〜翼をください 前編〜


【ターミナルよりエターナルの緊急連絡です!】

 アークエンジェルのブリッジから響いた声に全員が身体を強張らせた。
 オーブが狙われる理由は推測に過ぎない。
 だが間違いなく狙われているとわかっているラクスの危機に騒然とした。

「ラクスが!?」
「状況報告を!」

 マリューの声に答えて受信した情報が読み上げられる。
 緊張に強張った声による報告にキラは拳を握り壁に打ち付けた。
 最悪の場合はポッドを射出すると言うがそれは人ではない。
 ラクスは覚悟を決めているのだ。しかしラクスを失う痛手は大き過ぎる。
 ハイネも悔しげに手を机についた。
 どうする事も出来ない。彼女を助ける方法は無いのか。
 考え続ける中、キラは顔を上げた。

「ストライク・ルージュ・・・・・・。
 確かルージュは電圧調整で元になったストライクと同じ仕様に出来るはずだよね。
 それに此処にはMSを単独で宇宙空間に送るブースターもあったはず。」
「だが、それだけでは。
 それにキラ、お前はマユに言われただろう!?」

 のらないで

 悲しそうに訴えた娘の言葉が思い出される。
 カガリの言う通りだ。キラはマユの言葉に答えていない。はっきりとした答えを出さないままの出撃は禍根を残す。

《それでも・・・僕は!》

「行け、キラ。」
「アスラン?」

 意外な声にキラが振り返るとアスランは怪我の痛みを堪える様に胸に手を当てながら続けた。
 モニターにターミナルからの情報が映し出される。
 エターナルの戦力では逃げ切るのは不可能だ。それでも、今ラクスを失う事の意味をアスランは知り過ぎていた。

「カガリだけでも・・・ラクスだけでも駄目なんだ。
 議長に対抗するには二人が揃って初めてっ・・・。」
「アスランさん、無理しちゃダメです。」

 メイリンが言葉を遮ろうとするがアスランが差し出された腕を振り払い続けた。
 息が苦しい。それでも伝えなくてはとキラを見上げる。

「彼女を失ったらお終いだ。
 俺達だけじゃない。・・・マユも。」

 その言葉にキラは部屋を飛び出した。
 ドアが閉まる寸前、キラは微笑みながら答える。

「ありがとうアスラン。」

 ドアの向こうに消えたキラに全員が動き出す。
 やるべき事は決まった。直ぐにキラのサポートに入らなくてはエターナル救出に間に合わない。

「ドックに通信を繋げろ!
 ルージュの緊急調整とブースターの取り付けを最優先にするんだ。
 ブリッジは空域に障害物がないかの確認とルート確保。急げ!!」
「ミリアリアさんはターミナルからの情報の再確認とキラちゃんのナビをお願い。
 これから議長の動きは更に能動的になると思われます。
 他の皆はアークエンジェルの修理作業に戻って!」
「「「はい!!!」」」

 カガリとマリューの声を受け全員が部屋を飛び出す。
 ハイネがカガリを見やると彼女は頷いて部屋を出て行った。
 後の者の指示は任せる。
 二人の無言のやりとりを理解しメイリンは指示を乞う様にハイネを見つめる。

「メイリンは医務室に戻れ。一人で戻れるな。」
「はい。」

 頷きメイリンは一瞬迷う様にアスランを見る。
 メイリンの様子にアスランは心配いらないと首を振り彼女に部屋を出るよう促した。
 ハイネにも促されるように頷かれメイリンは小さく礼をして退出する。彼女が出て言った事を確認するとハイネはネオに向かい直り言い放つ。

「ノアローク大佐、建前上ではありますがまだ貴方は捕虜として扱われます。
 貴方の部下であったアウル・ニーダは連合に不当に拘束されていた民間人としてオーブが保護、今後の治療もオーブが行う為に例え貴方が解放される日が来ても彼を引き渡す意思はこちらには無いとご承知頂きます。」
「ご承知頂きますって・・・そういう一方的なそっちの論理が通じるとでも思っているのかよ。」
「キラ・ヤマトがハッキングしたデータが世に出れば連合の言い分は通じません。
 オーブは他国の争いに介入しませんが保護を求める者が理念に反しない限り受け入れる国。
 特にアウルは意図的に記憶と意識を操作されていたと思われる。
 本当に彼の意志だけで連合に所属していたとは考え難い状況です。
 人間の尊厳を踏み躙る行為をオーブは許さない。尤も、連合が彼に対して行った行為を知ればオーブだけでなく世論も許すとは思えませんが?」
「アウルをお前らに任せろと?」
「治療次第で彼の本当の意思を知る事が出来るでしょう。
 それまでオーブが預かります。
 ノアローク大佐については既にマリュー・ラミアスの判断に任せるとの決定が下されています。
 今は慌しい為に現状維持となりますので医務室にお戻り下さい。」
「ご丁寧なこって。いいさ、さっきの話を聞かせたのだって俺が連合に戻るとか言う以前にザフトに協力させない為だろ。」
「ご理解頂き感謝しますよ。こちらも説明の手間が省けます。」

