〜知る者と知らない者と〜


 ヒリヒリと痛む頬。
 けれど大分腫れもひいているし初めは赤かった頬もよく見なければ気付かない程度に本来の色へと戻っている。
 それでも気になるのか湿布をはがしたシンを心配そうにマユは見上げる。

「大丈夫だよ。ほら、もう平気。」

 妹へ優しく語り掛けるシンは落ち着きを取り戻しており、自分が殴られた時の事を思い返していた。



 ぱん!

 格納庫全体に響き渡る音に皆、シンとアスランに注目した。
 パイロットスーツに身を包んだままの二人が対峙している。
 赤く腫れたシンの頬と右手を降ろすアスラン。
 理由が何であれアスランがシンを平手打ちしたのだと皆察した。
 皆が注目する中、シンは上官であるアスランを睨み返す。

「殴りたいなら別に構いやしませんけどね。
 けど俺は間違った事なんかしてませんよ!」

 叫びながら無理やり働かされ無残に殺された住民を思う。
 だからシンは動いた。

「あそこの人達だってアレで助かったんだ!!!」

 ぱん!

 再び鋭い音が鳴る。
 右の甲でアスランがシンの左頬を張った。

「戦争はヒーローごっこじゃない。」

 睨み返すシン。
 対するアスランは険しい表情を崩さず言葉を続ける。

「命令にも従わず、勝手な事をしておいて言う事がそれか。」

 アスランの言う通り、シンは命令違反を犯していた。
 戦闘中に発見した地球軍の新基地。
 アーモリー・ワンの強奪犯が突然現れた理由も彼らが戦闘を仕掛けてきた理由もその瞬間に理解した。
 同時にシンは見た。
 基地建設の為に強制労働させられていた地元民と思われる多くの男性がフェンスで隔てられ別れ別れになっていた家族の元へと走る姿、そして・・・・・・フェンスを越えようとした瞬間に地球軍兵士に撃たれ虐殺される様を。
 瞬間的に視界が赤くなった。
 無抵抗の地球軍兵士に対しバルカンを撃ち、ビームサーベルで施設を切り伏せ破壊した。
 止めろと言うアスランの声は既に聞こえなかった。
 勿論無抵抗の相手に投降の意思も確認せずに撃ち、調査すべき施設を破壊したシンの行動は軍法により咎められる事だ。
 それでもシンは思う。

《俺は間違った事なんてしていない!》

 家族に指し伸ばした手が届かず息絶えた地元民を見た時、オノゴロの自分の家族の姿が重なった。

《あんな悲劇を繰り返さない為にザフトに入ったんだ。》

「俺達は、あんな事をする為に軍から機体を預けられている訳じゃないんだぞ。」
「・・・あんなことっ?」

 今までの自分を否定された。
 シンはそう思った。

「何でアレが【あんな事】なんだよ! 見てもいないくせに!!」

 咄嗟に怒鳴り返していた。
 相手が上官であることなど既に関係ない。
 だってシンからすればアスランは『何も見ていない人間』なのだ。

《俺とマユがあの日どんな光景を見たか。》

「アンタなんか何にも分かっちゃいないくせに!!!」

《どんな辛く悲しい思いをしたか・・・・・・ただ泣くしか出来なかった俺とマユを知らないくせに!!!》

「大体、この間までオーブのアスハの護衛なんてやってた人がいきなり来てフェイスだ上官だって言われたって『はいそうですか』って従えるかよ!
 何なんだよアンタは。・・・ぐっ!?」

 首元を掴まれ引き上げられる息苦しさに声が詰まる。
 目の前にあるアスランの怒りを湛えた真っ直ぐな目を息苦しさを感じながらも真っ向から睨み返した。

「だから認めない。俺の命令は聞けないって言うのか。」
「あ・・・あの・・・・・・。」

 これ以上二人が対立するのは良くない。
 そう判断したルナマリアが弱弱しいながらも止めようと声をかけるが二人は聞こえていないのか睨み合いながら話を続ける。

「オーブで家族を亡くしたと言ったな、君は。」
「殺されたって言ったんです。アスハに。」
「ああ、そう言っていたければそれでもいいさ。」

 掴んでいたパイロットスーツの襟口を押し返すようにして放す。

「だがその時欲した力を手にした時から今度は自分が『誰かを泣かせる者』に変わるんだ。」

 突き飛ばされるような形で開放されたシンは最後のアスランの言葉が理解出来ず。
 意外そうな表情で見返す。

「それだけは忘れるな。」

 そう言い置いてアスランは背中を向け去って行った。
 言い返せなかったのは相手が上官だったからではなく、その言葉の意味を図りかねたから。
 ホッとした表情を浮かべる周りの友人達に腹が立ち、シンは早々に着替え、メディカルルームで湿布を貰うと直ぐに部屋に戻った。



