〜邂逅の時 後編〜


「全く艦長も迂闊だよ。君達だけで調査をさせるなんて・・・・・・。」

 メディカルルームで一通りの検査を受けたシンは療養用のベッドから起き上がりながらドクターの愚痴とも言える独り言を聞いていた。
 確かに人手が無いとは言え迂闊と言わざるを得ない。
 だが・・・検査の結果を見る限りでは『細菌感染』は無かった。
 それだけにレイのあの状態は何が原因だったのだろうとシンは考える。
 常に冷静沈着。取り乱す様子など殆ど見せない彼があんな形振り構わない状態になるなど・・・長い付き合いのシンでさえ見た事がない。
 レイも何時もの平静さを取り戻しているのかシンと同じように身体を起こしている。

「レイ、もう少し休んでいた方が良いんじゃ。」
「いや大丈夫だ。」

 レイは答えるがあの状態を知るシンとしてはまだ休んでいて欲しいところだった。
 だがそう言っても彼が聞かないだろうという事もわかっており仕方ないなと溜息を吐く。

「全く・・・マユちゃんも行方不明になっちゃうし。」
「え!? 行方不明って・・・どういうことですか!!!」
「うぇ! ぢょっ・・・・・・。」
「おにーちゃん!」
「マユ!?」

 たった今行方知れずと聞いた妹の声にシンが振り向くと其処にはマユと水色のシャツを着た少年が立っていた。その後ろにはこめかみを押さえたハイネと苦笑したアスランが立っていたがシンはマユしか目に入らないらしく敬礼もせずにマユに突進して抱き上げた。

「マユぅ・・・行方不明って聞いて心配したんだぞ。」
「ごめんなさい。マイゴのトリィをさがしてたの。」
「ううん、無事なら良いんだ。痛いところはないか? 疲れてない?? お腹空いたりは???」
「ダイジョーブだよ!」

 笑顔で返す妹の姿に心底ほっとしたらしく暫くぐりぐりとマユを頬ずりする。
 が、ふと思い出したように顔を上げた。
 定めた視線は真っ直ぐにハイネに向かう。

 ギロン!

 ターゲット・ロックオン。
 シンの視線の意味を察しハイネはゆっくりとゆっくりと後ずさろうとするがアスランが邪魔でドアまで辿り着けない。
 同僚の危機を知りながらも動こうとしないアスランをハイネは睨みつけるがアスランは涼しい顔をして答える。

「4歳児に遅れを取ったお前が悪い。」
「それ以前にお前がハロにあんな機能をつけるから悪いんだろうが!」
「言いたい事はそれだけかハイネ。」

 びくっ!

 無言だったシンが凄みのある声で呼びかける。
 長い前髪の影からぎらぎら光る赤い瞳。
 抱き締められたマユは状況がわかっておらず不思議そうな顔をしており、そのギャップがまたハイネの恐怖を誘った。

《うひぃいいい〜〜〜! 逃げ出したい!!!》

「ハイネ、お前言ったよな?
 俺が通信で連絡取った時、『マユは大丈夫だ』って。
 何が大丈夫だったんだ?」
「シン。マユは俺が預かろう。」
「頼んだ。」

 このままではマユが見てはいけないものを見てしまう。
 そう配慮したレイの言葉にシンは素直に頷きマユを渡す。
 もう障害は無い。
 部下に首根っこを捕まれて通路に連れて行かれるハイネの姿をメディカルルームの医師が哀れむような目で見送る。

「ヘルプ! ちょっと何見送ってるんだよ!! 誰か助けてぇ!!!」
「往生際が悪い!」


 断ち切る様なシンの言葉を最後に閉まるドアの向こうから暫し激しい物音と悲鳴が聞こえたが、部屋にいた全員は聞こえない振りをする事にした。

「ねぇ。ハイネおにーちゃん泣いてない?」
「大丈夫だ。腐ってもフェイスだから死にはしない。」
「レイの言う通りだ。それよりもドクター。こちらの少年を診て頂きたいのですが。
 艦長の許可は得ています。」

