〜見えてきたもの 前編〜


 ディオキアは海辺の町。ザフト軍が基地を置いている。
 当初地球軍が拠点を置いていたのだが現在は撤退。
 町からも「また軍隊が入ってきた。」と反発があったが今は穏やかなものである。
 紳士たれという軍上層部からの命令が行き届いた結果だろう。
 「地球軍よりはずっとマシ。紳士的だ。」と好意的に受け入れてくれている。
 それ故にディオキアは穏やかで治安の良い町になっていた。

 ミネルバもディオキアに辿り着き窓から見える海にマユははしゃいでいた。
 プラントの海は擬似的なものしかない。
 宇宙に浮かぶコロニーなのだから仕方が無い事ではある。
 また殆どのコロニーには淡水の湖しかないので自然そのままの海は感動に値したようだ。
 それはマユだけではない。
 ルナマリアやメイリンを始めに現在休憩時間のヨウラン達も海を眺めていた。
 嬉しさのあまりマユは傍らのレイを見上げて叫ぶ。

「レイおにーちゃん! ウミだよ!!」
「そうだな。マユは海が好きか。」
「だいすき!」
「ならよかった。
 暫くはこの町にいられるから海を沢山見られるぞ。」
「ほんとう!? なら泳ぎたい! 砂あそびもしたいの。」
「それは・・・・・・シン次第だな。」
「おにーちゃん?」
「昨日からずっとマユと引き離されて落ち込んでいるはずだからな。
 アイツが連れて行く気力があるかどうかだ。」
「じゃあ昨日のウタ、おにーちゃんにうたってあげる!」
「トリィの歌か。」

 昨夜はシンが反省室で謹慎処分になっていた為にレイがマユの相手をしていたのだが・・・絵本の読み聞かせをしようとしたもののマユはミネルバに持ち込まれた絵本には飽きてしまっていた。
 さてどうしたものかと考え込むレイにマユは歌を覚えたいといった。
 データ破損で消えたトリィに記録されていた歌。
 意味はわかっていない様だが歌詞は間違っていないらしく意味が聞き取れた。
 メロディーラインもほぼ間違っておらずレイが予測で修正、小さなキーボードをリラクゼーションルームから借りて即興で伴奏し練習した。
 覚えが早く今はメロディーも歌詞も完璧になっていた。
 楽しそうな二人の会話に興味を覚えたのかアスランも会話に加わってくる。

「マユは歌が好きなのか。」
「うん! トリィのウタ一つ覚えたの。」
「それは凄い。じゃあシンに聴かせてあげると良い。」
「ねぇアスおにーちゃん。
 トリィはもうウタうたえないだけじゃなくて飛べないの?」

 見上げてくるマユにアスランは優しく頭を撫でながら答えた。

「いや、飛ぶ為のスラスターを直すのに材料と時間が必要なだけだから修理すれば飛べるようになるよ。」
「じゃあウタは?」
「音楽データだけが吹っ飛んで復元できなかったからな・・・。」
「別の音楽データぶち込めば?」

 部屋で篭っているのが嫌だったのだろう。
 体を伸ばしながらやってきたラスティがこれまたお気楽そうに言った。
 だがそれは不可能だった。

「けど俺はデータを持っていない。」
「俺持ってるぜ。映像データだから音声だけ抽出すれば良い。」

 ジャケットの内ポケットから小さなメモリーチップを取り出し渡してくるラスティにアスランは素直に手を出し受け取る。
 だがレイはラスティの言動から警戒心を抱いておりアスランの持つチップとラスティを交互に睨んだ。
 そのきつい眼差しに気づきラスティは苦笑しながら答える。

「そう睨むなよ。検閲していいからさ。」
「戻ってこないかもしれないぞ。」
「マスター渡すわけないだろう。マスターはオーブにあるしコピーしたメモリーチップは常に二枚持ってて片方は予備なんだ。」
「随分念入りだな。」
「なんたって秘蔵の映像だぜv」

 ぐふふ

 思い出し笑いをするラスティにアスランは上半身だけ身を引いた。
 レイも一歩後ずさりして距離を取る。
 それほどまでにラスティの笑い顔は不気味だったのだ。

「隊長、私は止めた方が良いと思います。」
「俺もそう思うよ。マユ、ラスティに近づくな。」
「疑り深いな〜。あの艦長さんに見せて良いぞ?
 ぜってー大丈夫だから!」
「そこまで言うなら・・・。でも本当に見せるからな。」
「はいはいわかってますって。」

