〜怒りと悲しみと選択〜


 ザフト軍対オーブ軍・大西洋連邦軍
 プラントと地球の対立が黒海で繰り広げられようとしていた。
 ザフトの主力は数々の戦功を上げてきたミネルバ。
 オーブは空母艦タケミカズチ。オーブ軍の虎の子とも呼ばれる艦の姿にタリアはオーブの覚悟を感じた。
 前面に出てくるのはオーブだと予想はつく。
 今回の戦いにおける連合の最大の目的はスエズ攻略。
 けれどその影に中立国オーブの忠誠がどれほどのものかを計り、尚且つ彼の国の軍事力を殺ぐ目的がある。
 彼らは覚悟しているだろう。祖国を守る為に死に物狂いでかかってくるだろう。

《けれどこちらも背負っているものがある。負けてやるつもりはないわ。》

 同情はしない。そう自身に言い聞かせてタリアは祈る様に目を伏せた。
 再び決意を胸に顔を上げた時にはミネルバ艦長の顔に戻りブリッジに戦闘開始準備を告げる。

「コンディション・レッド発令。ブリッジ遮蔽。
 対艦隊MS戦闘用意。
 アビー、マユはちゃんと部屋にいるわね。」
『はい。ハロもトリィも一緒に。』

 タリアの言葉にモニターに映るアビーが応える。
 その声に頷いたタリアがアーサーへと視線を移すとアーサーも心得たように頷き命令を下した。

「トリスタン、イゾルデ用意。戦闘開始と同時に発射する!」

 戦闘開始までの秒読みが始まった。



『コンディション・レッド発令。コンディション・レッド発令。
 パイロットは搭乗機にて待機して下さい。』

 戦闘管制のメイリンの声に促されながらアスランはロッカーの戸を閉めた。
 その身に纏うのはフェイスの証とMSパイロットスーツ。
 その背後ではシンがパイロットスーツに身を包みヘルメットを抱えている。
 今日も部屋を出る時に一悶着があった。
 シンと、そしてステラを案じて『てつだう!』と言って聞かなかったマユを宥めたのはアスランも同じ。
 戦う相手を理解せずただ怯える妹にシンが何を思ったか。アスランとて気付かなかった訳じゃない。
 その厳しい表情の奥底にある本当の気持ち。
 それを確かめようとシンに声を掛ける。

「大丈夫かシン。」
「別に平気ですよ。オーブって言ったって今は地球軍なんでしょう。」

 そっけなく答えるシンにアスランは苦い思いが広がるのを感じ目を伏せた。
 解っていた。今のオーブの立場は痛いほどに。
 けれど、それでも「もしも」の想いが口に出る。

「彼女が、カガリが国に残っていたらこんな事にだけはならなかったかもしれないけどな。」
「何言ってんですか! あんな奴!!」

 未だシンはカガリを認めてはいない。
 現在唯一アスハの名を受け継ぎオーブの国家元首になったカガリに対する反発心は前にも増して強くなっており、自然と口調もきつくなる。
 勿論シンが苛立つ気持ちもわかるがアスランはカガリの立場も想いも知っていた。
 戦いの前だからかもしれない。必死にオーブを立て直そうと働き続けるカガリと彼女を支えるキラの姿が思い出された。

「まだ出来ない事が色々多いけれど気持ちだけは誰よりもオーブを想っている奴だよ。」
「そんなの意味ありません!
 国の責任者が気持ちだけなんて!! アスハは皆そうだ!!」
「君は本当は・・・オーブが好きだったんじゃないか?
 だから頭にくるんだろう。今のオーブが。
 オノゴロで君の家族を守れなかったオーブが。」

 シンはきっと口を噛み締める。
 アスランの何処か憐れむ様な目が癇に障った。
 確かにオーブは守ってくれなかった。
 けれどそれは自分の家族だけじゃない。

《マユの家族だって守ってはくれなかった!
 その後も、俺とマユは・・・・・・だから俺はマユを。》

 だからシンは否定する。

「違いますよ。そんなの。」

《そう、違う。アスハも皆、だってオーブは・・・いつか俺とマユを引き裂くから。》

「俺は、オーブなんか嫌いです。
 あんな国・・・。」

《それでも俺達を助けてくれたトダカさんはまだオーブにいる。
 マユの本当の家族も。》

 脳裏に浮かぶ二人。
 彼らがシンがオーブを思い切れない楔になっていた。



 オーブ旗艦タケミカズチのブリッジでは実質的な司令官であるトダカが光学モニターに映るミネルバを見つめ、心の中で『二人』に聞こえる事のない最期の別れを告げていた。
 これからトダカは大切な相手と殺しあわなくてはならない。
 一時瞑目しトダカは嘆息する。

《恐らく逝くのは私だろう。》

 改めて見るモニターに変化は無い。
 けれどその奥に隠された存在を思い、最後まで見届ける事の出来ない悔しさを噛み締める。

《必ず守るんだぞ、シン。》

 思い出すのはオーブ派遣軍に選出された時のウナトの言葉。
 苦渋の決断を下したのだと理解はしている。
 告げられるまでは否定したい気持ちと逃げ出したい気持ちで一杯だった。
 けれど、彼が自分が選んだ理由がわかるから。

