〜宇宙へ〜


「オーブが参戦する!?」

 ターミナルから齎された情報にカガリが驚きを隠せずに問い返す。
 出奔したとは言えカガリは現在もオーブの代表首長の座にある。何よりも彼女の愛国心は本物だ。
 それを思えばこの情報は辛いものでしかない。
 中立国オーブは本来他国の戦いに関与しない事を理念としている。
 にも関わらず今回の戦いに参加するという事実は国民に動揺を齎す。
 マリューはカガリが何に心を痛めているのかを察しながらも答えた。

「ええ確かな情報よ。既にオーブを出て黒海に向かっているそうよ。」
「ウナト・・・。」
「仕方ないと言えば仕方ないな。
 オーブは同盟国。敵対するプラントを討つ為にと要請されれば突っぱねる事は出来ない。
 宰相としては軍を出さざるを得なかっただろう。」

 冷静に今回の派兵について推測するバルトフェルドの声にブリッジは静まり返った。
 キラも沈痛そうな面持ちで考え込み他のクルーも複雑そうな表情を浮かべている。
 皆そんな事はわかっている。
 そう言いたげにカガリはバルトフェルドをきっと睨みつけるがバルトフェルドは飄々とした様子でコーヒーを啜るだけ。
 それまで沈黙を保っていたキラがマリューに向き直り問いかける。

「マリューさん、オーブ軍は何処の部隊が出ているかわかりますか?」
「旗艦はタケミカヅチ、総司令官は一応ユウナ・ロマ・セイランとの事だけれど・・・実質的な司令官はトダカ一佐だそうよ。」

 オーブ軍最大の戦力を誇る空母タケミカヅチ。
 これを出してくると言う事は総力戦に等しい。

《オーブは本気か!?》

 協力するにしても態々この艦を出してくる意図は何なのか。
 眉根を顰めるキラにマリューは更に言葉を続けた。

「これは補足情報だけれど・・・今回の遠征軍の構成を決めたのはセイラン宰相だそうよ。
 司令官を指名したのもね。」

 トダカはオーブ軍の中でもカガリ寄りの将校で有名だ。
 元々アスハ家は軍部でも大きな影響力を持っているが皆が皆カガリに忠誠を誓っているわけではない。
 セイラン寄りの将校もいる中、態々トダカを指名したウナトの考えが分からずカガリもキラも沈黙する。
 それまでコーヒーの香りを楽しんでいたバルトフェルドが手にしたカップに視線を落としたまま呟く。

「・・・厄介払いか。はたまた信頼の証か。」
「それを知るのは当人のみです。」

 キラの言う通りここで何を言ってもオーブ軍の行軍は止められないしウナトの意図を知るすべは無い。

《トダカ一佐・・・。》

 今、黒海に向け海を渡っているだろう『共犯者』にキラはただ無事を祈っていた。



 海鳥が鳴く声が響く軍港。
 ミネルバへの搭乗口前に数人のザフト軍兵士が集まっていた。
 ミネルバ側には主に紅の軍服を纏った兵士達。彼らの前に緑色の軍服を纏った少女と白い隊長服を纏った銀色の髪の青年。
 ミネルバを正式に降りるフレイの見送りの為、シフトの空いている者はみんな集まっていた。
 互いに敬礼する彼らの表情は複雑だ。
 永久の別れではないが当分会う事は叶わないと思うと淋しさを感じずにはいられなかったのだ。

「そんな顔しない! 大丈夫、きっとまた会えるから。
 アビーも、マユの事よろしくね。」
「ええ。」

 フレイと入れ替わる形でミネルバ配属となったアビーが友人からの期待の言葉に答える。
 その傍らではイザークがアスランと握手を交わしていた。

「ではアスラン。またな。」
「イザークありがとう。」

 互いに利き手で固く握り締める。
 クルーゼ隊として戦っていた頃には無かった信頼が今在ることを認識し合う。
 自分達ではアスランがこんな握手を交わしてくれることはないだろうとシンを始めとしたパイロット達がこれまた複雑そうな表情で二人を見つめるのを見止め、ハイネは先行きの不安を感じ軽く息を吐いた。

「フレイおねーちゃん!」

 本当に行ってしまう。
 それを漸く認識出来たのか離さないとばかりにフレイの足にしがみ付く。
 イヤイヤと顔を振るマユの髪を梳くようにそっと撫でてフレイはマユを抱き締めた。
 その時にそっとマユの髪を一本、指に絡め取る様子を見てイザークは目を僅かに細める。

「行かないで。」
「大丈夫また会えるわ。」
「ヤダヤダぁ!」
「約束する。また会えるから。」
「・・・ゆびきり。ウソついたらハリマンボンだよ。」
「甘いわねマユ。億くらいはいかないと。
 ・・・何があっても生き抜いて絶対会いに来るから。」

 !

 フレイの『生き抜く』という言葉の重さに気付いた者は少ない。
 大戦を経験し生き延びた者にしか分からないフレイの固く深い決意にアスランは拳を握り締める。

 ゆーびきーりげーんまーん
 うそついたらハリオクホンのーます!

