〜アークエンジェル撃墜命令〜


 放送を終えミーアはほっとした顔で前に座るギルバートを見やった。
 タイミングを図ったかのようにギルバートは振り返り優雅に微笑む。
 言葉はないがミーアには彼が今の自分に満足しているのだとわかる。

《良かった。これで大丈夫なんだ。》

 先程までは落ち着き払って世界に語りかけていたミーアだが内心は高鳴る心臓の音がマイクに拾われないかと思うほどに緊張していた。
 台本は大分前にギルバートの秘書から渡されずっと練習し本番だと言われた時もやり遂げる自信があった。
 けれど放送直前にミーアはデュランダルに呼び出されたのだ。
 以前のディオキアのホテルの件を例に挙げ、改めてラクスの役目の重要性を諭され自身の振る舞いを見返す様にとギルバートに言われミーアは意気消沈した。

『今の君はラクス・クラインなんだ。それを忘れてはいけないよ。』

 責めるつもりではないと優しく微笑みながらミーアの肩に軽く手を置き語るギルバートはいつもと変わらない様に思えた。
 一度は失くし掛けた自信が再び蘇るのを感じ、ギルバートと共にカメラの前に向かう間にミーアは自身へと暗示をかける。

《思い出して・・・私はラクス、ミーアじゃない。》

 自分がラクスらしくないのならばそれは『ミーア・キャンベル』の顔が出てきていると言う証拠。
 偽者だろうと何だろうと自分の役目は『ラクス・クライン』を演じる事。
 それさえ出来れば皆『自分』を賞賛してくれる。
 甘い夢は続いていく。

 そしてミーアは成功した。
 ラクス・クラインを演じ切り笑顔を取り戻した彼女は新たに手渡された原稿に目を通し始める。
 今の放送は序章に過ぎない。これから人々がどのような反応を示すのか、それに対し『ラクス』はどう対応するかを決めて演じていかなくてはいけないのだから。
 やる事は山の様にある。けれど心地良い忙しさにミーアは初めてラクスとして舞台に上がった時の事を思い出す。

《この仕事、絶対やり遂げてみせるんだから!》


 原稿を見直しラクスとしての振る舞いが出来ているだろうかと再チェックを始めるミーアを見やりギルバートは満足気に笑う。
 コンサートを繰り返すことによりミーアの心は当初の純粋なものから少しずつ歪み反れ始めている。
 慰問コンサートの目的は主な目的はラクス・クラインが自分を支持していると少しずつ世界中に思い込ませる事にあったが他にも目的があった。
 ギルバートに必要なのは『思い通りに動くラクス・クライン』でありミーア自身ではない。
 その為にはミーア自身に『自分』=『ミーア・キャンベル』の方程式を捨てさせる必要があった。
 ミーアの心に働きかけるギルバートの言葉は全て、ある目的のためにある。
 そんな事とは露知らずミーアは努力し続けている。
 『ミーア・キャンベル』の存在を否定し、崩壊させる道を歩んでいると気づかずに。



 * * *



 起きて真っ先に行くのはシンとレイの部屋か皆がいるリラクゼーションルーム。
 それがマユの基本行動だった。
 顔を洗い忘れていれば皆がシャワールームに連れて行ってくれる。
 食事が必要ならば食堂に一緒に行ってくれる。
 もし兄がいれば自分を抱きしめてくれる。
 自分を受け入れてくれる場所へと足を向けるのは本能で愛されているとわかっているからだろう。
 けれどその日のマユは兄達の部屋へは行かなかった。
 行けなかったというのが正解かもしれない。
 笑っていて欲しいと思っていても本当に笑って出迎えてくれるかわからなかった。
 またあの恐ろしい顔をしたシンと出会ってしまったら・・・そう思うと足は自然とリラクゼーションルームへと向かう。
 こちらなら誰かがきっと自分に構ってくれる。そう思ってドアをくぐるとそこでは全員がモニターに注目しマユが入ってきたことに気づく者は一人もいなかった。
 いつになく皆が険しい表情をしているのに気づきマユは皆が注目するモニターに目を向けた。
 厳しい表情でこちらを見つめるギルバートとホテルで会った少女の姿を見止めマユは誰に言われるでもなく彼らの言葉に耳を傾けた。
 ギルバートとミーアの姿。その右上に録画とある事の意味はマユにはわからなかった。

【ですが・・・お願いです。どうか聞いて頂きたいのです。
 各国の政策に基づく情報の有無により未だご存じない方もいらっしゃるでしょう。
 これは過日、ユーラシア中央から西側の都市部に向けて連合の巨大兵器が侵攻した時の様子です。
 ・・・突然の勧告なしの進行に住民は避難する間もなく三都市が破壊されました。そして尚も侵攻は続けられました。】

 映し出された映像にマユは息を呑んだ。つい最近見たばかりの映像。
 たくさんの壊れた建物と大きな黒いMS。建物よりも大きなそのMSに立ち向かう艦とMSの姿が映るが皆焼き払われていった。
 けれどあるMSが現れた頃から様子は変わる。

《おにーちゃん・・・。》

 シンのインパルスが現れ相手は思うように進めなくなる。
 その映像に重なるようにしてギルバートの言葉は続けられた。マユが感じた違和感を打ち消そうとするように。

【我々は直ぐにこの侵攻の阻止と各都市を守るための防衛戦を行いました。
 しかし・・・残念ながら多くの犠牲を出す結果となりました。
 侵攻したのは地球軍。されたのは地球の都市です。
 なぜこんな事になったのでしょうか? 連合側の目的は『ザフトに支配された地域の解放』との事ですがこれが『解放』なのですか? こうして住民を・・・子供すら都市ごと焼き払う事が!?】

 テーブルの上で震えるギルバートの手が激情を必死に抑えようとしている事を表している。
 そんな彼を落ち着かせるように『ラクス・クライン』はギルバートの肩に手を置き前を向いて話し始めた。

