〜失ったものの重さ〜


 デスティニーは基地のハンガーに戻り再びその色を失う。
 起動音が治まり、代わりにざわめく人の気配が騒がしい。
 コクピットから出ると複雑そうな表情で自分を見上げる仲間達とヨウランとヴィーノがいた。
 特に二人は険しい表情でシンを見ている。
 多分二人は知ったのだろう。自分がアスランとメイリンが乗ったグフを撃墜した事を。
 仲間だった二人を葬り去った事実を。
 けれどシンに何も言わないのは二人の裏切りを知らされているから。

《マユに会いたい・・・。》

 理解と感情は別物。
 頭ではシンの行動の正当性を理解しながらも皆の心がシンを責めているようでトゲトゲした視線と悪感情がシンを取り巻いた。
 シンはそんな彼らを責めるつもりはない。
 自分自身ショックなのだ。

《ルナはどうしてるだろう。》

 彼女にも妹の裏切りと撃墜は知らされているはずだから慰めてあげなくてはいけない。

《でも俺が? どんな顔をしてどんな言葉をかけてやれば良いって言うんだ。》

 冷静になり情報を整理すればするほど現実が重く圧し掛かる。
 歩き出そうとするシンに耳慣れた鳴き声が響く。

 トリィ!

 ハンガーに舞う若草色の小鳥。
 大きく旋回する鳥に向けシンが右手を伸ばすとトリィは翼を広げ舞い降り、差し出された手に止まった。
 羽を震わせ首を傾げる小鳥のマイクロユニットに驚いているシンの前に、また見慣れた物体が現れる。
 藤色のボールに似た球体型のマイクロユニット『ハロ』がぴょんぴょんと跳ねて自己主張する様に叫び出す。

 ハロゲンキ! オマエゲンキカ!

《何でハロとトリィがこんなところに・・・っ!?》

 慌てて周囲を見回すが辺りにいるのは整備士ばかり。
 その中に求める人影はない。
 ざわりと背筋に悪寒が走った。

「マユは・・・マユは何処だっ!?」
「シン!」
「レイ!?」

 狼狽するシンにレジェンドのコクピットからレイが叫ぶ。

「直ぐにハロを調べろ! 確かそのハロには収納スペースがあったはずだな!?」
「あ、うん! 中はマユの宝物が。」
「中を確認しろ! その中に本当にマユの物が入っているかをっ!!!」

 何を慌てているというのだろう。
 けれど常にない親友の狼狽ぶりにシンはごくりと息を呑みハロを手元に呼び寄せる。

 ハロ!

 一声叫ぶと同時にハロは真っ二つに割れた。
 ボディの真ん中にある僅かな収納スペースにはマユお気に入りの香水の瓶と・・・。

「マユの・・・ハロバッチ?」

 燦然と輝く羽付きハロはマユの軍服についていたものだった。
 妹がこれをつけていない姿を見た事がないシンは自分の見た物の意味を信じられず動けなくなる。

「くそっ!」

 だんっ!

 上の方でレイが悔しげな声を上げ、何かを叩く音が続く。
 何故レイがハロを調べろと言ったのか、何故ハロにはマユの携帯電話ではなくハロバッチが入っていたのか。
 頭の中でそれらが一本の線で結ばれたが心が結論を否定する。

「やられた・・・アスランは発信機の事を知っていたのか。」

 レイの言う発信機と先ほどの海での会話が出した答えに力を添える。

《嘘だ・・・。》

「シンの言葉をもっと確認すべきだった。」

《嘘に決まってる・・・。》

「直ぐに基地内の監視カメラの確認とマユを目撃している人物がいないか確認しなくては。」

《だってさっきのグフは・・・・。》

「何をしているシン。とにかく基地に戻るぞ!」

《俺が・・・俺が・・・・・・。》

「マユは撃墜したグフに乗せられていた可能性がある!!!」

《誰か嘘だと言ってくれっ!!!》

 喉が張り裂けそうな悲鳴が響き渡った。



 * * *



 ヘブンズベース

 そこはロゴスの最後の砦とも言える場所。
 基地内にはいつもはモニター越しに会っていた老人数名がジブリールを取り囲んでいた。
 憔悴感が強い彼らの中で唯一強気を保っているのは一番年若いジブリールのみ。
 だが彼らの憔悴ぶりも無理もない話だった。
 突然のギルバートの全面対決宣言。一気に自分達に牙を向けた人々。
 中には部下に裏切られ命を落とした者もいる。
 ここまで逃げ延びて来られた彼らもここに辿りつけたのは幸運を拾ったからとしか思えない状況にあった。
 通常ならば例えばらされたとしてもここまで酷い状況になっただろうか?
 きっとならなかったと老人達は考えていた。
 そもそもの発端はジブリールの暴走により三都市が破壊しつくされた事。
 無差別に市民を殺すジブリールに苦言にも似た攻撃中止意見を出したものの彼は聞く耳を持たなかった。
 あの日、三都市を破壊した様子を自慢げに話すジブリールを反目していた人物ならこの状況を何と言っただろうか?
 そう考え一人の老紳士が改めてメンバーが集まった部屋を見回す。
 するとジブリールが彼らが捜している人物が誰なのかを知っている様に答えた。

