〜お母さん 前編〜


 真っ暗な世界に光が射した。 
 恐る恐る目を開くと最初に見えたのは真っ白な天井。
 昔から見慣れた色だからか驚きはしない。
 けれど傍に誰かついてくれているのは初めてだった。
 以前なら起きたとコールするまでは誰も来てはくれなかったものだ。
 違和感から顔を傾けると、自分が目を覚ました事に気付いたその人は微笑みながら声を掛け手を握ってくれた。

「目、覚めた? 辛いところはない?
 もし意識が戻っているなら手を握り返してくれるかな?」

 穏やかで優しい声が耳に心地よく響く。
 此処最近は無かった温かな雰囲気に緊張が解けた。
 そして何よりもアウルを安心させたもの。誰かに似たその笑みにアウルは懐かしく思う。

《母さん・・・。》

 自然と伸びた手をその人は振り払わなかった。



 * * *



 ビーッ ビーッ ビーッ

 ミネルバ内に警戒音が響き渡った。
 不安を掻き立てる電子音に緊張が走る。
 緊急の呼び出しと警戒音にタリアが慌しいブリッジの中に入り問う。

「どうしたの!?」
「艦長! インパルスが!!」
「え!?」

 緊張に固くなったメイリンの声の直ぐ後に、目の前を飛び去るコアスプレンダーが目の前のガラス越しに見えた。

《なっ!?》

 次々に飛び出すフライヤーに驚愕するタリアは状況を判断できず声を失う。
 皆が注目し自分の命令を待っているとわかっている。けれど判断材料が足りず状況説明を求めようとするとブリッジに入ってきた声がそれを制した。

「ステラ!」

 幼い高い声が悲痛さを帯びて響く。
 どうやって抜け出したのか。メディカルルームに軟禁状態になっていたはずのロイの姿にタリアだけでなくブリッジの全員が驚愕した。
 だが同時にロイの叫びに全てを察する事ができる。

《シン・・・まさかあの子を連れ出したの!?
 けど、協力者なしでインパルスを出す事は・・・・・・。》

 ゲートを開けるにはミネルバにいる必要がある。
 外部からの遠隔操作は不可能。なら最低でももう一人拘束すべき人間がいるはず。
 タリアが大方の推測を終えるとアーサーが漸く副長の職務を思い出したように叫んだ。

「直ぐに追わせます!」
「無理よ。今から追ってもインパルスの速度に追いつける機体はないわ。」

 タリアの言う通りインパルス以外殆どのMSが使い物にならなくなっていた。
 性能からインパルスに追いつけるはずのセイバーはオーブとの戦いの折にフリーダムにバラバラにされてしまい修理は不可能とされ残骸が格納庫に放置されている状態。
 インパルスはもう戻ってこないかもしれない。
 理由は何であれ、重大な軍規違反を犯したのだ。脱走の可能性も思い浮かびタリアは唇を噛み締めた。
 折角捕らえた重要な生き証人でもあるエクステンデットを失い第三ステージの先駆けとして開発されたインパルスも失い、兵の脱走を許した。

《最悪ね。》

「艦長、レイ・ザ・バレルを拘束したと連絡が。」

 ブリッジ内が静まる。
 シンが動いたとなれば彼に協力しそうな人間は限られてくる。
 けれど規範を重んじるレイがという思いもあり複雑な思いが胸中を渦巻いた。

《・・・・・・確認しなくては。》

 タリアは俯きがちだった顔を上げいつもと同じ落ち着いた声で命令を下す。

「艦長室に連れてきて頂戴。ロイ、貴方も来なさい。」

 言ってタリアは後ろを振り返りそのままドアへと向かう。
 ロイは俯いてタリアの後についた。

「それからもう一つ。」
 
 ドアの前に立ち背を向けたままタリアは告げる。
 この上彼女が告げる言葉が予測できずアーサーが戸惑いの表情で「はい。」と応えた。

「マユが艦内にいるかを確認して。」

 タリアの言葉にブリッジは困惑のざわめきに支配された。



 * * *



「まーさーかーあの時、あの場所にいた『誰か』がキラだったとは・・・。」
「そりゃーあの現場見て既に誤解してたならねー。」

 食堂で愚痴るのはカガリとミリアリアの二人。
 その傍らでマリューが苦笑しながらコーヒーカップを傾ける。
 彼女の向かいでは包帯だらけのハイネが必死にカップに息を吹きかけながらコーヒーを啜っていた。

