〜お母さん 後編〜


 アークエンジェルのメディカルルームは賑やかだった。
 それはもういろんな意味で。

「貴様ー! キラから離れろこのヤロウ!!」
「母さんと俺を引き離す気か! てめぇ殺すっ!!」


 医療行為をする場所には相応しくない台詞を吐きキラに抱きついたまま離れないアウルをカガリが怒鳴りつけながら髪を引っ張り引き離そうとする。
 けれど痛みに耐えながらアウルはカガリの腹に足を押し付け押し離そうとし、二人の互いに譲らない攻防戦に中心にいるキラは最早止める気力も失せたのかどうにでもなれと諦めきった顔で座っている。

「一応オーブの国家元首だろ? 止めなくていいのか??」
「ああなったら力尽きるまでやらせた方が後々楽だから。」

 ミリアリアも止める気はないと訊ねてきたハイネに告げ傍観するのみ。
 カズイは傍観者に徹するつもりらしくドア近くで二人の決着を待っていた。

 はぁっ・・・はぁっ・・・・・・

 力尽きたのか漸くカガリはアウルから離れた。
 カガリの手には毟り取ったアウルの髪が何十本か、そして腹にはアウルの靴痕が残る。
 それでもアウルは力の限りキラの腰に腕を巻きつけ擦り寄った。

「あの・・・だから僕は違うって・・・・・・。」
「でも俺を撫でてくれた手は母さんと同じだった。」
「貴様顔をよく見てみろ! お前の母親がこんなに若いわけないだろ!!
 それとも何か? 私とキラがお前くらいの子供がいる年齢に見えるっていうのかぁっ!!!」

《《《あ、怒りの原点はそれですか。》》》

 思わず突っ込みそうになるが皆それを腹の内に収めた。
 しかしミリアリアは漸く納得する。アウルに対するカガリはキラに引っ付いている事を怒っているにしては過剰反応しているように見えた。
 だが『双子の姉妹を母親と呼ぶ同年代の少年』に対するものならば合点が行くと言う物である。
 特にミリアリアはミネルバでマユに「ママ」と呼ばれてショックを受けていたカガリを知っていた。意外とあの事はカガリの心に深く突き刺さっているのかもしれないとカガリの怒り具合に頷く。

「母さん・・・・・・母さん母さん母さんっ!!!」

 だがしかし、少年のコレは異常である。

「こいつマザコン?」
「ただのマザコンにしても異常よね・・・。」

 母親に依存するという言葉では収まらないかもしれない少年の拘り具合にハイネとミリアリアは首を傾げた。
 するとドアが開き一時退室していたドクターとマリューが入ってくる。

「ちょっと三人とも良い?」
「カガリさんとキラは?」
「あの状態じゃ落ち着いて話せそうにないから・・・。」
「納得。」

 促されて退室した三人はメディカルルームより少し離れた通路まで移動し改めてマリューとドクターに向かい合う。

「それで? 何でしょうか。」
「あの連合の兵士の事だが・・・治療の為に採血して血液検査をしてみたんだ。」
「何か気になる点でも?」

 ドクターの言い難そうな様子にハイネが訊ねると一瞬言葉に詰まらせ、けれど意を決した様子で彼は語り始めた。

「気になる点というか・・・全部が気になるよ。
 数値が異常だ。おかしいと思い成分検査の範囲を広げてみたら通常人間にはありえない物質まで検出された。
 恐らく薬物投与をされている。これは私の推測だが・・・。」
「連合のエクステンデット。」

 ハイネの言葉にドクターは押し黙った。
 ミリアリアとカズイが「何だ?」と問う様に視線を送るとハイネが苦笑しながら答える。

「ミネルバが捕虜にした兵士が・・・エクステンデットだとわかったんでな。
 あちらのドクターも数値の異常さに驚いていたし簡単にだが俺もデータに目を通している。
 カルテを見せてもらえるか?」

