〜灯火の旅立ち〜


 息子の暴走。
 しかし行動そのものは間違ってはいないと判断され、数日の謹慎で終わったのは幸いと言うべきか。
 事後報告で知らされた何人かの首長達は自分達の立場を無視された事もあり難色を示したが、結果がどうあれ定めた陣営に恩を売る形を取ったのだから連合がオーブを無下に扱う事は無いだろうという意見の下、罰を軽減されたのだ。
 それでもユウナの今までの動向を知らされ、ウナトは唸る。
 彼の悩みは尽きない。
 大西洋連邦に対する姿勢は確かに首長会で決まった事だが代表であるカガリの意思に反する事。
 首長の殆どがウナトに追従するように条約締結を望んだが更にその下、行政府を始めにオーブ軍を支える部下の多くはカガリの考えに賛同するものが多い。
 今正に真っ二つに割れようとするオーブに彼は一つの決断をする。


「彼らに連絡を?」

 ウナトに呼び出された青年はオフだったのか普通の白いシャツに穿き古したデニムパンツと随分とラフな格好だ。
 それでもすらりと伸びた長い足と甘いフェイスが素朴な衣装にひき立てられており、街を歩けば少女達が放っておかないだろうと予想出来る姿であった。何よりオレンジ色の上が彼の魅力の一つである蒼い瞳を輝かせている。
 携帯電話を弄びながら問う青年にウナトは椅子に深く座し、書類を眺めながら答えた。

「ああ、そうしてくれ。それで代表は今何処に?」
「んー、とことん言っていい?」
「・・・・・・好きにしろ。」
「これ以上の勢力を二分するのは良くないって彼女を言い包めて結婚式の準備始めてる。
 他の首長に手を回して公式な発表も今日の夜だってさ。
 唯のお間抜けぼっちゃんと思ってたら変なところで行動力あるのな。
 仕事を理由に家に帰らなかったのが良くなかったんじゃない?」

 答えながら青年は手にしていた携帯電話をウナトに手渡す。
 モニターに写るのは花嫁修業の一環として礼儀作法を教えられるカガリの姿。
 いつもの彼女ならば行政府で資料と睨めっこしているかモルゲンレーテの査察スケジュールを立てているところだろう。
 他の写真を見ていくとにやついているユウナの姿もある。
 威厳とは程遠い姿に深く溜息を吐いてウナトは本棚を眺めている青年に答えた。

「そうだな。思った以上にアイツも成長していたということか。」
「行動力だけは・・・・・・ね。
 代表は殆ど軟禁状態だったよ。それと、気になることがある。」
「なんだ。」
「これさ。」

 そういって、彼は一枚のディスクを片手に振り向く。
 オレンジ色の前髪の影で落ち着きのある瞳が僅かに揺れていた。





 オーブ内で二つの勢力が対立している事にキラは苦悩していた。
 同盟条約は締結。
 カガリを中心とした勢力とは対極にあるセイランを中心とした勢力。
 けれど今の世界状況を思えば対立を続ければそれを弱みと他国に付け込まれかねない。
 だからこそカガリが結婚を承知した事は理解出来た。

《けど、それは目の前の小火を消しただけで周りに燻る火種が消えるわけじゃない。
 このままじゃいけないんだ。》

 ファイルを抱え、帰宅の為に通路を歩き続けるキラ。 
 その行く手には見知らぬ青年が私服姿で壁に背中を預け立っていた。
 オレンジ色の髪に同じ年頃の少女達が放って置かない整った顔立ち。
 これほど目立つ彼をキラは今まで施設内で見かけた事はなかった。
 キラがそのまま通り過ぎようとすると制止するように青年は言った。

「禿げ親父から伝言。」
「?」

 不意の言葉にキラが立ち止まると不敵に笑いながら青年は続ける。

「桃色のお姫様が危ないってさ。」
「なっ!?」
「夜の闇にはご注意を☆」
「君は一体・・・・・・。」
「それから金色のお姫様もお願いってね。」

 同時に放り投げられた一枚のディスクをキラは受け止める。
 何も書かれていないが内容は容易に推測できた。
 彼が何者かはわからない。
 しかしその背後にいる人物は先程の言葉で容易に推測でき、ディスクをしっかりと握り締め答えた。

「・・・・・・・・ご忠告痛み入ります、と伝えて下さい。」
「突っ込みは無いの? 何で禿げからって聞かれると思ったのに。」
「僕は、彼の気持ちを少し分かる気がするから。」
「そう? 伝えたいことあるなら言っとくけど。」

 くすっ

 おどけて言う青年に少し和み、キラは静かに答える。

「後をお願いしますと。」
「それから?」
「『僕ら』は必ず戻ってきます。」
「伝えておくよ。」

 これ以上の会話は必要ない。
 それどころか敵だらけになりつつある中ではこの会話も微妙なものだ。
 キラが来た方向へと去って行く青年を見送り、再びキラは歩き始めた。
 自分が望む未来を見定める為。
 背中を向け合う二人だったが目指す方向は同じだと確信していた。





 無事カーペンタリア基地に入ったミネルバ。
 あれから攻撃も無く、皆がホッと張り詰めた緊張を解いて安堵の溜息を吐く。
 大変な苦難を乗り越えた後だ。身体的な休養は交代で取っていたが常に神経は張り詰めていて精神的には皆参っていたのだ。
 パイロット達は相当消耗しているだろうと思いアーサーは様子見にシン達の部屋を訪ねた。

