〜ダイキライ〜


 ずばん!

 大きな物音にその場にいた全員の視線が集中する。
 物音の原因と見られる雑誌はそのまま重力に引かれズルズルと下へと落ち、最終的には床へとその中身を見せつけるように開かれた状態でその存在を誇っている。
 雑誌の下から現れた顔は現在ザフトでも珍獣並に数が少ないとされるフェイスの一人、アスラン・ザラ。
 対して雑誌を投げつけたのはジュール隊より異動してきたアビー・ウィンザー。

《《《あ、前にもこんな事する子がいた。》》》

 顔を真っ赤にし息を荒く吐きながら腕を投げつけた時のまま上げているアビーの姿に皆、ひどく懐かしく感じた。

「貴方とエルスマン副官がどれほど親しいお付き合いをされていようと構いませんけどね。
 それに私を巻き込むのは止めて下さい! 間違ってマユちゃんが見たらどうするつもりです!?」
「い・・・いたひ・・・。」
「イタイのは私の方です! 直接マユちゃん宛てに出来ないからと絵本を私に送ってきたのは理解出来ます。
 特にジュール隊長推薦の童話絵本は有難いと思いますよ?
 でもね。いくら送料を浮かす為とは言え、ほのぼのした差し入れの中から貴方宛ての『如何わしい本』を見つけた私の気持ちがわかりますか!?
 しかも直ぐ傍で絵本の差し入れを知ったマユちゃんがいたんですよっ!
 危うくマユちゃんの目に触れる前に隠しましたけどタコ糸でバンジージャンプを強要された時のような恐ろしさで激しい動悸に襲われて、あああああっ! 貴方達はどれだけ常識知らずなんですか!!」

《《《まあ、気持はわかる。》》》

 喚き散らすアビーは普段の彼女のイメージからはかけ離れており、その怒りと動揺がどれほどのものかは床に落ちた雑誌から察する事が出来る。
 開かれたページには申し訳程度の布切れ(多分水着だが本当に水に入ったら直ぐに流れて行ってしまいそうなほど儚い)で局部や胸を隠した美女が見開きで映っていた。
 美女もセクシーさを意識したポージングで挑発的な視線をこちらに向けている。
 恐らく他のページも似たり寄ったりな写真が沢山載っていることだろう。
 映っている女性の美貌とスタイルの良さに《個人的には後で見せて欲しいな〜。》と男性陣が思う中、女性陣が軽蔑の目で鼻を赤くしているアスランを見つめる。

「あ・・・アビー・・・・・・俺には何が何だかわからないんだが・・・・・・。」
「だったら今理解して下さい。
 貴方宛ての差し入れをエルスマン副官が送料を浮かす為に私宛に送られたマユちゃんの絵本の荷物に紛れ込ませていたんです。しかも事前連絡も何もなしに!」
「す・・・すまない・・・・・・。」
「お分かりいただけましたらソレを即刻処分して下さい!」

 Go away!

 とでも言うようにドアを指差すアビーの様子に逆らう気は起きない。

《流石はフレイの代理で入った女性だ・・・侮れない。》

 本当はアークエンジェルの事を含めてアビーと話したい事があったのだが今の彼女ではとても自分と会話してはくれないだろうとアスランは床に落ちた雑誌を手に取る。
 直ぐにダストシュートにでも放り込もうかと思ったのだが・・・手にした雑誌を見て考え直した。

《そうだ・・・何故ディアッカは直接俺じゃなくアビーに送った?
 しかもイザークからのマユの絵本に紛れ込ませる様に・・・まるで監視の目を欺く為の・・・っ!?》

 雑誌の表紙には「特別企画」の文字の後に有名なモデルの名と思われる女性名が続き最後に「袋とじ」の言葉が印刷されている。そこにディアッカが態々こんな送り方をした意味があるのでは無いかと思いアスランは素直にリラクゼーションルームの入口へ向かう。
 振り返ると怯えた様にルナマリアに縋るマユの姿。その前にはこちらを睨みつけてくるアビーの姿がある。
 眉間に皺を寄せてイラついた様に右足を踏み鳴らすアビーは腕を組んでいるにも関わらず右手の人差し指が伸び切っていた。
 ただの癖かと思われるがアスランにはそれが時間を意味するのだろうと察し黙って出て行った。