 頷いてドクターが差し出したデータにざっと目を通す。
 暫し押し黙った後、ハイネは深く溜息を吐いて話し出した。

「通常の人間にあるはずのない物質とやらの名に見覚えがある。
 まず間違いないだろう。コイツの名は? 所属は聞き出せたのか??」
「タッグプレートがあったんで名前は一応。
 所属は・・・地球軍のマークが刻まれているのに何処の部隊かはっきりとは。」
「それはどういう意味ですか?」
「プレートに刻まれていたのは地球軍のマークと部隊名と思われる『ファントムペイン』の文字、そして最後に名前。」

 一瞬の間が重く感じられる。
 けれど逃げる気はないらしく一呼吸置いてドクターは答えた。

「アウル・ニーダと刻まれていたよ。」

《皮肉だ。》

 聞き覚えのある名にハイネは運命の悪戯に呪った。



 * * *



 沈黙が重い。
 先に営倉に入っていたレイは俯いてただ時が経つのを待っていた。
 本当なら、レイは此処にいるべき人間ではないとシンは思っている。
 ステラを助けたのは自分の為、彼女を守ると誓ったから。
 けれどレイは関係ないにも関わらずシンに協力してくれた。
 こうなる事はわかっていたのに。

《俺が巻き込んだ。》

 レイは語らない。
 何故自分に協力してくれたのか。
 レイとはアカデミー以来の付き合いだが、彼は軍規違反をするどころか何かと暴走しがちなシンを諌めてくれる人間だった。
 そんなレイが自分の判断を肯定してくれたのは嬉しい。それでも申し訳ない思いがあるのも本当でシンは搾り出す様な声で謝罪した。

「レイ・・・その、ゴメン。」
「気にするな。俺は俺で勝手にやった事だ。」
「っでも!」
「どんな命でも生きられるなら生きたいだろう。」

 シンがステラの命を救う為に動いたからレイは手を貸した。
 彼の脳裏に浮かぶのは忌まわしい過去。地獄のような日々の中、渇望した想いがあった。
 自分にはギルバートが手を差し伸べてくれた。
 今回ステラに手を差し伸べたのはシン。

《力が足りないのならば・・・。》

 考えかけてレイは思考を止めた。

《所詮感傷でしかない。》

 レイは瞑目し再び時間が流れるのを待つことにした。
 シンからの声も途絶え再び沈黙が落ちる。
 暫くするとドアが開く音がした。
 入ってきた人影にシンは一度は向けた視線を逸らしムスっとした顔のまま格子の前に立つ『上官』に問う。

「何の用ですか?」
「・・・済まなかったと思って。」

 言葉に反しアスランの表情は戸惑いよりも怒りが滲み出ていた。

「君がそんなに彼女の事を思い詰めているとは思わなくて。」

 言葉こそ謝罪しているがアスランの纏う空気がシンを攻撃している様に感じられシンは反抗的な目でアスランを見上げた。

《気に食わない・・・。》

 そう思いつつも敬語混じりに答えるのは嫌味だった。

「別にそんな思い詰めてたわけじゃありませんけどね。
 ただ嫌だと思っただけですよ。ステラだって被害者なのに。
 なのに皆・・・その事忘れて、ただ連合のエクステンデットって。
 死んでもしょうがないって。」
「だが、君も忘れている。
 彼女が連合のパイロットであり、彼女に討たれた同胞も多いという事も事実なんだ。
 君はそれを。」
「それは!」

 一瞬躊躇いが生まれたのか。シンは言葉に詰まったが直ぐに振り切るように叫んだ。

「でも、ステラは望んでああなったわけじゃない!
 分かってて軍に入った俺達とは違います!!」
「ならば尚の事、彼女は返すべきじゃなかった。」

 瞠目するシンにアスランは冷ややかに話を続ける。

「望んでパイロットになったわけじゃない。それはそうだろう。
 彼女を利用しようとする者がいて、彼女を戦場に送り込んだんだ。
 彼女が自分の意思で戦場を去ることが出来ないのであれば・・・下手をすればまた。」
「じゃああのまま死なせれば良かったとでも言うんですか!
 あんなに苦しんで怖がっていたステラを!!
 それにあの人は約束してくれた。
 ステラをちゃんと戦争とは遠い、優しい世界に帰すって!!!」
「あの人・・・とは、彼女を迎えに来た連合の軍人か。
 一人で来たのか?」
「そうさ。罠かもしれない呼びかけにあの人は応えてくれた。
 だからっ!」
「ならば彼女はやはり戦場に戻されるのだろうな。」