「『彼』なら来ていませんよ。
 何分ベルリン近くでのんびりと避難民の救助活動をしていたそうですからね。
 ロゴスメンバーだと民衆に知られて真っ先に殺されたそうですよ。」
「なっ!? ・・・助けなかったのか、ジブリール!!?」
「助ける? 助かりたいなら自分でどうにかするべきでしょう。
 避難民の世話を焼く前に自分の世話をするべきだったんです。
 自衛を怠るような人間に手を差し伸べる必要などありますか?
 しかも! 彼はザフトの人間にまで医療品に食糧、必要な資材を無償で提供していたそうです。
 私達の敵コーディネイターに協力する様な人間を、何故私が助けなくてはいけないのですか。」

 ワインを片手にせせら笑うジブリールに他のメンバー達は息を呑んだ。
 ロゴスに固い結束を望むなど間違っている。
 自分達は利用して利用されて共生関係を築いていただけだった。
 けれど感情がメンバーの死を嘲り笑う事に抵抗する。
 ジブリールに対し不快感を露わにするメンバーにジブリールは心外だと睨み返し話を続けた。

「一応調べさせましたが屋敷の荒れ具合は酷いものだったそうです。
 少しでも金目の物がないかと家具を全て打ち壊してまで調べた奴らがいたそうですから。
 けれど彼は上手く財産を隠したようで屋敷はそれほど広くないし地下室も見つからない、調度品も大したことないのに全く見つからなかったと民衆は彼の隠し財産を未だに探しているって話です。
 もしかしたら殺されたと言うのも実際は影武者で財産抱えてうまく逃げたのかもしれませんねぇ。」

 齎された情報にざわめき始めた老人達。その様子にジブリールは一人ほくそ笑む。
 こんな事を言いながらもジブリールは隠し財産など無い事を知っていた。
 そして殺されたのが本物である事も。
 財産が見つからないのは恐らく資産の全てを食糧や衣類など避難民受入れに必要なものに換えてしまったのだ。
 綿密な調査をすればわかるだろうが混乱している世界ではそれがわかるのは遠い未来か、永遠にわからないままのどちらか。
 また、ネットワークの構築にも金はかかる。
 現在避難民の救助と受け入れが上手くいっているのは陰で『彼』が手をまわした事が大きいはず。
 けれどギルバートの言葉に感化され暴動を起こした者達が自分達が今飢えずに生きていられるのが殺した『彼』のおかげであるなど思うはずもない。

《全く、無駄な事ばかりする人でしたねぇ。
 やはり娘をコーディネイターにするような人間は使えません。》

 ワインを片手にジブリールは自分の眼下にある機体を見た。
 三都市とベルリンを破壊し尽くした巨大なMSデストロイ。
 機体は五体。パイロットの一人はファントムペインに唯一残ったエクステンデット。
 ネオはジブリールの命令に逆らって彼らを大事に扱っていたようだが、それこそが間違いだったのだとジブリールは考えていた。

《駒に感情を寄せるから失敗するのです。
 他の機体に乗せるエクステンデットはまだ機能していた研究所から四体送らせましたし・・・少々未完成なところがあるのが気になりますが薬を多めに打てば問題ないでしょう。
 それに切り札はまだある。》

 自分を他所に話し続ける老人達は最後の砦である此処に希望を託している。
 勿論ジブリールもここでギルバートを迎え討ち勝利を得るつもりだ。

《だが、万が一という事はある。》

 手にしたワイングラスの中で血の色に似た液体が波打っている。
 それを全て飲み干すとジブリールは司令部へと向かった。



 * * *



《嘘よ・・・。》

 突然連行され憤慨していたルナマリアも平静ではいられなかった。
 保安部の兵士に暗い部屋の何もないテーブルの前に座らされ、自分が何故呼び出されたのか、基地内で何が起こったのかも説明された。
 突きつけられた写真を目の前にしてもまだ信じられない。
 テーブルの上にはアスランに手を引かれ大きなタオルの塊を抱えて走るメイリンの姿。
 妹が抱えているタオルから零れた紺色と先ほどの部屋の前でのやり取りでそれが『誰』なのかは容易に想像がついた。

《だって・・・メイリンは・・・。》

「そんなはず、ありません。」

《あの子は・・・私達を心配してた。議長の放送の後もそんな、自分の事よりも私の事、気にして。》

 声は震えている。怯えではなく悲しみで。
 目が熱くなり涙が溢れて来る。

「メイリンが、あの子が・・・そんな馬鹿な事するはずが。
 況してや!」

 バタン!