「時間だ。」

 ブリッジ内で唯一歓喜の色を滲ませる名目上の総司令官ユウナ・ロマ・セイランの声。
 まるで死刑宣告の様だと誰もが思いながら動き始めた。



 * * *



 アークエンジェルが辿り着いた時、既に戦闘は始まっていた。
 轟音の中へ焦って飛び出すストライク・ルージュを援護しようとフリーダムが飛び交うミサイルを次々に撃ち落とす。同時にアークエンジェルから放たれた砲撃にオーブ艦の幾つかが波に流され一時戦闘不能に陥り忽ち戦場は混乱の渦となった。

【やめろぉお!!!】

 国際救難チャンネルを使用した声にオーブ軍は固まった。
 結婚式に誘拐され行方不明になったオーブの本来の指導者カガリ・ユラ・アスハの声。
 そして放送元であるMSに刻まれた獅子とORBの文字はカガリを表すもの。
 本来の指導者である彼女の登場は戦いを一時停止させた。何よりもオーブ兵士への影響力は強く口々にカガリの名を呼んでストライク・ルージュに見入った。

【私はオーブ連合首長国代表カガリ・ユラ・アスハ。
 オーブ軍、直ちに戦闘を停止せよ。軍を退け!】

 戦場に響き渡る声に両軍とも戸惑いを隠せない。
 それはオーブのタケミカズチにいるオーブ軍士官達は勿論、総司令官のユウナも同じだった。
 オーブの忠誠心を示すための戦いなのだ。その戦いに水を差すカガリに怒りが込み上げてくる。
 苛立ち紛れに拳を握り肩を震わせこの状況をどうしたものかと考えを巡らせ始めた時、コールがブリッジに響き渡った。
 このタイミングで掛けてくる人物は一人しか思い当たらない。
 考えが纏まらない今は話したくない相手だが出ないわけにはいかないと一瞬の躊躇いの後、ユウナは受話器を取った。

【ユウナ・ロマ・セイラン。
 これは一体どういうことですか。】

 予想通りのネオ・ノアローク・・・大西洋連邦からの問い。
 顔合わせで会った仮面で顔を隠した金髪の男の声にユウナはうろたえる。

【あ・・・これは。】
【アレは何ですか。本当に貴国の代表ですか。
 ならばソレが何故今頃あんなものに乗って軍を退けと言うのですかね。
 これは今すぐきっちりお答え頂かなくてはお国元にも連絡して・・・色々面倒な事になりますが。】
【・・・・・あ、あれは。】

 感情の篭らない問いは静かにけれど強い非難の意志を伝える。
 相手は大国。二年前にオーブを押し潰した危険な国。
 それ以上に自身が窮地に陥っている状況にユウナは怯えた。
 どうにか切り抜けなければ危ないという思いに駆られ衝動的に叫ぶ。

【あんなもの、私は知らない!】

 ブリッジに響き渡った言葉にトダカ達は目を伏せた。
 誰も批難の声を上げる事無くその言葉を噛み締める。
 その事に勢い付いたのかユウナは断定の言葉を載せた。

【偽者だ! あんな者は!!!】

 悔しくないわけではない。
 本来自分達が戴くべき指導者の切捨てを強要されるこの状況を作り出した大西洋連邦に思うところは多々にある。

《それでも今のオーブが彼女の言葉に従うわけにはいかない。》

 きゅっと唇を噛み締め、続くユウナの言葉に耐える為にトダカは拳を握り湧き上がる怒りを必死に抑えた。
 ユウナの答えに満足したネオが通信を切った後もユウナは身体を震わせモニターに映るストライク・ルージュを睨み続けた。

「そうだ。僕にはわかる。
 僕にはわかる! 夫なんだぞ!! 僕はっ!!!」

 自身に言い聞かせるように叫びの裏にある真実は誰もがわかっていた。
 耐え切れなくなったのかブリッジの士官の一人が反論する。

「しかしあれはストライク・ルージュ。あの紋章もカガリ様のもの。」
「偽者だと言っただろう!
 何をしている。早く撃て馬鹿者!
 あの偽者とかあの疫病神の艦を撃つんだよ!!
 でなきゃ、こっちが地球軍に撃たれるだろ!!!」

《だから、宰相は苦渋の決断を下した。
 再び連合に侵略されない為にはこの戦いは避けられなかった。》

「国も! 僕達はオーブの為に此処まで来たんだぞ!!
 それは今更「はい止めます」で済むか!!!」

《解っている。けれど宰相と彼とでは言葉の重みも意味も・・・。》

 今頃、ウナトの机にあった涙の意味を知ったような気がする。
 トダカは瞑目し声を上げた。

「主砲照準。アンノウンモビルスーツ。」
「トダカ一佐!」

 アンノウンが誰を意味するのか解らない彼らではない。
 ざわめく士官達にトダカは振り返り諌める様に答えた。

「我らを惑わす。賊軍を撃つ!」

 傍に控えていたアマギは振り返りざまに手渡されたデータチップに気付き戸惑う。
 だがそのデータの中身を何となくではあるが察し、チップをユウナに気付かれないようにセットし通信回線を開いた。トダカが一歩前に出てアマギの姿をユウナの視界に入らないように隠す。
 慌しく動き始めたブリッジ内でそんな二人の様子に気付いた者もいるが誰も指摘することなくそれぞれの席に戻った。
 後は送信音を気付かれないタイミングを待つだけ。