 シンの言葉にアスランは苦々しげに呟く。
 それが更にシンを苛立たせた。
 ステラはもう安全だと、約束をして返したのだと説明したのにアスランはシンの言葉を否定する。
 シンは怒りに任せてアスランを睨みつけ叫んだ。

「さっきも言っただろ! ちゃんとっ・・・。」
「約束したとしても彼にはソレを守るだけの力は無い。」
「会ってもいないのに何で言い切れるんだよ!」
「単独での行動が出来る軍人ならばそれなりに地位は高いのかもしれないが彼女を戦場に送るように命じた人間はもっと強い権限を持った人間だ。
 罠かもしれない呼びかけに、一兵士を助ける為に馬鹿正直に応えるような人間が初めから彼女を戦場に送るわけがない。
 恐らく彼も上からの命令で送らざるを得なかったんだ。
 それがどういう意味かわかるだろう?」

 アスランが言わんとしている事を理解しシンは呆然とする。
 ネオと呼ばれた仮面の男の言葉を思い出した。

『約束・・・するよ。』

 彼はどうしてシンに応えてくれた?
 周りに味方がいない事はわかったはず。
 その気になればインパルスを拿捕する事だって可能だった。
 けれど『ネオ』はそうしなかった。

《あの人は・・・どんな気持ちでステラを迎えに来た?》

 優しい人だと思った。誠実な人だと思った。
 ステラが慕うに値する人間だと思ったからシンは彼にステラを返したのだ。
 そんな人間が何故ステラを戦場に送る?
 そもそも彼女達をあんな酷い研究所に入れたりするか?

「君が約束した人間が彼女を戦場に送ることを拒否したとしても別の人間が送り出すだけだ。」
「あ・・・。」

 目の前が真っ暗になった。
 自分は命を賭けてステラを助けたと思ったのに結果は変わらない。
 彼女は優しい世界に戻れない。
 絶望に打ち拉がれるシンにアスランはまた冷ややかに告げる。

「シン、君が忘れている事はもう一つある。」
「え?」
「彼女を連れてミネルバを飛び出した時、マユをどうするか考えなかったのか?」

 どくんっ!

 『マユ』の名にシン胸を突かれた。
 ただステラの命が危ないという事実だけが目の前にあって、彼女を救う事だけで精一杯だった。
 逸る気持ちを抑えてマユを寝かしつけた後、行動を起こしたが・・・あの後一人部屋で目を覚ましたマユはどうしただろう?
 シンがミネルバから飛び出した事は直ぐに知れ渡りマユの耳にも入った事だろう。
 兄の不在に拘束されるレイ。不安に思わぬわけがない。

「君が幾つもの軍規違反を犯した事は事実。銃殺刑に処せられても文句は言えない。
 だが、残されるマユがどう思うのか。マユの未来がどうなるのか考えなかったのか。」
「マ・・・ユ・・・・・・。」
「君が戻るまでの間、心無いクルーの噂話を聞いたんだろう。泣いていたよ。」
「あ・・・。」

 震える自分の手を見つめシンは戦慄く。
 メディカルルーム近くでタリア達の話を立ち聞きした時、抱き上げたマユの重みを思い出した。
 温かく腕に掛かる重みは二年前より大きかった。
 それでもシンに向ける笑顔だけは変わらなくて・・・。

「ずっと君を心配して泣いていたあの子の事を・・・・・・お前は考えなかったのかっ!

