〜戦う少女〜


 先の大戦後、活動を休止していた歌姫ラクス・クライン。
 プラント一とまで称される歌姫の復帰コンサートがザフト本部兵士の慰問コンサートである事が話題を呼んだ。
 核を撃たれ動揺する市民を鎮めたあの日以来、少しずつメディアに出始めたラクスの正体が『ラクスに似た声を持った少女』・・・つまり偽者であることに気付いたのは極一部。
 だが確信は持てないまでも違和感を感じる者は少なからずいた。
 戦艦ボルテールが守備配置につく為に、ジュール隊の隊員はコンサートへ行けない代わりにモニターに映る映像を慰めにしている。
 その中に数人、ラクスに違和感を感じる者がいた。


 ボルテールブリッジ。
 戦闘管制担当のアビーとジュール隊副長であるディアッカの二人がモニターを前に話していた。
 二人の目の前にあるモニターに映っているのもプラント本国、ザフト本部に所属する兵士達のみが会場に招待された『ラクス・クライン』の慰問コンサートだった。
 このコンサートはツアー初日であり、各ザフト施設を巡り地球のザフト各基地を中心に連合の弾圧を受けている地区を回る予定だ。
 だが・・・・・・『大戦中のラクス・クライン』がこのような慰問コンサートを大々的に行った事は無い。
 一年以上も続いた長期の戦いの中、危険があったからと考える事は出来る。
 だが『大戦末期のラクス・クライン』は危険を承知でプラント本国から新造艦を奪取した上で第三勢力を確立させ戦った。
 祖国であるプラントさえ敵に回る危険と比べれば護衛付きで事前調査した地域を回るコンサートが襲撃される危険を恐れたとは考えにくいとアビーは考えた。
 何よりも決定的なのは『現在のラクス・クライン』から受ける印象だった。

「やはり・・・・・・ヘンですね。」

 呟くアビーにディアッカは頷く。
 派手で露出の高い衣装。その点は以前のラクスもコンサート衣装としてよく身に纏っていた。
 だがそのデザインはもっと落ち着きを感じさせるものであり、激しい動きを想定したものではなかった。
 何よりあのへそ出しのデザインと髪飾りの形が最大の違いだ。

「エロスマン副官は以前ラクス様に直接お会いした事がありましたよね。
 どう思いますか。『今のラクス・クライン』を。」
「アビー、お前フレイと付き合って性格悪くなったぞ。
 誰がエロスマンだ。」
「お前にぴったりだろう。」

 かけられた声に二人が振り向くと一部の隙の無い身のこなしでイザークが歩み寄ってきた。
 カツカツとたてられる靴音が緊張感を漂わせる。

「ジュール隊長。」
「そのままでいい。
 俺は結局彼女と直接話す機会はなかったからな・・・・・・アスランならわかっただろうが。」

 慌てて立ち上がり敬礼しようとするアビーを手で制してイザークは呟くように言った。
 元婚約者とは言えイザークと違いそれなりの付き合いがあったアスランだ。
 一ファンでしかなかった自分とは違い彼女の人となりを知っていたと考えて良い。
 それはディアッカも考えた。だが彼にはもう一つ気になることがあった。

《時期的にカガリはまだオーブにいた頃。
 でも何も言ってこなかった。》

 ディアッカは戦後ラクスがマルキオ導師の孤児院に身を寄せたことをカガリから伝え聞いていた。
 もしプラントに戻るのであれば一言くらい声を掛けてくれると思っていただけに蚊帳の外に追いやられた気分だ。

「でもアイツ、地球に降りる前に彼女に会ったはずだけど何も言わなかったよな。」
「本物か、それとも偽者と知っていて黙っていたか。」
「!?」

 『偽者』という言葉にアビーは肩を強張らせる。
 一度は頭を掠めた可能性。けれど確信が無い事とプラント最高評議長ギルバート・デュランダルの後ろ盾を理由に心の片隅に追いやられた。
 だがギルバートが『偽者』と承知しており、それをアスランが許容したとしたら?

