〜資格 後編〜


 メディカルルームから場所を移し士官部屋の一つに呼び出されたキラは不機嫌そうだった。
 目の前にいる包帯だらけのザフト軍人とは面識がない。
 にも関わらず指名したという事はキラ個人というよりフリーダムパイロットを呼び出したつもりなのだろうとキラは推測する。
 いつもなら敵か味方かもわからない相手と自分を引き合わせたりはしないマリューが許可した事にも疑問だがそれ以上に後ろに立つ二人まで同席している事がキラの警戒心を強める。

「僕に何の用ですか。しかもミリアリアとカズイも同席させろって・・・。」
「その二人も無関係じゃないからな。
 そうだろ?」

 意味ありげな笑みを浮かべハイネは答える。
 視線の方向を見ればミリアリアが気まずそうに視線を逸らし、カズイは静かな眼差しをハイネに返していた。
 確かに二人は何かを知っている。察する事は出来るがそれ以上のことはわからない。
 弱みを握られているにしてもカズイが無反応なのが気になりキラは語気を強めて応えた。

「それは・・・どういう意味でしょうか。」
「ふーん。気付いてない?
 それとも話題を逸らそうと考えているのかな。」

 何かを匂わすニュアンスにキラは苛立つが情報が少な過ぎて混乱しかける。
 けれどここで平常心を失えば負けると本能的に感じ取り拳を握り足を踏ん張った。
 キラが平常心を取り戻そうとしているのを見て取りハイネは話を始める。

「俺がミネルバに乗ってたって知ってるだろうけど。」
「それは勿論知ってますが。改めて確認する事に意味があるとは思えません。」
「あるな。少なくとも君にとっては。」
「もって回った言い方は好きじゃないんですけど。」
「そうか? なら単刀直入に訊く。」
「ハイネ!」

 ミリアリアが耐え切れなくなった様に制止しようとするがそれをカズイが止めた。
 首を振るカズイにミリアリアは躊躇いの表情を浮かべたまま項垂れる。
 二人の様子が尋常ではないと僅かに動揺するキラの耳にハイネの追及の声が響いた。

「君は、マユの母親だな?」
「何言って・・・・・・。マユって誰の事です?
 僕の『妹』は確かにマユと言う名でしたが既に死亡しています。」
「悪いけど証拠もあるし証言者がいるんだよね。
 まあ順序だてて話そうか。」

 ごくり

 口内に溜まった唾を飲み込む音が大きく響く。
 ハイネの言葉を待つキラは嫌な汗が手に浮かんでくるのを感じた。

「現在ミネルバにはマユ・アスカと言う名の4歳の女の子が乗っています。
 その子はお兄さんのシン・アスカにまるで似ておらずお兄さんの上司のアスラン・ザラにそっくりです。
 けれどIDでは二人は兄妹となっておりアスランとは接点がありません。他人の空似と思われておりますが幾つか気になる点があります。」
「気になる点・・・。」
「まずはアスカ家とヤマト家に接点がある事がわかっています。
 この両家はオーブ侵攻戦の折に一緒に避難していた。
 俺はその場にいなかったがオーブの代表がシンに確認したそうだな。」
「え・・・ええ。代表がミネルバに成り行きで乗った時に。オーブでの証言を元にヤマト夫妻の生死確認の為だったけど。」

 ハイネに問われて声が詰まりながらもミリアリアが答える。
 カガリがまだカリダとハルマの生存を諦められないとIDデータを持ち出した事は知っていた。
 それをシンに見せるつもりだという事も予測できていた。
 けれどそこから知られる事は無いと絶対的な確信を持っていただけにハイネの指摘が痛い。
 キラはじとりと背に浮き出る汗を感じた。

「そして彼女が見つけた写真。」
「・・・写真?」
「実はディアッカ・エルスマンがザラ元最高評議長の遺品を保管していたんだ。
 一つの写真立てをね。そこには彼の息子のアスランと妻のレノア・ザラ夫人が写っていた。
 それだけなら別に何て事の無い家族の肖像なんだが・・・・・・もう一枚あったんだよ。」

