〜資格 前編〜


《ああ、どうして僕は・・・。》

「写真がブレてて殆どまともに撮れてないのは素人だから仕方ないとして・・・。
 どーしていらないお土産持ってくるのかしらカズイ。」
「でもミリィ・・・。」

 カズイ・バスカークは正座させられたまま愚痴りたくなる。
 目の前には元ゼミ仲間&友人のミリアリア・ハウが仁王立ちになっていた。
 怒りの理由はわかっているが理不尽さが拭えずカズイは肩を窄ませながらも小さな声で反論する。
 けれどもミリアリアには通じない。

こんなオレンジ頭、着払いでザフトに送りつけてやれば良いのよ! 大喜びで受け取りサインするわ!! こっちの水色頭も然り。地球軍に代引きで礼金払えと請求してやりなさい!!!」
「ミリィ、人間は宅配便で送れないよ。」
「キラ。突っ込みどころが違うぞ。」
「普通に捕虜扱いにすれば良いでしょうに・・・カガリさんもずれてるわよ。」

 最後にマリューが溜息と共に締めくくる。
 けれど問題はそんなお気楽なものではない。
 場所はアークエンジェルのメディカルルーム。
 消毒薬の匂いが充満する中、医師の応急処置を終えた『ザフトのハイネ・ヴェステンフルス』と『連合のアウル・ニーダ』がベッドの上で眠っていた。
 事の発端はカズイがミリアリアの代わりに黒海の戦いを撮影したことにある。
 戦争が終了し撮影ポイントの崖から離れようとした時にカズイのいるところへとやってくる人影に気付いたのだ。



「おーい予想通り流れてきたぞ〜。波が高いから気をつけないと怪我するから気をつけろ!」
「わかってるって。」

 地元の者だろう。
 若い男達が何人も集まってきた事にカズイが不思議に思い、崖の上に立ち下に誰かいるらしく指示を出し続ける青年がいたので問いかけてみた。

「あ・・・あの・・・・・・何ですか一体?」
「あ!? おい他所者だぞ!」
「ここらは俺らの縄張りなんだ! お前に分ける者はねぇ!!」
「・・・・・意味がわかりません。何をしているか知りたいだけなんですけど。」
「とぼけるな!」

 争うつもりはないと手を広げてアピールしても男達は語気を強めて威嚇してくる。
 弱りきったカズイは仕方なくその場を離れようとしたところ、リーダー格と思われる男が騒ぐ男達を宥めてくれた。

「皆、落ち着けって。
 アンタこの辺の人間じゃないだろ。
 何でこんなとこにいるんだ。」
「撮影ですよ。戦場の。
 事情があって代理で撮っていたので安全を考えてここから望遠で撮影してたんですけど・・・貴方方は一体此処に何をしに来たんですか。」
「あれさ。」

 男が崖下を示すのを見てカズイは恐々と四つん這いになり崖下を見下ろした。
 洞窟と小さな入り江が見え、そこにMSや戦艦の残骸と思われる破片が流れ着いている。
 下には何人か男達が集まっており破片を引き上げていた。

「海の掃除・・・ですか。」
「それもあるけどお目当ては破片そのものさ。
 今は戦争で金属の値段が高騰しているからこうしたスクラップが高値で売れるんでね。
 だから引き上げに多少危険があるとわかっていても皆やってくる。生活がかかっているからな。
 戦争さまさまってところか。皮肉だけど。」
「そうでしたか・・・・・・。」

 通常ならば危険もあるからこそ止めるところだが彼らの生活は彼らのもの。
 ただ通りかかっただけのカズイが口を出して良いものではない。
 全てを決めるのは彼らとこの地域を治める者。彼らの問題だ。
 自分は立ち去るのみと踵を返そうとした時に崖下で騒ぎが起こる。

