〜明かされた秘密 後編〜


 潮風の香るおしゃれなカフェ。
 テーブルの一つには赤いセミロングの髪が風に揺られ物思いに耽るフレイがいた。
 向かいにはイザーク、その隣ではアスランがコーヒーカップを手に空を舞う海鳥達を眺めている。
 堂々とフレイの前にいるもののアスランが受けた命令は監視である。
 勿論最初は影からこっそり後をつけていた。
 だが物陰に隠れていたアスランをイザークが背後から捕まえたのだ。

『どうせ監視でも命じられたんだろう。
 お前のその服、センスが微妙で目立っていたぞ。
 どうせばれているんだ。堂々と監視しろ。』
『それじゃ監視の意味が・・・。』
『早々にばれたお前の落ち度だ。』
『・・・はい。』

 間抜けな話ではあるがイザークの言葉に間違いは無い。
 観念してテーブルについて堂々とフレイ達の前にいるのはそんなわけだ。
 だがそんな間抜けなアスランを見ている人物がいた。

「何やってんだかね〜。」

 タリアよりアスランの監視依頼を受けたハイネが彼らのテーブルから離れた席でカモフラージュの新聞の影で呆れた様子で呟いた。



 しばらく経つとミリアリアが店に姿を現す。
 その後ろに続くカズイとラスティの姿を見止めフレイは手を上げた。

「フレイ待った?」
「ううん全然。」

 笑顔を浮かべて挨拶するフレイとミリアリアにカズイはまだフレイの生存がまだ信じられないらしく呟いた。

「本当に生きてたんだ・・・。」

 強張った顔でぎこちなく笑みを浮かべるカズイにそれでもミリアリアの時よりはマシとフレイは苦笑した。
 だがその一方でラスティが姿を現したと同時にイザークが立ち上がり驚愕する。

 がたっ

 驚きのあまり勢いがついてしまったのだろう。椅子が倒れる。
 しかし倒れた椅子を直す事も忘れてイザークは声を詰まらせた。

「な・・・ラ・・・。」
「やっほーv そこの彼女が生きていたのが奇跡の一言で片付くんだろ?
 なら俺が生きてても奇跡で納得。O.K.?」
「・・・・・・・・・・っ!」

 お気楽なこの口調。以前と変わらぬその笑顔にイザークは夢幻でない事を確信する。
 イザークの同様にラスティの生に衝撃を受けたアスランはイザークを宥めるように言った。

「イザーク、気持ちはわかる。
 だが今はあまり騒いで人目を引くのは拙い。」
「後で一発殴らせろ・・・。」

 怒りを必死に押さえ込んで椅子を戻し座りなおすイザークに「こわっ!」と肩を竦めるラスティ。
 だがラスティ受け入れたイザークの態度にアスランは「らしいな。」と苦笑するのみだった。
 そんな彼らの様子に新聞の影からラスティを見るハイネの目が光る。
 飲み物と軽食をオーダーするミリアリアに倣ってカズイとラスティも適当にオーダーして席に着いた。

「さ、何から話す?」
「まずは・・・あの『ラクス・クライン』が何者なのか。
 アークエンジェルで会ったきりの私ですら別人だとわかるわ。
 何なのあの子。」
「当然気づくよな。」
「同性なら違和感を感じるわよ。
 いくら人が変わる事があるって言ってもあれじゃおかし過ぎるわ。」

 フレイの言葉にアスランは苦笑する。
 違い過ぎるミーアだ。
 ラクスを知るものであるフレイの複雑な思いを察し答えた。

「彼女の名はミーア。ミーア・キャンベル。
 議長が用意した『ラクス』だ。」

 アスランの言葉に全員の顔が険しくなるが驚くものはいない。
 始めからわかっていた事に確証を得ただけだ。
 唯一違うのはハイネ。
 新聞の影で動揺を隠そうと必死に特集記事を見つめる。
 だがそんなものは気休めでしかない。