 沈黙が三人の間に流れる。
 真偽を見極めるには彼らはラクスを知らな過ぎた。
 そしてたとえ偽者であったとしても後ろ盾が最高評議会議長。
 軍属の身である自分達が騒ぎたててもどうする事も出来ない。

「今は様子を見るしかないってか。」
「せめてアイツがいればはっきり分かったかもしれんがな。」

 イザークの言う『アイツ』にアビーは赤いセミロングの髪を棚引かせて微笑む友人を思い出した。
 今は地球にいる数少ないナチュラルのザフト軍人。

「フレイですか?」
「ああ。」

 問うアビーにイザークは短く応えた。

『あの子にも謝りたいわね。』

 ザフトに入ると決めたフレイが呟いた一言をイザークは思い出していた。




 食事は楽しく。
 これは生活の上での基本とメイリンは親に教えられた。
 けれど目の前の光景を強制的に見せられながらの食事はお世辞にも楽しいとは思えない。
 少なくとも彼女はそう思う。
 姉であるルナマリアも同じ思いでいるのか食事の進みが遅い。
 出来れば止めて欲しい。
 止めて欲しいけれど何時かは決着つけなくてはいけない事。
 今日一日は我慢しようとメイリンは諦めた。

「何で俺とマユが引き離されなきゃならないんだ!」
「アンタのその食事指導を見る限り絶対に同室になんて出来ないわ!」

 食堂で対立するはザフトのルーキー『シン・アスカ』とボルテールよりミネルバ異動が正式決定した『フレイ・アルスター』。
 二人が睨み合っているテーブルは周りは空席だらけだというのに誰も寄り付かない。
 先程まではルナマリア達も一緒に食事していたが二人の喧嘩に巻き込まれないと他のテーブルに避難したのだ。
 残っているのはシンの癇癪には慣れっこのレイと状況をよく理解していないマユのみ。
 二人の喧嘩の最大の理由。

 マユの教育方針

 妹が可愛いが故に甘やかし気味のシンは野菜を残してもあまり強く叱る事は無い。
 それどころか残したものを代わりに食べてしまい自分のデザートをやる始末。
 何かしらの理由で今回たまたまというならばまだわかる。
 だがシンは昨日から同じ事を繰り返し今回の食事で三回目を数えた時、フレイの逆鱗に触れたのだ。

「甘やかせば良いってもんじゃないわよ!」
「俺はマユを泣かさないって決めたんだ!」
「決意の焦点が違うでしょ!!」
「違わない!! 現にマユは食べれなくて泣いたじゃないかっ!!!」

 喧嘩している二人を余所にレイは黙々とマユの口元へ食事を運ぶ。
 不思議な事にマユは目隠しをしていた。
 ぎゃんぎゃん喚くシンの声が聞こえているのかいないのか。
 マユはむぐむぐとレイに差し出された食事を咀嚼し飲み込む。
 食事トレイが全て空になったところでレイはマユの目隠しを取った。

「どれが人参でどれがピーマンだったかわかったか?」
「ううん。あったの?」

 ぷるぷると首を振って答えるマユに少し微笑みを浮かべ、マユの口元の汚れを布巾で拭いながらながらレイは答えた。

「甘くてバターの匂いがしたのが人参。
 ピーマンは細かく刻んでハンバーグの中に入っていた。
 これなら食べられるか?」
「うん!」
「では厨房長に伝えよう。
 次回はまた違う形になっているかもしれないがちゃんと食べるんだぞ。」
「はーい。」

 手を挙げて応えるマユにレイは頷いて立ち上がる。
 視線の先には睨み合う二人。
 全くレイに気付いている様子が無いにも関わらず、レイはフレイに『報告』した。

「マユの食事終わりました。完食です。」
「おっけー☆ ぐっじょぶレイ★」
「レイ!? あぁあぁあっ! 何時の間に!!!」

《《《喧嘩してる間にだよ。》》》

 絶叫するシンに対して周りは冷静。
 言葉にはしないものの突っ込み入れる辺り二人の戦いに慣れてきたのだろう。


 泣いたら食べなくて良いなんて法則をマユに根付かせる訳にはいかない。
 二回目のシンの甘やかしの現場を目撃したフレイは例のマニュアルを持ち出し作戦を練る事にしたのだ。


★シンを抜きにして物事を進めなくてはいけない場合

 確かに隔離する事が一番ですがこれはあくまで最終手段です。
 可能であるならばシンの意識を他に向けましょう。
 喧嘩を吹っかければ確実に食い付きます。
 一度喧嘩に夢中になると直ぐ傍で何をやっても気付かないので誰かが餌となりその間に協力者が事を進めることが理想です。
 完全に自分が知らない場所で行われた訳では無いのでシンもあまり強く反論できません。

