〜涙の理由 前編〜


 ジュール隊の隊員が胃痛に悩むこの頃。
 胃薬の在庫が乏しく医務室では胃薬の残数を数えるのが日課。
 しかしイザークの心配は目の前の隊員達ではなく別にあった。

 こつこつこつこつ

 ブリッジでどっかりと席に座り込み肘掛を指で打つイザークは『只今イライラ度最高潮』だった。
 いくらジュール隊への復帰を上層部に申し出てもミネルバの特別要員補佐の適任者が見つからないという理由で却下される。
 正体不明の特別要員の存在もはっきりいって気に食わない。
 特務隊であるアスランでは無い事は確か。
 ならば何者なのか? フレイはそんなヤツの相手をしていて辛くは無いのか??
 何よりも彼女は・・・・・・。

「心配してもしょーがないだろ。」
「だがミネルバは前線に常に配置されている。
 そろそろ『限界』のはずだ。」
「で、どーするの。」
「本部を通してミネルバに連絡を取れ。
 万が一の時の対処法と『発作』がおきたらこちらへ連絡する様に伝えるんだ。」

 視線の先には広大な宇宙。煌く星と深遠の闇。
 この静かな空間は数年に渡り『別の光』を瞬かせている。
 その光は『彼女』の心を苛むのだ。
 きっかけは自分。

 そこまで考えてイザークは深く溜息を吐く。
 親友の心内を察しディアッカはポンと肩を叩いて言い聞かせる。

「・・・・・・あんまり自分を責めるなよ。イザーク。」

 気休めでしかないけれど。





 ヨウラン・ケント

 お調子者ではあるもののその明るさから友人は多い。
 たまーに調子に乗りすぎて墓穴掘ってシバかれる事もあるが暫くすればスパッと忘れて明るくお仕事。
 反省はしとけと友人のヴィーノが言うけれど今更この性格は直せないとかるーく流す。
 そんな彼も悩みはある。
 今一番の悩み・・・というか愚痴は。


「いーよなぁ。軍本部の奴ら。」
「2年ぶりのラクス・クラインのライブにご招待だもんな。
 俺も生ライブ行きたかった〜。」
「なんかさ、彼女若くなったような感じしない?」
「そうそう衣装もバリバリって感じでさ。
 俺は今の彼女の方が親しみやすくて好きかな。」
「俺も俺も! それに胸、結構あったんだな。
 今度の衣装のポスター絶対GETしてやる☆」

 ヨウランの愚痴に乗ってきたのはヴィーノ。
 二人は共にアスランの機体セイバーの整備をしていた。
 突然現れた元他国のボディーガードのフェイス。
 現在友人であるパイロット達を束ねる隊長だと言うが、突然の人事異動にヨウラン達も戸惑いを感じずにはいられない。
 先の大戦中もエースパイロットとして讃えられ、末期には平和の歌姫ラクスと共に終戦に導いた英雄。

 眉目秀麗品行方正成績優秀

 彼を表現するにはこれらの四字熟語が似合うだろう。
 けれどその完璧さが反感を買う。
 先ほどもアスランがデータを取りに来たのだが、さっと見ただけで整備の穴を見つけられた。
 確かにチェックミスだ。けれども相手に正当性があると分かっていながらむかついてならなかった。
 振り向けば先程から他の機体データのチェックに余念の無いアスランが離れたところにいる。

「婚約者・・・だもんな。」
「いーよなぁ。」

 完璧な人間にプラントの誰もが愛する歌姫の婚約者。
 気に入らない理由の一つだった。
 シンの事もあるかも知れないがヨウランは軍規に反する程にシンに肩入れするつもりは無い。
 また胸に蟠る黒い想いを吐き出すようにヨウランは呟く。

「ケーブルの一つや二つ、引っこ抜いてやろうか。セイバー。」

 冗談だとわかっているからこそヴィーノは苦笑いで応える。
 が、そこに疑問の声がかかった。

「ひっこぬくとどーなるの?」
「あ? そりゃ通信機が使えなかったりレーダーが使えなかったり最悪MSが起動しな・・・・・・・・・・。」

 ダラダラダラ

 素直に答えながら振り向くとそこにはシンの妹のマユが立っていた。
 そしてその後ろへと視線をずらせば不自然なほどに満面の笑みを浮かべたフレイと苦い顔で彼女の肩を押さえるアスランが立っていた。

