〜邂逅の時 前編〜


 ずっと耐えて待つ事がどれほどの苦痛か。
 少年は今それを身を以って知った。
 既に悲鳴や物音は消えている。
 けれど迎えが来るまで指定された場所から動くなと言いつけられている。
 先輩に当たる仲間達とは施設を出る直前に別れた。唯一頼りの手はまだ来ない。

「先生・・・・・・。」

 呟いて少年は違和感を感じた。
 決して間違いではない。けれど自分の中の彼の人はもっと別の存在だ。

「・・・・・・お・か・あ・さ・ん・・・・・・。」

《お腹が空いたよ。喉も渇いた。早く来て・・・・・・。》

 身に纏うのは薄手のシャツとズボン。色は淡い水色で統一されておりまるで病院にでもいたかのようなゆったりとしたつくり。
 手にはすっぽりと収まるサイズの小さなディスク一枚。
 外で夜を明かすにはあまりに頼りなく軽装過ぎるがソレだけが少年の持つ全てだった。
 だけど動けない動いてはいけない。
 物理的にも精神的にも限界が近づいている事を感じながら身を震わせる。

 カァーッ カァッ

 先程よりも更に赤く染まった空の下、不気味に鳴く鳥達の声を子守唄に少年は目を閉じた。





 夕暮れの空に舞うMSが三機。
 カラーリングが豊かなそれが頭上を通過しても町の人々の表情に怯えは無い。
 特徴的なそのフォルムと色は自分達の嫌いな連合ではなく紳士的なザフトだ知り、子供達は指をさしてはしゃいでいる。
 モニターに映る人々の様子に安堵しながらシンは目的地へと目を向けた。
 目指すは連合が放棄したと言われている施設。
 本当に無人なのか。そして一体何の施設だったのか。
 彼らに与えられた任務はその施設の調査だった。
 木々に囲まれた辺鄙な場所に現れたのは何かの研究所に見える建物。
 かなり大きい設備があったと思われるそれにハイネはまず周囲の警戒を促す。
 レーダーに機影は無く熱源も感知されない。
 また補足出来ないエリアも見当たらない点から少なくとも周囲にMAやMSは無いと三人はほっと胸を撫で下ろした。
 調査はどうしても生身で行わなければならない。
 一人だけ見張りでMSで待機と言っても万が一、敵がMSで現れたら多勢無勢になったらやはり不利だ。
 とりあえずは大丈夫と努めて明るい声でハイネは言った。

「よし大丈夫だな。二人ともパイロットスーツと銃のチェックもう一回しておけよ。」
「大丈夫です。」
「問題ありません。」
「では中の調査は任せた。俺はマユと一緒に周囲の警戒に当たる。
 随時こちらからも連絡を入れるが報告を怠るなよ。」
「「了解。」」

 ハイネの言葉に二人同時に応じるとマユが少しだけ心配そうな顔で声を掛ける。

「おにーちゃん、レイおにーちゃん、いってらっしゃい。」
「マユ、すぐに戻ってくるから良い子にしてるんだぞ〜。」
「うん!」

 両手で応じるマユに安堵した様子でシンが笑う姿がモニターに映る。
 その笑顔にハイネは叶わないと嘆息しインパルスとザクから降りた二人が施設に入るのを見届けるとグフを軽く屈ませてコクピットから降りた。
 一人ならばシン達と同じようにMSを直立させたまま降りるがマユを抱えて降りるとなると安全を確保する為にも高い位置から降りるのは避けたい。
 地面までの高さはいつもより低く3メートル程。
 その僅かな時間もマユは落ち着かないのかハイネの腕の中であっちこっちと見回して大人しくはしてくれない。

《あー、アスランの言う通りグフ屈ませたの正解だった。》

 地面に降り立ち漸く自由になったとマユはハロとトリィと一緒にちょこちょこと歩き出す。
 良い子の約束を忘れて走り出そうとしたマユをハイネは必死の形相で押し止めた。
 何やら怖い顔をしている『おにーちゃん』にマユはきょとんとした顔で見上げてくる。
 何故止められたのか分からないといった様子のマユを叱ろうとして叱れずハイネはマユの肩を掴んだまま深く深く溜息を吐いて懇願するように言った。

「マユ。良い子だから俺から絶対に離れちゃ駄目だ。」
「お散歩も駄目?」
「ここは怖い人がいるかもしれないところなんだよ。
 今はその怖い人がいるかどうかを調べているから俺が良いと言うまでこの線から出ちゃ駄目だ!」