 二人の間で交わされる約束を前に顔を強張らせるアスランを見て、イザークはハイネに目配せする。
 心得たと言いたげに頷くハイネにイザークはほっとした様子でフレイを連れて歩き始めた。
 振り返ったのは一度、それもフレイだけ。
 二人が見えなくなっても手を振り続けるマユを宥めてミネルバに戻るシン。
 レイやルナマリアを先に戻らせ二人きりになるとハイネは言った。

「アスラン、暫く単独でシンとマユに近づくな。
 そんな精神状態ではお前に任せられない。
 当分の間パイロットの指揮は俺が執る。いいな。」
「・・・ああ。」



 黒海へ向かうオーブ遠征軍は嵐に巻き込まれていた。
 ブリッジから見える海は暗く大きく艦が揺れる。

「大分荒れてきましたね。」
「だがまだまだ可愛いものだ。これから更に揺れるぞ。」

 トダカとアマギの会話に司令官席でバケツを抱えてユウナがげっそりとした顔で呻く。
 視線こそ逸らしているもののブリッジに詰める者達は侮蔑の表情を浮かべた。
 司令官は座っていれば良いわけではない。兵の指導者なのだ。
 単に乗り物酔いになり易いだけならば何も感じないだろうが、今回の遠征にしゃしゃり出てきたのは宰相の命令によるものではなく本人の希望だと言う。
 首長の一人とはいえ、ろくに軍に関わってこなかった人間が突然総司令官だと言われて「はいそうですか」と受け入れられるはずもない。
 はっきり言ってお飾りの指令官。誰も彼を気遣う様子を見せなかった。

「まだ揺れるのか・・・。」
「部屋でお休みになっては如何ですか?
 この先はもっとキツイ行軍になります。」

 バケツを手に海を見つめるユウナにトダカは平坦な声で告げる。
 慇懃無礼な態度に引っかかりを覚えるものの怒鳴る元気の無いユウナは忌々しげに答えた。

「・・・大西洋連邦軍と合流する前には呼べ。私が彼らと立ち会うのだからな。」
「わかりました。」

 視線を流すだけでトダカは振り向きもしない。
 何を考えているのかわからない部下達にユウナは憤りながら席を立った。

《全くパパも何だってあんな奴らに今回の戦いを任せたんだ。
 総司令官を一軍人に任せようとして・・・信じられないよ。
 大西洋連邦とはこの先の事を考えれば僕らが直接繋ぎをつける必要がある。
 だから僕が行くと言ったのに・・・。》

 部屋への通路を一人歩きながらユウナは舌打ちする。
 脳裏に浮かぶのは渋い顔をした父の顔。
 自分が総司令官として出ると言った時、ユウナは父親に誉めてもらえると思った。
 ちゃんと政治を勉強している。いつか父親のように、カガリを支えられる首長になろうと考えて頑張っている自分をウナトは評価してくれると考えていたのだ。
 だが反応は予想と違った。
 子供の頃からいつも忙しそうにしていたウナトは自分とろくに向き合ってくれた事は無い。
 それだけナチュラルとコーディネイターの対立が深くなり大変なのだと母親に諭され、そんな父の力になれるようにと母親が進めるままにずっと好きだった文学や芸術の本を箱に詰め部屋の隅に仕舞った。
 そのうち始まった戦いはオーブを巻き込みそれまで主導権を握っていた首長たちは死亡、セイランが筆頭に立つことになり自分も閣僚の一人となった。


 彼は父がどんな想いで今回の出兵を決めたのかまるで理解していなかった。



《オーブが参戦する・・・。全く、あの国と事を構える事を避けたかったのだけれど。》

 タリアは報告書を見て溜息を吐く。
 既にオーブ軍は黒海に向かっている。
 衝突は避けられず腹を括るしかない。
 そこまで思い至り空を仰ぎ椅子の背もたれに身を預ける。
 思うのは『誘拐されたカガリ』とキラのこと。
 そしてミネルバに乗る藍色の髪の青年。

《戦い難い事この上ないわね。》

 オーブに個人的な恨みは無い。むしろ好感を抱いている。
 同盟条約やオーブ領海際の戦いに思うところがないわけではないが、オーブの状況を理解にしているつもりだった。
 カガリがいなくなり今はセイランがオーブを取り仕切っている。
 大西洋寄りのセイランならばこの派兵にも納得がいく。
 だが負けてやる義理は無い。
 手元のパネルを操作しタリアはモニターに映ったメイリンに告げた。

「アスランとハイネ、それからアーサーを呼んで頂戴。」

《ザフトは、ミネルバは勝たなくてはいけない。》

 タリアはモニターを再び切り替え地域情報を見直し始める。

《何故なら負けはコーディネイターの絶望を意味しているのだから。》

 戦うのは大西洋を始めとした連合軍。だが真の意味で倒すべき影を見据えタリアは唇を噛み締めた。



「こんな時にアークエンジェルを離れるべきではないかもしれません。
 けれど行かなくては。」

 ラクスはそう言って宇宙へ上がる意思を皆に伝えた。
 ブリッジにいた全員が息を呑む。
 それは宇宙がザフトの独壇場と言っていい程にプラントの勢力が強いところだからだ。
 『偽ラクス』を擁するギルバートがラクス・クラインを放っておくわけがない。
 都合の悪い本物を消しにかかるだろう。
 ラクスの言葉に真っ先に異を唱えたのはキラだった。

「駄目だラクス。君が宇宙に上がるなんて。」
「キラ・・・けれど遂にオーブも参戦を余儀なくされました。
 この先流れはどんどん悪い方向へ進む事でしょう。
 だからこそ私たちは知らなくてはいけません。議長の真意を。
 彼が望む未来の本当の姿を。
 そのヒントは宇宙にあるはず。危険を冒してでもいく必要があります。」
「けど・・・それなら僕も。」

 その言葉にラクスは右の人差し指でキラの唇を押さえる。

「バルトフェルド隊長も上がられるのに貴女まで宇宙に上がったらアークエンジェルとカガリさんはどうなります?」

 この言葉にキラは反論する術を失う。

「私は大丈夫です。ミリアリアさんもアークエンジェルに合流します。
 貴女は貴女の成すべき事を、私は私の成すべき事を・・・ね、キラ。」

 それだけ言うとラクスは皆を振り返り再び話しはじめた。
 宇宙に上がる作戦を。



「急に呼び出して悪いわね。」
「いえ、ところで御用の方は?」
「まずは・・・連合とぶつかる事になったのは知っているわね?」
「はい。」
「あちらとしてもスエズへの陸路は立て直したいでしょう。
 かなり戦力を集めている様子だわ。増援も呼んでいるし。」
「増援?」
「今回の援軍はオーブ軍だそうよ。」