 ドアが突然開かれた。
 逆光で見えるのは人影。見張りの兵士が慌てた様子で中へ入ろうとする人物を止めようとするが後から来たレイが兵士達を押し止めた。
 暗い部屋に入り、テーブルスタンドで照らされた人物はその正体を明らかにする。

「シ・・・ン・・・・・・。」

 黒髪の陰からギラギラと光る赤い眼がルナマリアに突き刺さる。
 震える右手には白い画用紙が握られており、先ほどまでスパイを追跡、撃墜した戦士とは思えない様子にルナマリアは声もない。

「マユが・・・。」
「え?」
「――マユがメイリンと一緒だったって、本当か?」

 言われてルナマリアは知った。
 先ほどメイリンはアスランの乗ったグフと共に撃墜されたと聞かされた。
 妹の死に気を取られ忘れていたが、メイリンは確かにマユと一緒だった。
 それは自分が視認している。そして先ほどの写真にはメイリンに抱えられた『マユ』が写っていた。
 こうしてシンが確認してくる事こそが最悪のシナリオを意味している。

《・・・二人を撃墜したのは・・・・・・。》

「答えろルナ! マユは!! マユは何処にいるっ!!?」

 シンの悲痛な叫びを聞いた瞬間、溢れていた涙が頬を伝った。
 喉が詰まり上手く声が出てこない。
 それでもルナマリアにはシンに話す義務があった。

「マ・・・ユちゃん・・・は・・・・・・。」
「マユはっ!?」
「・・・メイリンと・・・一緒・・・だった・・・・・・。
 多分、アスランと・・・逃げた時・・・も・・・・・・。」

 ガタン!

 告げられた答えにシンは倒れかけ左手をテーブルにつく。
 衝撃で乗せられていた写真が舞い床に落ちた。
 落ちた写真を目で追うと其処にはメイリンに抱えられたマユの姿と、タオルの間に紛れているピンク色。
 ハロの中から消えた携帯電話がシンの脳裏に蘇る。
 右手から力が抜け画用紙が落ちた。
 マユが描いたと思われる黒髪の少年と「My Brother」の文字。
 それがマユの最期の形見なのだとルナマリアは悟った。

《私達、妹を亡くしたんだ。》

 ああああああああっ!

 溢れる涙が堪え切れなくなりルナマリアは号泣する。
 部屋に響く咽び声は一人ではなかった。



 * * *



 星が瞬く宇宙は静かで平穏そのもの。まるで世界には安らぎしかないように思える宇宙に包まれていると地球で起きている争いなど関係ないように思える。
 けれど世界が本当に平和なのではない。地上の情報はターミナルを通じてラクス達も手に入れていた。
 宇宙に漂いながらも地上の戦いは忘れてはいない歌姫は齎された情報に眉を顰める。

「アークエンジェル撃墜命令が出されたのですか。」
「危なかったがラミアス艦長が上手く誤魔化したらしい。
 艦の被害は甚大だがみんな無事だそうだ。」
「不幸中の幸いですわ。フリーダムを失ったのは痛いですが・・・。
 そしてザフトは連合を吸収しヘブンズベースへ攻撃を仕掛けようとしている。
 ・・・ファクトリーの方はどうでしょう?」

 隕石に偽装しているエターナルと同じく此処にはラクスの名の下に集結したクライン派と呼ばれる者達がいる施設が隕石を装ってこの宙域を漂っている。
 ファクトリーの名に相応しく主に行われているのはMSの開発・改造。
 矛盾していると理解しながらも、彼らは新たな戦う力を作りラクスに託してくれるのだ。
 彼らの為にもラクスは間違えられない。そんな気負いをフレイに見透かされてからは精神的に大分楽になっているが状況が変わったわけではない。
 ラクスの心配にバルトフェルドは頷いて答えた。

「例の二体は最終調整に入っている。少し時間が欲しいがもう殆どパイロットの到着を待つばかりと聞いている。
 ドムの方はまだ時間がかかりそうだがな。」
「ヒルダさん達がやきもきしていそうですわね。
 では現状の確認を終えたところで本題に入りましょうか。」

 本題と言われブリッジに微妙な空気が流れる。
 ラクスが宇宙に上がった最大の理由。プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルの調査は彼の目的を知りプラントの動向を予測する為にも重要な課題だった。
 地上で得られる情報に限界を感じ宇宙に上がってみたものの芳しい情報は得られず、バルトフェルドの表情は暗かった。

「ギルバート・デュランダルか・・・全くと言っていいほど公式情報以外の目ぼしい情報は見つかっていないな。
 後はダコスタ達の調査結果に賭けるのみってところか。」
「ずっと議長の傍にいたアスランから何か情報を得られれば少しは違うのかもしれませんが・・・。」
「そう言えば・・・アークエンジェルから面白い情報が寄せられていたぞ。
 ザフトのフェイスに連合のエクステンデットとその司令官を乗せてるって。
 新しい情報を期待するならそっちかもしれん。」

 ザフトに連合。
 反目する両者を捕虜にするなどアークエンジェルでは有り得ない事だ。
 元々アークエンジェルは独立部隊。世界の認識はさておき彼ら自身は敵対しているつもりはないのだ。
 だから兵士を捕え捕虜にするような真似はしないし基本的に他国の軍人を乗せる事はない。
 例外があるとすればオーブぐらいである。
 にも関わらずザフトと連合と兵士を乗せているという話にラクスが首を傾げるのは無理のない話だった。

「何故そんな事になったのですか?」
「フェイスとエクステンデットは海で拾って、連合の司令官はベルリンでキラが撃墜したついでに回収したそうだ。
 あの艦も相変わらず面白い事になっている。」
「バルトフェルド隊長。」
「わかってますって。ちょっと不謹慎だったな。」
「となると、後はアルバートのあの言葉ですね。」

 ラクスの言葉にバルトフェルドの心中は複雑だ。
 子供の言う事だと侮る大人は多いが、駆け引きの出来ない幼い子供の言う事だからこそ真実が多分に含まれているとも言える。
 けれどアルバートの言葉を信じろと言われてもバルトフェルドには到底信じ難い内容に戸惑いを隠せない。

「『世界の全てを管理下におく』って話か? 突拍子もない話じゃないか。
 世界征服なんて昔のアニメに出てくる悪役の夢だろう。」
「気になります。彼が世界の『支配』ではなく『管理』と言った事が。」

 ラクスもバルトフェルドの言いたい事が分からない訳ではない。
 世界を支配しようとすれば抵抗運動が起こるのは目に見えている。
 けれど世界を管理すると言うのはどういう意味なのか?