 連合に戻るか、それとも・・・。

 二者択一の選択をしろと言外に告げるハイネにアスランは瞑目する。
 自分にも選択は迫られている。
 アスランは理解していた。



 * * *



 まだ情報は漏れていない。だが時間の問題だとウナトは理解していた。
 ロード・ジブリールの身柄は現在オーブ行政府にはない。
 人目の多い行政府では何も知らない者達に知られてしまう。
 故にウナトは自宅へと彼を案内した。
 既に退路は断たれている。自宅へ彼を入れたと言う事はウナトとジブリールの関係を明白にしたも同然だ。
 カガリが戻れば自分は宰相の座から追われ、最悪国家反逆罪で国外追放となる。
 だがそんな未来よりも目の前の状況だった。
 彼は守らなくてはいけなかった。カガリが戻って来るまでオーブを守り続けなくては。
 その為にもジブリールを受け入れざるをえなかったのだ。
 当初、ジブリールからのオーブ入国の打診があった時にウナトは彼を拘束するチャンスと思い通信に出た。
 だがそれが間違いだったのかもしれない。

『レクイエムがオーブに流れない為にも、貴国の誠意ある対応を望みますよ。』

 モニター越しに微笑むジブリールに唾を吐きつけたくなる想いを堪えウナトは入国を許可した。
 その場にいた殆どの者がウナトの決定に驚愕したのは当然だった。
 今、ロゴスの中心人物であるジブリールを受け入れる事は世界を敵に回すも同じことだ。
 それでもウナトは彼の望みを受け入れた。

 オーブの為に

 ジブリールからすればウナトが通信に出た事はまたとないチャンスだったのだろう。
 彼はウナトがロゴスの一人と通じていた事を知り、それを逆に利用した。
 ジブリールを止める為、世界の被害を抑える為にロゴスに入り諜報活動を行っていた人物は死ぬ前にウナトとの連絡を繋げていたラスティに情報を託したのだ。
 ジブリールの切り札となる兵器の名と兵器のある場所。
 詳細な情報は得られなかったがあらゆる場所を狙撃する為に作られたその兵器はジブリールの管理下にあると。
 その情報がウナトに渡っていると知っていたからこそジブリールは逃げ場所にオーブを選んだのだ。
 兵器の名を告げればウナトには十分な脅しになる。

 受け入れなければオーブを撃つ。

 ジブリールは言外にそう告げたのだ。
 レクイエムの威力がどれほどのものかはわからない。
 しかし嘘と決めつけるにはあまりに危険な賭けと言えた。
 だが、レクイエムの存在が本当であってもオーブ狙撃はただの脅しである可能性がある。
 今のジブリールに実行力があるという確証がないのだ。

《とにかく情報収集を進めなくてはいけない。》

 その為にウナトは信頼できる部下の殆どを諜報活動に専念させた。
 今周りにいるのは信頼を寄せるには不安の残る部下ばかり。
 それでも自分の身の安全よりもオーブの未来を最優先にさせる為にウナトは出来る限りの対応をした。
 この状況でカガリにジブリールがオーブにいる事を知られる訳にはいかない。直情型の彼女がジブリールのいるオーブに乗り込んでくれば責任はウナトだけでなくカガリにも及ぶだろう。
 万が一の最終手段がとれなくなるかもしれないからとウナトはターミナルに情報が流れないように、同時にターミナルからの情報取得を禁じたが、それも時間が経てば彼の身を案じ誰かが匿名で流す可能性がある。

《せめてサイ・アーガイルがザフトに拘束されていなければ・・・・・・。》

 アスランの脱走補助の可能性ありと拘束されたサイは密命を受けて大西洋連邦の軍部調査をしていた。
 情報は多ければ多いほど確証を得易い。見極めは難しいがサイの年齢に似合わぬ落ち着きぶりにウナトは将来性を見ていた。
 彼ならばレクイエムに関する情報を得ている可能性は高い。問題は持っている情報を伝える為に動けぬ状況にあると言う事。