 * * *



 ミーティングルームではパイロットスーツに身を包んだシンがヘルメットを手にモニターを睨んでいた。
 彼の傍にいるのはレイだけだった。ハンディパソコンを手にモニターに映るアークエンジェルと援護するフリーダムを見つめながら情報を修正しているのか片手でキーボードを打ち続ける。

 ぴーっ

 小さな電子音と共にハンディパソコンからメモリを取り外すとレイはそれをシンへと差し出した。

「最終チェックは終わった。これまでのシミュレーションで十分だとは思うが念には念を入れておいた方がいいだろう。」
「レイ・・・俺は、絶対にフリーダムを討つ。」
「ああ、お前になら出来る。それだけの力をお前は持っているからな。」

《ステラの仇・・・・・・俺の父さんと母さん・・・『マユ』もアイツに奪われた。
 マユの両親だってアイツは殺した。
 アイツがいるから世界は平和にならない。
 アイツを倒せば、世界は平和になる。》

「シン、わかっているだろうが絶対にフリーダムの・・・。」
「わかってる。原子炉には気をつけるよ。初期の設計通りなら一番硬いのは原子炉周辺だろ。
 原子炉への直接攻撃はしない。」
「そうだ。もし原子炉を破壊すれば核爆発で一番近くにいるお前は吹き飛ばされてしまう。
 それだけは絶対に駄目だ。お前は帰ってこなくてはならない。
 フリーダムを倒して終わりではないからな。ギルは、世界の平和の為にロゴスを倒したいと願っている。
 その為の力としてお前は必要とされているんだ。それに・・・。」
「レイ?」
「・・・いや、何でもない。勝てよ、シン。」
「ああ、俺は必ず勝つ。」

《皆の仇を取ってみせる!》

 ヘルメットを持ち直しミーティングルームを出て行くシンの背中から強い怒りを感じながらもレイは静かに見送った。
 ギルバートの協力者としては頼もしい姿だった。
 けれど・・・

《今の俺にシンの友を名乗る資格など無いのに。
 俺は何を言いかけた?》

 ざわりと胸に広がる影を感じる。今までに無かった嫌な感覚はレイの嫌うソレとは質の違うモノだった。
 既にドアは閉められシンの姿は消えている。
 今頃通路を歩き格納庫に向かっているだろうシンを止めようと思えば出来なくはない。
 けれど足は床に張り付いた様に動かない。
 動かない理由はよくわかっていた。レイはギルバートを邪魔する者を許せない。
 その一方で泣く者の悲しみを想い胸が詰まる。

《嫌われたくない。》

 今更後悔しても遅いとわかっていても苦しい。
 真実を知ればシンも自分から離れて行くとわかっているからこそレイは口を噤む。
 絶対にシンに言えない真実。

《フリーダムのパイロットが何者か知っているなんて・・・・・・。》

 目を閉じればインパルスの発進シークエンス開始のアナウンスが聞こえる。
 レイはこれから失われる笑顔との別れをしていた。



 * * *



 追い縋るザフトの艦を下手に撃つ訳にはいかない。
 どうにか振り切るには海を目指すしかないだろう。
 待ち伏せも考えられたが索敵レーダーとこれまでの情報を総合して海で待ち伏せている艦はないとハイネとカガリは判断した。