 言ってチョークで地面に引かれた線はグフから半径25メートル程。
 そのあまりの狭さにマユは不服そうに頬を膨らませるがシンからも言われた『良い子』の定義に仕方ないとその場に座り込む。
 これで暫くは大丈夫とハイネは携帯タイプのレーダーを起動させて辺りの警戒を始めた。
 グフに搭載しているレーダーはあくまで対MS仕様。
 それよりも小さい対象については精度が低くなってしまう。
 特に生体レーダーはまた違う仕様になる為に無理をすると鳥や野良猫、野良犬などの小動物までも捕捉することになるのだ。
 安全の為にも慎重にと持ってきたブースターを組み立て始めたハイネはマユに構っている暇は無い。
 自然とマユはハイネから離れてハロとトリィと追いかけっこを始めた。
 だが範囲はグフから半径25メートル以内。
 直ぐに追い詰められる追いかけっこにマユは詰まらないと歌を歌う事にした。
 ハロとトリィが同時にメロディーを奏でる中、幼い声が空に溶ける。
 祈りの歌が殺風景な研究所に響き始めた。



 カタン! ころころ・・・

 物音にシンは音のした方向へ銃を向ける。
 レイも物陰から伺うがあるのは空の薬瓶のみ。進めども進めども人の気配は無い。
 だが饐えた空気の中に微かに戦場特有の匂いが混ざっている事にレイは気づいていた。
 錆びた鉄に似たソレにレイは怯えたように首を振る。

《まさか・・・・・・だがこの雰囲気は。》

 思い出したくない過去が脳裏に蘇る。
 孤独と戦う毎日の中、手をさし伸ばしてくれた『兄弟』はもういない。
 今現在、自分を助けてくれるただ一人の人は遠い宇宙に居る。
 震える自分を叱咤しレイは同僚であり友人でもあるシンに目を向ける。
 思っていたよりも動揺していたらしく心配そうに「大丈夫か?」と問いかけてくるシンにレイは心配ないと首を振った。

《この先に進みたくない。けれど進まなくてはいけない。》

 己の意思と軍の命令の矛盾の中、レイは進む道を選んだ。



 一通りの歌を歌い終えても尚、ハイネはまるで自分の方を向かない。

《これってもしかしてチャンス?》

 こっちの方を向いていないという事はこっそりチョークより先へ行っても気づかないかもしれない。
 ハロとトリィに向かい口元を指先で抑えて『静かに』と合図する。
 そろそろと足音を立てないように境界線へと向かいチョークの線の前まで来たところ。

「良い子で待ってろって言っただろ。」

 びくっ

 背後から突然掛けられた声にマユは恐る恐る振り向く。
 だがハイネは相変わらずモニターと睨めっこしておりマユを全く見ていない。
 もう一度と足をそろそろと差し出す。

「マユ、グフの中で一人で待つか?」

 今度こそ気のせいではない。
 こちらを見ていないのにマユの行動に気づいたのだ。
 ハイネの言葉にマユは漸く諦めてその場に座り込んで訊いた。

「何でわかったの?」
「ずっと歌を歌っていたのにそれも止めて追いかけっこもしないし物音が全くしなければおかしいと思うよ。
 眠りたいなら毛布ほしがるだろう?
 この時間だと冷えるしグフの中のシートの方がまだ暖かいはず。
 それにハロとトリィが妙に静かならマユが何か言ったとわかるしな。」
「ちぇー。」
「ちぇーじゃない。大人しく出来ないならグフの中で寝てる。
 それがいやならチョークから先へ出るな。」

 これではしょうがないとマユが再びハロとトリィに歌を頼もうと振り返るとハロの頭の上に止まっていたトリィが急に飛び立った。

 トリィ!

「トリィ? どうしたの??」

 トリィトリィ!

 マユが呼びかけてもトリィは戻ってこない。
 一直線に雑木林へと向かう姿に慌てたマユはチョークの線の前で戸惑いハイネの許へと駆け戻った。

「ハイネおにーちゃん。トリィが飛んでっちゃった!
 いっしょに追いかけて!!」
「はぁ!?」

 マユの言葉に驚いてハイネはマユの指差す方向を見やる。
 だが小鳥のマイクロユニットの影は殆ど点に変わっており直ぐに木々の陰に紛れてしまった。
 これではどうしようもない。
 何よりもまだ雑木林の方はまだ安全確認が済んでいないのだ。
 迂闊に探しにも行けない。