 但し、シンと喧嘩する勇気のある人間とシンの癇癪を気にしない協力者が必須の作戦ですので人選は慎重に。


 本当によくもまあこれほど細かいマニュアルを・・・と思わずにはいられないがシンを制御するにはやはり必須のディアッカ特製のバインダーを抱えながらフレイは考えた。
 喧嘩を吹っかけるのはジュール隊でイザークとしょっちゅう張り合っていたフレイの役目。
 イザークを出し抜き対抗する為に磨かれたのは挑発する時の効果的な仕草と言葉。
 あまり胸を張って威張れるスキルではないがこれには自信があると言える。
 だが今回は相方が必要な相手だ。
 シンの癇癪に慣れており、尚且つ『気にしなそうな』協力者はレイしかいないと考え協力を依頼した。

『わかりました。』

 すっこーん

 清々しいほどにきっぱりとした答え。
 相変わらずのポーカーフェイスで何を考えているのかわからないレイの返事に逆にフレイは戸惑う。

『・・・・・・頼んでおいてなんだけど本当に良いの?
 後でシンが貴方に怒るんじゃない??』
『貴女が間違ったことをしているならわかりますがそうではないでしょう。』
『まあ、そうだけど。あの子煩そうじゃない。』
『貴女は気にしますか。』
『全然。』

 さらっと流すフレイの返事にレイはこくんと頷いて答えた。

『俺も気にしない。』

 よく言えばクール。悪く言えば無関心。
 スタスタと去っていくレイを見送りフレイは呟いた。

『まあ・・・・・・良いんだけどね。』


 さてミネルバの食堂はまた別の意味で騒がしくなった。
 シンの怒りの矛先は先程とは違い脇で食事をしていた親友へと向けられる。
 赤い瞳が爛々と輝きシンの背後にこれまたほんのり赤く見える背景。
 多分ソレは見えるはずの無いシンの怒りのオーラ。
 棘を含んだ空気がじわじわとレイへと這い寄っていく。
 肌にぴりぴりちくちくとした痛みを感じた比較的レイの近くにいたクルーは全員避難した。
 だがレイとマユは気付かないのかきょとんとした顔のままその場から動かない。

「レイ! 裏切り者ぉ!!」
「? 何か悪いことでもしたか??」

 シンの叫びと共に棘付きの空気が一気にレイへと押し寄せる。
 それでもレイの態度は変わらない。

「マユにご飯を食べさせるのは俺の役目なのに!!」
「そのマユがお腹空かせているのに喧嘩していたのはお前だろう。」

 くいくいっ

 怒りに燃えるシンの袖が軽く引っ張られる。
 下を見やると服を引っ張るマユの姿。

 しゅぴん!

 変わり身の速さは天下一品。
 先程までの剣呑な表情を崩して屈み、マユに「どうしたんだ?」と微笑を浮かべながら問うシンは癇癪を起こした子供から優しいお兄ちゃんへと姿を変えた。
 さすがにマユも先程までのシンが怖かったのかおずおずと遠慮しながら答える。

「あのね、おなかすいてたの。でもお野菜いやって言ったらレイがゲームしようって。」
「ゲーム?」
「目隠しでマユの嫌いなの当てるの。」

 言われて漸く皆、レイとマユのやり取りの意味を悟った。
 先入観だけで野菜入りのおかずを食べたくないと言ったマユに「目隠しで食べられない野菜を当てられるか」と遊び心を加えた食事にしたのだ。

《《《それであの目隠しか。》》》

 そこまで思い至り全員の視線がマユの食事プレートに集まる。
 先程まであったおかずは綺麗に無くなり、ハンバーグが載っていた名残である茶色いデミグラスソースが照明の光をちらちらと反射させて誇らしげに見える。
 ご飯もその他の付け合せの温野菜も無く、残っているのは最後の楽しみであるデザートのミニクレープのみ。

「全部おいしかったの☆」

 嫌いなものを食べられた事に対する達成感と楽しかった食事への想い。
 それら全てを表現するように両手を大きく上げて答えるマユにレイが補足するように厨房へ声をかける。

「だ、そうですよ厨房長。」
「頑張った甲斐あった・・・。」

 奥から返ってきたのはミネルバの台所を仕切る厨房長の声。
 ちょっぴり背中を丸めて顔を覆い隠して肩を震わせている辺り泣いているらしい。
 それもそのはず。フレイから散々脅しつけられて殆ど出来合いばかりのはずの軍食とは別にマユ専用の特別メニューを作成。
 マユが残したら給料差っ引くと言われて一生懸命子どもが好みそうなメニューの改良に勤しむ事になったのだ。
 当然栄養が偏った内容だった場合、フレイから怒りの鉄槌が下される。
 「他にも仕事あるのに・・・。」とボヤキながら栄養表と子供が好む料理のレシピを見比べてオリジナルの食事を製作したものの、頑張る彼の邪魔をしたのが本来マユを指導しなくてはいけないシンだったのだ。

