〜目覚めの日〜


 条約の内容が明らかになった。
 確かにブレイク・ザ・ワールドによって被害を受けた地域への救援を盛り込んでいる。
 だが条約の殆どがプラントを敵視したものであり、いざ戦いとなれば条約調印を理由に軍事力提供を強制される。
 『他国の争いに介入しない』事を国の理念とするオーブにとって屈辱とも言える内容だろう。
 だが物は捉え様、条約を締結する事でプラントを『オーブの敵』と判断する。
 そうすれば『他国の侵略を許さない』理念に沿う事になり、オーブの面目は保てる。
 カガリは当然条約の締結に反対し、大西洋を始めとした各国の姿勢を理由にウナトを含め他の首長達は締結を勧める。
 どちらの言い分にも理はあるが世界情勢を思えばカガリに分が悪い。
 条約締結はそう遠くない事は誰にも分かる事だった。
 行政府の大方の動きを知り今後の身の振り方を考える男女が一組。
 海辺に建つ建物は高波の被害を免れ、現在はマルキオ導師の孤児院として機能している。
 だが其処には先住していた者がいた。
 男の名はアンドリュー・バルトフェルド。『砂漠の虎』の名の方が世界的にも通っているだろう。
 先の大戦中で大怪我を負い隻眼となった彼はその後ザフトの新造艦エターナルの艦長に就任、その直後歌姫ラクス・クラインと共にプラントを出奔。
 第三勢力として終戦へと導く力となったものの戦後、アスラン・ザラと同じくオーブへ亡命しザフトでは脱走兵として扱われている。
 そしてもう一人。女性の名はマリュー・ラミアス。
 先の大戦の最中、大西洋連邦が切り札とする為にオーブのモルゲンレーテに密造させた新造艦アークエンジェルの艦長であった。
 元々は副官として乗り込む予定だったがザフトの精鋭クルーゼ隊の急襲に遭い本来の艦長を始め主だった者は死亡。
 生き残った士官の中で最も官位が高く、アークエンジェルに詳しかった事を理由に艦長へ就任。
 唯一残された新型MSストライクとMAメビウス・ゼロの活躍に助けられザフトの執拗な攻撃を回避、いつの間にかアークエンジェルは浮沈艦の名を冠するようになった。
 だがアークエンジェルはアラスカの悲劇を機に軍を離反。彼女も現在脱走兵と扱われており、現在オーブに亡命して偽名『マリア・ベルネス』を名乗る身だ。
 しかし軍の脱走など言う重罪を犯したにも関わらず二人に悲壮感も怯えも見当たらない。
 彼は彼なりに、彼女は彼女なりに譲れない理由があっての選択であり現在も後悔はしていないからだ。
 そして今はあの時と同じ想いを胸に『活動』を続けていた。


「セイランは大西洋寄りですものね。」

 コーヒーを片手にマリューは冷静に現在主導権を握るウナトを評する。
 彼女の言葉にバルトフェルドも頷くが、意味ありげな言葉を口にする。

「ん〜まぁ、それだけじゃないだろうけどね。」
「? どういうこと?」
「キラが言っていたのさ。」

 『キラ』というキーワードにマリューが不審そうに眉を顰める。
 それを見届けたバルトフェルドはコーヒーを一口すすって補足した。

「宰相は唯の狸じゃないってね。」

 セイランは力の強いものに追従し保身を図る。
 一見した限りではそう思われても仕方ないだろう。
 オーブが侵攻を受け、一時地球連合軍に占領された時に暫定政府を取り仕切ったのがセイランだ。
 カガリが戻りオーブ復権と共に代表の座についたと言ってもウナトが宰相でなければ大西洋連邦が何を言ってきたか分からない。
 現在もセイラン家は大西洋連邦と懇意にしているのだ。
 だがその一方で息子に対する扱いや微妙な姿勢に引っかかるものを感じるのは事実。
 恐らくキラが言っているのはその事についてなのだろうとマリューは推測するが、現在それが条約締結を跳ね除ける事には繋がらないことも分かっていた。

「けど・・・・・・。」
「ああ、少し早いが警告は必要だな。」

 表情を曇らせるマリューにバルトフェルドも厳しい顔で応えた。





 二大勢力は開戦を宣言した。
 理由は今回の事件を引き起こしたテロリストの引渡しに応じないプラントの姿勢を非難しての事。
 プラントからすれば言いがかりも甚だしい理由だ。
 『テロリストは全員死亡』の報告を大西洋連邦も一度は承知したはずなのに「そのような連絡は受けていないし、承知した覚えも無い」と言葉を撤回して引渡しを要請してきたのだ。
 無い袖が振れないように既にこの世に存在しないテロリストを引き渡す事など出来るわけがない。
 プラントがどう対応するかわかっていながら大西洋連邦とユーラシア連邦は引渡しを要請する理由は一つ。