【この度の戦争は確かに私達コーディネイターの一部の者が起こした大きな惨劇から始まりました・・・。
 それを止め得なかった事、惨劇から生まれてしまった数多の悲劇を、私達は忘れはしません。
 被災された方々の苦しみ、悲しみは今も尚果てないことでしょう。それがまた新たな戦いの引き金を引いてしまったことも仕方がない事かもしれません。
 けれどこのままではいけません! こんな撃ち合うばかりの世界に安らぎはないのです!!
 果てなく続く憎しみの連鎖の苦しさと悲しみを私達は十分に知ったはずではありませんか!!!】

《へんだ。》

 『ラクス・クライン』が叫ぶ中、マユはデストロイが破壊される映像を食い入るように見つめ思った。
 けれどマユの想いを置いて演説は続けられる。

【なのに、どうあってもそれを邪魔しようとする者達がいるのです。それも、古の昔から・・・。
 自分達の利益の為に戦えと、戦わない者は臆病だ、従わない者は裏切り者だと叫んで・・・】

 ギルバートの言葉は尚も続けられたが画面は突如ニュースに切り替わり女性アナウンサーが速報を伝える。
 その右下で小さなウィンドウが開きギルバートとラクスの演説の様子を映していた。
 演説の意味はわからない。けれど映像の中に違和感を感じマユは親しくしている者達を探した。

【放送の途中ですが速報が入りましたのでニュースをお知らせ致します。
 プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダル議長の声明に対し各国で緊急の首脳会議、国連での対応を求める声が上がり一部の国では議長の声明に賛同する動きが見られます。
 正式表明はまだですが各地で発表されたロゴスメンバーが襲撃されたとの情報もあり、現在情報の混乱が見られ確認には時間がかかる模様です。
 また未確認ではありますがベルリン近くで避難民のボランティアに参加していた人物がロゴスメンバーだった判明し避難民の暴動による襲撃に遭い、殺害されたとの情報が入っております。
 情報が確認され次第追ってお知らせ致します。】

 兄のシンの姿はない。
 友人のレイ、ルナマリア、メイリン、ヨウラン、ヴィーノ、アビーは勿論アスランの姿も見当たらない。
 誰か答えてと抑えきれない疑問と衝動のままにマユは傍にいた看護担当の女性兵へと縋りつき叫んだ。

「何でママが映ってないの? ねぇ、何で??」

 突然の叫びに女性兵が戸惑いの表情を浮かべるが構わずマユは叫んだ。

「おにーちゃんは映ってるのに何でママが映ってないの!?」

 マユの言う『ママ』の意味が分からず首を傾げる女性兵の背後ではニュースは続けられる。

【続きましてプラント最高評議会の動向についてお知らせします。
 今回の表明はデュランダル議長の独断であり最高評議会も知らされなかったとの事で議長は説明責任を問われています。
 しかし議員の多くが議長の考えに賛同する動きが見られ、一部の議員より議会でも今後の対応の協議が主題であり議長の行動に責任を問うことはないとのコメントを得ている為、今後プラント最高評議会は世界情勢に合わせて、賛同する国と同盟を結ぶものとみられます。】

 冷静に、けれど誇らしげにニュースを読み上げるプラントの女性アナウンサーの右下に開かれた小さなウィンドウではインパルスの勇姿が映っていた。
 巨大な敵を相手に恐れず立ち向かう戦士の姿。
 そして終には強大な力を打ち倒すザフトが誇る最新鋭機体インパルスの偉業。
 誰もがザフトが世界を震撼させたロゴスの大量殺戮兵器を倒したと思うだろう。

《なんで誰も言わないの!?》

 マユが感じた違和感。
 それはあるべき姿の無い映像。
 意図的に消されたと思われるフリーダムとアークエンジェルの姿。

「怖いのやっつけたのはママなのに何でおにーちゃんがやっつけたことになってるの!!?」
 
 マユの疑問に答えられる者はいない。けれど、マユの言う『ママ』が何なのか分からなくとも、事実が捻じ曲げられている事に気づいた者は皆、真っ直ぐな目を見返すことが出来ず目を逸らした。



 * * *



「なんかさ。皆笑わなくなったよね。」
「いきなり何よ。」

 突然のメイリンの言葉にルナマリアはきょとんとした顔で聞き返す。
 先程のギルバートとラクスによるロゴスとの全面対決宣言に皆が動揺している中、ルナマリアも色々と思うところがあった。
 けれど全ての元凶がロゴスなのだと以前もディオキアのホテルでの会談で聞いており、いつかはと言っていたギルバートが遂に動き出したのだと思えば自分は彼らの剣となり戦うべきなのだろう。
 同期の友人であるヨウランはギルバートとラクスの言葉に同意し意気揚々とインパルスの再整備に行くとヴィーノを引っ張っていった。
 ヴィーノも戸惑いはあれども明確な指標が出来た事で少しばかり表情が明るくなっていた事からすると彼らは二人の宣言を歓迎しているのだろう。
 軍の、それもザフトの様な巨大な組織を統率するに辺り明確な目的は兵士達の精神的な支えとなるのだから指導者であるギルバートの言葉に不明瞭な点や後ろ暗い何かが感じられないのであれば信じてついて行けば良い。
 それでも釈然としない何かが胸の中に蟠るのが気になり気分転換にメイリンを誘って食堂でフレッシュジュースを頼み飲んでいたところにこの言葉だ。
 ルナマリアが訊き返すのも当然と言えるだろう。
 だがメイリンはそんな姉の様子に気付いているのかいないのか、何でもない様子でグレープフルーツジュースの入ったグラスを手にストローで中の氷を拡販させながら言葉を続けた。

「特にシンとマユちゃん。」
「そりゃあ・・・戦争が激化してシンはいつも殺伐とした戦場に身を置いているわけだし、マユちゃんも大好きなおにーちゃんと離れ離れの上に艦は揺れるし怖いし寂しいしで笑ってなんかいられないでしょうよ。」
「そーゆーのとはちょっと違う点で気になってるんだよね。
 あたし、ミリアリアさんにアドバイスしてもらってからずっとモニター越しに皆の事を見てたの。
 戦闘管制の為だけじゃなく、皆が何をしているのか戦いながらどう思っているのか。」
「カウンセリングなら専門家に受けるしアンタに指摘されるようじゃパイロットとして姉として情けないわ〜。」
「真面目に話してるんだから茶化さないで!」