《や・・・やばひぃいいっ!!!》

 恐怖に固まって動けなくなったヨウランに代わりヴィーノが怯えながら問う。

「ザラ隊長・・・・い・・・いつから?」
「殆ど最初から聞こえていたよ。
 『いーよなぁ。軍本部の奴ら。』辺りからな。」

《《ホントーに最初っからですか!!!》》

 特にアスランが怒っていない様に見えるのも怖いが、それ以上に満面の笑みを浮かべたフレイが怖い。
 更に無垢な瞳で不思議そうに見上げるマユの存在がキリキリと胸を締め付ける。
 そして事態は更に悪化した。
 マユが来た事に気づいた他の整備士達やシン達パイロットまで集まってきたのだ。

「マユぅう〜v どうしたんだこんなところでvvv」
「おしごと〜。ほらハロもいっしょだよ☆」

 甘ったるい声に振り返ると其処にはいつもは吊り上げている目をこれでもかというほど垂れ下げたシンがマユを抱き上げた。
 大好きな兄に抱き締められながら答えるマユは本当に嬉しそうに笑っている。
 そんなほのぼのとした空気に逃げようとヨウランが動こうとした時だった。

「ザラ隊長何かあったのですか?」
「あ・・・いや・・・・・・。」
「んっとね。ケーブル二・三本ひっこぬくって。」

 レイの問いに躊躇うアスランに代わりマユが答えた。
 無邪気な少女の答えを聞き、途端にざわめきが広がる。
 二人がラクスのファンであまりアスランに良い感情を持っていないこと知っている者は多い。
 意味にある程度察しがつきながらもシンは確認の為、マユに更に問いかけた。

「ケーブルを引っこ抜く? それ何のケーブルだって言ってた?」
「これ〜。」

 そう言ってマユが指差す先には灰色のMSセイバー。
 先程のヨウランとヴィーノの愚痴にも似た会話を耳にしていた者もいるのか不審を感じ囁く者達もいる。

《《のぉおお〜〜〜っ!!!》》

 二人は同時に頭を抱え込む。
 このまま放っておけば噂が誤解という名の尾鰭をつけてミネルバ中に広がってしまう。
 だが目の前にいるアスラン達を思うと下手な言い訳は通じない。
 良い方法が思いつかない二人が顔色が土気色になった時、思わぬ人物が二人に皆に振り返った答えた。

「丁度集まってもらったしケーブルの見直し誰か手伝ってくれる?」
「「「へ?」」」
「どこかで接触不良起こしているのか調子良くないから一度一通り引っこ抜いて入れ直そうかって話してたの。
 でも大変だから取り合えず試しに問題のところの二・三本だけ見直そうかって。
 人手が欲しいから手の空いた人、誰か手伝ってくれないかしら。」
「何だそういう事か。」

 先程から変わらない笑顔で話すフレイに皆、二人の会話の意味を一部を邪推してしまっただけだと苦笑して整備長のマッドとパイロット達を残して解散した。

《た・・・・・・助かった。》

 ヴィーノに何処を見直すのかと問うマッドの傍らでホッと胸を撫で下ろすヨウラン。
 だが本当の恐怖は次の瞬間訪れた。

「次は無いわよ。」

 底冷えする声と笑顔のギャップ。
 身体が凍りつく感覚に首も動かせないヨウランをおいて漸くフレイは離れた。



「本当のところは何があったんですか。」

 歩きながら問いかけるレイにフレイはコワイ微笑を消し、今度は苦笑しながら答えた。

「単なるやっかみよ。でも戦争中にあんな冗談笑えないわ。
 どーにも前のお仕置きが効いてないみたいだし、ラストチャンスだって念押ししてやったのよ。」
「じゃあやっぱり・・・・・・。」
「アンタもよく押さえたわよね。」

 フレイの言葉に今度はアスランが苦笑して答える。

「本気じゃないと思ったし本当にやるような人間なら親しくしている君達が彼らに機体の調整を任せるはずが・・・・・・レイ? 何処へ行くんだ。」

 いきなり180℃方向転換して歩き出すレイに驚いて振り向くといつものポーカーフェイスと感情の見えない声で答えが返ってきた。

「二人に頼んだ調整用データを回収しに。」
「あ、あたしも頼んでたんだっけ。
 やっぱ自分でやろっと。」
「俺も。」
「って・・・・・・おおぃっ!?」

 再び歩き出すレイを追いかけるルナマリアとシン。
 三人の背中がアスランの答えが間違っていることを証明している。
 たらーっとこめかみから流れる汗を拭うことも忘れて固まるアスランとは違いフレイは現実主義者だった。