「管理するモノが何なのかがわかれば、議長の目的ははっきりするのではないでしょうか。」
「管理するモノねぇ・・・。」

 シュン!

 空気音と共にブリッジのドアが開いてフレイが入って来る。
 少々苛立っている様子でおしゃれに気を遣う彼女らしくなく髪を掻き毟りながらフレイはラクスの傍へと飛んだ。

「ご機嫌斜めのようですわね。」
「斜めにも悪くもなるわよ。全くアルバートってばいくら話の意味を聞いてもだんまりするばかりで何も話してくれないんだもの!」
「まだ幼いですし、そんな彼がここに来るのは人生を賭けた一大決心でしょう。
 迷いが生まれたのかもしれませんわ。」

 優しく宥める様にラクスは答えるがフレイは首を振り否定した。

「それはないわ。あの子、写真を握り締めて真っ直ぐ私を見返してきたもの。
 あの目は迷っているんじゃない。
 何をどう伝えるべきかわかってない子供が大人がわかってくれない事に対して憤慨しているのよ。」

 フレイの言葉にラクスは少し考える様に黙り込む。
 彼女の言葉を信じるのであればアルバートはアルバートなりに精一杯伝えられるだけの事を話したつもりなのだ。
 けれどその言葉の中にある真実をラクス達は捉えていないと彼は受け止めている。
 その事実にラクスはもう一度アルバートの言葉の意味を手繰る為、バルトフェルドに言った。

「彼からすれば私達が理解できていない事が問題と言う事ですね・・・。
 バルトフェルド隊長、今一度デュランダル議長に関する調査結果を世界の情勢の推移に合わせてリスト化して下さい。
 そうですね・・・まずは大戦末期辺りからでお願いします。もしそれでも見えてこなかったら更に遡る事にしましょう。」
「年表順に並べるのはやったが情勢との比較はしてなかったな。
 わかった。」

 ラクスの指示に頷いてバルトフェルドはブリッジにいるクルーに指示を出し自らもモニターを見つめ始めた。
 作業する音だけが響くブリッジの中、やる事がなくどうしたものかと考えるフレイの髪にラクスは手を伸ばす。
 以前なら髪が絡んでいたはずの場所。フレイの肩口に何もない事を確認する様に手を滑らせ頬に添える。

「髪、やっぱり勿体無かったですね。フレイの赤い髪、素敵でしたのに。」
「気にしてないわ。憧れてた人に変装したのも気持ち良かったし。」
「憧れの人?」
「バジルール艦長。中尉って呼んでた時期の方が長かったけどね。
 ホントはストレートの髪だったけどストレートパーマ掛ける時間がなくてちょっと違っちゃった。
 カラースプレーで髪を真っ黒にして、カラーコンタクトで瞳を紫に変えて、声を低めに出したの。
 実際にやってみるまで気づかなかった。私の声って低くするとバジルール艦長に似てるの。
 『バリアント、ってーっ!』って・・・もっと張りのある格好良い声だったんだけどね。
 ラクスも会ったことあるんだけど、覚えてる?」
「・・・もしかしてデブリベルトでアークエンジェルにポッドを拾ってもらった時ですか?」

 ラクスが初めてアークエンジェルに乗ったのはもう二年以上も前の事。
 彼女が戦場を目の当たりにしたのはあの頃からだった。
 ポッドから出た時に無重力の為に身体が流れて止まれなくなったラクスを引きとめたのは、ナチュラルの中でたった一人のコーディネイターの少女。
 ラクスが来た事が嬉しかったというのもあるのだろう。
 よく食事を運んでくれたり話し相手になってくれた。
 キラと初めて会った時の事を思い出しラクスは顔を綻ばせる。
 ラクスにとって幸いだったのは艦長がマリューであった事。
 軍規を盾に人道的な対応を重視する彼女に真っ向から反対する様にキツイ視線を送って来る女性がいた。
 けれど彼女から感じたのはコーディネイターに対する嫌悪感ではなかったのでよく覚えている。
 確か彼女の容姿は・・・。

「そう! ラミアス艦長と一緒にいた黒髪の士官の女性よ。」
「そうですか・・・でも、あの方は確か。」
「うん、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で・・・。」

 ドミニオンの艦長になった彼女はアークエンジェルのローエングリン砲で艦ごと散ったと聞いている。
 そんな事態になった発端も情報として知っていた。

「フレイ達を逃がす為に亡くなられたと。」
「艦長が命を賭けて逃がしてくれたのに、脱出艇が撃たれて殆どの人が死んじゃった。
 私が生きているのは奇跡だってザフトで散々言われたわ。
 でもね、バジルール艦長は決して不幸ではなかったって今は思えるの。」