 戻った時のマユの顔を見た時、シンは失敗したと思った。
 両頬に大きな湿布薬を貼った兄を出迎え、途端に大きな紫色の瞳を潤ませあっという間に大粒の涙が零れ出したのだ。

「痛い? おにーちゃん痛い??
 マユがイタイイタイとんでけしてあげる。」

 泣きながらシンの頬に添えるマユの手はとても小さくて温かで確かに痛んでいた胸が癒えるのを感じた。

《そう、アイツは知らない。》

 マユは屈むシンの両頬に精一杯手を伸ばして何かを掴んでいる様に拳を握る。

《この温かな手を。守りたい温もりを。》

「イタイのイタイのとんでけ!」

 おまじないと共に開かれる手には何もない。
 科学的には何の意味もない「まじない」だが、秘められた人の心は確実に相手に作用する。
 にっこりと笑いもう一度グッパーグッパーと手を握ったり開いたりするマユにシンも自然と笑みが零れる。

《俺が守りたいこの微笑みを。》





《失敗した・・・・・・。》

 今更ながらアスランは思う。
 シンの性格を思えばあの叱り方は反感を買うだけだろう。
 それでも自分を抑え切れずに怒鳴ってしまった事に自己嫌悪した。

 はあっ

 フェイスという事もあり狭い戦艦でありながら豪華にも広めの一人部屋。
 ベッドは広さを確保する為に大きさは変わらないが心なしかヴェサリウスにいた頃に宛がわれた部屋のものよりいい素材を使われているような気がする。

《そりゃ反発する要因はアノ事だけじゃないだろうさ・・・。》

 シンに言われなくても分かっている。
 他国の、しかも現在敵国となったオーブの代表のボディーガードをやっていた『元ザフト兵士』が議長の信任を受けてフェイスに抜擢されたのだ。
 戦後の情報操作もあり戦争末期のアスランの行動は思ったほど悪い意味では広まっていないようだが、それは大戦を終わらせた英雄としての意味でありザフトからすればアスランは裏切り者だ。
 暫くは居心地が悪くなるだろう。

《だがそんな事はどうでもいい。》

 居心地の悪さなんてオーブにいた時から感じていた事だ。
 一緒にいられると思ったキラとは中々会う時間が取れず、会っても何故か距離を取られていた。

《原因はディアッカから教えられたが・・・・・・誤解を解こうにも今キラはオーブを出奔、アークエンジェルと共に行方不明だ。
 相談に乗ってくれそうなラクスも共に行方不明。
 イザークとディアッカか遠いプラントのザフト本部所属で通信も気軽に繋げられない。》

 アスランがそこまでシンに気をかけているのは『いつか間違いを犯す』のが目に見えていたからだ。
 戦争に限らず現実とは目の前に見えるものだけが真実ではなく、正しいものでもない。
 一見理不尽に思えることもルールに照らし合わせなくてはどこかで『歪み』が生じる。
 それを防ぐ為に軍規が存在し遵守する事を求められるのだ。
 矛盾に見える現実。だがいつかは受け入れなくてはいけない。

 大人になりたくない

 そんな言葉がこの世にはある。
 けれど・・・理不尽を理不尽のままにしない為にも避けて通れないのだ。

 ?

 ふと赤いイメージが脳裏を過ぎった。
 勝気な笑顔を浮かべフェイスの肩書きを物ともせずに自分に正面から・・・いや微妙に斜めからぶつかって来る少女。
 大戦の悲しみを経験し、元地球軍と知られながらも態々ザフトに身を投じた少女。

「相談・・・・・・して見るか。」

 思い立ち、アスランは部屋を出て『彼女』、フレイ・アルスターの個室へ向かった。





 暗い海の底。
 ひっそりと存在を隠すアークエンジェルだが中は照明が光り閉鎖的な空気を緩和している。
 その中でも艦の中心とも言えるブリッジには主だった者達が集まってモニターに映し出される世界各国のチャンネルに見入っていた。
 元地球軍士官を中心に元ザフト軍指揮官、プラントの歌姫にオーブの獅子の娘と大戦末期に第三勢力として活躍した主だったメンバー達だ。
 ある者は眉を顰め、ある者は不敵な笑みを浮かべ、ある者は無表情のまま、そしてある者は自嘲する様な笑みを浮かべている。
 その内の一人アンドリュー・バルトフェルドがコーヒーを一口啜り、皆に問いかける様にぼやく。