「どうやら信用されてないようね。」



 その夜、土下座せんばかりの勢いでアスランに頭を下げる二人が目撃された。
 ヨウランが改めて『反省』という言葉を噛み締めていた事は言うまでもない。



 ラドル隊との合流。
 道中戦いはあったものの味方と出会った事、そして直ぐに襲われる事はない状況に皆ホッとする。
 マユも疲れが出たのか昼過ぎから眠ってしまい今はレイが様子を見ている。
 少し息抜きをとシンはデッキに出て手すりにもたれ掛かり沈む夕日を眺めていた。
 誰もいない空間。
 ただ静かに流れる時に身を任せぼーっとしているシンの背中に声がかかる。

「あら先客?」
「アンタ・・・。」

 振り向けば赤い髪が更に赤い夕日に照らされ空に棚引き溶け込んで見えた。
 あまり良い感情は持っていないものの本気で嫌ってもいない相手。
 シンが複雑な感情を持っているフレイが微笑み歩み寄ってくるのでどうしようかと身を起こすと「そのままで」との声に立ち去るタイミングを逸してしまう。

「綺麗な夕日ね。と言っても・・・ヘリオポリスにプラント、人生の殆どをコロニーで過ごしてる私には地球にとって本当に『綺麗な夕日』なのかはわかんないけど。
 シンは地球で見る夕日をどのくらい知っているかしら。
 この夕日は『綺麗』なのか教えてもらえない?」

 地球生まれの地球育ち。
 同じオーブでもコロニーと本土と生活していた場所が違うが故の問いかけだったが、美の価値観など自分にだって分からない。
 また戸惑いが先行しており言い難そうに答えた。

「別に綺麗だと思ったならそれで良いんじゃないか?
 綺麗の定義なんて決まってないんだし誰に非難されるわけでも無いだろ。」
「ん、確かに真理よね。」
「一体何なんだよ・・・・・・。」
「そーねー、カウンセラーの真似事してみようかと思って。」
「はぁっ!?」

 一体なんだというのか。
 フレイの行動の意味が分からずシンは荒げた。
 だがフレイはシンの様子を気にしていないようで微笑みながら話を続けた。

「この間の戦闘の後、アスランに殴られたって聞いてね。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「何も分かっていないお馬鹿さんではないようだから安心したわ。」
「分かってないのはアンタ達の方だろ!」
「全くいつもつっかかってくるのねアンタは。
 そんなに気に入らない?
 アスランが戻ってきた事も彼がアンタを殴った事も。」
「どーってことないけどね。
 でも殴られて嬉しいやつなんでいるもんか。」
「嬉しかったらマゾよね〜。」

 ケラケラと笑うフレイにシンは苛立ちを募らせる。

「『この間までオーブのアスハの護衛なんてやってた人がいきなり来てフェイスだ上官だって言われたって『はいそうですか』って従えるかよ!』だっけ?
 私から見てもアイツがやってる事は滅茶苦茶だけど・・・・・・その根底にある苦悩はわかるの。
 シンを殴った理由もね。」

 急にフレイの目が鋭くなる。
 突如変わった雰囲気に呑まれシンは身を竦ませた。
 目の前にいるのはナチュラルの少女。
 コーディネイターでエリートの証である赤を纏う自分よりも力は弱いはずだ。
 だがその気迫は・・・・・・。

「ねぇ、シンは何が正しくて何が間違いだと思っているの?」
「そんなの・・・。」

 分かりきったことをと続けようとするがフレイの言葉が遮る。

「自分だけが正しくて、自分が気に食わない認められない事は全て間違い。
 そう思っているようにしか思えないわ。」
「・・・そんな事は!」
「ないと言い切れるの?
 ならインド洋でのあの戦いはまだ間違ってないと思っているの??」

《怖い》

 アスランと対峙した時と同じ・・・・いやそれ以上の静かな怒りと殺気にも似た眼光に射抜かれて一瞬息が詰まる。
 それでも、それでもとシンは震える己を叱咤し答えた。

「・・・間違ってない。」

 ふぅ

 シンの答えに怒りを宿していたアッシュグレイの瞳が一瞬で悲しみに染まる。
 先程とは違う雰囲気にシンはついていけず戸惑いの表情で身を固めた。
 フレイは一度顔を伏せ瞑目し、再び顔をあげた少女は慈愛と寂しさに満ちた微笑みを浮かべていた。

