〜業火再来 前編〜


 白い軍服は艦長・隊長クラスの軍人の証。
 それ故に目立つが逆にその軍服は信頼の証になり、この時期の半日休暇も戦闘続きのミネルバ艦長ともなれば気分転換も必要だろうと簡単に降りた。
 たった半日。実質は3時間の時間休だ。
 その僅かな時間がとても重要だった。
 タリアにとってはではない。未だザフトに拘束されたままのサイ・アーガイルにとって。
 ジブリールがオーブにいるとわかりサイの拘束期間は延ばされた。彼がザフトに囚われている間にジブリールがオーブ入国を果たしたのは調べがついている。故に彼が直接関与した可能性は皆無だ。
 だが、間接的に以前から関わっていた可能性はある。
 そう推測したザフト司令部の命令からサイは動けずにいた。
 けれど彼はそうした事態を予測していた様でまるで取り乱す様子がない。
 何度問われても自分が知らない事は答えられないと首を振るだけ。精神的な揺さぶりは暴力にも発展したらしくタリアは頬を腫らしたサイをマジックミラー越しに見た。
 手の中には小さな紙切れ。サイにアスラン脱走に関する尋問を行った時に託されたものだ。
 ラクスの行方と、ある情報ネットワークへのメッセージ送信の依頼。
 予想通りサイは本物のラクスが宇宙にいる事を知っていた。しかし地上で活動する彼には直接かかわる事がない為にその正確な情報は知らないと補足説明がされていた。
 そしてジブリールの所在がはっきりとわかった時、自分がザフトに囚われたままならばメッセージ送信を頼むとメモに書いていたのだ。
 恐らくは彼女にこんな情報を明かしたくは無かっただろう。
 それでもサイは前以て手を打つ必要があると考え彼女に予め託すことにしたのだ。
 情報の秘匿は軍紀違反に問われる。軍人であるタリアはこの情報を手にした直後に報告する義務があった。
 しかし彼女はそれをしなかった。
 サイの真剣さに心打たれたから?
 それは違う。これは彼女のささやかな抗議行動だった。誰に知られる事の無いタリア・グラディスからのギルバート・デュランダルへの抗議はたった一つのボタンで終了した。

 メッセージを預かりました。
 「鍵は地に鍵穴は天に。」
 サイ・アーガイルからのメッセージです。

 息の詰まる基地から少し出たいと言えば基地を離れる事は簡単だった。
 ネットカフェのパソコン画面に映るメッセージの意味はわからない。
 けれどこのネットワークへのアクセス痕跡を消す必要があると感じタリアはキーボードを叩き始める。
 このメッセージが意味するものが何か知るべきだったとわかるのは大分後の事である。



 * * *



 半分出店が占めているモールの一角で彼は昼食を取っていた。
 安いバーガーをパクつきジュースで流し込んでいるところに携帯のメロディーが鳴る。
 特定の相手に合わせたメロディー音にラスティは慌てて携帯を取り出した。
 ターミナルからの新情報。慌ててノートパソコンを広げターミナルへアクセスすると其処にはサイからの短いメッセージが表示されていた。
 言葉の意味を理解しラスティは自分がオーブ国外に出ていた事を呪う。
 ウナトからの依頼でサイが知っていると考えられるジブリールが作らせていたレクイエムの実態と起動条件の確認の為だった。
 レクイエムについて何かを知っているであろうサイはザフトにその身柄を拘束されている。
 彼と接触できないかとジブラルタル基地周辺を調査していたところへターミナルからのメッセージだ。
 サイは恐らくザフト内の協力者を得たのだろう。
 ラスティが、そしてウナトがサイを信用していればオーブ周辺で情報収集する手もあった。
 けれどウナトは焦っておりラスティはサイを知らなかった。だから信用し切ることが出来なかった。

「くそっ!」

 毒づいても状況は変わらない。
 既にザフトと始めとした各国の軍がオーブ周辺へと終結しつつある。
 それに伴いオーブへの通信が規制された。全てジブリールを逃がさない為だ。
 ターミナルへ情報を流しているにも関わらずオーブからは何のリアクションも無い。
 アクセスを避けているウナトは知らないのだろう。そしてレクイエムについて知るのはウナトとラスティ、そして情報を掴んでいたサイだけだ。
 混乱を避ける為の処置とは言え、情報の制限を厳しくし過ぎた弊害がここで起こっている。