 『開戦の切欠』

 どのような要因があったとしてもコーディネイターが事件を起こした事に変わりは無いと叫ぶ声もある。
 実際はロゴスの指示によるものだと世界中でどれ程の人間が知っているのだろう。
 そして開戦から数時間後の警告なしの核攻撃。
 プラントに向けられた大量殺戮兵器は全てを終わらせると思われた。
 だがプラントが開発したニュートロン・スタンピーダーにより最悪の事態は回避され、手痛いしっぺ返しを食らった地球連合軍は月への退避を余儀なくされた。
 どちらも譲らない緊迫した空気が流れ始める連合とプラント。
 その情報を手に入れオーブではカガリが「そんな危険な国との条約締結など認められない」と叫ぶ。
 対してウナトを始めとした首長の多くは「そんな危険な国だからこそ敵に回してはいけない」と反論する。
 カガリとてわかっている。
 危険な国だからこそ先の大戦でオーブは必死に抵抗した。
 結果戦火に襲われ踏みにじられた国土。

「再びオーブを焼くおつもりですか?」

 厳しいウナトの言葉。
 最早条約締結は避けられない。
 カガリは苦悩していた。





 プラントを目前に輝く目映い白い光。
 核攻撃の様子をスクリーンで目の当たりにしたプラントは大騒ぎになっていた。
 自分達が住むプラントに向けられた凶器。
 プラントに住む者の殆どは以前にも同じ光を見ていた。

 ユニウス・セブン 血のバレンタイン

 開戦宣言を受けた上に直後の攻撃。
 あの時の恐怖と悲しみが蘇り騒ぐ人々で町中はパニック状態。
 戦いをと叫ぶ者や悲惨な大戦を思い怯える者。
 皆、最高評議会からの放送が耳に入っていない様子だ。
 誰もこの混乱を収められないと思われる騒ぎの中、すぐさま映像が切り替わる。
 桃色の長い髪を揺らし、プラント全国民に訴えかける美しい少女。
 誰もが彼女を知っていた。

「皆様、落ち着いて下さい。私はラクス・クラインです。」

 静かにけれど強い意志を持って訴えかけるラクスの様子に皆振り上げた拳を次々に下ろす。

『ラクス様がそう言うなら。』
『ラクス・クラインの言葉ならば。』

 先程まで評議会が訴えかけていた事と同じ言葉であるはずなのに怒りを顕わにしていた人々が平静を取り戻していく姿にアスランは渋い顔をする。
 スクリーンの中の『平和の歌姫ラクス』が歌い始めた。
 静かで優しい平和を願う歌。

 水の証

 ラクスは戦後新曲を発表していない。
 それ以前に今の今まで姿を現さなかったのだ。

 何故?

 その理由をアスランは知っていた。

「笑ってくれて構わんよ。
 無論君にはわかるだろう?」

 自嘲する様に笑うギルバートにアスランは厳しい視線を返した。
 彼らがいる場所は議長の執務室。
 暗い部屋の中で二人はモニターに映るラクスを眺めていた。
 ギルバートの言う通りアスランには分かっていた。
 モニターに映る『ラクス』はギルバートが用意した偽者。
 よく見つけたと言いたくなるほど彼女は似ていた。
 顔はプラントの整形技術を駆使すれば十分可能だろう。
 だが声はそう簡単に変える事が出来ない。
 歌姫としてのラクスの仕草や雰囲気をなぞる同じ声同じ顔をした少女。
 そしてこの放送は最高評議会から発せられている。
 民衆は皆、本物のラクスだと信じるだろう。
 だが・・・・・・暴動を抑えるためであっても偽ラクスで民衆を騙しているのは事実。
 その『嘘』がアスランには割り切れなかった。

 理解出来ても納得は出来ない。

 目でそう語るアスランにギルバートは嘆息して答える。

「私には彼女の力が必要なのだよ。そして君も。」

《俺の力?》

 アスランはギルバートの言葉に戸惑う。
 彼の心の揺れを察したギルバートは「ついて来たまえ。」と立ち上がった。




 ギルバートの背中を追う様に歩きながら周囲を見回す。
 その道には覚えがあった。
 新型機体を開発する立ち入り制限の厳しい地区。
 一部のものは私服の青年を案内するギルバートに戸惑いの視線を送る。
 無理も無い。
 ザフトの未来を担う機体が保管されているのだ。
 アーモリー・ワンの襲撃で既に三機もの新型MSを奪われている。
 幸いミネルバ専用機インパルスは無事だが、開戦した今は更に戦力を奪われる事態は避けたい。
 そんなプラントに住まうものの不安を感じ取り、複雑な心境でアスランは彼らに軽く頭を下げ通路を進んだ。

 暗いドック内では各計器が放つ淡い光が蛍のように瞬いている。

 カッ

 スイッチと同時に強い光に照らされる灰色の機体。
 以前の自分の愛機を思わせるデザインと塗装のされていないMSを見上げ、フェイズシフト装甲なのだろうと察する。
 
「ZGMF−X23S・セイバー、これを君に託したい・・・と言ったらどうするかね?」

 !?

