〜見えてきたもの 後編〜


 話が終わりアスランに挨拶するというイザークとアビーを伴い通路を歩くと面会が終わったアスランたちがやって来た。
 その中にタリアとギルバートがいる事に気づき三人は立ち止まり敬礼する。だがギルバートがフレイ達のところまで来る前に小さな影が飛び出した。

「フレイおねーちゃん!」
「マユ。」
「マユ・・・コレが!?」

 フレイの足に飛びつくマユが見慣れないイザークに気づききょとんとした顔で見上げてきた。

「おにーちゃんだぁれ?」
「!?」

 その顔にイザークは驚き身を固める。

《アスランに似て・・・いや、この子供は!》

「ねー。あのね。わたしマユ。おにーちゃんの名前は?」

 イザークが驚いている事に気づいていないのかマユは楽しそうに問いかけてくる。
 何も知らない幼子に屈んで頭を撫でてイザークは答えた。

「・・・・・・イザークだ。イザーク・ジュール。」
「シン。何よその荷物。」
「私からのマユへのプレゼントだよ。少々多かったかな?」

 大量の絵本とヌイグルミ。そして紙袋いっぱいに詰まったお菓子を持っているシンに驚いて問いかけたフレイ。
 その問いに答えたのはシンではなくギルバートだった。

《《《初孫に喜ぶジジイの様な与え方です。ギチョー。》》》

 言葉に出来るはずも無いが心の中で突っ込んでしまうのは致し方ない。
 最初にプレゼントを見たアスラン達が同じ事を考えたとは思わずフレイ達は微笑むギルバートに呆れていた。

「あのね。コレごほうびなんだって!
 それからまだおにーちゃんと一緒にいていいって!!」
「議長・・・これは。」
「言いたい事はよくわかるよ。だが君にはわかるだろう?」

 イザークの問いにギルバートは意味深な言葉を返す。
 その意味をイザークは知っていた。
 パトリック・ザラの遺品から出てきた写真を思い出す。
 イザークにはまだ確信が無かった。
 だがギルバートは何かを掴んだのか見返すイザークに薄く微笑むだけだ。

「イザーク?」

 黙りこんだイザークに不審に思ったフレイが声をかける。
 更に声を掛けようとすると後方からバタバタと大きな足音が聞こえてきた。

「アスラーン!」

 ドン!

「キャ!」

 フレイを突き飛ばしアスランに抱きつく『ラクス・クライン』にシンやルナマリアも驚く。
 だがそれ以上に突き飛ばされたフレイを気遣い、手を差し出そうとすると足をふらつかせたフレイをイザークが支えた。

「大丈夫か?」
「うん、有難う。」

《イザークには素直に礼を言うんだな。》

 ちょっぴり複雑そうに二人を見るアスランだがミーアは気づかずアスランに擦り寄り叫ぶように話し始めた。

「よかった〜やっと会えた!
 ホテルにいらしてるって聞いて急いで参りましたのよv」

 突き飛ばしたフレイに見向きもしないミーア。
 ラクスの姿をしたミーアにイザークは敵意をこめた眼差しを向けるがミーアは気づかない。
 特にミーアの態度が不快に感じられたルナマリアとアビーの眼差しはきつかった。
 イザークの様子と周りの目に戸惑いミーアを嗜めようとアスランはミーアを引き剥がす。

「あやまって!」

 突如声は下から聞こえた。
 声の元がわからずきょろきょろするミーアだが今の声の主らしき人物は見当たらない。

「え? 何??」
「フレイおねーちゃんにあやまって!
 ぶつかったらゴメンなさいでしょ!!」

 下から上へ。幼いマユが全身に怒りを漲らせてミーアに叫んだ。
 漸くマユに気づきミーアは周りを見る。
 周りもギルバートも少々苦い顔をし、特に強い視線を辿るとイザークに支えられたフレイがいた。
 更にマユに抱えられたトリィと藤色のハロが同意するように鳴く。

 トリィ! トリィ!
 ハロ! アカンデー!!