「何をしている。早く撃て!!」

 口元を引き締め想うのは傍に控える白いMS。

《頼みます。ヤマト准将。》

「ってぇ―――っ!!!」

 トダカの号令と共にアマギは送信ボタンを押した。




 一時膠着状態に陥った戦場に誰が最初に動くのか。
 キラ達が警戒する中、動いたのはオーブだった。
 一斉に発射されるミサイルの行き先はストライク・ルージュ。
 驚きのあまりに動けないカガリに代わりキラのフリーダムが前に躍り出た。
 予測していたかのように冷静に迫り来るミサイル群を全て撃ち落すその爆音を合図に各軍が一斉に動き出す。

 連合軍から飛び立つMS隊。
 それに紛れて二機の異色のMSにアスランとシンは気付いた。
 奪取されたMS、カオスとアビス。侮れない戦闘力と機動力は今までの戦いで知られている。
 同時にミネルバも動き出す。タリアの号令と共に発進する数機のMS。
 オーブのムラサメ隊も動き出し一気に戦場は混戦へと突入した。

【オーブ軍! 私の声が聞こえないのか!! 言葉がわからないのか!!!】

 再びカガリが声を張り上げようとするがそれをキラが遮る。

【カガリ、もう駄目だ。
 もうどうしようも無いみたいだ。】
【キラ・・・。】

 涙ぐむカガリにキラは視線を下ろす。
 モニターに映るのはミサイルの発射と共に送られたと思われるデータ。
 現在のオーブの状況。そしてウナトからのメッセージ。
 トダカのメッセージが加えられ、最後に圧縮されたデータボックスがあった。
 その中身はウナトからのメッセージによりわかっている。

【後は出来るだけやってみる。】

《本当は出来るかわからない。
 けれど今回の戦闘で傷つくものを減らす為に・・・力を削る!》

 飛び立つフリーダムに戦場は一気に殺気立つ。
 次々に散っていくMSを見つめカガリは呆然としていた。
 何も出来ないと何処かわかっていた。

《それでも叫ばずに居られなかったのは何故か?》

 自問自答し思い出すのはオーブが初めて侵攻される直前の父の演説。
 従うべきか抗うべきか。国民の間でも意見が分かれた。
 従えば一時の戦闘は回避出来るかもしれない。けれどその後の事はどうなる?
 そんな言葉と戦いへの恐怖に混乱する民にオーブ行政府は抗戦を表明した。
 何故と問う声に応える為に、国民へオーブが目指すものを伝える為にウズミは壇上に上がった。
 シンと静まり返る会場には当時の首長であるホムラの姿もあったが会場にいる者は勿論、国民の誰もがオーブの本当の指導者が壇上にいるウズミだと認めていた。
 皆が見守る中ウズミは静かに、けれど力強く語り始めた。

『他国を侵略せず。他国の侵略を許さず。他国の争いに介入しない。
 我らオーブがこれを理念とし、様々に移り変わっていく長い時の中でもそれを頑なに守り抜いてきたのは。
 それこそが我々が国という集団を形成して暮らしていくにあたり、最も基本的で大切な事と考えるからです。
 今、陣営を定めねば討つという連合軍。しかし、我々はそれに従う事は出来ません。
 今従ってしまえば、やがて来る何時の日か我々はただ、彼らが示すものを敵として戦う国となるでしょう。』

《私は・・・従ってしまった。その結果がコレなのか。》

 涙が溢れる。
 連合の圧力に負けて従ったカガリを誰一人責めなかった。
 そのツケを払う為、目の前でオーブを想う者達が散っていく現実に嗚咽が漏れる。

《私はお父様の言葉の意味をわかっていなかった。
 オーブを守れなかった。
 国を想う兵士達を、守ろうとしている彼らを。》

「うぁ・・・ぁあああああっ!」

 コクピットに木霊する嘆きの声を受け止める者はいない。
 ただ泣き叫ぶ事しか出来ない自分が歯痒く、情けなく、カガリは溢れる涙を止める事が出来なかった。



「キラ! キラ止めろ!!」

 アスランは必死に通信機を操作し必死に呼びかけるがチャンネルが繋がらず声は虚しくコクピットに響き渡るばかり、その間にもフリーダムは所属に構わず次々に対するMSを無力化していく。
 戦場の目がフリーダムに集まるのは直ぐだった。
 真っ先にハイネのグフ・イグナイテッドが迫るが銃を持った右腕を切り飛ばされる。
 その姿にシンが激昂しフリーダムに迫った。
 だが注意散漫になったインパルスにカオスが迫っていた。

 ピピピピピピ!

「しまった!」

 敵接近の警戒音でシンが気付いた時には遅かった。
 迫り来るカオスの姿がモニター一杯に映る。

 がごぉおおっ!