 オーブと言われアスランは動揺する。
 その様子を確認した上でタリアは言葉を続けた。

「まぁ、いつかはとわかってはいたけれど実際にそうなってみるとやはり辛いものがあるわね。
 けど貴方も覚悟なさい。」
「・・・っ。」
「実を言うとオーブがジルラルタルに向かっているのかこちらへ向かっているのかまだわからないわ。
 けどこの時期の増援ならばやはり巻き返しと見るのが常道でしょう。
 司令部も同意見よ。本当に鬩ぎ合いね。」

 暗に淡い期待を抱くなとアスランに言っているのがわかる。
 黙りこむアスランに代わりハイネが問いかけた。

「増援以外のスエズの戦力は?
 どのくらいの規模になるんですか連合は。」
「数はともかく・・・アレがいるのよ。インド洋にいた地球軍空母。」
「それは例の強奪機体を使用している?」
「ええ。おそらく彼らも来るわ。全く厚顔無恥とはこの事ね。開戦前にプラントを襲撃したのが自分達だと完全に公言したも同然よ。」
「インド洋の件についてはプラントも抗議をしたのでは?」
「・・・返答はあったわ。だけど連合の返答は子供の言い訳でしかなかった。」

『確かに彼らは世界の安定を損なおうとした異分子と言うべき存在ではあるが、志を同じくする者として受け入れた。プラントもテロリストを引き渡さず現在も尚庇い立てている事実がある。自分達はテロリストを庇って置きながら我々に彼らの引渡しを要求するとはどういうことか。
 そちらが誠意を見せ引き渡していれば開戦もこのような事態も避けられたはず。よって彼らの引渡しには応じられない。』

「無茶苦茶な・・・。」
「それでも最初のオーブの発表が効いているわ。連合内でも問題の部隊にあまり良い感情は寄せられていないようね。今回の戦いも殆ど寄せ集めの部隊。オーブとも連携が取れているのか怪しいわ。
 この辺に勝機が見えてくるかもしれないわね。
 とにかく本艦も出撃よ。最前衛ダーダネルス海峡に向かい守備に着きます。
 けれど・・・。」

 タリアの歯切れの悪い言葉に三人は怪訝な顔をする。

「艦長、すぐに出撃する必要があるのでは?」
「さっきも言ったでしょう? 鬩ぎ合いだって。
 あまりに互いの戦力が集中し過ぎて周辺の治安が不安定になっているのよ。
 それに乗じて彼らが何らかの仕掛けをしてこないとも限らないわ。
 時間が無いけれど周辺地域を調査、警戒せよとの連絡も来ているの。
 とりあえず報告されているだけの情報をいくつかを調査させているけれど・・・一つ気になる施設があるのよ。」
「施設?」

 タリアの言葉にアスランが問い返すとタリアは渋い顔で返した。

「ロドニア、ディオキアからそう離れていない奥地なんだけど・・・ここに連合の息がかかった施設があったと近隣の住民から通告があったのよ。」
「あったと言う事は・・・今は使われていない、という事でしょう?
 警戒する理由はなんですか。」
「極最近まで連合の車両やMSが出入りしていたそうよ。
 もしも廃棄されたのが見せ掛けであった場合・・・。」
「背後を突かれる可能性がある。そういう事ですね。」

 アスランの言葉にタリアは頷く。
 アーサーが息を呑みハイネは険しい表情になる。

「時間が無い。だから戦闘準備と調査を分担してもらいたいの。
 アーサー、貴方はこのまま出撃準備よ。各部署への指示をお願い。
 ハイネ、アスラン。貴方達は周辺地域の調査と施設への調査隊の派遣をお願い。
 どちらが何を担当しても良いわ。時間がなく緊急を要するので迅速にね。」
「わかりました。」

 敬礼する三人にタリアも敬礼で返す。
 ここからは時間との戦いだ。
 しかし、ふとアスランが思い出したように問う。

「こんな時にとは思いますがグラディス艦長。先日お預けしたデータの事ですが・・・。」

 データという言葉にハイネとアーサーが反応する。

「例のオーブの民間人が残していったアレね。
 ごめんなさい。時間が無くてまだ見ていないのよ。
 ウィルスの心配は無い事だけはチェックしたけれど。」
「戦闘が始まればマユを一人にしてしまうかもしれません。
 出来れば少しでも心の慰めになるものを用意しておいてやりたいのですが。」

 アスランのマユへの態度の変化にタリアが不審そうに見つめる。
 ハイネが気付いてフォローを入れる。

「確かに今はマユの精神状態が直結してシンの精神状態になってますからね。
 戦闘に影響しかねません。」
「・・・そうね。
 アーサー、これをお願い。」

 手渡されたメモリーデータを手にアーサーが退出していった。
 続いて退出するアスランを見送りタリアは残ったハイネに問う。

「どういう心境の変化かしらね。」
「・・・・・・情が移ったんじゃないですか?」

 そう言ってハイネも出て行く。

《答えなんてすぐに出るかよ。》



 マユとシンがメディカルルームで向かい合う。

「バンソーコーかえまーす。
 イタイのがまんね。」
「はーい☆」
「誰かこのラブラブ兄妹どうにかして・・・。」

 メディカルルーム勤務の女性兵が溜息を吐く。
 浅黒い肌がいつもよりさえない色をしているのは気のせいでは絶対無い。
 いやマユはいい。
 まだまだ幼い子供だからあの仕草も言動も納得できる。
 親や兄弟に甘えたい年頃なのだから理解できる。
 だが・・・・・・・。

《16歳にしてそれはどうなのシン!》

 シンがマユの可愛さを見せびらかそうとおんぶしてミネルバ艦内を歩き回ったのは記憶に新しい。
 こんな奴がザフトの誇るエースパイロットかと思うと悲しいものを感じたものだ。
 だからこそ兄妹ラブラブ光線をこれ以上発光させないで欲しいと思うのは我侭だろうか?
 せめてフレイがいたならば彼女がシンを殴り飛ばしてマユを隔離してくれただろうが頼りだった彼女はおらず交代で入ってきたアビーは今現在引継ぎ&戦闘準備で精一杯。

《救世主は何処に!?》

 祈りの言葉が通じたのかメディカルルームのドアが開いた。

「シンはいるか?」
「レイ?」
「はーい。バンソーコーはりかえ終わったよ。」
「そうかマユ、有難う。
 シン、ハイネから呼び出しだ。」
「何なんだ?」
「とにかく急げとのことだ。」
「これからミネルバはまた移動じゃなかったっけ?」
「俺が知るか。とにかく来い。」
「じゃあマユ、部屋で待ってて。」
「や。」

《《《いやマユ、『や。』じゃないって。》》》


「お兄ちゃんどっかいっちゃうからマユはなれないもん!」

 海での事件が原因だろう。
 マユはシンから離れようとしない。

 ハロ! アカンデー!!

