〜幼い天使〜


「ミリアリア・・・・・・行っちゃったのか・・・・・・・・・。」
「つーか何でお前ザフトの軍服着てるんだよ。」
「その格好で彼女とオーブ入りなど出来るはずがないだろう。」

 セイバー発進前にカガリの伝言を思い出したアスランはミリアリアに面会しようとイザークに連絡を取った。
 けれど逆に軍事ステーションに呼び出され既に彼女は地球へ戻ったと二人に知らされ情けない表情で溜息を吐いた。
 確かに忘れていた自分が悪い。
 けれど自分が来ていた事ぐらい連絡を受けていたのだから帰る時に一声掛けてくれてもと思うのは贅沢だろうか?
 まるで一人置いてけぼりにされた心境に陥り相変わらずミリアリアとの溝は埋められていないように思えてならない。
 そんな状態である為にアスランがフェイスになったと知ったイザークがかなり目を吊り上げている事にも気づかないのだ。
 イザークの怒りのボルテージが益々上がっているのを察知し宥めるのはディアッカ。
 けれど、何だかんだ言って気のおけない友人だからこそアスランもこんな態度を取れるのかもしれない。

《けど・・・。》

 ディアッカはミリアリアに預けた写真を思い出す。
 やはり躊躇わずにはいられない。
 あの写真の意味をまだはっきりと知っている訳ではないのだ。
 だから自分達は『いつも通り』でなくてはいけない。
 イザークもそれをわかっているからこそ『いつも通り』ふんぞり返ってこれから地球に向かうアスランに一つの包みと封印されたアタッシュケースを渡した。
 黒いケースは暗証番号なしには開けられないザフト特有の認識用IDをも必要としたロックがついている。だがもう一つの包みはしっかりと閉じられているもののテープをはがせば直ぐに見られるもの。
 包みの意味を図りかねてアスランは包みを右手に持ち、軽く振って重さや中の材質を探ってみた。
 壊れ物ではないらしく柔らかな感触が袋越しに伝わってくる。
 だがそれでも思い当たるものは無い。
 怪訝な顔をするアスランにイザークは話し始めた。

「議長からこれをお前に渡すようにと託っている。
 まずはミネルバと合流してこれをグラディス艦長に渡すようにとの事だ。」
「こっちの包みは? 中身は・・・・・・布類みたいだが。」
「知らん。とにかくそれもグラディス艦長に渡せと聞いている。
 直接カーペンタリアに向かえと命令が出ているから寄り道はするな。」

 正直この命令を聞いた時、イザークは「何を今更」と思った。
 ザフト軍人が対プラントを意識した同盟条約に調印した国に命令なしに寄るなど通常は考えられない。
 例え調印していなくても軍属の身である以上、この状況下での他国への入出国は控えるべきなのだ。

「俺はオーブのカガリに一度報告をしないといけないんだが。」

《こいつ・・・・・・二年も民間人やってて軍則とか常識を忘れたのか?》

 何故上層部・・・正しくはギルバートがこんな命令を伝えてきたのかわかった気がしてイザークは頭痛を感じた。
 ディアッカも呆れた様に肩を竦めているがアスランはまだ気付いていない様子できょとんとした表情をしている。

「お前・・・よく今までカガリの専属ボディーガードやってこれたな。」
「どういう意味だディアッカ!」
「アスハ代表はオーブにはいない。
 『正体不明のテロリストに拉致された』そうだ。」
「なっ!?」

 イザークの言葉にアスランは驚きの声を上げる。
 プラントに居てからは考える事が多くニュースは殆どチェックしていなかった。
 本来ならばとっくに知っていなければいけない情報を突然知らされアスランは呆然とする。
 だがディアッカは構わず話を続けた。

「そいつらは『アークエンジェル』で逃げていった・・・・・・と調査からわかってる。
 オーブ政府は必死に隠そうとしているらしいが、結婚式会場にフリーダムで飛び込んで来るなんて派手な事してくれたから各メディアがしっかりばっちり現場を押さえてて秘密でも何でもない状態さ。」
「・・・・・・結婚式?」
「お前、何も知らないのか?
 カガリ・ユラ・アスハとユウナ・ロマ・セイランの結婚式だ。」
「嘘だろ!?」

 カガリとユウナが婚約者同士であるとは知っていた。
 政治的な意味合いが強い婚約でありカガリが乗り気でないことも彼女と親しい者ならば誰でも知っている事だ。
 だがこのタイミングで式を挙げるなどあまりにも急過ぎる。
 二人が嘘を吐くはずが無いとわかっていても出てくるのは否定の言葉だった。