 アスランも困った顔をしているのを見てミーアは戸惑う。
 分が悪い。そう判断したミーアは素直に謝る事にした。

「ごめんなさい。」

 ぺこりと軽く頭を下げて謝罪するが本当は謝りたくはなかった。
 フレイがアスランと噂されている事を知っていたからだ。
 二人の仲を報じる記事を読んだ時、ミーアは叫びたかった。

《アスランはラクスの婚約者なのに!》

 その感情が何を意味するのかミーアは気づいていなかった。

 それが意味する事は自分とラクスは違うと心の中で引いた境界線がぼやけ始めていた事。

 そしてミーアの状態を察しギルバートが薄く笑った事にも彼女は気づけなかった。

「大丈夫です。」

 ミーアにそう答えて一人で立ち直そうとするフレイだが少々顔色が悪い。
 体調がまだ戻っていない様子にアスランが声を掛ける。

「大丈夫という割りに足がふらついているぞ。
 部屋まで送ろうか?」
「アンタに心配されるとは私も堕ちたものだわ。
 これっくらい平気・・・ってイザーク!?」

 突然イザークがフレイを横抱きにする。
 いきなりの事にフレイも抵抗出来ず、バランスを支えようと咄嗟にイザークの肩に手を伸ばした。
 体勢が安定したところでイザークがアスランに答える。

「俺が送る。」
「やだ降ろしてよ!」
「意地を張る前に体調を戻せ。軍人の基本だ。」

 これには反論できず黙り込むフレイにルナマリアは感嘆の声を上げた。

「すっごーい。フレイが黙ってされるがままなんて!
 や〜んメイリンにも見せたかったわ〜。」
「ルナ!」
「はいはい大丈夫。言わないわよ。」

 こんな恥ずかしい姿を見られただけでも全身から火が吹き出そうなのにそれを言いふらされてはたまらない。
 だがそんなフレイの気持ちをわかっててのからかい。
 アビーはルナマリアとフレイのやり取りに嬉しそうに微笑んだ。
 友人が別の場所でも新たな友人が出来た事への喜びと少しの寂しさを込めて。

「アスラン、お互い忙しい身だ。俺もそう時間は取れん。
 此処の滞在も三日の予定だしな。お前の予定は?」

 フレイを抱えたまま問うイザークにアスランは考え込みながら答える。

「この後は夕食だ。食べながらで良いか?
 その後はマユとの約束もあるし。」
「構わん。では・・・。」
「そんな!
 私、アスランと食事を一緒しようと思って参りましたのよ!!」

 話を進める二人に横槍を入れてきたミーアに二人はじっと見つめる。
 だが数秒置いて二人は答えた。

「また今度。」
「こちらが先約です。」
「ちょっと!?」

 流石元同じ部隊の同僚と言うべきか。
 息の合った二人の返答にミーアは非難の声を上げる。
 だが更に横槍が入る。

「アスラン、その前に私も少し良いかな?」
「議長まで!」

 ミーアは怒っているようだが三人は意に介さず話を進める。

「ではアスラン、俺はフレイを部屋まで送り届けてくる。
 また後でな。」

 議長のスケジュールが優先と判断し去って行くイザークと一緒についていくアビーを見てミーアは漸く悟った。
 誰も此処にいる全員が自分を気に掛けてなどいないのだと。



「ホテルに泊まって良いって話だけどどうする?
 誰か一人はミネルバに戻らないと拙くない?」
「なら俺が戻ろう。マユの泊まりは決定事項。
 シンはマユの保護者でガルナハン開放の立役者。
 ザラ隊長は議長やジュール隊長と話がある上に上官。
 ルナマリアは女性だ。なら消去法で俺が戻るべきだろう。」