 どがっ

 格子を叩きアスランは怒りに溢れた獰猛な目をシンに向ける。

「マユの事を忘れ、彼女を救う事だけを考え、ミネルバを飛び出たあの時。
 お前はマユの保護者としての責任を放棄したんだっ!!!」

「お・・・俺はっ!」
「そんなつもりじゃなかったなんてふざけた事を言うなよ。
 人の命は勿論、人生も、守るのは簡単なことじゃない。
 妹だろうと何だろうと責任を持つと決めた以上自分勝手な行動は許されない。
 それをお前は何だ? 彼女が苦しんでた? 約束してくれたから大丈夫?
 もう一度言う。ふざけた事を言うなよ馬鹿野郎!」
「アスラン!」

 ずっと沈黙を守っていたレイが制止の声を上げた。
 邪魔をするなと睨みつけるアスランにレイは相変わらずのポーカーフェイスで答える。

「もういいでしょう。
 今そんな事を話したって何にもならない。
 終わった事は終わった事だ。先の事はわからない。
 これ以上の話は無意味です。ただ生きて明日を待つだけだ、俺達は。
 それに・・・・・・マユがすっかり怖がって入って来れないようですし。」

 レイの言葉に初めてシンは入り口へと目を向けた。
 ひょっこりと顔だけ出してこちらを見ているマユはフルフルと震えている。

「マユ!」
「おにいちゃん・・・。」

 シンの声に応えながらもまだ入ってこない。
 傍でハロが力づける様にマユの名を叫びながら跳ねているが、先程のアスランの怒鳴り声と雰囲気で足が竦んでしまった様で、マユは振り向いたアスランの視線から逃れるように顔を伏せる。
 すっかり怯えさせてしまったとアスランはマユに済まなそうに微笑みかけるがマユはアスランを見ようとしない。
 嘆息しアスランは今は仕方がないとマユを宥めるのを後回しにしシンへと向かい直した。

「本来なら、マユの保護者としての責任を放棄したお前と会わすのはどうかと思うが・・・・・・艦長の温情もあり俺の立会いという前提で面会を許可された。
 時間は10分だ。1分1秒負からないからな。
 また時間内であってもこれ以上の面会は許可できないと判断したら直ぐにマユは連れ帰るから承知しておけ。」

 言い捨ててアスランは入り口へと向かう。
 怯えているマユの視線に合わせ屈み込むと「行っていいぞ。」と優しく声を掛けた。
 マユは一瞬戸惑いながらも格子の間から手を差し伸べてくる兄の姿に思い切れた様子で走り出す。
 その後姿を見送りアスランは入り口の壁に寄り掛かり腕を組んで二人を見つめた。

「大丈夫だよ、マユ。俺は大丈夫だから。」

 シンが優しく微笑みながらまだ涙の痕が残る頬を撫でるとマユは再び目を潤ませながら話し始める。

「でも、みんなすごくおこってて。
 アスおにーちゃんがいっしょについてきてくれなきゃマユ、ココにこれなかった。
 いっちゃダメだって、みんな言ってて、タリアおばちゃんもコワイかおしてて。」
「泣かないでマユ。」
「・・・カイガラとマユのおハナもなくなってて。
 ロイおにーちゃん、たおれてて。ステラおねーちゃんいなくなって。
 レイもコワイおじちゃんたちがつれてっちゃうし。」

 だから・・・と涙混じりに続けるマユにシンは胸が痛んだ。
 先程のアスランの言葉が再び棘となり突き刺さる。

「貝殻とマユのお花は・・・忘れないように渡してきたから。
 ステラが俺達を忘れないように。」

 檻の間から差し出した手をマユの髪に絡ませ梳いていく。
 手入れを欠かした事のないマユの髪が少しぼさぼさになっており、誰の手も振り切ってシンを探していた事が察せられた。

 トリィ・・・・・トリィ

 狭い通路を舞うトリィの姿に気付き右手を差し出す。
 シンの手に留まり首を傾げる小鳥のマイクロユニットは「大丈夫?」と問いかけているようだった。

「トリィね、おにーちゃんさがしてくれたの。
 ハロもいっしょに。」
「心配かけてゴメンな、マユ。
 本当に、ゴメン・・・・・・。」
「おにーちゃん、いつおへやにかえってくる?」

 ズキン!

「おにーちゃんかえってくるまで、おにーちゃんのおへやでまってる。」

 目が熱くなるのを感じた。
 触れる事は出来ても抱きしめる事の叶わない現状。
 二人を隔てる冷たい金属の格子がシンを責めている様に思えた。

 トリィトリィ!