《間に合ってくれ・・・。》

 今は願わずにはいられない。
 現在、ラスティにはサイへの接触を命じている。
 鍵は彼らが握っていた。

《母なるハウメアよ。どうか・・・。》

 今は、女神に祈るのみ。



 * * *



 医務室のモニターに映るストライクの姿にマユは呆然としていた。
 ブースターをつけて空の彼方へと飛び行くMSに誰が乗っているか。
 言われなくても本能的に理解する。

「なんで・・・ママ・・・・・・。」

 大きな瞳に涙が浮かぶ。
 揺れる声にアスランがマユを抱き締めた。

「ママは決めたんだ。」
「ヤダ! アレにのったらダメなの!!
 のらないでって言ったのに。なんでママはヤクソク破ったの!?」
「ママは乗らないって言ったのか?」

 抱き締めながら問うアスランの言葉にマユは口を噤んだ。
 キラはマユの言葉に答えなかった。
 応えられなかったと言うべきかもしれない。
 思い出すのは戸惑うキラの表情。やっと会えた母が嬉しそうに微笑んだのは僅かな時間。マユの言葉に悲しそうに顔を歪め泣きそうだった。
 だからマユにはわからなかった。
 MSに乗らないで欲しいと願う事が何故キラを悲しませるのか。

「でも・・・。」

 マユは願ったのだ。シンのように行ってしまわない様に、キラには乗らないで欲しいと。
 そう願ったのにキラは行ってしまった。

「確かにMSは怖いものだよ。
 沢山の物を壊し、大切な人を奪っていく。
 けど、マユ。乗るのは人なんだ。」
「ヒト・・・。」
「どんな道具も乗り物も、扱うのは人なんだよ。
 扱う人により便利な道具は凶器になり、武器は人を活かす道具となる。」
「よく・・・わかんない。」

 自分が子供に説明する事が苦手なのは自覚している。
 けれどもアスランには他に言葉が思いつかなかった。
 どうしたらマユに自分が言いたい事を伝えられるのか・・・。
 必死に考え言葉を選びながら再びアスランは話し始めた。

「じゃあ、マユは何で最初はフリーダムを怖がらなかったんだ?
 インパルスも怖くなかったんだろう??」
「それは・・・。」

 怖くなったのは途中からだ。それまでマユはMSを恐れたりはしなかった。
 自分でも不思議に思い懸命に考える。
 最初は怖くなかった。なら、その最初とは何時なのか。

『ご覧マユ。アレがママだ。』

 不意に夢の中で響いた声が蘇った。
 声に促されマユが見上げた空は突き抜けるような蒼穹。
 その中で白い機体が青い翼を広げ戦っていた。
 不思議と怖くなかった。ママが乗っていると知ってただただその姿に見蕩れた。

『皆を守ってくれてるの。』

 そう言われてマユは知ったのだ。フリーダムが母であり自分達を守る為に戦っているのだと。

「あの時だ。」

 ふと、声に出る。
 あの時にマユはMSは恐れるべきものではないと教えられたのだ。
 けれどあの声は誰のものか、何時だったのかははっきりと覚えていない。
 確かなのはマユに教えてくれた声は二人だった事。一人はマユを抱きしめていてくれた事。
 何よりも安心できる人たちだったと言う事だ。

「おにーちゃんじゃなかった。」

 あの時、シンは傍にはいなかった事も思い出す。
 考えてみれば自分とシンは二人より前には出会っていなかった。
 顔もおぼろげの二人はキラと一緒に思い出される。だけどその傍に立つシンが思い出せない。
 覚えているのは身体が痛くて泣いている時にシンが抱き締めてくれた事。
 マユの知るシンはあの日から始まっている。その意味をマユは分りかねていた。

「おにーちゃん・・・・・・。」
「・・・マユ?」

 呟き黙り込むマユにアスランが不思議そうに問いかけるとマユはハっとした様子でアスランを見上げた。
 答えを探る瞳に今度はアスランが戸惑う様に首を傾げる。
 けれど、マユは少しだけ考え込むように俯き再びアスランを見上げて言った。