 抗議するようにハロが飛び回る。
 はぁっと大きく溜息を吐いてレイはマユを抱き上げて歩き始めた。

「ああ! レイ、ズルイぞ!!」

 シンがレイを追いかけて出て行ったところで女性兵はほっと安堵の溜息を吐いた。



 ラクス・クラインの慰問ツアー終了。
 それに伴いディオキア基地は沸いていた。
 歌姫ラクスが宇宙へと上がるためのシャトルはこの基地から出るのだ。
 地上にいる彼らがラクスに会える最後の機会。
 コレを逃したら次は何時、生のラクスに会えるかわからないのだ。
 運よく休暇が取れた兵士達が心躍らせていると外に黒塗りのリムジンが止まった。
 出迎えのない基地の入り口に声が響く。

「ハイハイドモドモ! あんじょう頼むでぇ!!」

 どうにも微妙なイントネーション。
 突如現れた怪しさ180%の男に入り口を固めていた兵士が構える。
 だが次に響いた声と麗しい容姿の少女に緊張を解いた。

「はーい☆ 勇敢なザフト兵士のみなさぁん★ こんにちはーお疲れさまでーっすv」
「らっ!? ラクス様お早いお着きで!」

 兵士の声に中にいた者達が皆入り口に注目する。
 先程もニュースで報道されていたラクスが今目の前にいるという現実に皆が興奮していた。

「慰問ツアーお疲れ様でした!」
「とても素敵で・・・感動しました。あのサインを頂けないでしょうか!?」
「ちょっとお前図々しいぞ。ラクス様はお疲れだって言うのに。」

 すぐに囲まれるラクスを守るようにマネージャーらしきサングラスの男が前に出て、出迎えの兵士に言う。

「悪いけど早ぅシャトルの準備頼むでぇ。ケツカッチンやさかい。」
「しかし・・・定刻よりもお早いお着きですので。」
「急いでるから早よ来たんや! せやから急いでぇな。」
「はっ! はい!!」

 慌てて身を翻し司令部に走る兵士を見送りラクスは発着ロビーのソファに座る。
 当然のようにラクスを守るように立ち塞がるマネージャーの威圧感に怯える兵士にラクスはにっこりと微笑み問いかけた。

「サインですか?」
「・・・はい! あのよろしいですか?」
「構いませんわ。」

 答えるラクスにマネージャーが戸惑いの表情を見せるがラクスは気にせず色紙とペンを受け取った。
 スラスラと踊るように流線が色紙に描かれる。
 それは間違いなく『ラクス・クラインのサイン』だった。
 澱みなく書き上げられた色紙をラクスは受け取った時と同じ笑顔で兵士に返す。

「有難うございます! 光栄ですっ!!!」
「いえいえ、これからも平和の為に頑張って下さいね★」

 ウィンク付きの言葉に兵士は頬を真っ赤に染め上げる。
 沸騰しそうな程の赤い顔の兵士を押しのけ我も我もと他の兵士達も色紙を手に集まってきた。

「あの俺も!」
「私もお願いします!!」

 途端に人の海になったロビー。
 そこにフレイとイザークがやってきた。
 『ラクス・クライン』と同じシャトルでプラントに帰る予定だった二人はラクスの急な予定変更を聞いて慌ててやって来たのだ。
 プンスカと怒りながらフレイが呟く。

「まったくいい迷惑よ。」
「それには同感だ。」
「私、ちょっと一言くらい言って来てやるわ。」
「フレイ。」

 偽とは言え議長が身元保証するラクスだ。
 イザークが止めようとするがフレイは手を振り払って言った。

「それくらいしなきゃ気がすまないわ。
 イザークは私達のシャトルがどうなるのか。『ラクス・クライン』と一緒なのか確認に行って頂戴。」
「全く・・・。」

 イザークは止めても無駄だと呆れて司令部に向かった。
 人だかりとなったロビーを押しのけてフレイは進む。
 兵士の一部は割り込んできたフレイを押しのけようとするがそれをラクスの声が遮った。

「フレイじゃないですか。」
「え?」
「『しばらくぶり』ですわ。ミネルバにずっと乗っていたと聞いておりましたが・・・ご無事でなりよりです。
 マユちゃんは一緒ではありませんの?」

 この言葉でフレイは理解する。目の前にいるのが何者なのか。
 ディオキアの基地で会ったフレイに『ラクス・クライン』は良い感情を持っていない。
 だがこの場にいるラクスは・・・。
 理解すると同時に口角を上げて微笑んだ。

「ええ、おかげさまでこの通り無事ですわ。
 ラクス様もお元気そうで何よりです。」
「敬語はいりませんわ。ラクスと呼んで下さいな。」
「そう? ラクス、私も一緒にプラントに帰るはずだったけれど・・・予定変更になったそうね。」
「申し訳ありませんわ。『私の都合』ですの。」
「変更になったシャトルに私も一緒して大丈夫かしら?」
「ええ是非ご一緒しましょうv」

