〜やっと会えた 前編〜


「やっつけなきゃ・・・・・・怖いもの・・・全部!」

 暗示の様に呟きながら手にした操縦桿に力を込めるのはまだ幼い顔をした少女だった。
 再び戻った先で待っていたデストロイと共に出た先に自分に適う敵はなかったと言うのに、桃色と黒のパイロットスーツに身を包んだステラは追い詰められた子どもの顔をしている。

 はぁあああ―――っ!!!

 ステラの精神状態に呼応する様に砲門が開かれ一斉にビームが発射された。
 迎撃するザフトの精鋭たるMS隊も成す術もなく散っていく。
 逃げ惑う人々がなぎ払われ光の中、消えて行く。
 建物は全て破壊する勢いで砲撃を続けるMSは人々にとって巨大な悪魔。
 けれどパイロットの真実の姿はただ怯えている幼い子ども。
 そんなステラをネオは複雑そうに見守っていた。



 デストロイが都市を業火に沈める様子を映すモニターを背にジブリールは別のモニターに映る中老年の紳士達に余裕の笑みで言った。

「どうです。圧倒的じゃないですかデストロイは。」
【確かに・・・・・・・・全て焦土と化し何も残らんが。】
【何処まで焼き払うつもりなんだ。・・・これで。】

 渋い顔で答えるロゴスメンバーの二人を嘲笑いジブリールは手にしたワイングラスを掲げ答えた。

「其処にザフトがいる限り何処までも、ですよ。
 変に馴れ合う連中にはもう一度はっきりと教えてやりませんとね。
 我らナチュラルとコーディネイターは違うのだと言う事を。
 要は見せしめですよ。圧倒的な力を前に民衆は平伏す。
 調子に乗っていたプラントもこれで問題なく排除出来る。
 更地になった後に再び作ればいい。我々にとって理想の都市をね。」
【しかし、復興する力すら残らないのでは意味はないのではないか?
 理想的な都市と言うが人とはそれほど単純なものではない。
 そろそろ一度様子見の為に進攻を止めてはどうだ。】

 先程の二人とは違うメンバーの一人が口を開く。
 白い口髭を蓄えた老紳士が杖を握り締め険しい顔で提案するがジブリールは一笑に付し再び燃え続ける都市を映すモニターへ振り返ると言った。

「そうですね。ベルリンを落としてからにしましょうか?」
【・・・・・・・・・・。】
「ああ貴方の自宅はベルリン近郊でしたか。
 大丈夫ですよ。間違って貴方の町へ進んでも貴方の屋敷は残すようにと厳命を出しておきましょう。
 貴方の持つ研究データまで焼いてはいけませんし。色々大事なものもありますしねぇ。」

 ジブリールの言葉に老紳士は杖を握る手の力が増したのか何かを堪える様に震えている。
 意味ありげに老紳士の映るモニターへと見やるジブリールに対し反応したのは他のメンバー。
 二人の間に流れる険悪な雰囲気がモニター越しにも伝わったのか戸惑いの声が上がる。

【ジブリール?】
【何かあるのか。】
「別に何もありませんよ。私達の間には元々ね。」

 挑戦的な視線を向けるジブリールに老紳士は無表情のまま視線を返すのみ。
 何の感情が篭っているのか悟らせない静かな目を真っ直ぐにジブリールに向けたまま老紳士は答えた。

【不愉快だな。】
「ええ、私もですよ。」

 ジブリールの愉悦に歪めた口元にロゴスメンバーは戸惑いの表情を浮かべながらもかける言葉を失っていた。



 * * *



 ベルリンへ急行する様にと通達されタリアは移動中複雑だった。
 只でさえミネルバは満身創痍なのだMSの殆どは破壊され補給も儘ならない状態での命令。
 唯一戦力となるMSはインパルスのみ。
 これらの状況が全て仕組まれていた様に思えてならない。