『本当にアークエンジェルを倒したいなら動きを予測していた時点で確実な手を打ってくるはずだ。
 だが待ち伏せていた艦の数は少なく奴らも追撃しながらも決定的な攻撃をしてこない。』
『議長がミネルバを英雄にしたがっている証拠だろう。ならば私達にはそれこそが勝機だ。
 ミネルバさえかわせれば追撃を振り切る事は可能だ。尤も・・・追撃部隊が議長の命令を遵守しようとすればの話だが。』
『艦長、海までの距離は?』
『まだ遠いわ・・・それにミネルバの姿を視認しているのにインパルスが出てこないのが気になる。』
『キラ、必ず戻って来い。私だけでは、ラクスだけでも何も出来ない。
 仲間の力があって初めて現状を覆す力になる。だから・・・。』


 目を閉じて発進前の双子の姉の言葉を思い出す。
 ぎゅっと操縦桿を握り再びモニターを睨みつけた。
 追い縋って来たザフトのMSは全て落としたが後一機、まだ姿を現さないインパルスとの戦いを思いキラは高鳴る胸を必死に抑えようとする。

《わかってる・・・彼が僕を恨んでいる事は。
 親の仇、妹の仇、そしてエクステンデットの仇・・・。
 もしかして僕の両親まで入っているかもね。
 けれど譲れない。
 僕は決めたんだ。大切なものを守る為に戦うって。
 だから君も守るよ、シン・・・・・・。》

 コクピット内に警戒音が鳴り響く。
 耳に飛び込んで来るのはミリアリアの声。
 モニターにはインパルスが映っていた。

《例え君が望んでいなくても。》

 ガキン!

 剣を切り結んだ瞬間、衝撃がコクピット内にも響いた。



 * * *



 部屋に戻ったアスランはペーパーナイフで雑誌の袋とじ部分を切り裂いた。
 モデルが写るページには目もくれず何ページか捲って何かないかを探すアスランの目に折りたたまれた白い紙片が目に付いた。

「これか!」

 手が震える。中身は予想出来ていても万が一という可能性を考えると結果が恐ろしかった。
 紙が開かれる音が部屋に響き、完全なる静寂が支配した。

《わかっていたさ。わかっていたんだ・・・。
 だが、実際に結果を突きつけられるとどうしていいのかわからなくなるものだな。》

『アスラン・ザラとマユ・アスカの遺伝子を検証比較した結果、97%の確率で両者の血縁関係が認められる。』

 どこか遠くの世界で起こった事のように漠然とした感覚で検査結果を受け止め、ラストに記載された検査を担当した人物の名を確認しアスランは瞠目する。

「タッド・エルスマン・・・ディアッカの奴、父親に頼んだのか・・・。
 と言う事は完全に筒抜けだな。」

 だからと言って責める気はない。
 どこまで議長の手が伸びているか分からない以上、確実な人物を探して父親に行きついたのだろう。
 苦笑しながら紙を折りたたみ胸の内ポケットにしまうとインターフォンが鳴った。

《ああ、10分経ったのか。》

 無言でドアを開けると其処には先ほど般若も裸足で飛び出すほどの怒りを見せつけてくれたアビーが立っている。
 いつも通りの平静さを取り戻している同僚の姿にアスランは微笑みながら問いかけた。

「見事な演技だったな。」
「あら、演技なんかじゃありませんよ。
 何の連絡もなかったというのは事実ですし、本を見つけた時にマユちゃんがいたのも事実です。正直焦りましたよ。
 でもジュール隊に所属していた時間はそんなに短くはないですし、ふざけた方ではありましたがディアッカ・エルスマンという人物がこの状況で悪趣味なジョークをかます人じゃないとわかってましたから・・・何か意味があったのだろうと。」
「それにしたって皆の前で顔面に本を叩きつけるっていうのは・・・演技じゃなかったら何だったんだ?」
「私もいい加減ストレス溜まってましたし、気晴らしです。」
「流石はジュール隊・・・いや、やはりイザークの部下と言うべきか。」
「お褒めに預かり光栄ですわv」
「ホメテナイ、ホメテナイ。」

 パタパタと手を振って否定するとアスランは部屋に備え付けてあるダストシュートに問題の本を放り込む。
 ストンと軽い音を立てて吸い込まれていく本を見送りアビーは言った。