「毎日毎日気の滅入る様なニュースばかりだねぇ。
 なんかこう・・・パーッと明るい気分になるような話題はないもんだか。」

 彼がぼやくのも無理はない。
 映し出されるニュースの殆どは連合の混乱。
 地域紛争や各地で起こるデモ、それによる犠牲者など・・・・・・暗いニュースばかりだ。
 しかもプラントとの戦闘に関するニュースや情報は皆無とは言わないまでも殆ど報じられる事はない。
 分かっているのはギルバート・デュランダル議長からの声明。

【プラントは積極的自衛を超える戦闘を行わない。】

 その姿勢を示すかのように未だ支援を必要とするブレイク・ザ・ワールドの被害地域より支援要請を受ければ物資や人材を送り、紛争地域の要請やザフト軍基地への被害がない限り戦闘を避けている。
 今現在のプラントの・・・いや、ギルバート・デュランダル議長の姿勢は理性的且つ誠実と言えるだろう。
 泥沼状態なのは大西洋連邦を始めとした連合軍だ。
 元々燻っていた火種が今回の開戦時の攻防、何よりも多くの民間人の住むプラントを標的とした核攻撃の失敗により一気に焔へと成長した。
 非人道的な行為を躊躇い無く実行する連合に元々反感を抱いていた人々の不満や怒りは最高潮に達し、結果各地での反乱を招いた。
 自業自得と言えるだろう。
 おかげで鎮圧に精一杯でプラントとのまともな戦いなど出来る状態ではない。
 それは巻き込まれる各国にとっても悪い話ではないのだがいつまでのこの状態というのもよろしくない。
 だからこそアークエンジェルは世界の情況を見極めなくてはならない。
 戦いを終わらせる為に。
 だがプラント寄りになれない理由は・・・・・・。

「プラントはプラントでこんな様子ですしね。」

 ラクスが言葉と同時にモニターを切り替える。
 一斉に各国のニュースチャンネルが消えその内の一つ、プラントのチャンネルが大写しになる。
 華やかなコンサート風景。
 軽快なリズムに乗って踊る少女。
 長いピンク色の髪を棚引かせ歌うその姿はラクスによく似ていた。
 いや、瓜二つと言っていい。歌声も似ている彼女はラクス・クラインのレプリカだった。

『勇敢なるザフト兵士の皆さ〜ん!
 平和の為、私達も頑張ります☆ 皆さんもお気をつけて〜〜〜★』

 舞台の中心で手を大きく手を振り笑顔を振りまく姿は似てはいる。
 だが本物のラクスを知るものには粗悪な模造品でしかない。
 ラクスが言うはずの無いセリフを『ラクス・クライン』の振りをして吐く少女の影にはデュランダル議長がいた。
 その意味を図りかねている事もキラ達がギルバートを信じきれない理由の一つだが、本当の理由は別にある。

 ラクスはラクス・クラインという「プラントの歌姫」の名に未練を持っていない。
 同時に「平和の歌姫」「終戦の英雄」の名にも興味はない。
 誰かがラクスの代わりに平和を願い立つと言うならばその座を明け渡す事に異論も無い。
 だがそれはラクスの代わりの誰かの話。
 「ラクス・クライン」を演じる事を許すという意味ではないのだ。
 本来のラクスとは全く別の「ラクス・クライン」のイメージを皆に植えつけ利用する。
 そんな事を許容する事は出来なかった。

「皆さん楽しそうですわ。」

 少し淋しそうにラクスが呟く。
 プラントの人々が偽者のラクスを受け入れる姿は彼女の心に棘となるのだろう。
 淋しさを滲ませる表情の中に痛々しさも見え隠れする。

「見習うべき良き指導者だと思っていたのだがな。
 ラクスの暗殺未遂と、このことを知るまでは。」

 独白に似たカガリの言葉に皆頷く。
 だからアークエンジェルは信じられないのだ。
 せめてアスランが戻ればプラントの情報が手に入ると思っていた。
 だが・・・・・・。

