〜狙われる理由 後編〜


 目の前にある光景にキラは目を疑った。
 一度は目覚めたものの傷による発熱で眠るアスラン。
 彼は額に包帯を巻き、点滴を受ける腕にもガーゼを貼られていた。薄っすらと血の赤が覗くのが痛々しい。
 表情は穏やかだが彼が重傷である事はエリカから受け取ったカルテでわかっている。
 命に別条がない事も。
 その事にはほっとしている。だけどキラにとって一番驚くべき事は隣のベッドに眠る少女だった。

「な・・・んで・・・・・・。」

 上手く言葉が紡げない。
 震える身体、足はがくがくと揺れてバランスが取り辛い。
 けれどここで崩れ落ちる訳にはいかなかった。

「一度は目を覚ましているけれどショックが大きかったようね。
 また直ぐに意識を失ってしまったそうよ。」

 エリカの冷静な言葉を理解しつつもキラの心臓は跳ね上がった。
 目の前に眠る少女、マユが苦しそうに顔を歪める様を見て平静でいられるわけがない。

「幸いな事に怪我はないそうよ。
 キサカ一佐の報告によるとどうやら二人に庇われた結果らしいわね。」
「二人?」

 エリカの言葉にカガリが問う。
 この部屋にはアスランとマユしかいない。
 だが彼女の言葉からすればアスラン以外にもう一人いるという事になる。
 カガリの疑問にエリカは微笑みながら答えた。

「もう一人、ザフトの女性兵が一緒だったそうです。
 まだ若い女の子で彼女がマユちゃんを抱き締めていたそうですよ。
 彼女がマユちゃんを庇いアスランが二人を庇った。
 そのおかげで怪我はなかったものの冷たい海に浸かったショックと過大なストレスにより発熱しているそうです。」
「その女性兵は誰だ?」
「タッグをつけていたので名前は確認できています。
 メイリン・ホークという少女です。」

 エリカの言葉にカガリは眉を顰めた。
 ミネルバで出会ったメイリンの事はよく覚えている。ツインテールの可愛い彼女とは意気投合したのだから。
 だが、その彼女が何故アスランと共に行動する気になったのかがわからない。しかも状況を考えると彼らは軍人として最悪の選択をしたようだ。
 そんなカガリの疑問に答える様にエリカの言葉は続けられる。

「キサカ一佐からの報告によると彼らは警報の鳴り響く基地からグフで飛び出したそうです。
 もしやと考えたキサカ一佐が船で追ったところ、ザフトの最新機体との戦闘が開始されグフは撃墜。」
「最新機体だと?」
「それは追ってキサカ一佐よりご報告があります。
 今の状況のザフトから脱走しようとした人物ならば何か手掛かりが得られるのではと考え救出を試みたところ、引き上げられたのはアスラン・ザラ、メイリン・ホーク、そして・・・マユ・アスカの三人だったそうです。
 最初はジブリールの手の者がスパイ行為を悟られた為の警報とキサカ一佐は考えられたそうですけれど。」
「有り得ないな。馬鹿だがこいつは真っ直ぐな奴だ。ジブリールに唆されて信念を捻じ曲げる奴じゃない。」
「そうですね。」
「だがわからない。マユが一緒ならば何故ザフトはグフを撃墜したんだ?
 マユは議長にとっても大切な・・・。」

 突然カガリは言いよどんだ。
 隣にいるキラに視線を送ればキラはエリカの報告が聞こえているのかもわからない様子でマユの手を握っている。
 カガリに背を向けているので顔は見えない。だが震える肩からキラが精神的に動揺していると察せられる。
 そんな彼女の前でカガリに言えるわけがなかった。マユが議長にとって大切な駒であり脅しの材料であるなど。
 またカガリにとっても忌避すべき言葉。二人の心情を察しエリカは言った。

「撃墜されたグフに見向きもせず追手の機体は基地に戻ったとの報告から、彼らはマユ・アスカが乗っている事を知らなかったと考えられます。
 不幸中の幸いです。結果としてキサカ一佐の行動はザフトに知られることが無かったのですから。」
「そうだな。」