 励まそうとしている様に鳴くトリィの声が記憶を呼び覚ます。

『君は一生あの子の兄として生きて欲しい。』

 オーブの海でキラが言った言葉だ。

『その子を見て、決して忘れないで。』

 彼女はシンにそう言った。
 約束の証として贈られたトリィの鳴き声がシンの脳内で反響する。

《忘れていた。俺は・・・忘れていた。あの人が望んだのはマユの幸せ。
 兄としてマユの傍に居続けることをあの人は望んだのに。》

 漸く思い出した約束に想い耽るシンに現実は冷たかった。
 アスランの声が無慈悲に時間切れを告げる。

「もう!?」
「さっきも言った。負からないとな。
 マユ、こっちにおいで。」
「や・・・。」
「約束しただろう? おいで。」

 優しく諭す様な言葉に暫し沈黙したマユはシンの手に頬ずりし、ゆっくりと離れて行った。
 視線は外さず後ずさりするマユにハロが従者のように転がりながら出口へ向かう。

「・・・まってるから。」

 涙を浮かべながらマユは微笑む。

「ずっとまってるから。」

 けれどシンは応える事が出来ない。
 今更ながら自身が犯した軍規違反を思った。
 右手にとまったまま残ったトリィが重く感じられる。
 約束は・・・出来なかった。明日を祈る気持ちをシンは漸く知った気がした。



 * * *



 このままではアウルは怪我を治すどころかこれまで投与された薬のバランスを崩してしまい容態は悪化する。
 ハイネの言葉に皆、今は元気な少年を思い沈黙した。
 連合のエクステンデット。そのプロトタイプと思われる大戦時の敵を思い出しキラは拳を握る。
 あの時、ナチュラルでもコーディネイターでもないと感じた彼らのことを調べなかったのは自分の手落ちと思え怒りがこみ上げる。
 怪我による発熱で再び眠りについたアウルの髪を軽く梳き、額に浮く汗を拭いながらキラはこの先彼を待っているだろう禁断症状を思い言い様のない焦燥感を感じていた。
 やがて体内の薬物バランスが崩れる事により起こる精神のバランスも崩れるとハイネに告げられ、自分のことを「母さん」と呼んだ少年を救いたいと強く願った。
 キラの焦りを感じたわけではないだろうが、目の前にある少年の危機にハイネが軽く息を吐いて言った。

「手が全くないわけじゃない。かなりの賭けになるがな。」
「それはどういう事だ?」

 カガリの問いにハイネは話し始めた。
 アウルがミネルバがロドニアで調査した研究所の出身者である事。
 唯一生き残った少年がエクステンデットを普通の人間に戻す研究データを持っていた事。
 皮肉な事にその研究がアウルに焦点を当てていた事。
 思いがけぬ情報はキラ達に衝撃を与えた。

「『母さん』・・・恐らく殺された研究員がアイツにそう呼ばれていたんだろう。
 接触が多かったからか・・・もしかしたら直接データを取っていたのが彼女なのかもしれないな。
 データが揃ってるだけでなく直に知らなきゃ無理な部分が多い。」

 ハイネの私的な意見でしかないが大方間違ってはいないだろうとキラは思った。
 理由はどうあれアウルは研究施設にいた誰かを慕っていた事は確かだ。
 その事に心動かされた者がいても不思議ではない。

「後悔・・・していたのかな。」

 ぽつりと呟くミリアリアだがはっきりとした答えは出ない。
 真実は全て闇の中。死者のみが知る答えは最早意味がないだろう。

「今となっちゃわかんないな。単なる好奇心にしては覚悟極め過ぎって気がするし、そう思った方がアウル・ニーダを始めとした犠牲者達が救われるだろう。
 特に・・・あの子、ロイがな。」
「それで手って言うのは?」

 先を急ぐカガリの問いにハイネは頷いて本題に移る。

「ロイが持ってたデータだ。パスワード解除してデータは全て引き出されている。
 現物であるデータディスクは証拠物件として軍本部に送られるだろうがデータそのものはミネルバのメディカルルームに保存されている。
 ステラ・ルーシェの体調維持の参考にする為に許可は取ってあったからな。」
「けどミネルバにアウルがいるからデータ渡してって言っても情報の出所を突かれるか最悪の場合、彼の身柄を引き渡せって事にならない?」
「それともお前が戻ってデータを渡してくれるように交渉してくれるとでも?」