「嘘言ってどーすんだよ。もっとも式の途中でカガリが連れ去られたから式は無期延期だけどな。」
「キラは!? キラはその後どうしたんだ!!!」

《カガリが居ないのであればキラは!?》

 カガリが実はウズミの養女であり、二人が双子である事実は一部の閣僚には当たり前のように知られている。
 アスハの名に守られている様でいてキラの立場は微妙なものだ。
 そんな彼女が今どんな状況にいるのかアスランには心配でならない。
 掴みかかる様に問うアスランにイザークは態度を崩さず答えた。

「キラ・ヤマト准将はテロ発生と同時に行方不明だ。
 動いたのがアークエンジェルならば彼女の意思と見做すべきだろう。
 今のところ発見されたとの情報は無いから無事だろう。」

 イザークの答えにアスランはほっとした様子で手を離す。

「良かった・・・・・・。」
「キラが心配なのはわかるけどカガリの心配もしとけよ。
 一応『恋人』だろ?」
「誰が。」
「お前とカガリが。」
「ディアッカ・・・・・・質の悪い冗談は止せ。
 何故俺とカガリが恋人同士といわれなくてはならない。」

 心外と言いたげに睨んでくるアスラン。
 だがディアッカはからかい甲斐のあるおもちゃを前にした少年の顔で返した。

「・・・・・・・・・だってお前、キスしたんだろ?」
「?」
「ディアッカ、何の話だ。」

 イザークも初耳といった様子で問いかける。
 それでもディアッカは含み笑いをしたまま続けた。

「イザークは・・・そりゃ知らないよな。
 キラが言ってたんだよ。最終戦になった第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦が終わってこれからどうするかを話した時にさ。」
「何を。」
「だーかーらー。」
「まずは時間からだろう。何時だ。」
「最終戦が始まる前に。」
「誰が。」
「アスランが。」
「誰に。」
「カガリに。」
「何をした。」
「キスした。」

 ぴっきん

 結論まで辿り着き、アスランは漸くディアッカが言わんとしている事に気づく。
 アスランからすれば誤解も誤解、大誤解。
 こめかみの血管がぶち切れそうなくらいに顔を高潮させて反論する。

「誤解だ!」
「何が誤解なんだか。」
「あの時俺は酔っ払ってて!」
「チョコレートボンボンでだろ☆」
「ディアッカ・・・お前知って!?」

 通常ならそんなもので酔っ払ったりはしないだろう。
 だがその事実を知っているディアッカにアスランは呆然とした声を上げる。
 間の抜けた元同僚にディアッカは笑いを堪えきれず腹痛に涙を滲ませながら答えた。

「あっはっは☆ チョコレートで酔っ払ってカガリとキラを間違えてキスしたって事は知ってるさ。
 シモンズさんが笑って教えてくれたから。」
「わかっているなら最初から言うな!
 って言うかキラは俺が酔ってた事を知っているのか!?」
「知らない。
 だって俺もキラから聞いた後に怒りの収まらない様子のカガリに愚痴混じりに事の顛末を聞かされてさ〜。
 それからキラとゆっくり話す機会無かったしカガリも俺に話してすっきりしたのかややこしくなるから他の奴に話す気は無いって言ってたし。」
「ちょっと待て。
 その前に確認するが、キラはアスランがカガリの恋人だと思っているんだな。」
「うん。」

 イザークの問いにあっさり肯定するディアッカ。
 情報が頭の中を渦巻き始めアスランは凍りついた様に動かなくなり二人の会話を聞いている。

「カガリはお前以外に話していないのに何故キラは二人がキスした事を知っているんだ。」
「それは二人のキスシーンをキラが目撃したから♪」

 ぶっちん!

「おおぉおおおまぁああああえええぇぇええはぁああああっ!!!」


 ふぐぉおお・・・・・・・・


 遂に切れたのはこめかみの血管か見えることの無い堪忍袋の緒か。
 ・・・・・・恐らく両方だろう。
 怒りMAXでディアッカを締め上げるアスランはとても力を加減しているようには見えない。
 忽ち元々浅黒いはずのディアッカの顔色が生気を失い土色に近くなってゆく。
 だがディアッカの顔色に気づいているのかいないのか。アスランは締め上げたままディアッカを攻め立てる。

「キラが誤解していると察していながらその後何もしなかったのか!
 俺にも伝えずにそのまま傍観していたというのか!?
 キラがそっけなくなって悩んでる俺を見て笑っていたとそう言うのかぁああっ!!!」