《もしかしたらそれすらも計算のうちかもしれない。》

 そんな考えがラスティの脳裏に浮かぶ。
 自分達が相手にしているのは何度も先手を取っているギルバート・デュランダルだ。常に奥の手を持つ彼ならば考えられないことではない。
 しかし、例えそれが真実であったとしても今のラスティ達には意味を成さないものだ。
 今オーブは再び業火に焼かれようとしている。それを避ける為の情報を持っているのはラスティなのだ。

「間に合わせてみせるさ!」

 叫んでラスティは店を飛び出した。
 頭の中で最短の移動手段を考える。一番確実なのはロゴスに入り込んでいた老人の執事を頼ることだ。
 暴徒により主人である老人は殺されたが、ベルリンからの避難民の受け入れが一旦落ち着くと彼は執事を始めとした親しい者達を遠ざけた為執事は無事だった。
 オーブからジブラルタルへのルートを確保し協力してくれた彼ならば最短のルートを知っているだろう。
 携帯で連絡を取り自分の考えが正しいことを知るが、彼が指定する場所へ行くには車で1時間程。
 公的交通機関ならばルートの関係上その倍は掛かる。一分一秒を争う今は公的機関に頼ってはいられない。タクシーも今は行列が出来ていて割り込みも難しい。
 ショピングモールから飛び出ると目の前にエンジンをかけたままのバイクが一台。運転手と思われる人物が丁度降りるところだった。

「荒っぽい手だが手段を選んでる暇は無い。」

 免罪符にならないとわかりながらラスティは強硬手段に出た。



 * * *



 一瞬の間に脅威が無力化されていく様を見てダコスタを始めとしたエターナルブリッジのクルーは全員絶句した。
 キラの尋常ならざるパイロットとしての技能やファクトリーが作り上げたストライクフリーダムの能力は承知していた。
 しかしその二つが合わさった結果を目の当たりにすると言葉が出ない。

《力だけで世界を変えてしまえるかもしれない。》

 不謹慎ながらそんな考えが浮かぶ。

「所詮、力は力です。本当の意味で人々の心を変えることは出来ません。」

 静かに、思慮深い声音がダコスタ達の耳を打つ。
 振り仰げば一段高い位置にある司令官の席に座るラクスが硬い表情で戦場跡を見ていた。
 ブリッジのモニターに映るのは既に戦場ではない。主な兵装とメインエンジンをストライクフリーダムに破壊されたザフトの戦闘艦が漂う宙域に残っている意味は無い。
 彼らを助けに来るザフトの応援が来る前にエターナルは去るべきなのだ。

「ストライクフリーダムとガイアの収容を終えたら直ぐにこの宙域から離脱。
 オーブへの直接降下可能ポイントまで移動を始めて下さい。ファクトリーにも連絡を。
 ヒルダさん達とも合流します。」
「え? でも・・・・・・。」
「潜伏場所を知られた以上、私達に時間は残されていないと考えてよいでしょう。
 キラには戦う意思があります。私達に出来るのは同じ志を持つ方達が選べる選択肢を増やすこと。
 ファクトリーの皆さんが増やしてくれた選択肢を彼女は取りました。もう一機のパイロット候補にも選んでもらわねばなりません。
 それに、オーブが襲われるのももう直ぐです。とにかく移動を急いで下さい。
 私も地球に降ります。」
「今の地上は!」
「わかっています。私にとって今の地球はとても危険な場所です。
 それは見つかった宇宙でも同じこと。既に犀は振られていたのに私達は気づかなかった。」

 だから後手に回った。
 悔しそうに手を硬く握るラクスは一息吐いてまた言葉を続ける。

「先ほども言いましたが力はただ力でしかありません。
 貴方方は私が世界を変える力があると思ったからついてきてくれたのですか?」

 違う

 瞬間的にダコスタは思った。
 力というよりも彼女と彼女の父の叫びに賛同した者が集まったのがクライン派だ。
 旗印ではあるが彼女自身は歌が得意な少女でしかない。
 カリスマ的歌姫ラクス・クラインの真実については先日皆で話し合った。
 彼女の本来の姿は四大英雄と呼ばれる他の三人を思わせた。
 ただ必死に自分に出来ることをした。それはダコスタ達も同じ事。
 彼らを支えていた者達全員が英雄と呼ばれるべきだろう。
 だがゴシップ好きな世界は若い世代で突出して活躍していた彼らを英雄と讃えて報道した。
 ダコスタ達の奮闘ぶりを報道するよりも若いラクス達の活動を華々しく報道する方が衆人の注目を集めやすいからだ。
 結果、ラクス・クラインの名は一人歩きを始めた。
 オーブの代表首長となったカガリも似たようなものだろう。
 父ウズミの意思を継ぐアスハの当主として彼女は担ぎ出された。だが彼女だけでオーブの再興が出来るわけがない。
 名は一人歩きしているのに実態が追いつかない。
 そんな彼女を支えているのが宰相であるウナト・エマ・セイランなのだ。
 彼は彼女に力がないと知っている。その気になれば直ぐに彼女にとって代わって代表首長の座を奪うことが出来ただろう。
 人気取りの為にカガリを代表に据えるならば最初だけで十分だからだ。
 けれどそれをしないのは何故か?