 女性であり規律に厳しいタリアだ。
 ラスティもタリアの性格はほぼ察しているらしくアスラン達とは違い受け答えも違っていた。
 にも関わらずタリアに見せろと言うのであれば変な映像ではないのだろう。

「ところであの赤目黒髪のヤツはどうした?」
「まだ反省室です。
 どうもディオキアに着いたらいくところがあるとの事で逃げられると困るからまだ閉じ込めているそうです。」

 ラスティの問いに答えるレイは相変わらずのポーカーフェイス。
 だがその内容は普通の人なら眉根を顰めそうなものだ。
 アスランもその一人。けれど大方の理由に気づいてレイに確認するように問いかけた。

「逃げるって・・・マユ抱えて『補給』とか言って?」
「大分シンの行動パターンが分かってきたようですね。
 そろそろフレイの持っているマニュアルを見ますか?」
「分かりたくないし読みたくない。」

 フレイ・アルスター保管所持中のディアッカ・エルスマンによる『シン・アスカ取扱説明書(笑)』はミネルバの必需品として語り継がれであろうと予想出来る程に対シン対策の必需品である。
 しかし嫌な必需マニュアルだ。
 アスランは少々部下の未来に暗雲が見えるような気がして頭痛を覚えた。

「そーだフレイおねーちゃんのとこに行かなきゃ。」

 最近は寝込む事の多くなったフレイも陸に着いたのならば基地に移った方が良い。
 医師が言っていた言葉を覚えていたマユはフレイを起こしに部屋を出て行った。
 小さな人影がドアの向こうに消えたところでラスティも移動を始める。

「それじゃ基地についたから手続きして俺行くな。」
「ああ、だがくれぐれも油断するなよ。」

 去ろうとするラスティにアスランも手を上げて応えると突如歓声が沸いた。

 わあああ〜〜〜

「なんだ?」
「隊長あれ!」

 ルナマリアの声にアスランは彼女が指差したモニターを見る。
 画面に大写しになっているのはピンク色の長い髪を風にたなびかせる少女。

『こんにちは皆さーん。ラクス・クラインでーすっv』

 ピンク色のザクの手の上に乗り空から舞い降りる『ラクス・クライン』の姿に部屋にいたラクスのファンが喜びの声を上げる。
 だがアスランは戸惑い驚くばかり。

《ミ・・・ミーア。》

 ギルバートからミーアの事は聞いていた。
 ラクス不在の為に彼女にラクスの声を届ける事も報復を叫ぶプラント国民を鎮めた事からアスランに異論など出るはずも無かった。
 だがそれだけだと思っていたのだ。

《地球にまで下りてこんな派手な事するなんて・・・偽者だとばれたらどうするつもりだ!?》

 もう言葉も出ない。背中を壁に押し付けて漸く立っているアスランを横目に見ながらモニターに映る『ラクス・クライン』をラスティは無感動そうに眺めた。

「ふーん。」



 着艦報告も兼ねて基地に向かう為に降り立ったタリア達もピンクのザクの手の上で歌って踊るミーアを見上げた。
 アップテンポな曲にアレンジされた「静かな夜に」は「Quiet Night C.E.73」へと名を変えて大戦後最初に発表された『ラクス・クライン』の曲とされている。
 「これはラッキー。」と嬉しそうにリズムに乗って身体を揺らすアーサーとは対照的に違和感を拭えないタリアは沸いている会場に溜息を吐いた。
 ふと逸らした視線の先にギルバートを見つけ驚くとギルバートも気付き会釈してくる。
 プラントの最高評議会議長が地球に降下したとの情報は聞いていない。
 ならばこれは・・・。

「呆れたものね・・・。」
「あ、艦長?」

 ギルバートの許へ向かうタリアにアーサーは驚いて声をかけるが彼女は振り向かない。
 見つめるのはその先にいるギルバートのみ。
 彼女が受けていた報告はホテルへのパイロットの集結命令。
 だがパイロット全てを態々ホテルまで呼び出すのは何故か?
 基地ではなく会場がホテルである事がタリアの疑問だった。
 歩き続けるとその先にレイも来ていた。タリアに気づき敬礼するレイと微笑むギルバートに確信する。

