〜狙われる理由 前編〜


 真っ暗な闇の中、マユは佇んでいた。
 何も見えない。音も聞こえない。肌を刺す寒さが身を包み、少しでも暖を取ろうとマユは自分で自分を抱き締めるように肩に腕を回しその場にしゃがみ込んだ。
 淋しさが募り涙が浮かぶ。

『おにーちゃんドコ? ママは?
 アスおにーちゃん、メイリンおねーちゃんもドコに行ったの??』

 最後に自分が見たものを思い出そうとマユは此処に来る前の事を考えた。
 どうしてかわからないけれどアスランとメイリンが必死に走り、レイは二人に銃を向けた。
 一緒に居る自分に気付いているのかはわからなかったけれど、いつも無表情ながらもマユを気遣うレイの姿は欠片も無かった。
 自分達を睨むその目が怖くてマユはメイリンにしがみ付いていた。
 一度銃声が止んだと思ったら、気付いた時にはマユはメイリンに抱えられMSのコクピットに入っていたのだ。
 自分がMSの狭いコクピットにいると気付いた時、マユは叫びたかった。

《これはイヤ!》

 ただ怖かった。
 今までは何とも思わなかったのに急に怖くなったのだ。
 シンを変えたのはコレのせいだと思ったから、キラがいなくなったのはコレがあるからと思ったから。
 自分に悲しみを齎した存在が恐ろしくて声も出ず、閉められたハッチに絶望を感じた。
 マユはただ身を縮こまらせて出られる瞬間を待った。
 アスランと言い争うレイの声とシンの叫び声。
 助けてと、此処から出してと叫びたい。けれど声が出なかった。
 意思に反して喉に留まる空気が痛かった。
 必死に兄に知らせたくて漸く出た声はシンに届いたのだろうか?
 自分は何故か何処かわからない場所にいる。

『ここはイヤ・・・コワイ。
 ・・・おにーちゃん助けて。』

 また声が出ていないのだろうか?
 マユは必死に手を挙げる。

「意識が戻りました! 一先ずは安心です!!」
「マユ!」
「君はベッドに戻れ。傷が開くぞ。」

 急に暗い世界に声が響いた。
 目が重い。先程までは何も感じていなかったのに瞼がマユの意思とは裏腹に中々動かない。
 自分が目を閉じていた事を初めて知ったマユは必死に目を瞬かせた。

『アスおにーちゃん?』

 今、聞こえたのは確かにアスランの声だった。
 一瞬開いた目を眩しい光が差し、マユは反射的にまた目を閉じる。
 けれど一度光を目にした事で少しだけ慣れたのか再び目を開けると柔らかな光が自分を照らしていた。
 真っ白な服を着た見知らぬ人物が立っている。その傍には連合の軍服を纏った色黒の男性。
 その男性に支えられている人を見てマユは少し安心する。
 自分は一人じゃない。だけど・・・

「ここ、ドコ? おにーちゃんは??」

 擦れた呟きに一瞬、アスランは悲しそうに顔を歪めたのが見えた。



 * * *



 ヘブンズゲート陥落の報は直ぐに世界中へと伝わった。
 警告に対し何の返答もせずに突如攻撃を始めたロゴスに対し、ザフトを中心にした全ての軍が一斉に攻撃に転じた。
 一時は先制攻撃をしたロゴス側が有利と見られた。ミサイル攻撃の後に現れた五体のデストロイの姿に三都市を壊滅させた恐怖が蘇ったが、ザフトの最新型MS二体とベルリンでかの巨大MSを倒したインパルスが舞う姿を見出し士気は一気に向上した。
 特に赤い羽根に似た翼を広げるMS、デスティニーの勇姿に勇気付けられたのだろう。
 次々と基地を制圧していく姿にモニターの前で見守っていた多くの人々が歓喜の声を上げた。
 これで全ての戦いが終わるのだと笑顔を浮かべ勝利の瞬間を待ち望む中、基地から上がった降伏の狼煙。
 満足そうにそれを見つめ息を吐いたギルバートは戦闘停止命令を発した。
 けれど・・・・・・