「知っていて欲しいの。
 そう思って、自分が正しいのだと思い込んで突き進んだ結果が目の前にいるのよ。」

 目の前

 その言葉にシンは虚を突かれた。
 元々連合の兵士でありながら現在ザフトに所属する少女。
 特に気にしてはいなかったがその経歴は異常なものだ。
 だが結果とは? ザフトに所属した事そのものなのか??
 シンはフレイの言葉を待った。

「私はコーディネイターが嫌いで、病気でもないのに遺伝子を弄くって生まれてくるなんて間違いだと思っていた。
 そう教え込まれた部分もあるかもしれない。けど、そう思っていたの。
 でもそれだけなら彼らとの接触を避ければいいだけ。
 オーブにいても殆どがナチュラルだから問題なかった。
 ヘリオポリスが崩壊して戦場の真っ只中に放り出された時から全ては変わったわ。
 戦争でザフトにパパの乗る艦を目の前で沈められて、嫌いなだけではすまなくなった。
 私はコーディネイターに復讐してやるって決めたのよ。
 色々あった。
 沢山涙を流して後悔して、素直な気持ちで大切な人と向かい合う勇気を持てた時には遅かったの。」

 一筋の涙がフレイの頬を濡らす。

「傷つけた。大切な人を。
 守りたいものを見つけた時に自分の愚かさを突きつけられた。」

 また一筋、二筋と瞳から溢れ零れだす雫。

「確かに私もアスランもシンが家族を亡くした気持ちを知らない。
 けれどシンも私達が目の前で父親を亡くした時の気持ちなんて知らないでしょう。」

 フレイが父親を亡くしたという話を確かに聞いた覚えがあった。
 だが改めて聞かされてシンは衝撃に身を固めた。
 以前は軽く話していたがあの時のように人に話せるようになるまでに彼女はどのくらいかかったのか?
 シンは一時呆然として唯一の形見となった携帯を手に、そしてもう片方の手でマユを抱え込みながら避難船の片隅でちぢごまっていた。
 けれど・・・目の前の少女はどうやって乗り越えたのだろうか?
 疑問に思い至りフレイの顔を真っ直ぐに見やった。
 漸くシンが自分の話に耳を傾けたと察したフレイは先程とは違う儚さを湛えた笑みで話を続ける。

「アスランもまた父親を目の前で亡くしている。
 その前にたくさんの死を目の当たりにしている。
 今もその命の重さを背負っているのよ。」

 父親パトリック・ザラの罪

 フレイはそれを知っている。
 けれどシンは知らない。
 プラント全体に行われた情報操作の為、国民の殆どは当時の議長であるパトリックが連合を全滅させる為に自軍を巻き添えにしてジェネシスを撃とうとした事をしらない。
 当然戦後オーブから移ってきたシンはアカデミーから得た情報でのみで当時の状況を知らされた。
 だからこそアスランの苦悩を理解する事は出来ない。
 それを知りながらフレイがその事を伝えないのはソレが守秘義務の一つだからだ。
 出来るのは自分達が知る『大事な事』を伝える事くらい。

「忘れないで、貴方の手にどれだけのものが託されているのか。
 それさえ忘れなければ『力』は沢山のものを救うことが出来る。
 そして出来るなら・・・・・・。」

 私たちのように間違えないで

 沈む直前の太陽がフレイを照らす。
 動けず立ち尽くしているシンはミネルバ内へ戻っていくフレイの背中を見続けた。

《痛い・・・。》

 ツキンと痛む胸を押さえる。
 初めてフレイの最も深い部分に触れたとそう感じていた。





 砂埃の舞う荒野の中、一台のジープが航行するミネルバに吸い込まれるように飛び乗った。
 移動しながらの着艦は危険であるにも関わらず何でもないようにこなし車から降りたのは少しくすんだ色をした茶髪の髪をポニーテールにした一人の少女。
 何やら思いつめた表情でゴーグルを外し格納庫を見渡す。
 やがて現れた一人の女性兵が微笑を湛えながら彼女に手を差し出した。

「ようこそミネルバへ。私は案内役の一人のフレイ・アルスターです。」
「コニールだ。こちらこそよろしく頼む。」

 差し出された手にコニールも応えようと手を差し出すと下からたしっと手を捕まれる。
 突然の事に驚いて下を振り向いたコニールは驚愕し叫んだ。

 なんでぇええ〜〜〜っ!!?