「おい! 人が流れ着いてるぞ!!」
「どうせホトケだろ。」
「息がある! だけど面倒だぜ・・・ザフトと連合両方流れ着いてて両方とも生きてるんだ。」
「ええ!?」

 両軍の兵士が引き上げられたとの騒ぎに崖上にいたリーダーの男も慌てて崖下へと通じる道へと急ぐ。その後を思わずカズイも追った。
 ジャーナリスト代理でも元連合軍人でもなく、戦争経験者として放っておけなかった。

「マジかよ冗談じゃないぜ。」
「別にザフトの方はそのままロドニア辺りに送り届ければ良いんじゃないですか?」
「誰が運ぶんだよ。そんな暇も余裕もないぜ。」
「それじゃ通報。」
「連合の方はどうするんだよ。両方に連絡するのか?
 双方がかち合った時が恐ろしいぜ。
 下手に軍に連絡すれば俺達が金属集めて金儲けしているのもバレる。
 実際まともなとこに売ってるわけじゃないし。」
「あ〜そーいうことですか〜。」

 走りながらの会話の中、後ろ暗い彼らの事情を察しカズイも頭を抱える。
 けれど見捨てるのはいくらなんでも後味が悪過ぎる。
 さてどうしたものかと思っているうちに洞窟を通り崖下へと辿り着くと男達に引き上げられて手当てを受けている二人の兵士が横たわっていた。
 パイロットスーツに身を包んだ二人のうち一人、ヘルメットを外され明らかになった髪の色と顔にカズイは声を上げる。

「ハイネ!?」
「おい知り合いか?」
「知り合いっていうか・・・知り合いじゃないって言うか・・・。」
「今名前呼んだじゃねーか。」
「知り合いっていうより知ってるだけって言うか・・・。」
「はっきりしろ! あの兵士を知っているのか知らないのか!!!」

 怒っているのかいないのか。
 鬼気迫る勢いで問い詰められカズイは搾り出した様な掠れ声で答える。

「・・・・・ザフトの方は面識があります。」
「よっし問題解決! おーい皆、ザフトの方はこのカメラマンの知り合いだとよ。
 ついでに連合の方も任せようぜ。」
「「「賛成〜。」」」
「ちょっと!?」
「そんじゃ任せたぜ。」

 先ほどの般若の面を菩薩の笑顔に変えて肩を叩くはリーダー格の男。
 肩を叩かれたカズイはいそいそと二人のタグプレートをカズイの手に押し付けて作業を再開する。
 元気の良い彼らの声が木魂する入り江で茫然自失状態なのはカズイのみ。
 既に彼らの中で引き上げられた二人の行く末は決まっていた。

「そんな・・・勝手に決めないでくれぇええ〜〜〜!!!」



 そんな経緯で双方に連絡するわけにも行かず困ったカズイが助けを求めるとしたらアークエンジェルしかなかった。
 結果、二人は手厚い医師の治療を受けることが出来た。
 現在気絶したままだが命に別状は無い状態である。

「けど、本当にどうしたものかしらね・・・。
 意識を取り戻されたらアークエンジェルについて知られてしまうし、そうなったら簡単に解放なんて出来ないわよ。」
「今、私達は世界から逃げ回る存在だからな・・・。」

 カガリの言葉に皆、口を閉ざす。
 現在アークエンジェルはスカンジナビア王国領海内の海底にいた。
 今は大丈夫だが世界情勢の変化によっては此処を離れなくてはならない。
 彼らに賛同し協力してくれる者は大勢いるが、皆息を潜めるように潜伏しこの地球(ほし)の行く末を見守るべく密やかな活動に徹している。
 実働部隊であるアークエンジェルとの関係が知られれば現在の情勢からして淘汰されるのは目に見えており、今はただ耐えるしかないのが現状。

《ウナトも耐えているのか・・・。》

 キラは戦闘中に送られたデータをカガリにだけ見せた。
 皆に見せるかどうかはまずカガリの意思を確認してからと判断した為。
 モニターに映るメッセージと添付された圧縮データの中身を見て、カガリはしばし押し黙った。



