよ。オハヨー☆」
「アスラン遊ぼうよ! プラントのお仕事終わったんでしょ?」

 しくしくと泣いているアスランに容赦なくボディーアタックをかます子供達。
 皆マルキオ導師の孤児院に身を寄せている戦争孤児である。
 辛い事を経験しながらも明るく前向きな子供達は確かにラクスの心を癒し、カガリやキラの精神的な支えにもなっていた。
 住んでいた家を流されたものの皆無事と聞いていたし、その後はキラが子供達の家を手配しているのを見ていたので心配はしていなかった。
 が・・・・・・ここに来ているとは何かあったのだろうか?
 疑問を感じ立ち直ったアスランはラクスに尋ねる。

「皆・・・孤児院の子供達も来てるんですか?」
「ええ、臨時で子供達全員が泊まれる家を提供して頂いたものの必要な物資が足りなくてこちらに参りましたの。
 既に朝食は済ませておりますわ。
 みんな、もう頂いてきたのですか?」

 優しく問いかけるラクスに子供達は次々に返事をする。

「全部車に積んだよ!」
「アンディがコーヒー飲んでるから待ってるの。」
「ねーねー、上の部屋にいた子はだーれ?」
「もしかして新しく来る子?」
「あらあら皆、そんなにたくさん訊いてはどれから答えていいのか分かりませんわ。
 それにアスランはまだお仕事があるそうですよ。」
「「「つまんなーい!」」」

 たくましい。
 そんな言葉が似合う元気な声にアスランは苦笑しカガリとラクス、そしてフレイは嬉しそうに微笑んだ。





「つまんなーい!」

 マユは膨れっ面で叫ぶ。
 下の階で孤児院の子供達が同じことを言っているとは全く予想もしていない。
 昨夜はシンが来たことで直った機嫌だが、また仕事と聞いてまた機嫌が下が拗ね始めたマユをシンは必死に宥める。

「でもマユ、お兄ちゃんお仕事があるからもう行かないと。」
「いつものお兄ちゃんなら朝のごはんの後もあそんでくれるでしょ?」
「今はとっても忙しいんだ。その分、昨日の夜遊んだだろう?」
「いつもはレイもいっしょで楽しいのに・・・・・・じゃあさっきの子たちとあそんでていい?」
「あの子達はすぐに家に帰るって言ってただろ。
 夕方にもう一度だけお休みもらって来るからな。
 それまではお兄ちゃんが持って来たおもちゃで遊んで待ってて・・・てっ!?」

 どん がっくん!

 荷物を抱えて持って来たシンの膝裏に回り込んだマユが不満をぶつける様に体当たり。
 シンは荷物を放りだして倒れた。
 その拍子に袋の中のおもちゃや服、お菓子がばら撒かれ朝食の皿を下げに来たマーナが驚いて叫ぶ。

「あらあら、まぁああっ!?
 何ですかコレは!!?」

《そんなに変なもん入ってたっけ?》

 マーナのあまりの驚き様に逆にシンの方が驚いてしまう。
 散らばった物を袋に詰め直しながら見直してもごく普通のお菓子にごく普通のおもちゃ。
 服もセンスに自信があるわけではないが、傍にいたヨウランが何も言わなかったのだから大丈夫だろう。

「へ? アーモリー・ワンで買ったマユへのプレ・・・。」
「何を考えているのですか!
 服やおもちゃはともかく、こんな添加物いっぱいのお菓子を小さな子に与えるなんてっ!!
 今は身体が作られる大事な時期な上に、この時期の食生活は将来生活習慣に大きな影響が出るんです。
 それなのに・・・ああコレは保存料が使われているしこれは合成着色料がいっぱい!
 何よりもこういうものは味が濃く作れられていて砂糖が多過ぎるんです。虫歯が出来やすくなるんですよ!?
 せめて果物で補うとか簡単でも手作りのお菓子を用意するなどの工夫をしなくては・・・・・・食べ過ぎにも気をつけてあげないといけないのにいきなりこんなに上げてはいけませんっ!!!」

 口を挟む隙もなし。
 マーナの声がシンの言葉を遮り畳み掛ける。
 挙句の果てには詰め直した紙袋を取り上げての大宣言。

「とにかくお菓子は全部没収します! おもちゃもです!!
 外の天気が良いのに部屋の中に居てはいけません。こちらのお庭でしたら姫様から許可が出ていて問題ありませんからお外で遊びましょう?
 服は・・・・・・必要なものが足りてませんね。滞在中に必要なものは私が用意しますからこれは持ち帰りの荷物に詰めましょう。
 それで良いですね。」
「あの、末尾に疑問符なしですか・・・・。」
「い・い・で・す・ね!」
「はひ・・・。」