 いつになく真剣な表情で姉を睨むメイリンにルナマリアは勢いに押されてコクコクと頷いてしまう。
 ルナマリアにとってメイリンはいつも自分の後をついてくる妹だった。
 男勝りなルナマリアと違いメイリンはとても女の子らしいと自身の振る舞いと見比べ思っていた。
 実際メイリンは女の子らしいと言っても世間一般では「活発な」とつくタイプだったらしいが、ルナマリアが特に優秀であった為に妹はいつだって守られるべき少女なのだという印象が強かった。
 けれど目の前にいる妹はいつもと少し様子が違う。
 姉の言葉に従順でいつも姉を慕い後をついてきた妹の姿ではない。
 一人で考え行動できる同僚となったのだと気付かされルナマリアは複雑な想いを胸にメイリンの言葉を待った。

「本当言うとね。最初はミリアリアさんの言葉って理解し切れてなかったの。
 一緒に戦う存在だと言われても実際に銃を撃つのはお姉ちゃん達で私はその後方支援。これで本当に戦っているお姉ちゃん達を助けているのか実感が湧かなくて。
 でも、戦争が始まってオーブ近海で皆が死ぬと思ったあの戦闘から彼女が何であんな悲しそうな目をしていたのか分かった気がした。
 ザフトに入る為にアカデミーで軍事訓練受けて正式に軍人になった私達だけど、あの人にあんな目をさせる様な何かが・・・私達にはまだ起きていないって。」
「何言ってるのよ。もう何度も死にそうな戦いを経ている私達がこれ以上何が起きてないって言うのよ。」
「お姉ちゃん達にはわからないでしょう。モニター越しに見送るしかできない事がどれ程不安な事か。
 通信モニターを開けば顔は見られるかも知れない。けれど戦闘中に顔を見て安心したいなんて理由では回線は開けないよ。
 だから皆とはいつも音声だけ。MSの状態把握と戦場の様子を見ては少しでも安全が向上するように敵の動きに注意するの。
 でもね。突然シグナル・ロストになったら・・・そう思うと怖いの。」

 肩を震えるメイリンを見てルナマリアは殉職した上官を思い出した。

 ハイネ・ヴェステンフルス

 ミネルバに転属したばかりのフェイスは新人のシンを庇って消えた。
 SIGNAL LOSTの文字だけが移るモニターを見てメイリンはどう思っただろう。
 突如途切れた通信は何度繋げ様としても永遠に応えてもらえないのだ。
 現実を認めたくなくて呼びかけ続けたかも知れない。
 けれど・・・。

「変な心配してんじゃないの。ちゃんといつも帰ってきてるでしょ。」
「・・・一回機体を大破させた上に大怪我して一時は命の危険もと叫ばれる状態で帰ってきたじゃない。」
「う・・・それは・・・。」
「凄く怖かったんだからね。」

 強調するように返すメイリンに言い返せないルナマリアは黙るしかなかった。
 事実である以上何を言っても言い訳に過ぎないしメイリンも納得しないだろう。
 更に追及されるかと横目で隣に座る妹の様子を伺うがメイリンはルナマリアのそんな様子をさておいて話を再開した。

「だからって訳じゃないけど、私ずっと皆の戦い方に注意してたの。
 そうしたら色々気になる点が見えてきた。」
「戦闘の癖とか?」

 訊ねるルナマリアにちょっと違うと首を振り、手にしたグラスの中身をかき回しながらメイリンは話し始めた。

「まずシンね。はっきり言って波があり過ぎ。」
「波って何よ。」
「一応ザフトレッドだから技量は一定のレベル以上に達してはいるんだけど感情の起伏で戦況をひっくり返したり逆に追い詰められそうになったりするの。
 精神が不安定で見ている側はいつも不安になる。」
「まーねー。こっちもそれに振り回されるし。」
「次にレイだけどいつも冷静沈着。
 戦況を見て動いているし安心して見ていられるんだけど・・・逆にその冷静さが不安に思えるの。
 オーブを出てカーペンタリア基地を目指そうとした時、連合軍が行く手を阻むのを見て裏切られた気がして私は平然としていられなかった。
 勿論オーブの立場を思えば当然の選択だったかもしれなけれど、一度は友好的に対応してくれた国と敵対することになったんだって突きつけられて動揺せずにはいられなかったのに、レイはふっ切ってた。」
「でなきゃ戦えないわよ。」
「わかってる。でもふっ切れ方が逆に怖かった。何かに信奉しているかのようにオーブを断罪できるレイの精神を支えるものが何なのか分からなくて。」
「元々の性格もあるとは思うけどレイは以前から上層部の決定に従順だし。
 まあ・・・義理の父親である議長がトップにいるって言うのが主な理由だろうけど。」
「でも、そこまではっきりと割り切れるかな。艦長や副長も複雑そうだったよ。
 だから私は別の意味でレイが怖い。精神を支える何かに少しでも揺らぎがあったらあっという間に崩れてしまいそうなそんな感じがするの。」
「大丈夫よ。メンタルコントロールについてはレイはアカデミーでもピカイチだったもの。」
「そうかしら。
 それからザラ隊長。」
「アスランって呼んであげなさい。また距離が出来ちゃうわよ。」
「・・・アスランさんは迷いが見える戦い方してた。勿論フェイスに抜擢されるだけあって戦い方そのものに不安はないの。
 でもあんな戦い方しているのを見ると色々と思うところが・・・ね。」
「アスランが相手のコクピットを狙わない様にしてるって事?」
「お姉ちゃん気づいてたの!?」
「そりゃまあね。
 戦闘になって最初は自分の事でいっぱいいっぱいな時期もあったけど今は精神的に余裕が出来てるから。
 慣れって怖いわよね。最初は本当に戦争になってこれから人を殺すんだって緊張と恐怖があったのに。
 相手は敵だって思い込ませるようにしてからは妙に割り切れちゃって。
 こんな時、戦いがMS戦主流になって良かったと思う。機体越しだと人の命を奪ったって実感し難かったから。」
「お姉ちゃん・・・。」
「その顔は私が何の悩みもなく戦ってると思ってたでしょ。」