 衝撃がきた。
 身体を揺さぶる感覚にやられたと思い目を閉じる直前、オレンジ色を捕らえる。
 驚いて一度は閉じた目を開けたシンが状況を理解するより先に通信機越しに声が聞こえた。

【周り・・・よく見ろって・・・・・・。】

 擦れてはいるが聞き覚えのある声。
 それきり通信が途絶え、間近で再び走る衝撃にシンは漸く理解する。
 誰が自分を庇い誰の機体が今、消えたのか。

「【ハイネっ!!!」】

 オレンジ色の爆発に悲痛な声が走る。
 間近で見ていたのはアスランも同じ。
 だが再びインパルスに迫ろうとするカオスをセイバーが牽制し一時危機を脱する。
 その間にもシンの衝撃は消えず、シンは声を震わせ呟き続けた。

「ハイネ・・・俺・・・庇って・・・・・・。」
【シンしっかりしろ! まだ戦闘中だぞ!!】
「だって・・・ハイネがっ!」

 MS戦闘の指揮を執っていたハイネの死にミネルバにも動揺が走っているだろうと推測出来る。
 だが迷っている暇は無く敵は容赦なく襲ってくる。
 アスランはハイネがいないのであれば指揮を執れるのはアスランだけ。
 戦闘中と言う特殊な状況下におけるシンの動揺の激しさに見切りをつけ怒鳴りつけた。

【戦闘に集中できないなら艦に戻れ!
 悪いがお前を庇いながらの戦闘なんて今の状況では俺にも無理だからな!!!】

 アスランの言葉にシンは再び衝撃を受け、沸々と湧き上がる感情を感じた。
 そもそも自分は何故この場にいるのか。

《庇う? 誰が? 俺を?
 ふざけるな。俺は守るんだ。
 マユを・・・ステラを・・・・・・皆を!》

「アンタに・・・・・・アンタに庇ってもらうつもりはない!!!
 メイリン! ブラストシルエットを!!」

 怒鳴ってシンはミネルバへと飛び立った。




「くそっ! 後少しだったのに!!」

 散々煮え湯を飲まされた相手。
 その内の一機を撃ち落す絶好の機会を逃しスティングが苛立ち紛れにコンソールを叩くとタイミングを計った様に友軍機から通信が入った。
 モニターに表示された相手の名にスティングは苦虫を噛み潰したような顔をする。

【ヘッタくそー。スティング腕落ちたんじゃないの?】
「人のこと言えるのかよアウル!」
【なぁ・・・・・・あれ。】
「ん? どうした。」

 アウルのからかいの言葉が続くと思いきや突然戸惑いの声が上がり不思議そうに問うとモニターに戸惑い混じりのアウルの顔を映った。

【なあスティング。出撃前にも思ったけど・・・何か足りない気がしねぇ?】
「何かって何だよ。」
【それがわかんないから聞いてんだよ!】

 言われてもスティングには何も思い当たらない。
 けれどアウルは納得できない様子で考え込む。

《そう・・・誰かが、足りない。》

 思考の海にダイブしそうになったアウルだが状況がそんな余裕を与えない。
 緊張したスティングの声がアウルの思考を中断させた。

【来るぞ! 例の奴が武器を換装しやがった!!】

 見ればエネルギーも補給したのか力強くこちらへと向かって来る。

「俺が行く!今度は緑かよ。
 いい加減見飽きてんだよね、その顔!!
 今日こそ落としてやる!!!」

 一度は思い出しかけた想いを振り切りアウルはインパルスに向かっていった。





《今は戦いに集中しろ・・・・・・。》

 アスランは自身に言い聞かせる。
 キラと会ったら聞きたいことは沢山あった。
 今彼女が何を考えているのかどうしたいと思っているのか。
 そして今ミネルバに居るマユが本当に彼女の娘で、自分に連なる存在なのか。
 オーブとの戦いに対する躊躇いも加わり混乱する。
 それでも戦わなくてはならないジレンマがアスランを縛っていた。
 彼方で轟音がする。
 モニターで見ると其処にはムラサメ隊に襲われているミネルバの姿。

「マユ!」

 慌てて向かうが間に合わない。
 特攻をかける勢いで迫るムラサメが打ち込んだミサイルにミネルバの守備をしていたレイとルナマリア達が必死に応戦するが間に合わず爆発した。
 爆煙の後にミネルバの姿が現れホッとするのも束の間、再びムラサメがブリッジに狙いを定める。
 レイとルナマリアのザクが動かないのを見てアスランは血の凍るのを感じた。
 未だ遠いミネルバ。

《間に合わない!》

 どぉん!

 衝撃が走る。
 けれど撃たれたのはミネルバではなくムラサメ。
 銃を弾き飛ばされ一時退く姿にホッとするのも束の間。
 周囲を飛んでいた他のムラサメも無力化される様に漸くミネルバの危機を救ったMSの正体に気付く。

「キラ!?」

 結果的であれミネルバを守ったフリーダム。
 その向こうから現れたアークエンジェルとストライク・ルージュを見止める。

【オーブ軍、軍を退け!】

 カガリの声を合図にゴットフリートが発射されオーブ艦隊を牽制する。
 驚愕するオーブ旗艦タケミカズチにカガリは尚も呼びかけた。
 無駄だと何処かわかっていてもキラは止めなかった。
 それは無駄であって無駄でない。必要な事だと知っていたから。

《そう、姿勢を示さなくてはいけない。
 アスハとセイランの姿勢と対立を。
 もうオーブは引き返せないから。》

 まだカガリにもマリューにも知らせていないデータ存在。

《此処で駄目押ししておく。》

 一筋の涙が頬を伝う。
 それが誰に対してのものなのか、誰のためのものなのかキラにはわからない。

《もしかしたら自分のためなのかもしれない。》

 自嘲しながらキラはカガリの言葉を聞く。
 涙を流しながら叫んでいるだろう姉を見つめながら。

【オーブの理念を思い出せ!
 それなくして何のための軍か!!】



「何でアンタは・・・そんな綺麗事を何時までもっ!」

 再び膠着し掛けた戦場で最初に反応したのはシン。
 一度はアビスへと向かったものの彼もミネルバの危機に慌てて戻ってきた一人だった。
 怒りに任せて放ったミサイルがカガリのストライク・ルージュに向かうがキラの反応が早く撃ち込まれたミサイルを撃ち落され、フリーダムはそのままインパルスに迫って行った。
 慌ててアスランが止めようとインパルスに向かうがシンは既にカガリのストライク・ルージュからフリーダムへと標的を変えており怒りを爆発させる。。