 ぽーん

『ラクス様のシャトルは予定を繰り上げ早期発進する。
 総員発進準備を最優先せよ。
 ラクス様方は早急にご搭乗願います。』

 アナウンスの声にラクスは手にした色紙を急いで書き上げる。
 「申し訳ありません。時間ですので。」と他の兵士に頭を下げてロビーを後にする。

「アスハの宮殿が最後だったかしら?」
「ええ、あの時はろくにお話出来ず申し訳ありませんでした。」
「お互い様よ。私もまだ、貴女に謝ってない。」
「ではその辺のお話は後ほど。
 けれどよろしいのですか? 私がこれから何処へ行くのか・・・わかっているのでしょう。」
「だからイザークは置いて行くわ。それに人手が足りないでしょう。
 議長を信じられないし・・・ザフトでもっと頑張りたかったけれどこんな気持ちのままじゃ納得出来ない。」
「ではご協力お願いします。」
「こちらこそ。」



 ロビーの人だかりが疎らになり、イザークが戻って来る。
 フレイの姿を探して見回すが見慣れた赤いセミロングの髪の女性はいない。

「アイツ何処へいったんだ・・・。」

 フレイがイザークが戻ってくるのがわかっているのにいなくなるわけがない。
 そう考えもう一度ロビーを見直していたところ、入り口方向のざわめきに振り返る。
 そこにはピンクのロングヘアを揺らし険しい表情をしたラクスがいた。
 ホテルで会った偽ラクスにイザークは冷ややかな視線を送る。
 誰もが戸惑いの表情を浮かべて見守る中、一人の兵士がおずおずと声を掛けた。

「あ・・・あのラクス様、何で入り口から?」
「え?」
「先程までロビーにいらっしゃいましたよね??」
「なっ!?」

 絶句する『ラクス・クライン』とそのマネージャーの姿を見た瞬間、イザークは喝采をあげたくなった。

《やってくれたな。流石はラクス・クラインだ!》

 二人の様子を見れば先程までロビーにいたラクスが本物だったのだと推測するのは容易い。
 偽者の予定していたシャトルを本物が乗っ取るという本物からの意趣返し。
 その爽快さに知らず知らず笑いがこみ上げてきた。
 そしてフレイがいなくなった理由も悟る。

《ラクス嬢を守る為。いや、協力するつもりか。》

 だが同時に不安も湧き上がる。
 今、本物のラクスは狙われる立場にある。
 シャトルの用意を急がせたもののまだ飛び立ってはいない。

《なら僅かでも時間稼ぎはしてやる。》

 共にいるのならばフレイはラクスと行くのだろうとイザークは悟っていた。

「ラクス嬢、しばらくですね。
 神出鬼没は相変わらずですか。
 まだアスランはディオキアなのです。
 お会いになられてからプラントに戻られては如何ですか?」

 イザークの姿を見止め『ラクス』は戸惑いの表情を浮かべる。

「何故貴方がここに!?」
「シャトルに同乗して護衛せよとの事でしたがご存知ありませんでしたか。
 連絡不備ですね。その事については後ほど担当者に叱責しておきますのでご容赦下さい。
 それよりもツアーのご感想などお聞きしたいものですね。」

 マネージャーにもにこやかに、けれど有無を言わさぬ笑顔を向けるイザークからは威圧感が滲み出ており二人を押し留める。

《フレイ、お前の思う通りにさせてやるさ。》

 それがイザークに出来るフレイへの贖罪だった。



 ハイネを前にレイとシン、そしてマユ。

「隊長ってヴェステンフルス隊長の事だったんだ。てっきりザラ隊長だと思ってたのに。」
「お前は何でマユを膝に乗せているんだ。」
「マユが泣くから。」
「部屋に一人は絶対嫌だとハロとトリィを総動員させて暴れましたので。
 アビーはメイリンに呼ばれて手が放せない状態でしたし。」
「なんつー傍迷惑なロボを作るんだアスランは・・・。
 それに隊長って? お前らアスランを隊長って呼んでるわけ?」
「戦闘時は我々のの指揮を執られますので。」
「そーゆーのヤメロ。俺達ザフトは基本横一列!
 命令系統の関係上、役職や称号、色分けもしているけどそれは連合の階級分けとイコールじゃない。
 同じ志を持った仲間なんだ。だから俺を呼ぶ時は「ハイネ」、アスランを呼ぶ時は「アスラン」って呼び捨てにしろ。隊長なんてつけるな。」
「しかし・・・ザラ隊長はフェイスでもありますし、ヴェステンフルス隊長も。」
「だーかーらー。」

 頭を掻くハイネにマユが右手を高く上げる。

「しつもーん!」
「何だマユ。」
「おにーちゃんってつけちゃダメ?」

 ドッキン☆

 覗きこむように見上げてくるマユ。
 ほんのりと顔が熱くなるのを感じハイネは動揺する。

《なっ! 何だ今のドッキン☆って!?
 それに何だこの生きモノは!! すげー破壊力だぞ今の攻撃!!!》

 正しくは攻撃ではなく極普通の子供らしい質問だ・・・という突っ込みは無い。
 ハイネの様子に不審そうに見つめるレイとシン。
 二人の様子に気付きハイネはコホンと軽く咳払いして答える。

「んー、まぁソレは年上に対する敬称でもあるし許可しよう。」
「はーい。ハイネおにーちゃんね。」
「それじゃ俺もハイネお兄ちゃんv」
「ヤメロ! それはマユ限定で許したんだ!!」

 悪ノリするシン。それに大真面目に反論するハイネ。
 実によく似た光景をレイは知っていた。
 それはシンとアスランの掛け合い漫才(正しくは違う)と同じもの。

《また苦労が増えた・・・。》

 レイの苦悩に気付くことなくハイネはこの話は終わりとばかりに手を打ち鳴らす。

「さ! 時間無いしさっさと話を始めるぞ。」

 言葉に緊張感はないが任務となれば別。
 ハイネの言葉にシンとレイは姿勢を改める。

「ハイネ。この時期に俺達を呼んだのはどういう理由だ?」
「戦いが始まる前にお前達にある施設の調査をしてもらう為だ。
 このディオキアからそう離れていない。此処だ。」