「ほら見なさい。マユはちゃんと食べられたじゃない。
 ちょっと泣いたぐらいで食べなくて良いなんて言うんじゃないわよ。
 この先マユが病気になりやすい体質になったらどーするつもり!?」

 仁王立ちになり先程までのケンカの決着をつけようと一気に畳み掛けに来たフレイ。
 だがシンが素直に謝るわけが無かった。

「だからって俺の癒しの時間まで奪うのか!?」
「アンタがマユを甘やかさずにきちんと嫌いな野菜も食べさせるなら邪魔なんてしないわ。
 悔しかったらもうちょっと自分の行動を振り返るのね。」
「・・・っこの!」

 臨戦態勢。
 腕を構えてファイティングポーズをとるシン。
 対して驚きもせずに両足を開き食事プレートを盾代わりに構えるフレイ。
 今にも戦いの鐘がなりそうな二人に再び周囲が距離を取る。

 くいくいっ

「なんだ!?」

 一触即発の空気の中、シンの袖が引っ張られた。
 ぴりぴりした空気に苛立っていたシンが袖を掴む存在を振り返りながら声を荒げるとソコには喧嘩の原因でありながら罪の無い幼い妹の姿。

「ケンカしちゃダメ。マユいい子にしてるからケンカしないで。」

 ほわわわん☆

 ちょっぴり潤み始めた瞳を一生懸命怒り狂う兄へと向ける幼子。
 その無垢で可愛らしい様子に漸く場の空気が収まる。
 だが・・・。

「問題なのはおにーちゃんだから気にしちゃ駄目よ。」
「あー! お姉ちゃんズルイ!!
 泣かないでマユちゃん。それよりご飯ちゃんと食べたからデザート食べられるよ。」
「メイリンこそ何よ! ほらほら今日はミニクレープよ〜☆
 イチゴジャムと生クリーム入りでしかも可愛いでしょ★
 ルナおねーちゃんと一緒に食べようね〜♪」
「お姉ちゃん邪魔! ほらメイリンおねーちゃんが食べさせてあげるvvv」
「メイリンこそ退きなさい! 私がマユちゃんに食べさせてあげるんだから!!」

 突如始まる別の争い。
 ずずいっと身を乗り出してマユに語りかけるルナマリア。
 そんな姉を押し退ける様にして満面笑顔のメイリン。
 押し退け押し退けおしくらまんじゅう状態。
 クレープの載った皿とマユ専用の先が丸っこくなった子供用のフォークを武器にバチバチと視線をぶつけ合い『マユにデザートを食べさせる権利』を主張しあう。
 普段は仲良しであるホーク姉妹の争いに再び和やかになった食堂の雰囲気が尖りだした。

《《《いや確かに問題はシンだけど、そこで君らがまた喧嘩を始めてどーする。》》》

 そんな声には出されない視線のみの突っ込みに気づかず肩を押し合いマユの視界から追い出そうとし合う二人。
 レイも呆れて眺めるだけの二人の諍いに参加してきたのは只一人。 

「何勝手言ってるんだよ二人とも!
 最後のデザートは俺と一緒に食べるんだーっ!!
 ほーらマユ、おにーちゃんのお膝においでvvv」

 どうして良いかわからずただただルナマリアとメイリンをおろおろと見上げるマユに差し出されるは兄であるシンの両手。
 状況打破の救いの手に見えたのだろう。マユがほっとした様子で両手を差し出すと今度は更に別の方向から横槍が入る。

「アンタはまだ食事を食べてないでしょ!
 レイ、マユを隔離してっ!!!」

 再び教育的指導の下、シンを押さえつけるフレイ。
 レイによってルナマリア達から引き離されるマユ。
 更に邪魔が入った事に憤慨していがみ合っていた事を忘れたかの様にフォークとスプーンを掲げるホーク姉妹。
 食堂で起こる戦闘を予感し壁際まで避難するギャラリー達。

 戦闘の場は整えられた。

 離せ! マユとの至福の時間がーっ!!
 やかましぃーっ! 兄としての手本を見せてからほざきなさい!!
 ひっく・・・えっく・・・。
 泣くなマユ。クレープは逃げないぞ。
 アンタがクレープから引き離したんでしょうが!
 レイ! マユちゃんを渡しなさいよっ!!

