〜お前バカだろ 前編〜


 ラスティ・マッケンジー
 年齢:19
 性別:男
 種族:コーディネイター
 国籍:プラント

「それだけ?」

 預かった身分証明と照らし合わせ間違いが無いことを確認しながらシンは問う。
 だが直ぐに返事は来ない。
 口いっぱいに出された食事を頬張り咀嚼する事を優先するのはアスランを指一本使わずに気絶させたオレンジ色の髪の青年。
 ガルナハンに現れた彼はその場でレイに拘束された。
 と言うよりも任意同行と言った方が正解だろう。


『ディオキアまで行きたいけど足がなくってさー。
 ついでに乗せてってv』
『ハートマークつけるな気色悪い。』

 雇い主の商人が再びザフトが進攻してくるとの情報を掴みさっさとガルナハンを離れる事にした。
 だがその際に護衛の仕事を解雇。「ディオキアまで行きたきゃ金払え」と相場の3倍もの額を提示し、迷う暇も与えずさっさと自分達だけ避難してしまったので残された青年・・・ラスティはただ呆然。
 レジスタンスに話をつけて移動手段を手に入れられないかとやってきたところ町は暴動が始まっていた。
 ザフトであるフレイと町の人間の対立に介入したのは上手くいけばザフトと移動手段の交渉できるかもとこれまた無謀な決断を下し、今に至る。
 つまり・・・ギブアンドテイク。協力するからタクシーよろしく。


 ふぐふぐ ごっくん!

 口に含んだ鶏肉を飲み込み油に濡れた口元を拭いながらラスティは不思議そうに目の前に座る鬱陶しいほど長く顔にかかる金髪の少年レイに問う。

「それ以外になんか言う事ってあんの?
 ガルナハンでの連合の暴虐に関する証言だったらまた別だろ。」
「・・・・・・普通は何であの場にいたのかとか、どうしてディオキアに行きたいのかとか目的を言うでしょう。
 こうしてミネルバに乗って移動している以上は寧ろ義務と言っていい。」
「っつーかさぁ。アンタ遠慮って言葉知ってる?」

 シンの呆れ声にレイも改めてテーブルの食事プレートを見た。
 プレートは三枚。
 既に内二枚は空になって積まれている。
 当然一枚で一人前の計算。
 彼は三人前分を完食しようとしていた。
 確かに協力的である事はザフト的には助かる。
 詳細はわからないが隊長であるアスランの知り合いである事も二人のやり取りから確定だろう。
 だが食事は支給品であり数量をきちんと管理されている。
 食べ放題と勘違いしないで欲しい。

「勿論知っているとも。だから遠慮して三人前。
 本気で食ったら五人前。」
「おい。」
「いやーオーブの保護者から金振り込んでもらったもののカード使えるところが見つからなくってさ。
 まあ良いやと日雇いの仕事請けたら足元見られて激安の上に重労働。
 やっぱストレス解消にあの太鼓腹の親父の腹に落書きしたのが拙かったのかな〜。
 ガルナハンにマジ置き去りにされるとは思わなかった。」
「「それは自業自得だ。」」

 どう考えてもラスティがガルナハンに残らざるを得なかったのは問題の商人とやらを怒らせたのが原因だろう。
 これで彼があの場にいたのかはわかったが理由が理由だけに報告書に正直に書く事を躊躇ってしまう。
 どう遠回しに報告しようかとレイがハンディパソコンを前に唸るが、彼の苦労を知ってか知らずかお気楽そうな笑顔でラスティは話を続ける。

「ま、お陰でなかなか美味い食事にありつけなくて移動も出来ないし困ってたところにザフト軍。
 いやー流石。
 料理の技能もプラント仕込で軍食なのに味も良い!」
「一応お褒めの言葉と受け取っておきますが食事代は後できちんと請求させて頂きます。」
「えー、せこいぞ。これっくらい良いじゃんか。」
「限度を超えています。
 通常支給の一人前を差し引いて二人前分きっちり支払って下さい。」

