〜翼をください 後編〜 隕石に見せかける為に偽装していたパーツを全て切り離し発進したエターナル。 ラクスの言葉通り母艦は遠くない位置にいた。 ジンの知らせを受けて周囲を張っていた他の戦艦も集まりエターナルへと追い縋る。 ここまではラクス達の思惑通りだった。まだファクトリーが残っている事に気付かないらしく、エターナルのいた宙域に留まる艦はない。 このまま引き離せばファクトリーの撤収作業は滞りなく終わるだろう。 だが・・・・・・。 《完全に追い詰められた。》 ザフトが依然捕獲したガイアを搬送ルートから奪取し流用しているとは言え、新鋭機体一機だけで戦局を変えるのは難しい。 バルトフェルドの技量は称賛に値するものだが、スーパーエースと呼ばれたキラ達には一歩及ばない。 況してやこれほどの戦力差を引っくり返すにはガイアの力では無理だった。 フリーダムやジャスティスの様に核エンジンを搭載しているわけでは無い以上、エネルギー残量の問題もある。 焦っているのはバルトフェルドだけでなくエターナルにいるラクスも同じ。 弾幕を張りミサイルを防ぐも完全ではない。 幾つかは辺り艦に被害が出ていた。後どれだけ耐えられるのかは考えたくない程にエターナルの速度は落ちている。 《降下軌道に辿りつくまで持ち堪えられるのか・・・。》 状況を見る限り絶望的と言えた。 孤立無援のエターナルの悲痛な願いは叶わないかもしれない。 そんな考えが浮かんだ瞬間、センサーの警戒音が鳴り響いた。モニターにガイアを狙うグフが映る。 間に合わないと思ったバルトフェルドの目の前でジンの持つライフルが弾かれ火を噴いた。 次々と他のザクやグフも狙撃されていく。戦力を削ぎ落とされていく敵の姿に驚きながらもバルトフェルドは射線から自分を助けた存在を見つけ出した。 凄まじい勢いで地球の方向から自分達の戦場へと向かってくる見覚えのあるMS。 「ストライク!? キラか!!」 【バルトフェルドさん!】 バルトフェルドの疑問に答える様に通信機からキラの声が響く。 たった一機の援軍。望んではいけないはずなのに何処か嬉しく思いながらもバルトフェルドは叱咤する。 【馬鹿! 何で来た!!】 【すみません。でも心配で!】 【だったら、早くお前の機体を取って来い!】 【え?】 バルトフェルドの言葉に気を取られた瞬間、ストライクの右腕が吹き飛んだ。 弾け飛んだストライクのビームライフルをガイアが掴み、攻撃してきたザクを狙撃する。 右肩を吹き飛ばしたのみだが、見事な対応に他のザクやグフは警戒した様子で一瞬攻撃が止んだ。 次の攻撃に備える為に一度背中合わせになり周囲を警戒しながらもバルトフェルドは言葉を続ける。 【急げ!】 【・・・はいっ!】 意味は瞬時に理解した。 エターナルがターミナルに流した情報。彼らは何としてもポッドを送り届けると伝えてきた。 その一つがキラを待っている。 直ぐにエターナルに向かうストライクをグフの攻撃が襲う。 だが、ガイアの狙撃がそれらを阻んだ。 その間にストライクがエターナルのワイヤーに絡められ緊急収容される。 「さぁ! もう暫くは俺が相手だ!」 戦況は先程と変わらない。 しかし、確かに違うものがある。 今のバルトフェルドにはこの戦いに希望が見えていた。 * * * 通常とは違う着艦をした為にキラはエターナルのドッグへと向かっていた。 その通路の先にピンクの長い髪をした少女が見える。 「ラクス!」 「キラ!」 束の間の再会。友の無事に安堵し抱き締め合い、喜ぶ。 だけど時間がない。エターナルの危機は直ぐ傍に来ているのだ。 直ぐに顔を引き締めキラはラクスに問う。 「アレは?」 