「用は済みましたか?」
「ああ、紙切れ一枚に雑誌一冊とは。面倒だが仕方ない。」

 ぽんぽんと胸の内ポケットの辺りを叩きながら答えるアスランにアビーは微笑み手を差し出した。

「何だ?」
「怒鳴ったら喉が乾いた。カード忘れたから持ってくるって言って出てきましたから。」
「たかるな。」
「良いじゃないですか。マユちゃんの分もお願いしますね。」
「・・・君はどこまで知っているんだ?」
「何も。でも、別れた時のフレイやジュール隊長の様子がおかしかったから。
 貴方も多分マユちゃん絡みだろうと思いまして。
 で?」
「でって・・・何だ?」
「どのモデルがお好みで?」
「君、俺のこと全然信用してないだろ!」
「あら雑誌を切り抜いたんじゃなかったんですか?
 誰かを知られたくないから捨てたのかと。
 不味いですものね〜ラクス様という婚約者がいながら他の女性が好きだなんて。」
「あのなぁっ!」

 茶化すアビーにアスランが反論しようとするが直ぐにその声は封じられた。

「インパルスが発進しました。」

 びくっ

 静かに響くアビーの言葉にアスランは肩を震わせた。
 けれどアビーは構わず話を続ける。

「今頃、交戦しているものと思われます。
 ご覧になられますか。」
「・・・当たり前だ。」
「それにしても意外でした。貴方は絶対にアークエンジェルへの攻撃に反対されると思っていたのに随分冷静ですね。」
「そんな事はとっくにやったさ。」

 アスランの返答にアビーに動揺はない。既に予想していたのだろう。
 ただ黙ってアスランの言葉を待つ。

「命令を受けた時、俺と艦長は一緒だったからな。
 グラディス艦長と話して直ぐに。だがフェイス二人の連名にしたって指令部の返答は変わらなかった。」

【その目的も示さぬまま、ただ戦局を混乱させ戦禍を拡大させるアークエンジェルとフリーダム。
 今後の情勢を鑑み、放置できぬこの脅威を取り除く。】

 教本通りの隙のない言葉。
 確かに一見する限り目的はわからないし戦局を混乱させている様に見える。
 だがザフトは馬鹿ではな。フリーダムの戦いぶりとアークエンジェルの攻撃パターンなどとっくに検証済みのはず。そこに彼らの意思は見えているはずなのに敢えてそれを無視した回答にアスランは悔しさを覚えた。

「本国の決定だと言われて俺達フェイスにこれ以上何が言える。
 それでもと食い下がりたかったさ、俺も。それは艦長だって同じだろう。」
「あの艦にはアスハ代表が乗っておられるようでしたが。」
「黒海でのユウナ・ロマ・セイランの攻撃決定からあれはアスハ代表ではないとプラントも判断した。
 その場にいた誰もが本物だとわかっていても国は偽者と断じた。
 くそっ!」

 だん!

 やり場の無い想いを抱え壁に八つ当たりするアスランを見ても、予想以上に大きな音が響いてもアビーの表情は変わらない。そんな事には彼女はとっくの昔に慣れていた。

「壁が傷むからやめて下さいね。」
「アビー。」
「手も、いつかの為に大切にして下さい。」

 アスランを追い越し先に部屋を出てアビーは振り返った。
 その顔には微笑みが浮かんでいる。

「この先、何も出来ないと決まったわけではないでしょう?」

 その言葉だけがアスランの救いであり希望である事に間違いはなかった。



 * * *



「まるでこちらが決定的な攻撃を仕掛けられないとわかっているような包囲網ね。
 取り舵10、台地の前に回りこんで!」

 マリューの指示にノイマンが苦々しげな表情を浮かべ舵を取る。
 追い縋るザフト艦をバリアントで牽制するがフリーダムの援護がなければ際どいものだった。
 放たれるミサイルもフリーダムが撃ち落としてくれたから何とかなったのだ。
 フリーダムが出てきたMSを全て沈黙させたが新手が現れアークエンジェルは再びMSからの攻撃に晒される。
 またフリーダムを頼りたいがインパルスが出てきた事でそれも出来なくなる。