 確かに『ザフトはボランティア団体ではない』のだ。
 食事代の請求はあってもおかしくない。
 けれどもラスティの懐事情を考えると胃袋の欲求と先立つものの天秤は片方に傾いている。

「請求先変えられる?」
「民間人である貴方に危害を与えることはありませんがオーブとは現在敵対関係にあります。
 ザフト軍として保護者の方に請求することは避けたいので現金支払を原則とします。」
「いや、プラントの人間が支払うから。」
「お知り合いでも?」
「アスランの給料から天引きで☆」
「わかりました。」
「いいのかレイ。」
「払えないとごねられるよりマシだ。
 アスランとはきっちり話を付けておいて下さい。
 話がついてなくても強制的に引き落としますが。」

 鋭い眼光がラスティに向けられレイが本気だとシンは悟った。
 言い切って良いのだろうかとラスティも乾いた笑いが零れる。

《何気にヒデェな。》

「話を戻しましょう。我々と交渉してまで何故ディオキアに行く必要があるのかを。」
「親孝行?」

《《何故疑問形?》》

 最後の一音を上げ疑問を表す言葉を吐くラスティに不思議に思うのは無理も無い。

「血の繋がりは無いけど親みたいだからさ。
 さっきも言った後見人の狸オヤジのおつかいだよ。」

 それだけ?とでも言いた気な二人の顔にラスティは苦笑を堪え切れなかった。
 二人は同じコーディネイターでありながら中立国のコーディネイターの気持ちがいまいち分からないのだろうと察しラスティはコホンと咳払いをして再び話し始める。

「オーブが同盟条約に調印したからコーディネイターは正直肩身が狭いんだよ。
 その前のブレイク・ザ・ワールドから大分窮屈な思いをしたけど。」
「これだからアスハは!」
「お前がお姫さんに対して良い感情を持ってないとしても現オーブ国民に対して吐く言葉じゃないな。
 気をつけた方が良いぞ。」
「何でだよ!
 アイツのせいでコーディネイターが居辛くなったんだろう!?」
「お前短絡的過ぎるんだよ。
 そこで直結してお姫様のせいにするな。
 情勢を鑑みれば同盟条約に調印せざるを得なかった理由はわかるさ。
 2年経っていると言ってもオーブの国力は回復していない。
 それ程に先の大戦で被った被害は大きかったんだ。
 大西洋連邦を始めとした連合軍は強力だ。
 国民にコーディネイターがいるからプラントと対立したくありませんなんて理由が通るわけが無い。
 法治国家と確立し小さな島国でありながらその技術力は極めて高く決して無視できない軍事力を誇っていたオーブが大戦時にあっという間に大軍を前に押し潰された。
 敵ですら『よく持ち堪えた』と評するくらいの時間を稼いだ上での話だがな。
 父親であるウズミ代表が生きていた頃とは違い疲弊したオーブを現在の状態まで復興させたカガリ代表とセイラン宰相は随分と頑張ったもんだ。」

 一気に答えてすっと吸い込む息。
 ゆっくりと吐き出し呼吸を整えラスティは二人を交互に見、最終的にシンに視線を定めて問いかけた。
 表情に似合わない底冷えした声で。

「さてここからが問題。
 彼らが必死こいて守り育ててきた国が再び火の粉を被ろうとしている。
 同盟に調印して国を、国民を守るか・・・それとも国を滅ぼすか。」

 静かに語るラスティの視線が痛い。
 答えられずに口を紡ぐシンと何を考えているのか分からないポーカーフェイスのレイ。
 問いに答えるか否か。
 二人の答えはNo。
 答えられる質問ではないから答えられない。

「そんなキツイ二択を迫られた代表に俺は同情するよ。
 わかってない奴らは無責任に騒ぎ立てるが『だったらお前が何とかして見せろ』と言いたくなる。」

 この言葉が誰に対してのものかは明白。
 頬を紅潮させたシンを睨みラスティは更に話を続ける。

「誰かのせいにするのはさぞかし楽だろうよ。
 俺は単純バカのやる事だと思うけど。」
「!」
「お前はバカじゃないだろ? 少しは周りを見る目を養え。」
「ご高説有難うございました。
 話を戻してもよろしいでしょうか?」
「レイ!」