《パイロット達を呼び出したのは・・・・・・。》



 アスラン達がやってきたライブ会場のステージ前は基地中から集まってきたザフト兵で一杯になっていた。
 彼らだけではない。金網の向こうには地元民達がズラリと並んでいる。
 基地に入港予定だったミネルバが情報を得ていなかったのだ。
 これはゲリラライブだったのだろう。
 それでもこれだけの人間が集まった事にアスランは改めて『ラクス・クライン』の名の威力を知った。

「ご存じなかったんですか?」

 困惑の表情を浮かべるアスランに気づいたルナマリアが問う。
 だがどう答えたものかと言葉に詰まってしまった。

「あ・・・ああ。」
「まあお二人とも連絡取れる状態じゃなかったですしね。」
「『連絡取る気無かった』の間違いだろ?」
「ラスティ!」

 ラスティの言葉にアスランは少々声を荒げるが、ラスティはただアスランを一瞥し再びミーアを見上げる。
 無表情でミーアを見つめるラスティが『偽者のラクス・クライン』と察しているとアスランは確信した。
 だがこの場で説明など出来るわけが無い。
 ラスティに向かい合う気になれず俯くと後方から声がかかる。

「私もこの事について訊きたいわ〜。」

 不機嫌そうにやってきたのは寝ていたはずのフレイ。
 顔色が悪くいつもの生気が感じられない彼女がゆっくりとした足取りで来るのを見てメイリンが気遣いの言葉をかける。

「フレイ!? まだ寝てなくて良いの?」
「ミネルバ内でも騒ぎで眠れないし、マユも外の騒ぎが気になって出たがってたわ。」

 言われて気付けばマユが足元に立っていた。
 応急処置で飛べないながらも起動しているトリィを箱に入れて抱えている。
 柔らかなクッションに鎮座してマユと同じく見上げてくるトリィに皆和み表情が和らぐ。
 とてとてと小走りにやってきてマユは右手を上げてミーアを指差した。

「ねー、アスおにーちゃん。
 あのおねーちゃんカガリおねーちゃ・・・ふぐ!」

 言いかけたところでラスティが口を塞ぐ。
 マユが何を言いかけたのか。アスランにはすぐにわかった。
 マユはオーブのアスハ邸で『本物のラクス』に会っているのだ。
 同じくラクスに会っていたシンがこの場にいないのは幸い。
 ほっと一息吐きラスティのフォローにアスランは感謝する。
 ラスティにもこの場でマユがラクス・クラインが偽者だという事の危険性がどれ程のものかはわかる。
 子供の言う事と切り捨ててくれれば良い。
 だが子供ゆえの言葉の真実性に着眼するものがいればどうなるか・・・。

「それ、秘密な。」
「ヒミツ?」
「そう秘密。だからシー!」
「うん! シー!!!」

 ラスティの言葉を受け、口元に人差し指を当てて応えるマユにホッとするアスラン。
 メイリンたちはラクスに気を取られていたらしく気付いていない。

「きゃあ!」

 急に上がった悲鳴に全員が振り返った。
 会場へと走りこんできた兵士に突き飛ばされたフレイがよろけるのを見てアスランが咄嗟に支える。

「大丈夫か。」
「不覚・・・バカランに助けられるなんて。」
「たまには素直に礼を言え。
 それにまだ体調は万全じゃないだろう。」
「平気よこれくらい・・・・・・って何すんのよ!」
「「「おおお!」」」

 アスランがフレイを抱き上げるのを見て周りにいた三人が感嘆の声を上げた。
 俗に言うお姫様抱っこを軽々こなすアスランにルナマリアとメイリンはちょっぴり憧れを込めキラキラさせた瞳で二人を見つめる。

「その顔色で『平気』と言われてハイソウデスカと答えられるか。
 足元もふらついているぞ。一度良くなったからと審判を買って出たりするからだ。」

 見る分には「ちょっと憧れちゃうv」で笑ってすむかもしれないが、見世物状態のフレイにとっては羞恥プレイに近い。
 ライブに夢中で殆どの兵士が自分達に気づいていないが一部の者は気づいてこちらを指差している。

《いっや―――っ!!!》

「下ろせーっ! 下ろしなさいよ!!」

 叫び暴れるフレイにアスランがバランスを崩しかけた時だった。

 トリィ!