 いっそ清々しいまでに笑って答えるフレイに驚いてラクスはブリッジを漂う彼女を見た。

「最後の最後で私を見送った艦長は笑ってた。
 アークエンジェルへって叫んでたあの人が一番戻りたがってたはずなのに。」

 短くなった髪は彼女の顔を隠すことはない。
 星を見て懐かしそうに目を細めてフレイは話し続ける。

「ラミアス艦長・・・フラガ少佐、アークエンジェルの皆と共に闘ってた日々はいつも不安が付きまとう危ういものだったけれど、彼女にとってあの艦に乗っていた時間が誇りだったんだって。
 どんなに無茶苦茶だと言われても幸せだと思えたんだって。
 私も、帰りたかったから。」

 ブリッジに光るものが散った。

「ドミニオンに乗っていても最後の最後で、彼女はアークエンジェルと共に・・・自分の信じる正義を・・・つら・・・。」

 流れる涙を押し止めようと顔を覆うフレイを抱き止め、ラクスは優しく彼女を宥める。

「ごめ・・・私・・・・・・。」
「泣いて良いのですよ。人は、泣く事が出来るのですから・・・。」

 今までだっていっぱい泣いた。
 けれど思い出す度に、大切な人を想う度に涙はまた溢れてくる。
 それが出来るのが人間だとラクスは感じていた。

《人は泣く事が出来る。
 誰かを想う心を持っている。
 悲しみはその象徴。辛くても捨ててはいけない大切な感情。》

 !

「今・・・。」
「ラクス?」

 突然身体を硬直させたラクスにフレイは不思議そうな顔で見上げる。
 目元にまだ残る涙がキラキラと宝石のように輝き、またラクスは何かを見つけた様な感覚に襲われた。

「・・・何かを掴みかけた気が。」

《世界には悲しい事が多過ぎる。それは大戦の時にも感じた事。
 悲しみを無くす為に私達は戦っているはず。》

「なのに、私は。」
「ラクスどうしたの?」
「悲しみを捨ててはいけないと思った。」

《何故!?》

「不思議な事じゃないだろう歌姫。」

 ラクスの言葉に皮肉気に笑いながらバルトフェルドは答えた。

「喜怒哀楽は人間が人間であるためには必要で大切な感情だ。
 楽しい事ばかりの人生なんて腐ったリンゴと同じさ。
 そこに幸せがあるようで実は幸せなんかじゃない。」
「幸せじゃ、ない。」

 バルトフェルドの言葉を繰り返す様にラクスは呟く。
 考え込む少女を置き去りにしてまた隻眼の戦士は自身の価値観を語り始めた。

「確かに世界は混沌として争いが絶えないが、それこそが人間だとも言える。
 俺達がやっているのは世界を破壊するような大きな戦いを抑える事だ。
 色んな色や形を持った人間が型通りの生活に満足するものか。
 もしも型にはまった整然とした世界があったら・・・確かに争いはなくなるかもしれないが、そこで生きているのは人間とは呼べないね。」
「それです!」
「なっ!?」

 突然叫ぶラクスにバルトフェルドは驚いて椅子からずり落ちる。
 ラクスに抱き締められたままだったフレイも驚いて叫び返した。

「いきなり叫ばないでよ。びっくりするじゃない!」
「アルバートの『世界の管理』という言葉とデュランダルの一見正しく見えて不可解な行動。
 それらを総合すると生まれてくるのは新たな秩序です。」
「え? ええっ!?」
「バルトフェルド隊長がありえないと言ったのは型にはまった整然とした世界でしたね。」

 矢継ぎ早に問いかけられ、椅子からずれ落ちた身体を起こしたバルトフェルドは戸惑いながらも答える。

「ああ、押しつけられた秩序なんて俺はまっぴらごめんだからな。」
「なら、元々ある形に合わせて場所や役割を振るのならどうですか?
 つまり既にあるものや生まれてきたものをその有り様に合わせた役を振り『管理』するのです。」
「それだって無茶よ。一体何を指標に管理するって言うの?」
「世界中の誰もが有し、デュランダルが得意とする物が一つだけあります。」

 ラクスの言葉に真っ先に浮かんだもの。
 彼女が言っているものが先の大戦と今回の戦いの根幹にあるものと察しフレイとバルトフェルドは顔を見合わせた。

「遺伝子解析かっ!」
「そうか・・・コーディネイターもナチュラルも絶対に自分を形作る情報、遺伝子からは逃れられないわ。」
「これまでの研究でコーディネイターと言う結果が出されている分野です。
 説得力はありますわ。何が得意なのか、どういう仕事に向いているのかも解析すればわかります。
 ですが・・・。」