 母は強しならぬ乳母は強し。
 子育て経験たっぷりのマーナの言葉に経験不足のシンは反論する事も出来ない。
 しぶしぶと残りの荷物を差し出すシンはマユに喜んでもらうつもりだったのにと泣きそうな表情になった。
 兄の悲しそうな顔を見たマユは小さな声で「ごめんなさい。」とシンの服の裾を引っ張り謝る。
 仲直りした兄妹に安心したのか、ベッドサイドに止まっていたトリィが羽ばたいた。

 トリィ!

 滑る様にシンの肩へと降り立つトリィは毛繕いするように羽をパタパタと震わせる。
 自然の鳥の細かな仕草まで再現されているマイクロユニットに驚嘆の声を上げるマユ。
 シンは嬉しそうにトリィを指に止まらせマユに見せるために差し出す。
 鮮やかな新緑の色を纏う機械の鳥にマユが嬉しそうに手を差し出すとトリィは慣れた様子でマユの指先を軽く突いてきた。
 和やかな交流が行われているその傍らで一人、マーナが不思議そうな顔をしていた。

「それはキラ様の・・・・・・。」
「貰ったんです。慰霊碑のある公園で会った時に。」

 シンの説明にマーナは更に首を捻る。
 自分が知る限りキラが自分からトリィを手放した事はない。
 何よりも昔アスランが作った唯一の鳥型マイクロユニットだと嬉しそうに話していた事もあるのだから余計に解せない。

「ずっと手放さなかったのに一体どういうことかしら。」
「そりゃああの馬鹿との思い出の品だし? キラなりに吹っ切る為だったんじゃないかしら。」

 ドアの方向から発せられた声に室内にいた三人が一斉に振り返る。
 一階へカガリ達に挨拶に行ったフレイだ。
 彼女は休暇ではなくマユの世話を命じられて来ていたがそれは期間限定のものであり、今日の午前中には報告も兼ねてミネルバに帰還しなくてはいけなかった。
 それを説明し、駄々を捏ねるだろうマユを宥めに来たのだ。

「いやぁあ!」
「だから仕事終わって許可が貰えたら夕方に来るし、それに・・・ほらコイツが一緒にいてくれるから。」

 ばさばささっ トリィ☆

 フレイの説明を聞いて再び駄々を捏ね始めたマユをシンは必死に宥める。
 シンの言葉に呼応して大丈夫と主張するように羽を羽ばたかせるトリィにマユは零れ落ちそうな涙を浮かべながら唇を噛み締める。
 近しい人達との一時の別れによる悲しみを必死に堪え様とするマユに心打たれたフレイは、マユを抱きしめ背中を軽く叩きながら言い聞かせる。

「大丈夫よ。私からもお兄ちゃんが今日の夕方に来れる様に艦長に言ってあげるし。」
「・・・・・・ぜったい?」
「まっかせっなさいv」

 私に不可能はない!

 と、言っている様に不敵にウィンクするフレイ。
 苦々しい顔でシンが突っ込みを入れる。

「良いのか安請け合いして・・・。」
「何を言っているのかしら? 私にはダイヤのエースがついているのよv」

 へっくしゅん☆

 フレイがそう言った時、下の階でカガリがくしゃみをしていた。





 バタバタバタバタバタ・・・・・・・・・・・

 プラントへと行くために用意されたヘリは既に飛び立てるようにアスハの玄関前にスタンバイしていた。
 これからアスランは軍港へ直行しプラント行きのシャトルに乗り換えるのだ。
 暫くの別れと聞いて彼を見送る為に集まった子供達とカガリとラクス。
 そしてミネルバに戻るためにフレイとシンがマユと共に出て来た。
 全員がそろったところでカガリが思いついた様子でフレイに声をかける。

「おお、丁度いいや。お前らも一緒に乗せてってもらえ。
 コイツ軍港に直行するからさ。」
「え!? いや俺は一度国防本部に立ち寄って・・・。」
「妙に時間に拘ってヘリを手配させたかと思えば・・・何だよ。」
「ホホホ、国防本部と言う事はキラに御用事ですか?」
「ええ、昨夜仕上げたこれを渡そうと思いまして。」
「まあルビーの指輪ですか? でもイメージ的にサファイアやエメラルドの方が良かったのでは。」
「それ以前に。」

 どかっ!