「艦長、これでは沈みます。出撃の許可を!
 認められないと言うのであれば、せめて我らのムラサメ隊を!!!」
「ダメだ。そうして撃たせる事でアークエンジェルを完全に悪役に仕立てるつもりだと考えられる。
 ムラサメ隊が出ればオーブが責を問われる。」

 焦れたアマギがマリューに意見するがその言葉を切って捨てたのはハイネだった。
 確かな話ではないが可能性が高い以上ハイネの言葉に反論する事が出来ずアマギは舌打ちする。
 だがハイネも焦れていた。

《くそっ・・・せめてオーブ製でない機体があれば俺も援護に出られるのに。
 沈めるわけにはいかない。この艦を、絶対に。》

 今頃ミーティングルームに集まっているタケミカズチ所属だったムラサメ隊の隊員達も悔しがっている事だろう。
 だが悔しいのはハイネも同じだった。
 ハイネに宛がわれた機体も多少仕様は違うがムラサメである事に違いはない。
 どんな理由であれザフトがアークエンジェルを敵と見做している以上、ムラサメがこの場でザフトを撃てばオーブが関与していると見做され矛先はオーブにも向けられる。

「力があっても使えないってのは・・・無力と同じなんだな。」
「今は使う時じゃないだけだ。ムラサメ隊は一機も欠かさずオーブに連れて帰る。
 彼らの力はオーブにあって初めて最大限に発揮されるんだ。だから・・・。」

 答えながらも悔しいのはカガリだって同じだった。
 けれどキラは発進前に彼女に言った。

『カガリ、僕が守る。だから絶対にムラサメ隊を出しちゃダメだ。
 君もブリッジから出ないで。絶対にオーブに送り届ける。だから!』

 副操舵席に座るカガリはの耳に状況を知らせる声が次々と飛び込んでくる。

「フリーダム、インパルスとの交戦が始まりました!」

 CIC担当のミリアリアの言葉にカガリはキラの無事を祈った。



 * * *



 はぁああ―――っ!

 一度切り結んだ後、互いに下がり距離を取るがインパルスは間髪おかずビームを撃って来た。
 当たりはしないがその行動にシンの怒りと本気を悟りキラはモニターに映るインパルスを見つめる。

「!? アークエンジェルが!」

 モニターの向こう、アークエンジェルの行く手に大きな影を見つけキラは戦慄する。
 いつの間に回り込んだのかミネルバの姿を確認しザフトが確実に『ミネルバにアークエンジェルを討たせる』為に布陣したのだと知ったものの自分はインパルスで手一杯。

《ううん、アークエンジェルを守ってきたのは僕だけじゃない!》

 インパルスと距離を取りながらアークエンジェルを再び見るとミネルバの砲台が光ると同時に大きく艦体を傾ける姿が見えた。山肌近くのギリギリの距離でバランスを保ち一度は垂直状態にまでなったアークエンジェルが再び安定した水平状態へ戻って進んで行く。
 咄嗟の判断でここまでの操舵をしてみせる人物はただ一人。

「不沈艦の名は貴方のおかげでもあった・・・。
 頼みましたよノイマンさん・・・皆も持ちこたえて。」

 再び撃って来るインパルスにキラはアンチビームシールドを構え弾く。
 避けられない戦いを思いキラはアークエンジェルを追う様に海へ向かいながらインパルスを見つめるとスピーカーから響く声があった。
 通常ならアークエンジェル以外の通信は入ってこない。一つの例外と言えるチャンネルを除いて。

