〜戦艦ミネルバ 日常の風景〜


 宝物は小さな貝殻。
 ふとした衝撃で壊れるかもしれない優しい桜色。
 失くさない様に壊さない様にするにはどうしたらいい?

「あーきびーんひーとつーくーださーいなー!」

 マユ・アスカの結論は『瓶に入れる』こと。
 小さな貝殻をペンダントにしようにも穴を開けるのは忍びなく、ただ箱に入れて隠してしまうには勿体無い。
 兄のシンの願いを叶えるものを思いついたマユはシンの手を引っ張って食堂へやってきた。
 入り口のドアが開くと同時の第一声。
 料理長がきょとんとした様子で顔を出す。

「マユ? おやつはこれから作るからもうちょっと待たないと。」
「ちがーう! あきびんちょーだい!!」
「空き瓶? そんなもの何に使うんだ。」
「これ入れるの〜☆」

 マユの手には小さな桜貝の貝殻。
 何とも優しい色合いとマユの嬉しそうな笑顔に厨房奥にいた調理師達が微笑んで棚や機材を見直し始める。

「空き瓶なぁ・・・ありゃこっちには無いや。」
「おーいそっちは?」
「だめ空き缶しかない。この間、基地で一通り捨てたばかりだったし。」
「こっちは色つきのなら・・・でも透明が良いんだよな。」

 がちゃがちゃとガラスや金属がぶつかり合う音を立てながら皆探し始めるがどうにも丁度良いものはない。
 空き瓶があっても元々軍艦の食堂なのだ。どれもこれもマユが持てそうな丁度良い大きさではない。

「こりゃ駄目だな。」

 料理長が困った顔でマユに言うと・・・

「これは?」

 一人尋ねるように呼びかけてきた。
 その声に皆振り返ると示されたのは苺ジャムの瓶だった。
 まだ赤いジャムが残る瓶を見てマユは嬉しそうにそれを抱え込む。
 形も大きさも問題ない。何よりもマユにとって嬉しいおまけつきだった。

「いちごのにおいがする。」
「そりゃ苺ジャムがまだ入っているしな。」
「これちょーだい。」

 マユのお願いに料理長が応えようと瓶を受け取る。

「まだジャムが入ってるから・・・おい、移す容器は?」
「丁度良いのがないですね。」
「いっそオヤツに使ったらどうです?」
「じゃあ今日のオヤツは。」
「ジャムサンドとかって言ったら踵落とし。」

 調理師達の言葉に頷いてメニュー宣言しようとした瞬間、シンの底冷えする声が耳元に響いた。
 いつの間にか背後に立って耳元に口を寄せて脅してくるザフトレッドの姿に料理長を始めとした他の調理師達も冷や汗を流す。

 たら〜

「そんな手抜きは許さない。」
「シン・・・作る俺達の労力や手間にも配慮して欲しい・・・。」
「ジャムトーストなんて手抜きも許さない。」
「・・・・・・えっと・・・・・・。」

《《《時間もないのにどうすりゃいいんだよ!》》》

 目の前にはジャムの瓶とおやつを待っているマユ。
 背後にはメニューに煩いシン。
 逃げたくても逃げられない状態に皆が怯えているところに天使の声が響く。

「どうしたんですか?」

 アビー・ウィンザー。
 フレイの交代要員である彼女の姿に皆が飛びつくようにして声を掛けた。

「良かったアビー、仕事だよ仕事。」
「え?」
「この苺ジャム使い切れるマユ用のオヤツ作ってくれ。
 シンが納得するヤツ!」
「と、言われても・・・私もこの後呼び出されているんですけど。」
「だってシンが怖い〜〜!!!」

 怯えて救いを求めるように手を組んで祈る姿にアビーも困り果てて口元に手を当て考え始める。
 条件は手を抜いていないように見える手作りおやつ。
 作ってやるのは簡単だが時間を作るのは簡単ではない。
 ならばどうするかと考えていたアビーがふと思い出した様に言った。

「あ☆ あれならマユちゃんが喜ぶかも。」
「「「何々!?」」」
「ホットケーキのタネは直ぐ作れます?」



 アビーの要望に応えてホットケーキミックスで直ぐに作られた。
 他に材料と道具ははマグカップとマーガリン、苺ジャム。

「生クリームもあると助かりますね。」
「冷凍ホイップならあるぞ。」
「十分です。それも用意しておいて下さい。
 じゃあシン、作り方のメモ書いたからこの通りにマユちゃんにやらせてね。」
「マユに?」
「その方が喜ぶから。」