「我々は貴方の掲げる理想に賛同してここまで共に参りました。
 貴女が力を持つからではなく、行く先を導いてくれると思って。
 ですがそれも間違いでした。共に道を探して共に歩む。
 だから僕らは同志として貴女と共に世界の進むべき道を模索します。」

 自分に出来ることやりたいこと。
 全てが叶うわけではない世界で常に足掻き続ける。
 キラは力を手にしたが、彼女の力だけで人の心は動かせない。
 ラクスの言葉ならば世界に訴えかける事が出来るが障害を取り除くだけの力が足りない。
 互いに出来ることをし、助け合う。そうして始めて自分達は前に進むことが出来るのだ。
 ダコスタは微笑み再び前を向いた。コンソールを叩きながら指示を始める。

「ルート確認、エターナル艦体稼働率60%。
 格納庫からの報告は!?」
「たった今隊長とキラを収容したと連絡が入りました。」
「ルート確認、障害物なし。
 メインエンジンに重大な損傷なし。行けます!」
「ラクス様!」

 声をかけられラクスは虚空を見る。
 いつか自分がいなくなっても彼らがバラバラになることは無いだろう。
 ラクスは記号でしかない。エターナルを動かすならばバルトフェルドが司令官でも一向に構わないのだ。
 再認識すると寂しいと感じるが同時に嬉しくもある。

「エターナル、発進します!」

《彼らには伝わりました。けれど世界には伝わり切らないでしょう。》

 ラクスには十分にわかっていた。
 ダコスタやキラ達はわかってくれても世界はラクスを本当の意味で理解はしない。
 それでもわかってくれる人が傍にいるだけで心は安らぐ。
 もしもデュランダルの計画成立を許せば自分はこの安らぎを失う。

《それだけは許せない。》

 だから自分は戦場に向かうのだとラクスは心の中で唱えた。



 * * *



「そんな・・・。」

 カガリはターミナルから齎された情報に絶句した。
 未だ修理が終わらぬアークエンジェルの中で無力感に襲われる彼女に声をかけられる者はいない。

 ロード・ジブリールのオーブ連合首長国入国の確認

 写真にはジブリールと握手を交わすウナトが写っている。
 表情の硬さから彼が望んで彼を受け入れたとは考え難い。
 ならば何故か?
 答えは出ない。情報があまりに少なく判断することが出来ない。
 宰相を務める彼とて馬鹿ではない。今ジブリールを構えばオーブに混乱を齎し世界を敵に回す。
 その彼がジブリールを受け入れたのであればそれなりの理由があるのだろう。
 確認しようにも今は動けない。ターミナルの情報ソースはオーブにいる同志だ。だが彼にもウナトが何故ジブリールを受け入れたのかはわからないという。

「保身の為・・・という事は?」
「いや、ウナトは今更そんな理由でオーブを危険に晒すような真似はしない。」

 マリューの問いに間髪入れずに否定しカガリは首を振った。
 今更なのだ。ウナト・エマ・セイランは自分が保身に回らないように自身の首を絞めるデータをカガリに送って寄越したのだ。

 セイラン家と大西洋連邦との癒着及び汚職の証拠

 以前寄越されたデータの中にソレは入っていた。
 半分はセイラン家が大西洋連邦とパイプを繋ぐ為に必要に迫られた結果によるものだが、もう半分は完全な汚職による公的事業の腐敗に関するものだ。
 いや、正しく述べるのであればそれら全てはウナト自身が行ったものではなくセイラン家に取り入ることで利を得ようとした取り巻き達の行いによるもの。
 彼はいつかカガリが本当の意味でオーブを治める時の為に腐敗部分を取り除く為に情報を集めていたのだろう。
 アスハ家が中心となっていた時にも行政府には問題があった。カガリの父ウズミの周囲には実に様々な者が集まっており、清い志を持つ者もいれば政界で揉まれ志を汚泥に塗れさせていく者もいた。
 オーブが連合に侵攻された時にアスハに群がっていた問題を抱える者達は殆ど一掃されたのだが、その後はセイランへ集まり結局は元の木阿弥。これらの情報は上手く使えばウナトの政権をより確固たるものに出来たはず。態々カガリに託したのはいざという時は自分を切り捨てろというメッセージなのだ。
 しかしセイランを見捨てるのは本当の意味で最後の切り札だ。後に残るのはカガリのみ。政界でカガリを守り導いてくれる者は完全にいなくなる。今度は助力なしで部下を、オーブ全てを守らなくてはならなくなるのだから。