 ルナマリアの言葉にマユを抱き上げていたレイがマユをルナマリアに渡しながら答えた。
 だがその理由にルナマリアは顔を顰める。

「何か私の理由だけ酷く弱い気がする・・・っていうか男とか女とかって差別よ!」
「ならミネルバに戻っていつもの軍食食べて仕事するか?」
「うっ・・・ホテルに泊まらせて頂きます。」

 いつもの軍食。
 不味い訳ではないがバリエーションに乏しい食事には飽き飽きしていた。
 だがホテルのレストランならばデザートも選り取り見取り。
 この機会を逃したくは無いというルナマリアの心理を読み取ったレイの答えにルナマリアは言葉に甘える事にした。



 放って置かれるミーアは静かにけれど確かに怒りを燃やしていた。
 歌姫の怒りを察しハイネが面倒臭そうに溜息を吐く。

《よくも私を無視して・・・アスランもアスランよ!
 婚約者を蔑ろにしてフォローもなし!
 しかも何よあのハロ!
 あれはラクスだけに贈ってたものでしょう。
 他の子にも作るなんて裏切りに近いわ!!
 よーし今夜夜這いかけてやるぅ〜〜!!》

 名実共にアスランの婚約者として。
 決意を新たにするミーアの気持ちに気づいたのは呆れながらも彼女を見ていたタリアだけだった。





 すでに日は完全に沈み薄暗く人気のない広場。
 ギルバートとアスランは二人で広場の中心である噴水前までやってきた。
 人の気配は無いが噴水の傍にしたのは水音で会話を聞き取り難くするため。
 アスランに向き直り声を抑えてギルバートが話し始める。

「話というのは他でもない。アークエンジェルの事だ。
 君なら・・・何か知っているのではないかと思ってね。」
「いえ・・・私もその事を議長にお聞きしようと思っていました。」
「そうか・・・ラクス・クライン。
 本物の彼女もあの艦と一緒かね?」
「恐らく。カガリとあの艦がオーブを出るのなら彼女も連れて行くでしょう。」

《それにキラも・・・。》

 アークエンジェルとフリーダムは切り離せない対の存在として語られている。
 最終戦でメインカメラや翼をもがれ殆ど原型を留めていなかったフリーダムだがメインシステムとニュートロンジャマーキャンセラー搭載エンジンを始めとした主要部分は無事だった為に修理され封印されていた。
 その二つが姿を表したのならばキラも動いたのだ。
 複雑そうに顔を伏せるアスランから目を逸らしギルバートは呟く様に語る。

「困った事だ。
 私は本物の彼女に戻って来てほしいと考えているのだが。
 それにあの艦にも是非とも力を貸してもらいたい。」

 沈黙が二人の間に落ちた。
 答えないアスランだがそもそも力を貸すかどうかはアークエンジェルクルー達が決める事。
 ギルバートはアスランが返答しない事を気にした様子も無く再び向き直った。

「また何か分かったら知らせてくれたまえ。」
「それは勿論。
 議長も何か分かりましたら私に知らせて下さい。」
「分かっているよ。では私はこれで。」
「お待ち下さい! マユについてもお話が。」

 先程までと違い感情を荒げて叫ぶアスランにギルバートは振り返る。
 ギルバートが立ち止まった事を確認するとアスランは話し始めた。

「マユは・・・元々軍人ではありません。いえ、今だってそうです。
 そもそもザフトの入隊規定を満たしていない子供なのです。
 にも拘らず尚もミネルバに止めるのはどういう了見ですか。
 この返答を得られないのであれば私もフレイも納得しない。
 グラディス艦長も議長のお考えに疑念を抱かずにはいられないでしょう。」
「・・・私が元々遺伝子解析を専門にしていた事は聞いているかな?
 先の大戦を教訓に、何よりもMS保有数の限界からプラントはMS開発に力を入れてきた。
 だがハードであるMSの能力が上がってもソフトに当たるパイロットの能力が追いついていかないとその力は100%生かされることは事は無い。
 ザフトに優秀な者は多いが戦場で力を発揮できる者は限られてくる。
 特にインパルスといった新たなステージに進んだMSを最大限に生かせるパイロットはまた少ない。
 今回私がシンをインパルスのパイロットに抜擢したのは彼の遺伝子の解析結果から可能性を見たからだったがまだ足りない。
 だがあるきっかけで彼の力が解放された。」
「・・・それが、マユ。」