 すったもんだの大騒ぎが繰り広げられる食堂。
 本来は落ち着いて食事をするはずの場所の騒ぎに立ち入る女性が一人。

「何をしているの。」

 低くよく通る声に漸く皆が入り口に立つ白い軍服の人物に気がついた。

《《《か・・・かんちょー。》》》

「この騒ぎの原因は何なの。


 びりびりびりっ

 先程までの騒ぎが静まり一気に緊張感が高まる食堂。
 厨房の片隅で厨房長がしくしく泣きながらのの字を書いていた。





「全くもって呆れたものね・・・。」
「娯楽が限られている戦艦の中ですから。」

 嘆息するタリアに副官であるアーサーが苦笑交じりで応えた。
 だが『娯楽』の一言で括るにはあの騒ぎは相応しくは無いだろう。
 相変わらずのアーサーの言葉に再びタリアは溜息を吐いた。

 食堂で騒ぎが起こっている。
 通常ならば艦長であるタリアが出張るような事ではない。
 だが今回は彼女の頭痛の種の一つである『マユ』が関わっていた。
 今後の事を思えば自分自身が知っておかなくてはならない。
 そう考えたタリアはわざわざ食堂へと向かったのだ。
 結果として騒ぎは沈静化したが今後もこの手の騒ぎが起こりかねない。
 今回の騒ぎに関する対策は一応とったが・・・他のところでも問題は起こるだろう。
 何よりも一番の問題は別のところにある。

「そういう事ではないわ。」

 タリアの言葉に少しばかり厳しい表情を浮かべる人物が彼女の前の前にいた。
 同じフェイスとして意見を聞くために呼び出されたアスラン。
 先程までは部屋で休憩をしていた彼は趣味のマイクロユニット製作をしていたが、タリアに突如呼び出された。
 食堂が混んでいるだろうと踏んで時間をずらす為に行かなかったのだが・・・騒ぎを聞いて今は少々後悔している。
 何よりもアスランは彼女の溜息の理由を彼は察していた。

「緊張感がありませんね。これから戦闘に出るのだという・・・。」
「そうよ。」
「でもそれはリラックスしていると言う事ですし悪いことでもないのでは?」

 二人の言葉にアーサーがフォローするように答えるがアスランは首を振った。

「我々が背負っているのは自分の命だけではありません。
 戦闘支援とはいえ、常にその背中には祖国を始めとした多くの命が掛かっています。
 同時にこれから守るものの為に、敵の命を奪う為に私達は戦うのです。」
「戦争は政治の延長線上にあるもの。
 だけど実際に戦うものにとってそれとは別の側面を持っている。
 あの子達がソレを理解しているとは到底思えないわ。
 ましてやマユは自分が置かれている状況を理解していない。」

 アスランの言葉に頷きタリアも言葉を繋げる。
 二人の言葉の意味を反芻し漸くアーサーも現在のミネルバに漂う雰囲気の不味さに気づいた。

「泣いて怯えて・・・それだけで済めば幸い。
 けれど状況によってはトラウマになりかねません。」
「その事も、私達は考えなくてはいけないのよ。
 あの子達はそこまでの考えに至っている様には見えないけれど。」

 彼女の言う通りまだまだひよっこパイロットである彼らがそこまで考えているとは思えない。
 艦長室の中に気拙い空気が漂った。

 ふわっ

 ふと、赤いイメージが脳裏を横切りアスランは思い出したようにタリアに問いかける。

「フレイ・アルスターは?」
「一度相談に来たわ。上層部からの命令で今はどうにもならない事は話したけど彼女も複雑そうだったわね。
 彼女なりに上層部に働きかける為の材料を集めるそうだから貴方も協力してあげて頂戴。」
「何かあって欲しくはありませんが・・・・・・。」
「何かあった方が良いかもしれないなんて、皮肉なものね。」

《本当に皮肉だ。》

 悲しみを漂わせた微笑みにアスランは苦い微笑みで返した。





 食堂での騒ぎが治まりクレープをしっかり食べたマユは倉庫へと連れてこられた。
 いつも施設にくるフレイはこの時間には広い公園で遊んでくれた。
 だが今回は遊ぶどころか物が一杯で遊ぶスペースなんて無い場所だ。
 不思議そうに積まれたコンテナを見上げるマユにフレイはゆっくりと言葉を噛み締めるようにして説明を始めた。

「おしごと?」
「そうよ。マユもちゃんとお仕事しないと。
 ミネルバの中にはいろんな人がいるでしょう?
 その人たちに必要なものを運んであげるのがマユのお仕事よ。」
「ゆうびん屋さんだね!」
「・・・・・・ちょっと違うけどまあ似たようなものか。」