「――こちらです。」 本当なら友人を戦場に送り込みたくはない。そんな僅かな心の揺れに表情を曇らせながらもラクスは案内した。 ドッグの奥にある二体の機体。 見慣れた機体だが細部に違いがある。関節を金色に光らせたそれは愛機とほぼ同じフォルムをしていた。 「ストライクフリーダムです。」 声は固い。ラクスの中で葛藤はあるのだろう。 強制はしない。けれど乗るなとも言えない。 彼女に出来るのはこれだけなのだ。 「ありがとう。これで、僕はまた戦える。 僕の戦いを。」 《・・・守る為の戦いを。》 内包する矛盾全てを理解したわけではない。 今の道も絶対に正しいと思っているわけではない。 それでもキラは戦う事を『自分で選んだ』のだ。 大切なものの為に。 一瞬、泣きそうになるラクスに言い聞かせるように微笑みながらキラは続ける。 「待ってて、直ぐ戻るから。 そして帰ろう。皆のところへ。」 帰りたいから戦う。望みがあるから抗う。 決意を固めたキラに、ラクスは頷きブリッジへ向かった。 ストライクフリーダムのコクピットへ滑り込みキラは起動を始める。 モニターに映るOSを眺めながらまた言葉が零れる。 「ありがとう。泣いてくれて。 翼をくれて、ありがとう。」 ラクスがブリッジに向かう為に振り返った瞬間、煌めいた雫を忘れない。 《必ず帰るから・・・アスラン、マユ。》 通信機からラクスの声が流れる。 ナビをしてくれる彼女の声に応えてキラは叫んだ。 「キラ・ヤマト、ストライクフリーダム行きます!」 虚空を羽ばたくは新たな青い翼。 * * * 悪夢が迫る。 正しくは悪夢とは言わない。 シンは今、過去と向き合っていた。 始まりは怒りに吠えたオーブでのあの日。 マユを守る為にプラントに渡りザフトに入隊したシンはやがて始まった戦争に身を投じた。 目の前の敵を倒し、また生まれた更なる怒りに剣を振り上げる。 次々と現れては消える人々。 フレイ、トダカ、ステラ、キラ、メイリン、アスラン、そしてマユ。 一番守りたかったマユの悲痛な叫びが耳に蘇る。 守るべきマユの声をシンは・・・。 それでも戦いは続いて行く。 そして今も。 「はっ!?」 何が切っ掛けだったのかは覚えていない。 心臓がばくばくいっている。確かなのは自分が生きていると言う事。 漸く悪夢から覚めた事にほっとして息を吐いているとドリンクが差し出された。 見上げれば無表情のままドリンクを持つレイがいる。 礼を言いドリンクを受け取り飲むとレイはいつもの無感情な声で言った。 「大分魘されていたようだな。」 「あ・・・ああ。」 躊躇うように肯定してシンはそれきり黙りこむ。 レイは見透かすような視線を向け言った。 「もう直ぐ受勲式の時間だ。着替えるぞ。 こんな状況だから簡易的な式になって済まないと議長から伝言を受けている。 まだジブリールが見つからない今、忙しくて時間がない議長が無理にスケジュールを捻じ込んでくれたんだ。 遅れる訳にはいかない。」 「・・・わかってる。」 トリィ! シンを慰める様にトリィがシンの肩にとまる。 鳥らしくない変な鳴き声にオーブでのキラとの会話が蘇る。 《約束の証・・・か。》 おかしな気がする。 肝心のマユがいないのにキラが忘れるなと託したトリィだけがシンの許に残ったのだ。 そしてマユの代わりとでも言う様にトリィはシンの髪を毛繕いするように擽り慰めている。 皮肉と言う他ないだろう。 それでもシンはトリィの存在が嬉しくなる。純粋に自分を心配してくれる存在に。 友人達も気にはかけてくれるが、先程の悪夢を思うと何も知らないトリィの慰めの方がほっとする。 「・・・アスランとメイリン。」 「!?」 