 答えるルナマリアは優しく微笑みメイリンのおでこを右手の人差し指で突く。
 その笑みを再び取り戻すのに彼女の中で葛藤があったことは今の言葉から容易に推測できる。
 気をつけていれば彼女が抱える悩みや助けを求めるサインに気付けていたかもしれない。
 今更知った事実に後悔しメイリンは俯いた。

「ゴメン、私同じ部屋だったのに気づきもしなかった。」
「悟られないように頑張ったのよ。私も。
 アンタからこんな話をされなかったら一生口にする気も無かったし。
 そんな訳で味方の動きにも気を配っていたから私も気づいていたわよ。多分レイも気づいているでしょうね。
 シンは・・・気づいてないかもしれないけど。」
「そうだね・・・。
 また話を戻すけど・・・最後はお姉ちゃんだけどある意味一番安心して見てられる。」
「それは誉めてるの?」
「半分正解で半分間違い。精神的に一番安定しているように見えるのがお姉ちゃん。
 上手くメンタルコントロール出来ている様でその点については誉めてるよ。
 だけど戦闘技術についてはあの中では一番レベルが低いから時々流れ弾に当たりはしないかと心配になっちゃうからな〜。」
「メーイーリーンー。」

 ぐりぐりぐりりり

 メイリン自慢のツインテールの髪を飛び越えこめかみに両拳をあてるとルナマリアは力を込める。

「イタタタタタタタタっ!」
「私がそんな間抜けな失態を犯すと思っているのかこのツインテールは飾りかこの〜。」
「間違いなく飾りだし! 髪の毛に記憶回路なんてないもん!!」

 首を振り何とか姉の手を振り切ったメイリンは手にしていたグラスを手に取ると最後に残っていたジュースを一気に飲み干す。
 氷で薄くなったジュースは甘みが感じられずグレープの香りだけが鼻につく。
 それでも話し続けてカラカラになった喉を潤すには十分であり、一息吐くとメイリンはルナマリアをキっと見つめて言った。

「とにかく、私は好きで皆をナビしているわけじゃないの。少しでも戦闘が少ない方が嬉しいもん。」
「メイリン・・・。」
「だから戦争を早期終結させる為にロゴスとの全面対決を発表した議長の考えには賛同したい。
 でも、さっき流されたインパルスとデストロイの映像・・・お姉ちゃんも気づいたでしょ。」

 メイリンの言葉にルナマリアは頷く。
 先ほどの映像に興奮していたヨウランは気づいていなかったようだったがミネルバと共闘したアークエンジェルの姿が全く映っていなかった。
 編集した結果かと最初はそう思ったがラストの場面でそれは間違いだと気付かされる。

《映っているはずのフリーダムの姿が無かった。》

 単なる編集結果ではない。意図的に画像を加工してフリーダムの姿が削除されていた。
 消えたフリーダムの代わりに映っている背景の建物に違和感は感じない。
 技術と時間をつぎ込んで苦労して作成しただろう映像に胸の中で蟠るものを感じたのはルナマリアだけではないだろう。
 アークエンジェルと懇意にしているアスランの気持ちを思うと釈然としない思いを抱くのは当然のことだと思われた。
 インパルスが斃した様に見える巨大MSデストロイは実際にはフリーダムに斃されている。
 あの瞬間、ルナマリアはシンが危ないと感じていた。
 それを助けたのがフリーダムだが戻ってきたシンはフリーダムに恩を感じるどころか憎んでいる様に見えた。

 はふぅ

 溜息が洩れる。
 最近はシンが何を考えているのかルナマリアにはわからなかった。
 一時期ミネルバにいたエクステンデットの少女に心を砕いていた様だがそれも・・・。

「あ・・・。」

 そこまで考えてルナマリアは漸くある考えに至った。

「どうしたのお姉ちゃん。」
「もしかしてデストロイに乗ってたのって・・・シンが逃がしたあの子?」

 ルナマリアの言葉にメイリンもシンの戦闘の様子を思い出す。
 シンはミネルバからの指示を無視して敵を撃つどころか無防備な状態で接近していった。
 放たれるビームにいつ当たっても不思議ではない中もシールドを構えずに近づいていくインパルスの行動は理解できなかった。
 だが、ルナマリアの言葉が正しければ何らかの理由でパイロットの正体を知ったシンが彼女に呼びかけ説得しようとしていたと考えられる。
 そして思い出されるのはアークエンジェルから齎された敵のMSの設計データ。

「・・・そうか。そうだよね。
 普通のパイロットじゃあんな無茶苦茶なの操縦できないからかなり特殊な、能力の高いパイロットじゃないと扱えないよ。しかもコーディネイターならともかくナチュラルでとなるとかなり限られてくる。」

 推測にしか過ぎないが可能性は高い。
 フリーダムに敵意を抱くシンの様子も説明がついてしまうとルナマリアは嘆息した。

「これは暫くシンに、アスランにも近寄らない方が良いわね。
 フリーダムの事でまた二人が対立した時、近くにいたらとばっちり食らうだけよ。
 アンタも気をつけなさい。」
「はーい。」
「それとマユちゃんにも気をつけておいてね。
 シン、子供っぽいからうっかり愛しの妹を傷つけて後で喚きそうだわ。」
「それもわかってまーす。」

 笑いながら手を挙げる妹によしよしと頭を撫でて返すと子供扱いするなとむくれたがそんなやり取りが出来るのは心が安らいでいる証拠だ。
 とりあえず自分と妹は大丈夫だとルナマリアはメイリンに気付かれないように安堵の溜息を吐くと部屋に籠ってしまったシンと今頃艦長と口論している頃だろうアスランを思った。