 通常はメールだが今でも手紙は喜ばれるのでプラントにも地球にも郵便は存在する。
 毎日一回施設にやってきては何通かの手紙を持って微笑む郵便配達員を思い出しマユは嬉しそうに笑った。
 運ぶものの違いと『ある目的』を思い、無垢な微笑みにちくちくと胸を痛めながらフレイは答えると別の方向から抗議の声。

「マユに重いものを持たせるつもりか!」

 過保護にも程があるだろうと言いたくなるし実際言ったが全く堪える様子の無いシン。
 他にも食堂の騒ぎの原因であるルナマリアやメイリン、レイまでもくっついて来て大所帯。
 いい加減頭にきていたフレイがぺこぺこと持っていたバインダーでシンの頭を叩きながら答えた。

「やかましい。今のミネルバには人員を遊ばせている余裕なんて無いのよ。
 目的地に着くまでに積み込んだ物品の配給をしなきゃ。
 本当だったらカーペンタリアで終わらせなきゃいけなかったのにまたも急な出航で出来なかったんだから。」
「けど、幾らなんでもこの量をマユちゃんとフレイだけでは・・・・・・無理なんじゃ。」

 ずずぅうううん

 重苦しい存在感のあるコンテナを見上げてメイリンが異を唱える。
 メイリンの言う通り、割り当てられた仕事は簡単でも量が半端ではない。
 見上げるほど大きなコンテナにフレイも溜息を吐く。
 二手に分かれる事が出来ればと思うがコーディネイターと言えども4歳の幼子に出来るわけがない。
 いやその前に・・・。

「マユを一人にしたら迷子になるな。」

 レイの言葉にフレイは頷く。
 ミネルバは広い。大型の旅客機ならばともかく戦艦だ。
 万が一の襲撃に備えて複雑化されている区域もある。
 物資の配達は問題の区域も含まれており、フレイだけでは配り切れない。

「そうなのよね。せめて何かガイドになるものがあれば・・・・・・。
 でも艦内案内図だけじゃ心許無いし。」

 そもそもマユに艦内図を持たせたとしても自分が何処にいるのか認識できるかどうかも怪しいのだ。
 これでは仕事が出来ないと首を捻っている時、彼らの悩みを察しているのかいないのか鮮やかな緑色の物体が器用に荷物を避けながら舞い降りてくる。

 トリィ!

 特徴的な鳴き声を上げてマユの頭の上にちょこんと乗るトリィ。
 誇らしげにも見えるその姿にフレイはある人物を思い出した。

「あ☆」
「「「あ?」」」
「いたじゃない。器用な便利屋が♪」

 伝え聞いただけではあるが与えられた地位を思えばこの問題を解決する可能性がある人物。

《アイツでも無理なら皆も諦めるわよね?》

 思いついたと言いたげなその表情の影に彼女が秘めた想いに気づいたものは一人もいなかった。



「何で俺が・・・・・・。」

 艦長室でのタリア達との話し合いの後、フレイに呼び出されたアスランは愚痴交じりで倉庫へとやって来た。
 目の前にはフレイ達の悩みの種であるコンテナと荷物運びに使用される運搬用の機械。
 それらを見比べて眉間に皺を寄せる。

「だって13でトリィみたいな高度なマイクロユニット作った優秀な技術屋だものv
 だったら運搬用機械の改造もお手の物でしょvv」

 軽くウィンクするフレイに対しアスランの言葉は重く苦いものだった。

「無理だ。」
「何でよ。」
「運搬用機械に取り付けられた基盤の能力の限界だ。
 基盤を取り替えた上にプログラムの組み直し、音声ガイドなんかも必要になるからスピーカーだって必要だ。
 マユの年齢に合わせた改造なんて簡単に出来るわけないだろう。」

 ふっと口元だけでフレイが笑う。
 だが彼女の僅かな表情の変化に気づかずシンは「そんな!」と悲痛な声を上げた。
 アスランの答えに皆が一様に渋い顔をしている中、レイだけは相変わらず何を考えているのか分からないポーカーフェイス。
 少し物思いに耽っている様に見えたその端正な顔を上げてアスランに問う。

「・・・無理にガイド機能を取り付ける必要はないのでは?」
「だがガイドなしでマユに広いミネルバを歩き回させるなんて危険だ。」
「いえですから・・・無理に運搬用機械に機能を取り付けなくても良いのではと言っているのです。
 ナビの出来る別の機械を作り、それを目印に追う様に設定をする事は?」