 話を遮るレイにシンは親友の肩を掴む。
 だがレイは振り向きもせず肩にかかる手を払い答えた。

「静かにしろシン。お前はザラ隊長の様子を見に行ってくれ。
 大丈夫そうなら隊長を連れてくるんだ。」
「でも・・・・・・。」
「へぇ、友達想いだね。」
「あまり友人を苛めないで頂きたい。
 これ以上言うのであれば非協力的と判断します。」

 くすっ

 軽く鼻で笑うラスティに対しレイの表情は険しい。
 普段は変わらぬポーカーフェイスが眉根を顰めて厳しい視線を送る。
 珍しい親友の様子が気になるもののこうなったレイは言った事をこなさないと後が怖いと分かっていたシンは後ろを振り返りつつ部屋を出て行った。
 ドアの向こうに黒髪が消えた事を確認しレイは再び問いかける。

「この時期にディオキアへ行く理由は何ですか。」



 * * *



 薬品の匂いがツンと鼻に付くメディカルルーム。
 現在此処を寝床としている人物は二人。
 一人はガルナハンで恐慌状態に陥り鎮静剤で眠ったフレイ。
 もう一人は・・・・・・。

「何時まで寝てんすか隊長! いい加減起きて下さい。」
「キラ・・・ここは寒くて淋しいよ。一緒に寝よう。」
「あーっ!? ちょっと何でマユが一緒に!!
 こら離せ変態!
 マユ、お兄ちゃんが今助けてやるからなー!!!」

 マユを抱きしめて眠るはガルナハンで気絶したアスラン。
 フレイとアスランの看病と銘打ちメディカルルームでお留守番をさせられていたマユも色々あって疲れてしまい暖かい寝床を求めてベッドに潜り込んだ。
 問題はそれがフレイのベッドではなくアスランのベッドだった事。
 治療用の狭いベッドの中、落ちない様にしっかりとアスランにしがみ付いて眠っていたところへやってきたのがシン。
 寝ぼけてマユを抱きしめたところを見られればそりゃ『ロリコン』と思われても仕方が無い。
 しかもそれを目撃したのがシスコンのシンならばどんな行動に移るかは誰にでも想像できる。

「でぇええ〜〜い! は・な・せ!!!」

 どん! ごろごろ ごっつん

 強制排除。
 既に相手が病人であるという気遣いは無い。
 思いっきり蹴りをかまして引き剥がし、アスランは勢い余って壁に激突した。けれどマユをしっかりと抱えている辺り怒りながらもシンの冷静な面が見られる。

「マユ!」

 すーすー寝息を立てるマユが無事である事を確認している間に思いっきり顔面から壁に激突しおでこを腫らしたアスランが目覚めた。

「いっつ〜。何なんだ一体。
 はっ! キラ、キラは何処だ!!
 たった今確かに温もりがあったのに!!!」
「いい加減正気に戻れこのデコラン!」
「・・・シン! じゃあ今のは夢!!?
 にしては随分とリアルな・・・・・・。」

 夢の中の温もりが手に残っていることに気付き両手を見るアスラン。
 その様子が更にシンの怒りを煽った。

「アンタが抱えてたのはマユだ!
 マユを抱っこして眠るのは兄である俺だけの特権だってのに・・・次に同じ事したら問答無用でダストシュートに突っ込むぞ!!」
「むぅ〜うるさいよ〜〜。」
「マユ、気がついたのか!」

《そりゃあれだけ耳元で騒げば起きるだろうよ。》

 呆れ顔のアスランとは対照的にシンの表情は真剣そのもの。
 目を擦り身体を起こすマユを気遣うように覗き込む。
 マユも頭が少しはっきりしてきたのか寝ぼけ眼でシンを見上げた。