 アスランの言葉にドクターが水色のシャツを纏った少年を見る。
 一目見て血色の悪さに気付き顔を顰めた。
 栄養不足と体力の減退を考慮し食堂に連絡を取り子供向けの病人食作成を依頼しながらアスランに問う。

「大きな外傷はありませんが栄養失調になってますね。
 最後に食事と取ったのは何時だい? それから食べたものは??」
「・・・・・・あの子に貰ったドーナツが最後です。」
「マユちゃんから?」
「はい! マユのオヤツ半分こしたよ。」

 マユの言葉にドクターは逡巡し質問を改める。

「ではマユちゃんから食べ物を貰う前は?」
「・・・・・・よく、わかりません。」
「わからない?」
「時間間隔がはっきりしなくて・・・・・・多分丸一日は経っていたと思うんですけど。」

 躊躇いながら答える少年にドクターは腕を組み考える。
 居心地悪そうに身体を竦める少年に「責めているわけじゃないから。」と安心させるように軽く腕を叩くとドアが開き、アビーがオートミールを運んで来た。

 ぐぐぅう〜〜〜

 温かな湯気と部屋に漂う匂いに空腹を思い出したのか少年の胃袋が盛大に主張する。
 更に居心地が悪く感じられたのか顔を伏せる少年にアビーは「こちらへいらっしゃい」と簡易テーブルに手招きしてスプーンを持たせた。
 更に促され漸く安心したのか少しずつ掬ってはオートミールを口に運ぶ少年にドクターも安心したらしくアスランへと向き直る。

「ザラ隊長、この子は・・・。」
「まだ確認は取れていませんが連合の施設の・・・・・・生き残りの様です。」
「生き残り?」
「後でドクターにもご協力頂きますが、中は地獄ですよ。
 俺もこの後で調査に入ります。
 レイ、悪いがマユとこの子を頼む。」
「待って下さい!」

 頷くレイを確認し背を向けて出て行こうとするアスランに少年が叫んだ。
 振り返るとまだ食事が半ばであるにも関わらず少年は席を立ち身体を震わせながらアスランを見上げている。

「何だ?」
「僕も・・・・・・連れてって下さい。」



 髪型は命!
 というわけではないけれど一日の始まりで一番力を入れるのは髪のセットと豪語するのはハイネ・ヴェステンフルス。
 が現在、彼が芸術と言ってやまない素晴らしいカーブを描いているはずの前髪は見るも無残なほどに秀麗な顔を覆い隠していた。

「どうしたの、その頭。」

 一目見て呆れた様に問うのはミネルバ艦長タリア・グラディス。
 だがハイネは弱々しいながらも「いえちょっと・・・・・・。」と言うだけでそれ以上は語らない。

《部下にしこたまぶん殴られましたなんて言えないだろ。情けなくて。》

 フェイスの肩書きを持つ以上、赤服とは言え新人に敵わなかったとは公言できない。
 幸いシンがハイネに制裁を加えている間、医務室前の通路に通り掛る者がいなかったのでこのまま事実を闇に葬り去る事にした。
 シンもシンで一応上官に手を上げた事もあり、利害が一致し互いに余計な事は言わない事にしたらしく傍らで明後日の方向を見ながら口笛を吹いている。

《俺もマユを一時とは言え一人で行動させちまったしな・・・・・・。》

 思い出すのはミネルバより先にとセイバーでやってきたアスランの形相。
 マユが行方不明と知ると大騒ぎして「発信機とか何も持たせていないのか!?」と人の襟首を掴んで揺さぶりまくる。
 あまりに頭をシェイクされて脳震盪を起こしかけたが、二人の会話を通信で聞いていたタリアが救いの言葉をかけて漸くハイネはアスランから解放された。