 この方法には問題がある。
 特にバルトフェルドの様な人間は絶対に受け入れられないだろう。
 ラクスの問うような視線に応えバルトフェルドは肩を竦める。

「好きこそものの上手なれ。
 世界には能力的に向いていないとわかっても夢を諦めきれず努力する人間がいる。
 そういった人間を全て否定する理論でもあるな。」
「えっと・・・。」
「つまりはこういう事です、フレイ。
 例えば貴女自身はザフトで従軍する事を選びました。
 ですが私から見れば貴女は軍人よりも子供達を優しく導く教師の方が向いている様に思えます。遺伝子解析の結果、私の見解が証明されたとしても貴女は軍人以外の道を選びますか?」
「迷うかもしれない・・・。でも、やっぱりザフトにいる事を望んだと思う。」
「何故ですか?」
「贖罪とかそんな理由じゃなくて、戦争を知ってしまったからこそ私に出来る何かがあると思ったからよ。
 向いてないってアカデミーでも散々言われたわ。止めた方が良いとも。
 けど、諦められなかった。諦めたら自分が許せないと思ったから。」
「フレイはそう思って選びましたが、遺伝子解析の結果を元にもっと世界に役立つ仕事に就くようにと言われ、その通りにしなくてはいけない世界。
 それがデュランダル議長が目指している世界ではないかと私は推測しています。
 遺伝子解析による人間の管理。ですがそこに夢はありません。希望も。
 自分の限界を知らされ生きる世界。確かに怒りと悲しみは存在しません。
 代わりに喜びも、全ての感情が否定され諦めの中で人は生きる事になります。
 既にそのモデルケースとも言える法律がプラントにはあるのです。」

 ラクスの言葉にフレイは考える。
 プラントでも数少ないナチュラルにも市民権を得た時に教えられた。
 この国では自分の意思で伴侶を選ぶことが出来ない法律があると。

「婚姻統制!」
「そう、私とアスランは対の遺伝子を持つ者として婚約しました。
 初めは彼を好きになれば良いのだと思っておりましたが今は違います。
 友人にはなれても恋人や夫婦にはなれないのです。」
「確かにアホランにラクスは勿体無いわ。」
「アホラン?」
「アホラン・バカ。私がカガリに言われて考えた偽名よ。
 デコランとかアデランとか色々考えたけど全部あいつに却下されたの。
 全く人の親切を何だと思っているのかしら。」

 ぶっ! ×2

 ぷんっとフレイが顔を逸らして膨れるのを合図に二人は噴き出す。
 他のクルー達も必死に堪えようとしているのか肩を震わせたりボードに突っ伏している者がいる。
 恐らく彼らの頭の中には大真面目なアスランの顔とフレイの考えた偽名が並んでいるのだろう。

「ナイス! ナイスだフレイ!」
「ちなみにフルネームでは?」
「デコラン・ハゲとアデラン・ヅラ。」
「まぁ素敵v 次からはソフランは止めてデコランとお呼びした方が良いですわねvvv」
「いやー笑った笑った。いや、彼にとって切実な問題かもしれないからあまり突かん方が良いとは思うが・・・次に会った時にポーカーフェイスを貫けるか自信がないな。」

 もしアスランがこの場にいたらバルトフェルドの目の端に光るモノを見止めて言っただろう。
 『笑い過ぎです。』と。
 けれど楽しい時間に浸っているだけの時間はない。
 フレイはキリリと顔を引き締めてラクスに向き直る。

「楽しい方向に話が逸れたところ残念だけど真面目な話、これからどうするの?」
「まずは情報の再確認です。ある程度情勢とデュランダル議長の動向を比較検証したら改めて私からアルバートにお話します。
 ダコスタさんにもメンデルの調査を急ぐように伝えて下さい。」
「O.K.」
「フレイも、もう一度アルバートから話を聞き出して下さい。
 今言った推測が正しいかどうか・・・彼が語らなくてもその様子からある程度はわかるのではないでしょうか。」
「了解。」
「急いで下さい。この推測が正しければ次に狙われるのはオーブです。」
「「な!?」」

 ラクスの言葉に二人は驚愕するが彼女はそれ以上答えない。
 とにかく急ぐ必要があると察した二人はそれぞれの仕事に向かった。
 地球がある方向を一度睨み、ラクスはモニターに表示された世界情勢とデュランダルの動向を比較し始める。
 時間がないと焦るプラントの歌姫は誇り高く美しかった。



 * * *



 目の前に広がるのはヘブンズベース。
 調査の結果、そこにはブルーコスモスの盟主ロード・ジブリールとロゴスメンバー達が集結している事がわかっている。
 モニターに映る基地を見つめシンは怒りに燃えていた。

《全てを狂わせたのは、皆を不幸にするのはロゴス。》



 アスランとメイリンの乗ったグフにマユも乗っていたと知ったシンは暫く何も出来なくなり部屋に閉じ籠った。
 トリィとハロに録音されたマユの歌声を繰り返し繰り返し聞いて軍務を全て放棄するシンに誰もが同情しながらも苦々しく思っていた。
 上官と友人の裏切りに巻き込まれ死んだ妹。
 しかも知らなかったとは言え妹が乗ったグフを撃墜したのがシン自身であるという事実は確かに辛いだろう。
 けれど家族を亡くし嘆いているのはシンだけではない。
 三日くらいまでなら誰もが黙認したが、五日も続くと悲しみに満ちた今の世界では軍人であるシンの行動は甘えと取られる。
 これ以上は待てないと思ったのだろう。
 今までシンに部屋を譲り戻って来なかったレイが掛けられたロックを外し部屋に入った。
 レイが中に入ると暗い部屋は荒れており、ベッドの上にはろくにシャワーも浴びていなかったと思われるグシャグシャの軍服を着たシンが横たわっている。
 呆れたように嘆息し部屋の明かりを点けると緩慢な動作でシンが入口へと顔を向けた。
 長く櫛を通していないグシャグシャの髪の間から鈍く光る赤い瞳がレイを見つめている。