【ザフト軍艦ミネルバ艦長、タリア・グラディスです。
 アークエンジェル、聞こえますか。】

《グラディス艦長・・・!》

 この場面で対峙する敵艦相手に国際救難チャンネルなどあり得ない。
 こうして呼びかけている間にも敵から攻撃を受けるかもしれないのだ。
 つまり・・・。

《こちらにミネルバを撃つつもりがないと彼女は確信しているのか。》

 別の意味で厄介だと思う。攻撃できない事を知られていると言う事はこちらの手の内を晒している事と同じなのだから。
 アークエンジェルは勿論、この放送はインパルスにも聞こえているはず。
 放送の内容によってシンがどう出てくるのか、緊張しながらキラは次の言葉を待った。

【本艦は現在、司令部より貴艦の撃沈命令を受けて行動しています。
 ですが、現時点で貴艦が搭載機をも含めた全ての行動を停止し投降するならば、本艦も攻撃を停止します。】

 どう!

 避けたものの際どいところ。向かってくるインパルスがビームライフルを構える姿を見止め、キラはシンの気持ちはもう誰にも止められない事を察した。

【警告は一度です。以降の申し入れには応じられません。
 乗員の生命の安全は保証します。貴艦の賢明な判断を望みます。】

《マリューさん・・・どう応じる。》

 出来るなら戦いたくない。戦わなくて良い道があるならばキラ達だって望んでいた。
 けれどハイネの言葉と皆で立てた推測を思うと折れるわけにはいかなかった。
 この状況がどれほどアークエンジェルに不利で危ういものかはわかっている。
 ミネルバはアークエンジェルの撃沈命令を受けたと言った。
 そんな中、タリアの申し出は彼女の精一杯だろう。多分、彼女も何かに気付いている。
 ザフトにも疑問に思う者がいる。それを知っただけでキラには十分だった。
 自然と手は動きキーボードを叩き始める。アークエンジェルに「海へ」と送ると直ぐに返答する声が響いた。

【アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスです。】

 端にあるモニターに艦長席に座るマリューの姿が映る。
 今頃ミネルバのブリッジは騒然としているだろう。
 オーブでミネルバの修理を担当した技師、マリア・ベルネスの姿を思わぬところで見つけたのだから。

【貴艦の申し入れに感謝します。有難う。】

《この場面で感謝の言葉を言えるなんてマリューさんらしい。》

【ですが、残念ながらそれを受け入れる事は出来ません。】

 キラは再びぎゅっと操縦桿を握る。
 正面モニターに映るのはインパルス。ただ避けるばかりのフリーダムに焦れてくるはず。
 上手く攻撃を受け流さなくてはとキラはビームサーベルを構えた。

【本艦にはまだ仕事があります。
 連合かプラントか。
 今また二色になろうとしている世界に、本艦はただ邪魔な色なのかもしれません。
 ですが・・・だからこそ、今ここで消えるわけにはいかないのです。】

《そう、僕らはここで終われない。守りたいものの為に。》

 迫るインパルスが見える。スピードと勢いからシンの怒りがわかる。
 キラは一粒だけ涙を零した。

【《願わくば、脱出を許されん事を。】》



 * * *



 再び切り結んだ後、今度はフリーダムのビームライフルが光った。
 距離を取りながら放たれたそれはインパルスの頭部に当たるかと思われたがインパルスは僅かに首を傾けて紙一重で避けて見せた。

「いっつもそうやって・・・やれると思うなっ!」

 僅かに動揺しているのだろう。
 一瞬フリーダムの動きが止まったのを見てシンはバーニアを噴かせて一気に距離を詰める。
 思い出すのはレイが調べたフリーダムの行動パターンと二人でやってきたシミュレーションだった。
 瞬間、自分の中で何かが弾けるのを感じ、全てがクリアに見えた。
 フリーダムの射撃を全て見切り避けきったインパルスは距離を更に詰めて行く。

『フリーダムは確かに動きが早い。射撃も正確だ。
 だがあの機体は絶対にコクピットを狙わない。
 狙ってくるのは決まって武装かメインカメラ。そこにインパルスの勝機がある。』