『マユのハロバッチが発信機になっているわ。
 波長パターンを直ぐに送るからそれを元に探しなさい。』

 元々マユはアーモリー・ワンの事件後、ギルバートと共にプラントに戻る予定だった。
 だがシンとのかくれんぼでミネルバ内にいる事は確実であるにも関わらず行方不明。
 その後ズルズルとミネルバに乗る事になり現在では議長の要請でミネルバの特別要員となったのだ。
 これらの経緯を考えればギルバートが再びマユが行方不明になる可能性に思い当たるのは必至。
 マユの軍服やバッチにはふざけでも何でもなくちゃんと意味があったのだ。
 無事信号をキャッチしてマユを保護する事が出来、万々歳。
 予定外だったのは施設に所属していたと見られる少年と一緒だった事だろう。

《それは寧ろラッキーと言えるだろうな。
 建物の中は・・・相当酷いらしいし。》

「お待たせしました。」

 日も暮れて夕闇が支配する施設入り口前にアスランがやってくる。
 だが一人で来ると思っていた彼が保護した少年を連れているのを見止め、タリアが眉を顰めて問う。

「アスラン、その子のミネルバ搭乗許可は出したはずよ。」
「はい、ですが。」
「僕が連れてって欲しいと頼んだんです。
 足手纏いにはなりません。一部ですが中を案内します。
 だから僕も!」
「駄目よ。・・・・・・中がどうなっているのか、貴方はわかっているのでしょう?」

 詳細な報告はまだだが概要は既に伝えられている。

 内乱

 そうとしか思えない状況だった。
 少年と同じ囚人服にも思える水色に統一された服を着た子供達が血塗れで武器を握り息絶えていると言う。
 そして白衣を纏った研究者と思われる大人達も見るも無残な姿で発見されている。
 まだ現場を保存する必要がある事とあまりに大量にある遺体に対処し切れない現実が施設内の惨状を放置させている。
 だが少年はこの施設の以前の姿を知っており、恐らく遺体の中には知人が多く含まれている事も予測される。
 まだ幼い子供には見せたくないとタリアは諦めさせようとするが、少年は頑として聞かずそれどころか切り札を持ち出してきた。

「僕が持ってたディスク・・・・・・まだ解析出来てませんよね?
 最初のパスワードを間違えば中のデータが全部消えてしまうから迂闊に手出しできないはず。
 中に連れて行くと約束してくれたら教えます。これは取引だ!」

 タリアは深く溜息を吐いた。
 約束と言ってもそれを相手が守るかどうかなどわからない。
 少年はタリアの事をよく知らない。そんな相手に『約束』を取り付けた程度では不確実だ。

《しっかりしている様でまだまだ子供ね。
 それに・・・。》

「取引なんて言葉、何処で覚えたのかしら。」
「・・・・・・っ。」
「ザフトがその気になればパスワードの解析は出来なくはないのよ?
 貴方にとっての切り札は私達にとっては時間が短縮できるかどうかと言うだけのもの。
 ・・・けど良いでしょう。一部とは言え中を案内出来るのは助かるわ。」
「艦長!?」
「一度でも吐いたり動けなくなるような事があれば直ぐにミネルバに戻る事を条件に連れて行きましょう。」

 タリアの言葉に一緒に居たアーサーが非難する様に見やるが、タリアは真っ直ぐに少年を見つめるのみ。
 しばしタリアの突き刺す様な視線を受け止めていた少年はゆっくりと頷き答えた。