 問うミリアリアとカガリに答えたのはそれまで黙っていたキラだった。
 沈痛そうな面持ちで顎に指を添えて考え込んでいたキラは『ミネルバのメディカルルームにデータが保存されている』との情報にハイネが言いたい事を察していた。

「現在のアークエンジェルの立場は微妙、交渉すら出来ない。
 ・・・・・・ハイネ、君が言いたいのは正攻法じゃないね。」
「得意なんだろう? ハッキング。」

 挑発するようなにやけ顔がキラのプライドを刺激する。
 プログラミングに関しては誰にも引けを取った事は無いがそれは二年前までの事。
 現在のプラントの技術に対抗できるかはまだ試した事は無いだけに確証は無い。
 けれど・・・・・・試してみる価値はあった。最低限の条件をクリアできれば、の話だが。

「ミネルバと通信を繋げている状態である事が大前提です。」

 ハッキングは相手に知られたら対策を立てられて目的を遂げることが出来なくなってしまう。
 何しろ離れた場所から望みのデータを奪取するのだ。
 インターネットを使用している以上ネットワークを駆使してネットで繋がるコンピュータにアクセスする事は不可能ではない。だが問題のデータが入ったコンピュータがネットワークから完全に切り離されれば全て終わり。相手はザフト、また資金面においてもあちらが有利。
 相手に悟られ対策をとられる前に、となると時間との勝負になる。
 キラとしてはデータの所在を探るのも苦労するザフト本部へのハッキングは避けたい。
 下手すればアークエンジェルの居所を知られかねないからだ。
 となればやはり確実な手段はミネルバから取得する事。
 今はディオキアに寄港しているかの艦にハッキングは可能だが痕跡を消しきる前に目的を遂げられるかはわからない。

「機会を待つしかない・・・・・・か。」

 嘆息するハイネにキラは頷く。
 いつになるかわからない。だがアウル一人の為にアークエンジェルを危険に晒すわけにもいかない。
 辛いが耐えるしかないと、アウルの髪を梳きながらキラは「ごめんね。」と呟いた。
 重い沈黙の中、ふと気がついた様に今まで黙って聞いていたカズイが問う。

「そう言えば、ハイネは調査の為にも暫くアークエンジェルにいるつもりって言ってたけど・・・その後どうやってプラントに戻るんだい?
 それに君が調査した結果を何処に報告するかも気になるんだけど。
 最高評議会を止められる組織なんてプラントにあったっけ?」

 ぎっくん

 これまたザックリはっきり指摘するカズイにハイネは肩を大きく揺らす。
 ビクつくハイネに皆、嫌な予感を感じた。
 集まる視線にハイネは居心地が悪いのを誤魔化すように笑いながら答えた。

「実は・・・・・・カナーバ前議長も条項追加が精一杯で報告すべき第三者機関が編成されてないって問題があるんだ。」

 てへっ☆

 舌を出して笑うハイネだが、その様子は可愛らしいというより不気味。
 幼い子供や可愛い女の子ならば「しょうがない奴。」と言って許してもらえるかも知れないが、ハイネはフェイスの称号を青年である。

「どうしたら良いと思う?」

 可愛く問うハイネに対し周りの視線は冷たかった。

「知るかこのドアホっ!」



 全員を代表する容赦ないカガリの突っ込みハリセン(何処から出したか不明)によりハイネ・ヴェステンフルスの自慢の前髪はぺっちゃんこ。
 その後ムースを片手に一生懸命直すハイネの姿を天使湯でマードックが見かけたが・・・彼は皆にこう語った。

「俺、結構長風呂タイプなんだが・・・・・・俺が入って出て行くまでアイツずっと鏡の前から動かなかったぞ?」

 ハイネ・ヴェステンフルス

 前髪の高さは彼のプライドの象徴らしい。


 続く


 色々場面転換・・・次は更にオリジナルな設定満載予定なり


 2007.7.7 SOSOGU

 (2007.7.26 UP)

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