 ピーッ

 呼び出しの音と共にインターホンからレイの応対する声が聞こえる。
 名を名乗ると「お待ち下さい。」の断り文句のすぐ後にドアが開いた。
 出迎えたレイはきっちりと軍服を着込んでおり、一分の隙も見られない。
 元々ポーカーフェイスのレイである為、アーサーはシンの様子を見て二人の体調を探ろうと呼び出す。

「何ですか副官。」

 呼び出されたものの何の用事かさっぱり推測できず、きょとんとした表情で出迎えるシンを見てアーサーの方が「どうしたんだ?」と聞きたくなった。
 通路で見かけただけでも皆の憔悴振りは明らかだった。
 しかし戦闘が起これば真っ先に飛び出さねばならないパイロット達の表情に疲れが見られない。
 アーサーが驚くのも無理のない話だ。
 上官の様子に二人が戸惑っていると部屋の中からマユが「おきゃくさん?」とドアの傍によって来た。

《ああそうか。》

 唯一、状況が良くわかっていなかったマユのあどけない顔を見てアーサーは二人がリラックスしている理由を察した。
 マユがいたから二人の心は解れているのだ。
 時にはマイナスに働く事もある状況だが彼らにはプラスに働いたらしい。

《用事無くなっちゃったな。》

 アーサーは苦笑して休み中基地内を離れなければ自由に出歩いて良いとだけ二人に告げ、部屋を辞した。
 通路を数歩歩くとシンがマユと出かける相談を始めている声が聞こえ、生きて帰れた事に感謝した。


 フレイは悩んでいた。
 思い出すのは戦慄を覚えるシンの戦いぶり。

《本当にこのままミネルバを離れていいの?》

 シンは似ていた。
 砂漠にいた頃、酷く精神的に荒れていたキラに。
 予定通りならばフレイはこのままミネルバを離れジュール隊に戻ることになるだろう。
 そこがフレイが本来いるべき隊であり、自身も望んでいたはずだった。
 けれど躊躇いが生まれる。
 このままではシンは大切なものをいつか失う。
 確信ではない漠然とした不安がフレイを襲っていた。





「見事に情報通りだな・・・・・・。」
「子供達とマルキオ様を避難させておいて正解だったわね。」

 キラが伝言とデータを受け取った日の夜にソレはやって来た。
 屋敷に居たのはバルトフェルド、マリュー、ラクス、そしてキラの4人のみ。
 子供達を危険に晒す訳にはいかない為、主のいないアスハの宮殿に子供を密やかに避難させ迎え撃つことしたのだが正解だったようだ。
 彼らは巻き添えになる子供の事など考えてはいない。
 敵が何者かを見極める為にラクスは囮として屋敷に残ると言い張り、僅か4人で応戦することになった事が今回は良かったようだ。
 少人数の方が動きは早い。
 無事シェルターまで辿り着き扉がロックされたのを見届けてから一息吐いてマリューは毒づく。

「コーディネイターだわ。」
「ああ、それも只の素人じゃない。ちゃんと戦闘訓練を受けてる連中だ。」
「ではやはり、狙われたのは私なのですね。」

 どこかで信じたくなかっただろう。
 悲しみに満ちた瞳で言うラクスに3人は沈黙する。
 外にいる敵はMSまで持ち出して攻撃している。
 形振り構わない攻撃は周りに知られようとラクスを仕留めればそれで良いと考えている事の証明。
 キラはこれ以上シェルターに篭っている訳にはいかないと決意した。

「ラクス、鍵を。」
「キラ!?」
「もう決めたはずです。僕らは動かなくてはいけない。」
「本当に『奴』を信用していいのか?」

 バルトフェルドが確認してくるのは無理も無い話。
 今回の情報提供者は自分達の政敵なのだ。
 またどうやって情報を得たのかも気になるところ。マリューも不安そうにキラを見つめる。
 彼女もまた、彼らがグルではないかと疑っているのだ。
 しかしキラは疑う気配は無く、それどころか優しく微笑みながら答えた。

「『彼』と僕らに共通しているものが只一つだけあります。」
「それは?」
「『オーブを守りたい』という思いです。
 選んだ道が違うだけで目指している先は同じだと、僕は思っています。」

 キラの言葉にバルトフェルドはもう何も言わなかった。



 どごぉおおっ!!!

 音と共に屋敷の後方にある山から吹き出る煙。
 屋敷を取り囲んでいたザフトの最新機体アッシュが一斉に空を仰ぎ見る。
 夜明けが近く、白んで来た空に浮かび上がるのは大きな翼を背負うシルエット。
 上り始めた太陽が影を照らした。
 浮かび上がるは白を基調とした一機のMS。
 特徴的な10枚の大きな翼は鮮やかな蒼。

 ZGMF−X10Aフリーダム

 先の大戦後半で大局を決める戦いには必ずと言っていいほど現れた伝説に近い機体。
 アッシュに搭乗していた一人が驚愕の声を上げる。

「あれはまさか・・・・フリーダム!?」
「そんなっ!」

 何故オーブに!?

