〜涙の理由 後編〜


 モニターに映るのは激しい戦闘。
 数で圧倒的に勝るのやはり連合。MAの大群に圧される様にザフト軍が少しずつ下がりつつある。
 祈りは何に捧げるものなのか。
 瞑目して手を組むコニールの膝に硬いものが乗った。

 ?

 目を開けば藤色のボール。
 それはくるりと回ってチカチカと光る小さなライトをコニールへ向ける。
 光るライトは二つ。その位置と横に走るラインはまるで・・・。

「顔?」

 ハロゲンキ! オマエゲンキカ!?

「何なんだ一体・・・。」
「ハロね。元気出してって。」
「マユ。」
「おねーちゃん元気出して。」

《こんな子どもに気を遣われるとはな。》

「有難う。大丈夫だよ。」

 苦笑してコニールは礼を言いながらマユの頭を撫でた。
 くすぐったいのか笑うマユにほっと一息吐いた時、モニタールームに居た他のクルーが歓声を上げた。

「インパルスだ!」
「シン、アイツやりやがった!!」

 モニターに映るのはインパルス。砲台の直ぐ近くで戦うMSにコニールは立ち上がりモニターに食い入るように見つめる。

「突破・・・した・・・・・・。」

 坑道の狭さを知るコニールはこの作戦の難しさを知っていた。
 一番の障害である坑道を突破出来た。
 その事がコニールに希望を齎す。

「あのMAが・・・! シン!!」
「おにーちゃん!」

 意味はわからない。
 けれど周りの雰囲気で兄の危機だと感じたのだろう。
 マユが悲痛な叫びを上げる。だが届くはずの無い声を・・・感じ取る者が居た。



 ピィン

 直感と呼ぶべきか。昔から備わっていた第六感とも言えるソレにレイは通信を開く。

「メイリン!
 モニタールームとインパルスの通信回線を開け!!」
「ええ!? ちょっとレイ!!?」
「早く!」
「はっ、はい。」

 急かされてメイリンは慌てて回線を繋ぐ。
 その意味に気づかずに。



『マユ!』
「レイおにーちゃん。」

 スピーカーから聞こえる声にマユは姿の見えぬレイに返事をする。周囲に居たクルーも驚いた様子で辺りを見回し、いつの間にか電源ランプが光っている壁の通信機に気づく。
 部屋に居た内の一人がマユと会話できるように通信機のマイクの感度を最大限まで上げた。

『俺がいいと言うまでシンを呼べ。早く!』
「おっおいっ!?」
「おにーちゃん! おにーちゃん、おにーちゃん!!」

 驚くコニールと違いマユは素直だった。
 そしてその事を・・・レイは知っていた。



『おにーちゃん!』
「マユ!? でも何処から・・・。」

 耳に飛び込んできた妹の声にシンは驚愕する。
 だが次に響いた親友の声で直ぐに落ち着きを取り戻した。

『シン、今メイリンに頼んでモニタールームと回線を繋いで貰った。
 わかるか、マユが見ているんだ!』
「マユ!」
『おにーちゃん、おにーちゃん!!』

 声とともに一気に視界がクリアになっていくのを感じる。
 この感覚にシンは覚えがあった。
 それはオーブ沖で絶体絶命のピンチに陥った時と同じものだった。

《今なら何だって出来る!》

「やってやるさ!」

 声と共にインパルスは再び砲台へ向かう為、舞い上がった。




 わあぁああああ!

 歓声に追われる様に次々に走り出すジープやトラック。
 空にはガルナハンから逃げ出す連合の艦がいた。

 ローエングリンゲート撃破の知らせは一気にガルナハンの町を駆け巡り再び起こっていた抵抗運動に更なる力を与えた。
 今まで運動に参加していなかった者の多くが飛び出てきて連合軍に接収された建物に石を投げ込み逃げ回る兵士を捕らえ殴り倒しては奪われた物資を運び出す。
 今まで抑圧されていた鬱憤を晴らす人々に脱出し遅れた兵士は恐怖し逃げるがやがて捕らえられて広場に引き出される。
 既に十数名を超える兵士が私刑で殺されていた。
 次は自分達の番だと怯える兵士達に詰め寄る町の人々。
 その内の一人が進み出て銃の安全装置を外した。