 言葉と同時にスクリーンに映し出された地図はここら近辺のもの。
 自分達のいる基地を一度指揮棒で指し示してからススーッと目的地を示す。
 ハイネの言う通り、距離は確かにそう離れてはいない。
 だがそれは戦艦や飛行ユニットを持ったMSで移動した場合の話である。
 着陸地点が確保されているか分からない状態でヘリや飛行機は使えない。
 通常の移動手段、車やバイクを使用した場合も距離的に遠い場所だった。
 それでも疑問は残る。
 ディオキアはザフトの基地。態々近日行われると分かっている戦闘に参加予定の兵士を駆り出すのは何故か?
 通常ならば準備や休養の為にこのような調査は別の部隊に回すか時期をずらすはず。
 不満もありシンが不機嫌そうな顔を顕わにして問う。

「何で俺達が?」
「つい最近まで連合が出入りしていた点から武装勢力が施設放棄と見せかけて潜んでいる可能性を考慮し緊急調査する事になったんだ。」
「確かに、もしも連合がこの場所にいたら挟み撃ちに遭うな。」

 レイの言葉にハイネは頷き再びスクリーンに目を移して話を続ける。

「もちろんディオキア基地の方が近いし防衛は十分可能だ。
 だが動揺が生まれるだろう。少しでも不安要素を消しておけって事さ。」
「だーかーらー、何で俺達が調査するんだよ。
 普通は専門の部隊がいるだろ?」
「人手が足りないからだ。専門部隊は既に別の調査に当たっている。
 アスランは他の情報の吟味、必要があれば調査する任に就いた。
 ルナマリアを呼ばなかったのはその時の為の非常要員。
 他のところも戦闘準備でてんてこ舞い。
 MSなら多少の敵にも引けは取らないから数の不利を補い易いパイロットの俺達に仕事が回ってきたんだ。
 此処まで経緯を説明したところで何か文句あるか。」
「ならマユもおてつだいする!」
「「危ないからダメだ。」」

 皆が忙しいならとマユが両手を挙げて立候補するが間髪いれずにレイとハイネがマユの言葉を一刀両断。
 それでもマユは諦めずに首を振って再度訴えた。

「てつだいたいの! いっしょに行く!!!」
「だから武装勢力が・・・じゃ、意味がわからないか。怖い人達がいるかもしれないところに行くから危ないんだよ。
 マユはミネルバで待っているのが仕事。O.K.?」

 諭すようにハイネはマユの視線に合わせて身を屈ませ言い聞かせた。
 黙りこんだマユにホっと一息ついて立ち上がろうとした時、小さく息を呑む音が響く。
 慌てて再びマユを見やるとそこには涙を浮かべ始めたマユ。

 ひくっ・・・

 今度はしっかりと聞こえる泣く前兆にうろたえたハイネはどうしようとシンとレイに目を向ける。
 すると二人は何やらクッションを頭に被って部屋の隅に避難中。

《な!?》

 二人の行動の理由を問いただすその前にソレは起こった。

 うああああああああっ!!!

 大音量で泣き始めるマユに連動してハロとトリィの目がピコピコと点滅する。

 どごぉっ!

 ハロ会心の体当たり攻撃!
 ハイネは888888のダメージを受けた!!

 ぴしししししっ!!!

 トリィ会心のくちばし攻撃!
 ハイネは頭から髪の毛を抜かれている!!

 いででででででででっでっ!!!

 痛みのあまりうずくまるハイネだが助ける者はいない。
 その傍らではマユがひっくり返り手足をバタバタさせて叫び続けている。

「やだぁああ! おにーちゃんについてく!! ついてくの―――っ!!!」
「うわぁああ!? 何かハロのどつき具合が酷くなってるっ!!?」
「これ以上は拙いな・・・シン。」

 レイの言葉にシンは頷きマユにそっと寄って優しく声を掛ける。

「わかってる。マユ、お兄ちゃんと一緒に行こう。連れて行くから。」
「だってハイネおにーちゃんが、レイおにーちゃんもっ!」
「ああ。だが約束を守れるなら一緒に連れて行ける。
 お手伝いはちょっと危ないが留守番ならマユも出来るだろう?
 その話をしようとしていたんだ。」

 シンの言葉に力を添えるように答えるレイにマユは涙をそのままに二人を見上げる。
 それと同時にトリィとハロの攻撃が落ち着きハイネは痛みから解放され、先程の会話を思い返していた。

《そ、そー言えばレイの奴、連れて行かないとは言わなかった・・・・・・。》

「だから大丈夫。ほら、もう泣かない。」

 ぽんぽん

 マユを抱きしめて背中を軽く叩いてあやすシン。
 だんだんと落ち着きマユの涙がひいて来たのを確認するとレイは振り返ってハイネを抱き起こす。
 マユが泣き止むとハロは完全に動きを止め、トリィも定位置となりつつあるマユの頭に止まった。

「こ・・・これか・・・・・・。」
「強烈でしょう。マユの泣き声に連動しているようです。
 今まではこんな機能はなかったのですが先日海から帰った直後、アスランが砂浜に行った事を理由に再メンテナンスをしまして。どうやらその時に追加された機能の様です。」

《余計なものを!》

 いや、気持ちはわかる。
 突如現れた・・・確証はないものの娘と目される子供が傍にいるにも関わらず他人として接しなくてはならないアスランだ。
 傍に居れないなら身を守るものをと考えたのだろう。

《だけどやり過ぎだっての! 味方攻撃させてどうする!!!》

 この場にいないアスランに憤慨するハイネとは対称的にマユを抱き締めうっとりしていたシンがふと思い出したように呟く。
 ハロと言いトリィと言いここ最近のアスランの行動はおかしい。
 しかもその行動が全てマユに関係している事は確か。