 だがその叫びを上げる前に次々に攻撃ユニットを撃たれ、抵抗する力を失っていくアッシュ。
 最後の一体が倒れると同時に・・・自爆した。
 それを合図に他の機体も次々に自爆していく。
 彼らの自爆を予想していた。それでも苦痛に耐えるような苦い表情でキラは焔を見つめていた。





 プラントではミリアリアがザフト軍のステーションで軍人に囲まれながらシャトルを待っていた。
 その周りもやはり軍人だらけ。むしろ私服姿のミリアリアがおかしいのだ。
 開戦宣言後にプラントへの直接攻撃。ザフト全体が緊張する中、他国の・・・しかも敵となるオーブのジャーナリストを地球に送り届ける為に軍事施設を使用する暇は本来ならば無い。
 それでもこうしてシャトルを用意してもらえるのはギルバートが『議長の賓客』として扱っていたからだ。
 それが分かっているからこそミリアリアも大人しくシャトルを待っていた。
 重く張り詰めた空気。胸に刺さる棘の様な写真を思い出しミリアリアは脇に控えているイザークとディアッカに問う。

「二人ともアスラン・ザラに会いに行かなくて良いの?
 今プラントに来てるんでしょ??」

 ミリアリアの言葉に二人は沈黙で返す。
 イザークはあの写真の意味を図りかねてアスランに会う気になれなかった。
 ディアッカも無理を言って手元に残した写真立てから出てきた為に複雑な想いに駆られて今は心の整理がつかない。
 彼女も察してはいたからこそ、それ以上は訊かなかった。

「それよりもミリィ。本当にジブラルタルで良いのか?」
「オーブが同盟条約に調印しちゃった以上、直接シャトルは飛ばせないでしょ。
 この際だから本来のカメラマンとしての活動を始めるわ。
 元々オーブにはあまり戻って無かったし、今回はカガリさんに呼ばれたから来たんだもの。」
「そっか。」
「そんな心配より自分達の事を考えなさいよ。
 周り、あんた達の監視もあるんでしょ?
 敵国の私と仲良く喋ってると心証悪くなるんじゃないの。」

 事実、周りで三人に注目している者の中に軍本部からの指令で監視している者がいた。
 ミリアリアですら気づいている視線に二人が気づかないはずがない。
 だがイザークは口の端だけ上げて笑い、答える。

「確かに国同士は対立している。
 だが個人レベルの付き合いまで国の対立を理由に干渉されるのは気に喰わん。
 そんな事を気にしていたらアイツを副官補佐にしているジュール隊はどうなる。」
「・・・・・・・・・・・。」

 一瞬呆けるミリアリアだがイザークの言葉の意味を察し笑い出す。
 一頻り笑って彼女は嬉しそうに言った。

「フレイの事、お願いね。」

 何の裏も無いその微笑に、訳もなく恥ずかしくなったイザークは顔を赤くして背ける。
 背中越しに感じる温かな雰囲気に彼は、ディアッカがミリアリアに拘る理由を知った気がした。





 夜が明けて―――

 オーブ国内でMSによる襲撃があったにも関わらずマスコミが来る様子は無く、ニュースで報道されてもいない事にキラ達は察していた。
 行政府による干渉を。
 そもそも襲撃部隊がオーブの警戒網に引っかかることなく潜入出来た事事態がおかしい。
 入念に計画を練っていたとしてもあれほどの数のMSの進入に気づかれる事無く入れる程オーブの警戒システムは甘くは無いのだ。

「キラ君、本当に良いの?」

 最後の忠告。マリューがオーブの軍服を纏い尋ねる。
 地下に隠されていたアークエンジェルは改修と整備を行い有事の際には何時でも出れるようになっていた。
 ブリッジにはかつてのクルー達が集まりキラとマリューを見つめる。
 彼らが心配する気持ちもわかる。けれどキラはあの日に信じると決めた。


『キラ・ヤマト。君は姫を守りたいだけなのか?』

 カガリが代表に決まりキラもオーブに身を寄せる事になった日、ウナトは密かにキラを訪ねた。
 側近は誰一人いない。
 宰相の地位にあるにも関わらず、一人で現れた彼の大胆な行動に驚きながらキラは首を振った。

『いいえ、オーブの理念を。
 その先にある世界の未来を、僕は守りたいのです。』

 その為にウズミはクサナギに信頼できる者を乗せ、カガリに希望を託して宇宙へと上げた。
 彼らの遺志はオーブを守るだけではない。
 オーブが持つ可能性に未来を見たのだと言うキラの言葉にウナトは数秒瞑目して答えた。

『ならば、私と同じだ。』

 そっと差し出されたふしくれた右手。
 穏やかなウナトの目にキラは自分の右手を差し出した。


《同じなんだ。方法が違うだけで。
 それに彼はカガリを潰そうとはしなかった。
 同盟条約後もわざと勢力を二分したように思える。
 その理由は・・・・・・。》

 マリュー達にはまだ話せない推測。
 キラはまだ胸に秘めると決めていた。

「行きましょう。カガリを助けに。」





 望まぬ結婚だと覚悟していた。
 けれども用意されたウェディングドレスを纏い、車の窓から見えるパレードに訪れた人々の笑顔に手を振ると世界が歪む。
 父の最期の言葉。
 オーブの理念に殉じ共に果てた叔父を始めとした首長たち。
 彼らが守りたかった祖国の為に今、自分はここにいるとわかっていても涙が溢れる。