《レイの言った通りの場所を狙ってきた。
 撃ってくるところがわかっているなら攻撃を避けるのは勿論防ぐもの容易だ。》

『例え破壊されてもコアスプレンダーが無事なら問題ない。
 インパルス最大の特徴が強みになる。』

「シールドの使い方はビームを防ぐだけじゃないんだよ!」

 シールドを投げつけると同時にビームライフルをシールドに向けて撃つ。
 兆弾で軌道を変えたビームがフリーダムの肩を掠めた。

《今までは傷一つ付けられなかった。でも今は・・・いける!》

 一気に懐まで飛び込んでビームサーベルを振り切るが紙一重で避けられた上に避けたついでに切り替えしたサーベルで逆にインパルスの腕ごと頭部を切り裂かれた。普通の機体ならばここで終わり。
 けれどシンに動揺はなかった。

「メイリン! チェストフライヤー、フォースシルエット!」

 叫んでシンは全てのフライヤーを切り離しチェストフライヤーをフリーダムに放つとコアスプレンダーだけでフリーダムに突進していった。

《コクピットは撃てないんだろ!》

 予想通りフリーダムは避けきれないチェストフライヤーを受け止めた。
 しかしコアスプレンダーに攻撃を仕掛ける余裕はあるはずなのにその様子がない。
 シンはほくそ笑みライフルを放った。
 撃たれフライヤーが爆発した衝撃でバランスを崩したフリーダムが落ちていく間にコアスプレンダーはミネルバから射出されたフライヤーと合体し本来の姿を取り戻す。
 シンが再び迫る間にフリーダムは姿勢制御を取り戻し最初の一撃を避けるがインパルスは逃げるフリーダムの方向をわかっていたかの様に再び迫りサーベルを振る。

「アンタがステラを殺した!」

 シンの脳裏に蘇るのはフリーダムに砲口を塞がれスキュラのエネルギーが行き場を無くし内部から爆発し倒れて行くデストロイの姿。
 あの中にいたのは何も知らない、わかっていない無垢な少女。

「止めようとしたのにぃ―――っ!!!」

 振り下ろしたサーベルはまた避けられた。
 だが切り返してきたフリーダムのサーベルをインパルスは腹部の連結を外す事で避けてみせる。
 動揺した瞬間、フリーダムの背中に地上のMS隊からの援護と思われるミサイルが炸裂した。
 ダメージを負いながらも再びフリーダムはアークエンジェルを追ってインパルスを振り切ろうとするが、再び連結したインパルスが追い縋る。

「アンタは俺が討つんだ! 今日、ここでぇっ!!!」

 フリーダムがライフルを構えるが空かさず放たれたビームにライフルが爆発し失われる。

《これで奴の主な武装はサーベルのみ!》

 フリーダムが今まで使用してきた武器を振り返り確信するとシンは叫んだ。

「メイリン! ソードシルエットをっ!!」



 * * *



「これでは保ちません! ムラサメを!!」
「振り切って!」

 焦るアマギの声を無視しマリューは叫んだ。
 衝撃が走る中、モニターの向こうに見える光を確認し希望を見出す。

《もう直ぐ海岸線・・・!》

「非常隔壁閉鎖、潜航用意!」

 マリューからの命令に慌しく皆がパネルを打つ中、彼女はキラの乗るフリーダムを見た。
 ビームソード、エクスカリバーを投げつけフリーダムのシールドを弾く姿が映る。

《キラちゃん!》

 確実に追い詰められつつあるフリーダム。
 今まで絶対に負けないと信じてきたキラの窮地に助けに行きたいと心は叫ぶが現在のアークエンジェルの状況が許さない。
 ミネルバがこのまま自分達を見送るとは思えない。