「ジブリールがいない!?」

 戦闘が終わり、水分補給の為にドリンクを煽っていたシンは驚愕の声を上げた。
 MSパイロットの主な任務は戦闘であり、事後処理に当たる基地の制圧、捕虜の捕縛・移送等は現在他の兵達が行っている。
 勿論人手が足りないならばシン達も呼ばれるのだが、現在世界中が味方につき人手は足りている。激しい戦闘の直後で呼び出される事は滅多にない。
 次々に寄せられる報告を聞き、戦闘報告のレポートを書き上げれば一先ず任務終了となるはずだったが、そうは行かない理由が出来てしまった。

 ロード・ジブリール行方不明につき捕縛出来ず

 今回の戦いの一番の目的はジブリールだった。
 奴さえ捕らえれば世界は平和へと向かう。そう思ってデスティニーを駆った。
 剣を振り上げる度にマユを思い出し、デストロイを倒す度にステラを想った。
 後はジブリールを捉えアスランとメイリンを唆した手口を訊き出せば・・・いや、一介のパイロットにそんな権限は無い。
 けれどジブリールを捕らえる事で彼らに対する罪悪感を払拭しようと思っていたシンにとって、ジブリールを取り逃がす事は大失態以外の何ものでもなかった。

「けど一体何処に逃げたって言うのよ。」

 ルナマリアの疑問は当然だった。
 全世界の殆どの人々がロゴスを追い立てているのだ。この状況下でジブリールを匿っても利は無い。例えやって来たとしても捕らえて世界に差し出すだろう。
 にも関わらずジブリールが基地から逃げ出したという事は当てがあるという事。
 現在、一体どの国が彼を受け入れると言うのか・・・?

「勿論探している。いや、絶対に探し出してみせる。
 今の俺達の戦いはその為のものだからだ。」
「俺の失態か・・・。」

 もっと早くに基地を落としていたらジブリールに逃げる隙を与えなかったかもしれない。
 そう自分を責めるシンにレイは首を振った。

「これはザフト全体の失態だ。お前は良くやった。
 与えられた任務を全うしたお前を責める者などいない。
 もし責められるべき者がいるとしたら、それはジブリールの逃亡に手を貸した者達だろう。
 彼のやった事は許される事ではないのだから。世界中の怒りを買うような人間を匿う者にも容赦してはならない。
 それでも自分を許せないというのなら・・・シン。」

 レイの言葉にシンは親友を真っ直ぐに見返す。
 怒りを秘めた目に頷くとシンが誓いを口にした。

「今度こそ奴を、ロゴスを滅ぼしてみせる。」
「私も、次こそは。」

 シンの誓いに追従するようにルナマリアがシンの手を掴む。
 手から伝わる温もりにシンは祈りにも似た願いを捧げる。

《もう二度と失えないから。》

 二人が頷きあう姿を見てレイはそっとその場から離れた。
 通路に出ると少しの淋しさと悲しみが胸を覆う。

「今更だろう。」

 レイは呟いた。
 自分は目的を持ってシンに近づいた。
 シンが向けてくる笑顔も全て自分の、ギルバートの目的に必要なものだと割り切っていたはずなのにマユがいなくなってから心が揺らぎ波を立てている。
 自身の分身とも言えるラウ・ル・クルーゼがいなくなってから、レイの心を揺るがせるのはギルバートだけだった。
 少なくともレイはそう思っていた。
 けれど何故だろう。ゴールが見えてきた今になって自分が信じていたモノが酷く脆くなってきた様に思える。

「気のせいだ・・・。」

 一時の感傷に流されては大局を見失う。
 散々ギルバートに教えられてきた事だ。今になってそれを自分に言い聞かせなくてはならないのは自分の心が弱くなっているからか。
 思い返せば最近『薬』を飲む回数が増えている。
 自分に残された時間がどのくらいなのか正確にはわからない。
 そろそろ同室のシンには気付かれるだろう。今はまだ発作が起きた時に出くわしていないが、頻度を考えると時間の問題だ。