《使わなくてはいけなくなるのだろうか?》

 オーブを守るためにウナトを見捨てる。
 カガリとしては絶対に避けたい選択肢が目の前に浮かぶ。
 とにかく情報を集めなくてはならない。
 今、オーブ行政府は何の発表もしていない。ジブリールがオーブに居ることは勿論、ザフトを始めとした各国の軍がオーブに押し寄せている事を。
 混乱を避ける為だとしても何の報道もされていないと言う事は彼らには何か手があるということだ。
 キサカもそう言って調査の為に出た。カガリに出来るのは待つことだけだ。

「アークエンジェルの修理状況は!?」
「最低2日は掛かりますぜ。」
「何とか短縮できないかしら。」
「メインエンジンがやられてますから無茶ですよ。
 まぁ・・・何とかやってはみますが。」
「お願い。間に合わなかったら話にならないわ。」

 隣で話すマリューとマードックの会話が突き刺さる。

《間に合わなくなる。
 再びオーブが火に焼かれる。》

 カガリの心が悲鳴を上げる中、無情にもオーブへの進軍は続けられていた。



 * * *



 教育プログラムというものは教育機関により多少違ってくるが大きな違いは格差を生む為に避けられている。
 当然プラントにも基本教育指針となるものがあり、マユもきちんとプラントの教育を受けているはず。

《なのに何でこんな会話の繰り返しになるんだ!?》

 肺の痛みを堪えながら話し続けるアスランに同情したのか面白がっているのか。
 後者のような気がしてならないが現在マユへの言い聞かせを実地しているのは建前上捕虜であるネオ・ノアロークである。

「いいかー? 基本的に人間はお父さんとお母さんがいないと生まれてこない。
 ここまでは知っているな?」
「うん。」
「マユもお父さんとお母さんがいたから生まれてきたんだ。
 そんでマユのお父さんはどうやらここに居るアスランって奴らしい。」
「らしいじゃなくて実父です・・・。」
「ジップ?」
「ややこしくなるから口挟むな。マユ、気にしなくていいからな。
 ここまでで質問はあるか?」
「あるー! ネオセンセーはお父さんとお母さんって言うけど、マユはママとお兄ちゃんだけです。」
「だからそれはな・・・。」
「だってマユがいたところにはパパだけとかママだけとか、おじーちゃんだけおばーちゃんだけシンセキのおじさんおばさんだけとかソーユー子いっぱいいたもん。
 おにーちゃんだけの子やおねーちゃんだけの子もいたし、誰もいなくってひとりぼっちの子もいたよ。
 あ、イモウトとオトウトが一緒って子もいた!」

《やな予感。》

「えと・・・それはつまり。」
「マユの常識的に片親は当たり前でお前の入る余地はないって事じゃないか?」

 ほごぉおおおおっ!!!

 止めの様にネオに言い切られてアスランは顎が外れているのではと思うほどに口を大きく開けて呻く。
 アスランの表情が面白かったのか状況を楽しんでいるのか。多分両方と思われる笑顔でネオはケラケラ笑いながら答える。

「こりゃママと一緒に教えていくのが一番の近道ってか☆ まぁ頑張れや。」
「他人事のように言わないで下さいよ少佐!」
「俺は大佐だっての! 実際他人事だし。」
「いや・・・俺は諦めない。キラが戻ってくるまでにマユにパパって呼んでもらえるようにしなくては!」

 ぐぐぅ〜

「おなかすいた〜。」

 盛大なお腹の虫の鳴く音にマユの抗議の声が重なり二人は自分も空腹を感じている事に気づく。
 時計を見ればもう昼過ぎだ。マユとの話に熱中し過ぎて気付かなかったという事もあるが誰も食事を持って来ないのはおかしい。

「おかしいな。誰も来ないなんて・・・アークエンジェルの修理が忙しいにしても妙だ。」
「そう言えば艦内が妙にざわついている様に感じないか?」
「完全防音の部屋ですよ? 俺は別に何も感じないですが。」
「お前もパイロットだろ。自分の勘を研ぎ澄ませろよ。
 空気から何となく伝わる雰囲気の話だ。」
「はーい! マユ、ミネルバに乗ってるとよくこんな感じしたよ!」