《まるでこの戦いに出す為にシンを助けたみたいじゃない。》

 考えすぎかもしれない。
 だが、それにしては出来すぎているような気もする。
 士気が下がり始めているミネルバでこの戦い勝てるだろうかとタリアは不安も覚えていた。
 シンとレイが不問となった事によりクルーの間では上層部の判断に不信感を持つもの、【スーパーエースに対する特権】に対し不満を持つ者等、憶測も交えて不協和音を奏でていた。
 元々マユという前例がある事もソレを助長させていた。
 これでシンが戦功を上げられなければミネルバの士気は下がる一方だろう。
 だからシンには常に勝ってもらわなければならず失敗は許されない。
 けれど成功はシンの為にはならず、戦果を求める軍に彼は『与えられた敵を倒すだけの兵士』になってしまう。
 軍とは本来そういうもの。
 だが・・・・・・そう言い切るにはシンは精神的に幼くまだまだ成長すべき子どもなのだ。
 最初は『マユだけ』を降ろせれば良いと思っていたタリアだがマユの為にもシンの為にも『二人』をミネルバから降ろしたいと考えるようになっていた。
 思い出すのはディオキア基地を出る直前に降ろしたロイの言葉。

『マユは降りないんですか?
 今から行く先にいるのは駐留軍を全滅させたような相手なのに。
 ・・・・僕は、今のミネルバが確実に勝てるとは思えない。』

 幼いながらも研究所での僅かな期間が少年を精神的に成長させており状況判断は確かだった。
 彼に言われなくともタリアには分かっていたがザフトの軍人とされているマユを上層部の了解なしに降ろす事は命令違反に当たりタリアにはどうすることも出来ない。
 危険すぎると言外に告げる少年の声がタリアを責めている様に思えた。
 何も出来ないミネルバの艦長を見つめるナチュラルの少年の目が彼女の脳裏から離れない。

「艦長、まもなくベルリンです。」

 アーサーの声にタリアは思考を止め目の前の現実に集中する。
 どれ程力が無いと責められようとも彼女にはやるべき事があった。

「現地の友軍との連絡は?」
「駐留軍との連絡は現在も未確認のままです。
 交信に全く応じません。
 前線司令部も応答ありません。」

 メイリンの声にアーサーは最悪の可能性を示唆する。

「艦長・・・友軍はもう・・・・・・。」
「電波状況の問題の可能性は捨てきれないわ。呼びかけを続けて。
 友軍との連絡が取れない以上、ミネルバは単独で行動します。
 コンディション・レッド発令、ブリッジ遮蔽。対MS戦闘用意。」

 タリアの言葉に緊張が走る。
 以前、艦隊に囲まれた時以上の恐怖がこれから待っている。
 相手は三都市を落とし、尚も進軍を続けている正体不明の巨大MAだ。
 未知の兵器にザフトの駐留軍も歯が立たず薙ぎ払われた。
 そんな相手と万全でない状態で戦わなければならない。
 不安が広がる中、光学モニターに瓦礫の山が映り始める。
 戦場はもうすぐだった。



 * * *



 時間は少し遡る。
 ミネルバがベルリンへと急行している時、アークエンジェルは一足先にベルリン近くまで来ていた。
 ザフト軍の抵抗を捻じ伏せ侵攻する謎の巨大MA。
 その火力の凄まじさは壊滅した三都市の惨状を見れば明らかだった。
 フリーダムとアークエンジェルが行ったからと言って倒せるとは限らない。
 それでもじっとしてなどいられずに此処までやってきた。

「キラ、準備は良いか?」

 カガリがアークエンジェルのブリッジからフリーダムのコクピットにいるキラに心配そうな顔で問いかけた。
 姉の気遣いにキラは優しく微笑みながら応える。

【問題ないよ。それよりも・・・。】
「俺の方は大丈夫だ。シミュレーションもやったしな。
 チャンスは一回きりで上手く接続出来ても時間的に間に合うかわからない。
 それでも賭けるんだろ?」