 実際キサカの行動は見咎められれば捕えられても文句は言えないものだ。
 危険を冒し三人を連れ帰ってくれた事に感謝せねばならない。

「マユ・・・。」

 二人の会話にキラは涙を流した。
 奇跡的に戻って来た命に誰に感謝したら良いのだろう?
 キサカか、マユを守ってくれたメイリン、それにアスラン。それとも・・・。
 答えが見つからずキラはマユの手に縋る。
 小さな手を握る力が強かったのだろうか。マユの表情が更に歪められ声が上がる。

「・・・いたい・・・。」
「マユ!?」

 呼びかけと同時に小さなエメラルド色の瞳が開かれる。
 光が眩しかったのか暫し瞼を瞬かせ、目覚めた少女はゆっくりと首を巡らせる。
 瞬間、キラは逃げだしそうになった。
 会えたのは嬉しい。だけど自分に母の資格はない。
 わかっているのに手はマユを放さなかった。

「おにーちゃん・・・ドコ?」
「・・・マユ。」

 止めどなく溢れる涙がマユの手に落ちた。
 望んでいたはずの言葉だ。キラは守る為にシンにマユを託した。
 だから、これは正しいはず。

「・・・ママ?」

 問う声に応えるべきか。
 以前のキラなら首を振ったかもしれない。
 けれどこれまでの経緯を振り返る限りキラにその選択は出来なかった。

「そう・・・・・・だよ。」
「・・・ママ、よかった。やっと会えた。
 マユね。ママにあやまんなきゃ。」
「何故? マユは悪いことなんかしてないでしょう。」
「おにーちゃん、ママをいじめたでしょう?
 だからおにーちゃんの分もあやまんなきゃ。」
「違う・・・マユ、違うよ。」
「アスおにーちゃんの言ってたことホントだった。
 ママは生きてるって。だから会いに行こうって。
 でも、とっても怖かった。
 アレはスゴク怖かったの。」

 キラの言葉も遮り話し続けるマユの眦から涙が零れシーツに吸い込まれる。
 自分が泣いている事に気づいていないのか、マユは歪む視界にキラを収めながら言葉を続けた。

「ママのフリーダムやおにーちゃんのインパルス。マユはずっとカッコイイと思ってた。
 だけどチガウの。アレはとてもこわいもの。
 ママもおにーちゃんもつれてっちゃう。だからマユはアレがキライ。」
「アレって・・・MSのこと?」
「ホントはのりたくなかった。怖かった。
 だけどママに会うためにのらなきゃいけないって。
 アレはこわいものをたくさんたくさんヨぶものだよ。
 だからママ、のらないで。フリーダムはこわれちゃったんでしょう?
 ならのらないで。他のにも、マユを置いてかないで。
 おにーちゃんは新しいのもらってマユを置いてきぼりにしちゃった。
 これからママはマユといっしょにいられるんでしょ?」

 だからと続けられる言葉にキラは答えられない。
 ある意味マユの言葉は真実を捉えていた。
 開発当初は宇宙空間での作業の為に作られたMSはやがてナチュラルとコーディネイターの争いにより兵器へと姿を変えた。平和的な使用法がないわけではないが、現在MSと言われて誰もが思い浮かべるのは兵器としての姿だろう。
 兵器がある場所には戦いがあり、戦争が起こる。
 力があるからこそ互いに譲らず争いが生まれる。
 そして、争いがあるからこそ力が必要とされる。
 全て矛盾だ。力を全て放棄出来れば戦いなんて起こらないかもしれない。
 けれど捨ててしまえば大切な人達を守れない。
 今の世界の状況を見る限りキラにMSに乗らない選択は取れなかった。

 母としてどう応えるべきか。

 迷うキラの肩をカガリが抱き、マユのベッドを覗き込んだ。
 久しぶりに会うカガリにマユは嬉しそうに笑う。

「カガリおねーちゃん。」
「マユ、痛いところはないか?」
「ないよ。ただ、こわいユメを見るからもう寝たくない。」
「大丈夫だ。ここには私達もいる。怖い夢だって逃げ出すさ。」
「でも・・・・・・。」