「素直に氷なしのアイスコーヒーにすればいいのに。」
「いいや! 俺はコーヒーを熱いホットで飲むと決めてるんだ!!!」
「口の中切ってるんだろうが。意地張るな。」

 呆れ顔で返すカガリに苦虫を噛み潰したような顔でハイネは顔を背けコーヒーを飲んだが急ぎ過ぎたのか肩が飛び上がり痛みに耐えているのが見て取れた。
 アークエンジェルではいつも通りの和みの一時。
 早々に馴染んだハイネに安心したらしくマリューはまだコーヒーの残るカップをテーブルに置いた。
 上から覗くと照明で反射し鏡のように自分の顔が映る。
 ぎゅっとカップに添えた手に力を入れると水面が揺れて映った顔が歪んで消えた。
 それをきっかけにマリューは話し始めた。

「ギルバート・デュランダル・・・・・・ハイネの話を聞いてから益々わからなくなってきたわ。
 全体としてみればプラントを正しく導いている様に見える。
 けどミネルバの内情に焦点を絞ると異常さが見て取れるわ。
 ハイネ、貴方はマユちゃんの事をグラディス艦長にも報告していないそうね。それは何故?」

 マリューの言葉にハイネも持っていたコーヒーカップを置き何処か遠くを見るような目で話し始めた。

「艦長は議長の元恋人で今もまだ関係を持っているらしい。その上で優秀な軍人でもある。
 疑念は抱いていても素直に報告するのは目に見えているし・・・下手したらミリィ達が動いている事からアークエンジェルに対する切り札にもなると考えるかもしれないと思ったからさ。」
「それって!」
「フリーダムのパイロットがマユと関係あると確信したのは黒海でアスランがフリーダムと絡んでいたからだが、大戦で第三勢力として戦った誰かがマユの母親である可能性があったからな。
 通常俺達フェイスは最高評議会直轄の特殊部隊。軍規を逸脱しない限り自身の判断で行動し作戦を纏め部隊を指揮する権限を与えられている。
 それは以前の特務隊と何ら変わりはないんだが・・・・・・カナーバ前議長は退任前に特務隊をフェイスの名に変えると同時にある条項を加えたんだ。」

 暫定的に最高評議会議長となったアイリーン・カナーバは正規の手順を踏んでいない事もあり退陣は早かった。元々彼女は最高評議会の議員ではあったが議長候補ではなかった。
 穏健派であったラクスの父、シーゲル・クラインは国家反逆罪の疑いで殺され娘のラクスも命を狙われていた。
 無論彼女達に問題がなかったわけではない。強硬派の暴走を抑える為であっても当時最高の技術を集め開発されたMSフリーダムを何者かもわからない第三者に渡したのだ。それに核の使用を可能にさせるニュートロンジャマー・キャンセラーが搭載されていた事が一番の問題だった。
 地球のエネルギー事情を悪化させるとわかっていたがプラントとしてはニュートロンジャマーを投下する事は譲れなかった。ユニウス・セブンの悲劇はプラント国民の恐怖を煽った。プラントに住む者には逃げる場所などないのだ。民間人を狙った警告なしの核攻撃を容認する事は出来ない。故にプラントの総意であったと言っても良い。
 それまでの経緯を考えれば地球軍に核の使用を可能にさせる技術が渡ったかもしれないフリーダム強奪事件はプラントにとって恐怖すべき事だったのだ。
 そもそもの発端はオペレーション・スピットブレイクの極秘情報が漏れていた原因を穏健派として彼らを拘束したパトリック・ザラにあるのかもしれないが、ハイネには政治屋の抗争にしか見えなかった。
 結果的に強硬派の過激さは増し戦争は泥沼状態。道徳や倫理感の欠片も無い戦いで行き着くところまで行ってしまった両者を待っていたのは痛み分けという結果だった。
 傷ばかり負い何の益も無い悲しみばかりの決着。
 それらの収拾に当たったのがラクス一派に救出されたアイリーン達穏健派議員だった。
 全ての原因は何だったかはわからない。それでもアイリーンとしてはプラントをより良き方向に導くべき最高評議会が私情に走り国を混乱させた部分だけでも何とかするべきだと思っての条項追加のだろう。
 本当のところはわからないハイネとしては彼女としては必死だったのだと解釈しているが・・・。
 一息置くハイネに隅で一人コーヒーを飲んでいたカズイ容赦なく私的見解を述べた。