 キラの言葉に応えたのはハイネ。
 白いオーブの軍服の中、唯一赤いザフトの軍服を纏うハイネは浮いて見える。
 まるで染まる気は無いと主張しているようにも見えるハイネだがアークエンジェルの誰もそれを指摘する事は無かった。
 当たり前のように席の一つに座るハイネは余裕の笑みで返すがキラの表情は変わらず僅かな戸惑いが浮かんでいた。

【それもあるけど本当に良いの?】

 キラの言葉にブリッジ中がどういう意味だとざわめき始める。
 けれどマリューだけがキラの言葉の意味に気付いており少し息を吐くとハイネへと振り返った。

「ミネルバに通信を繋げる時、自分が生きている事を明かせば貴方はザフトの裏切り者として認定されてしまう。それを承知でハッキングに協力するのは何故かしら?
 本当はアークエンジェルの情報を収集して逃げる時期を見計らうつもりだったんでしょう?」
「わかってて放置してたのか。」

 微笑みながら問うマリューにハイネは慌てる事無く肯定の言葉を返した。

 ざわわっ

 再びブリッジにざわめきが生まれるが二人は無視して会話を続ける。

「これでも一応艦長ですもの。艦の安全を脅かすかもしれない人間には目を光らせておくわよ。」
「マユの件で目を逸らせるかと思ったんだけどな。」
「それほど単純ではないわ。貴方自身の好奇心もあったでしょうけどそれだけで情報を晒すとは思えない。
 私たちが貴方の敵になるか味方になるか。はっきりと決められるだけの情報が無かったあの状態では他にも意図があると考えるべきでしょう。
 効果は最大限に。戦略の基本ですもの。
 少数精鋭を誇るザフトの中で選ばれたフェイスを過小評価するつもりはないわ。」
「やっぱ三隻同盟の内の一隻を預かる女傑は違うか。」

 苦笑し応えるハイネに厳しい視線が集まった。
 だがマリューもカガリも苦笑しハイネの答えを待つ。

「最初は・・・この艦から脱出する気だった。
 だが!」

 殺気立つ周囲を制するように目配せしハイネは改めて答える。

「今は考えが変わった。」
「それは何故だ?」

 問うカガリに対しハイネは肩を竦めて首を振る。
 その態度に一部の者は眉を顰めるがマリューが手を上げて制するのを見てそれ以上の行動は起こさなかった。
 艦長であるマリューの責任においてアークエンジェルがハイネを害する事は無い。
 それを知っているのかハイネは焦る様子も無く話を続けた。

「理由は言えない。正確に言うなら確証が無い。
 俺自身戸惑っているのも事実だ。
 けど・・・もし、俺の推測が当たっているならば。」
「その推測とやらは今は答えられないと?」
「下手に言えば皆を混乱させるだけだ。それに今は目の前の連合のMAだろ。」

 カガリの問いに答えないハイネだが彼の言葉もまた真実だった。
 今はあの連合のMAを何としても止めなくてはならない。
 時間もない今、ハイネに拘っている場合ではないがそれでも疑念は拭い去れない。
 だからはっきりとさせなくてはならない事がある。

【・・・・・・・・・・ハイネ。一つだけ答えて。
 君は今、アークエンジェルを裏切りザフトに戻る気はある?】

 アークエンジェルの面々の思いを代弁するかの様なキラの言葉にハイネははっきりと答える。

 No

 その一言でキラを含めその場に居る者達には十分だった。
 皆の顔に活気が戻りノイマンの声がブリッジに響き渡る。

「艦長! 見えてきましたベルリンです!!」
「総員第一戦闘配備! 対MS戦闘用意!!
 フリーダムはアンノウンMAに集中するため援護は望めません。
 敵MSの対応はアークエンジェルのみで行います。
 ザフト軍の状況は?」
「わかりません・・・全滅した可能性があります。」
「ではザフトの援護は望めない方向で戦闘を行います。
 フリーダム発進準備!」
「了解!
 進路クリアー、カタパルト接続、システムオールグリーン、フリーダム発進どうぞ!」