『私は、やはり守られるだけの姫なんだろうか。』

 読み終えてからカガリはぽつりと呟いた。
 ギルバートとの極秘会談でも彼はカガリの事を「姫」と呼んだ。
 暗にカガリを挑発していたとも思えるが見たままの印象を述べたのかもしれない。
 そう思えてカガリは自嘲する。
 けれどキラはそんなカガリの肩を抱き首を振った。

『・・・違う。少なくとも僕は違うと想う。
 信頼しているから守ってくれたんだと、そう思いたい。』

 悪い方向に考えれば物事も悪く進み易くなる。
 それは父から教えられた事でもあり今までの経験からも言えることだった。
 泣いている暇は無い。目に溜まりそうになる涙を呑み込み自身を奮い立たせるように拳を握り・・・カガリは誓った。

『・・・キラ、私は必ずオーブに戻る。
 そして理念を貫き通す本当のオーブを取り戻す。』
『うん。』
『データの管理はお前に任せる。
 私は・・・このデータを使用するつもりは無い。
 ウナトも助けてみせるさ。』
『宰相が望んでいなくても?』

 おどけて微笑むキラにカガリは以前の笑顔を取り戻し応える。

『そうしたらウナトの面引っ叩いてやる。』
『甘えるな!って?』
『私もウナトに引っ叩かれそうだけど・・・大丈夫。
 皆と話してくるよ。私の意志を。』

 カガリの言う皆とはアークエンジェルに身を寄せたムラサメ隊の事。
 知らない者は宰相の事を悪く言うだろう。だが一人だけ、知っている者がいる。
 アマギ一尉。
 タケミカズチと共に逝った司令官の名を告げられキラは歯を食い縛った。
 『共犯者』の訃報はキラの胸に楔を打つ。



《トダカさん。僕は間違ってませんよね?》

 去来する思いを胸に秘めキラは目の前にある現実を見据えた。
 今の問題はこの二人をどうするか。

 うう・・・

 唸り声に皆が一つのベッドに注目する。
 声の元にミリアリアが駆け寄り、皆に顔だけ向け頷くとそれを合図にカズイとマリューを残した全員が出て行った。
 残る三人で目覚めた人物を迎える。

「気がついた?」

 ミリアリアの声に目を覚ましたハイネ・ヴェステンフルス辺りを見回す。
 消毒薬の匂いと白い天井。けれどミネルバのものとは違う備品配置とミネルバにいるはずのないミリアリアの声でここが自軍の艦ではないと察する。

「ここは・・・。」
「アークエンジェルよ。」

 覚えの無い声にハイネははっきりと意識を取り戻す。
 蘇るのはカオスに撃墜されかかったインパルスの姿。
 確か自分は咄嗟にインパルスの前に躍り出て・・・

「俺は確か撃墜されたはずじゃ。」
「機体はバラバラだったけどね。
 運良く海流に乗って戦場から離れたところに打ち上げられたそうよ。
 パイロットスーツが損壊してたらヤバかったけどそれも無く、宇宙空間での活動も可能なスーツだから空気は確保されてたし。」
「この艦が何故俺を・・・。」
「本当は地元の人が見つけたんだけど気の弱さが災いしてたまたまその場にいたカズイがアンタ達を押し付けられたのよ。」

 ミリアリアが指し示す先に立つ青年は頼りなくひどくお人よしに見える。
 一瞬考えて記憶を掠める顔に何者かを思い出す。

「あー、確かお前あの喫茶店にいた・・・。えと・・・。」
「・・・・・カズイ・バスカーク。」
「そうそう地味系のカズイ!」

 ひきっ

 どういう覚え方をしようとそれは自由。
 だが知られて人間関係に皹が入るかもしれない覚え方は話さないのが賢明。
 にも関わらず思わず口にしてハイネも拙いと思ったのか誤魔化す様に微笑む。
 カズイもつられた様に微笑み返すが笑顔は菩薩でも腹の内には般若が生まれたらしくいつもと変わらぬ静かな声でミリアリアに問いかけた。