「ターミナルからの情報ではアスランはザフトに戻っているそうです。」
「情報元は?」
「『顔に似合わず親切な禿げタヌキの代理人』と名乗る人物の情報です。
 ニュースソースはわかりませんけどね。」
「信じて良いのか?」
「・・・・・・信じて良いでしょう。勘、ですけど。」

 バルトフェルドの疑問にキラはウィンクしながら答える。
 実際オーブはあれからアークエンジェルを捜索する様子は見せない。
 建前から代表を誘拐されたなど公表できないと隠しているようだが・・・・・・大っぴらに捜索できないのではなく、捜索できない振りをしているとも取れる。
 こちらとしてはありがたい話だ。
 キラの勘を疑うつもりではないが、予防線は必要。
 バルトフェルドはオーブも動向にも気にかけている。

《だが今議題に挙げるべきはオーブではない。
 アスランがザフトに復隊しているという情報が本物であれ偽物であれ、いつか必ず彼から接触があるはず。》

 そこまで考えバルトフェルドは話題を変えた。

「さてどうするかね。今は下手に動けば匿ってくれているスカンジナビア王国にも迷惑が掛かるし情報が少なすぎる。」
「今はまだ待つしかないでしょう。事態がどう動くか全く検討もつきません。
 迂闊に動けないなら情報を幅広く集める事が今の僕らに出来る全てです。」
「歯痒いわね。何も出来ないなんて。」

 悲痛な笑みを浮かべ己の無力さを噛み締めて言うマリューにブリッジにいた全員が俯く。
 それでも今は待つしかない。
 キラは目を閉じ、今はプラントに居る筈のマユを思った。

《プラントを撃たせない。
 地球も撃たせない。だから・・・・・・。》




 フレイの部屋はマユとの二人部屋。
 とは言っても専らマユはシンとレイの部屋で寝泊りしている。
 離れ離れだった兄の傍を離れたくないというマユ自身の希望と、妹が可愛くて仕方のないシンの希望、そしてレイが拒まなかった為に許可されたのだ。
 だが戦闘地域近くになれば突然の戦闘に巻き込まれるだろう。
 紛争地域近くになったらフレイの部屋で寝れるようにと二人部屋を用意されたのだ。
 予想外の戦いで突然一人にされ揺れるミネルバに怯えたマユが大泣きした事もあり、シンもガルナハン近くになったらマユをフレイの部屋で寝泊りする事に承諾した。
 だが現在はフレイ一人が使用中。
 アスランもその事を承知しており、おずおずと部屋の前に設置されたインターフォンを鳴らした。

 ・・・・・・・・・・・・・。

 返事は無い。
 確かに鳴っている事は既に繋がっている内線のスピーカーから確認できる。
 モニターは流石にプライバシーの問題で映っていない。
 仕方なく返事を待つアスランの耳が僅かだが声を捕らえた。

 うっ・・・うぅ・・・・・・

《呻き声!?》

「フレイ・アルスター!? どうした? 何かあったのか!!?」

 ・・・たすけ・・・・・い・・・・

「!?」

 迷っている場合ではない。
 そう感じたアスランはフェイスの権限であるミネルバ全てのドアロックを解除するマスターコードを入力していた。
 飛び込んだ部屋の中は暗かった。
 足元を照らすフットライトが仄かに光り、部屋の調度品は輪郭が捕らえられるだけだ。
 そう広くない部屋の中、フレイと思われる人影がベッドの上にあるのを確認し駆け寄る。

「どうした!? しっかりしろ!!!」

 慌てて入った為に部屋の照明は点いていない。
 だが入り口のドアから入ってくる光でフレイが怪我をしている様子は無く、縛られているわけでも無い事は確認していた。
 けれど額から流れ落ちる汗と目元からこぼれる涙にアスランは直感的に思った。

《熱が少しあるか・・・病気か何かか!?》

 閉鎖的な空間である戦艦だ。恐れるのは敵の攻撃だけではない。伝染性の病気はまた別に気をつけなくてはいけない脅威だ。
 狭い、閉鎖されたところで流行すれば一気に全員が病に倒れてしまう事だろう。
 特にフレイはナチュラルで他のクルーよりも抵抗力が弱くミネルバは宇宙から地球へ降りてから移動を続けている。
 連戦続きでクルーの何人かも疲労を溜め込んでいた事からコーディネイターであっても抵抗力を失った者が病気に罹ってもおかしくは無い。
 コーディネイターは病気にならないのではなく、病気に罹り難いように調整された存在なのだ。
 しかも抵抗できるのは既存の主だった病気。それ以外は免疫力を高める事で防いでいる状態。
 決して万能ではない。