「おら! とっとと並べ!!」

 数人の男達の声と共に手を後ろで縛り上げられた将校達が蹴り出され並べられる。
 今まで自分達にえらそうに命令を下していた上官たちの姿に憐憫の情を覚えた。

『いくらなんでもやり方が強引過ぎます!』

 平の兵士達からそんな声が上がらなかったわけではない。
 けれど命令を絶対とする軍の中では黙殺されるだけだった。
 先の大戦で一度は弱まったブルーコスモスの力は現在再び軍内部に浸透していた。
 オーブ記者による報道はネットの規制で直ぐに見られなくなったが一部の者は画像を保存しておりそれは再び連合の勢力内で広がった。
 国の報道と他国の報道の食い違い。
 その事を知る者は少なかったがそれでも連合の中に影響を与えていたのだ。

《自分達がやっている事が本当に正しいかはわからない。
 それでも・・・。》

 現実に自分達が行っている事に苦悩した一人の兵士は次に自分が殺される事を認識しながらも、上官たちを哀れに思った。
 抑えつければ反抗心は更に強くなる。
 自分達から見ても明らかに過ぎた圧力に何故彼らは気づけなかったのか。
 いや気づいていたのかも知れない。
 なら行動出来なかったのは何故なのか。
 不意に疑問がわき上がるが答えを得る事は無いだろう。

《どうせ死ぬんだ。今更知っても・・・・・・。》

 連合は皆殺しだっ!

 町の住人の一人の声に応えて彼らを取り囲む他の住人達が一斉に叫びだした。

 殺せ! 殺せ! 殺せ!

 既に人々の心は狂気に染まっていた。
 伝染していく狂気はやがて町全体に広がるだろう。
 ソレも全て自分達が招いた事だと彼は首を垂れた。

「早く始めろ!」
「俺達の苦しみを奴らに味わせてやるんだ!!」
「そうだそうだ!」

 声に頷いて銃を持っていた男が一人目の将校の後頭部に銃口を突きつける。

 ばぁん!

 鳴り響いた銃声に皆歓声を上げた。
 だが倒れた将校を前に銃を構えていた男が困惑した様子で辺りを見回す。
 男の様子に周りを囲んでいた町のものの一人が問いかける。

「おい、どうしたんだ?」
「なあそう言えば今の銃声なんかおかしくなかったか?」
「言われてみれば後ろの方から聞こえたような気が・・・・・・。」

 ざわめく人々の声に首を垂れていた兵士が顔を上げた。
 倒れている将校だが後頭部を至近距離から撃たれたにも関わらず血を流していない。
 音がした時間からしてそろそろ血が流れ出して地面に広がり始めているはず。
 その事に気づいて空を振り仰ぐ。

 トリィ! トリィ!

 空に舞う小さな影。鳴き声にも聞こえる電子音に影を指差し町の住人達がざわめく。

「お約束を破られては困りますわ。
 ガルナハンにお住まいの皆さん。」

 響き渡る少女の声に全員が一斉に振り向く。そこには銃を頭上に向けたまま立つ赤い髪のザフト軍服を纏う少女。
 住民が皆こちらに気づいたとわかると少女は硝煙が僅かに立ち上る銃を下ろした。
 砂埃を防ぐ為のゴーグルを外し広場に進み出る少女に住民は無意識に道を作る。
 だが銃を構えていた男が声を荒げて邪魔をした少女に怒鳴りつける。

「ザフトが何の用だ!
 邪魔するっていうならタダじゃおかねぇぞ!!」
「それはこちらのセリフです。
 ですが・・・お話をする相手は貴方ではないようですね。
 コニール嬢の所属されるレジスタンスのメンバーの方はいらっしゃいますか?」
「あのガキんちょが何だって・・・・・・・うっ!?」
「私も命を懸けてこちらに参りました。
 もう一度お聞きします。
 コニール嬢の所属するレジスタンスメンバーの方はこちらにいらっしゃいますか?
 お約束を違えられては命を懸けて砲台を破壊してくれた仲間に向ける顔をありません。」

《気迫が・・・圧倒的に違う。
 こんな小娘に気圧されるなんて!》

「おーコワコワ! おっさんアンタの負けだよ。
 いくら情報を提供するって言ってもそれだけでザフトは動かないよ。
 相手はれっきとした軍隊なんだ。
 国の利害だって絡んでくるから利益を最大に取る為に情報以外にアンタらと『約束』したんだろ。」