《偽者!? なっ・・・どういう事だ。
 しかもアスラン。アイツその事知っている。こいつ等も・・・。》

「どういうつもりだ議長は。
 ラクス・クラインを利用し汚している。」
「いや、ミーアはそんなつもりでは・・・実際彼女が発した『ラクスの言葉』で国民の感情は鎮められプラントの報復攻撃は最高評議会により回避された。」
「それだけで終わっていればな。
 だが今の『ラクス・クライン』はなんだ。
 彼女はこんな風に『戦争を煽る』ライブは絶対に行わない。」

 辛辣なイザークの言葉にアスランは反論の言葉が見つからない。
 アスラン自身も思っていた事だ。
 最初のあの放送のみで終わっていれば・・・コンサートを始めたミーアと基地での言葉を聞く限り容認できる範囲を大きく超えている。
 ミリアリアもイザークの言葉に頷き言い募った。

「確かにね。【勇敢なるザフト兵士の皆さ〜ん】って・・・サブイボ立ったわよ。」
「ミリアリアはアークエンジェルでよくラクスと話していたな。」
「ええ、年の近い女の子って少なかったし。」
「ならこの情報はもっと驚くぜ。」

 ラスティがにやりと笑うその様に全員が注目する。

「オーブにいた『本物のラクス・クライン』がザフトのMSアッシュに乗ったコーディネイターの特殊部隊に暗殺されかけた。」
「「「「なっ!?」」」」
「それを・・・君はどうしてそこまで詳しく知っているの?」

 唯一冷静にラスティの言葉を受け止めたカズイの問いにミリアリアも頷く。
 オーブでそんな情報は報道されていない。
 MSによる襲撃事件なんて派手な事件が国民の耳に入らないわけがないのだ。
 むしろそれを秘密裏に行われたという方が信じ難い。

「襲撃情報を事前にキャッチしてヤマト准将に流しておいた。
 規模を考えれば奴等犠牲がどれだけ出ても構わないらしいとわかったし孤児院の子供やマルキオ導師も巻き込まれて殺されてしまうからな。
 だから彼女達はオーブを脱出したんだ。」
「そんな馬鹿な! オーブの国境警備はそんなに甘くはない。
 MSの様なデカイものが進入してきたら厳戒態勢で防衛するはずだ。
 騒ぎがあれば国家元首の結婚式だって延期になる。
 そんな情報、他国にだって知られるはずだ。」

 アスランの言葉にラスティは頷き答えた。

「だから、警戒網に引っかからなかったんだよ。
 意図的に奴等を引き入れたやつがいるんだ。」
「・・・・・・セイラン宰相か。」
「それは違う。」
「何故言い切れる!? 彼はカガリやキラを邪魔に思っている。
 彼女達と懇意にしているラクスのオーブ在住も好ましくは思っていない。」
「だけど違うんだ。セイランである事は確かだがな。」
「ユウナ・ロマ・セイランね。」

 フレイの言葉にラスティは肯定するように頷いた。
 それでもアスランには納得できずラスティに怒鳴りつけた。

「だがそれを放置した宰相にその意図が無かったとは!」
「言い切れるんだ。
 情報を流すように指示したのがタヌキ親父だ。
 そして代表の国外脱出を促した。」

 常にカガリと対立していた宰相の対応にアスランは信じられない様子でラスティを見つめる。
 アスランの様子に一息吐いてラスティは苦い顔で締め括った。

「アスラン、目に見えるものだけが真実じゃない。」
「誰もが皆、必死だな。」
「そうだね。」

 ラスティの言葉を受けてイザークが呟き、カズイの言葉を最後に沈黙が降りた。
 誰もが思わぬ事実に各々考え込む。

《オーブの内部事情・・・ね。
 だがラクス・クラインの事は・・・どう判断したものか。》

 オーブの内部事情はプラントとは直接関係無い事。
 だがラクスの事は公表されればザフトだけでなくプラント全体が揺らぐトップシークレットだ。
 判断しかねハイネは戸惑う。