「トリィどうしたの?」

 突然叫ぶように鳴き始めたトリィに全員が注目する。
 マユが尋ねるとトリィは羽をぱたぱたと羽ばたかせて鳴くのみ。
 だが首は金網の方向を向いている。

 トリィ! トリィ!

「あっち?」

 トリィが向いている金網へととてとてと歩き出すマユ。
 皆顔を見合わせてマユを追う。

 トリィ☆

 金網の一角。大勢の人々が詰め掛けているその前に辿り着いたところでトリィは一際大きく翼を広げて鳴いた。
 けれど変わった様子は無い。
 トリィが此処まで導いた理由がわからず首を傾げていると金網の向こうから声がかかる。

「え? ・・・・・・もしかしてもしかしなくてもトリィ??」

 マユがその声が聞こえた方へと顔を向けるとさえない青年が一人立っている。
 ナチュラルらしく平々凡々な顔立ち、少々くすんだ黒髪を短く切ってシャツもごく普通の白のポロシャツ。ズボンも草臥れたGパンだ。
 だが・・・他の者達との大きな違いはトリィの名を知っていた事。

「おにーちゃん、トリィ知ってるの?」

 マユが確認するように尋ねるのは無理もない。
 鳴き声と名前が同じだなんて安直過ぎる。
 何よりもトリィは青年を知っているらしく金網の向こうにいる彼を見上げていた。

「トリィって既製品だっけ・・・・・・でも確かキラが友達が作ってくれたって・・・。」
「マユ? どうしたの? ・・・カズイじゃない。どうして此処に?」

 ぶつぶつと呟く青年はマユの問いに答えずに物思いに耽っている。
 そこへ何とか下ろしてもらったフレイがやって来て青年の名を呼んだ。
 名を呼ばれた事で青年は再び金網の向こう側、ザフト基地内へと目を向けた・・・瞬間にカチコチに固まった。

 ピキン

「幽霊・・・。」
「失礼ね。生きてるわよ。」
「あ、熱が出てるみたいだ。
 野次馬根性で見に来たのが拙かったな。
 うんそうだ。もうホテルに帰ろう。そうしよう。」

 ぎこちない表情をそのまま固めて現実逃避して背を向けるカズイ。
 だがそんな対応をされてフレイが黙っているはずが無い。
 こめかみに浮かぶ血管がそれを証明していた。

「ちょーっと待て! ハロ!!」

 ハロっ オマエヨンダカ!

 マユやフレイと一緒にやってきた藤色のハロが呼ばれてぴょこぴょこと跳ねて応える。

「カズイを止めて! GO!!」

 フレイが掛け声と共にピコピコと点灯する赤い目。

 ハロ!

 一声叫んで一気に金網よりも高く跳ね飛ぶ。

 ひゅーん

 イテマウドワレー!

「「「え。」」」

 ぱかん! ドサリ

 何というべきだろうか。
 一発で一人の人間を気絶させる力を持ったハロに驚くべきか。
 そんな危ないペットロボを作ったアスランの技能を賞賛するべきか。
 それともハロにそんな命令をしたフレイに恐怖するべきか。
 だがしかし、ハロの凶行はフレイにも想定外だったらしく次の瞬間悲鳴が上がった。

「キャー! やり過ぎよ!!
 カズイちょっとしっかりしてー!!!」

 慌てて金網に寄るものの手が届くわけでもなく、金網が邪魔で傍に寄れない。
 そばにいた町の者達は驚いて距離を取り輪を作るのみ。誰もカズイの手当てをしようとしない。
 けれどこの一角の騒ぎに気づいた女性が一人、輪の外側から人を掻き分けやってきた。

「何があったの!?」
「ミリィ!」

 現れたのはミリアリア・ハウ。
 いつもの明るい茶髪に澄んだアクアブルーの瞳。
 肩からカメラを提げた少女にラスティを除いた全員が笑顔を浮かべた。

「フレイ・・・プラントに戻ったんじゃなかったの?
 それにカズイも何があったのよ。」
「ミリィこそどうして此処に。」
「私は取材! ・・・マユちゃんも!? それにその服は・・・・。
 アスラン! これはどういうこと!!」

 カズイをさておいて金網に齧り付く勢いで詰め寄るミリアリアの迫力にアスランは言葉に詰まる。
 ザフトの軍服。それもエリートの証である紅服を纏っている子供は目立つ。
 しかもつい最近までただの民間人だった幼女であればミリアリアが問い詰めてくるのは当たり前だ。
 だが答えられる訳が無く答えに詰まる。