「直ぐにメディカルルームへ連れて行ってやる。」

 そう言ってアスランがフレイを横抱きにしようとした時。

「う・・・・。」

 フレイが目を開けた。

「気がついたか!?」

 アスランが覗き込むように言うとフレイはこめかみを押さえながら身体を起こした。
 まだ意識がはっきりしないのか虚ろな瞳で辺りを見回す。
 そして視点があるところで止まった。
 ベッドの上に横たわっていた自分の足、しかも腿の部分を抱え込むように差し入れられた右手。
 同じく自分の直ぐ脇に置かれた左手。
 何よりも自分達が今いる場所。

「何すんのよこの変態っ!!!」

 顎を狙い突き上げられた拳は見事、アスランを吹っ飛ばした。



「なるほど、私が返事しなかった事とインターフォンを通して呻き声らしきものが聞こえた事、それらから異常があったと判断して勝手にドアを開けた。
 尚且つ私が大量の汗を掻いて意識が戻らない様子に何らかの病気になった可能性に思い当たりメディカルルームへ連れて行こうとした。
 そこまではわかったわ。」

 ベッドのふちに腰掛け、腕を組んでフレイは言った。
 先ほどまでの様子は無かったかのように髪も整えられ、額にたくさん浮き出ていた汗も拭い取られ平静そのものである。
 対してアスランは床に正座した状態で水に濡らしたタオルでジンジンと痛む顎を冷やしながら言い返した。

「分かったなら『いきなり殴って悪かった』ぐらい言え!」
「アンタわかってないわね。私は事の成り行きを理解したと言っただけよ。
 納得した訳じゃないし許す気もないわ。
 非常事態を考えたとはいえレディの部屋に断り無く立ち入るなんて言語道断!
 更に乙女の柔肌に触れるなんて万死に値する!!
 よって、次に私とマユの部屋に立ち入ったら血の池ができると思いなさい。
 今回は警告に止めておいてあげる。」

 感謝しろとばかりにふんぞり返って言い放つフレイにアスランは部屋を訪れた事を激しく後悔した。
 フレイはただ寝ていただけで病気になったわけではなかった。
 ただ悪夢を見ていたらしく呻き声は夢に苦しんでいた為に出たもの。
 『助けて』というのも寝言だったのだ。
 そして漸く悪夢から覚めたかと思いきや、いきなりアスランの顔がドアップで映って抱き上げる為ではあったが足を触られている状態。
 咄嗟に出たのが平手打ちではなくアッパーであったのはジュール隊での生活の賜物であろう。

「二度と助けてやるもんか・・・。」
「ところで、私が助けてって寝言で言ってたらしいけど他には何か・・・・・・。」
「・・・? 気になるのか??」
「べっ・・・・・・別にっ!?」

 何か知られたくない言葉が続いていたらしく顔を赤くして問うフレイ。
 不思議そうに素で聞き返すと恥ずかしかったらしくそっぽを向く。
 そんな様子に先ほどまでの怒りがどうでも良くなったアスランは笑いながら答えた。

「安心していい。特に何も言ってないよ。」
「そう。」

 安心したようにホッと一息ついてフレイは改めてアスランに向き直る。
 先ほどまでとは違う、全てを見通そうとする目だった。
 つられてアスランも表情を引き締めフレイの視線に応えた。

「相談事あったんでしょ。シンの事かしら。」
「・・・わかるか。」
「まあね。他の誰でもない私を選んだのはやっぱり『先の大戦』を知っているからかしら。」
「・・・・・・・・・・・・・。」

 沈黙で答えるアスランにフレイはふぅっと溜息をついて言った。

「本っ当に分かり易いわね。
 そんでもってすっごく不器用。
 気持ちは分からなくは無いわ。
 言わなくてはいけない事だとわかっているし、実際私も言いたいと思ってた。
 でもあの子の精神状態からして上から押さえつけるように言ったら素直に頷くわけがないのよ。
 自分が一体何をしたのか、その事によりどんな問題を生み出すのか。
 想いを認めたうえでゆっくりと諭すしかないわ。」
「戦線はどんどん拡大するしそんな悠長な事を言っていてはいられない。」
「なら言うけど・・・アンタは言われて直ぐに理解することが出来たの?」