「パスワードは『MOTHER』・・・母親です。」



 中は予想通りと言えた。
 ある程度は散っているだろうが血の匂いが立ち込める中、皆震えていた。
 戦争が始まり死と隣り合わせの状態が続く中、戦場で仲間が散り民間人が犠牲になった現場も見てきた。
 だがこの状況はそれに勝るとも劣らない凄惨さだ。
 床に倒れ伏す多くの人影は小さく少年と大して変わらない。
 光を当てれば濁った瞳を覗かせた幼い顔が浮かび上がる。
 彼らの首に着けられた首輪は頑丈で冷たい金属製で、この場所でどんな扱いを受けていたかを窺い知ることが出来る。
 よくよく見れば少年の首にもつい最近まで何か着けられていた様な痕が見え、タリアは痛々しそうに少年から目を逸らし再び現場を見渡した。

「何なんですかコレは!?」

 叫べるのはまだ正気を保っている証拠。
 アーサーの叫びに全員の意識を呼び戻す。
 嘆いている暇は無い。自分達は急ぎ此処を調査し、直ぐにまた黒海の戦闘へと向かわなくてはいけないのだとタリアは再び歩き出した。
 先を歩く少年は涙を流さない。
 感情の見えない幼い顔は冷めておりただ前を見据えていた。

「この先にデータ管理室があります。
 ・・・このラボが爆破されていないのならまだデータが残っているはずです。」
「爆破? 確かに爆弾は全て作動不良で起爆せずに残っていたけれど。」
「作動不良ではありません。最初から作動しないように先生が細工しておいたからです。」
「先生・・・?」
「遅過ぎる後悔をした研究員がいた。その人が僕を助けてくれた。
 だから僕は知りたい。『おかあさん』がどうなったのか。
 僕一人逃がす為に皆がどうなったのか。」
「貴方だけを?」
「首尾よく事が運んでも一人しか助けられない。
 だから僕が選ばれた。そう、兄姉達に教えられました。」

 泣く寸前の曖昧な表情。
 年齢にそぐわない微笑みにタリアは目を伏せた。
 少年の歩みが止まる。
 左手には大き目のドア。プレートは薄暗くてよく見えないが管理室の文字だけは読み取れる。
 ドアはロックが掛かっていたが少年がドアの脇にあるボードに手を翳し暗証番号を打ち込むとまだ電源が生きているのかドアはロック解除の音と共に開いた。
 迷い無く進む少年の後を追いタリア達も部屋に入った。
 薄暗い部屋の中、それでも僅かな光に照らされて部屋の中にあるものが見える。
 中央にあるコンピュータと壁際に所狭しと展示されたケース。

「これって・・・?」

 シンは呆然として壁にあるそれらを見渡す。 
 少年はシンの傍らに立ちケースに振られているナンバーを丹念に確認し、その内の幾つかを愛おしそうに撫でた。
 その一方、タリアは生きている電源に繋げてコンピュータを立ち上げ中のデータを確認する。
 出てきたのは何十人もの子供の写真と生体データ。
 その全てに名前は無く番号が振られている。

「◎月X日 9入所、5廃棄処分・・・。」

 在庫記録のように日付の隣に数字ばかりが並ぶ記録内容と名前の無い子供達のリスト。
 それらを照らし合わせれば嫌でもわかってしまう。
 アーサーはタリアの読み上げるそれに信じたくない思いを込めて問いかけた。

「艦長、それは・・・。」
「子供の入出記録・・・の様ね。」

 まるで人扱いされていない記録データ。
 そして壁一面に並ぶソレにアーサーは声を失いシンと少年を振り返る。
 肩を震わせ涙を堪えてケースの前に立つ少年の姿に改めて自分が居る部屋が何なのかを知り、アーサーは胃の奥から込み上げてくるものを必死に口元で押さえつけた。
 壁一面にある・・・人間の脳の標本。振られたナンバーの幾つかが子供のリストに振られたものと一致している事からしてそれは彼らから取り出されたのだと察せられる。
 『廃棄』に伴い彼らの遺体がどの様に処理されたのかは考えたくも無い。
 知れば湧き上がる憎しみを抑えることが出来なくなるだろうとアスランも歯を食い縛りタリアの後ろに立ちデータを覗き込む。
 モニターに映るリスト内にMSのデータも現れた。その脇にはオレンジに近い赤髪の少年の写真。
 二年前に刃を交えたMSの姿を意外なところで見つけてアスランはこの研究所が先の大戦時には既に設立されていた事、そしてその後も研究を続けていた事に気づけなかった自分自身が情けなくなる。
 あの時、キラとアスランは最終戦に出てきたMS三機のパイロットが『ナチュラルでもコーディネイターでもない』と感じていた。