「おにーちゃん?」
「もう大丈夫だからな。
 おにーちゃんが変態から守ってやるから。」
「誰が変態だ。オマエと一緒にするな。」

 五十歩百歩という言葉がある。
 シンの価値観の中で無意識にマユを抱きかかえて眠ったアスランがロリコンと言う名の変態であると言うならば、兄と言う名を盾に毎晩のようにマユを抱えて眠っているシンはシスコンという名の変態である。
 けれど二人のやり取りなどマユにはどうでもいいこと。
 ただ自分の欲求に従いまぶたを閉じて呟いた。

「・・・・・・ねむい。」
「じゃあ部屋に行こう。」
「や。」
「でもメディカルルームじゃ・・・。」
「おんぶして。あったかい。」

 きゅっ

 少し服を引っ張れば直ぐに離れてしまう程に弱々しい力。
 小さな手で兄の軍服を掴むマユを見て振り払うなど出来るか。

「いや出来ない!」

《何が。》

 自己陶酔しているシンに何を言っても無駄。
 それくらいはわかるくらいの付き合いはあるアスランは突っ込むのを止めシンの奇行を見守ることにした。
 レイに頼まれたお使いを忘れてバサバサとベッドに備え付けられている上掛けを払い皺を伸ばす。

「よし、隊長この毛布取って。
 んで俺がマユをおんぶしてるからぐるっと巻いて固定して。」
「何で俺が・・・・・・。」
「寝ぼけて幼女抱きしめて寝てた事実を公表されていいならやんなくてもいいっすよ。
 その後確実にロリコン決定だけど。」
「ハイ、ヤラセテイタダキマス。」
「そうそう素直にそう言えば良いんですよ。」

《何か最近の俺って威厳もくそも無くないか?》

 満面の笑みを浮かべて抱えていたマユを背負い、アスランに背を向けるシンを見ると哀しくなってくる。

《思えば大戦後から碌な事無いよな。
 誤解でキラには遠ざけられてカガリには扱き使われて、ラクスは相談しても笑うだけだし孤児院の運営費稼がなくちゃならないから滅多に休みは取れないし。
 プラントのディアッカに愚痴れば『忙しいから』と着信拒否。イザークも同様。
 それならばとマルキオ導師に相談すれば『貴方もSEEDを持つ人ですから』と電波的な答えが返ってくるばかり。
 子供たちは疲れているのに『一緒に遊べ、自分達にもハロを作れ』と強請るばかり。
 ザフトに復帰すれば生意気な後輩達にある意味心強くとても恐ろしいキラの友人が同僚に。
 俺の癒しは何処だ?
 嗚呼・・・せめてキラの膝枕で眠ることが出来れば少しは回復するのに!》

 それの何処が『せめて』なのか。
 アスランの心の声を聞くものがいれば突っ込みを入れたくなる様な願望を抱えながら毛布巻き付けを手伝っているとマユが眠い中薄目を開けてもう一方のベッドを指し示しながら呟く。

「フレイおねーちゃん・・・・・・。」
「あ、フレイもいたんだっけ。」
「どーしますかタイチョー。」
「さっきはデコランとか失礼な事言っておきながら今度は隊長ときたか。
 カタカナ発音から後で責任転嫁する気満々だな。」
「わかってるじゃないですか。」
「わからいでか!
 隊長命令。先生が戻ってくるまでお前がフレイの看病してろ。」
「嫌ですよ。折角マユが甘えてくれてるんだからこの姿を皆に見せびらかしてやるんです。」
「止めろ頼むから。ザフトが誇る最新鋭の機体を任されてるパイロットがアホだと公表する気か!」
「アンタに言われたくない! 大体アンタは・・・・。」

 ごすっ

《現実がスローモーションになるってこんな感じか。》

 冷静に考えてしまうほどに見事な一撃。
 目の前に立っていたアスランがプラスチック製の花瓶がぶち当たった衝撃で真横に倒れていく様を見た。
 綺麗に弧を描いて倒れたアスランにしばし呆然。
 水が入ったまま投げられた花瓶は凶器として破壊力抜群。
 打撃プラス零れた水でびしょ濡れのアスランは痛みの余り呻きながら転がる。

