relieve the heart extra 噂の副官補佐 〜尾鰭は不名誉だらけ〜 リラクゼーションルーム 暇さえあれば皆この部屋に集まる。 もちろん自室で休むのが一番だがちょっとした休憩時間を過ごすにはこの部屋が一番だった。 飲み物もそろっているしモニターがあるから気晴らしにTVを観ることも出来る。 何よりも足がここへ向くのは此処へ来れば大抵の場合は誰かがいるからだ。 戦艦であるミネルバはローテーションを組んでどの時間にも誰かが必ず起きて活動している。 友人が休んでいても他の誰かと世間話をすれば自然と時間は潰せる。 難があるとすれば飲み物はお茶と水以外は有料ということぐらいだろう。 だがそれもたいした問題ではない。 仕事が一段落し後は上司を待ちながらリストチェックをするのみ。 だがそれも10分ほどで終わるのならば暇つぶしに此処でおしゃべりでもしていよう。 そんな事を考えた少女が一人、この部屋へとやって来た。 他の部屋と違いドアは常に開いている。 入り口からそっと部屋を覗くと人影は無い。 《ま、静かに仕事が出来ると思えばいいか。》 そんな事を考えて少女はバインダーを抱えなおしてソファへと向かった。 ビシィ! 《ヤな先客。》 少女は自分のこめかみがヒクヒクと引きつるのを感じた。 誰もいないというのは勘違い。 入り口からは見えなかったがソファの背もたれに隠れるようにして身体をずらして眠る少年・・・いや、青年が一人居た。 飛び入りフェイス『アスラン・ザラ』 彼女はそう心の中で呼んでいる。 他にも個人的につけた別名はあるのだが現在はこれが一番ぴったりだと考えている。 アスランも仕事をしていたのだろう。 電源がついたままのハンディパソコンが今にも膝上から落ちそうになっている。 スクリーンセイバーが動いているハンディパソコンをアスランの手元から取り上げモニターを戻すとトレーニングメニューリストが現れた。 一緒に開かれた前回のトレーニングのスコアを見る限りでは再調整をしていたと簡単に推測できた。 隊長としてパイロット達を指導する立場になったアスランの訓練は実戦に重きを置いている。 新米パイロット達はアカデミーとは違う訓練に戸惑っているのが目に見えるようなデータだった。 《なるほどね・・・・・・。》 ディアッカからアスランとイザークはよく対決していたと聞いている。 実際はイザークの方が一方的に突っかかっていたとの事だが一時とは言えライバルとして同じ隊で競った仲だからか、訓練メニューやプログラムの組み方がよく似ている。 何をしようとしていたかは直ぐに察することが出来た。 《マユに仕事が終わったらハロの後についてここへ来る様に言っちゃったし、ハロにもそうガイドプログラム組んであるし此処で待つしかないのよね。 マユが戻ってくるまで約1時間、次の訓練が始まるのも約1時間後。 ・・・・・・仕方ないわね。》 何でこんなに心が広くなってしまったのか。 そんな溜息を吐いてフレイはバインダーを置いた。 ぴぴっ ぴぴっ 「!?」 耳慣れた電子音にアスランは飛び起きた。 辺りを見回すと其処は自室ではなくリラクゼーションルーム。 音源が腕につけた時計からと分かるとアラームを停止させ一息吐く。 《ん? 確か俺は此処で・・・・・・。》 起き抜けでボケていた頭がすすーっと霧が晴れていくように明瞭になっていく。 改めて時計を見る。 訓練開始まで後10分。 「あああっ!? しまったプログラム組んでる最中に!」 「プログラムなら組んでおいたわよ。パソコンはテーブルの上。 時間無いけどチェックなら5分で済むでしょ。」 「え!?」 向かいからかかった声にアスランは漸く目の前にいる人物に気付いた。 赤いセミロングの髪を耳にかけて煩わしそうに後ろに流しては不機嫌そうにバインダーを抱えながらペンでチェックをしている。 あまり仲良くは無いがお互い色んな因縁を持って時には対立を時には協力する相手、フレイ・アルスター。 