 お気楽な声に周囲の緊張が和らぎ再び道が開かれる。
 開いた道をゆっくりとした歩調でやってくるのはオレンジ色の髪が印象的な青年。
 フレイには見覚えは無いが町の者は知っているらしく先程とは違うざわめきが広がる。

「なっ!? テメエ一体誰だ!!」
「コイツ連合に物資を支給してた商人のボディーガードしてた・・・。」
「連合の犬め!」
「あ、言いがかりも酷いね。別に主人の仕事と俺は関係ないし、ボディーガードの契約も切れたし。
 大体あの商人は連合だけじゃなくてアンタらにもこっそり物資を提供してたじゃない。
 そのおかげで抵抗運動出来てたんだから恨むのは筋違いってもんでしょ。」

 状況を本当にわかっているのか。
 お気楽な声と同じくお気楽な笑顔。
 フレンドリーに二人に近寄ってくる青年にフレイは尋ねる。

「貴方は誰かしら?」
「通りすがりの旅人でっす。あ、ちなみにその銃構えてるおっさんがレジスタンスメンバーの一人だよ。」
「くそっ!」

 一人だけでもと思ったのだろう。
 再び撃たれたと想い気絶している将校に銃を向けた。

 トリィ! トリィ!

 邪魔をするように男の頭を突いて飛び回るトリィに男が苛立ち振り払う。

「トリィ!」

 ト・・・リ・・・・・・

 地面に打ち付けられてもしばし飛び立とうといびつになった羽根を動かしていたが、やがて機能停止し動かなくなった。
 トリィが壊れたのを見届け再び男は銃を構える。
 慌てて銃を男に向けてフレイが銃を構えた次の瞬間、再び銃声が鳴り響いた。

 どん! がしゃ!!

 転がる銃に再び広場は騒然となる。
 撃たれたのは銃そのものらしく男は衝撃で痛めた手を抱え込んでいるが、弾道からして撃ったのはフレイではない。
 その事に気づいて人々は彼女の更に後ろを見やった。
 ゆっくりと歩いてくるのは赤いパイロットスーツを纏った青年。
 広場までやってきた青年の顔を見てオレンジ色の髪をした青年が口笛を吹く。

「一体何をなさっているのですか。それにこの連合の兵士達は。」
「なっ! 何だよお前は!!」
「ザフト軍特務隊所属アスラン・ザラです。
 今回の作戦の指揮は私が執りました。」

 ザフトの特務隊で作戦指揮官

 その言葉に人々のざわめきは益々広がっていく。

「もう一度お聞きします。コレは一体どういうことですか。
 協力する条件の一つとしてこちらは連合の捕虜に対する私刑を禁ずるとお話しました。
 そして貴方方はそれを了承した。
 ですがここに来るまでに既に殺されたと思われる兵士を何人も見ました。
 今こうして縛られ並べられている兵士達を貴方方はどうされるおつもりですか。」
「コイツラはずっと俺達を虐げてきたんだぞ!」
「そうだ! 裁く権利は俺達にある!!」

 私刑を執り行おうとしていた男の声に町の者の何人かが賛同するように声を上げるが、アスランの一瞥で振り上げた拳を恐る恐る下ろしシーンと広場が静まり返った。

「裁く権利があるというならば彼らの言い分を聞く義務があります。
 しかし問答無用で銃を突きつけているこの状況は一体なんですか。
 砲台破壊から一時間もしないうちに全ての裁判を終えて彼らは死刑と決定されたのだとでもおっしゃいますか。
 ここで一体何があったのかを我々は貴方方の言葉だけで判断するつもりはありません。
 偏った情報は時として真実を捻じ曲げる。
 だからこそ連合兵士に尋問しなくてはならないのです。
 その為にザフトは協力しました。
 ここで行われた非道を白日の下に晒したい。
 世界に公表したいという意思があるのでしたら今すぐに銃を収めるべきです。」

 先程までの狂気は何処へ行ってしまったのか。まだ少年と言ってもいい幼さを残した兵士に皆、気圧されていた。

「みんな!」
「おお、コニール!」
「お嬢無事だったか!!」

 ミネルバへ単身データを届けに行ったコニールが元気いっぱいの姿で現れたと同時に一部の者達が歓喜の声を上げる。
 ミネルバも追いついて来たらしくインパルス、ザクウォーリアの姿も見える。
 シンが丁度降りてきたらしくあちらでは歓声が上がっていた。
 状況が悪い。
 そう判断した男は漸く銃を下ろした。