「その様子からして悪夢は彼らか。」 目を見開き黙り込んだシンから確信を得たレイはタオルを差し出しながら言葉を続ける。 嫌な汗は大分引いていたが、引き切らない汗が身体を冷やしていたのだがタオルを当てて初めて気づく。 クリーニングを繰り返し馴染んだタオルの心地良さもありシンはレイの言葉に答えない。 いや、正しくは答えたくなかったのか。 シンが見た夢に出て来たのは二人だけではない。自分を気遣ってくれた者、諭してくれた者、慕ってくれた者。 まるでシンに気づけとでも言うように彼らは現れては消えた。 そして象徴的なマユの悲鳴。 今の自分に問題があるとでも言いたげな夢はシンの深層意識が放つ警告なのだろうか? わからないままでは話せないとだんまりを決め込むシンの耳をレイの言葉が突き刺す。 「俺が撃てば良かったな。お前は優し過ぎる。 だが・・・それは同時に弱さでもある。それでは何も守れない。」 衝撃が走った。 シンの行動の根底にあるものは大切な人を守りたいという想いだ。 知らなかったとはいえ彼らと共にいたマユを、守りたいと思っていた妹を守るどころかこの手で葬った。 その事実とレイの言葉はシンの心を突き刺す。 《優しさは弱さ? だから俺はマユを守れなかった??》 けれど心の中に残る違和感がレイの言葉を肯定し切れない。 迷いを見せるシンとは対照的にレイははっきりと言い放つ。 「彼らは敵だったんだ。マユを巻き込んだ彼らを俺は許すつもりはない。」 二度目の衝撃。 レイの言う通りアスラン達はマユを巻き込んだ。 だが、一つだけシンの記憶に引っかかる言葉があった。 あの時アスランが叫びかけた言葉。 『どうしても討つと言うのであればメイリ――』 レイに遮られて最後まで聞けなかった言葉の続き。 《巻き込んだのは本当だ。けど、アスランはメイリンだけじゃなくマユがいる事も伝えようとしていた?》 言葉を聞く優しさがあればマユはこの手に戻っていたかもしれない。 そう思うとシンはどうしても迷いを捨て切れなかった。 それでも今は前に進むしかない。 クローゼットを開けて取り出した軍服は紅。初めて着た時と違い、今のシンにはひどく重く感じた。 * * * カタカタとキーボードを叩く音が続く。 けれどヴィーノはこれらの音が必要ないと知っていた。 見直し三回目も先程終えた。それでもまた、ルナマリアはインパルスの中に籠って計器の見直しとOS調整を見直している。 まるで何かに没頭する事で自分を保っているかのように。 鬼気迫るルナに他の整備士達は声を掛けられずにいる中、ヴィーノは決意したようにインパルスのコクピット前に来て言った。 「ルナ、ちょっと話したいんだけど。」 「見ててわからない? 最終調整中よ。後にして。」 「何回目だと思ってるんだ。これ以上は逆にインパルスの負担になる。 自分を誤魔化すのはもう止めろよ。」 ピタリとキーボードを打つ音が止まった。 途絶えた音にヨウランがヴィーノの姿に気づいてインパルスへと向かう。 その間にもヴィーノは話を続けた。 「考えたくないから仕事を理由に逃げてるだけだろ。 そんなのルナらしくないよ。」 「・・・逃げる? 私が一体何から逃げてるって言うのよ。」 「本当に気付いてない? それともまだ自分を誤魔化す気??」 「何を言いたいのかさっぱりわからないわ。」 挑む様な目でヴィーノを睨むルナマリアはいつもの明るさを無くしていた。 何時から彼女はこんな顔をする様になったのだろうとヴィーノは悲しそうに表情を歪め、首を振る。 「やっぱ、わかってるんだ。 俺は・・・ルナほど知ってるわけじゃないけど考えたよ。」 「いい加減にして、訳わかんない。」 