「第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦はどっちも泥沼。
 連合はブルーコスモスの盟主の一声で再び核をプラントに撃ち込むし、ザフトも議長が暴走してジェネシスを発射した。
 なら軍部側の視点から行政を見張る役目って辺りが妥当かな。」

 複雑な部分を取っ払えばカズイの言う通りである。
 だがしかし、痛過ぎる指摘にハイネが思わず言葉を洩らす。

「お前本当に地味に見えてはっきりざっくり言ってくれるな・・・。」
「やっぱり海に戻る? ハイネ。」
「ゴメン悪かった勘弁して下さい。」

 深海のアークエンジェルから海に放り出されれば窒息より先に水圧での圧死は必至。
 笑顔でえげつない事を匂わせるカズイに土下座代わりにテーブルに額を擦り付けるハイネ。
 緊張感の欠片も無い雰囲気に和みかけたカガリが思わず馴染んでしまいそうになった自身の頬を叩き答えを促した。

「話が逸れてる! 実際のところはどうなんだ!!」
「カズイの言う通り最高評議会の動向も探る役目もある。
 その命令や行動に疑問があれば調査する様にと命じられていた。
 デュランダル議長の場合は幾つか疑問はあっても大概後から納得できる理由がついてくる事が多くてな。
 何よりも戦争が始まって細かな調査は儘ならない状態だ。
 多分殆どの奴が議長の方針や行動に疑問を抱いていない。
 俺も元々はミネルバ艦長のサポートとアスランの監視の為に派遣された身だから最初はアスランの方を疑ってたくらいだ。」
「多分、議長は欺き通す自信があったんだろう。
 だが・・・・・・ラクスの件はやり過ぎだ。
 派手に動いているだけならまだしも『平和』を盾に戦いを煽っている部分があるのは確かだ。
 彼女のネームバリューを戦いに利用している点と偽者の活動と前後して襲撃された本物のラクス・クライン。
 疑うなって言う方が無理だろう。」

 眉を顰めながら言うカガリにハイネも頷いて答える。

「最初の放送だけだったら誰もが黙認しただろうがな。
 アスランもあの子の行動に違和感を感じていたみたいだからな。
 浮かれてたせいだろうけど、ディオキアのホテルでアスランめがけて飛びつこうとした時にフレイを突き飛ばして皆の顰蹙買ってたし、ルナマリアがアスランの部屋に夜忍び込んだって言ってたな。」

 なるほどとミリアリアは大きく頷いた。
 彼女の脳裏に浮かぶのはピンクのザクの掌の上で踊りながら歌うミーアの姿。
 本物のラクスとアスランの婚約は既に白紙になっているそうだが、大戦末期にアスランがザフトから離反した理由として『ラクスを追いかけた』との噂が流れており、婚約解消の公式発表もアスランの脱走で有耶無耶となってしまったので彼女はラクスとアスランは理想的な婚約者だと思っているのだろう。
 しかしアスランと親しい者としては素晴らしく好意的な誤解である。
 苦々しそうにカガリが心情を吐露する。

「忍び込まずとも私だったらのしつけて押しつけてやるがな。」
「しかし部屋に入ったものの実はアスランはシンの部屋に泊まっててアスランの部屋で寝ていたのはシンとマユだったが真っ暗闇の中気付かずに同衾。その現場をアスラン達に見られたというオチつきだ。」
「コントみたいね〜。」
「間抜けだな。」
「またまた楽しい方向に話が逸れているところ悪いけど、真面目な話これからどうするのさ。」

 カズイの言葉に本題を思い出したミリアリアは全員に目配せする。
 全員が頷いた様子を確認すると彼女は話し始めた。

「アークエンジェルとしてははサイの連絡を待つわ。」
「サイとも連絡取ってるの?」
「アイツは外交官補佐として連合の方に潜り込んでるんだ。
 こんな情勢でろくに連絡取れずにいるがセンター経由で情報を流してきているから無事らしい。
 黒海での戦いにおける連合の戦力情報もアイツが提供したものだ。」
「もしかして本当に一般人してたの俺だけ?」