 ギルバートが何を考えているのか読み取れずアスランは戸惑う。
 だが確かに感じるのは自分には力が無い事。
 『救済者』の名を持つ機体を見上げアスランの心は揺れていた。
 迷い俯くアスランは気づかなかったが、彼に背中を向けながらギルバートは微笑んでいた。

《後はミーアだな。》

 ミーア・キャンベル

 素直で純真だった少女は駆け出した。
 もう退く事は出来ない舞台に踊り出たのだ。
 今はまだ序章に過ぎない。
 だが一度知った甘い夢を少女が手放すわけが無いとギルバートは知っていた。
 その為に、そしてソレが正しい事だと信じてアスランを自分の下に導くだろうと。

 ミーアと食事した翌日、アスランはギルバートの許へと現れた。
 アスランに受け渡されたセイバーとフェイスの証。
 羽根を模した特務隊の証は自由の象徴とも言える。
 しかし、鳥から奪った羽根の欠片を意味するものでもあるとその時のアスランは気づかなかった。
 




 積極的自衛権の行使を理由にプラントも臨戦態勢に入った。
 オーブの行政府はウナトを中心に完全に条約締結を決定。
 中立国だったオーブは地球連合に連なる国となる。
 今後の方針が決まり、数日中にはオーブから直接プラントへ飛ぶシャトルは無くなり、開戦が宣言され厳戒態勢状態の周辺諸国からもプラントへ飛ぶシャトルは既に無い。
 マユのプラント入りに必要な確認データが全て揃わず、このままでは最終便に間に合わないと知ったカガリは手を回してカーペンタリアまで別ルートで送らせる方法も考えたが・・・・・・。

「ブルーコスモスの活動が活発化し、護衛の数もあまり割けない今の状況ではミネルバが最も安全なんだ。」

 カガリはタリアに頭を下げに来た。
 一国の元首たる者が他国の、しかも一介の軍人に頭を垂れる姿にタリアは彼女の苦悩を察した。
 ミネルバの修理だけでも破格の応対。
 その上、何の重要性を持たない子供を賓客として扱いこれまでプラントへの帰国の手配をしてくれたのだ。
 出国記録の無い、しかも緊急事態の為にミネルバに無許可で乗り込んだ少女だ。
 混乱する世界情勢の為にプラント最高評議会は勿論、国防委員会も多忙を極めておりオーブ出国は可能でもプラントへの入国許可が下りなかったのだ。
 それでも手渡されたデータはあとちょっとのところまで整っていた。
 自国の事でも精一杯だったはずのカガリの気遣いに感謝こそすれ謝ってもらう覚えはタリアには無かった。
 頭を下げるカガリの傍らには不安そうにタリアを見上げるマユとずっと少女の世話をしていたカガリの乳母マーナが立っている。
 シンが渡した荷物とマーナが用意した着替えなどで膨らんだ鞄はマユが可愛がられていた証明の様に見えた。

「本当にすまない、艦長。」
「いえ、お心遣い感謝します。
 マユは私達がカーペンタリアよりプラントへ帰国させますのでご安心下さい。」

《砂漠の虎からの伝言通りって訳ね。
 けれど、代表も踏ん張った方でしょう。》

 弱冠18歳の国家元首。
 どちらかというと象徴としての役割を求められての就任であったにも関わらず随分と頑張っているとタリアは考える。
 それでも力不足は否定出来ず、自分に頭を下げてくる少女にタリアは自分の方こそ申し訳なく思った。

「こちらで揃えたデータだが・・・。」
「拝見しました。これだけ揃っていればカーペンタリアでの再申請も容易でしょう。
 何度かオーブよりご連絡頂いているのですから対応は早いと思われます。」
「そうか。」
「マユも確かに預りました。
 フレイ、マユを部屋へ。」
「了解しました。」

 タリアの言葉を受け、後ろに控えていたフレイが進み出てマユに手を差し出す。
 だがマユは差し出された手を取らず、不思議そうにマーナを見上げた。

「ほらマユ、いらっしゃい。」
「おばちゃんは?」
「マーナおばちゃんとはここでお別れよ。」
「カガリおねーちゃんは?」
「カガリとも此処でお別れ。」
「他の皆は? 折角仲良くなれたのに。」
「皆の家は此処にあるの。でもマユのお家はプラントにあるでしょう?
 大丈夫よ。またきっと会えるわ。
 その時はプラントのお土産持って皆に会いに行こうね。」

 トリィ!