 そこまで聞いてキラは思い出す。

《そういえば母さんが言ってた様な気がする。》

 記憶の糸を辿った。それはまだ母が生きていた時の事。
 いつも暖かな微笑を湛えていた母はマユが生まれて間もない頃に取った写真を焼き増ししていた。

『お父さんは反対するだろうから内緒だけど・・・やっぱりパトリックさんに贈ろうと思うの。
 キラと赤ちゃんの写真。』

 その後しばらくしてパトリックから手紙が来た。
 『マユ』と命名するとの内容のそれにハルマは少し怒っていたのを覚えている。
 自分が考えていたのに・・・とぼやきはしてもそのまま名をつける事に反対はしなかった。
 けれどそれきり交流は無くキラも忘れ去っていた。

《まさか・・・・・・。》

 手の汗が気持ち悪くなりそっさにそれを服に擦り付ける。
 それでもまた浮き出てくる汗が自身の焦りを表していた。

「アンタが藍色の髪をした赤ん坊を抱いている写真が。
 その裏には『マユ』って書かれてたんだが・・・おかしいよなぁ?」

 追求するハイネの言葉にキラは一歩下がる。
 相手は怪我人で動けない。けれども追い詰められる罪人になった気がしてキラは逃げ出したくなる。
 しかし逃げたくとも背後にはミリアリアとカズイがいた。

「アンタの『妹のマユ』はアンタと7歳違いのはずだろ?
 しかも特徴が違う。『妹』はアンタと同じ栗色の髪に菫色の瞳をしていたはずだ。
 何よりも、何故ザラ議長はその写真を隠してたんだ?
 自身の家族の肖像で覆い隠す様に。」

 そこにパトリックの想いが隠されていたのかもしれない。
 精神的重圧を感じながらも何処かキラは嬉しかった。
 だが今はそれどころじゃない。

「そこから彼女が真実を知る者を探そうと手を尽くした結果、一人だけ可能性がある人物が浮かび上がってきた。
 取材と称してカズイが代わりに調査へ行ったところ証言を得る事が出来た。」

 思わず振り返るとカズイが変わることなく静かな視線を返し答えた。

「ヘリオポリスでキラの家の隣に住んでいた老婦人がいただろう?
 あの人は知ってたんだね。」

《全て知られた。盲点だったな・・・あの人の行方なんて追ってなかったし。
 見つけたミリアリアが凄いのか。
 でも良かった・・・無事だったんだあの人。》

 思わぬところで聞いた老婦人の無事に安堵しキラは観念したように肩の力を抜いて答えた。

「・・・・・・近所の人は皆、妹だって言っても誰も疑わなかったのに。
 あのおばあちゃんだけは娘だと見抜いた。何でかな・・・。」
「認めるのか?」
「今更とぼけようとしても無駄でしょう?
 おばあちゃんの証言を取られたんじゃ逃げ切れないよ。」

 何処か諦めを感じさせる微笑みを浮かべるキラにミリアリアが涙混じりに叫んだ。

「ごめんキラ! ゴメン・・・ゴメン・・・・・・っ!!」
「真実を追究するのがジャーナリスト。
 それにミリアリアは面白半分に調査したわけじゃないって知ってるから。だから・・・。」

 いいんだ。
 そう言葉を続けてキラは未だ厳しい目を向けてくるハイネを見返す。

「けれどそれを明らかにしてどうしようって言うの?
 今のマユはアスカ家のマユなんだ。それで良いじゃないか。」
「良い訳あるか!」

 叫び飛び込んでくるカガリにキラは驚愕する。
 その後ろに控えていたマリューが複雑そうな面持ちで「ごめんなさい」と言って小さな機械を示した。

「盗聴・・・。」

 全てが漸く分かった気がした。
 ハイネがキラとの面会を申し出た時、その場にいたのはマリューとミリアリアとカズイの三人。
 その時にキラと何を話そうとしているのかを知らなければマリューが許可を出すわけが無い。
 恐らくマリューは三人からマユの存在を教えられたはず。とっくに気付いているべき事に思い至らなかった自分を叱咤したところで状況は変わらない。