 手を挙げて答えるマユにアスランは瞑目し体中の感覚を研ぎ澄ませる。
 何かがひっかかる妙な高揚感に似た感覚に目を見開き叫ぶ。

「少佐、ブリッジへの回線を開いて下さい!」
「だから俺は大佐だって言ってるだろ。」

 既に何回目になるかわからない訂正をしながら壁に取り付けられた艦内通信機を操作する。
 無意識に指が躍る様に動き妙に懐かしい感覚がネオを襲った。

《何だ?》

 感じた懐古の感覚の正体を探る前に通信機から電子音が鳴り響きブリッジとの回線が繋がる。
 モニターに映る栗色の髪の女性、マリューははっとした表情をしながらこちらを向いていた。
 何故彼女は驚いているのか? その理由を問う前にアスランがマユを抱え込みながら話し始めた。

「ラミアス艦長、何かありましたね? お話し願えま・・・っ!?」

 突如襲う激痛にアスランは声を詰まらせた。
 気づけばマユが怪我した部分を触っておりその度に落ち着いていた痛みが蘇る。

「マ・・・ユ・・・・・・。」
「アスおにーちゃんこの辺スゴクあついよ。
 手もあったかすぎるもん。おネツなーい?」

 言われた途端に自覚する。
 そう言えば頭が熱いかもしれない。
 アスランはマユへの説明に熱中する事で忘れていた己の体調を思い出しそのまま後ろへ倒れた。
 ベッドの上だから痛みは無いがマユが乗っている辺りが凄く痛い。
 でも腕の中の幸せを逃したくないと離すまいとしたがその前にマユはするりとアスランの腕から抜け出してしまう。

「マユが先生呼んで来る!
 あとメイリンおねーちゃんのお見舞い行ってご飯ももらってくるからおとなしく寝てなきゃメっだからね☆」

 宣言してとっとと部屋を出て行ってしまう娘の姿にアスランの瞳に涙が溢れる。
 既に自立心を持っているのは実に喜ばしい事だ。
 自分で考え行動の出来るマユの姿は誇らしいがパパとしては寂しい。
 うくうくと泣きながら沈むアスランの姿がモニター越しに見えているのかマリューは戸惑いの表情を浮かべながら問い返してきた。

【えっと・・・用があったから通信してきたのよね?】
「そりゃまあな。艦の雰囲気が更に騒がしく感じるが何かあったのか?」
【・・・オーブにジブリールがいる事がわかったわ。】
「じゃあ俺の予想通りだな。しかしこの状況でオーブが奴の入国を許すなんて・・・。」
【それは私達も疑問に思っているわ。セイラン宰相とは連絡とれないし状況がわからないからカガリさんも辛いみたい。
 今はオーブの対応に関する情報収集とアークエンジェルの修理に集中しているわ。
 まだキラちゃん達からの連絡はないしね・・・。
 アスラン君は傷を治す事を優先して。起きてるとまた傷が開くわよ。マユちゃんが食堂に来たら食事運びを手伝う様に伝えておくから。貴方もじっとしているのは辛いでしょうけど大人しくしていて。】
「わかってるよ。それよりアウルの容体について連絡は?」
【こちらへはまだ何も・・・ただ、何の連絡もないと言う事は落ち着いているのだと私は信じているわ。】
「そっか。わかったそれじゃ。」

 話は終わりだと通信を切ろうとする直前、マリューが苦笑交じりに呟く。

【ブリッジへのコードは覚えているのね。】
「え?」

 どういう意味だと聞き返す前にマリューから通信を切られる。
 真っ暗になったモニターを見つめると反射で自分の顔が映った。
 その後ろには臥せったままのアスランの姿。そこに目を留めふと気が付く。

《そう言えば俺は・・・。》

 アスランは通信コードを教えなかった。だがネオは彼が望む通りにブリッジへと繋げた。
 指先が覚えていた感覚は先程感じた懐古感に繋がる。
 ネオはずっとアークエンジェルの人間が自分を見て驚いたり名を名乗ったにも関わらず違う名で呼んだりする様子に苛立ちを感じていた。
 だがその苛立ちは本当に彼らの態度に関するものだったのだろうか?