「話、変わるけどカズイはどうしてこの町にいたの?」
「ミリアリアに呼び出されたって言うのもあるけど・・・お遣いもあってね。」

 カズイの返答にフレイが問いただすようにミリアリアを見るとその視線に苦笑してミリアリアは答えた。

「取材を頼んだの。ヘリオポリスからの避難民の。」
「今の時期に何故だ。」
「それは貴方自身にも深くかかわる事よ。」

 アスランの問いにミリアリアはそう答えてイザークに視線を送る。
 すると了承するようにイザークは頷く。
 二人の様子に他の四人が顔を見合わせているとミリアリアがカバンから一つの写真立てを取り出しテーブルに置いた。

 カタン

 軽い音を立ててアスランに向けられた写真立てには一枚の写真が入れられていた。
 アスランの母レノアと幼いアスランが並んで写っている。
 自分の写真をミリアリアが持っていた事に驚いて写真立てを手に取る。

「これは?」
「貴方のお父さんの遺品よ。
 ディアッカがこれだけはと取っておいたの。」
「これを・・・父が?」
「問題はその写真じゃなくてもう一枚の方よ。」

 言われてよく見てみると確かにもう一枚挟んである。
 不思議に思いながら留め金を外すとレノアと写っている写真の影から母子の写真が出てきた。
 見覚えのある顔だ。
 栗色の髪にアメジストの瞳。
 柔らかく微笑み赤子を抱いているのは間違いなくキラだった。
 だが今よりも少し若い。
 何よりもこれをパトリックが持っていたという事実がアスランを混乱させる。

「キラ・・・いやでも、何故父上がこれを・・・・・・。」
「その赤子。今はいくつになっているだろうな。」

 イザークの言葉にアスランは頭を殴られたような衝撃に襲われる。
 アスランには覚えがあった。
 たった一度、一夜限りの事ではあったが・・・。

「ねぇ裏に何か書いてある?」

 カズイに言われてアスランは写真を裏を返した。
 そこに書かれた名は一つだけ。だが身近に同じ名を持つ者がいるだけに更に衝撃を受ける。

「マ・・・ユ・・・・・・。」

 それきり声を失うアスランに黙っていたフレイが口を開いた。

「ミリアリア。こうして話すって事は確証があっての事よね。
 それは何?」
「それは俺から話すよ。」

 カズイの言葉に全員の視線が集中する。
 アスランが顔を上げていることを確認してカズイはゆっくりと話し始めた。

「ミリィに頼まれた取材の最大の目的はこの事を確認する事だったんだ。
 初めはキラと同じ区画に住んでいた人を探していたんだけど、ヤマト家の隣に住んでいたっていう老婦人が浮かんできてね。
 でもその老婦人が大西洋連邦の中でも田舎の一軒家に移り住んでいたんだ。」
「だから無理を承知で取材依頼をしてカズイに行ってもらったの。」

 ミリアリアの言葉に頷いて再びカズイは口を開く。

「会って話して・・・色々わかったよ。
 オーブでキラの妹と登録されていた子の写真を見せたが彼女は見覚えは無いと答えた。」

 !?

「ヘリオポリスにいたマユは藍色の髪にキラ譲りのアメジストの瞳をした2歳の女の子だったって。
 そしてマユは・・・。」

 カズイの耳に心地よく響く上品な老婦人の声が蘇った。
 彼女はコロコロと嬉しそうに笑いながら答えた。

『マユちゃんはよく覚えているわ。とっても可愛い子だったもの。
 ヤマトさん達は対外的にはキラちゃんの妹と言っていたけど、それはキラちゃんが若過ぎるからなのよね。
 マユちゃんは本当はね。』

「キラの娘だって。」

 沈黙が支配する。
 アスランは戦慄き手にした写真を取り落とした。
 テーブルの上に落ちた写真を盗み見たハイネは見覚えのある色彩に驚愕する。

「だが・・・じゃあシンは!?」
「今思うとマユの口からは『ママ』の言葉は出ても『パパ』とは一度も言った事が無かったわ。
 死亡認定された中にマユ・ヤマトという名の女の子がいたわね。
 あの子が本当のシンの妹じゃないかしら。」