 微笑むカガリの言葉にマユはまだ迷いを見せる。
 まるで探る様に小さな手がシーツを探り一瞬泣きそうな顔をして尋ねた。

「お守り・・・マユのお守りは?」
「お守り?」
「おにーちゃんからもらったの。お守りだって、ピンクのケータイ。」

 マユの言葉にカガリが尋ねる様にエリカへ振り返ると彼女は心得た様子で医務室の片隅に置かれた籠から何かを取り出した。
 籠の中にはマユの来ていたシャツとバスタオル。そしてパステルピンクの携帯。
 海水に浸かった事で壊れた携帯だが、メモリに何か重要なデータを入れてあると思われたので修理し、データのバックアップもしたのだが何の変哲もない携帯だった。
 けれど中の写真を見たエリカには携帯の本来の持ち主がわかった。
 シンの実の妹マユのもの。
 彼は実妹の遺品を託したのだ。彼にとって何物にも代え難い宝物のソレを。
 それだけシンがマユを大切に思っている事の証明になるのだろう。マユもそれを感じ取り拠り所にしているのだ。
 差し出した手の中にある携帯にマユはほっとした様子で微笑み手を差し伸ばした。
 小さな手には少し大きく見える携帯を大事そうに両手で掴みキラを見る。

「これお守り。マユの宝物なんだよ。
 香水も大切だったけど持って来れなかった。
 ハロとトリィも置いてきぼりにしちゃったの。」
「・・・じゃあ、今度迎えに行こうね。その為にも元気にならなきゃ。」
「うん・・・。なんか・・・ねむい・・・・・・。」

 携帯を手にした事でほっとした瞬間、緊張が解けたのだろう。
 再び眠りについたマユは先程の違い落ち着いた呼吸と穏やかな表情だった。
 だけどキラは迷いから抜け出せない。先程のマユの言葉に答えられなかったのだ。
 次にはその答えを出さなくてはならない。

「マユは眠ったのか。」

 !?

 背中から掛けられた言葉にキラは驚き振り返る。
 何時から起きていたのかアスランが上体を起こしてこちらを見ていた。
 血の滲む包帯の陰から射抜くような視線がキラに向けられている。

「・・・アスラン。」
「キラ、話がある。」
「その前に私もお前に用事がある。」

 キラを庇う様にカガリがアスランの前に立つ。
 微笑み仁王立ちになる彼女にアスランは答えた。

「用なら後で聞く。俺は先にキラと・・・・・・っ!?」

 次の瞬間、キラは言葉を失った。
 傍にいたエリカもあらまあと口元に手を添えて呆れている。
 今目の前で繰り広げられている光景は通常ならば考えられない。

「カ・・・カガリ?」

 おずおずとキラが姉に声をかけると、カガリは微笑みながら振り返り答えた。

「ちょーっと待ってろ。今この大馬鹿無能部下に制裁加えなくてはいけないから。」
「でもアスラン頭に怪我してるし・・・その、脳天に踵落としは幾らなんでもヤバイんじゃないかと思うんだけど。
 それに騒がしくするとマユが起きちゃうし。」
「確かに。カガリ様、幸い死にはしない怪我との報告を受けておりますのでアスラン君を別室に連れて行った上でやって頂けますか?」
「ひぇっ!? ちょっと二人ともそれおかしくないか!!?」

 カガリの右足を頭のてっぺんに載せたまま涙目で訴えるはアスラン・ザラ。
 しかし彼の言葉は届かず足を下ろしたカガリの右手がアスランの襟首を掴み上げた。
 趣味は筋トレのカガリ・ユラ・アスハ。以前よりトレーニング時間が減ってはいるが男一人を連れ出すくらいは朝飯前とでも言いたげにそのままベッドから引きずり出しドアへと向かう。