「これは戻って来るまで待つしかないな。」
「やだぁ!」
「ヤダって・・・仕方ないだろ。
 それにアスランがちゃんと帰巣プログラム組んでるから一定の距離から離れなければちゃんとマユのところに帰って来るって。」
「マイゴになってたら!?」
「それは・・・・・・諦めるしかないだろうな。」
「やぁ! あきらめないもん!! ハイネおにーちゃんいっしょにさがしてぇ!!!」
「わかったわかった。でもシン達が戻ってきて怖い人達がいないって確認してからな。」

 両手両足をジタバタさせて喚くマユを宥めるようにハイネは語りかけるがマユは不満らしく頬を膨らませてハイネを見上げる。
 うっすら涙を瞳に湛える幼子にハロ単独とは言えミネルバでの攻撃を思い出し腰が引け気味になるのを抑えられずハイネはこめかみにうっすらと汗を浮かべながら尚も言い募った。

「大丈夫。ちゃんと探すから。
 仕事急いで終わらせるからそれまで少しの辛抱な。」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 奇妙な沈黙が降りる。
 それは一瞬だったかもしれないし数分だったかもしれない。
 動けないハイネにはわからなかったがマユは半眼でハイネを再度見上げるとぷいっと背中を向けてハロのいるところへ向かった。
 ほぉっと息を吐く。
 だがマユがなにやらハロを弄くっているのを見て再び不安が蘇りハイネは念を押すように声をかけた。

「ちゃんとチョークから出ないで此処に居るんだぞ!」
「いーまーすーぅ。」

 返ってきた応えにハイネは杞憂だったと安堵した。
 ・・・・・・マユがハイネに背を向けたままにんまりと笑っていたと気づかずに。



 静かな空間と言えば聞こえが良いがコレは何と表現すべきだろう。
 死の空間と言った方がまだこの雰囲気を伝えられるのではないだろうか。
 割れたガラスが散乱する中、広めの台が部屋の中央に設置されている。
 その周りには円筒形のガラス製の柱。
 最初は支柱かと思ったシンだがその中にある影に気づいた。
 まだ電源は生きているらしく部屋の壁に配置されていたスイッチを押した。
 うっすらとだが明るくなる部屋。
 未だ暗い部屋は周囲がはっきりとは見えない。
 だが・・・・・・。

 うぁ・・・ぁああああっ!!!

「レイ!?」

 突如意味不明な叫び声を上げて蹲る友人にシンは駆け寄り支える。
 だがレイは呻きにも似た悲鳴を上げながら息がし辛いらしく胸を掻き毟り始め呼吸も乱れている。

《俺は何とも無いのに・・・・・・それとも発現が遅いだけで何かの細菌兵器が!?》

 ハイネのところに直接戻ればマユも危険だと判断しシンは慌てて通信機のスイッチを入れた。



「マユ〜。いるか〜?」

 いーまーすーぅ。

 拗ねているのかハイネと自分の間にグフがある様に場所移動して歌い続けていたマユが歌を止めて応えたのでほっとする。
 一時はどうなるかと戦々恐々としていたハイネだが、マユの大人しさに安堵していた。
 だがほんの僅かな安らぎは通信機のアラームによって引き裂かれる。
 ピーピーと鳴る不快な電子音に不穏なものを感じハイネは緊張した面持ちで回線を開いた。

「どうした!? 敵か!!?」
『いえ、中は調べたところ無人です。けれどレイが! レイがおかしいんです!!
 息も落ち着かないしずっと呻いていて・・・あ、特に俺は何とも無いけどでもまるで病気にでもなったみたいにとにかく医者に診せないと!』

 焦っているのだろう。こういう時は自分まで焦れば更に部下のミスや動揺を誘う事は容易に知れた。
 シンの混乱した様子を察しハイネは努めて冷静を装い応える。

「落ち着け。ミネルバには俺から連絡する。
 お前達は直ぐに建物から出るんだ。
 但し入り口付近で待機。
 細菌感染の恐れがある為、絶対にMSのある場所へは来るな。理由はわかるな?
 それ相応の装備をした医療班が到着するまでお前はレイについていろ。
 もし自分の体にも変調が見られれば随時報告!」
『了解。あの・・・マユは?』
「大丈夫だ。」
『はい・・・マユの事お願いします。』

 最後の最後までマユを気遣うシンに苦笑し通信を切るとハイネはミネルバに援軍要請と細菌兵器対応の準備の必要を伝える。
 直ぐに向かうとの返事にほっと一息吐き、ハイネは振り向きながらマユに声をかけた。