 ミリアリアの声と共にCLEARのランプが一斉に点るのを確認しキラは応える。

【キラ・ヤマト、フリーダム行きます!】

 暗雲の垂れ込める空の中、フリーダムは飛び立つ。
 その姿にハイネは二年前には見られなかった青い翼に人々が希望を見た想いが理解できた気がした。



 ゴォオオォオオオ

 辺りには火災が発生し建物は崩れ安全な場所など分からぬまま人々が走り続ける中、逆走するトレーラーが一台あった。
 瓦礫の中を走り続けるトレーラーが尚もスピードを上げようとするが人々が助けを求めるように道を塞ぐ。
 遂に動けなくなった事に焦れたのか運転席から男が一人声を上げた。

「どいてくれ! この先に行かなきゃならないんだ!!」
「助けてくれ! この先はもう奴らが来てるんだ!!
 これだけ大きなトレーラーなら大勢運べるだろう!?
 怪我した者や子どももいるんだ。頼むっ!!!」
「だが俺達は!」

 必死に男に叫び返すのは避難して来たベルリン市民の一人だった。
 その腕には泣き続ける幼い子どもが必死に父親と思しき男にしがみ付いていた。
 男が声を張り上げ反論しようとするが先に通信機からの声が男の言葉を制する。

【これ以上は無理だ。道も塞がれてるしおっちゃん達ももう戻った方が良い。
 大丈夫、そう簡単にくたばったりはしないさ。】
「サポートも無しに行くつもりか!?」
【いや? レーダー確認してみろよ。どうやら来てくれたらしいぜ。】
「この反応はまさか・・・。」

 ドウッ!

 音と共に一筋の光が雲を切り裂き巨大な黒い影を一閃する。
 陽電子リフレクターに阻まれたが注意は空へと向けられ一時進攻が止まった。
 雲の向こうから白いMSは青い翼を広げて現れる。
 トレーラーを取り囲んでいた人々もその姿を見上げて感嘆の声を上げた。

「あれが・・・。」
【ZGMF-X10Aフリーダム。大戦末期に第三勢力として戦った英雄さ。
 そして今は奴を止めに来た。アークエンジェルも来たらしいし、通信コードは分かっている。
 だから一時周りの人を離れさせてくれ。】
「わかった! トレーラーの荷物を退かす!!
 皆一度トレーラーから離れてくれ!!!」

 男の声と共に掛けられていたマットが破かれ載っていたものが立ち上がった。
 連合の主力MSの一つウィンダムの姿に皆恐怖する。
 だが外見こそウィンダムだがその色はオレンジ。青を基調とした従来のウィンダムと違う事に気付きながらも恐れを抱くベルリン市民に運転席の男が叫んだ。

「安心しろコイツは味方だ!
 ラスティ!!!」
【何?】

 オレンジ色のウィンダムのコクピット内には私服姿のラスティ・マッケンジーがいた。
 情報収集の為に各地を調査し続けていたラスティが定期連絡の為にウナトへ通信を入れた時、ウナトの依頼で何度か訊ねていた老紳士に協力を求められたのだ。

『奴らは絶対にベルリンを落としに来る。
 だから頼む。わしに出来る事はもう殆ど無い上に協力者が足りない。』

 再び訪れた屋敷の中で必死に語る老紳士と彼を支える町の住民達を前にラスティに断る事など出来なかった。
 彼らが密かに研究し続け作り上げたウィンダムは従来のウィンダムとは比べ物にならない能力を有している。だが、それを扱いきれる人間がおらずラスティが呼び出されたのだ。
 託されたデータの重さと彼らの祈りにも似た平和への願いにラスティは引き受けた。
 だがラスティが引き受けたのは・・・・・・・・

「絶対に戻って来い!」
【頑張りますっ☆】

 その言葉が何よりもラスティの胸に響く。
 翼を広げ飛び立つウィンダムの姿を見送り男はその場にいた皆にトレーラーに乗るように指示し始める。
 乗り切れない者には最も安全と思われる避難場所を叫びながら彼は飛び立ったコーディネイターの青年ラスティの無事を祈った。