「あ・・・その・・・・・・。」
「きゃーv ミリアリアさん久しぶりです!」
「メイリン。貴女も無事だったのね。良かった・・・。
 オーブ沖での戦いを後で聞いて心配してたのよ。他の皆は?」
「はい! 大丈夫です!!」

 笑顔全開のメイリンにミリアリアは心底嬉しそうに微笑む。
 追求が逸れたとちょっとホッと胸を撫で下ろしたアスランだがミリアリアは可愛い顔とは裏腹にきつかった。

「さてアスラン・ザラ。アレを含めてお話しないといけない事がたっくさんあるみたいね〜。」

 笑顔はメイリンに向けたものと変わっていない。
 だがアレとは何を示しているのかわかるだけにその笑顔が怖い。

「泊まってるホテル教えるから時間取れるかしら。」

《疑問符ついてませんけど・・・それはつまり。》

『ってかフェイスの権限で何とかしろ。』

《って事なんだろうな・・・。》

「調整する・・・今日は無理だが。」
「私も長い事ここにいる気無いから今日中に調整してね☆」

 力無く首を垂れ答えるアスランに「仕方ないわね」とでも言いたげに腕を組んで言う。
 二人の姿は女帝と部下その一の姿。
 本来ならばアスランの情けなさに部下としては叱咤しなくてはいけない姿だが、メイリンはアスランよりもミリアリアの姿に感動を覚えた。

「ミリアリアさん素敵・・・。」
「私もディオキアでミネルバ降りるから私にも合わせてよね。」

 フレイの言葉にルナマリアが驚く。
 彼女がこの基地で降りるなんて話は聞いていない。

「フレイ、降りるって本当?」
「ええ、交代要員見つかったって。」
「フレイおねーちゃんいなくなっちゃうの?」

 寂しそうにフレイを見上げるマユにフレイも思うところがあるのか、寂しげに微笑みながらマユに合わせて身を屈ませて答えた。

「ごめんね。私もマユと別れたくないけれど・・・。
 でもマユもここからプラントに戻る予定だし大丈夫、本国で会えるわよ。」

 ぎゅっ

 抱きしめ愛しそうにマユを抱き締める。
 ほんのりと鼻を擽る香りと温かさにマユもフレイの肩に手を伸ばす。
 だが何時までのそんな事をしている訳にはいかない。
 ミネルバは忙しいのだ。

「さ、夕方は皆呼び出しうけてるし、もう行かないと。」
「あれレイは?」
「何か行くところあるってさっきどっか行っちゃった。」

 ルナマリアとメイリンがそんな事を話している内に『ラクス・クライン』のライブは終わったらしく一際大きな歓声が響き渡った。

「有難う! 私もこうして皆様にお会い出来て本当に本当に嬉しいですわ〜!
 勇敢なザフト兵士の皆さん! 平和の為、私達も頑張ります。
 皆様もどうかお気をつけて〜!!」

 ミーアから『ラクスの言葉』が発せられる。
 だが何を頑張ると言うのか。
 二人が睨む先にいるミーアは何も知らず笑顔を振り撒いている。
 ラクスを知るだけにミーアの言葉と行動はミリアリアとフレイの感情を逆撫でた。

「そしてディオキアの町の皆さ〜ん!
 一日も早く戦争が終わるよう、私も切に願って止みませ〜ん!!」

 其処まで聞いてラスティは深く溜息を吐く。
 彼ももう、この場にはいたくなかった。

「今からそっちに行くからそのまま待っててくれ。
 ホテルまで運ぼう。」
「お願い。私だけじゃ連れて行けないから。」
「それじゃ。アスラン、またな。」
「ああ。」

 出入り口へと去って行くラスティの背中をただ見送るアスランにミーアの最後の言葉が響く。

「その日の為にこれからも皆で頑張っていきましょーっ!!!」

 ミーアの言葉に応じてこれまでで一番大きな歓声が基地に響き渡る。

「何かやっぱり・・・変わられましたよね。ラクス様。」

 誰に言うでもないメイリンの言葉がアスランの胸に突き刺さった。



 夕暮れが近い事を知らせるように薄くオレンジ色に染まり始めた空。
 ホテルのオープンテラスには白い大きな机と呼び出された者の数だけの椅子とティーカップが用意されている。
 一足先に議長ギルバート・デュランダルとの会談の場へとやってきたタリアとレイを護衛を傍につけずに待っていたギルバートが出迎える。