 ぎりぎりぎり

 ディアッカより先に服が限界を迎えるかもしれない音に漸くイザークがアスランに声をかけた。

「落ち着け、一応これでもジュール隊の副官だ。
 いくらフェイスでも止めを刺すのは拙い。」

 「おい」と周囲の軍人達が合いの手を入れそうになる言葉。
 だがアスランは納得したのか怒りの表情を崩さないままディアッカから手を離す。
 げっほげっほと咳き込みながらも漸く呼吸の自由を手に入れたディアッカは恨みがましい声で文句を言った。

「もっとまともな助け方してくれぇえ・・・・・・。」

 意外としぶとい男ディアッカ・エルスマン。
 だが友人であるイザークの声は冷たい。

「まだ話す元気があったか。意外にタフだな。」
「タフじゃなきゃミリィは落とせないさ。
 って、そのミリィだよ!」
「「?」」
「大体アスランだって俺がミリィの事で悩んでた時に助けなかっただろうが。」
「・・・・・・・・・・・・・・お前、忘れたのか?」
「何を。」
「ミリアリアの恋人が乗ってた戦闘機、落としたのは俺なんだが。」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 沈痛な面持ちで答えるアスラン。
 その後流れる沈黙がイタイ。
 思いっきり忘れていた点を指摘されディアッカはこめかみから吹き出る汗を拭う事も出来ず凝り固まる。
 その傍らで呆れ果てたように溜息を吐くイザークが更に空気をイタくした。

「戦後のあの微妙な精神状態で恋人の敵である俺が彼女に近づけるわけないだろう。
 フレンドリーに明るく声かけた日にはブリザードが吹き荒れるぞ。」

 ざっくり

 止め。
 苦悶の表情で崩れ落ちる戦友をイザークは蔑む様な冷たい視線で見下ろす。

「なるほど、自分が助けてもらえなかったささやかな復讐と言った所か。」
「・・・・・・これでこの二年間のキラとの距離の理由がわかった。
 やたら余所余所しいあの悲しく冷ややかな視線。よく耐えた俺!」

 ぎゅっと握り拳をつくり目尻に滲むは涙。
 耐え忍ぶ姿は確かに美徳の一つに数えられる。
 しかし。

《自画自賛は止めろ気色悪い。》

 アスランを知るイザークからすれば似合わない上に不気味だ。

「という訳で早速キラのところへ一直線!」
「待てぃ。」

 ずべしゃ!

 咄嗟に足払いをかけるイザーク。
 見事な技の切れにアスランは鼻の頭から床に顔を打ち付ける。
 これも全てフレイとの掛け合いの成果。
 むっくりと起き上がり、思い切り打ち付けた為にポタポタと鼻血を流しながらアスランはイザークに食って掛かった。

「何をするんだイザーク!」
「それはこっちのセリフだ。俺達が最初に言った言葉を忘れたのか?」

 直接カーペンタリアに向かえと命令が出ているから寄り道はするな。

 言った。
 確かに言われた。
 それでもアスランは諦めきれず、捨てられた子犬の様にうるうると瞳を潤ませて見返す。

「やめろ気色悪い。
 その哀れな犬っころの瞳をする前に鼻血を拭え。
 不気味さ満点を通り越して120点だ。」
「ちっ。」
「『ちっ』とは何だ『ちっ』とは!
 拗ねてる暇があったらとっととセイバーでミネルバと合流しろ―――っ!!!」




 蹴り出される様にセイバーに乗り込むアスラン。
 元同僚が宇宙へ飛び出すのをモニターで見届けるとイザークは深く深く溜息を吐いた。
 ザラ国防委員長の遺品。
 あの写真の存在をアスランが知っていたとは思えない。
 知っていたとしたら先程の会話が成り立つ訳が無い。

《推測が正しければあの赤ん坊は恐らくアスランの・・・・・・。》

 断定は出来ない。
 ミリアリアも判断に困りキラに探りを入れるから写真の存在を教えるなと二人に口止めしたくらいだ。
 ならば今二人が話せるわけが無い。
 もしキラがアスランに話しているとしたら?
 そんな推測も一度は立てたがそれは無いと先程の会話ではっきりとわかったが・・・・・・もし『彼女』がイザークの推測に過ぎないながらもこの事を知ったら血を見たことだろう。

「この場にフレイがいなくて良かったな。」

 嘆息して呟くディアッカにイザークも頷く。

「あの女なら殺る。」
「アスラン相手に?」
「不可能だと思うか。」
「100%成功すると思う。」
「で、アイツが向かったのは誰がいるところだ?」
「・・・・・・・・・。」