 マーナの肩に止まっていたトリィが舞い降りマユの頭に乗った。
 髪がさらさらと揺れくすぐったいのか少し笑いながら少女は問う。

「トリィは一緒なの?」
「随分仲良くなったのね♪ トリィはマユと一緒に行くから一人じゃないわよ。」

 こくん

 アスハ邸の時とは違い素直に頷くマユにご褒美と言ってフレイが小さなスプレーを渡す。
 エリザリオの《ゆりかご》
 これはカガリが言っていた『おまけ』の一つ。
 フレイが愛用している化粧品メーカーを覚えていたカガリからの報酬であり連絡ミスのお詫びでもあった。
 だが態々フレイが使用していない香水を入れたのはマユに渡す事を見越しての事。
 ウィンクするフレイにカガリはホッとした様子で頷く。
 スプレーからほんのり漂う香りにマユはうっとりとした様子で大事に両手で握り締めた。

「ママの匂い。」
「使い方は艦の中で教えてあげるわね。」
「うん!」



 その頃シスコンのシンは・・・・。

「ああ畜生! マユを、マユを迎えに行きたいのに〜!!!」
「シン! OSチェックまだかよ!!」
「うるさいな! 今やってるってのっ!!!」


 マユを迎えに行けずに喚くシンを余所に、レイはさっさと整備を終わらせて食堂でマユの為に苺ベースのフレッシュジュースを注文していた。





 モルゲンレーテ内は相変わらず喧騒感に包まれていた。
 ミネルバの修理は終わったがまた直ぐに戦争が始まりオーブも出撃する可能性が高い。
 現在のオーブの力、ムラサメの整備は念を入れる為、キラがOSチェックを行っていた。
 とは言え彼女も忙しい身、常に持ち歩いている携帯には引っ切り無しに指示を仰ぐメールが届いていた。
 そんな中、耳慣れないメロディーが携帯から流れた。
 特定の相手に設定された曲にキラはキーボードから手を放し、放っておいた携帯を手にする。
 モニターに映る名はトダカ。スイッチを入れても無言のままのキラの耳にトダカの低い声が響く。

「これよりミネルバが出航するそうです。」
「・・・そうですか。」
「見送りをしないのですか?」
「僕は行きません。会わないと約束したから・・・。」

 慰霊公園でのシンとの約束。
 その内容をトダカも知っていた。
 知っていながらそれでも問わずにはいられなかったのは自分が抱える罪の意識からだ。
 感情を伴わない声に秘められたキラの涙を察し、彼はそれ以上問うことはしない。

「そうですか。では我々が見送ります。」
「我々? どういうことです?」

 見送りなどキラは指示した覚えは無い。
 条約調印前の微妙な時期に軍を動かせば国民に不安感を与える。
 その為に調印まで演習も控えるように通達してあるはずなのだ。
 ましてやこれから敵になる予定のミネルバの見送りなど命令するはずがない。

「キラ様ではないのですか?
 ミネルバ出航後、何隻か演習を兼ねて出航する様にこちらに命令が出ております。」
「僕ではありません。代表が僕に断り無くそんな命令を出すはずが・・・・・・直ぐに国防本部に向かいます。
 代表にも僕が連絡を入れます。
 発令元がはっきり分からない以上、今は命令通りに動いていて下さい。」
「わかりました。」

 プツリと切れた携帯を眺めキラは考える。
 誰がこんな命令を出したのか、そして出せるだけの権力者は・・・。

《僕やカガリ以外でこんな命令を出せるのは。》

 ふっと頭を過ぎるのは実質的なオーブのトップ。

「まさか。」





 セイラン家は常に家人は留守である。
 ウナトやユウナは行政府もしくは軍本部に入り浸り、ウナトの妻は社交的な場を好み家に居ることの方が少ない。
 先日ウナトが書斎にいたのは実に珍しい事と言えた。
 使用人の殆どは掃除が終わると主人の部屋に立ち入る事は無く、セキュリティも主に外部からの進入ばかりに重点を置いているので一度入ってしまえば楽なものである。
 だからセイラン家のセキュリティシステムを熟知する者には彼らの家は容易く侵入が可能であった。
 そして許可無く家人の部屋に立ち入っている人間がいる事に気づく者は無く、侵入者であるオレンジ色の髪をした青年は険しい表情でモニターを眺めキーボードを叩きつけていた。
 部屋の持ち主のパソコンを立ち上げ、映し出される情報を見つめ彼は毒づく。

「くそっ! ただのヌケサクだと思っていたのにやってくれるじゃないか。」

 ユウナの監視と大西洋連邦の動向調査。
 それがウナトから彼に与えられた命令だった。
 ウナトも大西洋連邦に信用されているわけではない。
 だからこそ少しでも情報が欲しかったウナトは彼に調査させていたのだ。
 ミネルバの修理がもう直ぐ終わるという頃に一艦隊がオーブの方向に動き始めたという情報を青年は掴んだ。
 ウナトではない。それはわかっている。
 ならば?
 灯台下暗し。
 セイラン家を調べ見つけた通信記録に悔しさを滲ませ拳を握る。
 自分自身の見落としもあった。それでも怒りをぶつけたくなる。