「お前も・・・ふざけるなぁあ!!!」

 瞬間、シンは頭の中が真っ白になるのを感じた。
 何かが弾けた様に身体が動く。
 操作レバーを動かし身体を反らしたインパルスがフリーダムのビームサーベルを紙一重で避ける。
 避けられると思わなかったキラは驚愕するがそのまま距離を取るがそのまま迫ってきたアスランとの交戦に移った。
 その間に海中から迫ってきたアビスに気付きシンも標的を変えた。

「キラ止めろ! お前の力は戦場を混乱させるだけだ!!」
「アスラン!」

 戦いが混乱するだけだとキラも承知の上で戦っていた。
 彼女にも目的があり、それを譲る事は出来ないセイバーと刃を交える。
 互いを牽制しあうその隙を狙ってカオスが迫るが同時にカオスの脅威に気付いた二人は瞬時に連係プレーへと転じた。
 最初に牽制攻撃したのはセイバー。当然カオスは避けるがその瞬間を狙ってフリーダムが回り込む。

「なっ!?」

 スティングが背後の影に気付いた時には遅くビームサーベルの煌きを最後に四肢を切り飛ばされたカオスは墜ちた。
 そして二人は戦いを再開する。



 カオスが墜ちたよりも少し離れた海面ではアビスとインパルスが交戦していた。

「スティング! くそっ!!」

 水中戦ではアビスが有利のはず。けれど火力重視の装備をした相手にアウルは翻弄されていた。
 水中からの攻撃を紙一重で避けられる。
 武器とスライダーを利用したインパルスの回避能力にアウルは苛立ちを募らせた。
 けれどチャンスは巡って来る。

《今だ!》

 今度こそ回避は不可能。盾となる障害物も無い海上でアウルは勝利を確信した。

《撃ったらこのまま上に上がって止めを刺す!》

 けれど爆発の後に現れたのは武器こそ失ったものの無傷のインパルス。
 虚を突かれ一瞬判断に迷った隙が勝負の分かれ目。
 アビスに振り翳されたビームジャベリンを避ける術は無かった。

《死ぬ。》

 そう思った瞬間、いつも死に怯えていたふわふわと緩やかなウェーブを描く金色の髪と肩を震わせて泣く少女を思い出した。

 死ぬのは嫌。怖い。

 涙を流して戦い続けた少女。
 研究所でずっと一緒だった妹分。
 スティングと共に三人はずっと離れる事はなかった。
 大切だった。失いたくなかったはずなのに。

《忘れていた・・・・・・でも思い出した。》

 一人でロドニアのラボへ向かった妹分は戻ってこなかった。
 死んだとは聞いていない。けれども生きてはいないだろう。
 ファントム・ペインにとって敗北はそのまま死と同意義なのだから。

《俺は・・・死ぬのか・・・。》

 これから一人にするだろう友を思う。
 面倒見の良い彼はこれから一人ぼっちでどうするのだろう。
 孤独に苛まれるのだろうか?
 けれどその孤独感すら忘れるのだろう。

《俺達がステラを忘れていた様に、気持ちを消される。》

 伝えてやりたいと思った。
 自分達が何を失い何を奪われたのか。
 大切な存在を忘れない様に守れる様に。
 けれどもう伝える時間は無い。
 目の前に眩しい光が迫っていた。

《カアサン・・・。》

 衝撃と冷たい海の水に包まれてアウルは意識を失った。





【全軍ミネルバを攻撃せよ。全軍ミネルバを攻撃せよ。】

 タケミカズチからの指令にムラサメのパイロット達は険しい表情を浮かべる中、次々にオーブ艦隊から発せられたミサイルが次々にミネルバに向かう。
 その様子を横目に一機のムラサメに搭乗していたババ一尉が決意を固めた。

「小隊各機、俺に続け!」

 ババ一尉の言葉に四機のムラサメが応えミネルバに向かう。
 それを阻むように進路を阻んだのはカガリのストライク・ルージュだった。

【止めろぉ!】
【! カガリ様!!】
【あの艦を撃つ理由がオーブの何処にある!】

 カガリに言われなくともわかっている。
 オーブはプラントに恨みを持っていない。
 個人的感情は別としても国としては元々敵対する事を望んではいない相手だった。
 ましてやミネルバはブレイク・ザ・ワールドの被害を食い止めようと尽力を尽くしてくれた艦。
 わかっていて敵対の道を選んだ。
 けれど改めて言葉にされババは答えに詰まる。