《俺は・・・・・・何者なんだ?》

 自身への問いにネオはまだ答えを持たない。



 * * *



《笑いが込み上げると言うのはこういう事を言うのか。》

 ギルバートは今、拍手喝采したい気分だった。
 だがここで笑えば周囲が不審に思う。緩みそうになる口元を引き締めギルバートは次々に舞い込んでくる情報に目を通していた。
 これまで順調過ぎるほどに計画が進んでいる。
 ヘブンズゲートからジブリールが逃げ出す事も、オーブへ入国する事もギルバートの予想通りだった。
 ウナトがレクイエムの情報を手に入れている事も当然知っていた。
 ロゴスに入ってまでジブリールの動向を調べていた老人の事も、彼の情報が不十分な為にウナトがオーブの安全確保の為にジブリールを受け入れる事すらギルバートの計画に組み込まれていたのだ。
 しかし計算外はある。その一つがアスラン達だ。
 元々アスランがギルバートを不審に思う事は十分に予想出来た。
 説得し切れると思っていたのだがそれが出来ず彼は脱走という手段に出た。その事自体は計画の範囲内だったのだが、彼が脱走の協力者を得る事やマユを無理やり連れ出す事だけは予想出来なかった。

《まだ完全じゃなかったか・・・。》

 以前いたフレイ・アルスターはアスランだけでなくシンにも影響を及ぼしそうになっていた為、ジュール隊の申し出もあり彼女をミネルバから降ろす事に異論は無かった。
 だが、突如本物のラクスが姿を現しザフトのシャトルをジャックする事や、その際にフレイを連れて行く事も計算外だ。
 このイレギュラーがこの先どう計画に響くのかはわからない。
 一度は捕捉したエターナルを取り逃がしたと言う報告も気になるが、はっきりしているのはラクスが今、地上にいない事だ。
 だから急がなくてはいけない。
 ラクスが来る前に、ウナトが気づく前に。
 既にオーブへジブリール引き渡し要求を通達している。
 ジブリールの行動が予想通りなら・・・そして、ユウナ・ロマ・セイランがこちらの調べ通りの人間ならば『期待通り』の答えをくれるだろう。
 ザフトを始めとした各国の軍にはプラント最高評議長としての見解や恐れを伝えてある。

 マスドライバー

 オーブが持つソレに全ての国が三隻同盟を思い出しただろう。
 当時プラントが作り上げた最新の戦艦エターナル、オーブが侵攻戦の最中にマスドライバーで打ち上げたアークエンジェルとクサナギ。二隻を打ち上げた直後にオーブのマスドライバー『カグヤ』は主だった閣僚と共に自爆、破壊された。
 壮絶な最期を遂げた彼らの遺志を継ぐように集まった三隻の艦が大戦終結の大きな鍵となったのだから印象深いのは当然と言える。
 また気になるのが月の動向だ。
 大西洋連邦の月の軍事基地はこれまでのロゴス狩りについて何のコメントも出していない。
 国を守る為の連邦軍である為に発言権を得ていないというべきだが、戸惑う兵士も多いと言う。
 しかし聞こえてくるのは末端の兵士達の言葉だけだ。上層部の声は全く聞こえていない。
 もしも彼らがロゴスの存在を肯定していたら。
 そしてジブリールが彼らに繋がるパイプを持っていたとしたら。
 単独での月への逃亡は可能である為にそれだけは阻止しなくてはならない。
 一番恐ろしいのはオーブの軍事力をジブリールが支配していた場合だ。
 マスドライバーは戦艦を打ち上げる為に欠かす事の出来ない施設なのだ。
 実際に三隻同盟という前例があるのだから大勢を覆す何かを秘めているのではと疑心暗鬼に駆られるのも無理は無い。

《さあ、君は僕の望む通りに踊ってくれるかな?》

 定刻になる。ドアが開き次々にザフトの高官達が入って来る。
 ギルバートの執務室に十数名の軍人が整列し映し出された大型モニターを凝視した。
 モニターに映る人影は一つ。
 オーブが世界に示す答えを記した書類を手に意気揚々と現れる青年にギルバートは笑みを深くした。

《ユウナ・ロマ・セイラン。》



 * * *



 信用のおける者は殆ど調査の為に出払っていた。
 それはウナトの配慮であり最大のミスだった。
 レクイエムの調査は何よりも優先すべきだったかもしれない。
 だが、オーブの宰相としてオーブ行政府から監視の目を減らすべきではなかった。
 これ以上時間を引き延ばせなくなりジブリールにシャトルへの案内を求められたウナトは自らジブリールに応対をする事で一分一秒でも時間を稼ごうと考えていた。
 勿論世界への回答もある。ウナトはユウナにその回答を任せた。