「煩い。」
「フレイ・・・起きたのか。」
「起こしたんでしょうが! アンタ達が!!
 人が眠っているのにギャースカギャースカ騒いで眠れるかぁ!!!」

「む〜うるさい〜〜〜。」
「あっ! マユごめんな。
 よしフレイも起きた事だしもう此処にいる理由も無い。
 此処じゃ落ち着かないから俺もう行くよ。
 悪いけどそこで伸びてるザラ隊長をレイのところに届けて。
 今、取調室にいるから。」
「ちょいまちそこのおんぶお化け。
 アンタ何処へ行こうって言うのよ。」
「えーと格納庫と食堂とリラクゼーションルームは勿論の事、ブリッジにも。
 もう可愛いだろv 正に天使の寝顔っvvv」

 否定はしない。
 否定する気はないのだが・・・・・・。

「そぉ・・・・・・。」
「んじゃ後よろしく!」

 スキップして出て行くシンを見送りながらフレイは思った。

《あれがザフトでの特に優秀なMSパイロットなんて・・・・・・思いたくないわね。》

 エースパイロットが戦争の鍵を握るというのは前大戦から世界中が知っている。
 プラント国民がシンの実態を知った時どうなるかを思いフレイは再び頭痛を覚えた。



 * * *



 取調室では相変わらず飄々とした顔で座るラスティといつものポーカーフェイスなのにちょびっと不機嫌そうに見えるレイがフレイとアスランを出迎えた。
 呼んだのはアスランのみ。
 にも関わらず現れたフレイにレイは怪訝そうな顔をする。

「隊長・・・それにフレイ。」
「アスランなんだそのデコの赤いヤツ。こぶ出来てないか?」
「嗚呼やっぱり夢じゃなかったのか。」

 ヘロー

 手を振りながら笑顔を浮かべる『元死人』にアスランは現実逃避したくなる。
 二人のやり取りに溜息を吐きシンの姿が見えないことに気づいたレイは一緒にやって来たフレイに問いかけた。

「フレイ、迎えに行ったシンは何処へ?」
「アホ晒しにミネルバ中を歩き回ってるわ。」

《メディカルルームにマユがいること忘れてた・・・・・・。》

 シンのシスコン振りは分かっていた。
 分かっていただけに己の言動を悔やまずには居られない。
 思わず頭を抱えて突っ伏したレイはこの日珍しく後悔というものを感じたのだった。



 ラスティ・マッケンジー
 年齢:19
 性別:男
 種族:コーディネイター
 国籍:プラント

 それがアスランの知るラスティである。
 アスランと同じくユニウス・セブンの悲劇を受けてザフトに入隊。
 アカデミーの成績も優秀で当時の精鋭部隊として名高いクルーゼ隊に配属された。
 年はアスランより一つ上、何かとつっかかってくるイザークに苦笑しながら「お前ももうちょっと接し方考えたら?」とアスランにアドバイスらしきものをする。
 問題が大きくなりそうな時はイザークをディアッカがアスランをニコルが押さえその間にラスティが立って場を治める。
 凸凹のようでいてバランスが取れて取れた五人だった。

 あのヘリオポリス襲撃の日までは。

 地球軍の新型機動兵器と新型艦がヘリオポリスのモルゲンレーテで製造されている。
 クルーゼがどのようなルートで情報を手に入れたのかは知らない。
 だが証拠の写真があり評議会も動き始めた。
 完成間近のMSは持ち出される寸前だと判断しクルーゼ隊は評議会の許可を待たずにヘリオポリスを急襲した。
 命令は新型艦の破壊と新型MSの奪取。
 読みは当たっておりモルゲンレーテの社員を装った連合の兵士が沢山犇いていた。
 運び出されようとしていたMSを発見したが工場に残っている機体がある事に気づきアスランとラスティがその残りの機体の奪取に当たったのだ。
 だが・・・・・・多くの連合兵士を倒し問題のMSに辿り着くまであと少しと言うところだった。

 ぱぁん!