「・・・ルナは。」 本当にメイリンが裏切ったと思ってる? 声は小さく擦れたものだ。 それでもルナマリアや丁度二人の傍に来たヨウランにははっきりと聞こえた。 ヨウランは慌てて周囲を見回すが他にヴィーノの言葉を聞いた者はいないらしく誰も注意を払っていない。 その事にほっとしながらヨウランはヴィーノの肩を掴み振り向かせる。 「馬鹿、こんなところでそんなこと言う奴があるか。 それにルナの気持ちを考えろよ。」 「考えたよ。でも、ルナにこそ考えてもらわないと、答えてもらわないといけないって思ったんだ。 今のザフトは敵だったはずの連合すら仲間にしてみんな議長の言葉を歓喜して沸いているけど、俺は違和感がしてどうしても今の状況を喜べないんだ。 最初はそんなこと思ってなかった。だけど、あの嵐の夜から俺はずっと考えてる。 はっきりとした心の蟠り。 全部、二人がいなくなってからだ。」 「保安部が調査しただろ。アスランはアークエンジェルと繋がってて協力者のメイリンが機密情報をロゴスへ横流しにした恐れがあるって。」 「それが余計にわからないんだ。 何でアークエンジェルとロゴスが繋がってるって言い切れるんだ? あの艦だってデストロイと戦ったのに。」 「あのMSの情報をアークエンジェルが持っていた理由は何だよ。 説明がつかないだろ。」 「ロゴスを支持していてそれを隠していたのなら、あの艦が疑われる事を承知でミネルバにデータを送る理由はないだろう? あの時、通信に出たのはアスハ代表だったってメイリンは言ってた。 他の奴に確認すれば直ぐにわかることだから嘘はないと思う。 つまり、アークエンジェルはオーブと繋がっている事を表明した事になると思うんだ。 代表もそれを承認していたから通信に出た。」 「あのオーブ代表は偽者だって。黒海での戦いでオーブはそう断じた。」 「本気で信じてるわけじゃないだろヨウラン。」 ヴィーノに断言されてヨウランは言葉に詰まる。 わかっていた。あの時のオーブの立場からカガリの言葉を肯定する事は大西洋連邦への背任を肯定する事と同じ。 あの時のオーブ連合首長国の立場はあまりにも微妙過ぎた。今も情勢が変わりつつある中、その立場の複雑さは変わっていない。 実質オーブを纏めているのがセイラン宰相であるのは周知の事実なのだ。 ならば黒海でのカガリとオーブ国軍の相反する行動はオーブが二つに割れていることを意味している。 そして思い出されるのはアーモリー・ワンの事件後、ミネルバに乗艦していたカガリの態度。 深く知るわけではないが彼女の潔癖さはヨウランにもわかった。そのカガリがロゴスを容認するだろうか? 否と心で理解しながらもヨウランはその事実から目を背けていた。 自分の陣営が正義だと信じたいばかりに。 いつものヴィーノならヨウランと同じように流されていただろう。 しかしメイリンの死をきっかけに彼は振り返っているのだ。 《悔しい。》 不意に湧き上がる劣等感。 いつもは自分がヴィーノを引っ張っていた。 けれど今はヴィーノが自分をリードしている。 その事実をヨウランは認められなかった。 「でもそれが国際的に認められている判断だ。」 「じゃあ自分が見た事実も否定するの? 議長とラクス・クラインのロゴスとの全面対立発表。放送は皆見てるよね。 ヨウランだってあの時、俺と一緒だった。 録画放送を見ていた時に部屋の一角でマユが叫んでたのを俺は聞いた。 皆が気づいていながら言葉にしなかった事実を今、俺達は考えなきゃいけないんだ!」 はっと息を呑む。 ヴィーノが言いたい事が二人にはわかっていた。 意図的に削除された映像。 デストロイとの戦いを記録した映像は明らかにミネルバの戦闘記録だ。 