〜お前バカだろ 後編〜


 試合会場はトレーニングルーム。
 接近戦の訓練をするには十分な広さだが今はギャラリーが集まり少々手狭に見える。
 丁度シフトチェンジで暇を持て余していた整備兵やブリッジ勤務のメイリン、パイロットはレイとルナマリアが壁に寄り掛かり試合が始まるのを待つ。
 通常試合と言ってもこんなに人が集まることは無い。

「おい、例の民間人とザラ隊長がナイフ戦やるって!」
「無謀じゃねぇの? だって紅服でフェイスだぞ。」
「だよな。」

 笑いながら話す仲間達の様子から彼らの目的ははっきりとわかる。
 彼らは『無謀な民間人が負ける姿』を見に来たのだ。
 退屈凌ぎには丁度良いとばかりに菓子や飲み物を持ち込むものまで見られた。
 騒ぎに気付いたアーサーも副長としてと言い訳しながらやって来ている。
 こうなると余興のレベルを超えた試合と言えるだろう。
 試合と言っても二人とも改まるつもりは無いらしくラスティはジャケットを脱いだだけ、アスランも通常の軍服のままトレーニングルームへ入ってきた。
 メイリンは無表情で歩くアスランを見ながら思い出したように呟く。

「調べたけどザラ隊長、アカデミーでナイフ戦TOPだったって。」
「メイリン何でそんな事知ってんのよ。」
「情報関係得意だもん☆」

 ハァア・・・・

 全くどうやって調べたと言うのか。
 情報処理においては自分よりも秀でる妹が無邪気に笑う姿を見てルナマリアは溜息を吐く。

「ラスティ本気か?」
「・・・・・・。」

 止めるなら最後の機会だ。
 だがアスランの最後の問いに対しラスティは微笑むのみ。
 二人が現れるのと同時にフレイが中央に進み出た。
 ミネルバ唯一のナチュラルにしてアスラン寄りの判断はしないと断言できる人間。
 彼女が審判だと察し先程までのざわめきが消え水を打った様に静まる。

「公平を期す為に私フレイ・アルスターが審判を務めます。
 二人とも異論は無いわね。」
「構わない。」
「O.K.可愛い女の子がやってくれるなんて俺ってラッキーv」
「では二人とも所定の位置について。」

 言われて二人はフレイを中心に一定の間を空けて向かい合う。

「なぁ、アスラン。」
「何だ。」
「俺はお前を友だと思ってる。」
「?」

 言葉の意味を図りかね僅かに眉根を顰めるアスラン。
 だがフレイは構わず合図した。

「始め!」

 ダッ

 開始の合図と共に一気に走りこんでくるラスティ。
 真正面からの攻撃に冷静にナイフを構える。
 隙無くナイフが咬み合う音が響き渡り全員がナイフの応酬に魅入っていた。

「お・・・おい、もしかして。」
「隊長と互角?」

 キキン!

 一際大きな音と共に二人同時に飛びずさる。
 だが体勢を立て直すかと思いきやラスティは再びアスランに迫った。

「ク!?」

 驚きに声を上げたのはアスランだった。
 一度体勢を立て直す。
 ラスティならばそうすると予測していた。
 だが予測と違っていたとは言えそんな事に一々驚いていては負けてしまう。
 何度も戦いを経験したアスランが驚かずにいられなかったのはラスティがアスランのナイフに向かって首を晒した事だった。

《このままでは!》

 ラスティの命を奪ってしまう。
 そう判断して躊躇うアスラン。
 躊躇した一瞬の間、ラスティの姿が視界から消えた。

 !?

 周りからはよくわかった。
 アスランが躊躇して退き掛けた瞬間、ラスティが身を沈め足払いをかけた。

「くっ!」

 足が浮いた瞬間、頭を後ろへ振りバク転の要領でかわそうとする。
 だがソレがラスティの狙いだった。

 ダン!

「チェックメイト。」

 首に押し付けられたナイフ。
 床に押し付けられた背中。
 ナイフを持つ右手を左足で、右ひざで鳩尾を押さえるラスティの姿を見上げアスランは呆然とする。

「勝者ラスティ!」

 フレイの宣言は当然の事。だがギャラリーの殆どが目の前の光景を信じられず隣り合ったものと顔を見合わせる。

「ちょ・・・マジ!?」
「隊長が・・・・・・負けた。」

 ざわめきの中、ラスティは首からナイフを離し鞘に修め立ち上がった。
 一番信じられなかったのはアスランだろう。
 アカデミー時代、ラスティと組んで何度か訓練をしたが負けたことはなかったのだ。