 銃声と共に倒れるラスティを見た。
 ヘルメットはひび割れ動かない友人にアスランは逆上した。
 撃った女性兵士目掛けてナイフを振りかざした時に・・・・・・月で別れたキラに再会したのだ。
 間抜けだとは思う。思いがけない場所で大切な存在に出会い虚を突かれたアスランは奪取するはずだった機体の一つに連合の兵士に乗り込まれたのだ。
 自分も残った機体に乗り込んだものの焔に包まれた工場は崩れ落ちる寸前。
 脱出後、爆発に呑まれた工場を見たアスランはラスティは生きていないと判断した。
 そもそも頭を撃たれて生きているはずがないと思ったのだ。
 だが現実に生きて目の前に現れた友人にアスランは言わずにはいられなかった。

「生きていたのか。」
「そりゃあしぶといし、俺。」

 そう言って髪をかき上げるラスティのこめかみには傷跡があった。
 ギリギリで逸れた弾によるものだとわかる髪で隠れる位置の傷跡で即死しなかった理由を察したもののまだ納得は出来ない。

「しぶといでどうにかなる状況じゃなかっただろう。」
「隊長、彼は何者ですか。」
「聞いたんじゃないのか?」
「ガルナハンにいた理由、ディオキアに行く理由までは。
 身分証明書は提出して貰いましたがそれ以上は近況を話すのだからと隊長が来るまでは話さないと言い張りまして。」
「だって二度も説明するなんて面倒臭いだろ。」
「お前は・・・・・・。」

 ニシシと笑いながら答えるラスティに頭痛を覚えながらレイが示した身分証明書を見る。

「オーブか。」

 証明書一つでどうやって助かったのか察する。

《ウズミ代表は本当にヘリオポリスでの兵器密造を知らなかったとの事だったな。
 内部調査員に助けられたのか。》

「死んだと思ってたろ?」
「当たり前だ。
 今はどうして・・・・・・いや、両親に連絡したのか?」
「一気に答えられるかよ。」
「ねぇ、アンタの知り合いなの?」

 会話の流れを無視し遠慮なく尋ねるフレイにアスランはこの部屋が何の為に用意されたかを思い出し溜息を吐く。
 どうも周りが見えてなかった自分に呆れながらラスティに目を向ける。
 アスランに応えて頷き、ラスティはフレイに向き直って答えた。

「どーも、アスランの『月の友人』でーっすv」
「月の?」
「あ・・・あぁ、俺は父がテロに遭ったことを受けて12になるまで月で育ったんだ。
 キラとも月で会った。一応父の身分を伏せていたから学校は公立に通っていたんでな。」
「なるほどね。何でプラントの国防委員長の息子とオーブの中流家庭に育ったキラが友達なのかと思ったらそういう繋がりだったのね。」

 納得した様子で頷くフレイと無表情のままのレイにアスランはほっとする。
 本当の事など話せるわけも無い。捕虜になったのならともかく明らかに自由を手にしているのだ。
 そんなラスティをザフト上層部がどう判断するか。
 脱走兵扱いとなり軍事裁判にかけられる事はまず間違いない。
 本来ザフト兵士であるならば黙っている事は軍規違反。
 咎められる事だ。けれど・・・それでもアスランはラスティの正体を言う事は出来なかった。
 ラスティもそんなアスランの性格を知っていたからこそ姿を現しザフトと交渉する気になったのだろう。
 一度でもアスランが自分に合わせてくれば敵対している国の民間人であっても協力的な相手に特に突っ込んで調べたりするほどザフトも暇ではない。

「色々あってな〜。
 ほら、オーブが連合に攻め込まれた時も誤報が多かったし。
 特に死亡者リスト。俺の死亡情報も流れたからね。
 っつか俺も自分が死んだと思った。」
「ミリアリアがフレイを見て取り乱した時の気持ちが良くわかったよ。
 本当に化けて出てきたわけじゃなんだな、二人とも。」
「「失礼な。」」