【撃ってはならない。自身の敵ではないものをオーブは討ってはならない!】

 カガリの言葉に本物のカガリと確信する兵と懐疑的な兵が再び迷い始める。
 兵の迷いを察しババは叫んだ。

【そこをどけぇ!
 これは命令なのだ。
 今の我が国の指導者、ユウナ・ロマ・セイランの。】

 ババの言葉に驚愕するカガリ。
 その言葉のもう一つの意味に言葉を失う。

【ならばそれが国の意思。
 なれば我らオーブ軍人はそれに従うのが務め。】
【お前・・・。】

 ババはウナトに呼ばれた一人。
 彼から今回の派兵の意味を伝えられた一人だった。
 今のオーブを守る為にその先の未来を見据えウナトは彼らに頭を垂れた。
 そして『今のオーブの指導者』は『セイラン』だった。
 その事がこの先どう生きていくのかババにはわからない。
 けれど彼は、ウナトは自分達の命を背負うのだろうと思った。だから。

【その道、如何に違おうとも、難くとも。
 我らそれだけは守らねば守らねばならぬ!
 おわかりかぁっ!!!】

 話す間にも戦場ではオーブを始め多くの命が散っている。
 そしてカガリにはその戦いを止める事は出来ない現実があった。
 それでもカガリは叫ぶ。

【だが!】
【お下がり下さい。
 国を出た折より我ら此処が死に場所と疾うに覚悟は出来ております。
 下がらぬと言うなら力を以って排除させて頂く!!!】
【止め・・・!】

 制止の言葉は途中で掻き消される。
 ストライク・ルージュの腕を持ちアークエンジェルの方へと放り投げるとババはムラサメを飛行形態へ変形させミネルバへと突入する。

【我らの涙と意地。とくとご覧あれぇえっ!!!】

 ババの叫びを合図に彼に続けと四機のムラサメが同じく飛行形態へと変形しミネルバに向かった。

《まさか!》
《そのまま突っ込む気かを!?》

 カガリの悲鳴にミネルバに気付いたキラとアスランの目に映ったのは無謀にもろくな装備もなしにミネルバに向かうムラサメ隊の姿。
 周囲に友軍機はなく援護は望めない。
 今、ミネルバやザクの砲撃を上手くかわせたとしても長くかわし続ける事は不可能である。
 その事からアスランは彼らの成そうとしているのが何なのかを察し悲鳴を上げた。

「待て! ミネルバには!!」
【マユ!】

 空耳かと思った。
 けれど確かに通信機から漏れたキラの声と次の瞬間に漏れた息を呑む音にアスランは確信する。

《やはりマユを知って・・・・・・だが!》

 先にミネルバだとアスランは飛び立とうとする。
 しかし彼が見たのは応戦するザクの砲撃をかわしミサイルを撃ち込むムラサメの姿だった。




「マユ! くそぉっ!! ミネルバが!!!」

 悔しそうに叫んでもインパルスは装備を失い武器を持たない。
 フォースシルエットを射出してもらおうにもミネルバはそれどころじゃない。
 手元にある武器はビームジャベリンのみ。
 この位置からライフルを撃っても届かないと歯痒さに身を悶えさせるシンの目に映ったのはムラサメを撃つセイバーの姿だった。
 もともとの機体の精度もあるだろうがパイロットの腕もありミネルバに群がるムラサメが次々に落ちていく。
 当然ミネルバも弾幕を張るがミサイルに撃たれたせいか打ち出されるビームは少なく、応戦するMSはレイのブレイズ・ザク・ファントムのみ。
 けれど確実に減るムラサメの中、一機だけ撃たれながらも真っ直ぐミネルバに向かう機体があった。

「まさか・・・・・・・止めろぉおおっ!!!」

 シンが悲鳴を上げる中、ムラサメは吸い込まれるようにミネルバに激突した。

 特攻

 自身の命と引き換えに機体をミサイルの代わりとする最終的な攻撃方法。
 だが今の時代、それを成そうとする者を見たのは初めてだった。
 凄まじい爆音と爆煙がミネルバを包む。煙の影から見える炎にシンは藁にも縋る思いで通信機に叫んだ。

「あ・・・マユが・・・・・・ステラが・・・・・・・・。
 ミネルバ! メイリン応答してくれ!!
 ミネルバ! ミネルバっ!!!」
【シ・・・だいじょ・・・・シン!】

 雑音交じりだが確かなメイリンの声にシンは希望を見出す。

「メイリン! ミネルバはマユは!!」
【落ち着いてシン! 主砲はやられたけどミネルバはまだ何とか大丈夫。】

 雑音は大分落ち着いている。幸いブリッジへの損害は少ないらしいがこの距離で通信障害を起こすほどの煙が立ち込めている事、そして先程の攻撃からそのダメージの深さは推測できる。この状態で攻め込まれたらひとたまりもない。
 ならば・・・・。

「メイリン、ソードシルエット出せるか!?」
【いけるわ!】
「全艦叩き斬ってやる! 急げっ!!」



 ミネルバに向かうセイバー。
 だが追いついたフリーダムがそれを阻みセイバーと切り結ぶ。
 ビームサーベル同士が触れ合い反発から発する光が二機を照らす。

「アスラン!」
【仕掛けているのは地球軍だ!
 じゃあお前はミネルバに沈めというのか!!!】

 アスランの言葉にキラは言葉に詰まる。
 今、ミネルバに沈んでもらうわけには行かなかった。
 かの艦に乗っているだろう少女を想う。
 笑っていて欲しくて幸せになって欲しくて手放して小さな手。
 そして同時に泣いている双子の姉を想った。
 二年前、過酷な戦場に放り出されオーブという国をその小さな肩に背負わされ必死に立っていた。
 そんな彼女を支えるのが自分の役目なのだと、間違えないように、誰も悲しむ事がない様にと。
 けれど世界はささやかな願いすら叶えてはくれない。