 既にセイバーの光は星に紛れて判別できない。
 姿見えぬ戦友に二人は心のそこからエールを送った。

《《死ぬなよ、アスラン!》》





 カーペンタリア基地は地球上におけるザフトの二大拠点の一つ。
 当然基地の規模は他とは比べ物にならないほど大きく、基地に詰める大勢の兵士の生活を支える為にショッピングモールも設けられていた。
 食料品や日用品は勿論の事、本屋や美容室、某ブランドの洋服店等など一つの町の姿を持つ基地はとても華やかだ。
 その中でも華やかさな色合いで人目を引く三人の女性兵と一人の少女が周囲の注目を集めている。
 一人が赤服という事も理由の一つだろうが、通常基地にはいないはずの幼い子どもが注目される最大の理由だ。
 だが四人は周囲から注がれる視線を全く気にすることなく会話を続けた。

「服はマーナさんが持たせてくれたけど・・・他にもやっぱりお土産とか必要よね。」

 一通り店を見渡し呟くフレイ。
 許可さえ下りれば直ぐに出られるようにとマユの買い物を済ませるために来たものの、予想外の長期の外出を思えばやはり孤児院への土産は持たせたい。

「孤児院の規模って大きいんですか?」
「どちらかと言うと小規模かな?
 里親を待っているんじゃなくて家庭の事情で親元離れて暮らす子が殆どでね。
 時期が来れば家に戻れる子ばかりなのよ。」
「そっか、マユちゃんはシンと二人で暮らせるようになるまでって事で預けられているのね。」

 フレイの答えにルナマリアが納得した様子で頷く。
 シンの家庭事情はアカデミーからの付き合いで知っている。
 だがプライベートに立ち入るつもりがなかったので具体的にどうしているのかまでは聞いたことは無く、その一端を知りシンの抱えているものを改めて知った気がした。

「その他にも通いで学校が終わって夕食が終わるまでだけお世話になる子もいるし、色々って感じ。
 私は定期的にボランティア活動しててマユと知り合ったのよ。」
「へー、えらいですね。」
「こうゆう活動しておけばいざオーブ帰国って時の武器になるから。」

 えっへん

 胸を張って良い活動ではある。
 だがしかし。

「・・・・・・・・・・それ、言わない方が良いんじゃ。」
「人間正直に生きた方が良いの。
 でないと後悔することもあるんだから。」
「「正直過ぎです。」」

 半眼で答える姉妹の声がハモる。

「フレイおねーちゃん! あれ欲しい!! あ〜れ〜!!!」

 難しいお話などお構いなし。
 マユは店の中を駈けずり回り大きなウサギのぬいぐるみをひっぱって強請った。
 相手がシンであればきっと買ってくれただろう。
 レイであっても買ってくれたかもしれない。
 だが今回お財布を握っているのは兄でも兄の友人でもない。
 現実はマユにとって厳しかった。

「だーめ。お土産のお金無くなっちゃうでしょ。」

 あっさりおねだりを跳ね除けるフレイにマユはプゥ〜と頬を膨らませながらもぬいぐるみを戻した。
 一見すると聞き分けの良い子に見える。
 だがシンに甘やかされてきたマユは諦めず別のおねだりを始めた。

「じゃあこれ欲しいこれ〜!」
「「「コレ?」」」

 マユが掴んだのはルナマリアの軍服。
 メイリンやフレイの緑の軍服を掴まなかったのは兄と違う色だからだろう。

《けどこれは・・・・・・。》

 困惑した表情の三人を余所にマユはぷぅっと頬を膨らませて話し始める。

「いつもマユだけ仲間はずれだもん!
 マユもみんなと同じ服ほしい!!
 おにーちゃんとおんなじのがほしいの!!!」
「いやでも、これは軍の支給だし。」
「ザフト軍兵士だけが纏う事を許されるものだからマユにはあげられないのよ。」
「だからゴメンね。」
「や。」

《《やって言われても・・・・・・。》》

 困り顔のホーク姉妹はどうしたらマユを納得させられるかと考え始める。
 少々高いが先程のぬいぐるみを買って宥めようかとルナマリアが提案しようとフレイに視線を送った。

 むぎゅっ

「・・・・・・・ふれい?」

 無表情のフレイがマユの頬を両手で押し潰すように挟み込む姿にルナマリアは呆然とする。
 メイリンもどう声をかけたものかと戸惑い立ち尽くす中、マユはフレイの手から逃れようとジタバタと暴れる。けれど4歳の女の子と17歳の女性との力の差は明らか。
 ますますほっぺを押し潰されてマユは呻くのみ。

 むぅ〜むぅ〜〜っ!