《何故あの後に調べなかったんだ!》

 戦後の混乱でそんな状況でなかった事は自分自身が知っている。
 それでも繰り返された悲劇を思えば言い訳でしかない。

「行きましょう。僕が探している人達はこの更に先にいるはずです。」
「この奥・・・?」

 少年の言葉にタリアは問うが彼は振り向きもせずに部屋を出た。
 慌てて後を追うシンとアスランは施設の構造上、出入り口の無いブロックに続く通路を歩き続ける少年を見た。
 部屋に残ったタリア達は顔を見合わせアーサーとハイネはコンピュータに残ったデータの吸い上げの為、資材手配を行い、タリアはアスラン達を追った。
 歩けば歩くほどに血の匂いが濃厚になっていく。
 タリア達が一番酷い状況だと思ったのは入り口近くのブロックだった。
 だが何者かが生き残った者達を入り口近くで待ち伏せしていたのか、入り口に向かい倒れる者が多かった。
 だが何故出入り口とは真逆のこのブロックで血の匂いが濃いのか?
 この辺りが住居スペースや訓練室ならばわかる。
 しかしそれは既に通り過ぎていた。また一通りの調査ではこの辺りは資材置き場や事務室があるばかりで人の少ないブロックのはずだった。
 倒れていた人間の数までは報告確認していなかった為、この辺りに犠牲者が集中しているとはタリア達は知らなかった。

《何故この子は知っているの?》

 そんなタリアの疑問に答える様にその光景は現れた。
 そう広くも狭くも無い資材置き場と思われる部屋で少年は座り込んだ。
 彼の目の前に倒れているのは数名の少年少女、そして・・・彼らの前に立ち庇ったと思われる女性研究員一人。
 集中的に攻撃を受けたのだろう。
 誰もが銃弾を浴びせかけられた痕跡があるが彼女だけが念入りにナイフで首を掻き切られていた。

 けれどその表情に恐怖は見られない。
 悲しみと・・・何処かほっとした安堵の表情を浮かべている不思議な女性の遺体に少年は手を差し伸べる。

「お・・・・かあ・・・・・・さん・・・・・・・。」

 泣かないと約束した少年が涙を流した。
 これまで散々倒れている少年少女達を見て顔を歪ませては必死に涙をこらえていた少年が頬を伝う。
 痛々しい声にアスランが視線を逸らそうとし状況のおかしさに気付く。
 数名の子供達が壁際に背を預け凭れ掛かる様に倒れていた。追い詰められた結果にしては他の子供達とは離れ過ぎている。

《まるで何かを隠すような・・・!?》

 そこまで思い至りアスランは壁際の子供の遺体を動かす。
 死後硬直で固まった身体は何かに嵌り込んだ様に中々壁から動かない。
 アスランの意図に気付いたシンが手伝い漸く壁から離す事が出来た。
 子供の背に隠されていたのはうっすら四角い溝がある壁。シンとアスランは互いに顔を見合わせ壁を探るとカチンと音を立てて溝に沿って外に続く穴が開いた。

「これは・・・。」
「脱出用に開けた穴です。だけど首の発信機は生体感知装置機能もあって逃げても捕まる。
 だけど一人だけならデータ操作をして装置を外す事が出来るからと・・・選ばれた僕だけがそこから外へ逃げました。
 攪乱のために皆はいくつかのグループに分かれて各ブロックで暴れたはずです。
 そして最後に・・・此処に隠れていたグループは追い詰められた振りをしてこの穴を隠したんです。」
「そこまでして何故? もっと他に何人かが助かる方法があったんじゃないのか!?」