「カガリさんには知ってもらった方が良いと思ったから。
 本当はプライベートな事だしどうしようかと思ったけれど、貴方の家族はカガリさんだけだし。」

《カガリには知られたくなかったのに・・・。》

 答えるマリューにキラは深く息を吐く。
 沈黙するキラにカガリは一度声を荒げ掛け、一瞬の間をおいて俯きゆっくりと静かに語り始めた。

「ミネルバでマユに会った時、あの子は寝起きに私を『ママ』と呼んだよ。
 寝ぼけただけにしてもおかしいよな。今更気付くなんて・・・。
 あの時私がつけていた香水はキラのを借りたとマーナが言っていた。
 それに私とは姉妹で影武者が出来るほど似てるんだ。キラの香水にキラに似た面立ちの人間が現れれば見間違いもするだろう。
 マユは間違えてなかった。ずっと覚えてたんだ。
 今だって母親が帰ってくると信じてる。何故お前はマユに会ってやらないんだ。
 ミネルバがオーブにいた時にだって会おうと思えばいつでも会えただろう?」

 そこまで言ってカガリは気付く。
 淡く微笑み返すキラ。彼女がミネルバ滞在中にアスハの宮殿へは戻らなかった事を。

「お前・・・まさかあの時宮殿に戻ってこなかったのは・・・・・・。」

 カガリの言わんとしている事に気付いてキラは苦笑へと変える。
 その反応にカガリは激昂した。

「わざとなのか!?
 仕事が忙しいって言ってたのはマユを避けてたのか!!!」

 何でだ!?

 叫ぶカガリは本当にキラを思ってくれている。
 いつもなら癒してくれる優しい姉の言葉が胸に突き刺さりキラは涙を浮かべて答えた。

「だって・・・・・・どんな顔して会ったらいいの?」
「え?」
「あの子を危険に晒して殺しかけたのは僕なのに。」
「それは・・・どういう意味だ?」

 戸惑うのはカガリだけではない。
 ハイネは勿論、リュー達も皆戸惑い、掛ける言葉を失う。
 けれどキラは言葉を続けた。

「撃たれた者にとってはね。撃った人間の正義とか想いとか関係ないんだよ。
 況してやそれが非戦闘員、民間人ならね。」

 溢れ零れる涙が頬を伝う。
 キラキラと水晶のように透明で美しい雫が部屋の照明を受けて輝きながら床に落ちる様を見て、皆、息を呑みキラの言葉を待った。

「オーブが大西洋連邦に侵攻された時、最初の攻撃の時はまだオノゴロからの避難は済んでなかったんだ。
 戦闘中も皆必死に走って避難艦のある港へ急いでた。
 戦い前に一度会いたいと両親がマユを連れて面会に来たんだ。
 危ないのに無理して会いに来てくれた。だから僕は家族を守ろうと誓った。」

 カガリがオーブを守ろうと頑張るのと同じ気持ちで。

 言葉にしなくとも続く言葉を察しカガリは拳を握り締めた。
 あの日、総司令部にいたのは自分だった。
 圧倒的な戦力に対し司令部の中から指示を出す事しか出来ない自分が悔しくて飛び出そうとしキサカに怒鳴られた事は昨日の事のようだった。
 防衛線を突破されると焦っていた自分と同じようにキラが家族を守る為に焦っていた事は容易に想像できた。

「だけど父さんと母さんは死んだんだ。
 マユも死んだと聞かされて絶望したよ。
 面会の後、避難中にMSの戦闘に巻き込まれたのが原因で・・・土砂に埋もれて死んだ。」
「叔父上と叔母上が・・・・・・。でも、マユは何で!?」
「ミリィ達は何となく推測出来てるんじゃないの?」