 それだけ言って他の仕事に戻っていくアビーを見送りシンは手元のメモを見た。


 @マグカップにマーガリンを塗る。
 Aホットケーキミックスをマグカップの半分くらいまで入れる。
 B苺ジャムをお匙一杯入れる。好みによってはもう一匙加えてもよし。
 C電子レンジで温める。(マグの口からみえるくらい膨らんだら止める。)

 後はお好みで生クリーム等をつけて食べましょう。
 他の皆の分も作るのもいいかもね。


「これだけ?」
「なるほどそーゆー事か。」

 アビーの意図に気づいた料理長が深く頷く。
 だがシンは意味がわからず首をひねるばかり。

「どーゆー事?」
「やらせてみろよ。」
「???」




 電子レンジの中でぷっくりと膨らむマグカップの生地。

「ふわわわっ☆」
「これ・・・・・・蒸しパン?」

 アスカ兄弟の感動と疑問の声に料理長が嬉しそうに答えた。

「蒸してはいないけど似たようなものだよ。
 コレなら火を使わないし調理中のやけどの心配もない。
 一気に膨らむ過程が見られてマユも退屈しないし一石二鳥だ。」

 確かに問題ない。
 事実マユは喜んでいた。

「これマユが作ったの?」
「そうだよ。温かいうちに食べなさい。
 ほらホイップのおまけつき。」
「いただきます!」

 マユが与えられたフォークを手に溶けかけたホイップが載ったマグケーキを一掬いして口に運ぶ。
 ほんわかと温かなホットケーキと同じ味、マグに塗ったマーガリンの匂いと苺の香り、それらを優しく包む生クリームが上手く絡み合った味にマユはシンを見上げて言った。

「おいしい。」
「良かったなマユ。」
「おにーちゃんの分は? おにーちゃんのもマユが作ってあげる!」

 微笑ましい光景。
 仕事を終えて休憩に入ったクルーが入ってきて段々と食堂は賑やかになる。
 食事よりも軽食。アフタヌーンティーを楽しみに来た者が多くマユの周りは人だかりになった。

「「「「「いっただっきまーす☆」」」」」

 何時の間にやら人数は増えに増え、いつものメンバーに休み時間になったクルー。
 マユと同じようにマグカップにケーキを作って舌鼓を打つ。

 甘いケーキの香り、人々の笑い顔。
 温かな空気の中心は間違いなくマユだった。
 いつの間にか休みに来た副長のアーサー、新しくやってきたフェイスのハイネ、艦長であるタリアまで苦笑して注意しない。
 いや出来ない。
 それは何故か?

「日常・・・・か。」

 最後にやって来たアスランがぽつりと呟く。
 戦艦らしくない緊張感の足りない艦。それがミネルバ。
 よく似た戦艦があったと思い出しアスランは複雑そうな表情を浮かべた。

《いつまで・・・守れる?》

 くいくいっ

 項垂れるアスランにマユが裾を引っ張った。

「アスおにーちゃんもハイ!」

 満面笑顔のマユ。その笑顔にある人物を重ねアスランは愛おしそうにマユの頬を撫でた。

「守るからな。」
「ん?」
「マユは俺が守るんだ! デコランは引っ込んでろ!!!」
「誰がデコランだ! このシスコン!!!」

 今はまだ言い争いだけだが喧嘩を始めた二人に全員が自分の回りにいる人間を見る。
 こんな時に真っ先に止めてくれる人物を探すが今日はいない。

《《《そーいやフレイ降りたんだっけ!》》》

 誰も止められない喧嘩が始まった。
 そう皆が覚悟した瞬間でかいファイルが二人に直撃した。

「喧嘩するな!」

《《《勇者がいた!》》》

 そこに立つのはフレイ・・・ではなくアビー。
 喧嘩を始めた二人に説教を始める姿はフレイと同じ。
 再び食堂に笑いが零れた。


 そこには戦いの真っ只中にいる者の緊張感はない。
 しかし一つ言える事はあった。
 不敗神話を誇るミネルバ。
 その艦の日常を支え、心を癒すマユ。
 だが皆、知らなかった。

 戦い続ける以上、この日常が壊れる日がくると。


 END


 1月に大阪で配布した無料配布SSです。
 本当は22話と同時UPする予定だったのですが睡眠不足が祟って思いっきり寝てしまいました。
 仕上げまで後ちょっとなので同じ日に上げられると思いますが・・・先にこちらをUPします。
 ちなみに只今の時刻4:36なり。

 2007.2.21 SOSOGU

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