「その涙はうれし涙なんだろうね?」

 厭味を含んだユウナの言葉はカガリの暗澹たる未来の予言に聞こえた。


 白いハウメアの祭壇。
 並べられた席にはオーブの主だった権力者達が座っていた。
 彼らの拍手に迎えられ、カガリはユウナと共に祭壇への階段を上る。
 両脇には警護の為のムラサメ。
 走って逃げたくなる衝動をオーブの守りであるはずのMSが押さえ込む。
 神官の空々しい祝詞が響く中、カガリは俯いていた。

 ―― オーブの為 ――

 それだけが今のカガリを支えていた。
 最後の誓いの言葉を促す声が聞こえる。

「はい。」

 ユウナの誓いの言葉が違う世界のものの様に思えた。
 次に促されるはカガリの誓い。
 悲しみに震えながらカガリが口を開いた瞬間だった。
 祭壇の下から聞こえてくる悲鳴と怒声に振り向くと体に感じる程の音の衝撃に立ちすくんだ。

 どがっ どかぁああっ!!!

 祭壇脇に控えていたムラサメが次々に銃を撃たれ行動不能にされていく。

 ごぉおおっ!

 強烈な突風と巨大な影に覆われるのを感じ、カガリは空を見上げた。
 青い翼を大きく広げたMS。

「フリーダム!?」
「な・・・なんでぇっ!? うひぃいいっ!!!」
「キラ!」

 カガリが叫ぶと同時に彼女の影に隠れていたユウナは祭壇から転げる様に逃げ出した。
 邪魔者がいなくなるとフリーダムはマニピュレーターでカガリを包むようにして抱き上げ飛び立つ。
 空を舞い海の向こうへと向かうフリーダムに漸く自分を取り戻したユウナが近くにいた将校に掴みかかり叫んだ。

「何をしているんだ! 早く撃て、撃ち落せっ!!!」
「下手に撃てばお姫様にも当たりますよ〜?」

 背後に立っていた見慣れぬオレンジ色の髪の青年がにこにこ顔で諭す。
 その態度に苛立ちを感じたユウナは青年に怒鳴り返した。

「何だ貴様はっ!」
「アンタのパパの護衛v
 ちゃんと状況考えて命令しないと駄目じゃないですか〜。
 それに守るべき花嫁の影に隠れた上に花嫁置いて逃げ出すなんて情け無いデスね〜。」

 人を小馬鹿にした言動にユウナは更に怒り狂って叫ぶ。

「パパっ! 何なんだよコイツ!!!」
「紹介は受けただろう。私の護衛だ。」
「そうじゃないよ! この僕にっ!! こんな態度をとる奴なんかとっととクビにしてよ!!!」
「その必要は無い。」
「雇い主の息子に対する礼儀ってもんを知らない奴なんて何で雇うのさ!」
「頼りになるからだ。少なくとも今のお前よりはな。」
「なっ・・・・・・。」
「手配は?」
「オーブ海軍各艦には通達済みです。
 『決して代表に傷をつけることなく、押さえ込んで捕縛せよ。』とね。」
「それで良い。」
「パパァっ!」
「ユウナ、お前は少々混乱している。
 今は屋敷に戻り休め。」

 そういい置いてウナトは行政府へと戻るために歩き始める。
 ボディーガードである青年も付き添うように歩きながらウナトに問いかけた。

「放っておいていいの?」
「今は『現れるはずのないキラ・ヤマト』に怯えている。
 暫くは大人しくしているだろう。」
「『何でぇ!?』なんて・・・・・・例の襲撃に手を貸したのが自分だって言ってるようなもんなのにねぇ。
 伝説のフリーダムパイロット、キラ・ヤマト。
 彼女の暗殺を条件に入国の手引きしたって。
 けど、俺はそれを放置したアンタの方が不思議だけどね。」
「このまま国の内部で対立が続けば軍部も二分され国の弱体化を招きかねん。
 だが姫に信念を曲げさせるわけにもいかん。」
「?」

 ウナトの言葉に青年は怪訝そうな顔をする。
 確かに国の弱体化は避けるべきだろう。だがカガリの信念を通せばオーブは世界から孤立する。
 青年はウナトが他の首長達に根回しして同盟条約締結を強引にでも纏めたのはカガリを説き伏せる為だと考えていた。
 だが目の前の雇い主の思いは違うのだと知らされ戸惑いを覚える。
 思いを見透かしたようにウナトは表情を変えず青年に問いかけた。

「これから世界がどう動いていくか、お前は予測出来るか?」
「ん〜、情報が少な過ぎるし・・・デュランダル議長は切れ者で知られているから彼の対応によっては大西洋に反旗を翻す奴等も出てくる可能性もある。
 けどそれがどのくらいの規模なのかはまだわからないね。」
「そうだ。そして現在二分されつつある世界で第三の視点が無くなれば食うか食われるかの弱肉強食の時代になってしまうかもしれん。」

 ウナトの言葉に漸く真意を知り、青年は沈黙する。
 第三の視点を持てる者は現在あまりにも少ない。
 また持つ事が出来てもしがらみの為にソレを主張する事は難しいだろう。
 カガリには・・・・・・持つものが多過ぎる。