 ラドル隊との合同作戦によるガルナハンの開放。
 高台に設置されたローエングリンにより突破困難である状況から峡谷はローエングリンゲートと呼ばれていた。
 一度はラドル隊も突破を試みたものの結果は失敗。
 大気圏からの上方から攻めれば確実であるにも関わらず『領土的野心は無い』『積極的自衛権の行使』を看板にしているザフトである為に最高評議会で承認されず、解放運動の助力をお題目に地上からの攻略のみが求められた。
 ただ、野心は無いとしながらもスエズとの連絡を断ち切りザフトの勢力を伸ばす為にもガルナハンの開放は是が非でも成功させ町にも恩を売っておきたいという上層部の思惑が見え隠れする戦いである。
 その為、地元のレジスタンスからのアプローチを機に再度の攻略に挑むことになった。
 勿論協力には互いに交換条件がいくつかあったが。
 現在戦功を上げザフトのみならず世界的にも注目を集めつつあるミネルバに失敗は許されない。確実に作戦を成功させる為にも今回はシン達パイロットのみならず整備班も呼び出してミーティングが行われた。
 いつもより広いミーティングルームに集められ大まかな説明を副長であるアーサーからされる。

「以上が現状況だ。
 今回は地元レジスタンスから協力要員が来るのだが・・・・・・。」
「少々遅れているようですね。」
「では先に作戦の概要を説明する。
 アスラン、この先は君が説明してくれ。」
「分かりました。」

 アーサーの求めに頷いてアスランはスクリーン前に進み出て指示棒を手に説明を始めた。
 再び緊張感高まる中、全員がスクリーンに投影された地図を見つめる。
 地形から考える限り距離のみならず時間的にもザフトが不利としか言えない状態。
 一番のネックが砲台に設置されたローエングリンと砲台を守る陽電子リフレクター装備のMAであることは誰にでも理解出来た。

「この状況を打破する作戦だが。」
「要はそのMAをぶっ倒して砲台もぶっ壊しガルナハンに入ればいいんでしょう。」

 突っかかるシンの物言いに両隣のレイやルナマリア、副長であるアーサーも溜息を吐く。
 シンの態度の原因は皆察していた。
 先日の戦いでも二人は衝突したばかり、だがこんな時までという呆れに似た表情を浮かべたアスランが諭すように言う。

「それはそうだが、俺達は今はどうしたらそう出来るかを話しているんだぞ。」
「やれますよ。やる気になれば。」
「じゃあやってみてくれるか?
 俺達は後方で待っていればいいんだな。
 突破できたら知らせてもらおうか。」

 おどけた顔で答えるアスラン。
 そんな返事が来るとは予想せずにシンは慌てた。
 出来るわけがないなど言えず困り顔でどもるシンにルナマリアがクスクスと笑った。

「という馬鹿な話は終わりにして作戦説明に戻るぞ。」

 一度は険悪になりかけた雰囲気が消えたところでアスランは真面目な顔に戻り話を続けた。
 だが今度はレイがアスランに問いかける。
 先程の説明を見る限り突破するのは難しい状況。
 この状況下において有効な作戦に思い当たるものは彼にはなかった。

「しかし隊長。近づけば砲台は地下の格納庫に潜ってしまうのでしょう?
 砲台を破壊する前に逃げられてしまいますが。」
「そのことだが。」

 ぴーっ

 話を遮るように鳴るインターフォンからの呼出音に全員が入り口に注目する。
 アスランの「入ってくれ」の言葉と共に開くドアから入って来たのは三人の女性。
 案内するように先頭をマユ、後方をフレイ、二人に挟まれるように明らかに部外者らしい私服の少女。
 直感でその少女がナチュラルだと察したクルー達はざわめく。