「我侭言うんじゃないの。」
「あ〜ん。おにーちゃぁん!」

 漸く開放されて泣き出すけれどマユの泣き顔はボランティア先で慣れているのか、フレイは全く動じない。

「シンを呼んでも無駄よ。艦長に呼び出されてるんだから。
 それにいつも我侭が通ると思ったら大間違い。我慢しなさい。
 二人ともマユの我侭はさておいて化粧品の買い足しに行きましょv」

 にっこり微笑み店へ入っていくフレイの姿を見送り、二人はぐすぐすと鼻を啜るマユをしっかり捕まえながら呟いた。

「フレイさんってさ・・・・・・。」
「・・・・・・・優しいんだか厳しいんだかわかんない人ね。」



 びびびっ

 同時刻ミネルバの格納庫内。
 まるでアンテナのように方々を向く髪を持った少年は『何か』をキャッチした。

「マユ!? マユが俺を呼んでいる!!!」
「また電波を受信したのかシン。」

 同僚の言動はいつもの事。
 アカデミー時代から妹の異常を感じ取り叫ぶシンは『マユセンサー』と呼ばれている。
 ある時、暴れる度合いが酷いのでレイが施設へ連絡を取れば風邪で寝込んでいたという事実が分かって以来レイはシンの言動には動じなくなった。
 今日も恐らくマユに何かあったのだろう。
 それはシンの様子から察せられたが、レイはシンと違い『軍人』の自覚が持っている為に直ぐに飛び出そうとするシンの服をしっかり掴みその場に止めた。
 対するシンは親友に邪魔され焦りと怒りに任せて怒鳴り返す。

「電波じゃない。マユのSOSだ!」
「この場にいない特定の人間の叫びを通信機も無く察知するのは非常識、人間業じゃないだろう。
 心配しなくてもフレイがついているから大丈夫だ。」
「本当に大丈夫か?」
「ルナマリアもいるしここはザフトの基地だ。心配するような要素があるか?
 たとえ変態がマユに目をつけても彼女達に返り討ちに遭うに決まっている。
 それよりも連絡のあった新型機が着いたぞ。」

 レイの言葉は確かだ。
 此処はオーブではなく自分にとってのホームグラウンドと呼べる場所。
 特に出生率低下と共に子供が減少し婚姻統制が布かれているプラントなのだ。幼い子供がいるとなれば自然と周囲が注意する。
 よほどの事がない限りは大丈夫だろうし、『よほどの事』があってもルナマリアは赤服を纏う事を許された身。対処してくれるだろう。
 そこまで考えてシンは漸く落ち着きを取り戻し入ってきた見慣れぬMSを見上げる。

「新しく配属されるパイロットか・・・誰なんだろう。」
「誰だろうと構いはしない。命令通り彼を連れて艦長室へ行くだけだ。」

 フェイズシフトで赤く染まって機体が味気ない灰色へと変化した。
 形状からしてインパルスに似ているようでいてどこか違うその機体から降りてきた人物にシンは驚愕する。
 本来ならばオーブに向かうべき人物アスラン・ザラがザフトのパイロットスーツを纏っている事にシンだけでなくヨウランやヴィーノも驚いた様子で遠巻きにして見ている。
 駆け寄って来たシンも驚いて降りて来たアスランを見つめた。
 無言で敬礼するレイに倣うように慌ててシンも敬礼する。

 きらっ

 ふと目を引く光にシンは視線をずらす。
 その先であるアスランの胸元には白い羽を模した最高評議会直属特務隊フェイスの証。
 皆その証を見つけて更に驚愕した。
 だがアスランは気にした様子は無く淡々と名乗りを上げる。

「認識番号285002特務隊フェイス所属アスラン・ザラだ。」
「お待ちしておりました。連絡は受けております。
 こちらへどうぞ。」

 相変わらずのポーカーフェイスで指し示すレイに頷き歩き出すアスラン。
 シンも慌てて二人の後を追い歩きだした。
 通路で出会うミネルバクルーが皆驚いた顔を隠そうともせず敬礼して見送る様子に気疲れしたのだろう。
 エレベータに入りドアが閉まるとアスランはハっと小さく溜息を吐いた。
 それきり三人の間に会話は無い。
 エレベータ内の痛い程の沈黙に耐え切れずシンが問いかけた。

「何で復隊されたんですか。
 それにオーブの事は聞いているんですか?」
「同盟条約の事か?」
「それもだけど・・・アスハの事も。」
「アスハ代表だ、シン。仮にも国家元首を呼び捨てにするな。」

 元とは言えカガリのボディーガードをしていたアスランに対する気遣いでしかない注意。
 それでもムっとした様子で膨れるシンに苦笑しアスランは答える。

「レイ、いいさ。カガリも気にはしていないし。
 カガリの事はプラントでイザーク達に聞いている。」
「じゃあ置いてかれたってわかってるんですね。」

 びしっ!