《息子の管理ぐらいちゃんとしとけってんだよ。あの狸腹がっ!》





 オーブ領海を抜けたミネルバ。
 直後、前方に並ぶ艦隊にアーサーが悲鳴を上げた。

「艦長! 前方に大西洋連邦の艦隊がっ!!!」
「待ち伏せしていたのっ!?」

 緊張がブリッジを支配する。
 タイミングが良過ぎる事にオーブへの疑念を抱く者がいるのは無理ないこと。
 そして疑念を固めるには十分な事実がわかる。

「後方にはオーブ艦隊です!」

 バートの声にフレイは苦渋に満ちた言葉を漏らした。

「今のオーブは不安定・・・・・・。」

 若過ぎる代表。受け入れるしかなかった条約締結。
 タリアも見送りに来たカガリを思い出す。

《代表の意思では無いわね。
 けれどそんなことは関係ない。
 今はこの状況を切り抜けるしかないわ。》

 迷いを吹っ切り一度俯かせていた顔を上げ、『グラディス艦長』は叫んだ。

「コンディション・レッド発令!
 フレイ、全艦放送を繋いで。」
「・・・・・・わかりました。」

 カガリの意思を無視して動き始めたオーブ。
 祖国の未来を憂い、フレイは唇を噛み締め放送を繋いだ。
 タリアの最後になるかもしれない激励をミネルバクルーに伝えるために。



『艦長タリア・グラディスよりミネルバ全クルーへ。』

 慌しく駆け回るミネルバクルー達の耳にタリアの声が響く。
 絶望的な状況。
 圧倒的な戦力を前に逃げる事も適わない。
 開戦した事を情報で知りながら何処か遠い世界の様に思えていた戦場に放り出された事を皆、今になって思い知る。
 既に此処は前線。生き残る為には全力を尽くし勝つしかない。
 シンもレイは既にパイロットスーツに着替え、部屋の中に居ても伝わってくる艦の雰囲気に怯えるマユに言い聞かせていた。

「おにーちゃん。」
「大丈夫だ。」

 マユを抱きしめる間にタリアの演説は続く。
 ベッド脇のサイドボードにある飲みかけの苺ジュース。
 コップから伝う水滴が涙のように光っていた。



 前方には空母四隻に後方にはオーブの艦隊。
 前方の地球軍艦隊突破以外に活路は無い。
 淡々としたタリアの声が重く圧し掛かる。

『これより開始される戦闘はかつてないほど厳しいものになるものと思われるが、本艦はこれをなんとしても突破しなければならない。
 このミネルバクルーとしての誇りを持ち、最後まで諦めない各員の奮闘を期待する。』

「突破してやる・・・・・・守ってみせるさ!」
「行くぞシン。」
「ああっ!」

 抱きしめていたマユから手を離し、立ち上がるシンに尚も縋るようにマユが足を掴む。
 涙を浮かべるマユにシンはずっと持ち歩いていたものを取り出す。
 パステルピンクの携帯電話。可愛らしいビーズのストラップのついた電話をシンはマユの手を包むように手渡す。
 既に使用不可になっているソレはシンにとって唯一残った形見だった。

「お守りだ。」
「おまもり?」
「お兄ちゃんがマユを守るから。絶対にあいつ等に負けたりしない。」

 微笑む兄の姿にマユは掴んでいた手を離す。
 ぽんぽんとあやす様に頭を叩くレイも微笑んでおり、肩の上ではトリィがマユの頬を擽る様に突いて来る。

「行って来る。」

 そう言ってシンはレイと共に部屋を出て行った。





 次々に発進するダガー、展開する艦隊。
 戦艦、MS共に圧倒的に数で勝る艦隊にミネルバもインパルスを出撃させた。
 空中で合体するシンを横目にミネルバ左舷にレイのブレイズザクファントム、右舷にはルナマリアのザクウォーリアがつく。
 飛行ユニットを持たない二機に重火器を持たせ、攻撃力を重視する。
 それがミネルバに出来る最良の戦法だった。

 最初に攻撃したのはどちらか。
 飛び交うMSと砲弾。数で勝るダガーと精度で勝るインパルス。
 ザク二機による後方からの援護で現時点では互角。
 だが第一弾が終わるのを見計らったように後方より巨大な影が現れた。
 巨大なMA。初めて見る新型は能力が全く分からない。
 しかしその大きさから攻撃力の高さは読み取れる。

「あんなのに取り付かれたらひとたまりもないわ。」

 悲鳴混じりにタリアは主砲の使用を決めた。
 陽電子砲タンホイザーはミネルバにおける最大攻撃力。放たれた光をまともに受け、爆音と共に立ち上がる煙に皆やったのだとホッと一息吐いた。

 !?