「マユ! ミネルバが来るからトリィ探しは後でな。」

 いーまーすーぅ。

《・・・・・・あれ?》

 今の台詞に今の答えは一体どういうことだとハイネは首を傾げる。
 ハイネはトリィ探しを約束しながらたった今、それを更に後回しにすると言ったのだ。
 あのマユなら更に怒って泣き喚くか体当たりして来る位はするはずだ。
 なのに相変わらず拗ねた様子で同じ答えを繰り返している。

《ま・さ・か。》

 嫌な予感がした。
 考えたくは無いが・・・・・・考えてみればハイネはあれからマユの姿を視認していない。
 いつだって確認したのは声のみ。

《つまりそれは・・・。》

 ごくりと口の中に溜まった唾を飲み込みハイネは愛機のグフへと歩み寄る。
 声のした方向からしてマユはグフの足元にいるはず。
 祈るようにゆっくりと歩を進めるが人影は見えてこない。

 ばっ!

 思い切るようにして声の元に目を向けるとそこにはハロが一人遊びでもしているように転がっていた。

 いーまーすーぅ。

 ハロから発せられるマユの声。
 決定的な証拠を押さえてしまいハイネは絶叫した。



 ファントム・ペインは常に成功を求められる。
 それ故に常に緊張感漂う戦艦はぴりぴりとした空気をしているが・・・ゆりかごから出たステラはネオと将校達の会話を聞いてからずっともっと張り詰めた空気を感じていた。
 思い出すのはネオと将校達が言っていた言葉。
 記憶操作されていても生活に根付いた強い記憶は残されている。
 そうあれはとても耳に馴染んだ名称。確証を得たくてステラは兄弟分のスティングとアウルを見かけ駆け寄った。
 足音で気づいたのかスティングが微笑みを浮かべながら妹分であるステラを労わる様に頭を撫でながら言った。

「ステラ、もう終わったのか?」
「ほんっとしつこいよな〜。別に何とも無いのステラだけ何でずっとゆりかごに入ってろって言うんだか。」
「うん・・・・・・。」
「どうかしたのか?」

 元気の無いステラに気づきスティングが問うとステラは少し逡巡し二人を見上げながら答えた。

「ロドニアのラボ・・・・・・。」
「「?」」

 突如出た名称に二人は顔を見合わせる。
 昔自分たちが一緒に住んでいた研究所がロドニアという場所にあった。
 おそらくその場所の事を言っているのだろうとわかるが何故、今更ステラが研究所の事を言い出すのかわからずアウルが更に問いかけた。

「俺達が居た研究所だろ?」
「悪い事にザフトがって・・・ネオが。」
「なっ!?」

 自分達と敵対する組織の名。
 そしてロドニアのラボと来れば結論は一つだった。
 瞬時にアウルが踵を返し走り出そうとするがスティングがアウルの腕を掴む方が早かった。
 暴れて振り解こうとするが冷静なスティングと動揺しているアウルとではスティングに利があった。
 振り解けない腹立たしさにアウルは喚き散らす。

「何で止めるんだよ!」
「落ち着けって!」
「何で落ち着いていられるんだ!
 ラボには・・・ラボには母さんが!!」

 瞬間、空気が凍った。
 アウルのブロックワードは『母さん』だ。
 自分に優しくしてくれたラボの女性研究員の一人をアウルは慕っていた。
 研究所では得られない家族の愛を求めるように彼はその女性研究員を「母さん」と呼んでいたのだ。
 その事もブロックワードの事も知っているスティングは舌打ちしアウルの腕を更に強く掴む。
 こうなったらアウルが止まらないとわかっていた。だからこそその事に集中していた彼は次の瞬間に出たもう一つの禁句に気づかなかった。

「母さんが『死んじゃう』かもしれないじゃないか!」
「落ち着けって! この馬鹿!!」
「母さん・・・・・・ヤダよ母さん・・・・・・・・・。」

 泣き崩れるアウルを支えようとスティングは必死に宥めた。
 その傍らでステラがふらふらと通路を歩き出した事に気づかずに。



「トリィー! どこぉ?」

 がさがさと落ち葉を踏み分けながら進むマユだが行けども行けども木と草ばかりでトリィの姿は見えない。
 辺りはどんどん暗くなり静かさが不気味に感じられる。
 冷えた空気が漂い始めぶるぶると体を震わせながらマユは空を見上げた。
 枯れた木々の枝がお化けの手のように見え、自分が居る場所を再び見直した。
 来た道は木々が立ち並びどうやってここまで来たのかわからなくなっている。
 最初は見えていた建物やグフもとっくの昔に見えなくなっていた。