 少年の言葉にシンが激昂する。
 データ操作が可能な人物が協力していたならば更にデータを改竄し反乱を確実なものに出来たのではないか?とシンは続けたが、その問いに答えたのはアスランだった。

「それは難しい話だな。相手は正規の訓練を受けた軍隊。
 爆弾も完全にこの施設を破壊する為に計算して設置されていた。
 入り口近くの惨状から武器も支給されていた事がわかるが・・・碌な武器を持たない上に実験で疲労していただろう子供が殆ど彼らが全滅に追い込まれるのは目に見えていた。
 データ改竄がばれれば敵の手が伸びてくる。
 守れるものは限られていた・・・そういう事だろう。他にも理由はあっただろうが。」

 アスランの言葉にこくんと頷き少年は倒れている研究員の手に自分の手を重ねながら答えようとした。

 ぴーぴーぴー!

 警告の様に通信機が鳴り響きタリアはすばやく回線を開き答える。

「どうしたの!?」
『レーダーに反応! こちらに近づいてくるMSが一機・・・これはガイアです!!』
「何ですって!?」

 通信機からの答えにアスランはシンに会釈し走り出す。
 途中データ管理室から飛び出してきたハイネと合流し三人は走りながら打ち合わせを始めた。

「連絡によるとガイア一機のみだ。」
「単機で急襲!? 罠の可能性は。」
「今のところ一機のみだ。だが特攻ならば重火器を装備している可能性がある。」
「それじゃ・・・・・・。」

 シンが問い返すと同時に視界が開ける。
 施設の外ではヨウランやヴィーノが忙しそうにインパルスの足元を走り回っていた。
 シンの姿に気づいたのか二人は「準備出来てるぞー。」と手を振り叫んでいる。
 応えてシンは二人の下へと走りインパルスに乗り込んだ。
 まず通信を開きアスラン達へと呼びかける。少し遅れて二人も自機に乗り込んだらしくモニターに二人の姿がそれぞれ映し出される。
 起動準備を始めながらハイネが先程の話の続きを始めた。

『さっきの続きだが敵を爆破しないように撃墜しなくてはならない。』
『ならば俺とシンがまず出よう。レイは体調を崩したばかりで出撃出来ない。
 また罠の可能性を捨てきれない上に後続の部隊が出てくる可能性もある。
 ハイネは残ってルナマリアとミネルバの守備を頼む。』
『わかった。そっちは頼んだぞ。』
『行くぞシン!』
「了解!」

 了承の言葉と共にシンはインパルスで飛び立った。
 その先にあるものの正体を夢にも思わず。



 カサカサと紙が擦れ合う音が響く部屋。
 消毒液の匂いが漂い消える事の無い独特の雰囲気。
 その中でマユは一生懸命に紙を折っていた。その傍らではアビーが食堂でもらった竹串とセロテープを手に様々な色彩の小さな紙と格闘している。

「アビーおねーちゃん。お花はあといくつおればいいの?」
「そろそろ良いかな? マユちゃん頑張ったね。きっと皆喜んでくれるわ。」
「えへへ〜☆」

 花が綻ぶ様に微笑むマユにアビーは自分自身も嬉しくなる。
 報告から現在調査している施設が連合が関係する何かの研究所という事と中で大勢の人が犠牲になっている事を知ったアビーは、バレンタインが近づく度にフレイが折っていた折り紙の花を思い出した。
 時々思い出すように彼女が語った大戦中の出来事。
 ザフトに追いかけられてデブリベルトに逃げ込んだ時。
 虚空に浮かぶ凍り付いたユニウス・セブンを見つけ、犠牲者へのせめてもの手向けとして折り紙の花を捧げたと自嘲する様な微笑みを浮かべて折り続けた友人。
 アビーは自分が知らない世界へと思いを馳せる彼女を見るのが辛かった。
 後悔が多く残る過去。だけど忘れてはいけないのだと自分に言い聞かせるように語る友の声が研究所を見た時に蘇り、花を手向けようと思った。
 気休めでしかない。けれどマユがつまらないと拗ねているのを見て、アビーは言った。