 大真面目な顔をして何を言うのか。
 アスランの言葉に二人の言葉がハモる。
 特にフレイはずっとミネルバに乗っておりアスランとの会話も他のクルーよりはるかに多い。

「って・・・二人って何よ! これが幻だとでも言うのかしらねぇ。」

 ぎりぎりぎり

「ひへへへへっ!」

 思いっきり抓りあげられたほっぺにアスランは悲鳴を上げるが力は緩まない。
 結構ご立腹のフレイに懇願するように手を合わせる友の姿にラスティは感動を覚える。

「おお、あのアスランが女の子に負ける姿を見る日が来るとは!
 グッジョブ! ・・・えーと。」
「フレイよ。フレイ・アルスター。」
「よろしくフレイ。俺はラスティだ。」
「そこで友情を深めてないで話を進めさせて欲しいのですが。」

 何時の間にやら蚊帳の外に追いやられたレイの言葉でいつの間にか軍人としての立場を忘れていた自分に気付きアスランは軽く咳払いして問いかけた。

「ディオキアへ行く理由はもう話したとの事だが俺にも教えてくれ。」
「ほいほーい。」

 ラスティの話は簡潔だった。
 大戦で死んだと思われていたラスティは助けてくれた現在の保護者(既に一人立ちしているので保護者と言うよりは親戚の叔父さんのようなものとの事だが)の許で傷を癒し、オーブを出て情勢調査をしていた。
 ナチュラルとコーディネイターの争いを終わらせる為に自分自身がやりたい事、やれる事を見つけるために。

「その様子だと両親への連絡はしていないだろう。」
「ああ、けど二人には伝えないでくれ。」
「何故?」
「見つけた。正確には見え始めたんだ、やりたい事が。
 けどそれは常に危険が付き纏う。
 生きてましたって伝えて次に今度こそ死にましたなんて事になったらお袋を二重に悲しませる。
 だからお袋は絶対俺を止めるだろう。
 でも俺は諦めない。諦めたくない。」

 強い意志。
 瞳に宿るラスティの覚悟にアスランがこれ以上言えるはずもない。彼はもう決めたのだ。

「お前の事だ。何を決めたのか聞いても言う気は無いだろうし譲らないだろう。
 ・・・わかった、但し約束しろ。
 成し遂げたら必ず両親に連絡しろ。」

 コクン

 頷くラスティにレイは「これで済ますつもりですか。」と睨んだがアスランはレイを手で制して「ディオキアへ行く理由は?」と問う。
 これにはラスティは素直に答えた。

「今は活動の一環として各地域を回ってる。
 ディオキアは正確には経由する必要があるポイントだからだ。
 現金引き出さないと日干しだしな。
 そこからは例の世話してくれる人の知り合いの家へ行く。
 こんな情勢だからな。金持ちのじいさんなんだけどその人はナチュラル。
 大西洋連邦に身を置いているけど一人娘がコーディネイターだから立場微妙だろ?」

 ラスティの言葉はわかる。
 だがオーブ国民とはいえコーディネイターのラスティに任せるには危険な場所だ。
 渋い顔をするアスランとレイにラスティは「大丈夫」と手を振りながら更に話を続ける。

「尤も娘さんはユニウス・セブンの悲劇で亡くなったそうだ。」
「何故その方は中立国へ行かなかったのですか。
 オーブやスカンジナビア王国は第一世代コーディネイターを親族に持つ者には寛容な国です。
 行ける国が無かったとは考え難いのですが。」
「さぁ? 会いに行けばわかるとさ。」
「今コーディネイターがザフト勢力圏外の国へ入国するのは危険です。
 同胞を危険な地に送り出すなど見過ごせませんよ。」

 ラスティも同盟条約に調印した中立国のコーディネイターであっても危険な場所だと承知している。
 レイの気遣いに嬉しそうに微笑みながら頬杖を突いて答えた。

「ふーん。それって俺が強ければいいんだろ。」
「強ければとは言いますが・・・。」
「ならお前らが納得できそうな試合をしよう。」
「試合?」

 問うフレイにラスティは簡潔に答える。

「ナイフ戦。」


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