「ミリィ、今すぐ海に戻してもいいかな。」
「そうねー。構わないんじゃない?
 多分MIA扱いだろうし。バレないでしょ。」
「タンマタンマ! おねーさんこの二人を止めて!!」

 ちょっぴり本気が混じっているのに気付いて慌てるハイネに対しカズイは笑顔を絶やさない。
 暴走の気配を感じ溜息一つ吐いてマリューが二人の肩を叩く。

「悪いけど抹殺は後でね。
 聴かなくてはならない事が多いから。」
「後でじゃなくて止めさせて・・・。」

 まずは確認の為にと名前を所属を問われ答えるがミリアリアが既に知っている事であり確認もせずに尋問は終わる。
 怪我人という事も配慮した結果だろうと思いながらハイネはあたりを見回し逆に問い返した。

「ここはアークエンジェルって事だが・・・ならオーブの代表とフリーダムのパイロットもいるのか?」
「いるわよ。それがどうかした?」
「会いたい。会わせてもらえるか?」
「アスハ代表は色々とお忙しくてね。それに現在敵対関係にある人間が会いたいと言ったからとそう簡単に会わせる訳にはいかないわ。
 フリーダムのパイロットにしても同じ。現在アークエンジェルにとって切り札とも言えるパイロットを安全確認も出来ないのに貴方に会わせると思うの?」

 アークエンジェル艦長を名乗るマリューの答えはハイネには十分に予想できた事だった。
 あの戦場で並み居るMSをいとも簡単に無力化し戦場を混乱させたその技量。
 アークエンジェルの最大の強みは火力でも不沈艦の名ではなくフリーダムの戦闘力である事は明白だった。

「今すぐに会うなら当然拘束状態で・・・ってところか?
 俺を捕虜として扱うか客人として扱うか判断しかねる現状況ならばな。」
「わかっているなら話は早いわ。
 怪我は見たところ重傷に至るものはないと診断されています。
 後からダメージが出てくる可能性もあるので最低でも三日、医者としては一週間様子を見たいとの申しであります。
 現在ミネルバはディオキア基地に寄港して艦体修理しているそうだから暫くは動かないでしょう。
 ここから少し距離はあるけれど動けるまで回復してからディオキアへ行っても合流は可能と思われます。
 それらを踏まえて貴方の意思を確認させてもらうわ。」

 一息おいてマリューは改めてハイネに問う。

「ザフトに戻るかアークエンジェルに残るか。」

 鋭い視線がぶつかり合い沈黙が落ちる。
 数秒・・・数分は経っていたかもしれない。
 思い沈黙の後、ハイネは答えた。



 * * *



 ディオキア基地に戻ったミネルバは忙しかった。
 一応勝ち戦ではあるが受けたダメージを思えば痛み分けと言ってもいい位に被害は深刻だった。
 装甲の彼方此方がミサイルを被弾したために剥き出しになりまだ煙を上げているところもある。
 大方の消火活動は終えているがまだ残骸撤去などの危険が残っている。
 当然一番忙しいのはメディカルルーム。怪我をしたクルーが運び込まれては手当てを受け、重症な者は基地へと運び出され軽症の者は再び修理の為に駆り出される。
 そうして人が出入りし続ける中、子供の泣き声が響き渡った。

「ヤダヤダヤダヤダヤダ〜〜〜!
 てつだうもんてつだうもんてつだうんだもんーっ!!
 マユがステラおねーちゃんとルナおねーちゃんのカンビョウするんだもん!!!」

「我侭いうんじゃありません!
 マユちゃんは皆に荷物を運ぶお仕事があるでしょ。」
「あー、それだけど基地の人が問答無用で運び込んじゃったんで仕事無くなりました。」