休憩も兼ねてここで仕事をしている事は直ぐに察せられたが、フレイの不機嫌そうな顔とテーブルの上のパソコンの関係が分からず戸惑う。 そんなアスランの戸惑いを感じたのだろう。フレイはバインダーから目を離さないまま答えた。 「訓練直ぐにあるんでしょう。起こそうかと思ったけどジュール隊で私も訓練プログラムを組む仕事はやってたから代わりにやっといたわ。 でもチェックはしておいてね。あくまでイザーク流だから。」 「副官補佐で、しかも名前だけの役職なのにそんな仕事を?」 「補佐って言っても実質副官の仕事を半分は請け負ってたのよ。」 「ああ・・・それで・・・・・・。」 フレイの言葉にアスランの脳裏に浮かんだのはヒステリーを起こしたイザークを宥めるディアッカを余所目に仕事をこなすフレイの姿。 しかし今はこれまでフレイに仕事をさせていたイザーク達に心から感謝する。 直ぐにパソコンを立ち上げてチェックするが殆ど自分が構想していた通りの組み方で全て打ち込み終わっている。 驚きに目を瞠りながら改めて向かいのソファに座り黙々とリストチェックを続けるフレイを見やる。 けれど彼女は相変わらず仕事をするのみ。 特に見返りを求めてはいない。 そんな彼女の意思表示を見たような気がしてアスランは苦笑しながらパソコンを折りたたみ立ち上がった。 「感謝する。このお礼はその内にさせてもらうよ。」 「別に良いわよ。それより急ぎなさいよ。」 「ああ!」 相変わらずアスランを見ようとせず、手だけひらひらと振るフレイに背を向けてアスランは慌てた様子で出て行った。 訓練開始にギリギリの時間だったからだろう。アスランは途中ですれ違った兵士が妙な顔で固まっている事に全く気づかなかった。 そして、フレイが一度もアスランの顔を見なかった理由にも。 「だってとっくにお礼は貰っているものねぇ?」 心底楽しそうに微笑むフレイは漸くバインダーから顔を上げた。 その笑顔は知る人ぞ知る『ジュール隊副官補佐』の顔だった。 MS戦闘専用のシミュレーションルーム。 そこではシンを始めとしたミネルバのMS赤服パイロット三人とハロを連れたマユが待っていた。 マユは本当ならばとっくにフレイの待つリラクゼーションルームに向かっているはずだったのだが、お仕事である物資の各部署への配送のラストポイントがこの場所だったのでギリギリまで妹といたいシンに引き止められていたのだ。 約束ではアスランが来るまで。 けれどいつもなら10分前には来ているはずのアスランが今日に限って姿を現さない。 不思議そうに首を傾げるレイとルナマリアを尻目にシンだけが嬉しそうにマユとハロ投げで遊んでいた。 「あーもーv 今日はこのままあの人来なきゃいいのになーvvv」 「誰が来なければ良いだって?」 訓練開始時間ぴったり。 珍しくギリギリに来たアスランの声に皆一斉に入り口へ目を向けた。 ぶっは!×3 「あははっはははっはははっはっはは!!! 何だよソレー! なんかのおまじない? それともギャグっ!!?」 遠慮無しの大笑い。 笑いを堪える様子も無く腹を抱えて転げまわりそうな勢いのシンにアスランは入り口で立ち止まったまま戸惑いの表情を浮かべる。 眉根を顰めるアスランにルナマリアも堪えきれなくなった様子で口元を両手で覆いながら、それでもアスランに笑っている顔を見せまいと背を向ける。 だが小刻みに震える肩がルナマリアが込み上げる笑いを我慢する術をなくしている事を語っていた。 唯一笑わないのはレイだけ。 しかしそのレイも困ったようなしかし怒っているような微妙な表情を浮かべたままアスランを見つめる。 だがアスランは三人の反応に思い当たるものは無い。 「一体どうしたんだ三人とも。何かあるのか?」 問いかけながらアスランは自分が持っているハンディパソコンと軍服を見直すが何もおかしいものは見当たらない。 《一体何なんだ?》 