「今オーブに姫は危険な存在。だがこの先、『本来のオーブ』に戻る時が来れば姫以外に国を導ける者はいないだろう。
 国外に脱出させるのが一番なのだ。」
「だけど、オーブに戻す時はどうするのさ。
 あれじゃ只のテロリストだぜ?」
「用意はしておく。その時はお前に託そう。」
「・・・良いのかな。元とは言え、敵国の兵士にそんな重要な事頼んで。」
「その気になれば何時でも祖国に戻れただろうに。」
「俺は義理堅いんですよ。」

 僅かに微笑む青年を残しウナトは迎えに来た車に乗る。
 ドアを閉め、窓から青年を見上げた。
 ここからは別行動。
 行政府に戻り今後の対策を取るウナトとボディーガードから調査員に戻り仕事を続ける青年。

「では後は任せたぞラスティ。」
「お任せを。」

 珍しく名を呼ぶウナトに青年ラスティ・マッケンジーはウィンクしながら答えた。





 彼が最後に覚えていたのは真っ赤な炎だった。

 ヘリオポリスにあった地球軍の新型MSの秘密工場。
 その奪取が彼に下された命令。
 彼と同期の者が他に四人選抜され、作戦は決行された。
 作戦開始前は有頂天だった。
 精鋭と名高い隊に配属された上にこの先の戦局を左右するかもしれない作戦のメンバーに選ばれた。
 その事実が油断を誘っていたのかもしれない。



 ばぁん!

 音と共に目の前が暗くなる。
 遠くでルームメイトでもある仲間が自分の名を叫んでいた。
 そして悟った。

《俺・・・撃たれたのか。》

 それっきり意識を失った。



 次に見たのは白い天井。
 真っ先に思ったのは死後の世界。

「気がついたようだな。」

 まだはっきりしていなかった意識が掛けられた声で鮮明になっていく。
 視線を横にずらせばそこには似合わないオレンジ色のサングラスを掛けた中年の男性が立っていた。

「綺麗なおねーさんに迎えて欲しかったんだけどな・・・。
 禿げタヌキがお迎えなんて死後の世界も世知辛いんだな。」
「誰が禿げタヌキだ。大体お前はまだ生きているぞ。」
「へ?」

 男性の言葉にラスティは目を瞬かせ、考えた。

「確か俺、ヘリオポリスのモルゲンレーテで死んだと思うんだけど・・・・・・。」
「後半は間違いだ。
 お前はモルゲンレーテで脳震盪を起こし気絶。
 私が派遣した内部調査員がお前を連れ帰った。ここはオーブ本土、オノゴロ島にある私の別宅だ。」
「・・・・・・・・・生きてる?」
「当たり前だ。身体の傷は癒えていないだろう。
 頭の怪我はかすり傷だが爆発で一度身体を吹っ飛ばされているからな。・・・動くと痛むぞ。」

 ずっき〜〜〜ん

 言われて自覚する痛み。
 特に肋骨辺りからの痛みが強烈に響いた。

「え・・・・・・・・・・・・えぇいいいぃってぇええっ!!!」
「それだけ叫ぶ元気があればもう大丈夫だな。」
「何故!」

 ラスティがもう大丈夫と判断し、禿げ親父・・・もといウナト・エマ・セイランはベッドに背を向けて退室しようとする。
 そのウナトにラスティは疑問を投げかけた。

「何故俺を助けた?」
「利用価値があるからだ。
 ザフトには明確な階級は存在しない。だが能力に応じて軍服に違いがある事ぐらいはどの国も知っている事だ。
 『赤』は軍事アカデミー優秀卒業者に与えられる色と聞いているが、間違いだったか?」
「いや。」
「ならば問題ない。将来有望なコーディネイターの若者。
 上手く取り込めればオーブにとって大きな力になる。」
「俺が素直に協力するとでも思っているのか?」
「『そういう理由』でも提示しなければ誰もお前を助ける事に周り納得はしないだろう。」
「?」
「傷が癒えたら好きにすればいい。
 だが帰国の協力はしない。自力で何とかするんだな。」
「な・・・!? っておい!!」

 ずきずっきーん

「いててててててっ!」
「あまり騒ぐな。退院が延びる。」
「てて・・・ってだから待てってば!」

 ずきずきずっきーん

 今度は痛みに声も出ない。
 その間にウナトは病室から出て行った。


 その後、傷の治療と平行しながらラスティは調べた。
 自分の置かれた状況と現在の世界情勢の把握。
 かなり長い間眠っていたらしくヘリオポリスの住民の殆どはオーブ本国に戻っていた。
 殆どと言うのは犠牲になった避難し遅れた者、そして地球軍に拘束された者がいたからだ。

「爆破し損ねた新造艦は現在は砂漠・・・・・・ジブラルタル近くか。
 だから爆薬もうちょっと多い方が良いんじゃねーのって言ったのにな〜。
 それにしても治療で寝てた時間に調査の時間。結構経っちまってるな。」
「ほぉ、調査能力はかなりのものだな。」
「どわぁああっ!」