 居心地悪そうにカズイが問うとミリアリアがキラを含めたカトーゼミのメンバーの現在を振り返る。
 キラはカガリの傍でサポート、孤児院の運営にも協力していた。現在はアークエンジェルの要とも言えるフリーダムに搭乗し、独立部隊となったアークエンジェルの今後を話す上で彼女の意見は重要なものと見られている今、艦長に次ぐ地位にあると見て良いだろう。
 ミリアリア自身は戦場カメラマンとして世界各地を巡る一方、世界の不穏な情勢を見てはセンターに情報を流す諜報活動もしていた。
 サイはオーブの内政よりも外交を重視し勉強を続け、話した通り現在は大西洋連邦で情勢を鑑みている。
 ゼミ仲間では無いがフレイは波乱万丈の人生を歩んでいるらしく再会したらザフト軍人になっていた。現在ラクスと共に行動しているという連絡が入っているので彼女も相当一般市民の生活から離れまくった生活を送っているようだ。
 確かにと頷きたくなるが目の前にいる私服姿のカズイとオーブの軍服を纏った自身を見比べてミリアリアは答える。

「そう言えばそうね。
 でもアークエンジェルに乗った時点で既に一般市民の生活からは遠退いていると思うけど?」
「俺、オーブに帰れるの?」
「帰ろうと思えば帰してやれるぞ。」
「本当?」

 腐っても国家元首。
 オーブの代表首長であるカガリの言葉に光明を得たカズイは晴れやかな顔で問う。
 が、対するカガリの顔は意地悪だった。

「但し、自力でオーブまで帰れ。送ってもらえると思うな。
 それにウナト宛の手紙も運んでもらうからな。」
「カガリ・・・今の情勢の中でそれを言う? 君、キラに似ず鬼だね。」
「見事にそっくりだと思うがな。あいつも相当無茶する奴だし。
 今だってメディカルルームで一人連合の奴を見てるだろ?」

 ウィンクするカガリは年相応の笑顔を浮かべていた。
 ずっと彼女の肩に重く圧し掛かっている国の責任者の肩書きは本来ならばもっと先の未来に拝するものだった。
 けれど父が死に象徴を求めるオーブに僅か十六歳で彼女は立つと決めた。

 国を守る。

 この言葉は彼女にとってどれ程の重荷だっただろう。
 気の抜けない毎日に擦り切れそうな心をキラは癒したいと思ったのだろう。
 それでもカガリを追い込む様に舞い込んでくる政務は彼女から少女らしさを奪っていった。
 少しでも和らいだ心にマリューは嬉しく思う。
 カガリの言う通りキラは未だメディカルルームで眠り続ける連合の少年を見ていた。
 勿論医者がいなくて話にならないのでドクターも控えているが、いきなり大勢が取り囲めば怯えると皆の反対を押し切って一人付き添うキラから感じたあの雰囲気にマリューは覚えがあった。

《母親、か。》

 もうずっと昔の事だ。
 酷い風邪をひいて寝込んでいたマリューに付き添ってくれた母親があんな顔をしていた。
 先程聞いたばかりのキラの娘の話が漸く現実味を帯びて頭に浸透してくる。
 何処か現実感がなかったのかもしれない。マユに会えば認識がまた変わってくるかもしれないが今はこれで良いと思う。
 キラも自分が母親の顔をしていると気付いていないだろうし、彼の看病をする事で心を整理しているのだ。
 今はただ見守っていこうとマリューは深い思考から浮上した気分を切り替える為、冷めてしまったコーヒーを入れ直そうと立ち上がった。

 ぴー ぴー

 食堂にメディカルルームからのコールが鳴り響いた。
 皆はっとした様子で通信モニターを見るとカガリが真っ先に駆け寄り回線を開く。

「キラ?」
「皆、あの子が目を覚ましたよ。今、先生が見てくれてる。」
「大丈夫そうか?」
「うん、今のところは・・・ただ。」
「ただ?」

 モニターに映るキラは戸惑いの表情を浮かべている。
 キラの様子に不審そうに問うカガリに皆、軽い緊張をする。

「・・・・・・とりあえず皆来てくれる?」

 困った様な微笑みを浮かべ首を傾げるキラもやはり十八歳。
 幼さを感じさせる可愛らしいキラの姿が消えモニターが真っ黒になる直前、カガリは端っこに見慣れない水色があったような気がした。



 * * *



 シンがインパルスと共に戻ったとの報告が入ったのはつい先程。
 連行されてくるのは直ぐだろうとタリアは苛立ちを誤魔化そうと指先でコツコツと机を叩く。

《マユは残っていた・・・ならばレイの言う通り最初から戻ってくるつもりだったのでしょうけど。》

 タリアは厳しい顔をしてこれまでの『シンの功績』をリスト化したデータを睨んでいた。
 正直シンがしでかした事を思えば庇う事は難しい。
 後ろで控えている副長のアーサーもタリアの思いを察しているらしく困惑顔でモニターを見つめていた。