 ずりずりずりずり

 ぴしゅっとドアが開く音を聞いた瞬間、アスランは血の気が引いた気がした。

「ちょっと待てカガリ! 制裁って何だ!?」
「喚くな。マユが起きるだろう。
 それにお前、本気で言っているのか?
 私がお前にプラント行きを許可したのは確かだ。だが・・・。」
「だが?」
「ザフトへの復帰を許可した覚えはない。情報集めで行ったはずのプラントで何処をどうしたらザフト入りの話になったのか是非とも教えて貰いたいところだがオーブの代表首長としてオーブの窮地に陥らせたミネルバに所属していた事と黒海で殉職した多くの兵やタケミカズチに乗艦していた者達の無念を思うとそれよりも先にしておきたい事がある。」

 ぱきぽきっ

 掴み上げた右手とは反対の左手より何やら不穏な音がした。
 元気一杯筋トレマニアのカガリの全力が予想される制裁とは如何に?
 考えるだけで地獄が見えるアスランは大慌てで後ろにいるキラとエリカに助けを求める。

「お願いだ! カガリを止めて!!」
「え・・・・・・。」
「でもねぇ。」
「「実質この艦の最高権力者だし、無理。」」

 二人の言葉に絶望に染まったアスランの顔がドアの向こうに消えた。
 暫くして遠くで聞こえた悲鳴に二人は耳を塞いで仕事に戻ったのだった。



 * * *



「じゃあアスランさん、また医務室で寝てるんですか?」
「いや、キラと話しているだけだ。私も手加減はしてやったし・・・この後、ハイネが全員集めて話をしたいと言っていたから担架に乗せてでも連れて来いと言ってある。アイツも来るさ。」

 アークエンジェルのミーティングルームでは点滴を繋げたままのメイリンがカガリと話していた。
 包帯やシップが痛々しいが頬の血色の良さから重症ではないと素人目にもわかる。
 医者からも無理はしないという前提で外出許可をもらったメイリンはハイネの生存に驚きつつも彼が行いたいと言い出した会議に出席したいと言い出した。
 カガリやハイネにとっても彼女が何故アスランと共にザフトを脱走する事になったのかは気になっている。
 けれどメイリンは全員の前で話すとまだ口を閉ざしていた。
 まだ16歳の少女が何を決意しているのか。辛くはないかと問うカガリの言葉にメイリンは笑って答えた。

「代表だって2年前は私と同い年だったじゃないですか。」

 これまでただのオペレーターとしての地位に甘んじていたメイリンと、いつかは国を支える為にと教育を受けて来たカガリとは最初から覚悟が違う。
 それでもメイリンは同じだと言った。
 もう、彼女の中で覚悟が決まったと言う事なのだろう。

 ぴしゅっ!

 ドアが開く音と共にマリュー、ルナマリアが入って来る。
 後に続いて捕虜である筈のネオ・ノアローク、そしてアークエンジェルクルーとムラサメ隊の隊員達が入って来た。
 全員が壁際に集まり中央の机を囲む形を取る。
 残るはキラとアスランのみ。
 映像パネル前にハイネが進み出て集まった者達を見回し時計を見た。
 時間は定刻15秒前。

「では・・・。」
「遅くなりました。キラ・ヤマトとアスラン・ザラです!」

 ドアが開きアスランに肩を貸しながらキラが部屋に入る。
 これで予定されていた重要人物全員が集まった。
 少しホッとした様子で全員が笑う中、進行役のハイネは苦笑交じりで言った。

「ギリギリだな。本来ならば5分前には部屋にいるべきだがこんな状況だ。
 今回は見逃してやる。次はないぞ。」
「はい。」

 ハイネの言葉に真摯に応えキラはメイリンの隣に置かれた椅子にアスランを座らせ傍らに立つ。
 二人の間でどんな話が為されたのかは知らない。だが大丈夫なのだろうとその場にいた全員が二人の表情から確信していた。
 真っ直ぐな瞳。
 二人とも濁りの無い意志に満ちている。
 ハイネも二人の目を見て安心したのか改めて部屋に集まった者達を見渡した。

「では改めましてこれまでの情報の総合作業、及び今後のザフト・・・いえ、デュランダル議長の動向予測会議を始めたいと思います。
 既に私の中で一つの仮説が固まりつつありますが、お話しする前にザフトを脱走したミネルバ所属のアスラン・ザラ、及びメイリン・ホーク嬢に脱走の経緯を話してもらおうと思います。
 良いか、メイリン。」
「はい。」