 キラの問いにミリアリアが押し黙る。
 マユは実際には死んでいなかった。それはその場にいた人間なら知っていることでありIDと照らし合わせればマユ・アスカとマユ・ヤマトの区別はつく。
 けれど最初、キラが家族の無事を問い合わせた時、マユを含めた家族全員の死亡が報告された。
 当然ミリアリアはフレイ達と話し合った事もあり十分分かっていた。
 けれど言葉に詰まり答えられず、ミリアリアに代わり答えたのはカズイだった。

「タイミング的に・・・IDを書き換えた別の人間がいるね。
 その人がヤマト家とアスハ家のマユという少女のデータを入れ替えた。
 当然シン・アスカはその事を知っていただろうけど彼が書き換えたとは考え難い。
 当時14歳だった一般人のシンがそんな事が出来るわけがない。
 なら怪しいのはシンの後見をしていたトダカ一佐。そうだろ?」
「・・・心に区切りをつけるために死亡と表示されたIDデータを呼び出したのがきっかけだったよ。」
「きっかけはとにかくキラはマユのデータが別人になっている事を知りトダカ一佐によるデータ改竄の痕跡を見つけた。
 そこからマユの生存を知ったんだろう?
 ただわからないのは何でそのままにしたのか。」

 カズイの言葉にキラは沈黙する。
 それだけはキラにしかわからない。
 もしかしたらトダカは知っていたかもしれないが彼は既にタケミカズチと運命を共にし、その命を散らした。

《ん? トダカ??》

 カガリはある可能性に思い当たり問う。

「ちょっと待て、シンは全て知っていると言ったな。
 アイツはお前がフリーダムをパイロットだと知っているのか?」
「それは多分・・・知らないと思うわよ。」
「ミリアリア、私はキラに訊いてるんだ。」
「キラは多分そこまでは確認してない。
 だけどカガリさん、ミネルバで話した時に彼は言ってたそうね。
 『誰が撃ったかなんて関係ない。』『あそこで戦ったりしなければ皆死なずにすんだ。』
 それは・・・キラも思ってるんじゃないかしら。
 そうじゃなきゃさっきの台詞は出ないわよね。」

 撃たれた者には関係ない

 カガリもそれが気になった。
 もしもシンからこの言葉を聞かされたのなら・・・それが理由なのではないかと。
 だがミリアリアはキラ自身の考えに基づいているのではないかと指摘する。
 どちらが正しいのか。答えは直ぐに出た。

「僕が防衛ラインを海上に押し上げられたら流れ弾で父さんは母さんは・・・シンの家族だって死ぬ事は無かったんだ。
 マユも生き埋めになって死にそうになった。
 父さんと母さんが身を挺して守ってくれなかったら、シンとトダカさんが土砂の中からマユを助けてくれなかったら、あの子は死んでたんだ!」
「キラ・・・お前・・・・・・。」

 もうキラは形振り構っていなかった。
 いつも悟りきったように穏やかな表情を浮かべ怒りを感じても軽く顔を顰めるだけだったキラは感情をむき出しにする。
 涙交じりの声にミリアリアは溢れ出す涙を拭う事も出来ずキラの叫びを聞いた。

「ねぇ、僕はどんな顔をしてあの子に会えばいいの?
 洗っても洗っても血の匂いの落ちない手でどうやったらあの子を抱きしめられるの?
 守るどころかあの子を殺しかけて・・・僕に母親を名乗る資格なんて無いじゃないか!!!」

 はぁっ はぁっ

 息を乱すキラにミリアリアは掛ける言葉はなかった。
 母としての資格がないと叫ぶキラに『母』となった事のないミリアリアやカガリは声を掛けても思いは上滑りになるだけだと口を噤む。
 ハイネもカズイもかけるべき言葉が見つからず押し黙る中、マリューだけがそっとキラに寄り添い抱きしめた。
 マリューには昔、恋人はいた。けれど母になった事は無い。
 それでも経験だけはこの中では誰よりも積んでおりキラの思いに近しい思いは何度も抱いたことがあった。
 やさしくふんわりと香る香水がキラを包み僅かに気を落ち着かせる。
 やがて身体の震えが治まってきたのを感じ取りマリューは穏やかな笑みを浮かべゆっくりと語り始めた。