そこに映っているはずのアークエンジェルとフリーダムの映像が消えていた事実は多くの者が気づいていた。 マユの叫びがきっかけで気づく者もいたはずだ。だが、誰もがその事実から目を背けた。 「なぁ、保安部の調査発表って本当事実だったのか? メイリンが許されていないマザーコンピュータにハッキングした痕跡が残ってたって報告も俺には信じられない。」 「そうやって俺達を騙してたかもしれないだろ!」 「知ってるよ。俺が頼んだから!」 「え?」 ヴィーノの答えにそれまで黙りこんでいたルナマリアが顔を上げた。 以前、アスランの旧友がミネルバ内でナイフ戦をした時にメイリンはアスランを調べたと明かした。 単なるミーハーだと思っていたが、それがヴィーノの依頼によるものだったのかと問う様に視線を送るとヴィーノは気まずそうに頷き答えた。 「俺が、頼んだんだ。 ザラ隊長のプロフィールとかラクス・クラインの情報を調べられないかって。 だって二年もの間、世界にも、プラントの国民にすら姿を見せなかったラクス・クラインが戦争を機に活動を再開して婚約者の隊長もザフトに復帰したんだ。 ファンの俺としては彼女が二年間何故姿を現さなかったのか、隊長との関係はどの程度のものなのか気になってメイリンに調べられないか頼んでみたんだ。 メイリンは心配する様な関係じゃないと思うって言ったけど・・・引き受けてくれたんだ。 その結果をメイリンはデータ調査の過程を交えて教えてくれたんだ。 何故かラクス・クラインのプロフィールについては公式サイト以上の物は調べられなかったって。 関係するアークエンジェルやエターナル、オーブとの三隻同盟についても詳しい情報はザフトのマザーの中、ロックが掛かってて軍紀違反になるからこれ以上の調査は無理だって言われた。 ザラ隊長も似たようなもので・・・何故大戦中にザフトを脱走したのかも、彼と共に戦ったフリーダムのパイロットについても調べられなかったんだ。 その時に俺はメイリンに教わったんだ。サーバーから痕跡を消す方法を実地で。 ヤバい情報を調べたつもりは無かったけどメイリンは『嫌な感じがする。』って言いながら俺に教えながら消してた。 だから俺は保安部が報告したっていうメイリンのマザーへのハッキング行為が何時頃から行われていたという内容なのか調べてみた。 ちょっと懐は痛かったけどペロッとしゃべってくれる奴が捕まって良かったよ。」 「ヴィーノ、そこまでして・・・。」 「保安部の報告したメイリンの不審行動の時期は、俺が頼んだ調査時期と一致していた。」 「メイリンがお前を証言者にするつもりでやった可能性だって・・・。」 「友人の、一整備士でしかない俺が証言出来たとしてもそれが取り上げられると思う? しかも知っているのは俺一人だ。何の意味もないよ。 報告内容は俺のところにまで降りてきたわけじゃない。本来知ってはならない報告内容と不正ルートで聞いた俺が証言したところで軍本部は俺を軍紀違反で処罰して証言は無かった事にするさ。」 ヴィーノがどれだけ悩んだのかわかる。 自分のせいで疑いを掛けられたのか、それとも本当にメイリンが裏切っていたのでは。 人に話せる内容ではない。けれど話さずにいられなかったのだ。 姉であるルナマリアに、彼女の意見を聞きたかったのだ。 恐らくヴィーノの中では答えが出ているのだろう。 最後に、ルナマリアに肯定してもらうだけ。 「ルナ、答えて。」 挑む様な視線がルナマリアを貫く。 今度は答えから逃げる事は出来ない。 ヨウランもヴィーノの覚悟を知ったのか今度は黙ってルナマリアの答えを待つ。 「本当にメイリンが裏切ったと思ってる?」 