 真っ先に名指しされたメイリンに視線が集まる。
 異なる軍服を纏う者に恐怖を感じながらもメイリンは彼らに応えるべく話し始めた。



 * * *



 アークエンジェルで会議が行われている頃、隕石に偽装したエターナルでは同じようにプラントの動向予測会議が行われていた。
 そんな中、ダコスタが持ち込んで来た数少ない資料にラクス達は注目していた。
 メンデルはバイオハザードによる研究所放棄では考えられないほどに資料が抹消されていたと言う。
 また調査によると明らかに大戦後に何者かがメンデルに入り込んだ痕跡があったとダコスタは語った。
 まだ戦いが行われた時、キラとムゥがメンデルに入っている。その時に彼女は数々の資料が残されていたと語っていた。
 機能していない人工子宮、そして胎児のまま標本にされた兄弟達。その周りに散乱した資料ファイル。
 当然ながら中にはキラの研究レポートも残っていたのだろう。だがそれら全てが無くなっているという事実はラクスに議長への疑惑を深めさせた。

「目ぼしい物は殆ど無くて・・・机の奥に残っていたこのノートぐらいしか。」

 力なく語るダコスタは手にしたノートを差し出した。
 ノートを一枚一枚捲ると中には単なる走り書きや実験のアイデアなどが書かれている。
 恐らくはレポートにすらならない研究中のメモや日記代わりに使われていたものなのだろう。
 資料価値が無いと捨て置かれたのか、机の奥にあった為に見つからなかっただけなのか。
 あるページを開いた時、ラクスは後者と判断した。

「デスティニー・プラン?」

 書かれた名前に思わずフレイが読み上げる。
 「運命」と名づけられた計画の概要とは何なのかは書かれていない。
 しかしノートの持ち主と思われる人物が感想らしき書き込みをしていた。

【デュランダルの言う『デスティニー・プラン』は一見、今の時代には有益に思える。
 だが、我々は忘れてはならない。
 人は世界の為に生きるのでは無い。人が生きる場所。それが世界だということを。】

「世界の為に生きる人・・・・・・やはり議長の次の標的はオーブですね。」
「だからどうしてそうなるのよ。」

 ラクスの言葉にフレイが再び疑問を投げつける。
 彼女の言葉に同意するようにバルトフェルドとダコスタ達もラクスに問うような視線を向けていた。
 彼らを見回しラクスは一息吐いて話しだした。



 * * *



 メイリンの話を聞き、アスランに相違が無いかを確かめるとハイネは溜息を吐いて言った。

「大方俺の予想通りだな。」
「ハイネ、そろそろ君の結論を話してもらえる?」

 キラの言葉に同意するようにその場にいた全員が頷く。
 ここまで来たら話さない訳にはいかないとハイネは瞑目し話し始めた。

「俺は次に狙われるのはオーブだと確信している。
 狙われる理由はただ一つ。オーブの根源ともいえる理念が議長には邪魔だからだ。」
「オーブの理念が?」

 随分曖昧な理由だとカガリは戸惑った。
 国と国との対立は主に利益絡みが多い。宗教的な理由もあるがオーブはハウメア信仰を主としているが強制しているわけではないし、プラントには国教がないのだ。
 故に有り得ないと首を振るカガリにハイネは話を続けた。

「議長の最終目的が何であれ、今世界は一つの考え、価値観に塗り潰され様としている。
 それは別の見方をすると精神の侵略とも取れる。
 ここからは先は俺の個人的な解釈だ。
 オーブの基本理念を三つだが、その根底にあるのは一つだけだ。」
「根底にある・・・もの。」
「人の尊厳だ。」


 他国の侵略を許さない

 それはオーブの人間の尊厳を守ること

 他国を侵略しない

 それはオーブ以外の人間の尊厳を守ること

 他国の争いに介入しない

 それはオーブ以外の人間の尊厳・価値観を尊重すること


「他国の侵略を許さない・・・・・・これはよくわかるだろう。
 敗戦すればオーブの権利と尊厳は奪い取られるからだ。
 他国を侵略しない・・・・・・これは自国の利益の為であっても相手の尊厳を奪ってはいけないという自戒を込めた理念。
 最後の争いに介入しないはオーブさえ良ければいいとも受け止められるが見方を返るとまったく別の一面が見える。」