 息が吹きかけられそうなくらい近く、耳元に響いた声に驚くラスティ。
 振り返ればウナトが立っていた。

「不気味なことすんな!」
「私は最初に声を掛けたぞ。お前が気づかなかっただけで。
 ふむ・・・・・・だが少し情報が遅いな。既にアークエンジェルは砂漠を突破したそうだ。」
「アークエンジェル?」
「ヘリオポリスで開発されていた新造艦の名だ。」
「大天使ね、大層なお名前で。
 それにしてもあの辺は『砂漠の虎』の異名を持つバルトフェルド隊がいたのに・・・。」
「このまま補給なしでアラスカまで行くつもりならば今日明日中にはオーブ近海を通るだろう。」
「アンタは何がしたいんだ。俺にそれを教えてどうする。」
「オーブを守るだけだ。アスハ代表達とは違うやり方でな。
 お前、大西洋連邦に潜り込むつもりは無いか?」
「なっ!?」
「私は大西洋連邦にパイプを繋いでいる。
 これから地球軍がどのように動くのか、探りを入れたい。」
「奴等に加担するつもりか!?」
「必要とあらばな。オーブは中立国だ。
 世界のパワーバランスが揺らぎ始めている今、情報は国の存続を左右する。
 このまま戦いが長引くのか、直ぐに終わるのか・・・・・・。」
「終わるだろ。ザフトが勝つ。」
「本当に? お前は今のプラントのトップがどんな思惑で動き始めているのか知っているのか??」
「!?」
「一週間時間をやろう。それまでに自分で調べ、そして考えろ。」

 去って行くウナト。
 呆然としてラスティは呟く。

「本当に何考えてんだよ禿げ親父・・・・・・。」


 それからラスティは調べた。
 現在のプラントの戦況。大西洋を始めとした地球連合の情勢などを中心に見ていく。
 けれどもそれらの情報はウナトが示す「何か」では無いと感じた。
 その間にアークエンジェルはオーブに密かに迎え入れられ修理と補給を受ける。
 その思惑が何なのかはわかっているが心が納得しない。
 情報を持ちながらザフトに戻れず伝える事も出来ない自分に歯がゆさを感じた。
 急ピッチで行われた修理を終え、出て行くアークエンジェルを見送りラスティは苛立つ。

「アークエンジェルは出て行っちまったし・・・。
 俺は一体何をしているんだ?」

 自らに問いかけても答えは出ない。
 期限の日は明日。
 悩むラスティに情報が飛び込んできた。

「おい! 近くの海で連合とザフトがやりあったそうだぞ!!」
「どっちが勝った!?」
「連合の方だよ。ほらこの前ニュースで騒がれてた白い艦。
 ザフトは撤退、多分一時的なものだな。
 MSが一機やられたらしい。それも新型だったそうだぜ。」
「ああ・・・例のヘリオポリスの奴か。」

《ザフトが負けた?
 しかもMS戦で??》

 思い当たるのは自分が奪取し損ねた新型MS、通称『ストライク』だ。
 調べによればあれから連合最強のMSと謳われるほどの戦果をあげていた。

《新型って事は戦ったのはアスラン達? 誰かやられたのか!?》

「近いって事もあってオーブが人命救助の為に出るってさ。」
「人命救助ね。本命は別じゃねーのか。
 ん? 今から何処か行くのか??」
「だから今言ったろ? 救助部隊の支援で俺達も行くんだよ。
 整備士を駆り出すって辺り本音が見え見えだっての。」
「そう言うなって。」
「あの!」
「ん? 例の怪我してたボーズか。」
「どうした??」
「その救助活動、俺にも手伝わせて下さい!!」

 居ても立ってもいられなかった。
 ドキドキと早鐘のように鳴る胸を押さえラスティは仲間の、友の無事を祈った。





 まだ煙が立ちこめ火の燻る現場は何処か非現実的だった。
 MSの殆どは砕けて部品が四方八方に転がっている。

「あー、こりゃひでぇ。」
「ロンド様も無茶言うぜ。戦闘データ回収しろって言ってもこれじゃあ・・・。」
「コクピットの破片探すもの一苦労だぜ。」
「あっちに戦闘で切り落とされた腕があったそうだぜ。
 この状況じゃそれだけでもめっけもんだ。」

 オーブの青年達の声を他所にラスティは周囲を見回した。
 焼け焦げた土の匂い。
 その中に混じる火薬とそして・・・・・・。

 うぐっ

 生理的な嫌悪感と嘔吐感を覚えてラスティは口元を覆う。
 慌てた周りの青年達が介抱する。

「おっおい。しっかりしろ。」
「すんません・・・・・・何か匂いが・・・・・・・・・。」
「匂い?」
「おいこれって。」

 ラスティの言葉にその場にいた全員が顔色を変える。

《そうこれは。》

「ニクノヤケルニオイ・・・・・・。」

 呟いてラスティは匂いの強い方向へと歩き出した。
 慌てた一人が「待て。」と呼びかけるがラスティは歩き続ける。
 瓦礫の影、見えた赤黒い色に走り出した。

 どくん どくん どくん

 心臓の音が更に大きくなる。
 見えたのは焼け焦げた赤のパイロットスーツとひび割れたヘルメット。

「しっかりしろ!」

 駆け寄り倒れた身体を覆う瓦礫を払いのけ、愕然とした。
 足が・・・いや、腹から下を失った身体だった。
 血は流れていない。火に焼かれた為。
 肩幅から彼の人物が小柄な、それもかなり年若いと推測でき言葉を無くす。