 フレイの言葉にカズイも頷いて続ける。

「多分ね。IDの方はキラがハッキングして書き換えたんだろう。」
「けどタイミングがおかしいわ。
 だって戦後になってキラは家族の行方をマーナさんに調べてもらっているのよ。
 データは地球に下りてきた時には既に書き換えられていた。」
「それは・・・・・・確かに。」

 ミリアリアの言うとおりキラが書き換えたにしてはタイミングにズレがある。
 答えに詰まるカズイに代わり今度はラスティとイザークが言葉を繋ぐ。

「シンはマユを妹として公表している。
 だがIDを調べられればすぐにばれる事だ。それを知られずにいられたという事は。」
「協力者がいるな。そしてソイツがIDを書き換えたのだろう。」
「けど一体誰が!」
「今はそんな事を論議している場合じゃない。
 問題はミネルバに乗っているマユが本当にキラ・ヤマトの娘なのかだ。
 そして父親が誰なのか。
 アスラン、お前は覚えがあると言ったな。
 その相手はキラ・ヤマトか?」

 イザークの問いに全員がアスランに注目する。
 重く長い沈黙の後、アスランは一言で答えた。

「ああ。」

 答えに息を吐いてイザークは更に問いかける。

「何故黙っていたのか。
 今も尚黙っている理由はわからんが・・・もしお前の娘だったらどうする。」
「どうするって当然。」
「シン・アスカから引き離すか。」
「!?」
「時間が流れているんだよ、アスラン。」

 ラスティの言葉にアスランは言葉を失う。

 娘がいました。
 その子は何故か血の繋がりの無い部下の実の妹という事になっています。

 この場合、父親である自分が引き取って万事上手くいくかと言うと話はそんな単純なものではない。
 ましてやシンがマユに溺愛する姿を見て引き離す事は考えられなかった。

「話していても拉致があかん。まずは確認だ。アスラン。」

 ぷちっ

「イテ! 何するんだ!!」

 行き成り髪を一本抜き取るイザークにアスランは非難の声を上げる。
 だがイザークは我関せずといった様子で答えた。

「ディアッカの伝手を使って口の堅い研究員に遺伝子解析を依頼する。
 マユの髪も手に入れなくてはな。フレイ。」
「任せて。」

 はぁっ

 重荷が一つ降ろせたといった様子でカズイが一息吐く。
 そこでフレイがもう一つ残っていた疑問を口にした。

「ところでカズイのお遣いって?」
「もう一回大西洋連邦の権力内の国に住んでいる人に届け物。
 取材に応じる代わりにって頼まれたんだ。」

 カズイが取り出した封筒を取りラスティが宛名を見る。

「わざわざ人に届けさせるとはねぇ・・・。
 いいよ。これは俺が引き受ける。」
「でも君コーディネイターだろ?
 ブルーコスモスの活動が活発なところだから危険だよ。」
「行き先が同じなんだよ。この宛名の人物の家に行くんだ。」
「俺は助かるけど・・・。」
「なーに大丈夫☆ 俺強いし★」
「こいつの強さは俺達が保障する。大丈夫だ。」

 イザークの言葉とアスランが頷いて肯定するのをみてカズイはラスティに頭を下げる。

「そろそろ行きましょう。話も終わった事だし。」

 彼らの話は終わった。
 監視はおしまいとハイネは彼らが完全に去るのを纏うと冷えたコーヒーに手を伸ばす。

「監視役の人も色々混乱しているようだし?」

 ぎっくん☆

 フレイの言葉にハイネはぎくっと体を強張らせる。
 ツカツカと歩いてきたフレイがハイネの持つ新聞を取り上げた。
 見上げると微笑むフレイが立っており他の皆も驚く様子もなくハイネの周りに集まっている。
 完全にばれたと開き直ったハイネが腕を組むとフレイが笑いながら言う。