「ママは帰って来る?」

 本来ならば分からないと答えるべきだろう。
 けれど会議前にキラはアスランに言った。


 キラに聞きたい事は沢山あった。
 今までの事、何よりもマユの事を。
 けれどキラはアスランの口を塞ぐように指先で押し止めて、まずは自分が話し始めた。

『アスランの言いたい事はわかってる。マユのことでしょう?
 僕はね、臆病だったんだよ。
 傷つきたくなくて君に確認しなかった。マユの事も隠した。
 全部マユの為だって自分に言い聞かせて・・・本当は自分が傷つくのが嫌で逃げてたんだ。
 血に染まった手で母親を名乗る勇気が無くて、君の将来にも響くからって・・・。
 そこに僕の両親がシンの家族と共に流れ弾に当たって死んだと知った。
 最初はマユも死んだと思ってたよ。だけど調べて、あの子の生存を知りながらも僕はそのままにしたんだ。
 シンが家族を喪ったのは僕のせいでもあると思ったから。
 贖罪なんて都合のいい言い訳で逃げた結果がコレだった。
 だからアスランは僕を責めて良いんだ。僕も、覚悟を決めたから。
 マユは忘れないでいてくれた。僕を求めてくれた。
 だから僕はマユを守りたい。正直、マユにMSに乗らないでって言われて迷ったよ。
 フリーダムが無い今、僕に戦う力は無いし。
 だけどそれも逃げだ。MSはフリーダムだけじゃないし戦いはMS戦だけじゃない。
 まだ僕に出来る戦いはあるはずなんだ。
 守る為に戦う。戦いが起こるから悲劇が生まれる。矛盾だって理解しているけれど、今の議長の行動に疑問を持つ僕らには対抗する為の手段の一つが【戦い】なんだ。
 ねえ、アスランはどうしたい?』
『どうしたいって・・・。』
『何故マユを連れ出したの?』

 キラの疑問は当然だった。
 例え利用価値が無くなったとしてもマユはまだ幼い。
 これからのプラントの為にも殺すという選択肢は選ばずに本国へ強制送還した方が良い。
 今後の教育プログラム次第で新たな価値を見出すかもしれないからだ。
 例えザフトに残してもマユに命の危険は迫らない。
 わかっていた。それでもアスランは連れ出した。

『親として・・・マユを守りたかったからだ。』

 結局出た結論はこれだった。
 生きていれば良い事があると言ったのは誰だったか。
 例え戦いばかりの世界でも、以前のアスランはマユの安全が確保された方法を選んだはずだ。
 だが、ギルバートの描く世界には『良い事』が想像できなかった。
 マユが将来笑っている姿が浮かばない。そんな世界に残す事が娘を守る事に繋がるとは考えられなかった。

『僕も同じだよ。アスランと同じ意味でマユを守りたいと思ってる。
 その為にはやっぱり力が欲しい。大切な人達を守る力が。
 だから・・・・・・僕はまた戦いたい。』
『マユとの約束は?』
『約束は、してない。ずるいよね。答えてないから約束は成立してないなんて・・・本当に酷い答えだと思う。
 でも、僕は・・・マユに明日をあげたい。』

 キラはずっと迷っていたはずだった。悲しんでいたはずだった。

『俺は・・・キラをわかってなかったんだな。』
『僕だって、アスランをわかってないよ。
 だから・・・今度はちゃんと話そう。
 アスランは不本意かもしれないけど、父親として相談に乗ってくれる?』

 泣きそうなキラにアスランは怪我の痛みをおして手を伸ばす。
 消毒液の匂いがキラを包むと、キラは驚いた様に肩を竦めた。
 そんな仕草も愛おしくてアスランは更に力を込めて抱き締め、キラの耳許に囁いた。

『不本意なんかじゃない。だからキラ、誓ってくれ。』



 アスランはあの時、不確実な誓いをキラに立てさせた。
 自分も立てた二人の誓い。

「ママは帰って来る。絶対に。
 パパと約束したんだ。」

 必ず戻る。マユの為に、アスラン達の為に。
 そう誓いを立てたのだ。例え絶望的な戦いでもキラは生きる為に必死になるだろう。
 そして・・・・・・。

「なら、マユは待ってる。ちゃんとママとはなすよ。」
「そうか。」
「ところでアスおにーちゃん。ずっと気になってたんだけど。」
「何だいマユ。」

 キラの話題から突然転換したマユにアスランは驚きながらも問い返す。
 するとマユは身体を回転させてアスランに向き合い言った。

「パパって何?」
「え゙。」
「マユ、ママとおにーちゃんしか知らない。
 パパって何のこと?」

 疑問と共に首を傾げるマユの仕草にアスランは固まった。
 隣のベッドのカーテンの向こうから忍び笑いが響いている。
 人影らしきものが震えていることからして、寝ていると思っていたネオが実は二人の会話を聞いていて遂に笑いが堪え切れなくなっているのだろう。

 父親として出発しようとしているアスランの最大の課題

《もしかして父親の概念と一緒に俺の事を一から教えなくちゃいけないのか―――っ!!?》

 新人パパ、アスラン・ザラ。
 彼は今現在、人生最大の難関を前にしている事を理解した。


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 (2008.10.19 UP)

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