戸惑うアスランにマユだけが意味が分からないといった様子でアスランに歩み寄って問いかけた。 「アスおにーちゃん。おでこ汚れてるよ?」 「おでこ?」 「よろしければどうぞ。」 レイが差し出した手鏡を受け取りアスランは鏡を覗き込んだ。 ぴしししいぃいいっ!!! おでこの汚れ・・・いや確かに汚れと言えば汚れだ。 だがその汚れは意図的に付けられたもの。 『゙皿』 鏡に映るでかでかと黒字で書かれたそれにアスランは固まる。 明らかな可愛らしい悪意を秘めたソレに漸くアスランは理解した。 【自分の額にラクガキがされている】という事を。 当然自分で書くわけが無い。それに最後にトイレに行った時に鏡を見ているが異常は無かった。 《大体において自分が無抵抗でこんなものを書かれるわけがないし隙をみせた覚えも・・・・・・・。》 そこまで考えて気づく。 自分が無防備な状態であった時間があり、且つその時間同じ場所にいたチャレンジしそうな人間に。 「フ・・・フレイ・アルスターぁあああっ!!!?」 鏡を握り締めて叫ぶアスランにルナマリアは納得したように再び振り返る。 先程の笑撃は過ぎ去ったのか目の端に浮かんだ涙を指先で拭いながら呟く。 「なるほどフレイね〜。確かに彼女ならやりそうだわ。」 「あっははははははは★ なるほど【皿゙=ザラ】ね。 他の奴らならただの罰ゲームだけどアンタがやると笑えてしょうがないや!」 「隊長・・・・・・訓練前に顔を拭いては如何でしょう。どうぞウェットティッシュです。」 「有難うレイ・・・・ってとれない!? あのアマぁあ!! 油性ペンで書きやがったなっ!!?」 拭いても拭いても字が消える気配は無い。 怒り狂って叫ぶアスランの叫びは完全防音のはずのトレーニングルームを突き抜け更に2・3部屋先まで届いたのだった。 「フレイぃいっ!!!」 「ほっほっほ☆ 無償で仕事やったげるわけないじゃなーい♪」 「だからってあんな事をするか!? 普通!!!」 「ジュール隊では日常よ。油断する方が悪い。」 「待てぇーーー! 一度きっちりはっきり決着着ける!!!」 「やなこったv」 さてさて楽しい鬼ごっこの始まり。ジュール隊では毎度の行事だがミネルバクルーの殆どはただ目を丸くして二人を見つめるのみ。。 ミネルバへ移ってからは全く無い平々凡々の隊員とのコミュニケーション。 それはフレイにとって退屈そのもの。 それゆえの行動だったのが・・・・・・どうやら常識的な神経の持ち主にはそう見えなかったらしく噂は尾鰭をつけて流れ始めた。 一週間後 ボルテールブリッジ アビーが何やら通信機器を操作しながらディアッカに声を掛けた。 「エルスマン副官、お待ちかねのザフトメールマガジンが届きましたよ。」 「さんきゅー☆」 ザフトメールマガジンとは知る人ぞ知るザフトの各部署の活躍を報道する為に作られたもの。 が、しかし平和になってからは華々しさを伴ったネタは減り廃止提案が出されてマガジンの存続が危ぶまれた。 そこへ当時の広報委員達が方向性を変えた報道に変更。 一部のコアなファンのお陰で現在も続いている。尤もその変更された方向性というものに問題を抱えてはいるのだが・・・。 「お前はなんだってこんなもんを読むんだ。 殆どガセネタのゴシップ記事しか載ってないだろうが。」 「いやぁこの明らかに作ってます的な記事が笑えてさ〜。 って? これミネルバの記事じゃないか。しかもフレイが載ってる。」 「何!?」 ディアッカの言葉に興味ないといった様子で一度は背を向けたイザークが振り返った。 珍しく興味を示すイザークにからかい口調でディアッカが問う。 「・・・気になるの?」 「っ! 今最前線で戦っている隊の情報をチェックするのは当たり前の事だ!!!」 「はいはい本当はフレイが気になるんだろ。素直じゃないね〜。」 「違うと言っているだろうが!」 「とにかく静かにしろって読んでるんだから。 え〜と何々? 