 容赦ない一言にアスランが固まる。
 間違ってはいない。間違ってはいないが・・・。

《もうちょっと言い方ってもんがあるだろ!?》

 これまたシンの態度に問題を感じたのだろう。
 レイが目を伏せ物憂げな表情で言った。

「シン、本当のことを言うな。」

 ごん!

 あまりの言葉に思わずエレベータの壁に頭をぶつけるアスラン。
 精神ダメージ大。

「フォローになってない!
 ってか本当のことって言うな!!」
「では事実で。」

 ごごごん!!

 更なるダメージにアスランはジクジク痛むハートを抱えてレイに反論する。

「君は俺を奈落へ突き落としたいのかっ!?」
「けれど真実でしょう。
 オーブに亡命していたにも関わらずザフトに復帰したのですから。
 代表に相談する時間があったとは思えませんが、連絡したのですか。」
「・・・・・・いや。」
「では置いてかれても文句は言えないでしょう。」

 ざっくり

《痛ひ・・・胸が痛ひ。》

 レイの言葉は氷のナイフの様にざくざくとアスランの心を突き刺したのは事実。
 だが同時にアスランがカガリに相談せずに勝手に復帰したのだから確かに文句は言えない。

「これでお互い様でしょう。気にする事はありません。」

《《気にする気にする。》》

 二人同時に心の中でレイに突っ込み。
 そうこうする内にエレベータは止まり三人は艦長室へとやって来た。
 インターホンに在室のランプが点っている事を確認しアスランは呼び出しボタンを押した。

 ぴぴっ

『誰?』
「アスラン・ザラです。」
『シンとレイも一緒ね?
 どうぞ。』

 タリアの声と共にロックは外されドアが自動的に開く。

 ぴしゅっ

「失礼します。」

 三人共に部屋に入れば既に副官であるアーサーは待機しておりタリアは直前まで彼と話していたらしく書類を机に除けて三人へと顔を向けた。
 アーモリーワンの襲撃以来連戦続き、そしてオーブ近海で行われた戦闘。
 どれも新米艦長であるタリアには過ぎたもので疲れが溜まっていたが、カーペンタリアに無事に辿り着き休暇を与えられた事である程度は癒されたらしく、顔色はアスランが最後に見た時よりも良くなっていた。
 その事に安心し微笑むアスランにタリアも「お疲れ様」と軽く微笑んで本題を話し始めた。

「本国から連絡は受けているわ。
 これから貴方はミネルバと共に行動する事になります。
 その他詳細連絡書類を貴方に持たせたとの事だったけれど。」
「はい、これですね。」

 アタッシュケースと紙袋を机の上に差し出すとタリアは連絡されていた暗証番号を押し鍵を外した。
 取り出されたのは数枚の書類と小さな箱。
 一通り読むとタリアは小さく溜息を吐いてアスランに問う。

「貴方はこの内容を知っているの?」
「いえ。」
「どういうつもりかしらね・・・・・・私にまでこんなものを。」

 呟きタリアが箱を開けるとそこにはアスランが身に着けているフェイスの証と同じものがあった。
 小箱の中で輝くものの正体にシンは目を瞠った。
 アーサーも予想外だったらしく驚いた顔で箱の中身を見つめるがレイはポーカーフェイスを崩さない。
 レイの表情に変化が無い事に気づいたタリアは少し逡巡して軽く息を吐き改めて書類を見直す。
 その内容はタリアが溜息を吐きたくなるのも無理のないものだった。
 けれど話さないわけにもいかない。

 はあっ

 深く溜息を吐きタリアは書類の内容を話し始めた。



「スエズの駐留軍支援ですか? 我々が。」

 カーペンタリアからスエズまでの距離を考えるとその指令に疑問符がつくのは無理はない。
 また距離以前にミネルバは宇宙艦なのだ。
 地上ではその能力を最大限に生かす事は出来ない。
 地球へ降下したのは緊急事態だったからだ。通常ならば宇宙へ戻すべきだろう。
 呆れた様子で声を上げるアーサーに半分投げやりの表情でタリアは答える。

「ユーラシア西側の紛争もあって一番ゴタゴタしているところよ。
 そこへ行けと言う事でしょ。つまり。
 けれど問題はそんな事ではないわ。」
「と、言いますと。」
「マユ・アスカ。」