 アスランの言葉にギルバートは頷く。

「酷な話だとは思っているよ。
 元々君達の様な若者を戦場に送るべきではない。
 だがプラントは国家としてはまだ若過ぎる国だ。
 大国相手に戦うには戦力として若い世代に頼らざるを得ない事もまた事実なのだ。
 出来る事ならば争いの無い世界であって欲しい。
 皆、戦いたくは無いのだ。
 しかし先程も話した様にそれを邪魔し戦争に産業を持ち込み人の命を食い物にする存在がいる。
 それがロゴス。」

 アスランは再び沈黙する。
 だがギルバートはかまわず話を続けた。

「彼らが作ったブルーコスモスのせいでどれだけのコーディネイターが犠牲になった?
 親にナチュラルを持つ第一世代の中には肉親との別れを余儀なくされた者、友や恋人と引き裂かれた者もいる。
 大切な人を失い離れる事の悲しみ。流される涙にブルーコスモス、そしてロゴスは見向きもしないのだ。
 アスラン。月にいた事のある君なら似た思いを味わっているのではないか?」

 ギルバートの言葉にアスランの脳裏にはキラと別れた桜並木が浮かんだ。
 苦悩するアスランにギルバートは僅かに口角を上げる。

「私もマユを危険な目には遭わせたくない。
 それでも彼らに頼らざるを得ないのは英雄的存在になったミネルバの名声が広がり始めている事にある。
 それこそ『ラクス・クライン』のようにね。
 打開策は現在模索中だ。
 何よりも辛いのは絶対的に時間が足りない事。
 だから君がマユを守ってやってくれ。
 マユは常にミネルバにいる。ミネルバさえ守ればマユも守れる。」

 其処まで話して一息ついた。
 だが納得しきっていないアスランにギルバートは再び口を開く。

「まだ確信は無いものの知らなくてはいけない事もある。」
「議長?」

 それまでと違うギルバートの言葉にアスランは顔を上げる。
 だがアスランの疑問にギルバートは首を振るのみ。

「私の口からは言えんよ。
 そして君の友人も・・・言えないだろう。」

《・・・友人?》

「マユが尚もミネルバにいなくてはいけない理由はシンや戦局の事だけではない。
 アスラン。答えは君が見つけるんだ。
 私から言えるのはそれだけだ。」
「議長!?」
「答えが見つけられるまでは君にマユの配属に反論する権利を与えられないよ。では失礼する。」
「議長それはどういう・・・!?」

 まだ帰す訳にはいかない。
 ギルバートを追おうとするアスランの足を止めたのはギルバートを迎えに来た新たなフェイスの姿。
 今日会談中に紹介されたハイネ・ヴェステンフルスがギルバートに敬礼をする。
 そのまま話を続ける事も考えたがハイネがこの話を聞く事に躊躇いを覚えアスランは立ち止まる。
 ハイネはアスランにも敬礼し、ギルバートについて去って行った。

「一体どういう意味だ・・・?」

 答えはまだ出ない。





「はいあーん。」
「あーんv」

《うわ不気味。》

 マユにデザートのプリンを口元に運んで貰い顔を綻ばせるシン。
 だがいい年こいて妹に食べさせてもらう姿は不気味の一言に尽きる。
 げんなりとした顔で二人を眺めるアビーにフレイは彼女の未来に待ち受ける現実を話す。