「何て大きさだ・・・。」

 キラが驚き圧倒される間にも周りを飛び交うウィンダムがフリーダムへとビームを向ける。
 慌てて攻撃を避けるが倒すべきMAからも続けざまにビーム攻撃を向けられ中々近寄れない。
 目の前の戦況にカガリが慌てた様子で叫んだ。

「艦長、これではキラが!」
【カガリ様、どうか我々にも出撃命令を!】
「アマギ一尉!?」

 モニターに映るのはブリーフィングルームに集まっていたオーブの将校の面々だった。
 皆、目の前の戦場を前に思うところがあったらしく口元を噛み締めていた。
 オーブの理念の一つは『他国の争いに介入しない』事である。
 けれどこれは争いなのか?
 そんな疑問が彼らを駆り立てていた。

【この戦いオーブの為のものではありませんが、これをそのまま見過ごす事など出来ません!】
【いいや、まだもうちょっと様子見てて欲しいな。】
「誰だ!?」
【おーっし通信コード変わってなかった。】

 突如響いた声にカガリが驚愕し叫ぶ。
 彼女の声に応える様に通信モニターに映るオレンジ色の髪の青年の姿にブリッジが騒然となる。

「「ラスティ!?」」
「ミリアリアさん知り合い?」

 ミリアリアとハイネの声にマリューが問うが二人は戸惑うように顔を見合わせどう答えたものかとどもってしまう。

「あ・・・そのえーっと。」
【禿げ狸の遣いっぱ。ラスティ・マッケンジーです☆】
「お前まさかウナトの!?」
【詳しく話している暇は無いんでね。これから忙しいしアークエンジェルには今から送るデータを出来れば国際救難チャンネルを使わずにザフト側に通達して貰いたい。】

 びびっ

 ラスティの言葉と共にモニターには文字の羅列が映る。
 その内容にマリューは驚き問いかけた。

「これは・・・近隣の町や村の医療施設の情報と現在用意されている医薬品を始めとした物資のリスト。
 避難場所や施設の情報まで・・・・・・一体どうやって!?」
【もう一つの情報にも注目して欲しいだけどね。
 ニュースソースを話している暇は無い。それじゃ頼んだぜ!
 ミリアリア、俺の認識コードを送るから戦闘管制頼む!】
「りょ・・・了解!」

 通信は切れラスティの乗ったオレンジ色のウィンダムが連合のウィンダムと交戦を始めたが、距離を取ると同時に放たれたビームライフルが連合のウィンダムを打ち落とす。
 一機落としたかと思うと次にはまた一機のウィンダムが落ちて行く姿にラスティの腕の程が知れる。
 けれど目の前の疑問はラスティの腕の良さには関係ない。

「でも何で彼は・・・。」
「国際救難チャネルを使えば連合にも情報は筒抜け。
 下手すれば折角用意された避難場所や物資も丸ごと吹っ飛ばされる可能性がある限りそれは出来ない。だが、これはチャンスだぞ艦長。」
「ハイネ?」
「ミネルバも丁度来た。代表、顔を貸してくれ。
 このままミネルバにこのデータを送る。
 通信を出来るだけ長く引き伸ばしてくれよ。」

 ハイネの言葉にブリッジに動揺が走る。
 何故ミネルバの通信コードを知っているのかと問われて答えられない以上、直ぐに通信は切られるだろう。
 それを防ぐ為のデータの開示だ。しかもそれをカガリが渡すとなればミネルバも彼女の立場を思えばいきなり通信を切るという暴挙にはでないだろう。
 だがそれはカガリの立場を危うくする。
 出所の分からない敵のデータを所持しているという事実がザフトに残るのだ。
 今後オーブに戻るつもりのあるカガリの不安材料に成りかねない。
 けれどカガリは頷き答えた。