《嘘だ・・・・・・。》

 この位の体格をした人物に心当たりがあった。

《きっと嘘だ・・・・・・。》

 隊の中で一番若く、けれども自分と同じ赤を纏う資格を持つほど優秀な少年。

《絶対嘘に決まってる・・・・・・。》

 ピアノを愛し戦争なんて似合わない優しい微笑をいつも湛えていた。

 そっとヘルメットに手を掛ける。
 一縷の望みを掛けて静かに顔を覆っていたものを外した。

 ふわさっ

 ヘルメットに守られた髪が零れ落ちる。
 草原を思わせる若草色。
 柔らかな天然パーマが手に心地良く、彼の髪をわしゃわしゃと掻き回すのがラスティのお気に入りだった。

「おい!」

 後を追ってきた青年が声を掛ける。
 だがラスティの抱えている人物の惨状に立ち尽くした。

「誰か嘘だって言ってくれよ・・・・・・。」

 涙は湧き水の様に次から次へと溢れ出す。
 零れた涙が少年の頬を濡らすがラスティは彼の頬を拭う事も忘れて叫んだ。


 ―――――――― ニ コ ル ――――――――





 ニコルの遺体は翌日ザフトに引き渡される事が決まった。
 ラスティは一晩中物言わぬニコルを見つめていた。
 涙は疾うに枯れ、虚ろな瞳は本当にニコルを見ているのか疑いたくなるほどにラスティは消耗していた。

 約束の日。
 時間は夕方だったがウナトは朝にやって来た。
 何も無い遺体安置室でニコルが横たわっていた場所を見つめ続ける。

「決心はついたか。」

 背中越しにかけられるウナトの声。
 ラスティは振り向かないまま感情を伴わぬ声で答える。

「・・・情報を手に入れてオーブはどうする。」
「上手く立ち回れるなら立ち回る。
 戦争が終わるようにな。私はは双方の勝ち負けに興味は無い。
 単純に私欲に走るなら貴重な資源を供給してくれるプラントに取り入るさ。」
「だからアンタは大西洋側なのか。」
「現在一番力の強いものに取り入るのは確実に守れると思うからだ。
 逆にプラントに取り入ろうとする者もいる。
 尤も最近の戦況を見る限りではどちらが優位かわからないがな。
 その中でアスハ代表は中立を保っている。」
「オーブもぐちゃぐちゃだな。」
「分かっている。だが彼がいるからこそ私は大西洋連邦寄りの姿勢を保てるのだ。」
「どう世界が転んでもオーブだけは無事な様にってか?」
「それは違う。戦争を和解で終わらせる為に、だ。
 終戦時には仲介国が必要だろう。」
「・・・・・・・・・・・・・・ああ、ソーユー事。」
「私には優秀な人材が足りない。協力してくれれば遅くはなるが問題なくプラントへの帰還が出来るよう手配しよう。」
「いらねー。帰る日は自分で決める。
 その時までは・・・。」

 ―――手を貸してやるよ。

 そう言ってラスティは立ち上がった。





 オーブを脱出したアークエンジェル。
 海の中を進みながらブリッジではキラとカガリが対立していた。
 周囲が見守る中、ウェディングドレスからオーブの軍服に着替えたカガリが本来のスタイルそのままにキラに怒りをぶつける。

「どういうつもりだ!」
「あの結婚は阻止するべきだと思ったから。
 君に馬鹿な事をされては困るんだ。」
「何を言う! 今のオーブの状況を分かっているのか!?
 折角私が!!!」
「じゃあ、ユウナ・ロマとの結婚や大西洋連邦の同盟条約が本当にオーブの為になると思っているの?」
「それは・・・・・・。」

 静かに問うキラにカガリは言葉を弱める。
 カガリとて本気でそう思っているわけではない。
 だが今の状況が状況だ。そう思ったからこそ受けた結婚をキラに否定され、再度カガリは迷った。
 悩むカガリにキラは再び話を始める。

「勿論、今の状況からそれが最善と思ったカガリの気持ちが分からないわけじゃない。
 けれどだからと言ってこの上、象徴たる君がセイランと結婚してしまうとオーブは理念を完全に捨てた国へと変わってしまう。」
「それも分かっている! それでも・・・・。」
「だから宰相は僕らを焚き付けたんだよ。
 君を連れて脱出するように。」
「馬鹿な!? ウナトが何故そんな事をする必要がある。
 このまま私を取り込めば政権を磐石に出来るんだぞ。」
「宰相も僕らも目的は同じなんだよ。
 オーブを守る。その為の手段が違うだけでね。
 考えてもみなよ。何故ウズミ様があの時、自決という道を選んだのか。
 唯の『逃げ』とも受け取れるけれど・・・僕はオーブの侵略をこれ以上許さない為だったんじゃないかと思う。」
「どういうこと? キラ君。」

 思いがけない考えにブリッジにいた全員がざわめく。
 皆の想いを代弁するようにマリューも戸惑いの声でキラに問いかけると、キラはカガリからマリューへと向き直り答えた。