「アビー。これくらいで驚いていたらマユの世話は出来ないわよ。
 いざとなったらシンを制しながらマユを正しく導かなくてはいけないんだから。」
「ちょっと自信なくなってきちゃった・・・。」
「大丈夫ですよ。私達もフォローしますし。」

 ルナマリアが励ますように言うがアビーはちょっぴりミネルバに来た事を後悔していた。

 ホテルのレストランでシンを始めフレイ達の食事風景を見ながらイザークはコーヒーを啜る。
 そこへ疲れた様子でアスランがやって来た。

「すまない。遅くなった。」
「構わん。食事もこれからだ。
 お前が来たら適当なのを持ってくるように言ってある。」
「助かる。有難う。で、話っていうのは?」
「・・・まずはお前の方から聞きたい事があるだろう。
 言ってみろ。」

 イザークの言葉に逡巡し、まず気になっていた疑問を口にした。

「それはやはり・・・フレイの事だな。
 彼女は一体どうしたって言うんだ?」
「アイツがザフトに志願した理由は建前上、罪滅ぼしと自分自身の意識改革のためとなっている。だが実際は違う。」
「?」
「元々アイツは償い方をいくつか考えていた。
 相談してきたアイツに俺はザフトに入ったらどうだと言った。
 元々地球軍にいたから戦えるだろうと。」

 イザークが答えた理由はわかる。
 アスランも彼女の前歴を考慮してそう答えただろう。
 だがイザークは悲痛な表情でコーヒーを置き、続けた。

「だがそれは大きな間違いだった。」
「志願したって事は彼女自身が決めた事だろう。
 お前は何に責任を感じているんだ。」
「・・・アイツは戦いに向いていないんだ。力ではなく・・・精神的に。
 特に戦争の様な重く辛い戦いにはな。
 大戦で心に大きな傷を負ったアイツは後悔も多かった。
 その内の一つが友人のコーディネイターをザフトと戦わせた事だった。」

 イザークの言葉にアークエンジェルの艦長のマリューとの話を思い出す。
 優しそうな笑みを浮かべる女性でとても軍人らしくないと思ったものだが・・・彼女がキラを戦場に送り出したとの答えに驚きを隠せなかった。

《確かアークエンジェル内でコーディネイターはキラ一人だったって話だ。
 MSを操り戦えるのがキラだけだという理由でアイツは戦場へ出てきたんだったな・・・。》

「言葉で傷つけ、更に地球軍に縛りつけた。
 アイツの後悔はアイツ自身の優しさが深いものにしている。
 そして償い方が分からずにもがいていたアイツに対し俺の返答は適当な考えから出たものだ。
 軽く受け流してくれれば良かった。
 だがアイツは真っ直ぐに受け止めた。」
「ナチュラルの中にたった一人のコーディネイター。
 つまりソレか。」
「ああ、コーディネイターの中へたった一人立つ事でアイツは自分を戒めようとしているんだ。
 それだけじゃない。ニュートロンジャマーキャンセラーの情報を地球軍に齎したことで戦争に核を持ち込んだのは自分だと責任を感じている。
 自分が犠牲者の数を増やしたのだと思い込む事、そして戦場に近づく事をきっかけにアイツは悪夢に苛まれる様になった。
 アイツ自身の為に示すべき道は他にあったのに俺が示したのは軍に入る事だ。」
「最終的に選んだのはフレイ自身だ。
 お前がそこまで責任を感じる必要はないだろう。」

 アスランの言葉にイザークは否定するように首を振る。

「最初は・・・アイツが抱えているものが見えなかった。
 いつも笑っていて上官である俺達にも平気で喧嘩吹っかけてきて、だけど自然と隊に溶け込んで感情豊かに見えた。
 だがアイツがジュール隊に配属された最初の演習がきっかけでアイツは一度倒れた。
 その後悪夢に魘されて体調を崩し寝込むようになったんだ。
 医師の判断では精神的なものが理由と分かったが・・・・・・退役を勧めたがアイツは頑として首を縦に振らない。
 何故だと問えばアイツは答えた。」