 びくっ

 突如上げられた妹の名にシンが身体を震わせる。
 アスランも不審そうに眉を顰めてタリアの言葉を待った。

「彼女をこのままミネルバに搭乗させたまま向かえとの命令が出ているわ。」

《《!!?》》

「えっ! ええぇええっ!!?」


 アーサーは部屋全体に響くほどの声を上げた。
 シンも驚きに目を瞠りアスランは声を失う。
 唯一レイだけが表情を変えない。
 ただ驚くばかりの三人を他所にタリアはガサゴソともう一つの袋を開けた。
 『布製の何か』と推測されていたその中から出てきたものは子どもサイズの赤いザフトの軍服。
 その意味を漸く理解し、アスランは両手に拳を作り肩を震わせる。

「フレイを呼んで頂戴。
 彼女にも指令が出ているから・・・・・・マユの補佐という事で彼女は暫くミネルバ所属となるわ。
 全く何処の狸の企みだか。」
「私は反対です!
 あんな幼い子どもを戦艦に乗せて戦闘に出るなど!!」

 アスランの反対は最もである。
 けれど命令が最高評議会議長であるギルバートから出ている以上艦長判断では撤回出来ない。
 タリアはキっとレイを睨みつけながら問いかけた。

「レイ、貴方は議長にある報告をデータと共に提出したわね。」
「はい、議長からのご命令でしたので。」
「『何のデータ』だったのかしら?」
「お答えしなくてはいけませんか?」
「フェイスとして・・・・・・俺からも『命令』だ。」

 アスランが厳しい表情でタリアの命令に力を添える。
 二人からの圧力に負けたようには見えないがレイは答えた。

「シンの戦闘データ及び訓練のスコアデータです。」
「えっ!?」

 予想外の答えに隣にいたシンがレイを振り返る。
 だがレイはシンに気にすることなく話を続けた。

「ある条件が関わった時、スコアが飛躍的に伸びたと報告をしました。」
「その条件とは?」

 タリアの追及は続く。
 その先の答えはタリア達には予想がついていた。
 けれど確かめねばならない。
 アスランからも注がれる鋭い視線をものともせず、僅かな間をおいてレイは答えた。

「マユの存在です。」

 レイの言葉にシンとアーサーは言葉を失う。
 遂に黙っていられなくなったのかアスランが激昂してレイに掴みかかった。

「だからと言って民間人であるあの子をこのまま乗せろと言うのか!?
 それでは人質と変わらない!」
「もうマユは民間人ではありません。」
「なっ!?」

 その答えにアスランは驚愕する。
 タリアはそんな彼を宥める様にレイに代わって答えた。

「レイの言う通り・・・マユは今、ザフト軍人とされているわ。
 それも最高評議会直属の。」
「グラディス艦長、それは!?」
「ザフトは少数精鋭。
 圧倒的に数で負ける我々は技術力と個人能力の高さで数の差を跳ね除けている。
 それはわかるわねアスラン。」

 そんな事は先の大戦で前線にいたアスランが一番良く知っている。
 それでも納得など出来るわけが無い。
 一人のパイロットのモチベーションの為だけに幼い子どもを戦艦に乗せるなど。

「ZGMF−X09Aジャスティス。」
「レイ?」
「大戦にてかの機体を預けられ第三勢力としてその力を発揮した貴方なら知っているはずです。
 あの戦いで突出した力を有したMSが戦局を変えた事実を。
 だからこそプラントはセカンドステージへの移行を急ぎ新型の開発を今も行っているのです。
 けれどMSがどれ程高機能であってもそれを乗りこなし能力を最大限まで引き出せるパイロットがいなければ意味はありません。」
「それは議長の判断?」

 『確認』するように問いかけるタリア。
 その視線は答えの誤魔化しは許さないと語っていた。

「・・・最高評議会です。」
「どうやって他の議員を誤魔化したのかしらね。」
「艦長!」

 アーサーがタリアの言葉を咎めるが言葉を撤回する気が無いタリアはそれきり黙るのみ。。
 おろおろした様子でアスランに視線を送るが彼は言う気は無いと首を振った。
 一人会話から外れていたシンは交わされる言葉一つ一つを漸く理解したのか『確認したい点』をタリアに問いかける。

「じゃあ・・・マユはまだミネルバに?」
「そういう事になるわ。
 マユの補佐というか、世話役はフレイがするけれどあの子の兄として貴方も気にかけて頂戴。」
「いやっ・・・たぁ!」
「ガッツポーズを取るならせめてこの部屋を出てからにすることね。」

 喜び勇むシンにしっかり釘を刺すタリアは『狸』と証した元恋人に苦々しいものを感じていた。





 だん!