「そのままの意味ですよ。
 あの頃、オーブが中立を保とうとしても大西洋を始めとした連合を相手にしては物量で圧されて負ける事は目に見えていました。プラントが技術や人材で五分に持ち込んだこと事態、世界は予想していなかったでしょう。
 オーブが戦力と技術力をフルにしてあれだけ持ち堪えられた事も連合には予想外の出来事。
 だからこそウズミ様は本土で戦うオーブではそう遠くないうちに国が失われることを予測出来たはず。
 けれど中立派の人間に後を頼んでも責任を取らされるだけ、ならどうするか?」

 キラの考えを理解したバルトフェルドが彼女の問いかけに応える。

「セイランに任せれば大西洋とも交流があり、あちらも昔から友好的な態度を取ってきた彼を無下に扱うことは出来ないか。
 そして事実、セイランの存在が現在のオーブを支えている。」
「そうです。僕が思うに戦争がどちらかの勝利に終わったとしてもオーブの不利益にならないように行政府は幾つかの勢力をあえて作っていたのではないでしょうか?」
「けど、それがウズミ様達の自決とどう繋がるの? あそこで降伏してセイランとの政権交代で落ち着いても良かったんじゃ。」
「予想の範囲を超えませんが・・・理由は三つ。一つはオーブの理念を曲げない意志を示すため。
 もう一つはカグヤを始めとした施設の完全破壊の為。そして・・・・・・。」

 そこでキラは言葉を切り、カガリにゆっくりと向き直り答えた。

「最後は責任者不在とする事で連合からの責任追及の言葉を弱らせる為です。」

 キラの言葉に皆衝撃で言葉が出ない。
 カガリは漸く父達の選択の意味を悟りその場で崩れ落ちた。

 戦争責任を問う裁判の多くは戦勝国の都合で行われる。
 植民地化を望んでいるならば尚更だ。
 ウズミ達が生きていれば自分達の都合の良い罪をこじつけてオーブに不利な条件を次々に突きつけただろう。
 だが死者に罪を着せる方法はオーブでは嫌われる。
 その上に侵攻の目的がカグヤである事は誰の目にも明らかだったのだ。
 法治国家を自分達の都合で侵略した事実を覆い隠そうとしてもオーブ国民は忘れない。

「主だった方は殆どなくなっている状態。そして僅かに残っている人達に責任を負わせると言っても重職にあったわけではない彼らでは辞任させる程度でしょう。
 下手に重い罪や責任を負わせれば元々不当な理由で侵略を受けたのです。
 オーブ国民全体から反発を食らいますからね。」
「そんな・・・・・・それじゃ!」
「ウズミ様達は責任を放り出したわけじゃない。
 大西洋のトップがブルーコスモスで占められている状況ではまともな交渉は成立しないと考えたんだ。
 そこへ不当な侵略とは言え敗戦国という立場。
 中立派が自決という形で消え、大西洋連邦寄りの態度を示していたセイランがそのまま暫定政府を動かす形を取れば大西洋連邦は無理を言えない。自分達が望むオーブ・・・そういう建前を見せているのですからね。
 オーブの理念を守ったウズミ様達と彼らと手を組む形でギリギリのところでオーブを守るセイラン宰相。
 ・・・・・・多分、ウズミ様はウナト・エマ・セイランに後を託したのでしょう。」

 それは推測に過ぎない。
 だが今のオーブはあまりにも異常だった。
 二分されつつある世界にそれぞれの陣営につく事を唱える者達と完全中立を唱える者達の三すくみ状態。
 中立国特有のものと思っていたがオーブ独自のものであったのであれば?
 そう考えていたキラに皆黙り込む。

 敗戦国

 それが何を意味するのかカガリに分からないわけではない。
 復興したと言っても一度侵略を許してしまったオーブの立場は弱かった。
 自治権を取り上げられた国がどういう扱いを受けるのか。
 オーブは中立国である為に中立派が中心となって国を動かしてきた。
 けれど父の代からもどちらかの陣営に就くべきだと叫ぶ勢力があり対立してきた。
 「その気になれば幾らでも黙らせられたはずなのに何故?」と子供心に思ったその理由を知る。

「だからカガリを脱出させたんです。
 この推測が正しければ宰相はカガリが戻る時、問題となる障害を取り除いてくれるでしょう。」
「まるで蝙蝠だな。」

 バルトフェルドの言葉にキラは頷く。
 どっち着かずの態度は『ずるく』見えるだろう。
 それでもそうする事で中立国としてのオーブを保って来たのだとしたら、ウズミが自決を選んだ理由も分かる。
 中立派の象徴たるカガリを逃がしたのはいつか『中立国オーブの再興』を成す為、そして何よりも娘を守る為。

『小さくとも強い火は消えぬ』

 彼の言葉を胸にオーブに残った者も多い。
 その一人がウナトだとキラは漠然と感じていた。

「行きましょう。
 カガリ、君も・・・・・・。」

 さし伸ばされる手をカガリは見つめる。
 その手の中にあるのはまだ見えない未来。

《けれど希望があると信じて進む。》

 再び瞳に光を宿しカガリは手を取った。

 そして世界は動き出す。


 続く


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・謎の青年に騙されてくれた純粋な方はどれだけいるでしょうか?
 少なくともお一人いらっしゃったのが救い。
 絶対バレバレだと思ってたので!

 2006.7.15 SOSOGU
 (2005.7.30 UP)
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