『急な調査である為に調べきれていない。故に完全な調査が終わるまで、少なくとも半日の回答猶予を願う。』

 明らかな時間稼ぎであってもそれで一時間弱の猶予を引き出せると踏んでいた。
 その間にオーブ宰相として決断し賭けるつもりだった。
 結果としてそれが間違っていたと思い知るのは今だった。

【オーブ政府を代表して、通告に対し回答する。
 貴艦らが引き渡しを要求するロード・ジブリールなる人物は我が国には存在しない!】

「な・・・ん、だと・・・?」

 意気揚々と発表するユウナの言葉にウナトは絶句した。
 その後に続く撤退要請は虚しく耳を素通りするばかり。
 この発表がオーブにどんな結果を齎すのか解らないウナトではない。

「素直な息子さんですねぇ。」

 嫌らしく響く言葉にウナトは目の前の人物を睨みつけた。
 瞬時に理解する。ユウナがウナトの言葉に逆らった原因が『何者によるものなのか』を。
 怒りで目の前が赤くなりウナトは目の前で笑うジブリールの襟首を掴み上げた。

「貴様っ! ユウナに何を言った!!?」
「大した事は言っていませんよ。
 そう・・・前にも似たような事がありましたね、とは言いましたけどね。」
「似たような事・・・だと・・・?」
「ええ、アークエンジェルの時と似ていると。」

 全て理解してしまう。
 ウナトにはわかってしまった。
 当時からユウナは政治的な背景を考慮した駆け引きが上手いとは言い難かった。
 はっきり言って政治家には向かない表面的な部分しか見ない人間だ。
 だからこそオーブがアークエンジェルを庇った理由やザフトが引き下がらざるを得なかった理由もわからなかったのだろう。
 オーブがアークエンジェルを庇ったのは、かの艦が持つ戦闘データとキラのプログラミング能力の高さがオーブ国軍には必要だったからだ。勿論カガリの事もあったが、それだけを理由にしてアークエンジェルを庇うなど国家を預かる者としてウズミには出来なかっただろう。乗っていたカガリを助けられたのは状況が許したからであり幸運と言えた。
 しかしユウナはそうは思わなかったのだろう。

『アスハの小父上達はやはりカガリが大切だったんだね。』

 この言葉にウナトが溜息を吐いた意味もユウナには解らなかったに違いない。
 不機嫌そうにウナトに背を向けて部屋を出て行った為、ウナトもウズミ達のサポートもあり追わなかった。
 オーブがアークエンジェルを庇う主な理由は軍事的な理由だが、ザフトがアークエンジェルはオーブにいると確信しながらも退かざるを得なかったのは政治的な駆け引きからだ。
 ヘリオポリスの件でオーブはプラントから中立国としての態度を崩したと糾弾されたが、オーブ本国への通達なしの急襲により無関係な国民に犠牲を出した事、不要な戦闘行為によるヘリオポリスの崩壊、更にアークエンジェルの地球降下時の戦闘中にザフトの兵士の一人が避難民を乗せたシャトルを撃ち落とした事実で相殺されたのだ。
 知らぬ事とはいえ責任は取らねばならないとウズミがオーブ代表首長の座を退いた事もプラントの追及を逸らすのに一役買っていた。それが建前のことであり実質ウズミが政治の舞台を去ったわけではないとわかっていてもこれ以上糾弾を続けるようであればプラントと国交のある他の中立国を敵に回す可能性があり出来なかった。
 一度互角となった立場で起こったのがオーブ領海際で起きたザフトとアークエンジェルの戦闘である。
 戦闘をするならば彼らは場所を選ばねばならなかった。
 オーブとしては領海を侵す行為をするだけで彼らを責める権利を得ている。
 しかも警告したにも関わらずザフトはアークエンジェルにオーブ領海を離れる余地を与えず、結果としてアークエンジェルはオーブ領海内に入ってしまった。
 間接的であってもザフトがオーブ領海を侵す原因であった事は確かだ。
 元々ヘリオポリスの件でプラントとの仲が険悪になり始めているオーブは中立国最大の軍事力を持っている。
 少数精鋭で戦うザフトとしては敵に回したくない国だ。
 また同胞が住まう国との国交を断絶させてはならないという政治的判断も加わった為にザフトは引き下がったのだ。悔しい想いを抱えながら。
 所詮戦争は外交手段の一つという事を如実に表す事件の一つだ。
 状況が状況だったからこそ出来た白々しい嘘の発表だが、今回は違う。

「似ているものか、明らかに状況が違う!
 貴様は・・・それを知りながら・・・・・・ユウナにっ!!!」
「私は何も言っていませんよ。具体的な発表内容は貴方の息子さんが決めたのですから。
 他の首長達も止めなかったようですしね。」
「奴らは何もわかっちゃいない! いや・・・幾らなんでも誰もユウナを止めないなんて・・・。」