 シンの言葉に余計な事をとアビーは舌打ちするが仕事が戻ってくるわけではない。
 また足りなくなるだろうが急ピッチで修理作業を行っているミネルバだから子供がのんびりと物資搬送できる状況でない事も確かだった。
 どうやってマユを宥めたものか、いっそ基地近くのホテルに休暇といって預けるかと考えいてる間にもマユは喚き続ける。
 幸いまだハロとトリィの暴走プログラムは発動には至っておらず平和だが発動する恐れを抱えている以上、下手に他の施設に預けるわけにもいかずアビーは頭を抱えた。
 その脇では包帯でぐるぐる巻きにされベッドに横たえられたルナマリアが怪我による発熱で唸っている。
 ただでさえ慌しく人が出入りするメディカルルームで更に騒がれれば容態が悪化するのも当然だった。

「お願いだから眠らせて・・・。」
「お姉ちゃんしっかりして。わーん私ももう直ぐ交代でここ出ないといけないし、お姉ちゃんこんなとこで放っておく訳にもいかないし。」
「氷枕交換するので少し良いですか?」

 現在メディカルルーム預かりになっている少年ロイが新しい氷枕を抱えベッド脇に立っている。
 一筋の光明を見てメイリンはロイの肩を抱えて涙ぐむ。

「・・・そうか君がいたわね。お姉ちゃんをお願いね。」
「メイリン・・・看護師の私もいるって忘れてない・・・?」

 更にその後ろでカルテを持った同僚の姿にテヘヘと舌を出して謝罪するメイリンはすっかり落ち着きを取り戻していた。一時は姉が死んでしまうと泣き叫んでいた彼女の変化を見ていたステラがベッドに縛り付けられたまま彼らを穏やかな表情で眺めている。
 顔色はあまり良くない。けれど心に安らぎが生まれたのか柔らかな笑みを浮かべ嬉しそうだった。
 そんなステラの様子に気付いていたのは一人だけ。
 いつも覚めた目で状況判断に努めるレイが彼女の笑みを見つめていた。

 シュン!

 騒ぎの中ドアが開きタリアに続いてアスランが入ってくる。

「あ、フリーダムにセイバーばらっばらにされたフェイスだ。」
「シ〜ン〜〜〜お〜ま〜え〜と〜い〜う〜や〜つ〜は〜〜〜っ!」

 襟首掴み上げてアスランが怒るが無理も無い。
 フリーダムに無力化されたのはどのMSも同じ事。
 むしろ何度も切り結んでいたセイバーはもった方だと言えるだろう。
 しかし唯一フリーダムの攻撃を避けきったシンの台詞は痛かったらしくその背中にしっかりと言葉の銛が刺さっているのを見てタリアが嘆息する。

「遊んでいる場合じゃないわよ。これからは特に忙しくなるんだから。
 シン、レイ。悪いけどハイネの遺品を整理して頂戴。」

 ざわり

 タリアの言葉にルーム内にいた全員が言葉を失う。
 一瞬の沈黙の後、レイだけが敬礼して応えた。

「遺品整理ですか。わかりました。」
「ちょっ!? レイっ!!!」
「あの状況で生存している可能性は低い。
 仮にMSの爆発の中、上手く脱出出来たとしても戦場は海。
 その後も戦闘が行われ波は荒れ、爆発による衝撃も凄まじかった。
 ならばMIA認定は当然だろう。」
「でも!」
「シン、ここは戦場だ。俺達は常に死と隣り合わせの場所にいる。
 それを忘れるな。」

 レイの言葉もわかる。その上にアスランに言われシンは抗弁出来なくなった。
 ふと足元に掛かる何かに気付きシンが下を見下ろすとマユがシンの足に縋りついている。
 兄を見上げてマユは不安そうに言った。

「おにーちゃん。イヒンって何?」

 この場にいるべきでない存在。
 何も知らない、わからないマユの問いにシンは言葉を失い幼い妹を抱きしめた。

《守る・・・守るんだ・・・。》

 救われた自身の命を思いシンは身体の震えを必死に押さえ込もうと俯く。
 その様子にアビーは手紙の内容を思い出した。

《伝えないって決めた・・・。だって私の推測が正しければあの人はシンの手にかかった事になる。
 そんなの言えるわけがない。》


 後編へ続く


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