「全然ページ捲らないなんて不自然極まりないわよハイネ。」
「はは・・・いつからばれてた?」

 おちゃらけて問うハイネにイザークが呆れ果てたように答えた。

「最初からだ。そんな特徴的な髪型をした奴がそういるか。
 この話をどう報告するかはお前に任せる。
 好きにするがいい。」
「良いの? 議長に消されたりしないか??」
「俺達がプラントにいるラクス・クラインが偽者だと騒いだところで本物がいなくては証拠が無いも同然だ。
 遺伝子解析をしても本物の遺伝子構造の記録データが改竄されたら終わりだからな。」
「アスランの娘の話は?」

 その問いにアスランは首を振り答える。

「議長も気づいているだろう。
 俺が気づかなくてはいけない事とはマユの事だったんだ。
 恐らくマユをミネルバに留め置いている理由も・・・。」
「遺伝子解析は議長の専門だもんな・・・。」

 呟きハイネは身を仰け反らせて空を見た。
 吸い込まれそうな鮮やかな青空。
 けれど自分がすべき事が浮かんでくるわけが無い。

《さて、俺はどうするべきだろうな。》





「おにーちゃん。いつになったらもどってくるの?」

 砂浜で足を放り出して座るマユが砂堀りのスコップを放り出して言うのは無理も無かった。
 シンがバイクで出て行ってから2時間近く経っている。とっくに戻ってきていい時間だがまだ姿を現さない。
 流石に心配になってきたメイリンが呟く。

「もうお昼過ぎよ。シンってば何してるのかしら。」
「ね、かえろう。おにーちゃんしんぱいだもん。」

 立ち上がりメイリンに強請るように言うマユだが、今回の海に来たのはマユの為だ。
 それを思うとこんなアクシデントでマユの楽しみを切り上げるのはとメイリンは戸惑い答える。

「でもマユちゃん。せっかく海に来たのに・・・。」
「おにーちゃん、どこかでマイゴになってるかも。
 さがしに行こう?」

《《《ここで事故って発想じゃない辺りが凄い。
代わりに迷子かよ。》》》


 ぐぐぅ〜〜〜

 ある意味幼児らしいマユの発想に唸っているとお腹がなる音が響く。
 見ればお腹を押さえるマユに出店から漂ってくる海鮮料理の匂い。
 釣られて皆空腹を覚えてしまい、どっちを優先しようと店とマユを見比べているとレイがマユに言い聞かせた。

「昼ご飯を食べてから帰ろう。
 基地には連絡しておくし自分のせいでマユが何も食べなかったらシンは悲しむぞ。」

 お腹が空いていた事もありマユはレイの言葉に素直に頷き答えた。

「んっとね。イカたべたい!」
「ならイカ料理を頼もう。」
「それじゃ私はタコ!」
「えーと俺は海老も食べたいしでも他のも気になるんだよな〜。」
「何言ってんだヴィーノ。メニュー見てから決めれば良いんだよ。」

 笑いながらパラソルを片付け始めるヨウランとヴィーノ。
 メイリンも荷物をまとめ、手伝うマユが重そうにえっちらおっちらとよろけているのを見て笑っている。
 レイは基地への連絡の為に通信機を取り出した。
 同じ頃、ミネルバのレーダーから電子音が鳴り響いていたとは誰も思わずに。





「只今戻りました。」

 アスランが敬礼してタリアの部屋を訪れるとタリアはまたモニターを睨んで顔を上げて答える。

「あらアスラン。丁度良いわ、シンを迎えに行ってくれるかしら。」
「は? 海まで全員をですか??」
「いえ、先程レイから連絡があったわ。
 マユ達と遅めの昼を食べてからこちらに戻るそうよ。
 だけど海に着いた早々ミネルバに一旦戻ると言ったシンが戻ってこないそうなの。
 レイからの連絡とほぼ同時にシンからエマージェンシーコールが発せられたわ。
 ルナマリアが準備しているから貴方も手伝って。」
「わかりました。」