「早くしないと・・・。」

 レイは急がなくてはならなかった。
 夢を叶える為のもう一つのハードルがある。
 美しい海に囲まれた島国。シンを育んだ中立国。

「オーブを滅ぼさなくては。」

 あの国はレイとギルバートにとって邪魔だから。



 * * *



 オーブが狙われる。
 ネオからジブリールの性格と予想される行動を確認すると彼は言い切った。
 ハイネの言葉を誰もが疑った。
 何故現時点でオーブが狙われると言い切れるのか。
 訳がわからないままアークエンジェルはオーブに辿り着いた。
 本島から離れた隠された軍事施設。此処を知る者は極限られており、情報通りならば自分達がオーブに辿り着いた事は知られていない。
 話を詳しく聞きたかったが今はアークエンジェルの修理を優先しなくてはならなかった。
 世界がどう動いていくのか予想がつかないのだ。
 ヘブンズゲートが落ちた事で暫くは落ち着くだろうが悠長にしていたら間に合わなくなる可能性もある。
 モルゲンレーテの職員達が待機するドックの中で怒声が響き始めた。
 艦長であり技師でもあるマリューは修理班を統括しているエリカに被害状況と行った応急処置を伝え、修理に掛かる時間の試算を始めていた。
 ずっとメディカルルームで寝ていたアウルも容態が落ち着いており、少しの移動ならば大丈夫だろうとアークエンジェルから運び出された。
 汗で湿った髪は少し乱れており、これまで彼が苦しんでいたとわかる。弱々しいながらも微笑んで、アークエンジェルに残るネオに手を振った。
 彼の気丈さにキラも少し安堵したが、艦から出て待機していた医師達にストレッチャーに移されるとアウルは初めて不安そうな表情を浮かべてマリューに手を伸ばした。
 母親を求めて、縋るように伸ばされた手は微かに震えている。

 ひとりにしないで

 乾いた唇から零れる擦れた声にマリューだけでなくキラも衝撃を受けた。
 心臓を鷲掴みにされた様な痛みが胸に走り弱々しく手を伸ばすアウル。

《マユは今どうしているのだろう?》

 心臓を鷲掴みにされた様な痛みが胸に走り、知らぬ間に人質として利用されているだろう自分の娘と弱々しく手を伸ばすアウルの姿が重なって見えた。
 マユはずっとミネルバに乗っている。戦闘になれば必ずシンが出てきた。
 フレイは現在ラクスと宇宙だ。誰かがマユの世話をしているとしても戦闘中も常に一緒とは考え難い。
 戦いの間、一人にしないでと泣いていたかもしれない。
 戦闘中に限らず今も、泣いているのではないか。
 怖かった。一人でマユが泣いていると思うと恐ろしくて、自分が情けなくて堪らなかった。
 今すぐにミネルバまで迎えに行きたいが自分は『剣』を失い何の力も無い。

《歯痒い。》

 そんな自分を慰める為か。キラは知らず知らずのうちにストレッチャーの上に横たわるアウルの許へと足を向ける。けれど一歩を踏み出す前にそれは躊躇われた。

「大丈夫よ。仕事が一段落したら行くから。
 迎えに来た先生達は怖い人じゃないから、先生達の言う事ちゃんと聞いてね。」
「ネオは?」
「あの人は頑丈だから心配無用。」

 マリューの方が先にアウルに駆け寄り乱れた髪を撫でて整えてやる。
 その姿にキラは自分が恥ずかしくなった。
 またアウルを理由にマユから逃げ出そうとした様に思えて、自分を情けなく思う。
 俯いたキラにカガリが気遣うように肩を叩き寄り添ってくれる。
 ずっと海の底のアークエンジェルの中にいたと言うのにカガリからふわりと香る匂いは日の匂いに似ていた。

「大丈夫だ。私がついている。」
「・・・・・・有難う。」

 今、傍に居てくれる姉が誰よりも力強く感じられる。
 その事にキラは救われていた。
 アウルを宥めるのに少し時間が掛かるらしくマリューは医師達を交えてアウルと話し始める。
 その間の内にと思ったのか。エリカが周囲の目を気にしながらカガリとキラの傍へとやってきて声を潜めて言った。

「カガリ様、キサカ一佐がお戻りです。
 『土産』があるとの事でしたのでお急ぎ下さい。」

 連合の動きを探る為にずっと大西洋連邦に潜り込んでいたキサカとは連絡は取れないままだった。
 たまにサイがキサカからの伝言をターミナルに流す事はあったが、特にロゴス狩りが始まってからは連合も慌しくこのところターミナルにも彼からの情報は無かった。
 そのキサカがオーブに戻っているだけでも驚きなのに意味ありげな『土産』という言葉にカガリが確認する。