【ジュール隊から突然の異動を言い渡された女性兵士。その人事の影には新任フェイスにして大戦の英雄アスラン・ザラの姿が!】」 「あ゙あ゙?」 ありえない。 絶対的にありえないと断言できる煽り文句にイザークの声が荒くなりキツイ眼差しがディアッカに向けられる。 平の隊員ならば怯えて逃げ出す眼光に怯まない人間は限られているが彼もその一人。 全く表情を変えずにイザークの威圧をいなして更にモニターに映る記事を読み進める。 「俺に凄むなよ。 えーと続きは・・・【つい先日に行われた二人の仲睦まじい追いかけっこシーンを激写! しかしアスランには婚約者ラクス・クラインがいる事は誰もが知る事実。今後三人の三角関係が注目される】・・・だと。 でも追いかけっこってさ。」 「大方フレイがザラ氏をからかったのでしょうね。」 「多分な。実際この写真見ればわかるし。」 一体どう見たらこの写真がほほえましい恋人のじゃれあいに見えると言うのか。 三人はマガジンの編集者達を思い溜息を吐く。 モニターに映るのは髪を振り乱して走るアスランとその先を悪戯が成功した子どもの様な笑顔でハリセンを持って待ち構えるフレイ。 「あのアスランが・・・・・・我を失くしてフレイを追い回すとはな。」 「何やったんだかね〜。でもこの記事を見たら今度は立場が逆転するな。」 「フレイ・・・・・・絶対怒りますよね。」 フレイの性格を良く知るアビーの呟きにイザークとディアッカは深く同意するように頷いた。 はっきり言ってフレイの友人を泣かせたという事実と彼女自身の好みからアスランと付き合うとは考えられない。 そして理想を高く持つ彼女は【格下】と認識しているアスランと恋仲と報道される事は屈辱だろう。 「死ぬなよアスラン・・・。」 イザークは星を眺めながらライバル兼戦友に伝わることの無い唯一絶対のアドバイスを呟いた。 だが流石に同時刻、問題のアスランが生命の危機に瀕している事を予想することは無かった。 「なーんーでーこんな記事が出来上がるのよ! ドーユー事!? ねぇどーゆー事よ!!!」 般若の形相でアスランににじり寄るはフレイ・アルスター。 噂好きの整備兵の言葉でマガジンの記事を知った彼女は次の瞬間にはアスランの捜索を始めていた。 僅か3分で見つかったアスランは全てのきっかけとなったあのリラクゼーションルームで何やらマユのハロの整備をしている。 だがフレイにはマユのハロもアスランの予定もどうでも良かった。 不名誉な噂にただただ怒り狂いアスランに問いかけになっていない問いかけで威圧する。 「俺が知るか!」 「訂正しなさい! アホラン・バカとデキてるなんて最悪な記事冗談じゃないわよ!」 「そうは言っても噂に尾鰭はつきものって・・・・・・まてっ! 艦内で銃は!!?」 どん どん どん! 構わず銃をぶっ放すフレイ。けれど腐ってもタイ長アスラン・ザラ。 ギリギリで弾を避けるがその事実が更にフレイの怒りを煽り今度はフレイが鬼の追いかけっこが開始された。 「フレイってさ、こーゆー事してるからネタにされてるって何で気づかないのかな。」 「いやー面白いから放っておこうぜ。」 「新たな尾鰭はもっと華やかなものになりそうだな。」 一緒に部屋でくつろいでいたルナマリアを始めとしたパイロット三人組の言葉通り、噂は更にありえない話を纏い広がっていった。 そして再びフレイが怒り狂いアスランが逃げ回る悪循環。 この騒ぎにピリオドが打たれるのはガルナハン解放後の事である。 END 入れられなくって捨てる予定だったエピソードです。 イメージが固まっていたのでやっぱり気になって書いてみました。 体調の問題など様々な理由から暫く更新を休ませて頂く前の一品。 楽しんで頂けると嬉しいです。 2006.11.16 SOSOGU |
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