「そろそろ起きたらどうだ。」
「もう、動けない。・・・動きたくない。」
「マユがいないから、か?」

 レイの言葉を合図にシンの瞳から涙が零れ落ちる。
 とっくに枯れ果てたと思っていたのにまだ溢れて来る事にシンは驚いた。

「エクステンデットの少女がいなくなっても・・・お前は戦ってただろう。」
「・・・・・・あの時は、マユが・・・いた。」
「仇の為じゃなかったのか?」
「それだけじゃ、ない。
 俺は、マユを守る為に、生きて・・・なのに。」

 答える間もシンは身体を動かさない。

《本当に動けないのか。》

 トリィとハロが交互にマユの歌と声を再生する。
 まるで死者の世界へ旅立つ日を待っているかのようだと思いながらレイは話を続けた。

「本当に守るモノはないのか?
 世界はまだ平和を勝ち取る為に戦っている。
 ここで折れたら全てが無駄になるんだぞ。」
「・・・どうでも良い。俺には、守りたい人がいない。」
「自分の命でさえも?」
「死んだら、マユを探せるかな? ステラも・・・。
 きっと、二人とも、泣いてると思うんだ。
 抱き締めてやらなきゃ。マユは・・・俺が抱き締めると、泣き止むんだ。」
「お前にとって大切なのは死んだ者の涙だけか!?
 今生きている者は本当にどうでも良いのか!!!」

 いつもは静かで感情の見えない声で話す親友が初めて自分に対し声を荒げた。
 その事に何か感じる物があったのかシンは少しだけ目を見開く。

「ルナマリアはそうは思っていないようだぞ。
 彼女は今も与えられたインパルスの調整をしている。
 ロゴスとの最終決戦の為にだ。」
「ル・ナ?」

《ルナ・・・ルナマリア。俺と同じ、妹を亡くした仲間。》

「全てを狂わせたロゴスを倒す事が彼女なりのメイリンへの手向けなんだろう。
 何故メイリンが裏切ったかはわからなくても、ルナマリアにとって共にザフトに入隊した時のメイリンこそが真実なんだ。
 大切なものを守る為に戦うと彼女は決めた。
 だがお前は何だ。最初の誓いを忘れて全てを放棄するのか。
 それで本当にマユが喜ぶと思っているのか!?」

 声を荒げたレイは一拍置いて息を整える。
 理知的な蒼い瞳が揺らがせて、噴き出ようとする感情を必死に堪える様に声を絞り出した。

「逆に・・・悲しむんじゃないのか?」

 シンが目を瞬かせるとレイは俯き、また息を吐いて再び話し始める。

「誰かが傷つくと自分まで辛いと感じるマユが、ロゴスの存在を認めるとお前は思っているのか。」

《マユは・・・人が傷つくのを嫌がる子だった。
 戦いに怯えながらもこの艦にいたのは何故?》

 ベルリンの戦いが終わった辺りからマユの怯えは最高潮に達していた様に思える。
 部屋で自分を嫌いと言ったのも戦いが更に激しくなったからではないか?
 そう思うと戦争そのものが全ての原因ではないかと考えられた。
 なら戦いの全ての元凶であるロゴスを大切な妹は認めるだろうか?

「・・・認めない。認められない!」

 ベッドから身体を起こしシンは叫んだ。
 レイはいつもと同じ平坦な声で問う。

「ならどうする?」
「戦う。それが俺に出来る事だから。」
「・・・そうか。」
「デスティニーは、まだ?」
「あれはお前の機体だ。上層部ではお前を外そうと言いだす者もいた様だが、ギルが抑えてくれた。
 議長はお前が絶対に戻ってくると信じてくれたんだ。」

 ベッドから下り立ち上がるシンにレイはまた問う。

「行くか?」
「作戦までもう時間がない。デスティニーを調整しないと。
 後、訓練も。ずっとやってなかったから身体が訛り始めてる。」
「その前にシャワーを浴びて来い。そのままで行くつもりか。
 服も着替えてしゃんとした格好で出ろ。
 脱いだ服はそのままで良い。俺がランドリーに持って行ってやる。」

 ぐしゃぐしゃと髪を更に掻き乱して押し止めるレイを見上げると彼は微笑んでいた。
 久々に触れる体温にむず痒さを感じ照れながらシンは微笑む。

「ありがと!」
「シン。」
「何?」
「今までマユを守る為に戦ってきたと言うのなら、今度はルナマリアを守ってやれ。」
「・・・ルナを?」
「彼女は強く、同時に脆い。
 同じ痛みを抱えている者として守ってやれ。」
「うん・・・わかった。」