「久しぶりだね。元気だったかい?」
「ギル・・・!」

 微笑み腕を広げるギルバートは公式とは違う顔をしていた。
 レイの養父としての顔。
 甘えられる親に出会った幼い子供のようにレイはギルバートの腕に飛び込む。

「皆とも仲良くやってるかな、レイ。」
「うん・・・うん・・・!」

 ギルバートに抱き締められて頷くだけのレイ。
 普段の冷静沈着な彼なら有り得ない一面を見せられてもタリアは驚かない。
 ただ、彼女は二人を見つめた。
 レイにある人物の影を重ねて。



 夕方の議長との会談の会場へと案内する為に一人のフェイスの称号を襟元につけた青年がパイロット全員とマユを迎えに来た。
 ハイネ・ヴェステンフルスと名乗る青年はフレイに別の会場に行くように言付けて去って行った。
 だがマユを会場に連れて行くなど聞いていない。
 大慌ててでマユのおめかしの手伝いをし、指定された部屋へと早歩きで辿り着いたフレイはふぅっと一息ついてノックする。

「フレイ・アルスターです。失礼します。」

 返事は無かった。だが人の気配はしており制止する声も無い。
 そっと扉を開けると見慣れた銀色と金色が飛び込んできた。

「フレイ!」
「イザーク。それにアビーまで。どうして此処に?」
「心配してたからに決まってるじゃない!
 私はそれだけじゃないけど。」

 嬉しそうにフレイに駆け寄り手を取るアビーだがフレイは戸惑わずにはいられない。
 プラントの守備隊であるジュール隊の隊長であるイザークが何故単身地球に降下しているのか。
 聞きたそうに顔を向けるフレイにイザークは一通の封書を差し出した。

「フレイ・アルスター、お前に異動辞令だ。」

 差し出された封書を受け取り開けると其処には確かに異動命令が記してある。

「フレイ・アルスター。上記の者、ミネルバより退艦。
 直ちにジュール隊への復帰を命ずる・・・。
 それならマユは!?
 何故マユは此処に呼ばれなかったのよ!!」
「それが特別要員の名か?」

 問うイザークにフレイは頷いた。
 元々フレイはマユをミネルバにいさせる為だけに異動させられたのだ。
 逆を言えばマユの異動にフレイはついていく事になる。
 だがマユはここへは呼ばれずフレイだけに通知が渡された。
 これが意味する事は『フレイのみの異動』だ。
 フレイの反応にアビーが気遣うように話し始めた。

「マユって・・・やっぱりあのマユちゃんなのね。
 最初話を聞いた時は何の冗談かと思ったけど。
 フレイに代わり私がミネルバに乗る事になったの。
 私ならマユちゃんと面識あるし問題ないでしょう。」
「でもシンが・・・・・・。」
「誰を気にかけているのかは知らんが隊の皆はお前の帰りを待っている。」
「マユちゃんの施設にも挨拶してきたわ。
 こうして手紙も預かってるし。」

 アビーは説き伏せるように手紙を取り出すがフレイは首を振る。

「私が降りるならマユも降ろさないと!
 元々あの子がミネルバに乗っている事がおかしいのよ!」
「けれどマユちゃんには継続しての乗艦命令が出ているの。」
「上層部の決定だ。
 グラディス艦長からマユの退艦要請が出ている事は知っている。
 だが出た答えはコレだ。フェイスクラスの者が言っても駄目なら数を集める必要がある。」
「今回もう一人のフェイスが配属されるから私が働きかけてみる。
 艦長とザラ隊長は協力してくれるんでしょう?」

 こくん

 頷き、フレイはイザークとアビーの言葉に涙ぐんだ。
 二人がこれほど情報を得ているのは本当に心配して、フレイがミネルバにいる理由のマユの事を調べたからだ。

「フレイ、戦い方は一つじゃないわ。だから今は休んで。」
「有難うアビー。」

 優しくフレイを包むように抱き締めるアビーに感謝する。
 そして・・・もう一人。

「有難うイザーク。」

 応えるイザークの微笑みにフレイは目を閉じた。


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