「ミス・コニールお待ちしておりました。」
「コドモぉ!?」
「何だと!?」

 驚きの声を上げるシンに少女コニールは不機嫌そうに怒鳴り返す。

「シン、座れ。
 ミス・コニール、彼らが今回の作戦実行のパイロット達です。」
「隊長どういう事ですか。」
「説明の途中だったな。ミス・コニール、そちらの席へどうぞ。
 マユとフレイも座ってくれ。
 改めて紹介しよう、今回の作戦に協力して頂く地元レジスタンスのコニール嬢だ。
 皆、先程の地図をもう一度見てくれ。
 難攻不落の砲台の手前、この地点に廃坑がある。
 そうでしたね。」

 アスランの言葉にコニールは頷き言葉を継いだ。

「ああ、この坑道は現在は出口が閉鎖されているがちょっと爆破すれば直ぐに開く。
 出る時に撃てば問題ないはずだ。
 それにここは地元の人間でも限られた者しか知らない。
 連合もここは知らない様で何の配慮もしていない事は私たちが確認している。
 だが問題はある。坑道は狭くてMSが入る事が出来ない。
 しかも入り組んでいるから私たちもずっと此処を使用できずにいたんだ。」
「だがこの問題をクリア出来る機体が一機だけある。」

 アスランの言葉にレイが応える。

「インパルスですね。」
「そう、三つのユニットに分かれているインパルスならば坑道を通ることが可能だ。
 各フライヤーはコアスプレンダーを自動追尾する設定になっている。
 コアスプレンダーで出たところで合体すれば不意を衝く事が出来る。
 当然この作戦を気取られない為に囮が必要だ。部隊の殆どは正面から攻めていく。
 砲台の守備が手薄になる様に出来るだけ遠くに誘き寄せなくてはならない。
 だが奇襲が遅れれば当然部隊は全滅、早過ぎても誘き寄せきれなかった部隊にインパルスがやられてしまう。
 タイミングが全てを決める作戦だ。」

 理論は単純。
 だが実行に移すとなると難しい作戦に全員が黙る。
 全員が内容を理解したと察してアスランはコニールに向き直る。

「ミス・コニール、彼が今回の作戦の要になるパイロットだ。」
「ええ!? コイツが!!?」
「何だよ。文句あるのか?」
「大有りだ!
 今度の作戦が失敗したら町の皆もマジ終わりなんだぞ。
 アンタが隊長なんだろ?
 だったらアンタがやった方が良いんじゃないのか。」
「ミス・コニール、大丈夫ですよ。彼ならやれます。
 だから坑道のデータを渡して下さい。」

 それでも先程のコニールに対する子ども発言と作戦中とは思えない物言いに不安を拭い切れないのか躊躇いデータディスクを右手で握り締めたままのコニールにマユが駆け寄り、その小さな両手でコニールの左手を握った。

「ダイジョウーブだよ☆」

 マユの微笑みと手の暖かさににコニールは漸くディスクをアスランに渡した。
 受取ったデータディスクを改めてアスランがシンに差し出すがふて腐れたシンはそっぽを向いて受取ろうとしない。

「そいつの言う通りアンタがやった方がいいんじゃないんですか。
 失敗したらマジ終わりとか言って。
 アンタだって本当は自分がやった方が上手くやれると思ってんだろ。」
「甘ったれた事を言うなシン!
 生憎俺はお前の心情とやらに配慮して無理と思える作戦をやらせてやるほど馬鹿じゃない。
 無理だと思えば始めから自分でやるさ。」

 そこで漸くシンはアスランに目を向けた。
 真っ直ぐに自分に向けられて視線に対抗するようにシンもアスランを睨み返す。

「だがお前なら出来ると思った。
 だからこの作戦を執った。
 それを・・・アレだけでかい口を叩いておきながら今度は尻込みか。」

 信用を裏切る気か。
 そう語るアスランの視線にシンの自尊心が触発される。
 だが踏ん切りがつかない。
 きっかけを探っているとマユが気遣うようにシンを見ている事に気づいた。

《マユを守る為だからな!》

 そう自分に言い聞かせてシンは差し出されたデータを受取る。

【まもなくポイントB。作戦開始地点です。
 各隊員はスタンバイしてください。トライン副長はブリッジへ。】

 メイリンの艦内放送をきっかけに皆立ち上がり各々担当部署や格納庫へと散って行く。
 その中でコニールはまだ何か胸に抱え込んでいるように複雑な表情で入り口に立ちふさがるように立っていた。
 シンは邪魔だとでも言いたげに睨み、コニールに問いかける。