 レイの言葉に漸く皆は無意識の内に『運搬用機械』に全ての機能を載せようとしていた事に気づいた。
 アスランの言うように機械の能力限界が最大の壁。
 だがガイドする機械を別に作り、単純に信号を追う様に設定する事は現在のミネルバにある資材で可能だ。
 但しガイドする機械をどうするかが問題。
 そこまで考えに至って思い当たるものが無く再び溜息を吐く。
 一時は希望が見えた案だったがコレも駄目かと皆が諦め表情を浮かべた。

「それなら可能だな。ガイド用の機械は・・・丁度良いものがある。」

 ぴきゅーん

 アスランの呟きに再び見えた希望の光。シンの瞳に生気が宿り始めた。
 「部屋から持ってくる」と倉庫を出て行くアスランを皆が嬉しそうに見送る中、フレイだけが舌打ちしていた。
 気づいたのはたった一人、マユだけ。
 不思議そうに見上げるマユに彼女が気づくことはなかった。



 ハロ! ハロハロ〜!

 暫くして戻ってきたアスラン。
 彼が両手で包み込むようにして抱えていた藤色の丸い物体が倉庫に入った途端に飛び出しマユを中心に円を描くようにして飛び跳ねる。
 女性の手でも両手ですっぽり収まる大きさ。
 特徴的な口癖にフレイは同じものを持っていた人物を思い出した。
 直接会ったのはまだ民間人としてアークエンジェルに乗っていた頃。
 柔らかなピンクの髪をたなびかせた少女が大事そうに抱えていたモノとカラーリングこそ違うもののその他の特徴は全く一緒だ。

「これ、あの子も持ってたわね。ピンク色のヤツ。」
「ラクスが持っていたハロは全部俺が作ったからな。
 婚約後、初めてクライン家に訪れた時にプレゼントしたんだ。
 随分喜んでたからその次はカラーリングを変えたハロを持っていって・・・。
 気付けばクライン家はハロ屋敷と呼ばれていたな。」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 嬉しそうに思い出を語るアスランに全員が沈黙を以って応える。
 気づかずに陶酔しているかのように瞑目するザフトの誉れたるフェイスの姿に皆こそこそと顔を寄せ合い感想会。

「貢ぎ魔?」
「カモだろ。」
「馬鹿の一つ覚えよ。」

 思い思いの感想を述べる兄達に全く状況を理解していないマユが不思議そうな視線を投げかける。
 そんな幼いマユをレイはぽんぽんと頭を軽く叩いてあやしていた。



 カタカタ カチャカチャ ぱっきん ぎりぎり

 倉庫には不似合いな工作の音。

「運搬用機械にアンテナをつけてプログラムを追加、命令受信できるようにして・・・。
 シン、ミネルバの船内データ入力は終わったか?」

 部品や加工によって発生したゴミを周りに散乱させ、工具を片手にアスランは顔も上げずにシンへと問いかける。
 問われたシンは一心不乱にノートパソコンと格闘中。
 パソコンから伸びたケーブルは藤色のハロ。
 今にも跳ね飛びたそうにころころと身体を回している。

「もうちょっとです。先に機械とのリンク用プログラム入れました。」
「終わったら一度電源を切って再起動させてくれ。」
「リョーカイ。」

 フレイ達はただただ二人の作業を見守るだけしか出来ない。
 メイリンが気を利かせて時々アスランの周りに転がるゴミを拾っては袋に回収しているが作業が終わりに近づいた今、ゴミも殆ど出なくなっており手持ち無沙汰だ。
 暫くしてシンが作業を終えたのかパソコンからハロへと伸びたケーブルを外し、ハロの電源を入れ直した。
 一度光の消えた瞳が再び赤く点滅しパタパタと羽根らしきものを開閉させる。

 ぴきゅーん ぴこぴこん

 ハロ! オマエゲンキカ!!

 ぴょんこぴょんこと跳ね始めるハロ。
 呼び掛けられたマユが無邪気に答える。

「オマエじゃないよ。マユだよ☆」

 ハロ! マユ、ゲンキカ!!