 問われてアスランは言葉に詰まる。
 フレイの言う通り、自分なりに疑問を感じ始めたのは実戦に出るようになってから大分後だ。
 ちゃんと考え始めたきっかけはオーブ近海でのキラとの戦い。
 大切な人を自分の手で殺したと思い込んだ事から始まった疑問と矛盾。
 キラと引き換えにしたわけではないが結果として代償であったかのようにフェイスの称号を手にした自分に葛藤し、ずっとたおやかで守られるだけの少女だと思っていた婚約者から突きつけられた現実と叱責にも似た言葉。
 胸に突き刺さる言葉はそれでも自分を慈しむ温かさがあった。

《それから・・・・・・だったな。》

「アンタ、コーディネイターのくせに馬鹿ね。」
「コーディネイターでも馬鹿は馬鹿だよ。」
「何だ自覚あったの。
 確かに自分で気付くのを待ってたら遅過ぎるとは私も思うわ。
 実際私は手遅れだった。ううん、手遅れになるはずだったのよ。
 ずっと傷つけて・・・何も知ろうともせずに泣き喚いて、漸く気付き始めた時にはあの子はいなかった。」

 辛い過去を思い出したのだろう。
 ふっと一息ついてフレイは再び口を開いた。

「あんな悲しい想いはもうたくさん。
 そして誰にも私と同じようになって欲しくはないわ。
 だから・・・・・・。」

 くしゃり

 フレイは立ち上がりアスランの髪を掻き乱す様になでる。
 少々乱暴にだが温かな手の感触に懐かしさを感じて抵抗する事を忘れ、アスランは不思議な感覚に身を任せた。
 懐かしい感覚。遠い記憶に同じことがあったような気がしたが思い出せない。

「私も気をつけるから。あんまり焦るんじゃないわよ。」

 そう言って微笑む彼女が自分と同じく悲しみを経験した者だとアスランは改めて知ったのだった。



 知る者と知らない者と。
 互いが互いをそう認識しながらすれ違う中、また一人知るために動く者がいた。

「全く・・・サイもミリィもこんな時期に無茶言うよな。
 俺だって『アラスカの真実を知るもの』として監視されてるって言うのに。」

 ボヤキながらもメモを片手に歩く青年が一人。
 オーブ国籍を持ちながらオーブから出ざるを得なくなった彼はただ日々を送っていた。

 たまに送られてくる友人からの近況メール。
 暗号文を埋め込んだメールが混じり始めたのは何時の頃からか。
 けれど彼は気づいた。
 まだカレッジにいた時に友人の一人のハッカーとしての腕を知り、作成して貰ったプログラムを元にしていた。
 けれど暗号文を開くにはパスワードが必須。パスワード入力時にミスすればデータは全て自動消去。
 しかもパスワードは随時変更される為にパスワード連絡法まであった。
 未だこの連絡法は単純過ぎるが故に気づかれたことはない。
 ファイルに埋め込んだ暗号文もそれほど長いわけではないのでデータはあまり大きくならず気づき難いのだ。
 先日、オーブの外交官として動く友人から送られたメールにはもう一人の友人からの調査依頼が混じっていた。
 目的の分からないその依頼に彼はどうしようかと考えた。
 だが友人が頼んできた事の『意味』を知るために彼は動いた。

 目的地が見える。
 のどかな田舎の風景が続く中、畑に囲まれた一軒家に辿り着いた。
 人を避けているかの様にも思えるほど町から離れているその家の住人はたった一人のナチュラルの老婦人。
 年老いた女性はテラスでロッキングチェアに座り彼を見た。
 目的の人物に出会い青年はメモを胸のポケットにしまいおずおずと名乗る。

「あの〜、取材を申し込んでいたカズイ・バスカークですけど。」
「いらっしゃい。待っていましたよ。」

 頼りない微笑みを浮かべるカズイに老婦人は穏やかな優しさを湛えた微笑みで家へ迎え入れた。


 続く


 本当はもっと長くなるはずだったのですがあんまりにも長くなりすぎるとわかり一度きる事にしました。
 前後編にするのもな〜と思ったのも理由の一つ。
 しかし・・・書きあがったものの日曜の朝からSOSOGUが使用しているサーバーが落ちててネットが一切出来ない状態。
 お昼過ぎても全然直らないってどういう事?
 本っ当にプロバイダ乗り換えようかと考える今日この頃です。

 2006.10.29 SOSOGU

 (2006.10.30 UP)
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