《しっかし休暇中にエマージェンシーなんて・・・。》

 格納庫へ向かうと忙しそうに走り回るルナマリアがいた。
 指示や機材手配をしている彼女に確認しようと声を掛けるとルナマリアは嬉しそうに答えた。

「あ! よかった隊長。戻ってきたんですね。
 艦長からお話は聞きましたか?」
「シンが行方不明との事だが・・・発信は何処から?」
「地図と照らし合わせたところ海辺ですね。
 断崖だったんですが・・・バイクは見つかったもののシンの姿が見えないんです。
 だから海に落ちたんじゃないかと。」
「バイクを残してか? 何をやってるんだアイツ。」
「今船の手配をしています。」
「有難う。では準備が整い次第出発だ。」
「了解!」

 敬礼して別れた二人がそれぞれ手配の続きをし、船の準備が整い出向しようとしたところでレイたちが戻ってきた。
 まだ着替えておらず私服姿のマユがアスランに駆け寄ってくる。
 敬礼するレイがアスランがMSとは関係ないセクションにいる事に驚いていない様子で既にシンのエマージェンシー発信の話を聞いているのだと察する。

「アスおにーちゃん!」
「・・・マユ。」

 心配そうに見上げてくるマユ。
 シンを思ってマユはよくこんな顔をする。
 いつもはただ宥めるだけだったが今日はアスランの中で今までとは別の感情が渦巻いていた。

《マユが・・・俺の娘?》

 確証は無い。だが・・・、

「おにーちゃんかえってる?」
「これから迎えに行くのよ。」

 問うマユにルナマリアが答えた。
 兄の行方を知るのはルナマリアと判断したマユが今度はルナマリアの足にしがみ付いて更に問いかける。

「ルナおねーちゃん! おにーちゃんどこにいるの?」
「ちょっと迷子になってるみたいなの。
 あの船に乗って今からシンを連れ帰ってくるから待ってて。」
「や! マユも行く!!」
「でも危険だから・・・。」

 首を振ってルナマリアから離れようとしないマユに困惑する。
 だが危険を伴うかもしれないのにマユを連れて行くことは出来ないとルナマリアは首を振って言い聞かせた。
 そこに意外な声がかかる。

「良いじゃないか。連れて行っても。」
「隊長?」

 いつもなら有り得ない返答にレイが驚いた様子でアスランを呼ぶ。
 ルナマリアも驚いてアスランに反論した。

「けど船は小さめで身を乗り出したら落ちてしまいます。
 用意した救命胴衣はマユちゃんには大き過ぎますし。」
「俺が抱えて乗るよ。」
「ですが!」
「責任は俺が取る。」

 言い切るアスランはフェイス。
 ルナマリアが反論できるわけが無い。
 不服だと言いたげなルナマリアを置いてマユの視線に合わせて身を屈ませアスランは言った。

「一緒に行こうマユ。」
「うん!」

 その時少しだけ、シンの気持ちがわかるような気がする程にマユの笑顔はアスランには眩しかった。





《マユ、心配してるだろうな。》

 夕日に染まり赤くなった空を見上げながらシンは思った。
 上るには道具が必要な断崖絶壁。
 泳いで陸に上がれそうな岸辺に行くにはシンはこの辺の地理に疎い。
 途中で体力が尽きてしまう可能性もある上に。

《あの子は泳げないしな。》

 基地に戻る途中、シンは断崖の上で楽しそうに歌いながら踊る少女を見つけた。
 楽しそうにしている少女にシンもうれしくなった。
 自分やマユのように悲しむ人が減り彼女の様に幸せそうな人が増えるといい。
 そう思い再び前方に目を向けたところで悲鳴が聞こえた。

 ばっしゃぁん

「え!?」

 ヘルメットを着けていたら聞こえなかったかも知れない。
 慌ててバイクを少女がいた絶壁まで戻して下の海を覗き込むと泳げないらしく助けを求めるようにもがく少女にシンはすぐさま海に飛び込んだ。
 暴れる少女を必死に宥めながら浅瀬に連れて泳いだもののこの様だ。
 何よりも少女の精神状態を考えると無理な脱出方法は避けた方が良い。
 そう判断したシンはエマージェンシー発信チップを折った。
 これでミネルバには連絡が行っているはず。
 後は待つだけ。シンは火を起こす為に洞窟内に漂着していた乾いた小枝集め始めた。