《約束って言ってもザフトが来る前にやっちまえば良い。》

 男はそう考えていたがそれは勿論タリア達も読んでいた。
 コニールと同じルートでガルナハンに入るとしたら一人か二人。
 暴動を起こす事は十分に予想できた上に住民達を鎮め私刑を止める事はかなりの危険を伴う。
 捕虜は全員殺されると諦めてしまおうかと考えていたタリア達にフレイは申し出た。


『私に行かせて下さい。』

 無茶だとアーサーは叫びタリアも諭した。
 あまりにも危険すぎると。
 だがフレイは首を振り答えた。

『危険は承知の上です。誰も行かない行きたくないと言うのでしたらどうか私を。』

 止めても彼女は聞かないだろう。ジュール隊からの連絡を思い返し暫し瞑目したタリアは心を決めた。

『・・・出来うる限り丈夫で軽い防弾チョッキを用意するわ。頭は自分で守りなさい。
 決して無理はしないこと。作戦が成功したらミネルバはそのままガルナハンへ直行するわ。
 時間を引き延ばすだけに止め自分の命の安全を最優先にすることが条件です。』
『ありがとうございます。グラディス艦長。』
『一体何が貴女をそこまで駆り立てるのかは訊かないわ。
 けれど忘れないで。今の貴女はザフト兵士であり私達の大切な仲間よ。』
『わかっています。それから・・・ありがとうございます。』


 そしてフレイは来た。
 危ないとわかっていてそれでも。
 次々にザフト兵がやって来て連合の兵士の武装解除を確認し拘束する。
 横目で兵士達が拘束される様を見ながらアスランはフレイに言った。

「無茶をするなフレイ。レイが君の様子がおかしかったと言って来なければ間に合わなかったぞ。」
「時間を引き延ばしただけよ。」
「俺には今にも君も撃たれそうに見えたがな。
 グラディス艦長に君をガルナハンの町へ先行させたと聞いた時は血の気が引く思いだったぞ。
 君に何かあったらみんなに顔向けできない。
 譲れないならせめて俺にも言ってくれ。」

 普段の笑顔、普段の優しさ。
 生き残ったと安堵の息を吐いたフレイはミネルバに戻ろうと銃をしまったところ、弱々しい声が上がった。

「フレイ・・・・・・・アルスター?」

 聞きなれない声に振り向くと其処には先程撃たれたと思い込んで気絶していた将校が目を覚ましこちらを見ている。
 フレイには覚えが無いが彼は名乗っていないフレイのファミリーネームを口にした。

「そうですが?」

 まさかと思いながら肯定すると将校は驚愕の表情を浮かべる。

「『アラスカ』から消えた君が何故此処にいる!?」

 『アラスカ』と聞いてフレイは目を見開いた。
 心臓が早鐘のように鳴り響く。
 瞬間的に彼女はザフト兵士としての自分を見失っていた。
 無表情で名を呼んだ将校の首元を掴んで締め上げる。

「うぐっ・・・。」
「答えてもらうわ。あの時の異動の理由を。」
「フレイ!?」
「あんな計画を立てた馬鹿達の名前と共にね!」

 尋常ではない様子にアスランがフレイの腕を掴むが力は緩まない。力は更に込められ軍服がいくつもの皺を作り将校の首は徐々に上がっていった。

「フラガ少佐は『月の英雄』、バジルール少佐は『忠実且つ有能な軍人』だから。
 なら『事務次官の娘ではなくなった私』はなんで異動になったのか!」
「落ち着けフレイ、捕虜への暴行は軍規違反だ!」
「答えなさい! 今すぐにっ!!」
「しょ・・・象徴だったんだ!
 アラスカの悲劇の後、殉職した事務次官の・・・しかも中立国にいた令嬢が『父親の敵を討つために軍に志願した』と広めれば一度は下がった士気も上がる。
 志願兵も増えて減った兵士の数を補える。
 正義がどちらにあるかを国民に示す為に・・・・・・っ!!」

 正義とは何か?
 悪とは何か?
 戦争とは何なのか?
 正しい答えではないのかもしれない。
 それ以前に正しい答えなど存在しないのかもしれない。
 けれどフレイの中では一つの結論が出ていた。