「急げとキサカが言ったのか?」
「ええ、キラちゃんも必ず連れてくるようにと。」

 ウィンクするエリカに二人は顔を見合わせ。
 戸惑いながらもエリカの後へと続き歩き始めた。



 * * *



 アスラン・ザラ脱走の報は基地中に知られていた。
 そんな中、アスランに繋がるのではと拘束された人物が一人。
 目の前に座る青年を前にタリアは深く溜息を吐いた。
 ジブリールの行方はまだわかっていない。基地で脱走騒ぎがあった日にアスランを訪ねて来たオーブ国籍の青年がいたとの報告があり、その人物の尋問調査をフェイスである事を理由にタリアに一任された。
 アスランと関わりのあったタリアを担当にする事に反対する声もあったが、アスランを知るからこそ気付ける点があるはずとの言葉と、彼女が公正な判断をする人物だと評した副長のアーサーの言葉を信じようとギルバートが言ったのだが・・・。

「厄介払いですかね。」

 皮肉交じりに目の前の青年が嘆息しながら呟くがタリアは反論しなかった。
 既に相手にはわかっているだろう。
 タリアは自分が何の情報も持っていないことを知っており、この尋問に意義を見出してはいないと。
 そう、これはアスランとメイリンの撃墜命令を出したギルバートがタリアの追求を避ける為に仕向けた事だった。
 アーサーの言葉を信じているように装ってタリアを遠ざけたのだ。
 恐らく彼はこれから成そうとしている事に自分が反対すると読んで先手を打ったのだ。
 名ばかりのフェイスの称号が逆にタリアに重く圧し掛かる。
 権限は与えられているはずなのに果てしない無力感がタリアを襲う。

「彼も、こんな気持ちだったのかしらね。」
「貴女の言う『気持ち』が何なのかは知りませんし興味ありません。
 俺が興味あるのは何時になったら解放されるか、という事だけです。」
「そうね。時間を取らせて悪いと思っているわ。
 だけど形式的に質問に答えてもらわない事には解放出来ない。
 既に問われて答えたでしょうけれど、三度目の正直で改めて答えてもらうわ。
 貴方の名前とこの基地に来た目的を。」
「サイ・アーガイル。オーブ国籍の外交官補佐。
 大西洋連邦に出向していたのですが世界情勢が大きく変動した事を受けて連合が真っ二つ状態。
 俺はデュランダル議長に賛同する大西洋連邦の閣僚と繋がりがあった為、随行。
 一度オーブへ帰国する予定だったのですがこちらにアスラン・ザラが居ると聞いて顔見知り程度ですがどうしているか気になって訪ねただけでこの有様です。」
「あくまでアスランを訪ねたのは気まぐれであり彼の真意も行動予測も出来なかったと。
 そう言うのね。」
「ええ、いきなり拘束してきた兵士にも貴方の前に尋問してきたザフトの方にも同じ事をお答えしましたし、俺がアスランと連絡を取っていなかった事なんて調べれば直ぐにわかることでしょう。
 時間的にも環境的にも無理でしたから。」
「わかっているわ。」
「ならもう終わりにしてもらえませんか?
 オーブへの帰国が遅くなった上に、母国に理由を連絡できていないので友人達が心配いると思うので。」
「いえ、まだ話を終わりに出来ないわ。
 貴方がアスランに会おうと思った経緯をもっと詳しく話してもらわない事にはね。」

 答えながらタリアは胸ポケットからペンと小さなメモ用紙の束を出し何かを書き始めた。
 そのメモ書きに書かれた内容にサイは僅かに目を瞬かせる。
 目を細めて少し考え込むとサイは諦めたように頷いて答えた。