 与えられた基地の部屋にはバスルームがある。
 その事に感謝しながら着替えを手に取り、バスルームに入りドアを閉め切ると部屋ではバサバサとシーツを払う音がした。
 散らかした部屋をレイが片付けてくれているのだろう。
 きっちりとした性格通り部屋の整理整頓にも煩い親友は何だかんだ言ってもシンを心配してくれている。

「本当に・・・ありがと、レイ。」



《俺は、今度こそ戦争を終わらせる。》

 以前フレイは悲しそうに言った。

『私達の様に間違えないで。』

《間違っちゃいないさ。これで戦争は終わる。》

 途中ミネルバに乗ったラスティは皮肉気に言った。

『誰かのせいにするのはさぞかし楽だろうよ。』

《誰のせいかははっきりした。全てロゴスのせいだった。》

 彼らがどんな想いで語ったのかシンには見えていなかった。
 それらの言葉の真の意味が別のところにあるにも関わらずギルバートの示した道しか見えないシンには、霞がかった曖昧な言葉よりも明確な結果が示された道こそが真実なのだ。

「シン・・・。」

 背後からした声に振り返るとパイロットスーツに身を包んだルナマリアが立っていた。
 少し遠慮がちに歩み寄って来る彼女にシンは微笑みながら語りかける。

「ルナ。準備は終わったのか?」
「うん、やっぱインパルスって凄いね。扱えるかな、私・・・シンみたいに。」
「大丈夫、ルナなら出来るさ。
 それに――」
「それに?」
「俺がインパルスを、ルナを守る。」

 答えてシンはルナマリアを抱き寄せた。
 身体に伝わるルナマリアの体温が心地良く、心臓の音が安心感を与えてくれる。
 ルナマリアもシンの腕に答える様に背中に手を回した。
 傷ついた者達が互いに温め合い慰め合う。

《今度こそ・・・守るんだ。俺の大切な人達を皆。》



 そんな二人を通路から見つめる影が一つ。
 まだ軍服姿のレイはそっとその場を離れ、ロッカールームまで行くと一人である事を確認しドアを閉めた。
 そして胸の内ポケットから取り出した携帯を手に小声で話し始める。
 コール音は二・三回。彼からの連絡を待っていたかのように相手は直ぐに出た。

「大丈夫の様です。初めは不安でしたがルナマリアという守るべき人物を得て精神的に安定しました。」
【そうか、ありがとうレイ。】

 電話から聞こえるのはギルバートの声。
 彼からの感謝の言葉にレイは少し躊躇いながら答えた。

「・・・いえ。」
【君の方は、大丈夫かい?】
「え?」
【レイ、私は君の事を忘れてはいないよ。
 マユの事は君だってショックだっただろう。あの子を可愛がっていただろう?】

 ギルバートの言う通りレイにもマユの死はショックだった。

《いや、今自覚させられたと言うべきか。》

 シンを奮起させる為のあの会話は全て演技していたつもりだった。
 けれど自分の心が悲鳴を上げ、言葉に重みを与えていた。

《だが、俺は。》

「確かにマユの事は想定外でしたが大丈夫です。
 ギルの望む世界を作る為には構ってはいられません。」
【そうか・・・わかった。
 君も戦闘に出るだろう。気をつけなさい。】
「ありがとうございます。では。」

 ふぅ・・・

 会話を終え電話を切るとレイは疲れた様に息を吐く。
 そして自らに言い聞かせるように呟いた。

「構ってはいられない。それは事実だ。」

《だが・・・。》

 心は言葉を否定する。
 無条件で向けられる笑顔は大切だった。
 もう戻らない小さな手は闇の向こう。
 ならば初めに望んだ通り、ギルバートの理想の為に生きる事がレイの最重要課題となる。

「マユ、俺はもう直ぐそちらに行く。だから・・・。」

《泣かないで。》

 涙が一粒零れた。
 もう直ぐ、ロゴスとの最後の戦いが始まる。



 * * *



 がばっ!

 薬の激痛は波を持ち、痛みで眠れない時間もあるが痛みが引く時間もある。
 アウルは束の間の安らぎの中うとうととしていたが突然何かが胸の中ではじけるのを感じた。

「どうしたアウル?」

 突如起き上がったアウルに驚いたのだろう。
 カーテンを開きネオが顔を出す。
 気遣う様に汗を拭く為の新しいタオルを差し出すネオを見つめアウルは自分がいる場所を思い出した。

「ネオ・・・。」
「顔色が悪いぞ。悪い夢でも見たのか。」
「・・・スティングが。」
「? スティングがどうしたんだ。」
「スティング・・・ステラ・・・。」
「落ち着けアウル。何かあったのか?」

 肩を掴み揺さぶるネオは確かに自分の目の前にいる。
 なのに強い孤独感がアウルを支配していた。
 涙が零れる。
 軽口を言い合ってバスケをして・・・ずっと一緒だった、一緒にいるのが当たり前だった大切な人の気配が今はない。

「ネオ、俺・・・・・・一人ぼっちになっちまった。」

 この喪失感はステラが死んだ時にも感じていた。
 たった今感じたものも同じ。
 アウルの言葉を肯定する様にヘブンズベース陥落の報道がされるのは三十分後の事だった。


 続く


 話が進まない。でもこれらは全部外せないのです。(滝涙)

 2007.11.25 SOSOGU

 (2008.2.29 UP)

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