『一生かけても償い切れないと思う。
 それでも私は此処で償うと決めたの。』

 今もあの時のフレイの悲しそうな微笑と言葉が脳裏にちらつく。

「本当は他にやりたい事もあっただろう。
 ヘリオポリスでは工業カレッジに通っていたぐらいだからな。
 俺は戦争中に民間人の乗ったシャトルを撃ち落した。
 確認もせずにストライクを仕留められなかった悔しさに任せて。
 あれで大切な人を失った者もいるだろう。
 俺だって本来はオーブに、彼らに償いをしなくてはいけない。
 だが俺が選んだのはザフトに残る事だ。
 俺自身が軍人である事に向いていると感じていることもある。
 何よりもあの戦いで学んだものを大きいからな。
 それを次代に伝え、本当の意味でプラントを守る事が俺なりの償いだ。」

 そこまで言って一息吐くイザークをアスランはただ見つめるだけしか出来なかった。
 アカデミー時代は何かと勝負を吹っかけられ、ウザイくらいに直情型だった彼しかアスランは知らない。

「だから俺は・・・・・・アイツを守りたい。
 ジュール隊は幸い後方支援や本国の守備を主とする隊だ。
 よほどの事が無い限り前線に出る事は無いからな。
 それこそプラントに直接攻め込まれない限り。
 成り行きとは言えミネルバに乗って地球に降りたと聞いた時は大丈夫かと思ったが・・・。」

 イザークの言葉を受けてアスランはテーブルの上で手を組んで答える。
 視線は手に、思い出しながら語り始めた。

「最初の頃はまだ良かったよ。
 だが俺達が気づかないだけで夜は魘されてたかもしれない。
 本来ならマユと同室だったはずだがマユはずっと兄であるシン達の部屋に寝泊りしていたからな。」
「そうか・・・・・・。」
「一度魘されているフレイを見た。随分と酷い悪夢みたいだな。」
「ああ・・・・・・一度カウセリングを受けさせて内容を聞き出したんだが戦争で死んだ者がフレイにしがみついて恨み言を呟き続けるらしい。
 延々と・・・延々と。自分自身が押し潰されそうな圧迫感の中、それでもそいつらを振り解けない・・・という事だ。」

 その言葉にアスランは沈黙する。

「フレイは絶対にミネルバから降ろす。
 その代わりにジュール隊からアビーを連れてきたんだ。
 あの子供が降りれない以上それ以外にフレイを降ろす方法が無いからな。良いなアスラン。」

 イザークの言葉にアスランは頷いた。
 アスラン自身に異論は無いくらい此処最近のフレイは彼女らしい生気が失われていたのだ。
 いつも通りに見えてどこか弱々しい。そんな彼女をアスランも見ていたくない。

「お食事をお持ちしました。」

 ウェイターの言葉で二人は緊張を解く。
 不思議と周りが見えないほどに集中していた自分に気づきイザークはフレイがついていたテーブルを見た。
 既に食事は終わっており最後の紅茶を飲んで女三人楽しく話をしている。

「明日の予定はどうだ?」
「やはり無理だな。明日休暇を取るものが何人かいるし。
 その分フォローしなくてはいけない。この後は・・・。」
「アスおにーちゃん! ご飯まだなの?」

 テーブルの横にマユが来ていた。
 ミネルバとは違う食事が気に入ったのか、満足げな微笑と口の端に残るクリームが何とも可愛らしさを引き立てていた。

「マユ・・・。」
「あのね。トリィの事もだけどハロもお願いしたいの。」
「ハロ?」

 口元をアスランに拭いて貰いながら強請るマユにイザークはラクスが持っていた丸いボールのようなマイクロユニットを思い出す。
 だがあれはアスランのオリジナルでアスラン自身気に入った相手にしか贈らない事はヴェサリウスとガモフでは有名だった。
 それをマユが持っていたところを通路で見た事を思い出し漸く納得する。