「何だよ。まだ言い足りないのか?」
「・・・前にザフトが攻めた後、町は大変だった。
 それと同時に町でも抵抗運動が起こったから・・・。」

 溢れ出る感情を必死に抑えながら答えるコニールに皆、彼女が抱えていたものを漸く悟った。
 たった一人で、彼女はデータを届けに来た。
 途中で連合に見つかり掴まれば彼女もガルナハンの町もタダでは済まない。
 まだ幼い少女だというのに町に住まう者全ての命を背負ってここまでやって来たのはどれ程勇気が必要だったのだろう。
 それでもレジスタンスのメンバーが彼女に全てを任せたのは一番怪しまれない年齢だったからに違いない。
 もしかしたら彼女が無事にここまで来れるように他のメンバーが囮になったのかも知れない。

「地球軍に逆らった人は滅茶苦茶酷い目に遭わされた。
 殺された人だって沢山いる。
 今度だって失敗したらどんな事になるかわからない。
 だから、絶対やっつけて欲しいんだ。
 あの砲台を今度こそ!」

 涙を浮かべて訴えるコニールにシンはデータディスクの重みを思い知らされた。

「だから・・・頼んだぞ!」

 くいくいっ

 泣き出すコニールの手をマユが引っ張る。
 先程のぬくもりを思い出しコニールは下を向いた。
 ぷにぷにほっぺを紅潮させて微笑むマユに自然と胸に蟠っていた想いが解けていくのを感じ、微笑み返す。

「ダイジョーブだよおねーちゃん。マユのおにーちゃん強いの。」
「ああ・・・そうだな。」
「うん! それにすっごく優しいの!!」

 ハロ! ハロハロ!
 トリィ トリィ

 同意するようにハロとトリィがマユの傍で飛び跳ねる・・・が。

《《《《マユ、それマユ限定の優しさだよ。》》》》

 兄自慢をするマユには悪いが一般的見解からすれば「すっごく優しい」のはマユに対してのみである。
 先程の会話が難しすぎて状況を理解出来なかったのだろう。
 言葉にはしないもののその場にいた全員の心はマユの言葉を否定する。
 だがそんな事を知るはずも無くコニールは素直に頷いた。

「ああ、改めて頼むよ。」

 差し出された手の方向に皆固まる。
 確かに似ている。一見してどちらが兄かと問われれば十人中十人が彼を兄だと思うだろう。
 コニールの手に応じる事が出来ずにダラダラと脂汗を流すアスランだがコニールは気づかずに首を傾げるのみ。

「あ・・・あのミス・コニール。」
「マユは俺の妹だぁあっ!!!」



 * * *



「嘘吐け似てないだろ!?」
「何だとコラぁ! つぶらな瞳や笑顔がそっくりだろーが!」

 そんな二人の口喧嘩を他所に皆歩き出す。
 アスランは喧嘩を治め様と残っているようだが無駄な事どころかとばっちりを受けるだけである。
 馬鹿を見る正直者を置いてフレイを先頭にレイ達も歩き始めた。

「久々ね・・・。」
「ええ本当に。」
「あの気迫なら大丈夫でしょう。
 ところでフレイは何でまた格納庫に?」
「作戦が上手く行ったら真っ先にガルナハンに行ってやらなきゃならない事があるのよ。
 私が生きてる事を祈ってて。」
「フレイ?」

 不穏な物言いにルナマリアが不安げに呼びかけるがフレイは歩みを止めない。

「どんなに危険でも、私がやりたい事なの。
 自分自身の為にも。」
「マユはどうするんですか?」
「あの子にはコニールの傍でモニタールームにいるように伝えてあるわ。
 ハロは置いてきたし大丈夫よ。」 
「ハロはって・・・。」

 トリィ!

 通路を舞いフレイの肩に舞い降りるトリィにルナマリアは益々分からない様子でレイを見上げるが、レイも知らない様で首を振るのみ。

《一体何を・・・?》

 格納庫に着きフレイはMSハンガーとは別の方向へと歩いて行き、物陰で姿は見えなくなった。
 だが作戦はもう直ぐ始まる。迫る時間に追われ、ルナマリアは不安を抱えたまま自機へと向かった。



 やがて到着したBポイント。
 シンは先にコアスプレンダーで飛び立つ。
 それをフレイは荒野から見送っていた。
 見えなくなっていくザフト軍。砂埃の向こうに消えた艦を見届けるとフレイはコニールが乗って来たジープに乗り走り出した。


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