「ラスティ・・・・。」
「アスラン、お前躊躇っただろ。」
「・・・・・・。」
「技能はお前の方が上、本来の力が出せていれば負けていたのは俺だ。
 けど結果は違った。その理由を教えてやるよ。」

 技能では負けていたとはっきりと言い切るラスティに周りが更に驚きざわめいた。

「お前は覚悟を決めているつもりだが実は覚悟出来ていない。
 状況に流されているだけだ。」
「そんな事は!」
「無いとは言わせない。
 何故試合前に俺があんな事言ったかわかるか?」

 言われてアスランは気付く。
 だが答えたのはレイだった。

「アスランの迷いを誘いましたね。」
「そう、お前は大切に思う人間が立ち塞がったら迷う。
 だが俺は迷わない。はっきり言っておこう。
 お前が俺の進む道に立ち塞がると言うのなら、俺はお前を殺してでも前に進む。」

 ラスティの言葉にざわめきが消え静まった。

「そうならない事を祈っているがな。」
「待てラスティ!」
「何だ? 俺は勝った。
 お前に俺を止める権利は無い。」

 ひき止めようとしたものの確かに約束上アスランに引き止める権利は無い。
 答えられず沈黙しただ見つめてくるアスランに、ラスティは軽く溜息を吐いて言った。

「お前さ、何でザフトに戻ったんだ?
 それなりの理由があってのことじゃないのか。」
「それは・・・この戦いを終わらせる為に。」
「昔と変わらないな。そう言って親父さんの命令に流されて。
 今度は親父さんの代わりに議長か。」

 アスランはギルバートよりフェイスの称号と複隊の許可を得た。
 その事実はミネルバの誰もが知っていることであり、同時にアスランの複隊希望の理由は知られていない。
 けれどザフトは現最高評議会の決議の下で動いている。
 その長たるギルバートへの暴言とも取れる言葉にレイが声を荒げた。

「今の言葉は聞き流せませんよ!」

 だがラスティはレイを一瞥しただけで再びアスランに向かう。

「別に誰の言葉がきっかけでもいいさ。
 そこに『本当のお前の意思』が伴っていると言うなら。
 けど、此処にいるのがお前の意思ならなんで迷ったんだ。
 友達だからなんて答えに逃げるなよ。
 ザフトにいる意味をわかっているならそれは答えじゃないとわかっているはずだ。」

 ザフトとは元々搾取されるばかりのプラントが独立するに伴い自衛の為に作られた組織から始まった。
 同胞を守る。搾取されない国を。
 その為に立ち上がった者達なのだ。
 では今は? ラスティは疑問を抱かずにはいられない。

「アスラン、もう一度よく考えろ。」
「ザフトを抜けろとでも言いたいのか、お前は。」
「まさか。一度決めて入ったんだ。
 なら此処で出来る事を探せ。自分の意思で。」

 突き放す言葉にアスランは唇を噛み締める。
 間違ってはいない。
 本当に自分のことを心配しているからの言葉だともわかる。
 だけどアスランにはラスティには迷いが無さ過ぎるように思えてならなかった。

「お前は正しいと思える道を見つけたのか?」
「・・・・・・・・・・・お前馬鹿だろ?」

 迷いの無さの理由を問うつもりだった言葉に返ってきた言葉は『馬鹿』ときた。
 あまりの返答に呆然としてただラスティを見つめるアスランに流石にラスティも回りくどかったかと頭を抱えた。
 昔は頼りになる同僚だと思っていたのに離れていた間に大分ヘタレてしまったようだ。

《いや・・・元々ヘタレだったのにそれに気づかないほど俺が間抜けだったのかも。》

「あーもーしょがねーなー。一度腹割って話そう。」
「立会いなしには認めません。」
「だったらアスランと同じ階級のヤツな。お前は違うんだろ。」

 ラスティの切り返しにレイの表情は険しくなる。
 自分が立ち会う気だった事を瞬時に悟られ尚且つ自分に対しての予防線を張ってくるラスティにレイは警戒心を抱いた。
 誰もが二人のやり取りに緊張し見守るばかりの中、動いたのはフレイだった。

「私が艦長に話をつけます。どうぞ別室に。」

 フレイが示す先、出口を見てラスティは頷き彼女の後について歩き出した。
 アスランもふらふらながらも立ち上がり二人の後を追う。
 三人の姿が見えなくなったのを合図に全員が解散したのだった。



「民間人・・・にしては軍人としての訓練を受けたような身のこなしね。」

 フレイから説明をアーサーからは試合の様子を収めた写真と共に結果を聞いたタリアの第一声はこれだった。
 褒めているわけではない。
 ただでさえ微妙な情勢の中、中立国のコーディネイターが現れ尚且つフェイスを倒したのだ警戒するなという方が無理だろう。
 勿論ラスティもタリアの心情を察していて軽く手を振りながら答える。