「ねぇキラちゃん。私は元軍人で今もアークエンジェルの艦長としてこの艦に乗っているわ。
 とっくに人の血で濡れた手をしている私だけど、それでもこの世界を守りたいと思ってる。
 ヤキン・ドゥーエでの戦いからムゥが生きて戻ったら抱きしめたいと思ってた。
 今の私は血生臭いかしら。貴女を慰める資格の無い人間かしら。」
「・・・そんなこと。」
「なら何故マユちゃんを迎えに行ってあげないの?
 本当に母親の資格がないと思っているからなの?
 自責の念だけでそう思うかしら。」
「それは!」
「アスカ家の人への謝罪もあるんじゃないかしら。」
「「あ!」」

 マリューの言葉にミリアリアとカガリが同時に声を上げた。
 マユ・ヤマトが生き残った様にあの場にいたアスカ家の生き残りはシン一人。
 シンの証言からあの場で戦っていた一機はフリーダムでありキラは間接的にだがシンから家族を奪った事になる。
 自分は家族を取り戻してシンには何も残らない。
 そんな状況をキラは受け入れるだろうか?
 思い出されるのはミネルバに乗っていた時のマユを溺愛するシンの姿。
 もしシンのあの姿をキラが見た事があるならば・・・

「キラ、お前知ってたのか!?
 アイツのマユ至上主義ぶりを!!」
「目に入れても痛くないって可愛がりぶりは異常よ!
 その内マユがシンに襲われたりしない!?」
「いや流石にそれは・・・そこは周囲が注意しているだろうしフレイがついているから大丈夫だろ。」
「フレイはもうミネルバを降りてるわよ!
 一応代わりの子がついてるけど・・・フレイと違って落ち着いている子だから危ないわ!!」


 いきなり盛り上がり話し始めるカガリとミリアリア。
 暴走を始める姉と友人の会話内容に頭がクラクラするのを感じキラは必死に自身を奮い立たせ問いかけた。

「二人とも・・・シンの事どう思ってるのさ。」
「「真性のシスコン。」」

 間髪入れずに答えを返し「いや、あれはマユコンと言った方が良いかもしれない。」と続けるカガリとミリアリアにキラは立ち眩みをがした。

《確かに・・・トダカさんからシンはマユに依存する事で自分を保っているとは聞いていたけど。》

 いや、今はそんな話をしている場合ではない。
 ずれた話を元に戻そうとキラはマリューに向き直り話を再開させた。

「マリューさんの言う通り、シンへの謝罪もありました。
 あの子と一緒にいることでシンは精神を保つ事が出来ると聞いていた事と、何よりも僕があの子にあわせる顔が無かった事もあり、彼ならマユを守ってくれると思ったので託す事にしました。
 正直軍人になっただけでなくMSパイロットになっていたのはびっくりしましたけど・・・。」
「知らなかったの?」
「プラントに移っても後見はトダカさんがしていたので多少の情報は入りましたが、ザフトのアカデミーを卒業した後のシンの所属まではトダカさんにも明かされなかったそうです。
 下手にハッキングして変な疑いを持たれては拙いので僕もそれ以上調べませんでしたし。」
「シンが所属していたのは最新のMS開発をしていたところだ。
 そのテストパイロットとしてインパルスに乗っていたがそのまま正式なパイロットに昇格したんだ。
 当然機密だらけの部署だから家族にだってその詳細は明かされないさ。」

 ザフトの内情に詳しいハイネの言葉にキラは頷き話を続ける。

「ええ、それは後で知りました。
 どういう経緯でマユがミネルバに乗ったままなのかは未だ不明ですけど。」
「議長のふかーいお考えらしいが・・・どうやら議長もマユがアンタの娘だって事を知っているらしいぜ。」
「それは本当か!?」