 カガリとフレイの無言の攻撃。
 前触れもなく繰り出された二人の拳と蹴りは前以て打ち合わせていたような見事なタイミングでアスランへと向かう。
 しかし腐ってもアスラン・ザラ。
 大きく距離を取って攻撃を回避した。
 けれどそれがいけない。
 二人の怒りが言葉の槍となってアスランへと向けられる。

「キラに指輪ですって?」
「誰が、何故に可愛いキラをヘタレ男に渡さねばならん!」
「あの子にも相手を選ぶ権利があるわよ!!!」
「どーして問答無用で君達に却下されなければならない!?
 決めるのはキラだろ!! それにこれは婚約指輪じゃないし・・・・・・。」
「あらあら、なら何ですの?」

 あまりの言われように堪らず反論するアスラン。
 『婚約指輪』と言っている辺り彼も意識していると気づきながらもラクスは別の問いかけをする。
 ほやほやと微笑む元婚約者にアスランも少し落ち着いたらしく、機嫌を直し胸を張って指輪の機能を語り始めた。

「痴漢撃退のための超小型スタンガンです。
 バッテリーの小型化の限界で使えるのは一回きりですが、使用したと同時に軍本部に連絡がいく優れものです。」
「お前にしては気が利くな!」

 カガリがアスランを誉めるのは非常に珍しい。
 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦前の一件から可愛い妹を守るために常にアスランに対して厳しい評価を下してきたカガリ。しかし、キラが関わらなければ誉めなかっただろう。
 カガリの言葉に気を良くしたアスランは気づいていないが。

「ユウナ・ロマ首長のセクハラを受けていたようなので・・・・・・。」

《「受けていたよう」じゃなくて「明らかに受けていた」だろ。》

 理由を語るアスランにシンは突っ込みを入れそうになる。
 だが態々指摘する必要はないとため息を吐くに留まった。
 しかし・・・赤髪の少女は誤魔化せない。
 フレイは目を細めてアスランに問いかける。

「それだけ?」
「それだけとは?」
「上手くいけばキラによってくる男を追い払えるものねv
 左手の薬指ならアンタの恋人って事になるもの。」

 どっきーん

 図星。
 サイズはキラの左手薬指に合わせて9号。
 裏にはこっそりアスランの名を刻んでいる。
 だが現在問題の指輪はアスランの手の中。
 見たわけでもないのに目的を見透かしたようなフレイの視線にだらだらと脂汗が浮かんでくる。

「・・・・・・・あれっくす?」

 滝汗状態のアスランを子供達が不思議そうに見上げる。
 硬直したまま焦っている様子の彼を見れば一目瞭然。
 カガリがぼそっと呟く。

「図星か。」

 ぼぐぅっ!

 鳩尾にカガリの渾身の一撃。
 予備動作のあまりの速さにアスランは防ぐ事も出来ずまともにパンチを食らってしまった。
 痛みのあまりアスランの指輪を持つ手が緩んだ隙に連携プレーでフレイが指輪を奪い取ってカガリに手渡した。
 当たり前の様にフレイから指輪を受け取りながら仁王立ちで言い放つカガリは正に女王様。
 やはりカガリもアスハ家の人間と言うべきか。

「ご苦労。これは『私からキラに』渡しておく。
 間違っても国防本部へ寄ること無く真っ直ぐにプラントへ向かうように。」

 つんつん

 痛みに蹲るアスランを突くマユ。
 顔を上げたアスランに精一杯のエールを送る。

「がんばれアスおにーちゃん!」
「ありがとうマユ!」

 この中で唯一の天使マユのエールに慰められ、嬉しさのあまりに抱きつくアスラン・ザラ。
 だがシスコンのシンがそれを見逃すはずがない。
 怒りの焔を瞳に宿し軍で鍛えられた容赦ない蹴りが先程カガリが打ち込んだ鳩尾に炸裂する。

「俺の妹になにするかぁ! このロリコン野郎っ!!!」

《《《ロリコン・・・確かに。》》》

 シンの叫びに皆の心にロリコンのレッテルを貼られたアスラン。
 同じところに二撃目を受け悶絶して動かなくなった哀れなアスランをマユが撫で様とするが、ラクスがそっとマユの肩を抑えて首を振る。