「わかりました。後で証言を翻さないように書面にすれば良いんですね。」

 メモの一部を隠す様にして一枚のA4の書類を手渡されサイも何かを書き込み始める。
 最初のメモは既にタリアの袖口に隠されていたがサイは先程の内容を元に角度を気にしながら書類と共にメモに何かを書き始めていた。
 その様子にタリアはホッとした様子でサイを見つめていた。
 タリアが先程メモに書いたのは盗聴機と監視カメラの設置位置。そして歌姫の行方を問う言葉。
 知りたかった。自分が何を信じるべきなのか。
 アスランとメイリンを信じることが出来る確かなものが。
 目の前にいる青年の本当の目的が何なのかを。
 彼が自分を信じてくれるかはわからない。それでも味方が少ないこの状況下で、今にも切れそうな糸ですら掴まずにはいられない。
 けれどその一方でタリアはギルバートも信じたかった。

《貴方が何を考えていたとしても、シン達に向けていた目を信じたい。
 マユに対する気遣いを。
 レイを愛おしむあの眼差しを。》

 歪んでいるかもしれない想いでも、根底にある純粋な想いは支えになる。
 そう、タリアは信じたかった。



 * * *



 アスランとメイリンが脱走した後、アビー・ウィンザーに下された罰は厳重注意のみだった。
 それは正式な手続きを踏まず庇護すべきマユ・アスカを他者に預けた行為に対するもの。
 おまけの様にアスラン・ザラとメイリン・ホークの挙動に不審なものを感じなかったかと問われ「全く気付くものはなかった。」と答えただけでアビーは解放された。
 彼女を庇うアーサーの言葉もあったからだろう。そうでなければもう暫くは意味の無い尋問をされていたかもしれない。
 急遽必要になったメイリンの後任にはアビーが指名された。正式な辞令ではない為にヘブンズゲートが陥落した後、新たな辞令が下るまでアビーはミネルバで待機するように命じられている。
 念の為、異動を命じられた時に直ぐに少ない荷物をまとめ、部屋を片付けられると何もする事はなかった。
 あの日、自分が呼び出されている間にマユの荷物は無くなっていた。
 誰かが命令されて運び出したのだろう。
 持ち出された荷物はどうなったのだろうか?
 遺品となった以上、引き取り手はシンしかいない。
 兄であるシンが傍にいたとしても軍が素直にそれを彼に渡すとは考え難い。
 シンの立場は微妙だった。
 直接の上司であるアスランと友人のメイリンの裏切り。次いで撃墜に伴う実妹の死。
 手を下したのが兄であるシンなのだ。精神的な揺らぎが大きく、一時はシンを戦力外とする意見も出た。
 議長であるギルバートの言葉で抑えられたがシンの適正に疑問を感じる者は多かった。
 けれどヘブンズゲード戦前に復活を遂げたシンは目を瞠る戦果を出し、周囲の雑音を完全に封じてしまった。
 その過程にアビーは嫌なものを感じた。
 漠然とした不安と焦り。フレイに置いて行かれた時だってこんな気持ちにはならなかった。
 いや、正しくはそれまで微かに感じていた疑問が明確に目の前に現れたのだろう。

《何を信じる?》

 アビーは自身に問いかけた。
 ジュール隊にいたら自分はどんな答えを出しただろう。
 そう考えて自嘲する。
 今自分がいるのは地球。懐かしいのは宇宙にいた時は必ず見れた星の瞬き。
 窓の外を見れば雲に覆われて見えない星の光に想いを馳せる。

《信じるも何も、私は自分の決めた道を歩むのみなのに。》

 そう、アビーは決めていた。
 アスランとメイリンが何を知り、何を想い、どんな決断を下したとしても。

《アスランが私達を裏切るような人ではないと知っているし、メイリンも優しい良い子だってわかってる。
 だから二人を信じている自分の判断は間違っていないと信じられる。
 けど、ザフトにいることを決めたのは自分。》

 拳を作り自分を奮い立たせるようにアビーは足に力を入れ踏ん張った。
 これから彼女は戦わなくてはいけない。守らなければいけない。

《今の私に出来る事。メイリンの席を守ること。
 彼女が戻って来るまで・・・。》

「誰にも譲らないわ。」

 誓う様に呟きアビーは引き継ぎの為に部屋を出た。
 向かう先はブリッジ。
 挑む様な強い意志を秘めた瞳を前にアーサーは戸惑いながらも引き継ぎを始めたのだった。


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 (2008.10.19 UP)

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