 だが煙を振り払い現れたのは先程タンホイザーの直撃を受けたはずのMA。
 攻撃をを防ぎ切ったMAにシン達は驚愕する。
 一部の者は無傷のMAの姿に呆然とするばかり。そんな中、正気を保っていたタリアは迷いを振り切るように首を振る。

《迷っている暇は無い!》

 艦長として次の指示を出すが、復唱するはずの副官からは声が無い。
 不審に思い振り替えるとアーサーはまだ衝撃から抜け切れずに叫んだ。

「艦長! アレどうするんです!?」
「貴方も考えなさいっ!!!」

 全てを見通せるわけがない。予想外の事が起こるのは戦闘中には当たり前の事。
 頼りない副官に舌打ちしながらタリアは叫び返す。
 本来艦長の補佐をするのが副官である。
 補佐とは従順に艦長の命令を聞くだけの存在ではない。
 艦長が不在の時は皆を指揮する立場にあり、冷静に状況を見極める判断力が必要なポストなのだ。
 ソレを理解していない様子にタリアが舌打ちするのは無理ない事だろう。
 ブリッジの雰囲気が険悪になる中でフレイは叫んだ。

「グラディス艦長。見た限りでは敵のMAザムザザーの持つリフレクターはアルテミスに使用されているものと同じ。
 尚且つ、こちらの砲撃を予測して展開していた事からアレはあの一面だけにしか装備されていません。
 他の部分には展開できない可能性が高い。小回りの利くシンに向かわせるべきです!」
「それではMSの大群にどう対応するんだ!?
 圧倒的に足りていない数をシンが埋めているんだぞ!!」
「なら他に方法があるんですか!」

 フレイの言葉にアーサーは反論するがタリアは決断した。

「メイリン、シンを向かわせて!」
「艦長っ!?」
「彼女の言う通りよ。今最も驚異的な敵を排除する事が先決。
 分かったら弾幕を張りなさい。次が来るわよ!」
「はっはいぃいっ!!!」





 オーブ国防本部ではスクリーン一杯に領海際の戦闘が映し出されていた。
 タンホイザーを防ぎ切ったMAを眺めながらユウナは上機嫌で笑っている。

「何をしている。」

 不意に掛けられた声にユウナが振り向くとそこには厳しい表情のカガリが居た。

「ん? ああ、カガリ。」
「これはどういうことだ。」
「ミネルバが地球軍と戦っているんだよ。オーブの領海の外でね。」
「随分タイミングが良いな。
 オーブ軍が見送った直後に戦いが始まるなど。
 だが・・・・・・私は見送りの部隊の発進を命令した覚えはないが?」
「僕が命令したんだよ。
 万が一にも領海を侵すとは思えないけど念には念をと言うしね。」

 部下の前だと言うのにユウナの言葉遣いには代表たるカガリへの敬意は見られない。
 戸惑いを隠せない軍本部内の将校達の視線に気づきながらカガリは報告を優先させた。
 モニターを見れば明らかに劣勢のミネルバ。しかも圧されて領海へと近づいているとの報告が入る。

「警告後、威嚇射撃を。
 それでも止まらない場合は攻撃も許可する。」
「領海に入れないつもりか! あれでは逃げ場も何も無いじゃないか!!」
「けれど、それがオーブのルールだ。」

 ユウナの言葉に驚き抗議するカガリ。
 この二人の対立がはっきりと将校達に伝わる。
 だが一触即発の二人の険悪な雰囲気を引き裂く涼やかな声が響き、二人が振り向くとそこには軍服を纏ったキラがいた。

「正式な調印がまだとはいえ、オーブは大西洋連邦との同盟条約を結ぶことに変わりはありません。
 そしてオーブの基本理念は他国の侵略を許さない事。一時的な退避にしても事前の連絡無しでは領海を侵される事になる。
 だからこそ領海に決して入れない貴方の判断に間違いはない。」
「当然さ。」

 ふんっと鼻を鳴らして答えるユウナにカガリは苦虫を噛み潰したような顔をして口を噤む。
 確かにオーブの基本理念で言えばカガリの判断は理念に反するもの。
 だがキラの言葉はそれだけに止まらなかった。

「ですが、だからと言って代表を始めとした他の首長達に何の話もせずに勝手に軍を動かされては困ります。
 また現在オーブ軍は私の指揮下にあるのです。
 オーブ軍も、オーブも、貴方のおもちゃではない!」

 キラの厳しい言葉にユウナは一瞬虚を突かれるが、直ぐにキラに詰め寄ろうとする。
 しかし、脇に控えていた仕官達に抑えられた。

「宰相にもこの度の貴方の独断行動はお伝えしてあります。
 審議はまた後ほど行いましょう。」
「キラ、なら直ぐに命令の撤回を。」
「それは出来ません。」

 キラは無表情でカガリの言葉を切って捨てる。
 思わぬキラの返事にカガリは驚愕した。

「な・・・。」
「先程申し上げたようにユウナ・ロマ首長の判断は間違ってはいないのです。
 オーブの理念の下、艦隊はそのままで。威嚇射撃までは許可します。
 但し、実際の攻撃の必要性については僕が判断します。各艦に通達を!」
「はっ!」

 キラの言葉通り命令の訂正を始める国防本部。
 だがカガリは尚もキラに問いかけた。

「だがキラ、ミネルバには!」
「子供が乗っているのは知っているよ。
 だけどこれはミネルバが切り抜けなければいけない戦いなんだ。
 オーブは・・・・・・何も出来ない。」