《彼らは戦争経験者だったっけ。》

 アスランは実際に最前線に出て戦い、シンはオーブ侵攻戦の折りに戦闘に巻き込まれている。
 そしてルナマリアは今、前線に立って戦っていた。
 実際に戦い始めて彼女は思う事があった。
 戦争だと、敵を殺害しても犯罪にはならないと、仕方がなかったのだと自分に言い聞かせてもそれは言い訳に過ぎない。
 事実は変えられない。自身の記憶を塗り替えることも出来ない。
 戦争で心を病んだ兵士は少なくない。一度、カウンセリングを受ける兵士の映像を見た事がある。
 彼は必死に自分に「仕方がなかった」「自分は悪くない」と言いながらも苦しんでいた。
 精神科医に諭され最終的に彼が得た答えは「自分は人を殺した」という事実だった。
 最初から出ている答えであったにも関わらず彼がその事実から目を背けた結果、彼の精神は悲鳴を上げたのだとルナマリアは解釈している。

《私もいつかああなるのかも知れない。》

 後悔する日が。
 それでもルナマリアは自分の選択を間違っていたとは思わない。
 国を、大切な人達を守りたいという思いは彼女の真実だった。

《問題は私が自分自身を許せるかどうか。》

 以前見た兵士は泣いていた。
 ただ泣き続けるその姿を見てルナマリアは思った。

《彼は自分自身を許せなかったんだ。》

 人を殺した事が、言い訳して逃げる自分が、彼にはどうしても許せなかった。
 けれど自分はどうするのだろうと考えるとわからない。
 既に多くのMSを墜とした自分の手は目に見えないながらも真っ赤に染まっているのだろう。
 それは現実ではなく精神が見せる幻だが事実の認識にあのショッキングな色は象徴となる。
 直接関与していなくとも間接的に人を殺していると言える妹は自身の手が染まっていることに気付いているだろうか。

《気付かなくていい。アンタは私が守るんだから。
 絶対ミネルバを守り切って見せる。
 皆の心も身体も・・・居場所も、全部。》

 守るという言葉を免罪符にすることはない。
 それでもそうする事でしか自分の心を守る術はないのだとルナマリアは感じていた。



 * * *



 艦長室で共にギルバートの声明発表を見たアスランは混乱していた。
 それはタリアも同じようで記録した映像を再び流し眉を顰めている。
 ここに来て何故ミーアという偽者を傍に置き活動させていたかがわかったが今更遅い。
 また、彼女が偽者だと証明する方法が無い。本物のラクスが行方不明の今、議長の擁するミーアが『本物』とされるのだ。
 プラント最高評議会議長という強力な後見を持つ以上、本物のラクスが一人現れても状況は混乱するだけだろう。
 二人のラクスが並び立てばどちらが本物か雰囲気で悟る者もいるだろうが、衆人に対し説明するには目に見える証拠と言うものが必要だ。
 それが出来る人物は現在世界では唯一人。

 カガリ・ユラ・アスハ

 国家元首であり大戦末期にラクスと共に戦ったカガリの声があって漸く対等。
 一度でもミーアの認めたアスランの言葉に力はない。
 四大英雄の一人フリーダムのパイロットはその姿も名も完全に伏せていた為、キラの証言も力を持たないのだ。

《何とかカガリに・・・アークエンジェルに連絡を。
 くそ! ハイネに聞かれてもミリアリアからターミナルへの連絡方法を聞いておくべきだった。》

 拳を握るアスランに対しタリアはただ沈黙し考え続けていた。
 ギルバートとの付き合いは浅くはないし短くも無い。
 それでも彼の考えている事が読み切れずタリアは艦長としてではなくタリア・グラディスとしての対応を決めかねていた。
 ギルバート・デュランダルを止めるべきか否か。
 そして・・・

「本当にロゴスを倒す事だけが目的なのかしらね。」
「? グラディス艦長??」
「貴方の混乱はわからなくはないわ。本物のラクス・クラインならこんな風に世界を煽ったりはしないと言いたいのでしょう。
 けれど実際に行われたロゴスの非道を前にギルバートの行動を否定出来るのかしら。
 世界に大きな流れを作る事に成功したギルバートを。」
「ロゴスを倒したからと言って本当に戦いが無くなると言う保証はありません。」
「私もそう思うわ。でもアスラン、忘れないで。
 私達ザフトはプラントの国防の為に戦う組織であり正義の味方じゃないのよ。
 最高評議会の決定であるならば私達にそれに逆らう事は許されない。プラントの為に・・・。」

 ぴぴっ ぴぴっ

 タリアの言葉を遮る様に再び入る通信に二人はまた会話を中断した。
 暫しの沈黙の後、タリアは通信回線を開くボタンを押す。
 告げられる命令に再び驚愕する事になるとは思わずに。



 * * *



 ハイネの勢いに負けとにかく身を隠す為にも移動を始めたアークエンジェルのブリッジでは放送されたギルバートの声明にただ驚くばかりだった。

【私が真に願うのはもう二度と戦争など起きない平和な世界です。
 よって、それを阻害せんとする者。
 世界の真の敵、ロゴスをこそ滅ぼさんとする事を、私はここに宣言します。】

 死の商人ロゴスとの全面対決。そしてロゴスメンバーの公表。
 存在は知っていてもメンバー全ての把握はカガリにも出来なかった程の組織をギルバートはいつ調べ上げたのか。情報の正確さは気になるところだが世界中に公表するに当たり確証を得ていると見るべきだろう。
 しかし問題はそこではなかった。公表されたロゴスメンバーの何人かはキラ達も知る世界的にも著名な人物。特に二年間オーブの国家元首として活動してきたカガリには彼らの存在が世界においてもどれほど重要であるかがはっきりとわかった。

「彼らのグローバルカンパニーに関わっていない国は殆ど無いと言って良い。
 大西洋連邦は勿論、デストロイに壊滅された都市だって彼らの持つネットワークが無ければ経済活動は良くて鈍化、最悪の場合麻痺してしまうと言うのに・・・いきなり公表すれば世界が混乱するに決まっている。」
「実際に声明をきっかけに暴動を起こしているところもあるみたいだしね。
 既に殺された人もいるみたいだし何とか逃げられた人も暫くは身を隠す為に完全に連絡を絶つ他無くなる。
 彼らの会社もトップが急にいなくなったら対応が後手に回るだろうし・・・議長は一体何をしたいんだろう。」
「何って、死の商人の撲滅じゃないの?」
「ミリアリア、死の商人と言っても彼らだけじゃない。
 規模は格段に違うけれど完全に武器を売買する人間がいなくなるわけじゃないんだ。
 仮にロゴスメンバーが全て捕らえられたとして、その先はどうなると思う?」
「う・・・ん・・・・・・確かに。代わりに台頭する組織が出てくるだけよね。」