 驚くカガリの問いにハイネは頷いた。
 「そう言えば写真を見つけた時、その場に議長も・・・。」と呟くミリアリアに皆の視線が集中する。
 ギルバートがマユに気付くきっかけはあった。
 プラントは婚姻統制の関係上国民の遺伝子情報を国が管理している。
 況してや遺伝子解析のエキスパートであるギルバートなら権限を使いデータを取り寄せる事もそれらを解析しアスランとシンのデータと照らし合わせて調査する事も十分可能だっただろう。

「アスランも議長が勘付いていると見ている。
 ただでさえ異常な人事という事もあるが・・・言外に匂わせていたしな。
 今思うと・・・俺は別の目的を感じている。
 アスランって脆いところがあるだろう?
 精神的に揺らぎ易いって言うか・・・優しすぎるせいなんだろうけど色々考えて自爆するタイプ。
 その癖、能力はトップクラスで味方に出来ればこれほど心強い駒的存在はない。」

 ハイネの言わんとしている事に気付きキラは真っ青になる。

「それって・・・。」

 人質

 音にならないのかしないのか、キラの唇の動きが最悪のケースを示した。



 * * *



「ダメぇ! それハイネおにーちゃんのよ!!
 かってにもってっちゃダメなのっ!!!」

「マユちゃん。」

 ハイネの部屋の前で泣き喚くマユをアビーが後ろからそっと抱きしめる。
 まだMIAどころか死の概念が認識できていないマユにはシン達が意地悪をしている様に見えるのだろう。
 ハイネの荷物を持つレイに必死に叫び続けた。

「ハイネおにーちゃんがもどってきたときにこまるでしょ!?」
「マユ、ハイネはもう戻って来ない。」
「・・・・・・何で?」

 レイの言葉の意味がわからずマユは疑問を返す。
 その間にもシンが纏めた荷物を手伝いに呼ばれたヨウランとヴィーノが運び出して行った。
 着々と進む作業に気を取られるのかレイの後ろを気にするマユの頬を覆い視線を自分に向けさせるとレイはいつものサファイアの冷めた瞳を真っ直ぐに向けて話し続ける。

「ハイネは死んだんだ。もう戻って来ない。
 俺達もいつか戻って来ないかもしれない。」
「何で? ココがイヤになったから??」
「戻りたくても戻れないんだ。だからマユ、諦めろ。」

 何を言われているのかわからずマユは溢れる涙をそのままに立ち尽くす。
 背中を向けて仕事に戻るレイを見つめマユはまた叫ぶ。

「何で、何で、何でなのぉ!」

 抱き上げマユを部屋の前から引き離し連れ去るアビーを確認しレイは部屋の中にいるシンに声を掛けた。

「行ったぞシン。」
「ごめんレイ・・・本当は俺がちゃんと言わなきゃいけないのに。」
「いや、こういう事には慣れてる。それにお前がマユには弱い事は誰もが知っている事だ。
 けれどその内、マユに嫌われる覚悟で叱る日が来るだろう。
 心の準備はしておけよ。」
「うう・・・自信ないな。」
「敵相手にはあれだけ容赦ないお前が。
 受勲ものの戦いっぷりを見せ付けるシン・アスカが4歳児相手に頭が上がらないなんてな。」

 口元に笑みを刷きながらレイは部屋を見回した。
 割り当てられた部屋におく私物は限られる。
 いつ異動になるかわからないフェイスなら尚更荷物は最小限に止めている。
 ハイネの荷物もまた少なかった。

「すっきりしたな。」
「物が少なかったしね。」
「俺たちの部屋もいつかこうなるのかもな。」
「異動とかで?」
「・・・・・・さあな。」

 僅かな間をおいて答えたレイ。
 けれどシンはその言葉の裏に気付いていない。
 自分達がいる場所がどれ程危ういところなのかを示すその言葉の意味に。



 * * *



「マユが・・・マユが・・・・・・。」

 安全と思い託した娘の現在の立ち位置にキラは身体を震わせる。
 部屋を飛び出そうとするキラをマリューが押し止めた。

「落ち着いて! まだ推測の域を出ていないわ!!」
「放して下さい! マユが・・・僕の娘が危ないかもしれないのに!!」

 ぱん!