 そこまで言ってウナトは気づいた。
 今自分が掴み上げているジブリールから余裕の笑みが消えない事に。
 ユウナの発表を受けてギルバートが率いるロゴス討伐連合軍が退くわけがない。
 このままオーブに攻め入って来るのは目に見えている。それはジブリールの身が危険に晒されると言う事だ。

「あ・・・!」

 漸く気づいた。ジブリールが何故シャトルの発進を急がせたのか。
 ウナトがレクイエムの詳細を調べようと動く間にジブリールは他の首長達と接触していたのだろう。
 どんな甘い言葉で彼らを籠絡したのかはわからない。
 自分が地球を脱出すれば戦況は逆転する。協力すれば地位や名誉、財産など優遇するとでも言ったのだろう。
 元々大西洋連邦によりオーブ行政府は解体されたのだ。戦後再度編成されたオーブ行政府は大西洋連邦により作られた暫定政府からそのまま昇格した首長ばかりで構成されている。例外はカガリと彼女のサポートをする僅かな官僚のみ。密かにウナトがサポートする事でカガリとウナトの連立政権が確立したのだから現オーブ行政府は大西洋連邦の影響を強く受けていたと言っても過言ではない。
 大西洋連邦との太いパイプで甘い蜜を啜っていた部下も多く、彼らを囲い込むことなどジブリールにとっては容易い事だったのだろう。
 しかし、問題はそこではない。
 ジブリールがオーブの脱出を急ぐ理由は一つ。自分を追ってくるロゴス狩りの軍を追い払う力がないからだ。
 レクイエムが存在するのは確かだろう。だが、ジブリールがレクイエムを使える状態であるならばオーブ領海に集結した戦艦に向けて使えば良い。一回きりの攻撃でも敵である的が絞られれば効果は最大になる。それを狙っていたのならば今は最大の好機だ。それにデストロイという大量殺戮兵器を作っていたジブリールだ。レクイエムが小規模戦闘用である筈がない。

『彼がデストロイを投入する以前から、長期計画で作られていた。
 月への物資の動き、資金の流れ、人材の異動。
 それらを考慮に入れるとレクイエムは確実に何千何万という人々を仕留める威力を持っていると推測される。』

 ロゴスを内偵していた老人の最後の報告からレクイエムが大量殺戮兵器だと確信していたからこそウナトはジブリールをオーブに入れたのだ。
 今使わずユウナにあんな発表をさせたのはオーブがザフトを主とした連合軍と戦闘している間に自分が逃げる為だ。
 オーブに戦わせて自分が逃げる時間を稼ぐ為にユウナを唆したのだとしたら今までの彼の行動全てが説明できる。
 状況がはっきりとすればすべき行動は一つ。
 今すぐジブリールを拘束し訂正発表をするしかない。
 ユウナの発表でオーブに弱みが出来るが言い逃れる方法はあるのだ。

「この場にいる将校全てに命ずる!
 ロード・ジブリールを拘束しろ!!!」
「了解しました。」

 ドン!

 ウナトが叫ぶように周囲いた士官達に命じるとすぐに機械的な返事が返って来る。
 と、同時にウナトの身体に衝撃が走った。

「な・・・・・・。」

 身体を揺さぶる大きな衝撃を受けた場所にウナトは視線を移す。
 大きく膨れた脇腹から赤い染みが広がり始めていた。
 衝撃が何によるものなのか、自分の身に何が起きたのか理解すると同時に手の力が抜け、足が崩れる。
 ウナトの手がジブリールの襟から離れるとジブリールとウナトの間に味方である筈のオーブ兵達が立ち塞がった。

「お・・・まえたち・・・・・・・じぶんが・・・なにを・・・・・・・・・。」
「勿論理解していますよ。
 ただ、彼らは選んだのですよ。貴方やオーブではなく、私を・・・・・・ね。」

 嘲笑いながらジブリールは襟を正し周囲のオーブ将校達を見回した。敬礼する将校達。彼らが自分の欲望の為にオーブを売ったのだと知り絶望が胸の中に広がる。
 床にじっとりと沁み渡る血の色、擦れていく視界の向こう、ドアを潜り立ち去るジブリール達。
 それら全てが夢ではないかと思う。
 そう思いたがっているだけだとわかっていてもウナトは願った。

《姫・・・・・・オーブを・・・・・・・・・。》

 視界が真っ暗になりウナトは意識を失った。


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 (2008.10.19 UP)

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