 現在の暴動にも銃火器が使われている。
 暴動を起こした人々に武器を支給したのは誰なのか?
 ザフトが武器を支給する事はありえない。そんな事をすればテロ行為を肯定することになる。
 プラントからしてみれば議長の言葉が切欠であったとしても『人々が自発的に起こした行動であり議長が望んだ事ではない。』という事実が必要なはず。
 テロ支援国家と見做されかねない様な行為をギルバートが認めるわけがないのだから。
 ならば暴動を起こした彼らが手にした武器は元々あったか、ロゴスに直接関与しない組織が提供したかのどちらかだろう。
 後者であった場合、各地で暴動が起こり武器の需要は高まっている今、これを機にロゴス程ではなくとも大組織へと成長する可能性が高い。
 ロゴスを潰したからと言って争いが無くならない以上、武器を必要とする者は必ず存在し供給する者もまた必ず現れる。

「ハイネ、貴方は何か掴んでいるんじゃないの?」

 マリューの言葉に皆の注目が壁に寄りかかり立つハイネに集まる。
 眉間に皺を寄せ鋭く上がっている眉は彼の焦りと怒り具合を示していた。
 腕を組み沈黙を守るハイネに答えて貰えそうにないとマリューが皆へと振り返った瞬間。
 低く響く声があった。

「正義の味方。」
「え?」

 この場に合っているようで合わない答えにカガリが真意を測りかね戸惑ったような声をあげる。
 カガリだけでなくブリッジに集まった全員がハイネの言葉に意味がわからず戸惑いの表情を浮かべる中、ハイネはゆっくりと吐き出すように話し始めた。

「カガリはミネルバの事を正義の味方らしいと評した。覚えているか?」
「ああ、覚えているがそれがどうかしたのか?」
「その評価については他の皆はどう思う?」
「どうって・・・。」

 困ったような顔でミリアリアがマリューに助けを求めるように見上げるとマリューは頷いてハイネに向き直り答えた。

「確かにカガリさんの言う通りだと思うわ。プラントの立場を考慮して行動している様でいて助けの声があれば手を差し伸べる姿は『正義の味方』と言うに相応しいわ。
 危険を冒してのユニウス・セブン破砕活動に始まりインド洋近くでの戦闘においては連合に強制労働させられていた地元民の解放を促し、ガルナハンにおいてもレジスタンスに協力し不当占拠していた連合を追い払った。
 極めつけは今回のベルリンの戦いね。世界中が止めたくても止められなかったデストロイを万全の装備も無いままに駆けつけた。
 今回の放送でデストロイを倒したのはインパルスだと印象づけられているからその名声は更に上がるでしょう。
 そのうちにオーブ領海沖での絶望的とも言える戦力差を覆した事や黒海でのインパルスの戦いぶりも報道されるでしょうね。」
「そう、常勝を続けるミネルバとインパルス。その姿は俺から見ればとてもよく似てるんだよ。
 大戦でザフトと連合どちらにも知られていた彼らはザフトにおいては一時期『悪魔』とも呼ばれていたが。」
「似てる・・・?」

 戸惑いながらも記憶を辿るキラだが思い当たるものがない。
 連合にもザフトにもその他の中立国を含めそんな艦やMSはあっただろうか?
 あれば自分達の情報網に引っかかってくるはずだとミリアリアを見るが彼女も肩を竦めて首を振る。
 だが一人だけ。カガリが気付いたように目を見開いた。

「アークエンジェルとストライクか!?」

 !?

 望む答えが漸く出たと苦笑し「途中からはフリーダムだけどな。」と呟くハイネに彼が言わんとしている存在が自分達であると皆が理解した。
 同時に衝撃が走る。

「この中で一番客観的に見られているのはカガリみたいだな。
 まあ確かに自分自身がどう見られているか正確に把握するのは難しい。
 他者から直接評価されない限りは、な。俺自身、彼女の言葉が無ければ気付きもしなかった。」
「当然だろう。軍は・・・ザフトはプラントの国防の為に組織されたんだ。
 それは今も変わらない。自分が望んでも組織の中にある以上、命令が無い限り助けたくても助けには行けないのだからな。軍人としての自覚を持っている者ほどそんな考えに至らない。」
「そう、ザフトは正義の味方なんかじゃない。だが実際はどうだ?
 数々の戦績は華々しいものが多く、尚且つプラントの国益を全く無視したものでもない。」
「別に誰が正義の味方と見られても僕らは構わないよ。」
「アークエンジェルはそうだろう。だが議長は違う。」
「ハイネ・・・まさかと思うがお前はこれまでミネルバに下された指令が『正義の味方』を作り出すためだったとでも言うつもりか?」
「そんな事してどうするって言うの。」

 何に思い至ったのかカガリの顔色が悪い。
 けれどハイネとカガリが何を言いたいのかわからずミリアリアが尋ねるとキラも漸く思い至ったのか、カガリに代わり震える声で答えた。

「抵抗勢力の完全排除。」
「皆の大好きな正義の味方だ。分かり易く示されればその敵勢力は自然と『悪の軍団』になる。」
「わからないわ。仮にその答えが正しいとして議長はどうしてそんな事をしたと言うの?」
「目的はわからない。だが議長は何か大きなことを仕出かそうとしている様に思える。
 もしこの考えが正しければ次第に世界は二極化する。
 白か黒か、どちらかを選べと選択を迫られることになるだろう。
 そんな中、どちらの色にも染まらない存在は議長にとって邪魔以外の何物でもない。」