《多分撃ってくる・・・確かミネルバの主砲は・・・。》

「ミネルバより高エネルギー反応。
 これは・・・陽電子砲です! 艦長っ!!」

 ミリアリアの悲鳴がブリッジに響いた。
 陽電子砲は防ぐ術はない。避けるにしても逃げ場所は・・・。

「艦長、海です! このまま潜航します!!」
「総員衝撃に備えよっ!」

 ノイマンの言葉にマリューが叫ぶと衝撃は直ぐに来た。
 少しずつ海に沈んでいくアークエンジェル。
 モニターに映るのは段々と迫って来る海面。

《このまま振り切れれば・・・・・・あと少し!》

「砲撃きます!」

 警報が鳴り響く中、衝撃は走った。



 * * *



 フリーダムが気を取られたのは一瞬だった。
 母艦アークエンジェルに放たれたタンホイザー、閃光の中に生まれたその一瞬の隙をインパルスは見逃さなかった。
 エクスカリバーを真正面に構え突進するインパルス。
 その瞬間までアスランは何処かで思い込んでいたのだ。

 キラが負けるはずがない。

 彼女の実力を知るからこその信頼。
 けれどアスランは見てしまった。
 インパルスが構えたエクスカリバーに貫かれるフリーダムの姿を。
 同時に海からの衝撃がミネルバを襲う。

 ごががぁあああっ・・・・・・・・

 水蒸気爆発も加え通常の倍以上の衝撃に襲われたミネルバは艦体を大きく揺らす。
 照明が点滅し皆が悲鳴を上げ衝撃で転ぶ中、ルナマリアにしがみ付いていたマユも衝撃に驚き手を放してしまう。

「きゃぁああっ!」

 転びそうになったマユの悲鳴に正気を取り戻したアスランが咄嗟にマユを抱き締める。
 腕の中にある暖かな温もりを胸へと引きよせそっと声をかけた。

「大丈夫か。」
「う・・・うん・・・・・・。」

 少しずつ収まっていく衝撃、一度はノイズで埋め尽くされたモニターが少しずつ外の明確な風景を写し始める。
 突然降り注ぐ雨、爆発により空に巻き上げられた海水だと気付きアスランは戦慄した。

《アークエンジェル・・・・・・まさかっ!?》

「おいインパルスだ!」
「何処だ!?」
「ほらあの煙の影! 爆発に巻き込まれて大分機体が破損しているみたいだけど・・・。」
「本当だ! 飛んでるよ・・・アイツ無事だ!!」

 やったぁああっ!!!

 ミーディングルームいっぱいに歓声が上がる中、アスランの腕の中で身体を震わていたマユは大きな瞳を潤ませて問いかけた。

「ねぇ、アスおにーちゃん。ママは・・・?」
「・・・・・・ママ・・・は。」
「ママは・・・フリーダムはどうなったの?」

 アスランは声を詰まらせた。
 マユは理解していた。フリーダムに乗っているのはキラだと。
 自分の母親なのだと。
 そしていま起こった衝撃の意味を、部屋中に響き渡る歓声の意味も、彼女は理解していた。

「おにーちゃんブジだって・・・。でも、ママは?」
「マユ・・・。」
「何でおにーちゃんたちはママをいじめたの?」

 答えられない代わりにアスランはマユを抱き締めた。

「何でアスおにーちゃんこたえてくれないの?」

 肩が熱く濡れる感触にマユを抱き締める腕に力を込める。

「マユのママはどうなったの・・・。」

 涙を零すマユの姿に気付いたのはアスランの他、僅かに三人。

「キライ・・・みんな・・・キライ・・・・・・。」

 ルナマリアがマユの言葉に唇を噛み締める。

「マユのママをかえして。かえしてよぉ・・・。」

 アビーが組んだ自身の腕を握りマユの言葉を噛み締め、レイはマユから視線を逸らした。

「おにーちゃんなんかキライ・・・・・・ダイキライっ!」

 弱々しく響くマユの声は歓声の中に消えた。


 続く


 この回は久しぶりにギャグを入れようとしましたが直ぐに重苦しくなりました・・・。
 やっぱ・・・展開上・・・ね。

 2007.11.18 SOSOGU

 (2007.12.23 UP)

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