 言われてキラはハイネが出した結論を理解出来た。
 当り前のように聞いていた理念の奥深さに思い知らされながらも彼の言葉を繋ぐように答える。

「他国の争いにはそれぞれの国の価値観・宗教を含めた思想など多様な要因がある。
 だから介入する事はオーブの価値観や思想を押し付ける事になり他国の尊厳を奪う事にも繋がる。
 他国の争いに介入してはいけない理由は精神の侵略と同じことだから・・・そういう解釈だね、ハイネ。」

 頷いたハイネに全員が彼の解釈の仕方に驚いた。
 代表を務めるカガリすら驚愕する。
 散々教えられてきたはずの理念のその意味を改めて思い知らされた。
 2年前の自分に父ウズミがどれほど悲しんでいたのかと考えると涙が込み上げる。
 しかし話を止めるわけにはいかないとハイネは話し続けた。

「ある意味究極とも言える人の尊厳を守る理念は議長が推し進めようとしている『何か』の邪魔になるんだ。
 その『何か』は俺にもわからない。」
「それは恐らく俺が想像しているものだろう。」
「アスラン?」

 突如声を上げたアスランにキラが不思議そうに問いかけた。
 全員が注目する中、怪我で痛む腹筋に力を込めてアスランは話し始めた。

「議長は言った。
 自分の力を知り正しく使えば世界は優しくなると。
 そしてアークエンジェルとキラを否定した。
 『自分を知り、人々の為に役割を精一杯果たし、満ち足りて生きる事は幸せだろう』と俺達に語ったよ。
 だが彼の言う幸せとは彼の価値観を押し付けたものだ。
 キラ達が何故ザフトと共に歩めないのか考えた上では話さなかった。
 いや、知っていて邪魔だからと切り捨てたんだ。」
「アスラン、支離滅裂だ。結論だけ話せ。議長が望むものとは何だ?」
「・・・議長が望む世界。
 人が適性ごとに役割を振り分けられ機能する世界。
 人間が生きる為だけに動く人形のような世界だ。」
「手段は分からないんだな。」

 ハイネの問いにアスランが頷く。
 しかし目的の一部が分かった事で議長の動きに筋があると確信できたハイネは話を再開する。

「だが、何となく見えてきたな。
 実際、世界の動きを見る限り、議長は世界中に一つの思想を植えつける事に成功したと俺は見ている。」
「・・・ロゴス狩りね。」

 マリューの言葉に全員がはっとした表情になる。
 事実世界は議長の言葉に踊らされて動いている様に思えた。

「争いは全てロゴスにより引き起こされた。
 彼らが居なくなれば人類は戦うことなく平和に暮らせる。
 そういう思想を植え付けたと俺は考えている。
 結果を見れば人々は皆ロゴスを憎悪し彼らを狩り立て断罪しようとしている。
 ロゴスという生贄を捧げた後、『他者の価値観を尊重し精神の侵略を許さない』人の尊厳を守る理念を唱えるオーブは大きな障害になるだろう。」
「ならヘブンズゲートが落とされたら・・・。」



「次はオーブです。」

 ラクスはノートを抱えたまま断言した。

「俺の予想が外れていなければ・・・。」

 ハイネは言葉と共に背後のパネルに世界地図を映し出す。

「デュランダル議長はジブリールがヘブンズゲートから逃げる事も予想済みでしょう。」

 ブリッジのパネルに映し出された予想進路を指し示しラクスは言葉を続ける。

「そしてオーブ以外の逃げ道を塞ぎ追い込み、」

「オーブが逃げてきた彼らを引き渡せない様にし、」

「「ロゴスを匿ったとオーブを滅ぼす。」」



「ちょっと待って、なら偽ラクスはなんで必要だったの?」

 今までの疑問を全て吐き出す勢いで問うフレイに悲しげに表情を歪めながらラクスは答えた。

「それは私が『慈愛と平和の歌姫』だったからです。
 即ちラクス・クラインは『正義』の象徴。」



「ラクス・クライン一人なら偽者を立てれば良いがアークエンジェルはそうはいかない。
 目的を知られれば敵対すると分かりきっていたからな。
 だから代わりの『正義の戦艦ミネルバ』を作り上げた。」