「わかるけど。
 君の言う事もわかるけど。
 だけどカガリは叫ばなければいけないんだ。
 オーブとはどうあるべきか。」

 感情を押し殺した声で答えるキラ。
 そのの言葉の意味を図りかねて今度はアスランは黙り込む。

「君はザフトが、プラントが正しいと言うけれど戦争に正義なんて存在しない。
 ただ守りたいだけなんだ。オーブもカガリも、皆を守りたいから戦って泣いて叫んでる。」

 二人が話す間にもカガリは涙を流しているのだろう。
 何も出来ないと頭で理解しながら心が納得出来ない。
 オーブを救いたいという願いと理念を貫きたいという想い。
 彼女の気持ちをアスランとてわからないわけではない。
 それでもとアスランが声を上げるより先にキラが言い募る。

「だけど君は、この戦いは仕方がないと。
 彼女が叫ぶ意味も。オーブが出てきたその理由も考えず。
 全てオーブとカガリのせいだってそう言って君は討つのか!」

《オーブのせい・・・? 違う、そんなつもりじゃ。
 誰が悪いとか、誰が正しいとか。
 そんな事で戦争は語れないと俺は知ってる。
 だからザフトに戻る事を選んだんだ。》

『本当に?』

 不意に耳に蘇る声。
 アスランに問うその声はかつての婚約者。
 彼女は大戦中、プラントを出る前に危険を冒しながらもアスランを追求した。
 アスランは大戦後も彼女の問いの意味を十分に考えたつもりだった。

《違う・・・これは・・・今、俺がザフトにいるのは俺自身がっ!》

『本当に?』

 再び蘇る声にアスランの心は揺れた。

「君は、一番わかって欲しい一人なのにっ!!!」
「・・・キ・・・ラ・・・・・・・。」
「なら僕は・・・君を討つ!」

 一瞬の迷いが勝負の分かれ目。
 それは散々戦いを経験したアスランにもわかっている事。
 瞬時に攻撃に転じたフリーダムに迷いながらも防戦へと徹しようとしたのが間違いだった。
 防いだビームサーベルを弾いた瞬間、弾かれるままに機体を回転させたフリーダムが左に持っていたもう一つのビームサーベルでセイバーの右腕を切り飛ばす。

「なっ!?」

 驚愕した次の瞬間にはセイバーの四肢は全てが切り落とされ飛行ユニットも失い海面へと落ちていく。
 エラー音の中、遠ざかって行くフリーダムを見つめながらアスランは自身の選択と彼女の言葉の意味を図り切れずにいた。





「ミサイルきます!」
「回避、迎撃!」

 満身創痍のミネルバの目の前にはオーブ旗艦タケミカズチ。
 他の艦は今、シンのインパルスに数の殆どを減らされこちらに来る余力はないらしい。
 それでも火力の足りないミネルバにタケミカズチは脅威だった。
 何よりも相手が何を考えているのかわからないのが恐ろしい。

「・・・っ! 空母が前に出て何を!」

 空母は海上の飛行場兼格納庫。通常前面に出てくる事などありえない。
 常に戦闘機やMSの帰還場所として守られた位置にいる艦が出てくる戦略的意図がわからずタリアは迷う。
 けれどタケミカズチが出てきた意味をカガリはババの叫びから悟っていた。

《ウナトの判断がわからないわけではない。
 だがそれはあまりにも・・・・・他に道はなかったのか!?》

「止めろ! 止めるんだタケミカズチ!!!」

 溢れる涙をそのままにカガリは前に出てくる艦へと向かう。
 その間にもミネルバからの攻撃を受け、今にも沈みそうな艦のブリッジは荒れていた。



「お前! トダカ! 何をやっているんだこれでは!!!」
「ユウナ様はどうぞ脱出を。」

 首に掴みかかるユウナに対しトダカは冷静だった。
 冷めた目で総司令官であるユウナを見据え答えるとアマギに向き直りトダカは命令を発する。

「総員退艦!」
「・・・・・・はっ!」

 彼が何故タケミカズチを前面へと出したのか。
 最初は疑問を感じていたアマギ達はその意味を察し、本来の司令官であるトダカの言葉を噛み締めアマギを始め他の士官も従い全艦に退艦命令を出した。

【総員退艦。繰り返す、総員退艦。】

 響き渡る放送を聞きながらトダカは最初に自分達を呼び出したウナトの言葉思い出した。
 机の上に肘を突き項垂れながらオーブの宰相は言った。

『今回の戦い。勝つ事が目的ではない。』



「タケミカズチ止めろぉ!」

 必死に止めようと叫ぶカガリに気付いたシンがインパルスのビームライフルを放つ。
 迫るビームに気付いたものの避け切れないと身体をこわばらせた瞬間、庇う影があった。

【カガリ様! どうかお下がり・・・!】

 続く言葉は無く、爆発音が響き渡った。
 彼女の代わりに散ったムラサメが眩しかった。



 退艦命令後もトダカの襟首から手を離さないユウナにトダカは坦々と答え続ける。
 彼の胸に浮かぶのはユウナの父、ウナトの言葉だった。

『オーブの忠誠心を示す戦いだ。
 だが下手に戦力を残せば再び連合は我々に戦いを押し付けてくるだろう。
 だから・・・・・・・・。』

「ミネルバを落とせとのご命令は最後まで私が守ります。」

『タケミカズチを沈めるんだ。
 我が国最大の空母タケミカズチをはじめ多くの艦隊が華々しく戦い散っていく姿を、全世界に示して欲しい。
 これは殉死命令。本来ならば私などが出すべきものではない。
 いや、誰であっても出してはならない命令だ。
 それでも今のオーブを、そして姫を守るには力が足りず、君達にこんなことを頼まねばならない不甲斐無さは全て私が・・・。』