『お花作るの手伝ってくれる?』

 無邪気にアビーの真似をして紙を折り続けるマユは出来上がっていく花を見て楽しくなったらしい。
 最後に作ったのは真っ白い花。
 アビーに茎をつけてもらいマユはそれだけはと花束から離す。
 一輪だけ別にして抱え込むマユにアビーは出来上がった花を抱え不思議そうに訊ねる。

「どうして?」
「レイおにーちゃんのおみまい!」
「優しいわね。それじゃあお花を届けに行こうね。」

 頷くマユの手を取り入り口に向かおうとすると何やら通路が騒がしい。
 何があったのだろうとアビーは近づいてくる音に無意識のうちにマユを自分の後ろへと押しやり構えた。

 シュン!

「先生! この子をっ!!」
「シン!?」

 ドアが開くと同時に飛び込んできた同僚にアビーは驚いた。
 いつものやんちゃな瞳が不安に満ち、息を弾ませている事にも驚いたがそれ以上に彼が抱えている存在に誰もが驚愕した。
 ピンク基調の女性用の軍服。ザフトとは違うデザインだが見覚えがあった。
 メディカルルームにいた看護担当の女性兵とドクターが慌てて駆け寄りシンを止めて問いかける。

「その子・・・連合の兵士じゃない。」
「一体なんだ? 敵兵の治療など艦長の許可なしには行う事は出来ないぞ。」
「許可なら後で取る! 早くしないと死んじゃうだろう!!?」

 びくぅっ!

 シンの言葉に反応して彼の腕の中にいた少女が身体を震わせる。

「死・・・? いや・・・・死ぬのはいやぁああっ!!!」

 叫び暴れ始める少女にシンは慌てて押さえ込むが突き放される。
 自由になった少女はその勢いでアビーとマユへと向かった。

「マユ下がってっ!」

 向かってくる少女にアビーは咄嗟にマユを後ろに突き飛ばす。
 だがその隙に少女はアビーの襟首を掴み締め上げた。
 少女の細腕からは考えられない力。そのまま身体を持ち上げられ足を浮かせたアビーは消えうせそうな意識を必死に保とうと少女の手を掴み抵抗するが、相手の力は緩むどころか強くなるばかり。

《何て力なの・・・この子・・・・・・本当にナチュラル?》

 目が霞み「もう駄目」だと思った瞬間、アビーの身体は投げ出され一気に新鮮な空気が肺へと流れ込む。
 息苦しさからの解放されたものの急激な変化に対応できず咳き込むアビーに怯えながらも背中に手を添える存在がいた。
 漸く戻ってきた視力で確認するとそこには身体を震わせながら寄り添うマユ。
 ぎゅっと花を握り締め自分の背に手を添えながらも視線は自分には向いていない。
 何を見ているのかとマユの見ている方向へと目を向ければそこには必死に少女を押さえては言葉で宥めているシンの姿。
 周りにはタリアと敵兵を押さえに来たと思われる武装した兵士達。

《何が起こったの?》

 再び目の前が暗くなっていく。

「・・・ステラ・・・おねーちゃん・・・・・・?」

 意識が消える寸前、マユの小さな呟きが聞こえた気がした。


 続く


 どうしようかと思いましたがやはり切りました。
 これ以上長くすると話がまた纏まらなくなりますので・・・オーブとの戦闘は次の話の予定だったのに・・・果たしていつ辿り着けるのでしょうか。(汗)

 2007.3.14 SOSOGU

次へ

NOVEL INDEX