「・・・わかった。カズイ回線開いてくれ。
 ミネルバへ繋げる。」
「わかった。」
「カガリさん!」
「艦長、ハイネが何を思いアークエンジェルに留まるのかは知らない。
 だが私は先程の言葉を信じる。
 ハイネ、お前はまだアークエンジェルにいる事を知られたくないんだろう?」
「特に・・・議長にはな。」

 答えるハイネにカガリはふぅっと深く溜息を吐く。
 今後世界がどう動いていくかはわからない。
 ウナト達の事を思えば下手な事はしない方がいい。
 アークエンジェルとオーブの関係を邪推されてはいけないからこそムラサメの出撃をキラは拒んでいた。ラスティが止めたのもそれが理由だ。
 彼らの気遣いを思うとカガリの行動は愚かなのかもしれない。
 けれどこれまで政治家として働いてきたカガリの勘がハイネの願いに応えろと言っていた。
 「回線開くよ。」とカズイの声が響く。
 カガリは再び一息吐いてハイネに視線を流した。

「私が顔を貸してやるんだ。ぬかるなよ。」
「腕の見せ所ってとこですか。頑張りますとも、信用してもらってますからね。」

 ウィンクで応えるハイネに頷きカガリはモニターに目を向けた。



 * * *



 ミネルバのブリッジではアークエンジェルからの直接通信に皆驚いていた。
 タリアも驚きが隠せず前面のモニターに映るカガリに問う。

「アスハ代表・・・・・・これは一体。何故ミネルバの通信コードをご存知なのですか?」
【グラディス艦長、申し訳ないがそれは言えない。
 だがミネルバからザフトの残存部隊に通達してもらいたい情報があるのでな。】

 カガリの言葉と同時にモニターに映るデータにアーサーは言葉を失う。
 こんな詳細なデータは作るだけでも相当なネットワークと力が必要になる。
 けれどベルリンを始め周辺の町の自治体はその機能を麻痺させまるで機能していない。
 それにも関わらずこれだけのデータを作り上げた人物は相当な力を持っていることになるがそれはカガリでは有りえない。

「こんな情報を何処から手に入れたのですか。」
【それも説明している暇は無い。国際救難チャンネルを使えばあの巨大MAにも知られて・・・・!】

 カガリの注意がタリアから逸れた。
 タリアもカガリから視線を外し戦場に注目する。
 戦場ではシンとキラ、そしてラスティが戦っていた。
 動きがあったらしくどちらのブリッジも騒がしくなる。
 光学映像モニターに映るのは敵巨大MA・・・と思われていたものだった。
 被っていた笠のようなものが背に移動しており本来の姿が現れた。
 それは通常のMSの倍以上もある大きさを有したMS。
 炎に照らされ黒い機体が不気味に映る。

「まさか! モビルスーツだったの!?」
【これより送るデータには敵の新型機動兵器の設計データの一部もある。
 私も入手経路は知らないが今は奴を倒す事が先決。
 今回の我々の目的は連合の不当な侵攻を止めること。ミネルバもそれは同じだと思うが?】
「・・・メイリン、データ回線を繋げてデータを受け取って。」
「はい!」
「態々代表がご連絡下さるとは思いませんでしたわ。
 普通ならばアークエンジェルの艦長が出るべきではありませんか?」
【こちらにも色々事情があってな。そちらのMSはどれだけ出せる?】
「インパルス一機です。黒海で大分痛手を受けましたので。
 それは代表もご存知では?」

 皮肉気なタリアの言葉にカガリは苦笑するしかない。

【耳に痛いな。ではもう一つ通達したい事がある。
 今からデータを送るが一機のウィンダムは敵ではない。
 我々と同じ目的で動いている為、間違って撃つ事の無い様頼む。】
「所属は?」

 アークエンジェルは独立部隊ではあるが国際的に見れば正体不明の一団に過ぎない。
 そこへアークエンジェルに属していない単機で現れたMSを信用しろと言われれば所属を確認するのは当たり前。
 だがタリアの問いに対しカガリは首を振る。