「や・・・・・怖いよぉ。」

 不気味に鳴くカラスの声が耳につく。
 どうにか不安を振り切ろうとマユは歌を歌い始めた。

 静かに滔々と流れるメロディー。
 祈りを捧げる歌。
 心の安らぎを誘う歌。

 Fields of hope

 意味はわからない。
 だがオーブのカガリの宮殿で会った桃色の髪の女性が歌っていた時、温かく心地良い柔らかな声に不安が消えていく様に思えマユはこの歌を好んだ。
 一曲歌いきると再び沈黙が辺りを支配する。
 震える体を自分で抱きしめマユは涙が込み上げてくるのを抑えられなくなった。

「おにーちゃん・・・・・・こわいよぉ・・・・・・・・・。」

 呟くように言ってもヒーローの様にいつも自分を助けに来てくれるシンは来ない。
 寂しくて悲しくて心細くて。
 誰でも良いから助けてとマユが蹲った時、捜し求めていた声が聞こえた。

 トリィ!

「・・・トリィ?」

 蹲ったまま顔を上げるとそこには自分より3歳は年上だと思われる少年が立っていた。
 顔色が悪く唇は血行が良くないのか蒼い。
 だが肩に鮮やかな若草色が見える。
 マユが探していたトリィを肩に乗せているのを見てマユは少し元気を取り戻したように声を上げる。

「トリィ! さがしてたんだよ?」

 トリィ!

 マユの声に応えるようにトリィは飛び立ちマユの頭に飛び乗った。
 慰めるようにマユの髪を繕うトリィに擽ったそうにマユは笑う。
 けれど目の前にいる少年が少々寂しそうな顔をしている事に気づきマユは少年の許に駆け寄った。

「ありがとう! トリィといっしょにいてくれたの?」
「寝てたら・・・この子が。君の鳥?」
「うん! トリィって言うの。おにーちゃん近くに住んでるの?
 ハイネおにーちゃんがコワイ人がいるかもって言ってたから早くかえったほうがいいよ。」
「家は無いんだ。家って言って良いのかわかんないけど・・・住んでたところには戻れないから。」
「・・・・・・マイゴなの?」
「違う・・・・・・おかあさんを待ってるんだ。だけど来なくて・・・お腹空いて。
 そしたらこの子が来て。」
「お腹すいてるならマユのオヤツ分けてあげる!」

 お腹を押さえて呟くように答える少年にマユはお礼だと言わんばかりに笑顔でポケットを探り出す。
 赤い軍服のポケットを探ると小さなリングドーナツが二つ入ったビニールが出てきた。
 出てきたのがオヤツの時間直前だからと料理長が持たせてくれたドーナツ。
 シナモンシュガーをまぶしたドーナツを袋から取り出し少年に差し出すと少年は驚いた様に一歩後ずさる。

「え? これは・・・・・・。」
「マユのオヤツ!
 二つあるから一つずつね。」

 そう言って少年の手にドーナツを押し付けるように渡すとマユは残ったもう一つに躊躇い無く被り付く。
 ふんわりとした甘い香りに嬉しそうに笑顔を浮かべ更にもう一口と食べ進める。
 そんなマユに警戒を解いたのか少年は恐る恐るドーナツを口にした。
 小さなドーナツだからあっという間に完食してしまい手についたシナモンシュガーも舐めてマユは再び辺りを見回した。
 トリィを見つけた以上この場に用は無いのだから帰りたい。
 けれど帰り道はわからずハイネの言いつけを破った手前ハイネに助けてとは言えない。

「どうしよう・・・・・・。」

 再び不安を思い出し涙を湛え始めるとマユの右手を掴む感触がした。
 驚いて振り向くとそこには先程の少年がいた。
 淡い水色のシャツとズボン。よく見ると少年は裸足だった。
 なのに空いた手には小さなディスクが一枚。
 寂しそうにけれど嬉しそうに少年はマユの手を力を込めて握る。
 手から伝わる体温にマユが嬉しそうに微笑むと木々の向こうから光が見えた。
 怯えるように身体を固める少年とは対照的にマユは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
 光に続くように聞こえてきた声がマユの予測を裏付ける。

 マユ〜! 何処だぁ〜〜〜!!!

「アスおにーちゃんココだよぉ!!!」

 叫んでマユは少年の手を繋いだまま駆け出した。


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