「艦及び将兵を失った責任も全て、私が。」

 そう、これは初めから決められたシナリオ。
 カガリが出てくる事もウナトは読んでいた。
 彼女が叫ぶ言葉も予想がついていた。
 そしてそれはこれから動いていく世界がどう転ぶかわからない以上、必要な事だった。

「これでオーブの勇猛も世界中に轟くでありましょう!」

 叫ぶと共にトダカは初めてユウナに手を上げた。
 その襟首を掴み返し出口へと投げ飛ばす。
 投げ出されたユウナを支えるものは誰もいなかった。

《結局、彼は最後まで部下の気持ちはどころか父親の気持ちすら思いやろうとしなかった。》

 その結果が総司令官でありながら誰も手を貸す事の無い現状。
 ウナトが当初ユウナを総司令官に任じなかったのは部下がついてこないと見越しての事。
 打ち付けた背中の痛みにばかり気を取られている名ばかりの司令官を軽蔑する様に見下ろしトダカは再びブリッジに残る将校達に命令を下す。

「総司令官殿をお送りしろ。
 貴様らも総員退艦!
 ユウナ・ロマではない・・・国を守る為に!!!」

《これ以上の犠牲は必要ない。後は私一人が艦と共に。》

「「「はい!」」」

 敬礼する将校の中でアマギ一人が進み出る。

「私は残らせて頂きます。」
「駄目だ!」
「聞きません!」
「駄目だ!」

 引かないアマギにトダカも譲らない。
 二人が睨みあう間にも艦は傾き、立っている事すら困難になる。
 艦が沈むのは時間の問題だった。

「既に無い命と言うならばアークエンジェルに行け!
 生きていればきっと・・・道を開く!!
 カガリ様と共に!!!」
「トダカ・・・一佐・・・・・・。」
「頼む・・・私と・・・宰相と・・・今日無念に散った者達の為に!」

 再び揺れるタケミカズチ。もう迷っている時間は無かった。

「行け!」

 トダカの最後の命令と共にアマギは涙を湛えブリッジを駆け出した。



 * * *



 ズシンズシンとMSが歩む音が響く。
 オーブ艦の殆どを沈めたビームソードが輝いている。
 タケミカズチは退艦命令により兵の殆どが脱出していた。
 時間も大分経っており例え今、艦が沈んでも距離を取っている為、海流に巻き込まれる事はないだろう。
 人生の終わりまであと少し。
 部下を思う司令官から一人の人間へとトダカは戻る。
 見上げれば焔を背にタケミカズチのブリッジに歩み寄る赤いMS。
 トダカはその機体に乗る少年を思った。

「君が私を裁く、か・・・。」

 逆光の中、黒い巨大な影と化したMSが死神の様に見える。
 自分以外誰もいないブリッジの中、死を前にしながらトダカは穏やかな気持ちでビームサーベルを振り翳すMS、インパルスを見つめた。
 思い出すのは避難艦で縮こまっていた少年。
 その腕の中には妹と思われる幼女が涙の痕をそのままに眠っていた。
 誰にも奪われまいとしっかりと抱え込みギラギラとした赤い目で警戒していた少年は今何を思っているのか。

《守りぬけよ。シン。》

 最後の手紙を彼は読んだだろうか。
 自分がこの艦の司令官である事は書かなかったが、もしかしたら気付いたかもしれない。
 けれど気付いては欲しくないと思う。
 再びあの赤い瞳が涙に濡れる事だけは嫌だった。

《幸せに・・・・・・。》

 届かない言葉と想いを胸に。
 トダカは衝撃と熱い焔に包まれた。




 怯える自身を奮い立たせ慰める為、歌を歌い続けていたマユが突然口を閉ざし天井を見上げた。
 今も尚揺れるミネルバだが大分揺れが収まってきている。
 けれどマユが突然歌を止める程には落ち着いていない。
 アビーが不思議そうにマユに手を差し伸べ「どうしたの?」と問うとマユの瞳からポロポロと涙が溢れ出し始めた。
 涙に濡れるアメジストの瞳にアビーはマユの頬に触れながら優しく声を掛ける。

「目にゴミでも入ったの?
 見てあげるからいらっしゃい。」
「ちがう・・・・・・今、だれかが。」

 いなくなった気がしたの。
 そう呟いて泣き続けるマユにアビーは掛ける言葉を失い小さな身体を抱きしめた。


 続く


 文の長さの割りに時間食いました〜。
 シリアスばかりの展開ですがこればかりは仕方ないです。
 そーゆーお話なので。(涙)
 次はギャグも交えて書いていきます!

 2007.6.26 SOSOGU

次へ

NOVEL INDEX