 響いた音にキラは呆然とする。
 ジンジンと頬から伝わる熱と痛みで引っ叩かれたのだと知った。
 振り向けばカガリが仁王立ちしており声を張り上げる。

「落ち着けと言っている!
 マリュー・ラミアスの言う通り、まだ推測の域を出ていない。
 可能性としてはあるがそれは今すぐマユに危害を加えられるわけでもない。」
「シンの妹として認識され・・・パイロットのモチベーションを保つという試みで乗せられいる人間に危害を加える事はないだろう。
 カードとして使うとしても明確に示す事はしないだろうな。」

 ハイネも頷きカガリの言葉に言い添えた。
 それでもキラの不安は消えない。それはあくまで可能性であり確証ではないからだ。

「でも!」
「アンタ名乗るつもり無かったんだろう?
 今更出て行ってどうするんだ。」

 ハイネの指摘にキラは返答に詰まる。
 その僅かな間にもハイネは追及を続けた。

「それにまだ答えてもらわなければいけない事がある。
 あの子の父親が誰か、をだ。」
「気付いているんでしょう。だったら言うまでもない。」
「俺『達』はアンタの口から聞きたいんだ。そこまで直隠しにしていたのはアスランの立場とかもあったんだろう。実際アイツは何も知らなかった。
 でもそれ、卑怯じゃないのか?」

 ハイネの言葉に皆ざわめく。
 先程までキラは母親としての資格、シンの幸せを壊した事に対する懺悔、そしてマユの幸せを思って何も喋らなかったと言っていた。
 けれどハイネはそれだけではないと感じていた。
 少なくともアスランはマユの存在に動揺していた。
 動揺の仕方はハイネが見る限り自分に子どもがいる事で自身の将来が縛られるという考えに基づいたものではなく。純粋に恋人が黙っていた事に対するものと突然現れた娘にどう接するべきかと悩む父親のものだった。

「アンタ、建前ではマユの為とかシンの為とか言っておいて本当は自分が傷つきたくなかっただけじゃないのか?」

 どくん!

 キラは鼓動が高鳴るのを感じた。
 脳裏にフラッシュするアスランとカガリのキスシーン。

「そ・・・んな・・・・・・こと・・・・・・。」

《違う・・・違う違う違う! だってマユは笑ってた!!
 シンと一緒にいて笑っててあの子の居場所をシンが作ってくれたから、だから僕は、あの子と一緒にいる資格がない僕が名乗り出るよりあの子が幸せになれるから・・・。》

「父親の名は?」

 追い討ちをかけるハイネの声で足元が揺らぐ。

《アスランだって僕に縛られる事なく生きていける。マユの存在だって彼には重いだけで。
 だから僕は、アスランとマユの為に世界を守って戦いの無い場所を作って。
 その為にも間違った道を選んではいけない。慎重に世界情勢を見据えて一番良い道を選んで。》

「自分に言い訳して生きていくのか?
 こんな逃げ腰の人間が本気で世界を守りたいと考えていたって出来るわけがない!」

 !

 瞬間、キラはその場に崩れ落ちた。
 本当の自分を引き摺りだされ怯えるキラの姿にカガリが両手を広げハイネの前に立ちはだかる。

「止めてくれ!」
「代表、邪魔をしないで頂きたい。」
「キラは、ずっと傷付いてたんだ。
 いきなり戦争に巻き込まれて、私と同じように家族を亡くして一人世界に放り出されて。
 傷付きたくないと思って何が悪い!?」
「カガリ・・・。」

 見上げればカガリが泣きそうな顔をしてキラを見下ろしていた。
 そのまま自分を見上げるキラを抱きしめカガリは許しを請う。

「ごめんキラ、気付いてやれなくてゴメン。
 本当はお前が私を支えるんじゃなくて私がお前を支えなくちゃいけなかったのに。」
「・・・カガリはもっと大きなもの支えてたじゃないか。
 オーブをずっと守って、なのに。」