「まだ続ける気だったの!?
 どれだけの人が泣いたと思っているの!!
 どれだけ犠牲を生み続ける気だったのよ!!!」
「相手はコーディネイターだ!」
「同じ人間よ! 泣いて笑って怒って・・・悲しみで胸を痛める。」

 涙が溢れる。
 一筋の滴が頬を濡らす。
 拭う事を忘れフレイは叫び続けた。

「眠れば皆が泣いてる。
 何で死ななくてはならなかったのか。
 何で殺されたのか。
 生きてる私に縋り付いてくる。
 何で殺した私は生きているのか!」
「フレイ!?」

 また一筋、涙が頬を濡らす。
 尋常ではない様子にアスランはフレイを捕虜から引き剥がした。
 目の前から白い制服が消えても涙は止まらない。
 自嘲の笑みを浮かべ空を仰ぎ呟き続けた。

「そうよ。私が死なせた。私のせいで皆死んだ。」
「フレイしっかりしろ。」
「アンタ達には聞こえないの!?」
「落ち着けフレイ、君は何も知らなかっただろう!?」
「知らなかったから死なせたのよ!
 トールだってあの時私が志願するなんて言い出さなきゃ死ななかった。」
「君が志願したから彼は誤射されたシャトルに乗らなかったんだろう。
 他の皆も死んでいた。それに殺したのは俺だ。」
「違う、違う。キラだって傷つかなかった。私が・・・私がっ!」
「フレイ!」
「アスおにーちゃんイキ止めて!」
「マユ!?」

 子ども特有の高い声と共に丸い物体が二人の頭上に現れた。

 ハロハロ!

 ぼふっ!!!

「!」
「私が・・・・・わた・・・・・・・。」

 ハロから噴射された白い霧が二人を包む。
 量は大した事はなく辺りに撒き散らされた薬は直ぐに風で流され消えた。
 再び現れたのは段々と力が抜けていくフレイを支えるアスラン。
 涙を流してその場に崩れ落ちるフレイに遅れてやってきたシンはただただ見つめるのみ。

「マユ、今のは何だ?」
「あのね。タリアおばちゃんが何かむずかしいカオしてハロにおクスリもたせるって言ったの。
 今のおクスリだよ。」

 アスランの問いにマユも良くわかっていない様子で首を傾げながら答える。
 おそらく睡眠薬か何かだろうと察しは付いたがタイミング的に急遽マユに持たせたものにしては用意が良すぎた。

『鎮静剤よ。
 ジュール隊長から連絡を受けて用意しておいたのよ。』
「グラディス艦長。」

 通信機からタリアの声が聞こえてくる。

『本当は危ないからマユを行かせたくはなかったけれど、コニール嬢がマユの安全を保障すると言い切ったので彼女と共にそちらに行かせました。
 詳しい事情は後で話すわ。捕虜の連行指示をお願い。
 薬は即効性な分冷めるのも早いからシン辺りにフレイを預けて貴方は隊長の仕事をしなさい。』

 それきりミネルバからの通信は切れる。

《一体フレイに何が?》

 何が起こったのかはわからない。
 ただ項垂れる連合兵士達は何かを感じ取っているように見えた。

「アスおにーちゃん、フレイおねーちゃん大丈夫?」
「大丈夫。疲れて寝ているだけだよ。」
「ん〜。じゃあトリィにうたってもらおう。とってもきれいなウタなんだ。
 ねぇトリィいっしょだったでしょ?」
「あ! マユ待て、トリィは・・・・・・。」

 時既に遅し。
 地面に転がるトリィの無残な姿にマユは立ち尽くす。
 ザフトの軍服を纏った小さな子供の登場に静まり返っていた町の者達がマユの様子にざわめき始めた。

「おい、もしかしてあの鳥・・・。」
「もしかしなくてもそうじゃないのか?」
「ちょっとあの子の目が潤みだしたわよ。」
「ああああああ溢れる! 涙が堤防決壊寸前だ!!」

 あああああ〜〜〜!!!

 最後の声をきっかけにマユの鳴き声が広場に響き渡る。

「トリィが! トリィが死んじゃった〜〜〜っ!!!」
「あのマユ、トリィはマイクロユニットだから死んでないし。」

 泣き喚くマユにアスランは答えるが動かないトリィが相当ショックだったらしく聞こえていない。傍に寄り添ってあやしたくともフレイを抱えている身では動けない。

「トリィ、トリィ〜〜〜!!!」
「だからトリィは修理すればって・・・・・・・・・。」

 ざん!