【残念ながら私も知らない。
 だが何処の軍にも所属していない傭兵らしい。
 偶々手に入れたMSがウィンダムだったのでこちらに誤射される事の無い様通達してきたのでな。】
「罠の可能性は。」
【戦いぶりを見ればわかるだろう。ヤツラも一機仲間じゃない奴がいると気付いたらしい。】

 カガリの言う通りモニターにはオレンジ色のウィンダムに撃墜されるウィンダムが映る。
 既に何機か落とされているらしくオレンジのウィンダムに連合のウィンダムが群がる様に向かっていた。
 執拗なビームライフルによる攻撃を見事な飛行技術で避け切り次々と敵を撃ち落す姿は華麗な舞にも見える。

【腕は確かだ。】
「そのようですわね。」
【っ! のんびり話している暇はないようだ。これで失礼する。】

 慌てた様子で通信が切られる。真っ黒になったモニターを眺めタリアは違和感を感じた。
 最後のカガリの表情はなんなのか。
 一瞬何かに気付いたようなそんな顔をしていた様に思える。
 僅かな変化の為かアーサーは気付いていない。
 けれど

《気になる。》

 それでも今はそんな事に構ってはいられない。
 戦闘は今尚続けられているのだ。そしてミネルバに下された命令は連合の侵攻を止める事。

「メイリン、インパルスの出撃準備を。」
「はい!」

 今頃はもうインパルスのコクピットで待機しているだろう少年だけがミネルバに残された希望。
 本当ならば彼に頼りたくは無いと思いながらもタリアは再び戦闘へと集中し始めた。



 * * *



 フリーダムが現れた途端に進攻は止まった。
 今までの相手はデストロイの一撃で薙ぎ払われたと言うのにフリーダムは攻撃の全てを避け切り尚且つデストロイに向けてビームを放ってくる。
 装備された陽電子リフレクターに弾かれデストロイ本体に被害は無い。
 それでもステラを戸惑わせるには十分だったらしくデストロイの攻撃は街ではなくフリーダムへと集中された。

「くそっ! フリーダムが出てくるとは・・・っ!?」

 ネオがステラをどう援護したものかと考え始めるがその間を与えないとばかりに迫ってくるウィンダムがあった。見慣れないオレンジにカラーリングされたウィンダムは真っ直ぐにネオのウィンダムへと向かってくる。

「このウィンダム、友軍機じゃない!?」

 驚愕しながらもビームを避け飛び退るが追う様にオレンジ色のウィンダムが迫っていく。
 だがネオも直ぐに立ち直りライフルによる牽制で距離を取った。
 二人の戦闘に気付いたキラが焦った様子でラスティに通信を入れる。

「ラスティ大丈夫!?」
【いいからお前は目の前のデストロイに集中してろ。
 援護は任せておけ。ミネルバが来たから・・・インパルスも来たぞ!】

《シン!》

 デストロイに向かって飛んでくるインパルスの姿にキラは驚愕する。 
 ミネルバが来ると言う事はシンと、そしてマユが来ると言う事だとわかっていたが現実にインパルスを目にしてキラの心が揺らぐ。
 キラが守るべき母艦はアークエンジェル。けれど背後にもう一つ守らなくてはならない艦を見とめキラはビームサーベルを構えた。

「行かせない! この先は絶対に通さないっ!!」
【多分デストロイに乗っているのはエクステンデットだ。
 俺は指揮官を落と・・・・・くそっ!】
「ラスティ!?」

 会話している間に迫って来たカオスにラスティは回避するがその間にネオのウィンダムが更に遠くなっていく。もう話す暇は無い。キラはこの場をラスティに任せて再びデストロイへ向かった。


「お前の相手は俺だぁああっ!!!」

 ラスティの機体めがけて迫ってくるカオスにラスティは不敵に笑いながら構えを取った。

「いいぜ相手になってやる。
 ナチュラルとコーディネイターの技術者が改造パワーアップさせたこの機体。
 性能はザフトの第三ステージにだって負けてねぇぞ!」

 叫びと同時に取り出したツインソードを手にラスティは標的をカオスに定めた。


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