 誰もが口を噤みハイネの言葉を振り返るがあまりにも突飛過ぎてついていけず顔を見合わせては首を振る。
 しかしカガリだけが完全に顔色を無くしていた。

「ハイネ・・・フェイスとして、プラント側の人間としての意見を聞きたい。
 目的はわからないが私には議長が世界の絶対的なリーダーになろうとしている様に思える。
 仮に彼が世界を動かす程のリーダーとなり力を発揮するようになったとしたらどう思う?」
「その意見については微妙だな。
 最初に言ったがザフトはプラントの防衛の為の組織だ。
 争いを無くす為と言われれば同胞を守る事に繋がるならば従うし支持もする。
 だがナチュラルとコーディネイターの確執は誰かに言われてどうにかなるものじゃない。
 人の意識を、価値観を変えていくには何十年・・・何百年もかかる。気の遠くなるような時間と努力が必要だ。
 宗教戦争は千年単位。プラントの為ならば無理して世界のリーダーになる必要は感じないな。」
「ならば・・・彼の目的はプラントの国益ではないな。
 ハイネも私と同じ答えに行きついている。
 目的はさておき世界の二極化が手段の一つであるならばオーブは再び選択を迫られる。
 しかしもう同じ過ちは犯せない。オーブは中立国。もうその立場を変えてはならない。
 黒海で散った者達の為にも私は、中立を謳うオーブを守らねばならない。
 議長が何を考えているのか確認する為にも情報が必要だ。
 マリュー・ラミアス、オーブへ向かってくれ。何としてもオーブに戻りウナトと会わねばならん!」
「わかりました。」

 マリューは頷き操縦桿を握るノイマンへと視線を向ける。
 ノイマンは心得たと頷きインカムを装着し現在位置の確認を始めた。

「現在位置確認、進路変更。これよりオーブへ向かいます。
 南西方向海岸より海中移動。各部潜航準備を始めて下さい。」

 とにかくオーブへ。
 目的地を確定し動き始めるアークエンジェルのブリッジは慌しくなり始めた。
 艦長であるマリューを残しカガリとキラがブリッジに出ようとした時、ハイネはぽつりと呟いた。

「俺としてはこんな考え自体俺の妄想だと思いたいが・・・・・・この考えに至った理由がある。」
「・・・ハイネ。その話なら後で聞くよ。」
「今、全員に聞いておいて欲しいんだ。」

 その言葉にブリッジに緊張が走る。
 誰もが仕事をしながらも耳はハイネの声に集中させた。
 全員の注意が自分へと向けられている事を確認するとハイネは深く深呼吸し話し始めた。

「戦争の始まりはアーモリー・ワンの襲撃とブレイク・ザ・ワールドだ。
 だが、これらの情報を議長は本当に事前に知ることは無かったんだろうか。」
「なっ・・・!? 何を馬鹿な事を言っている。プラントへの被害だって相当なものだったじゃないか。
 あの事件でプラントがどれだけ苦しい立場に立たされたと思っている。
 プラント最高評議会議長ともあろう者が情報を手にしながら事前に対策を打たなかったと言うのか!?
 そんな愚かしい事をするはずがない!」
「何だかんだ言ってもやっぱりアンタはオーブの国家元首だ。
 だが俺はこれまでの経緯から察するに議長はプラントの国益の為に動いていないと考えている。
 同じ事をカガリも言っただろう。」

 あまりと言えばあまりの言葉に真っ先に否定したのはカガリだった。
 思い出すのはアーモリー・ワンでの議長との会談。
 自分の力不足を実感し遥かに上手なギルバートの政治家としての手腕を感じたカガリにとってその能力の高さは理想的だった。
 そのギルバートが情報を手にしていたならもっと上手く立ち回るはずだとハイネを睨むカガリにハイネは嬉しそうに、けれど何処か淋しそうに微笑みながら答える。

「そうか・・・状況がおかしい上にタイミングが悪過ぎる!」

 弾けた様に叫んだキラの言葉にカガリやミリアリアも唖然とした顔で互いの顔を見合わせわからないと首を傾げた。

「ミリアリア、アーモリー・ワンの事件の詳細は知っているよね。」
「勿論よ。その場にいたんだもの。
 連合が強奪部隊を潜入させて最新鋭の機体、カオス、アビス、ガイアの三機の奪取に成功し逃亡しようとしたけれどミネルバは直ぐに残ったインパルスを向かわせた。
 しかし逃げられミネルバは急遽出航。その後強奪部隊は捕まえられないままユニウス・セブン破砕活動へ向かい、地球へ降下した・・・。」
「そう、強奪部隊は三機奪ってさっさと逃げた。
 って事は強奪する為に潜入したMSパイロットは三人だけって事だ。
 それっておかしくない?」
「何で? 手に入れた情報が三機分だけだったからでしょう?
 それかインパルスの情報は手に入れても別の場所にあったらか手を出せなかったんじゃないかしら。」
「三機の情報が流れたのは確かだと思う。だけど実際にザフトが開発していた機体は五機。
 三機だけの情報が流れていたとしても他に開発されていないかの確認を取ろうとするから詳細は知らなくても噂程度の情報なら入手可能のはずだ。
 完成していなかったセイバーは首都近くのザフトの軍事ステーションにあったから情報があっても手が出せなかったと考えられる。
 けれどインパルスは完成していてミネルバにあった。
 奪えなくても破壊くらいは考えるんじゃないかな。」
「え? でも・・・。」
「確かに。奴らは追撃の手を緩める為に奪った機体で真っ先に周囲のMSと施設の破壊を行った。
 それに潜入したからにはザフトに内通者がいたはず。ミネルバに直接アクションを起こせなくとも強奪を成功させる為にミネルバ近くでの陽動くらいは内通者に行わせたはずだ。」