《言えるわけ無いじゃないか。そんな姉から恋人を奪うような事・・・。》

「私が気付いていれば適当な役職振らないであの馬鹿にキラを支える様に言っていれば・・・いや、あのハツカネズミを傍に置けば逆にキラの負担になると思ったからだけど私の判断ミスには違いなくてそもそもあのアスランからあんな素直で可愛い子が出来るわけない。絶対キラの遺伝子だけ引き継いでいるな。お前も実は過ちだと思ったから言えなかったんだよな。やっぱりオーブへの亡命なんて受け入れずにラクスの忠実な僕としてプラントに押し付けておけば良かった。」

《《《あの・・・代表(カガリさん)?》》》

 あまりと言えばあまりの台詞。
 皆、カガリの言葉に重い話をしていた事を忘れてしまいキラは恐る恐る自身を抱きしめたままのカガリに問いかけた。

「カガリ・・・? アスランは恋人だったんじゃ。」
「誰がそんな事を言ったっ!?
 誰だお前にそんな嘘を教えたのは!!
 屈辱以外の何ものでもないぞ!!!」
「そうよキラ! 酔っ払ってキラとカガリさんを間違えてキスするようなアホとカガリさんがデキてるなんて・・・そんな嘘を教えるような奴は誰!?
 私がコテンパンにやっつけてやるわ!!!」
「酔っ払って・・・え・・・・・・何の話?」

 事態についていけない。
 間の抜けたキラの声に呼応しカガリとミリアリアは声をハモらせて答える。

「「だーかーらー!」」
「私は!」
「カガリさんは!」
「「アスランの恋人なんかじゃない!!!」」


《『なんか』って・・・哀れだなアスラン。》

 ハイネが二人のあまりと言えばあまりの反応に同情するが無意味である。
 黄昏るハイネを他所にヒートアップするカガリの怒りは頂点に達しようとしていた。

「さあ言えキラ! 私とアスランが恋人だと言った大馬鹿者の名を!!!」

《今更言えるかぁっ!!!》

 思っていても口には出せない。
 マユの時とは違う苦しみをキラは胸に抱いた。



 * * *



 戦艦ミネルバのメディカルルームから少し離れた通路。
 シンがマユを連れてあまり容態が思わしくないステラの見舞いの為に歩いていた。
 新しく作った折り紙の花は会心の出来らしく誇らしげに見せながら歩くマユにシンは微笑み返しゆっくりと歩く。その途中、タリアとドクターが人目を避けるように暗がりで声を潜めて話しているのを見かけシンはマユに静かにするように言い聞かせ立ち止まった。
 シンとした通路では潜めた声は響き易く特に優秀なコーディネイターであるシンにははっきりと聞こえた。

「それじゃもう無理なの?」
「ええ、これ以上延命処置をすれば解剖した時に正確なデータが取り難くなります。
 本人も苦しむだけですし。」
「けれど、上層部が欲しがっているのは生きたエクステンデットなのよ。
 もう少し様子を見て頂戴。」
「・・・・・・はい。」

 命令の意義はわかるが医療に携わる人間としてはポリシーに反する部分が多いのだろう。
 苦々しそうに返答するドクターに「ごめんなさい。」と最後に謝罪しタリアは立ち去った。
 ドクターもカルテをしばし見つめ直ぐにメディカルルームへと向かいまた通路は静かになった。
 けれどシンは立ち尽くしたまま今の会話を反芻する。
 生きたエクステンデットが何を示すかわからないわけがない。
 昨日から特に顔色が悪く目の下に隈を作って息苦しそうなステラを思い出される。

「おにーちゃん。タリアおばちゃんとセンセーは何のナイショばなししてたの?」
「マユ・・・。」
「おにーちゃんおこってるの? ないてるの?」

 言ってシンの頬に触れて慰めるように摩るマユにシンはある決意をした。


 続く


 色々頑張ってみた。
 キラを追い詰めよう話です。
 DESTINY本編では悟り切っていたキラですがこのお話ではデロッデロです。

 2007.7.2 SOSOGU

 (2007.7.8 UP)

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