「マユのたからものあずかってほしいの。」
「物入れのスペースを作れば良いのかな。
 あまり大きなものは無理だぞ。」
「これ〜。」

 ピンクの携帯と小さな香水瓶を取り出す。
 香水瓶もわからないが携帯はもっとわからない。
 だがマユの言葉で疑問は解消する。

「おまもりとママのにおい。」
「そうか・・・わかった何とかしよう。詳しくは部屋でな。」
「マユ? 部屋戻るぞ〜。」
「シン。じゃあ二人で俺の部屋で待っててくれ。」
「まだ食事してなかったんですか?」
「直ぐに終わらせて行くよ。」
「そんじゃ。」

 アスランの部屋の鍵を預かりシンはマユと一緒にレストランを出て行った。
 見送りながらイザークが問う。

「あの子供・・・。」
「やっぱ驚くよな。マユをミネルバに乗せる事は反対なんだが・・・シンが戦果をあげている事実がある。
 そしてアイツの精神をマユが支えているんだ。」
「精神コントロールも出来んパイロットに依存するなど危険だぞ。
 上層部は何を考えているんだ。」
「俺も艦長も言ってはいるんだが・・・先程も議長とその事については話した。」
「返答は?」
「少数精鋭のザフトでミネルバの名は広く轟いているからこそシンのモチベーションを保っておきたいらしい。
 アイツが今のミネルバの力を支えているようなものだからな。」

 聞きたかった事はソレでは無かったがここはレストラン。
 人目は気にした方がいいだろうと判断しイザークはアスランに合わせて答える事にした。
 けれど・・・。

「アビーがフレイの代わりに入ると同時にあの子供・・・マユを本国に戻すよう働きかけるつもりだそうだ。
 手を貸してやってくれ。」
「ああ・・・。」
「それにしても随分似ていない兄妹だな。第一世代か?」
「いや聞いてはいないけど、どうやらそうらしいな。」
「一見するとお前と兄妹に見える。
 実は年の離れた妹がいたとか言わないだろうな。」
「まさか。ずっと母は月にいたし、プラントでもユニウス・セブンに移るまでずっと俺が一緒だったんだ。
 妹が出来てたら俺が知らないわけが無い。
 年が離れているなら尚更父も母も黙っていたりはしないよ。」
「ならお前の隠し子か。」

 ぶっ!

 イザークらしくない冗談にアスランはコーヒーを噴出す。
 気管に少し入ったらしく咳き込みながら叫ぶ。

「いきなり何を言い出すんだ! 吹いちゃっただろうが!!」
「いや、年齢的に不可能ではないだろう。」
「それは理論上の話だろう。
 大体マユが生まれた年からして俺はプラントにいたしラクスという婚約者もいた。
 女の影なんて一つも無かったぞ。」
「だろうな。お前は二股かけられるほど器用ではない。」
「分かってるならそんな事言うな。」
「けど月にいた頃、プラントに帰国する直前に出来ていたら・・・・・・計算が合うぞ。」
「え?」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 一つだけ思い当たる夜を思い出す。

「何だその間は。覚えがあるなんて言い出すなよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・ある。」

 一石投じてやろうと思って振った話題だったが予想外の答えにイザークは目を見開く。

「あったのか。奥手に見えて意外に手が早かったんだな。」
「けど!」
「まあその相手が今何処で何しているかは知らんが、あのパイロットの妹で正式なIDがあるのだからありえない話だがな。」

 それだけ言ってイザークは話を打ち切った。
 だがアスランの胸の内には別れ際のキラの微笑みが蘇り消える事はなかった。


 続く


 2007.1.17 UP
 (UPの際、誤字脱字に気付くと痛い・・・。)

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