 口元に滲む血にカガリははっとする。
 硬く握り締め震えるキラの手に掛ける言葉は無かった。

《マユ・・・・・・。》

 油断はあった。
 カーペンタリアまでは近く、この辺りに大西洋連邦、ユーラシア連邦の基地は無い。
 ミネルバ出航の日時は極秘にしていた上に中立国の領海近く、そしてカーペンタリアもそう遠くない。
 外交問題と勢力図から待ち伏せは問題を抱えていた。
 だから大丈夫だと、オーブから迂回を繰り返してカーペンタリアに送るより早く安全だと思っていた。
 しかしユウナが独断で動き、予想は大きく外れた。
 もう、キラに出来るのは奇跡を祈ることだけだった。





「こわい・・・こわいよぉ・・・・・・。」

 ぐらぐらと揺れるミネルバの中でマユは泣いていた。
 部屋の中たった一人で毛布を被り、シン達が戻ってくるのを待つだけの時間は通常よりも長く感じられ心が押し潰されそうになる。

 トリィ トリィ

 唯一傍にいるのはトリィのみ。
 慰めるように鳴く小鳥のマイクロユニットは羽を羽ばたかせて自己主張するがマユの涙は止まらない。

『大丈夫よマユ。』

 不意に耳に蘇る声にマユは起き上がる。
 懐かしい声。けれど・・・・・・。

《ママじゃない。だれの声?》

『ご覧マユ。アレがママだ。』
『皆を守ってくれてるの。』

 声と共に脳裏に蘇るのは巨大な影。
 見えたのは大きな大きな蒼い翼だった。

「こわいよおにいちゃん。
 こわいよママ・・・・・・。」





 キラの訂正命令にオーブ艦隊の指令の任にあったトダカは安堵の溜息を吐く。
 彼女の判断がどれほど辛いものかは察してはいたが、それでも愚痴に似た呟きが零れる。

「以前国を焼いた軍に味方し、懸命に地球を救おうとしてくれた艦を撃て・・・か。
 こういうの、恩知らずって言んじゃないかと思うんだがね。俺は。
 政治の世界には無い言葉かも知れないが。」

 皮肉そうに笑いながら言うトダカは言葉とは裏腹に『そういう世界』に身をおくカガリ達に憐憫の情を抱いた。
 一瞬瞑目し、前方を睨んで命令を口にする。

「警告開始! 砲はミネルバの艦首前方に向けろ。」

 運がよければミネルバに当たる弾を打ち落とすことが出来る。
 これがトダカに出来る精一杯。

「絶対に当てるなよ。」

 脳裏に浮かんだのはシンとマユの微笑み。
 最後の言葉に祈りを込めた。





 始められたオーブの砲撃。
 その弾道からタリアはその意図を理解するが、シンは『オーブに砲撃された事実』に驚愕する。
 一瞬の隙。
 敵MAザムザザーにインパルスの足を取られた。

「しまった!」

 元々少なかったエネルギーも底を突き、フェイズシフトが解除される。
 たちまち灰色になっていくインパルスは掴まれた右足をもがれて海面へ叩きつける様に投げ出された。

 うわぁああ―――――っ!

 鳴り響くエラー音。
 急に襲うGと衝撃で気が遠くなりそうになる中、走馬灯の様にあの日の光景が蘇った。

 MSの流れ弾で吹き飛んだ家族達。
 幸せだった頃の『マユ』の笑顔。
 そして・・・・・・ミネルバの中で泣いていた『マユ』に言った自分の言葉。

 ―― 守ってみせるさ! ――


《そうだ・・・俺は・・・・・・。》

「こんな事で・・・・・・。」

《奪われてたまるもんか・・・・・・。》

「こんな事で俺はぁっ!!!」

 自分の中に何かが弾ける感覚が生まれる。
 その瞬間、シンの目の前は真っ白に染まった。
 考えるより先に身体が動く。
 左手はブースターの推力調節ギアを掴んでいた。



 インパルスを完全に落とそうとザムザザーからとどめの砲撃。
 けれどそれを避け、水面ギリギリを滑る様に飛ぶインパルスは体勢を立て直して再び空に舞い上がる。

「ミネルバ! メイリン、デュートリオンビームを!!
 それからレッグフライヤー、ソードシルエットを射出準備!!!」

 追撃を避けながら叫ぶシンに驚くメイリン。
 フレイが直ぐに格納庫に連絡を入れる。

「レッグフライヤー、ソードシルエット準備!」
「フレイ!?」
「いいからシンの指示に従って!
 ビームの方は任せたわ。艦長。」

 フレイの視線にタリアは頷いた。



「デュートリオンビーム照射!」

 メイリンの声と同時にミネルバから一筋の光が伸びる。
 インパルスの額に吸い込まれる光。
 同時に色付いていくインパルス。
 これがインパルスの最大の特徴。戦闘中のエネルギー補充が可能な機体。
 これまでのどの機体も直接艦に戻る必要があった。
 だがこのシステムを使用すれば時間のロスを大幅にカットできる。
 少数精鋭を頼みにするザフトだからこそこのシステムは画期的なものだった。
 復活したインパルスで再びザムザザーへと向かうシン。
 向けられたビームをシールドで防ぎ、ビームソードを突き刺す。
 爆発するザムザザーから飛び退ると同時に飛行ユニットであるフォースシルエットと壊れたレッグフライヤーを切り離した。
 絶妙なタイミングでミネルバから放たれた新たなユニットを装着し、対艦刀エクスカリバーを振り上げ次々と地球艦隊を切り伏せていく。