 夕日は段々と水平線へとその姿を隠し始めた。
 パチパチと音を立てて燃える火を見ながらシンは儚げな少女に背を向ける。
 互いに下着姿。服はずぶ濡れだった為に見つけた木切れを組み合わせて作った即席物干しにかけて干している。
 冷えた体を暖め服が乾くまでの間、沈黙が辛く途切れ途切れながら少女と会話を交わした。

《この子も・・・戦争の被害者だったなんて。》

 何かに常に怯えている少女。
 父親と母親を知らないと答え、『死』という言葉に異常なほどに反応し暴れるその様子にシンは彼女の持つ影に唇を噛み締める。

《守る・・・絶対に。
 ステラもマユも。もう誰も悲しませたりしない!》

 シンは決意を新たにする。
 少女・・・ステラが足首に巻かれたハンカチを気にし触れていた。
 岩で切ったのか血が出ている事に気づいたシンが巻いたものだが、その表情が穏やかな事から不快に思っているわけではないらしい。
 ふと思い立ったようにステラは立ち上がり服から何かを取り出す。

「はい。」
「くれるの?」

 微笑み頷くステラにシンも微笑み手のひらに乗るものを見る。
 薄紅色の桜貝の貝殻。
 大切に持っていた事から彼女の宝物なのだろう。

「有難う。」

 淡く微笑むステラにシンは微笑み礼を言った。



 日が完全に落ち、乾いた服を身に纏ったシン達は強烈なライトに照らされる。
 眩しさに目が眩んでいるとライトの向こうから甲高い声が響いた。

「おにーちゃん!」
「マユ!?」
「休暇中にエマージェンシーとはやる時は本当に派手にやってくれる奴だな。君は。」
「隊長!」
「おにーちゃんダイジョウブ!?」
「全く何やってんのよシン。皆心配したんだからね。」
「ルナも来てたのか。サンキュ。」

 文句を言いながらも救出にやってきた上官と友人にシンは素直に感謝しボートに移ると断崖の上で叫んでいる声が聞こえてきた。

 ステラ〜ステラ〜〜
 ステラ〜この馬鹿! 何処にいるんだ〜

「ステラを呼んでる!」
「スティング・・・アウル・・・・・・。」
「ステラの家族だ。探しに来てくれたんだ。」
「なら急いで行った方が良いな。行くぞ。」

 アスランの号令でボートは洞穴から離れる。
 ボートの中で毛布に包まりちぢごまっていたステラの手をマユが安心させるように握っている様子を見てアスランは複雑そうに顔を顰めた。



 あれから無事にステラを二人の少年に引き渡した・・・が、アスランはあの三人に見覚えがあった。


《アーモリー・ワンのエアポートにいた彼らが・・・何故このディオキアに?
 それにあのアクアブルーの髪の少年。こちらを睨んでいた。》

 出会った少年達二人の容姿を思い出し考え込むアスランの後ろでマユはシンの頬の傷を心配している。
 血は止まっているものの頬に残る傷跡は確かに見ていて痛々しかった。

「おにーちゃんまたホッペいたそう。」
「大丈夫、平気だよ。」
「何が平気なんだか。ほら!」

 不意打ち。
 消毒液たっぷりの脱脂綿を押し付けられてシンは悲鳴を上げる。

「イッテー! 何すんだよルナ!!」
「海水に浸かってたんでしょ。
 本当は真水で洗い流すのが一番なんだけど雑菌が入っているかもしれないし?
 マユちゃんの為にもきっちり手当てしておかないとね?」

 再び脱脂綿を構えるルナマリア。
 決してその行動を否定する事は出来ない。
 だがその笑顔が心底自分を心配してのことではないと語っていた。

「さあシン、こっちを向きなさい♪」

 にじり寄ってくるルナマリア。
 車の中では逃げられずシンは悲鳴を上げた。

「鬼―――っ!!!」


 続く


 2007.1.27 UP

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