「フリーダムのパイロット、キラの代わりに選ばれたのがシン・アスカなのです。
 議長は遺伝子解析のエキスパートですから・・・彼のDNAに他には無い特別な素因を見つけたのでしょう。」

「自分の意のままにできる『正義の戦艦』『スーパーエース』そして『平和の歌姫』これらに議長が拘ったのは二年前の大戦を終戦に導いた第三勢力を想起させやすいからだ。
 『終戦』=『平和』=『正義』
 連想ゲームで『誰が正義か』示しやすくした。」



「急がなくてはオーブが!」

 ラクス達が焦る中、警報がブリッジに響き渡る。

「あれは・・・偵察型ジン!?」

 警報と同時にセンサーを見ると其処にはザフトのMSの姿。
 確認した直後にモニターは砂嵐になる。監視カメラが破壊された事で全員が事態を理解する。
 エターナルが完全に見つかったのだ。
 だが何故?
 その疑問にバルトフェルドが吠える。

「尾けられたかダコスタ!」
「ええっ!?」

 ダコスタが青くなるが今更遅い。
 直ぐにジンの追撃に出ようとバルトフェルドがブリッジを飛び出そうとするがラクスが止めた。

「待って下さい。もう間に合いません。
 追尾してきたのであれば母艦もそう遠くない位置にいるのでしょう。
 恐らくはこの宙域は既に監視対象に入っています。」

 ラクスの言葉に全員が息を呑んだ。
 確かにジンだけでここまで追って来たとは考え難い。ジンを撃墜したところで発見されるのは時間の問題だ。

「私が迂闊でした・・・メンデルは見張られていたのでしょう。
 議長は私達が自分を調べる事も全てお見通しだったのです。」
「敵の方が上手って訳ね・・・。ラクス、ファクトリーは動かせないわ。」
「ええ、直ぐにエターナルを発進させましょう。
 敵の目を私達に惹きつけながら地球に向かいます。
 時間を稼げばファクトリーも対応する事ができます。」
「戦うにしたって今のエターナルにはナスカ級とだって戦う力は無いぞ。
 勝ち目はない。」

 バルトフェルドの言いたい事はこの場にいる全員がよくわかっていた。
 それでもラクスは首を振る。

「勝ちたいのではありません。守りたいのです。
 資料とファクトリーの皆さんが作り上げたあの二機はアークエンジェルに何としてでも送り届けなくてはいけません。
 最悪は降下軌道に逃げてポッド射出でこれらを送り届けます。
 ダコスタさん、ターミナルに状況報告を。
 フレイ、アルバートをファクトリーに。そしてヒルダさん達に伝えて下さい。」
「何て?」
「守るべきものの為に、今は堪えて下さいと。」

 頷いてフレイはブリッジを飛び出した。
 ドアが閉まると同時にラクスの声が響き渡る。

「エターナル、発進準備!」



 * * *



 強い日差しの中、軍港で一人の男が降り立った。

「ふぅ・・・暑い国ですね。
 まあ、長居する気はありませんが。」

 ジブリールのオーブに入国にウナトは苦い思いを押し殺し対応する。
 招かれざる客を迎え入れなくてはならない事情を抱えるオーブ行政府の想いを知ってか知らずか、ユウナは笑顔でジブリールに握手を求めた。
 それら全てがデュランダルの予定通りとは知らずに。


 続く


 極論だらけですがSOSOGUなりのオーブの理念解釈盛り込んでみました!
 これから修羅場で籠るので続きのUPは大分先になります。
 他のページの再UPも中々進まない中でいきなり話が飛んでいる様に思えるでしょうがどうかご了承ください。

 (2008.10.19 UP)

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