「なーんかあの人、妙にマユに纏わり付く様になった気がするんだよな〜。
 ・・・・・・まさか可愛いからってマユを狙ってる!!?」
「「それはないそれはない。」」

 レイとハイネの同時突っ込み。だが暴走を始めたシンの思考は止まらない。
 何よりもマユの安全。
 それを確保する為にはと考えをめぐらせ始める。

「尚更ミネルバに留守番なんてさせられない!
 アビーもまだ忙しいし。マユ、絶対お兄ちゃんから離れちゃ駄目だぞ!!!」
「はーい。」

 シンに抱き締められながら手を上げるマユ。
 その姿にハイネは更なる障害を作ってしまったアスランにちょっぴり同情した。



 暗い艦の中。
 通路は明るいのにこの部屋だけは暗かった。
 中央に配置されているのはまるで卵の様な透明カプセルが三つ集まった機械。
 カプセルの中の柔らかな寝床には血の様に赤いビロードの布が張られており、すぐ傍には意味不明な計器のが立ち並んでいる。
 これはステラ達が安らぎ、精神を安定させる為の機械。

 通称『揺り籠』

 薬で肉体を強化しても叛意を起こされたりしてはたまらない。
 自分達に従順なエクステンデットを・・・と命じられ研究者達が辿り着いた答えが記憶操作だった。
 恐怖を押し込めて命尽きるまで戦う生きた兵器。
 シンが海で助けたステラはその成功体だった。

『暫く無かった出撃命令が下った。』

 上官であるネオに告げられたステラは再び揺り籠で調整を受けることになった。
 いつも一緒のスティングやアウルはおらず自分一人だけ揺り籠に入るように命じられた時、ステラは研究員に食って掛かった。
 いざ揺り籠に入ろうとした時に持っていたハンカチを取り上げられたのだ。
 それが何なのかはわからないけれど持っていると落ち着く。
 ハンカチに関する記憶は無いのに感情だけがそれを奪われる事を拒んだ。
 散々暴れて漸くハンカチを取り返したステラは大人しく揺り籠に入り眠った。
 その安らかな寝顔を見ながら研究員達は苦々しい顔で仮面の上司に告げる。

「駄目です。記憶は確かに消えているんですけれどアレを放そうとしませんね。」
「怪我した時につけてもらったハンカチか・・・助けてもらった記憶もちゃんと消したんだろ?」
「それは間違いなく。実際ハンカチは何処で手に入れたかと訊いてみても知らないと言い切りましたからね。それでも放さない。」
「記憶が消えても消えない想いってか。ロマンと言って良いのかな。」
「そんなものは彼らには邪魔なだけですよ。正直な話困りましたね。」
「どう困るんだ?」
「どうって・・・例えば・・・・・・。」
「直ぐに思いつかないだろ。恐怖を消すだけが彼らの支えってわけじゃない証明だろう。
 しばらくはあのハンカチを持たせてやれ。」
「しかし・・・。」
「いくらやっても無駄なら様子見するしかないさ。今のところ問題はなさそうだしそっとしといてやれ。」
「・・・わかりました。」

 ネオの言葉を受けて漸く研究員はいつもの調整作業を始めた。
 穏やかな表情、健やかな寝息。
 自らを守るように縮こまり眠る少女を眺めネオは嘆息する。
 自分には記憶があるがどこかぎこちない思い出ばかりだ。
 戦争が終わりジブリールによりステラ達と引き合わされてファントム・ペインを率いる事になったものの最初は上官命令とはいえ気が進まなかった。
 ただ、心の奥から湧き上がる何かがあり、彼は作戦を立て実行した。

《守らなければ。》

 何を守らなければならないのだろうと自問自答した。
 家族は亡くなり親しい友も皆、戦死した。
 全て戦争に持っていかれたのだ。
 それでも消えないこの想いは何なのか。
 分からないまま今ネオは此処にいる。
 理由が分からないなら今あるものを守りたい。
 ネオは小生意気な三人の部下を守ると決めた。
 どれほど自分の力が小さいかわかっていても・・・。

「想い出くらい残してやりたいのにな。」
「大佐?」
「いや、なんでもない。」

 研究員の一人が聞き返すがネオはそれをかわし部屋を出る。
 仮面の下の表情を読み取れる者のいないこの暗い艦が、彼は嫌いだった。





「却下。」
「聞かない。」

《《《お前は上官命令をなんと心得ている。》》

 シンとアスランの会話にその場にいた全員が突っ込みを入れそうになるが学習能力というものがそれに待ったを掛ける。
 場所はミーティングルーム。仕事中にハイネに呼び出されてシンの説得を頼まれたものの人選ミスと言うほかない。
 マユ専用の防弾チョッキが欲しいと言い出したシンだが子供サイズの防弾チョッキをザフトが準備しているわけがない。
 物理的な理由からも諦めろと言ってもシンは聞かず、マユもシンから離れなかった。

「お前はマユを危険に晒すつもりか!?」
「アンタのいるミネルバに一人残すくらいなら連れて行って命に代えてもマユを守った方がよほど安全だ!
 それに防弾チョッキだってキングサイズを俺が着てマユをおんぶか抱っこすれば・・・っ!!!」
「お前はラッコかコアラかカンガルーか―――っ!!!」
「何よりハロとトリィの防衛機能がついている!!」
「それは作った俺がよく知っているが遭えてマユを危険に晒す様な真似は断じて許さん!!!」


 まだ確証はないまでも現在アスランの中で確信に変わりつつあるマユ=自分の娘の方程式が可愛い娘を危険に晒す事に拒否反応を示すアスラン。
 対して公式的に妹と認められており現在もマユ=自分の妹の方程式が別の意味で可愛い妹を危険に晒す事に拒否反応を示すシン。
 二人の対立は深まるばかりで妥協は見られない。
 時間だけが無為に流れていく中、ハイネもどうしたものかと頭を抱え他のメンバーも似たようなもの。
 更に続く睨み合いに終止符を打ったのは涼やかな少年の声だった。

「それでは妥協案を。」
「「妥協案!?」」

 振り返るシンとアスランの視線の先にいたのはレイだった。
 ギンっと敵意すら感じる二人の視線に物怖じするどころか相変わらずのポーカーフェイスでスルーしてレイは話を続ける。