 キラの言葉に賛同する様にカガリが言葉を継ぐ。
 続けられる話にミリアリアだけでなくマリューや他の仲間達の顔色がだんだんと悪くなっていった。

「動揺を誘ってその隙に破壊できればよし。失敗しても僅かな時間稼ぎくらいにはなる。」
「それってつまり・・・。」

 認めたくない。認められない。
 声を震わせて問うミリアリアに答えたのはハイネだった。
 彼もやはり、顔色が悪かった。

「推測の域を出ないがプラント側の人間が意図的に機密情報を流した可能性があると言う事だ。
 通常ならば直ぐに最高評議会を招集して調査委員会を設置して対応するがその為には重要人物が欠けていた。」
「つまり・・・ミネルバが襲撃されなかった事、議長がミネルバに乗り込んだ事、直ぐにミネルバが出航し議長がおいそれとプラントに戻れない状況におかれた事全てが、議長が目論んでいた計画の一部に過ぎないという事か?
 普通なら鼻で笑ってバカな事言うなと説教してやるがな。」
「だがカガリ。笑わないって事は議長に不信感を抱いているって事だろう?」
「・・・まあな。」

 肯定するカガリに「何を馬鹿な事を。」と窘める者はいない。
 彼女は私情に走って妄想を語っているのではない。可能性の一つとして言っているのだ。
 そしてそれはきっと間違いではないと誰もが思い始めていた。

《眩暈がしそう・・・。》

 ハイネの、カガリの、キラの言葉が正しければアークエンジェルは完全に後手に回っている。
 オーブや他の中立国もこのままでは苦しい立場に立たされるだろう。
 それでも確認せずにはいられない。彼らの話を否定したい衝動に駆られながらミリアリアはまたキラに問いかけた。

「キラ、タイミングが悪過ぎるって言うのは・・・?」
「議長が乗り込んだままミネルバは追撃の為に出航した。
 けれど最高評議会としては対応が遅くなっても議長なしのまま委員会の設置、委員の選出を行おうとしたはずだよ。
 そこへ飛び込んできた情報は強奪事件も吹き飛ぶようなとんでもない事件だった。」
「ユニウス・セブンの軌道がズレ始め地球への衝突コースを進んでいる。
 地球に住む何十憶という人間の生命が危機に晒されている状況で強奪事件の調査をのんびりやってられるわけがない。」
「プラントにとってはタイミングが悪過ぎるよね。しかも実行犯がコーディネイターともなると非難の嵐は避けられない。
 開戦まで秒読みになるのは極当然の流れだ。このままだとプラントが一方的に悪いって事になるけれど議長はミネルバに活躍させて挽回させる予定だった。けれど嬉しい誤算が生まれる。」
「私が非公式ながらオーブから全てを発表すると言った事か・・・。」
「それもあるだろうけど・・・私はもう一つあると思うわ。」
「ミリアリア?」

《私には否定できない。だって気づいてしまったもの。
 もし議長が何もかも計算して動いているのであれば・・・あの事だって計算に決まっているのだから。》

 ごくり

 口の中に溜まった唾を飲み込みカラカラに乾いた喉を潤わせ深呼吸する。
 これから言う事は友人を傷つける。
 けれど言わなくてはとミリアリアはキラを見据えて話し始めた。

「マユちゃんよ。あの子が残ったのは偶然。
 議長の立場として大気圏突入ギリギリでの破砕運動は危険だからとマユちゃんを避難させようとした。
 けれど・・・ミネルバとアークエンジェルをダブらせて考えるならスーパーエースも必要よ。
 しかも自分の意のままに動く者でなくてはいけない。
 アスランを欲しがっていた理由がそこにあるならばマユちゃんは自分の力の及ぶところに置いておきたいはず。
 最初は施設に人を送る程度に考えていたかもしれない。
 だけどマユちゃんは残り、開戦の為にオーブからの帰国も難しくなった為ミネルバはマユちゃんを乗せたまま戦場へと赴いた。
 そしてシンはオーブ領海近くで信じられない戦果をあげたそうね。」
「まさか!」
「マユちゃんはアスランに対してだけでなくシンに対する人質兼カンフル剤。議長が計画の一環としてミネルバに残している可能性があると、私は思うわ。」

《マユを・・・始めから巻き込むつもりだったの!?》

 ミリアリアの言葉に衝撃を覚えキラはその場で凍りついた様に動かなくなる。
 声を無くしているキラに代わりカガリが両手を握りしめ激情を抑えながら呟いた。

「誤算も上手く取り込んでいく・・・か。臨機応変によくやってくれる。」
「戦争が始まればミネルバの活躍の場が増えて名声も上がる。」
「本当に妄想で終わってくれれば嬉しいけど・・・もしもこれらの推測が真実に近いのだとしたら彼は何をしようとしているんだろう。戦争で多くの人が犠牲になっているのに、それを防ぐどころか煽ってまで彼は何を求めているんだ。」
「この考えが正しいかどうかはザフトの出方次第でわかる。
 言っただろう。議長はロゴスとの対決より先にアークエンジェルを落としに来ると。
 これは推測が外れていなければの話・・・・。」

 びーっ びーっ びーっ

 ハイネの言葉は警報音にかき消された。
 突然鳴り響く警報にブリッジがざわめく。
 索敵を担当していたチャンドラが焦った様子で悲鳴に似た声を上げた。

「レーダーに反応あり! 一・・・二・・・予測進路からアークエンジェルを追っていると思われます。
 これは・・・ザフトの地上部隊の艦です! 更に後方にミネルバ!!!」
「どうしてザフトがいきなり!?」
「さっき話しただろう。議長はミネルバを正義の味方にしたがっている。
 だが困った事にこの世界には『正義の味方』と呼ばれる艦が二隻もあって一隻は議長の言いなりにはならない。
 くそっ・・・何もかもお見通しかよ。多分とっくの昔に網は張ってあったんだ。」

 ハイネが振り返ると先程まで毅然として話をしていたカガリが呆然とした表情映し出されたミネルバの映像に見入っていた。
 推測と実際に目の当たりにした事実では認識の差があるのだろう。
 けれど彼女にはわかってもらわなくてはならない。そして彼に立ち向かえる可能性を秘めているのはカガリだけなのだ。

「『正義の味方』は二つもいらないだろう?」

 ダメ押しの様に降ってきた言葉にカガリは拳を握りしめ、キラは弾けた様にブリッジを飛び出した。


 続く


 アークエンジェルの面々の推測(もどき)に関する突っ込みは勘弁して下さい・・・。
 これがSOSOGUの限界ですから。

 2007.11.17 SOSOGU

 (2007.12.1 UP)

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