二度目の問いに唾を嚥下し喉を潤す。 それでも声が擦れたのは疲れの為か。 「それが、ザフトの判断。事実メイリンはマユちゃんを巻き込んだわ。 私は姉としてあの子がしでかした事を償わなくちゃならない。 だからロゴスと戦うわ。戦いを終わらせなくちゃ悲劇が繰り返される。 ジブリールさえ倒せば世界は平和になる。実際世界中がロゴスを倒せと叫んでる。 私は、自分が出来る事する為にインパルスに乗るのよ。 ヴィーノはこの先どうするの? ザフトを辞めたい??」 「整備士を続ける。 皆を死なせたくないから俺に出来る事をするんだ。」 はっきりと断言したヴィーノにヨウランはほっとした表情で息を吐く。 ヴィーノの発言は危険思想と見られる。だが彼自身がザフトで整備士を続けたいと言うのであれば友人としてはそれを応援したいのだろう。報告する気は無いとルナマリアに頷き、ルナマリアもヨウランに頷き返した。 雰囲気が一瞬和らぎルナマリアは時計を見直す。 もう格納庫を出なくては受勲式に間に合わない。 慌ててキーボードを打ちこみ直しモニターの電源を落としコクピットを抜け出した。 * * * まるで他人事の様だと思う。 ヘブンズゲートでの功績を讃えられ着けられた勲章が胸にある。 本来ならば議長直々に授与される事は名誉な事だ。 けれどルナマリアには胸の勲章が重苦しく思えた。 目の前でシンとレイが勲章の他にフェイスの称号が与えられ一際大きな拍手が沸き起こるのも白々しく思える。 先程のヴィーノの言葉が思い出された。 格納庫の床に降り立ち出口へと向かおうとするルナマリアの背中へ向かいヴィーノが最後の言葉を掛けたのだ。 『俺はメイリンを信じてる。』 過去形ではない現在形の言葉がルナマリアの背中に重く圧し掛かった。 《翼が欲しい。》 唐突に思う。 今すぐにこの場から飛び出し何も考えずに空を飛びまわれたらどんなに幸せな事だろう。 重圧から抜け出し全てから解放されたいと思う。 しかし現実はルナマリアが望むものはくれなかった。 突如飛び込むジブリールの潜伏先の情報。 オーブと聞かされ驚く者が多い中、ルナマリアは確かに見た。 僅かだが、愉悦に歪むギルバート・デュランダルの顔を。 一瞬で消えたそれが意味するのはこれでロゴスとの戦いが終わることへの喜びか、それとも別の目的によるものなのか・・・。 《別の目的?》 一瞬浮かんだ考えにルナマリアは疑問に思うが直ぐにそれを打ち消す。 余計な事に囚われていては戦いに負ける。 これからルナマリアは戦わなくてはいけないのだ。 翼を背負うインパルスに乗って。 けれど思う。自分が先程望んだ翼と違い、インパルスが背負う翼は酷く重い。 《ああ、戦わなくちゃ。》 自己暗示のように心の中で繰り返しルナマリアはミーディングルームへと向かった。 続く ルナマリアの心理も追いたいよな〜と思って書いたお話です。 題名の「翼を下さい」はキラとルナマリア両方に関係しています。 キラは決意を固めストライクフリーダムの翼を手に入れますが、ルナマリアはドロドロとした義務感から薄々気づいている色んな思惑が絡んだインパルスの翼を背負いました。 当初はキラとシンを対照的に見て書くつもりでしたが、この二人の方がある意味対照的に見えるよな〜と考えた結果です。 戦闘シーンよりも心理描写を重視しているつもりなので戦闘シーン好きの方いらっしゃいましたらすみませんとお答えしておきます。 所詮、SOSOGUが書く話と諦めて下さい☆ (2008.10.19 UP) |
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