「ははっ。保護者が護身術の教師に軍人を呼んだもんでね。」

《嘘吐け。》

 ラスティは元ザフトの紅服だ。試合での身のこなし、技術はアスランが知っている昔のラスティのものである。
 ヘリオポリスで死亡したと思われ現在プラントのIDは抹消されているが・・・・・調べられたら分かってしまうだろう。
 けれどヘラヘラ笑って答える友人の姿にハラハラするのはアスランだけだった。
 タリアはラスティの答えを聞き流し部屋を見回す。
 防音性の高い艦長室。来客に対応する為のソファが小さいながらも設置された部屋。
 ドアのロック表示を確認しタリアは二人へ向き直り言った。

「彼の話に問題あると判断したら会話を止めます。
 それでいいかしら?」
「構いません。」
「俺も良いですよ。」
「ではどうぞ。」

 タリアに促されたもののアスランは言葉に詰まる。
 どう切り出していいのか分からなかった。
 ラスティは迷いの見えるアスランにふっと溜息を吐き話し始めた。

「さて、『俺が正しい道を見つけたか』という話だったな。」
「ああ。」
「それに対する答えはNOだ。」
「なら何故!」
「だからお前は『馬鹿か?』って言われるんだ。
 誰も本当に正しい道なんてわかんねーよ。
 そもそもそんなものは存在しない。」

 タリアがラスティの言葉に眉を顰める。
 だがラスティは構わず続けた。

「過去の歴史でもそうだ。
 正しいと言われているのは今に続く道筋に過ぎない。
 if・・・もしもの歴史に意味は無いからな。
 俺達が出来るのは理想に向かって足掻くだけだ。
 そして今出来る事は何かを考える。」
「そんな事はもう!」
「考えて決めたなら何で迷ってる?
 お前は答えを焦り過ぎるんだよ。
 お前がザフトに複隊した経緯を当ててやろうか。」

 自信満々のラスティにタリアが目を細めた。
 実を言うと彼女はアスランの具体的な複隊理由を聞いていない。
 それを思えばラスティの言葉は実に興味深かった。
 友人であるラスティから見たアスランという人物の人物像が見えてくる。
 少々身を固めて構えるアスランに耳を傾けながらタリアは帽子を目深にかけた。

「オーブで出来る事が見つからなかった。」

 さく!

「でも自分には力があると思ってた。」

 さくさく!

「そこに自分の力をフルに使えるMSとフェイスの称号。」

 さくさくさく!

「『これなら俺も何か出来る』と思って飛びついた。」

 ざっく―――!!!

《お見事。》

 言葉にはしないもののアスランはラスティの推測に心の中で呟く。
 大筋当たっているだけにぐうの音も出ない。
 だが言葉の槍に打ちひしがれたアスランにラスティは更に追い討ちをかける。

「その様子だと大筋間違ってないようだな。
 でさ、ザフトの力をもらって具体的にどうしたらオーブのお姫さん達が助けられると思ったのかな?
 察しの悪い俺にもわかるように教えてぷりーず。」
「えっと・・・・・・。」

 どどっときたダメージから回復しない上に問われた内容に自分自身も考え込んでしまい言葉に詰まるアスラン。
 ふと思い当たったのはギルバートの言葉。
 思えばあの時、流れがうまく出来ていた様な気がしてきた。

 はぁあ

 深く溜息を吐いたのはそれまで黙って聞いていたタリアだった。
 被っていた軍帽を脱ぎ、素の表情を曝け出す。

「呆れた。アスラン貴方、議長の餌に釣られて戻ってきたの?
 プレイク・ザ・ワールドの被害を考えればオーブも条約締結の調印を拒むのは難しい状況だと容易に想像できたはずよ。
 本当に代表を、オーブを助けたいならザフトに入るのは方法が違うんじゃないかしら。」

 軍帽を脱いだのは軍人としてではなく個人としてという意味だろう。
 タリアの言葉にラスティも言葉遣いを変えて応えた。

「ね! 艦長さんもそう思うでしょ。」
「アスラン、確かに貴方馬鹿だわ。」

 しくしくしく・・・

 遂にはタリアにも『馬鹿』と評されてアスランは蹲りのの字を床に書き始める。
 二人に背中を向けているものの震える肩からちょっぴり涙しているのも察せられる。
 鬱陶しくも分かりやすい感情表現にタリアは苦い顔で言い放つ。

「泣いてもどうにもならないわよ。」
「おい・・・俺はザフト辞めろって言ってるんじゃないぞ。
 一度戻った以上、此処で出来る事をもう一度考えろって言ってるだけだ。
 このまま流されてたらこの先どうにも出来なくなるかもしれないからな。」
「貴方は随分しっかりしてるのね。」