 動けないアスランの目の前を通り過ぎる赤い影。
 ぴったりとしたエリートの証たる赤いパイロットスーツ姿の少年がマユの後ろに仁王立ちになっていた。

《もしもーし、シン・アスカ君。その手の中の銃は何かな?》

「マユを泣かせたのはどいつだ・・・・・・・。」

 じゃきぃ!

《《《安全装置を外した! ヤツは殺る気だ!!!》》》


 ざざぁっ!!!

 銃口を上に向けながら安全装置を外すシンに一気にトリィとマユを中心に輪を広げるガルナハンの住人達。
 その中に残るのは「え? え?」と戸惑いの表情で立ち尽くすレジスタンスの男のみ。

「もう一度だけ訊く。
 トリィを壊し・・・・・・マユを泣かせたヤツはダ・レ・ダ?」

 びしししぃっ!!!

 一斉に周囲が中心に残ったレジスタンスの男を指差した。

「なっ!? ちょっ! おいお前らぁ!!?」
「「「「「こいつです!」」」」」
「ほぉ〜お?」

 ゆっくりとマユの前に進み出て男に向けてロックオン。

「仲間を売る気か!? 裏切り者ぉ〜〜〜!」
「だってオマエが壊したのは事実だし。」
「結果的でも小さな子を泣かせて大人げないし。」
「砲台壊したパイロットだぞ。怒らせたら怖いじゃないか。」

 目の前に迫った身の危険に涙ぐみながら叫ぶ男に対し町の者の言葉は冷たい。
 話をしている間にもシンは引き金に指をかける。

「マユを泣かせた罪は万死に値する。
 三途の川も地獄の一丁目も飛び越えて三丁目までひとっ飛びして来いや〜〜〜っ!」
「う〜わ〜お助け〜〜〜!!!」




 ひっく・・・うっく・・・

 トリィを抱えて泣き続けるマユにフレイと住人達の対立に介入してきた青年が近寄りそっと頭を撫でる。

「大丈夫この鳥はまだ死んでないよ。
 ちょっと怪我して動けないけどお医者さんに診せればちゃんと直るから。」
「ホント?」
「ほーら直ぐ其処にお医者さん。」

 袖で涙を拭いながら青年が指差す先を見ればそこにはアスラン。
 よく知る優しいお兄さんの姿にマユは意味がはっきりとは分かっていないらしく不思議そうに問う。

「アスおにーちゃんお医者さんだったの?」
「え!? いやその・・・まぁ・・・・・・。」
「それも只のお医者さんじゃない。トリィ専門のお医者さんだ。
 そうだろアスラン。」
「ああ確かに作ったのは俺だし・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 漸く目の前にいる青年の姿に気づく。
 とてもよく似た人物を知っている。だが自分が知る人物はお花畑の向こうの住人のはず。ニコニコ笑う青年にアスランは明後日の方向を向いて額に手を当てる。

「あれ〜どうかしたのかなアスラン。熱でもあるのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・いや少々戦闘で疲れたらしいな。目が霞んでいるようだ。
 それとも世界に同じ顔が三つあるっていうしそのうちの一つだろう。うんきっとそうだ。」
「そーかそーかオマエは現実逃避するタイプだったか。
 でも俺、足あるしお前のこと知ってるから幽霊でも別人じゃないぞ。」

 その言葉の意味を悟りしばし無言のままだったアスランはフレイを抱えたままゆっくりと身体を傾け・・・

 ばったり

「あ、倒れた。
 ・・・この場にいる中でアスランの次にえらいヤツいる?」

 オレンジ色の髪の青年・・・ラスティ・マッケンジーが振り返り問うが目に映るのはしっかり報復を終えたらしく泣いているマユに構い倒しのシン。
 広場の片隅で身体をピクピクと痙攣させている男が転がっている。
 次に目に付いたのはシンよりも遅れてやってきたブレイズ・ザク・ファントムで到着したレイ。
 無表情で広場の様子とマユを抱きしめて周りを見えてないシン、気絶して倒れている上司と同僚の女性の姿を見止め、ふぅっと溜息をついたレイはタリアに連絡を取り指示を出した。


 続く


 とってもとっても苦しんだお話でした。
 この先の展開に必要だったけれど・・・やはり書いてて辛いもののあるお話でした。


 2006.12.17 SOSOGU
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