 それからはあっという間だった。
 モニターに映るは次々に煙を上げ沈んでいく地球軍艦隊。
 残った艦が怯えたように退いていく様子をタリアは勿論、ブリッジにいるものは呆然として眺めていた。
 ザクでミネルバ防衛に当たっていたレイやルナマリアもザクのコクピット内でただ成り行きを見つめる。

「バーサーカー・・・・・・。」

 以前、圧倒的な戦闘能力を見せたキラをある人物がそう表現していたとフレイは思い出す。
 伝え聞いたのは戦後だったが、意味を知り戦争が生み出した彼女の狂気に涙を流した。
 そして今、あの頃のキラに重なるインパルスの姿にフレイは身体を震わせる。

《こんな・・・・・・このままじゃあの子もキラのようになってしまうの!?》





 目の前の脅威は取り除かれた。
 あっという間の光景。
 たった一機のMSが劣勢を覆した現実にオーブ国防本部の誰もが驚愕する。

「な・・・・・・こんな・・・・・・・・・。」

 あまりの出来事に言葉が出ないカガリ。
 拘束されたまま様子を見ていたユウナも喘ぐ様に口を開いたままモニターを凝視する。
 キラも目を見開いてインパルスがミネルバに帰還していく姿を見ていた。

《似ている・・・・・・あの子は。
 『あの頃の僕』に。》

「全艦に帰還命令を。」
「キラ!?」
「ミネルバがオーブ領海を侵す可能性はもうありません。
 このままカーペンタリアに向かうのは目に見えています。」
「しかし!」
「オーブは他国に侵略されない、他国の侵略を許さない。」

 キラの唱えるオーブの基本理念。
 最後の一つが何かを告げられる前にカガリは呟く様に唱える。

「・・・他国の争いに介入しない。」
「そう、ブレイク・ザ・ワールドの時とは違います。
 戦闘により破損したミネルバを修理することは争いに介入することになる。
 このまま見送りましょう。」

 言葉を切り、キラはモニターに映るミネルバに敬礼した。
 彼女に倣う様に本部に詰めているもの皆が次々に敬礼をする。
 言葉も届かなければ思いも届かない。
 自己満足に過ぎないと知りながらも、圧倒的な劣勢をひっくり返したかの艦への敬意を表すオーブ軍人達にカガリはほんの少し救われたような気がした。

 ―――キラの本当の想いに誰も気づかない。





 ミネルバの格納庫では大勢のクルーが集まってインパルスを出迎えた。
 特にヴィーノは興奮を抑えられない様子で降りてきたシンに抱きついた。
 インパルスから降りたばかりで半分放心状態だったシンは抱擁を大人しく受け入れる。

 トリィ!

 特徴的な泣き声に振り仰げば緑色の小鳥のマイクロユニットが舞い降りた。
 オーブでキラに渡されたトリィ。鮮やかな萌黄色。
 戦場から戻ってきたのだと実感し、シンは微笑を浮かべる。

「おにーちゃん!」

 高い特徴的な声にシンは驚いて声のした方向に視線を向ける。
 そこにはマユを抱いたレイが立っていた。
 怯えていたようで衝撃を緩和するはずのレイのパイロットスーツに皺が出来るほど掴んでいる。
 皆に囲まれたシンを見つけた途端、堪えきれなくなった涙をポロポロと溢れさせてレイを掴んでいた両手をシンへと伸ばす。

「おにーちゃん! こわかったよぉっ!!」

 ずっと攻撃で揺れる中、トリィと待っていたマユが泣き続けていた事は真っ赤な目で察することが出来る。
 必死にシンに手を伸ばすマユに、シンはヴィーノを押しのけてレイからマユを受け取り抱きしめた。

「おにーちゃん、おにーちゃん、おにーちゃぁん。」
「大丈夫だ。大丈夫だよマユ。」


『その子を見て、決して忘れないで。』

 不意に蘇るキラの言葉。
 その言葉に隠れていた意味をシンは漸く知った気がした。

『マユには君しかいないこと、忘れないで。』

「俺は絶対に帰ってくる。」

 ―― あいつ等を皆やっつけて ――

 暗い炎を瞳に湛え、シンは己に誓った。


 続く


 とりあえず・・・・・・・・・・・7/11に書き上げました。
 でも最終確認をオフ本用に編集する時にしたので。(苦笑)

 2006.7.17 SOSOGU

 一部間違えてた名称を修正しました。
 ご指摘有難うございます。
 2006.7.18
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