 今のアスランを見ればラスティはしっかりと自分を持っているように見えるのだろう。
 だがラスティはまだ自分に納得していない様子で首を振る。

「全然。だからアスラン。
 俺が間違っていると思うなら傷つける事を恐れるな。」

 ぽんぽんとアスランの肩を叩き慰めるラスティにタリアはしばし沈黙する。
 哀愁漂うアスランと不思議と柔らかい雰囲気をかもし出すラスティ。
 二人の背中を見て再びタリアは軍帽を被った。

「もういいでしょう。」
「立会い有難うございました。」
「いえ、私も少し考えさせられたわ。」

 ラスティの話は実に難しい現実の一端を指摘したもの。
 実際タリアも『正しい道』などわからないのだ。
 そして誰もが求めている事を知っている。

「力だけでも思うだけでも駄目・・・か。」

 今になってアスランは本物のラクスの言葉を思い出していた。



 ピシュン!

 艦長室のドアが開くとレイが控えており敬礼してきた。
 習慣的にアスランが敬礼で返そうとした時、レイの後ろを白い物体を背負ったシンが通り掛った。

「「「・・・・・・・・・・・・・・・。」」」

 何と言って良いのか。
 掛ける言葉に詰まり固まる三人に対しシンはにこやかに声を掛けてくる。

「あ、艦長いたいた☆
 副長が呼んでましたよ。」

 ぴっしん

 シンの言葉を合図に硬直の解けたタリアは踵を返し通信機に向かった。
 手馴れた様子でボードのボタンの一つを押す。
 ぴっと軽快な電子音と共に通信モニターがブリッジへと繋がった。

「アーサー!?」
『カンチョー! 良かった、いくら呼び出してもシャットアウトされてて出ないから・・・。
 それどころじゃない! シンを如何にかして下さいぃ!!
 マユをおぶって歩くなって言っても【可愛いでしょ?】って言うだけで聞かないんですぅ〜〜〜!!!』
「貴方も力づくで止めなさい!」

 副長という任にありながら泣きつくアーサーに一括してタリアはぶちっと回線を切った。
 振り返ればシンが何やらレイに話しかけ、再び歩き出そうとしている。
 だがアスランとラスティはどうしたものかと困惑した様子で止めようともしない。

《これ以上うろつかせるか!》

「シン! 止まりなさい!!」
「へ? どうかしましたか??」

 流石に艦長であるタリアの制止にシンは振り返る。
 きょとんと不思議そうな顔で問い返すシンはまだタリアが引き止めた理由に気付いていない。
 その事に頭痛を覚えながらタリアは命じた。

「レイ、シンが背負っているのはマユなのね。直ぐに降ろして。」
「えええ!!? 何で!!!」
「貴方、自分の立場わかってるの!?
 ザフトが誇る最新機体を預けられているのよ。」
「わかってますよ。
 インパルスをきちんと乗りこなしているでしょう。」
「そのインパルスのパイロットはザフトの顔でもあるのよ!
 それを・・・それを・・・・・・妹馬鹿丸出しで・・・・・・・・・っ!!!
 明日の朝まで反省室に入ってなさい。」
「どーしてー!?」
「レイ、フレイはまだ万全の体調ではないの。
 悪いけどマユの世話を頼むわ。アスラン!」
「はい!?」

 いきなり振られて声が裏返る。
 カクカクっとぎこちなく振り返るアスランに対しタリアの目は据わっていた。

「とりあえず間違ってない正しい道よ。
 シンに理由を理解するまで教えなさい。」
「マユ! マユー!!」

 背負っていたマユを毛布ごとレイに取られて泣き叫ぶシン。
 この状態のシンが道理を教えたところで理解するのか。
 非常に疑問を抱かずにいられず立ち尽くすアスランにラスティは軽く肩を叩く。

《助けてくれるのか!?》

 ちょっぴり希望を込めた眼差しで振り向くアスランにラスティは笑顔で答えた。

「ま、ザフトに入ったのはお前だし。ガンバレ★」

 それだけ言ってさっさと部屋を出て行くラスティ。

 Noォォオオオ〜〜〜!!!

 いっそ格好良いかもと思うくらいに軽快なステップを踏んで去って行く友人の姿を見送りアスランは絶叫した。

 その日の夜、延々と念仏に近いアスランの説明をBGMにマユとの憩いの時間となるはずだった食事時間を反省室に閉じ込められて泣いているシンがいた。
 反省室付近は男泣きするシンの声が不気味に響き渡ったという。


 続く


 2007.1.5 UP


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