「げんきだよ★」

 ア〜ソ〜ボ

 強請る様なハロの言葉にマユは嬉しそうに答える。

「うん、いっしょにあそぼう!」

「「「「「「遊んじゃダメだって!」」」」」」

 一斉に皆が突っ込んだのは無理もないことだろう。



 IN ミネルバ艦長室

 不機嫌顔のタリアがこつこつと指先で机を叩いている。
 彼女の前にはアスランが肩を微かに震わせて立っていた。
 その構図はまるで怒っている先生と怒られる事に震えている生徒。

「役に立つって証明してどうするのよ。」
「すみません。つい・・・・・・。」

《「つい」じゃねーだろ。「つい」じゃ。》 Byタリアの心の毒づき

 マユが仕事を出来るようにと手を貸したアスラン。
 その事を知ったタリアが再び彼を呼び出したのだ。
 勿論シン達は少しばかり不審に思ったようだがそれぞれ仕事を放り出して作業をしていた為に疑問を振り切るようにして持ち場に散っていった。
 シン達後輩がいなくなった途端にフレイが般若の形相で追い立てた事もアスランが怯えている理由でもある。
 やたらと怯えるアスランにアーサーはフォローを入れようと二人の間に立って言った。 

「でも艦長。マユちゃんが運んでくれるって事で各部署から定期的に頼めないかと報告書にもありますし。」
「アーサー、貴方つい2時間前に話した事を忘れたの?」
「それにフレイも勧めている事ですし・・・・・・。」
「それよ。私も何でマユにそんな仕事をさせたのかと訊いたわ。
 アレは彼女にとっても予想外だったそうよ。
 規格からして基地にいた時ならともかく運搬用の機械を4歳の子供でも使えるようにするなんて無理だと踏んで提案してみたら・・・・・・。」

 ぎっとアスランを睨む。

「貴方があっさり可能にしちゃったそうね。」
「え゙。」
「ウィンクして合図した後に無理だって言い切ったから彼女の意図を理解したと思ったら、わかってなかったって。」
「あれは合図だったんですか?」
「協力してあげてと言っておいたでしょう。」
「いや・・・でも打ち合わせも無しにっ!?」
「一応フェイスだしそれなりに優秀だと見込んでの事だったんだけどねぇ・・・・・・。」

 何時の間にやってきたのか。
 ドア開閉時には音が鳴るはずなのに全くアスランに悟らせず、背後に怒り心頭といった様子のフレイが立っていた。
 重力に逆らって髪が僅かに浮いて見えるのは気のせいだと思いたい。
 だらだらと脂汗を流しながら振り返ったアスランは必死に抗弁する。

「でもそんなアイコンタクトだけで分かれと言われても・・・それに仕事は!?」
「私の分は終わったわ。
 マユの分を手伝おうと思いきや今回の事を知った各部署からマユだけで来させてくれと言われて手伝えない状態よ。
 ・・・・・・唯一期待していた料理長だって・・・。」
「マユ限定食作りで泣いてたあの人?」
「完食したマユが『おいしいごはんとおやつありがと!』って笑いながらお辞儀した途端にレシピ作りに夢中で苦情のクの字も出やしない。折角いびっといたのに!」

《《いびってたのか。》》

 今やマスコット状態。
 苦情どころが大好評。
 どんどん思惑とは反対方向へと進む事態にやるせない怒りを抱えたフレイは目の前の『一応ザフトの誉れ』を睨みつける。

 ギン!

 ターゲット・ロック・オン

「それもこれも・・・こぉおおおおん〜〜〜のぉおお! 馬鹿デコぉおおおっ!!!」
「フレイ落ち着いて!」
「副長邪魔しないでよ!」
「一応フェイスだから! これでも上官だから!!」

 ぐっさぁああっ

 首元を締め上げられ意識が遠のく中、【これでも】というアーサーの言葉の槍は深く深くアスランの心を突き刺した。
 頼りにならないフェイス仲間、上官であるにも関わらず思いっきりフェイスを締め上げる平の兵士。
 そしてこれまた当てにならないオロオロするだけの副官。

 は〜〜〜〜〜〜〜〜ぁあ

 タリアは既に三桁に突入する溜息を深く深く吐いた。



「やー! ゆらゆらしててコワーイ!!
 こわかったよおにーちゃーん!!!」

 後日、連合の秘密基地近くを通り掛った為に起こった戦闘でマユが大泣きするまで、フレイとアスランの捕食者VS被捕食者的な戦いは続いたのだった。


 続く


 あんだけ時間かけといてこれだけ・・・・・・・?

 そんな皆様の声が聞こえてきそうです。
 どうにも季節の変わり目&中間決算&問題上司はきつかったです。
 次は遅れ捲くっている20万HIT記念SSに取り掛かろうと思います。

 2006.10.8 SOSOGU
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