「マユは絶対にシンについて行くと言っておりシンもそれを承知している。
 ハイネとアスランはマユを連れて行くのは反対。
 通常は上官命令に従うべきなのですが・・・実を言いますと命令系統から言ってマユはあまりにも特殊な位置にいる為に二人の命令に従う義務がないのです。」
「初耳だぞそんな話!」
「それは今までこんなケースが無かったからです。
 マユが二人の反対と周りの説得を押しのけてまでミネルバを離れる任務に同行する事を望んだ事はありませんでしたから。」
「それは・・・。」
「ですから妥協案です。今回の調査は私とシン、そしてハイネの三人で行うものです。
 建物の調査は我々二人が周りの警戒をハイネが担当し、マユは必ずハイネと共に行動する事を条件として同行を許可するのです。」
「何で俺とマユが一緒じゃないんだよ!」

 レイの提案に異議を唱えるのはシン。
 自分の味方だと思っていたレイの意外な言葉に食って掛かるがレイはシンを諭すように淡々と言葉を続けた。

「周囲の警戒とその対応は隊長クラスに任せた方が良い。
 建物の調査は危険が付き物だからマユを同行するのは俺も反対だ。」
「それなら俺が警戒に当たる!」
「マユに気を取られて仕事にならないのが目に見えてるから却下だ。
 言いたい事はわかった。それなら俺は構わないがアスランは?」

 視線と共に問うハイネに時間もないこともありアスランは頷く。

「仕方が無いな。頼んだぞハイネ。
 ・・・・・・とその前に。マユ、トライン副長から音声データだけだが問題ないと出してもらったからトリィに音楽データを入れよう。」

 屈み込みマユの頭をぽんぽんと軽く撫でるアスランをマユは期待を込めた目で見上げる。
 『音楽』の言葉で思い浮かぶのはガルナハンでトリィが壊れた時に失われた『歌』だけ。
 以前レイがピアノの伴奏をつけてくれたがいつでも弾いてくれるわけでもない。
 好きな時に好きなだけ歌い、聴く事が出来るのかと確認するようにマユは問う。

「トリィまたうたえるの?」
「ああ、だからトリィと一緒においで。」
「わぁい★」

 嬉しそうにアスランの服の裾を掴むマユだがハイネの表情は良くない。
 漸く話が纏まった以上さっさと任務に就かなくてはいけない今は時間が惜しいのだ。
 ハイネは眉を顰めアスランに耳打ちする。

「アスランそんな暇は・・・。」
「一緒に連れて行けば任務中マユが退屈するのは目に見えてる。
 少しでも娯楽になるものを持たせておいた方がお前も楽になるだろ。」

 レイの妥協案を呑んだのはハイネ自身。
 少しでも任務遂行をスムーズにする為にはマユの事を第一に考えるのが一番だと言外に告げるアスランに何もいえるわけが無い。

 はぁああっ

 大きな溜息を吐くとハイネは疲れたような表情で呟いた。

「・・・・・・頼んだ。」



 トリィのデータ移行作業中にシンとレイはロッカールームで着替える事になった。
 マユとアスランが二人きりになるとシンが最初に暴れはしたものの打ち合わせも兼ねてルナマリアが立ち会う事で了承。
 漸く精神的に落ち着いたシンは軍服をハンガーに掛けながらふと引っかかる事を思い出した。

「それにしてもマユの命令系統が通常とは違って外れてるなんて知らなかったな〜。」

 確かにマユの人事は最高評議会と言うよりもデュランダル議長直属と言っても良い。
 フェイスではない事は確かだが、軍服と共に支給された羽付きハロバッチは特殊な立場にあると示すもの。
 尤もシンもそうだがアスランもその命令系統が何処に属するものかを確認した事は無かった。
 突如レイから告げられた事に驚きはしたものの疑わなかったのはレイの後見がデュランダル議長だと知っていたからこそだ。
 助かったと笑いながら続けるシンに対しレイはいつも通りのポーカーフェイスで答える。

「アレはでまかせだ。」
「ハァ!?」
「確かにマユの立ち位置は非常に微妙なところだが・・・・・・最高評議会直属のフェイスが三人もいるミネルバで内二人が反対したら当然残りの一人である艦長が許可したとしても同行を許されるはずが無いだろう。」

 全くの無表情。
 だが、レイのやらかした事の重大性はシンにだってわかる。
 騙した相手はただの上官ではない。フェイスなのだ。
 部隊の指揮や作戦の立案など様々な点において優遇されるその地位にある人物を二人も相手取り嘘を吐く事はレイの進退に関わってくる。

《レイ・・・・・・規律に厳しいお前が何で!?》

 いつもであれば有り得ないレイの行動に驚きつつ、二人だけのはずのロッカールームであることは分かっているはずなのに聞いている者がいないかと確認したシンは声を潜めて言った。

「それじゃ後でバレたらヤバイだろ。」
「大丈夫だ。マユが泣いたからと書き添えてギルにメールしておく。」

《それで良いのか。
 と言うのかフォローしてくれるのか議長。》

「レイ・・・本当に心強い同僚で良かったよ。」
「前にも言っただろう。俺はマユには嫌われたくないんだ。」

 そう答えたレイは花が綻ぶような笑顔で・・・。

《頼むからその笑顔をマユには見せないでくれ。》

 同性ながら心揺らぐその表情にシンは滅多にないくらい真剣に祈った。


 続く


 Myパソが寿命の秒読み始めました。(滝汗)
 というわけでそちらに気を取られててUPが遅れました22話です。
 本当はもっと先のシーンまで書く予定だったのですが収集がつかなくなるので切り上げて代わりにレイの笑顔のシーンを捩じ込んでみました。
 このお話に意味があるかと言うと・・・・・・SOSOGUが上手く話を纏められれば生きてくるかと。

 2007.2.22 SOSOGU

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