 ぴぴっ

 インターフォンが鳴る。
 感情の篭らない硬質的な声が部屋の中に響いた。

【失礼します。シン・アスカを逮捕、連行しました。】

 タリアは机を叩くのを止め、返答の代わりに机に設置されたパネルを打ちドアを開けた。
 そこには手錠をかけられながら挑戦的な目を向けてくるシンがいた。
 連行してきた兵士に敬礼し退出させるとタリアは眉を顰めながら言った。

「覚悟は出来ている・・・とでも言いた気な顔ね。
 レイは信じていたしマユはミネルバに残っていると知ったけれど、よく戻ってきたわ。
 でも、戻ればどうなるかは無論、わかっていたでしょう?」

 シンの今回の行動は前回ステラを許可無くミネルバに連れ込んだ事の比ではない。 

「勝手な捕虜の解放、クルーへの暴行、MSの無許可発進、敵軍との接触。
 こんな馬鹿げた軍規違反聞いたことも無いわ。」

 これほどの軍規違反を犯せばまず間違いなく浮かぶ処罰は・・・。

「銃殺になっても文句は言えないわよ。」

 タリアが必死にシンのこれまでの功績を見直していた最大の理由はシンが極刑に値するだけの軍規違反を犯したからだった。
 それでも態度を変えようとしないシンにタリアは机の影で拳を作り必死に怒りをやり過ごそうとする。

《本当に・・・わかっているの!?
 自分が死ぬという事は・・・マユが一人になるということなのに!!》

 シンの出方を待つ中、自分がどんな顔をしているかタリアにはわからなかった。
 けれど相当怒りが滲み出ているだろうとは思う。

「死にそうでした。」

 !?

 漸く出たシンの言葉にタリアとアーサーは驚く。
 誰が死にそうだったのかはわかる。
 実際彼女の顔色は相当悪く素人にも危ない状態だとわかった。

「艦長もそれはご存知だったと思いますが。」
「・・・シン! 口を慎め!!」

 尚も言い聞かせようとするアーサーをタリアが手で制止する。

「だからと言って・・・貴方がやったことを認められるわけではない。
 この件は司令部に報告せざるを得ない。処分は、追って通達します。
 それまでの間、シン・アスカもレイ・ザ・バレル同様、営倉入りを命じます。」

 今、艦長職にあるタリアに言える言葉はそれだけ。
 シンは反抗的な態度のままではあったが抵抗はしなかった。



 外に控えているシンを営倉に連行するように伝え、退出させるとタリアはハァっと深く溜息を吐く。
 シンが出て行く時、アーサーは部屋の外へ出て見送った。
 ドアの端に赤い軍服と藍色、紫がかった赤が見えたから恐らくアスランとルナマリアが心配して来ていたのだろう。

《あの子は気付いているの?》

 シンがした事は彼を大切に想う者全員への裏切りである。
 だがシンは態度を翻さなかった。
 脅しを込めて言ったタリアの言葉にも動じず寧ろ怒りを増大させてこちらを睨んできた。
 それらを思えばタリアは艦長として厳しい処分をしなくてはならない。
 頭の痛くなる問題ばかりで再び溜息を吐いたタリアの耳に来室を示す電子音が届く。

 ぴぴっ

 再び鳴るインターフォンにタリアが驚いて通信に応答すると高い声が響き渡った。

【タリアおばちゃん! おにーちゃんは!?
 みんな、おにーちゃんはタリアおばちゃんのヘヤに行ったって言うからきたの。
 ねぇ、おにーちゃんソコにいるの!!?】

 ぴしゅっ!

 タリアが操作してもいないのにドアが開いた。
 待ち切れないらしく走りこんで来たマユが必死に部屋の中を見回すが当然シンの姿は無い。
 姿の見えない兄に不安なのだろう。
 大きなエメラルド色の瞳が潤み始める。

「・・・おにーちゃんドコぉっ!?」

 シンがインパルスで出た時点では戻ってくるかどうか怪しかった。
 恐らく「もう戻ってこないかもしれない。」とでも噂していたクルーの言葉でも聞いたのだろう。
 ポロポロと流れ落ちる涙にタリアは席を立ちマユを抱きしめる。
 その周りをトリィが飛び回りハロが慰めるように跳ねていた。
 マユの為にもシンを助けなくてはいけないという使命感に駆られタリアは自嘲する。

《やっぱり私には・・・艦長は向いてないのかもしれないわね。》


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