「ではフレイ、手間だがこの馬鹿を送ってくれ。」
「はぁ〜い☆ 代わりにグラディス艦長に一言よろしくねv」
「わかった任せろ。おまけもつけてやる。」

《そうか、フレイが言ってたダイヤのエースって・・・・・・。》

 微笑むフレイに応えるカガリ。
 二人の様子に納得し、休み獲得確実を喜ぶ反面複雑な想いに駆られながらシンはアスランを担ぎ上げヘリへと乗り込んだのだった。





 アスハ家でアスラン達がヘリに乗り込んでいる頃、セイラン家ではウナトが書斎でコーヒーを片手にノートパソコンを睨んでいた。
 大分前に淹れられたコーヒーは既に冷め切っており、部屋に漂っていた芳しい香りも飛んでいる。
 しかしウナトは気づいていないのか食い入るように新たに入った情報を眺めながら呟くように話し始めた。

「アスラン・ザラがプラントへ渡るそうだ。」
「これでしばらく伸び伸びと活動できるな〜♪
 でもさ、あんた本当に本気なのか?
 俺に余計なことさせないで普通に大西洋連邦に尻尾振ってりゃアンタの政権安泰じゃない??」

 ウナト一人だけと思われた書斎にもう一人。
 壁際にある本棚に寄りかかりながら皮肉交じりに笑う青年。
 日の光の下では鮮やかなオレンジ色の髪が部屋の中では鈍い色に映る。だが鮮やかなアクアマリンの瞳は部屋の影の中でも確かな光を放っていた。
 ウナトはそんな青年の言葉には慣れているのか表情を変えずに応える。

「仮にも雇い主を『アンタ』呼ばわりとは・・・まあ構わんが。
 私も姫も想いは同じ。オーブを守りたいだけだ。
 それに・・・・・・。」
「それに?」

 最後の言葉に引っ掛かりを覚えた青年が聞き返すがウナトはそれきり口を閉ざしパソコンの電源を落とす。
 沈黙が二人の間に流れるが青年は何でもない様子でウナトから視線を逸らし天上を見つめる。
 モニターが真っ黒になったのを見届けるとウナトはパソコンをたたみ、深く息を吐いて再び話し始めた。

「・・・・・・そのうちわかるだろう。
 願わくば子供達が時代に殺されることのないオーブに。」

 以前、オーブ侵攻戦が行われる前に閣僚の一人が言った言葉。
 当時ウナトは閣僚ではなかった為、行政府の動向を調べる為に盗聴器を仕掛けていた青年は聞いていた。
 だが主だった内容は報告したが閣僚の一人が吐露した心情など伝えるはずも無い。
 全く同じ事を言うウナトと現在の世界情勢に青年は複雑そうな表情を浮かべ言った。

「それ、お姫さんに言ってやればもうちっとマシな閣議になると思うけどね。」
「知らなくて良い。この先の世界がどうなるか、全く予測がつかないのだ。」
「だから幾つも保険を掛けておきたいってこと。」
「それも違う。私はアスハ代表の主張がオーブの正しい在り方だと思っている。
 だが一方でそれだけでは今のオーブは治めていけない事を知っている。
 つまりはそういうことだ。」
「ふーん、まあ良いけどね。
 一応命を助けて貰った身だし。」

 話は終わりだというように青年は身を起こしてドアの前に立つ。
 次の任務に向かう青年にウナトは苦笑を浮かべた。

「その気になれば幾らでも戻る方法はあっただろうに。お前の方こそ奇特な人間だな。」
「元敵と言っても良い相手に息子の監視を頼むアンタほどじゃないよ。
 それでは失礼します。セイラン宰相。」
「頼むぞ。」

 ウナトの言葉を受け、会釈し部屋を出て行くオレンジ色の髪の青年。
 ドアの向こうへと消えた青年を見送りウナトは窓の外に映る空を見上げた。
 ユニウス・セブン落下により曇っていた空は晴れ上がり突き抜けるような蒼い色が広がる。
 誰もが思わず顔を綻ばせそうな美しい空を眺め、ウナトは疲れたように溜息を吐いた。


 続く


 今回は標準的な長さ〜。
 本当は8日に出来てたんですけどちょっとUPを待って寝かしました。
 直ぐに続きを書いてるけど・・・本当に間に合うのか!?。

 2006.7.10 SOSOGU
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