 怒りのやり場を求めるように机を叩きタリアに迫るはアスラン。
 マユの隊服を抱えシンとレイの二人が退出しても彼だけは残り、再び『マユ・アスカの処遇改善』を求めた。

「グラディス艦長、私は反対です。」
「私もよ。けれど命令となれば私達に逆らう術はないわ。
 しかも最高評議会からの命令、フェイスとしての特権では撤回できず直接評議会に届け出る必要がある。」
「では届出を!」
「先手を打たれているわね。
 『まずはスエズの支援を行う事。この度の指令に関する反論は受け付けない。』だそうよ。」

 タリアが先程から苦みばしった顔をしていた理由を知りアスランは舌打ちする。

 全ては結果を見てから。

 絶対的な自信でもあるのだろうか。
 確かにシンは精神的に幼い。
 マユという存在でモチベーションを保つ事が出来ればオーブ近海での戦闘の様に多大な戦果を上げる事が出来るだろう。
 だが必ずデメリットも存在する。
 シンの精神を支えるのがマユであるという事は揺らがせる事が出来るものマユだ。
 そのマユとてまだ4つの子どもなのだ。
 幼過ぎ制御など出来ない子どもでパイロットのモチベーションを保つのは、春が近い池の氷の上に立つようなもの。

「フレイも反対するでしょう。」
「ええ、宥めるのが大変ね。
 だけどアスラン。私は出来うる限りマユを本国へ戻そうと考えているわ。」
「艦長?」
「私は・・・母親だから。」

 自分も子を持つからこそマユを戦場から遠ざけたい。

 タリアの言葉に彼女の想いを感じアスランは漸く平静を取り戻す。
 数瞬瞑目し深呼吸をして改めてタリアを見る。
 先程と変わらぬ強い意思を確認しアスランは手を差し出した。

「私も及ばずながら助力します。」
「頼むわ。」

 応えたタリアの手は間違いなく母親の手だった。





 結局欲しい物を買って貰えないまま買い物から帰ったマユは相変わらず膨れ顔でシン達のベッドで寝っ転がっていた。
 あまりに不機嫌なので「おやつはリクエストしたもの作ってあげるから」とフレイが宥めているとシンとレイが戻ってきた。

「艦長が?」
「ええ、本国からの正式命令が出たので。」
「ふーん。ジュール隊に戻れってとこだろうけど改まってって言うのもおかしいわね。」

 タリアに呼び出されていると伝えられ不思議そうに呟くフレイ。
 命令にひっかかりを感じている彼女にシンは軽く手を振って答える。

「あー違う違う。アンタはミネルバに正式異動だってさ。」
「ええ!?」

 予想外の答えにフレイが驚くがシンは彼女に構うことを止め、持ってきた紙袋を開けた。
 くるりと妹に背を向けて中身を取り出す兄の姿に不思議そうに首を傾げるマユ。
 顔だけ振り返ってマユが注目している事を確認したシンは、今度は一気に身体ごと振り返り特別に作られた子供用の赤い軍服を見せた。

「うわぁあ☆」
「ちょっとソレって!」

 驚くばかりのフレイ。
 マユはシンの持つ服に手を伸ばす。
 くりくりと大きな目をいっぱい開いて問うマユにレイも僅かに口角を上げて微笑んだ。

「それマユの? マユの服??」
「そーだよ。そして今日からこの艦がマユのお家だ。
 お兄ちゃんと一緒にいられるんだ。」
「シン! これはどういうことなの!!」

 驚愕したフレイは感情のままにシンに怒鳴りつける。
 だがレイが身を乗り出す彼女を制して答えた。

「最高評議会の、議長の正式命令です。
 詳細は艦長から聞けます。文句を言うならばシンではなく上層部でしょう。」
「・・・・・・!」

 正論だ。
 上からの命令であるならば命令を下された側のシンに言っても仕方が無い。
 けれど納得できないフレイはギルバートに不審を感じ始めた。
 着替えたマユの胸元にフェイスの証の代わりなのか黄色いハロのバッチが光っている。

 複雑そうに見つめるフレイ。
 マユと一緒にいられる事を手放しで喜ぶシン。
 そしてそんな二人をただ見つめるレイ。

「にあう?」

 大人の事情など全く知ることなくマユは天使の様に微笑んだ。


 続く


 今回語るべき事あるにはあるんですけど・・・・・・・・・体力ある時にします。
 そのうち日記にまた書くので今日はこの辺で。
 誤字脱字もあるだろうけれどチェックは明日以降にして上げちゃいます。

 2006.9.5 SOSOGU

 一部文章変更と共に修正しました。

 2006.9.6 SOSOGU
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