〜業火再来 後編〜


 オーブの発表を受けて動きだす戦艦、飛び立つMS。
 アークエンジェル内でユウナの言葉を信じられない思いで聞き呆然とするカガリの耳を打ったのはミリアリアの悲鳴にも似たオーブ本島への爆撃報告だった。
 最初に狙われたのはセイラン家だがこのまま市街へ戦闘が広がるのは目に見えている。
 今再び、カガリの目の前でオーブが業火に沈もうとしていた。
 既に戦闘は避けられない。

《私は何も出来ないままオーブが滅ぼされるのを見届けなければならないのか!?》

『直情型のままではオーブをまとめていく事は出来ないよ。』

 大戦後、オーブに戻って間もなくカガリは代表首長になる事が決まった。
 突然過ぎる決定にカガリが不安にならない訳がない。
 発表直前、戸惑いながらも首長服に袖を通すカガリにキラはオーブの軍服を纏いカガリに微笑み言った。

《わかっている。》

『でもそんなカガリだからこそ。オーブを愛しているカガリだから僕らは君を信じられる。』

《嬉しいがキラ・・・愛しているだけでは何も出来ない。》

『だから僕達を頼って。僕ら一人一人は大したことないかもしれないけど、集まれば君の力になれるよ。』

《それでもアークエンジェルは独立部隊だ。オーブへの助力を求めるのは筋違いさ。
 私のルージュはキラがラクスを助ける為に乗って行った。その事に不満は無い。ラクスを死なせてはならないと私も思っている。けど今、自分自身に力がない事を情けなく思うよ。》

 拳を握りオーブ再建が始まったばかりの頃のキラを思い出す。
 あの時からキラはカガリを支えてくれた。今、キラは自分の事で精一杯だ。姉としてこれ以上妹に負担を掛けたくは無い。
 しかしこのままではキラが戻って来る前にオーブが滅びる。
 キラが戻って来れるように、自分自身の為に、カガリは今直ぐにオーブを守る力を欲していた。

《手は・・・ある。》

 但しかなりの危険が伴う上にオーブを守りきれる保証もない。
 発表にウナトが出て来なかった事も気になる。いつものウナトならばユウナに国防を任せるとは考え難いが対応の遅さから慣れない人間が指示を出している可能性は高く、それがユウナであれば納得できる。
 他の首長達は戦闘を嫌う文官上がりの者が多く大西洋連邦に倣う事で平安が手に入れられるとふんぞり返っていた者ばかりだ。ウナトがいなければ行政府がまともに機能しているとは考え難い。
 未だ市民の避難勧告が発表されていないのであれば彼らは真っ先にシェルターにでも逃げ込んだのだ。

 ―――守るべき国民を放って

 推測に過ぎないが限りなく事実に近いのだろうとカガリは確信していた。
 だが逆に考えればこれは好機だ。国防本部を掌握出来れば状況把握は可能になると考えていいだろう。
 ならばやるべき事は決まっている。

「ラミアス艦長、スカイグラスパーを一機貸してくれ。
 私達だけでも出る。アマギ、ムラサメ隊は出られるな?」

 激戦の中を駆け抜け、オーブの兵を助けながら国防本部へ向かう。
 問題があるとすればカガリが本物のカガリ・ユラ・アスハだと証明する術が今のところない事だが、そんなことまで考える時間は残されていないのだ。
 直ぐに格納庫へ向かおうとするカガリだが、一瞬言われた言葉がわからず息を呑んだマリューが引き止め叫んだ。

「無茶よ! スカイグラスパーでなんて!!」

 スカイグラスパーは現在も使用される戦闘機ではあるが、機動性や装甲、武装全てにおいてあの場にいる全てのMSに劣る。パイロットの腕次第でスペックの差はある程度埋められるが限度がある。カガリの腕では不可能だと叫ぶマリューにカガリはそれでも首を振り引き止める手を振り切った。

「オーブが再び焼かれようとしているんだ! もう待ってなどいられない!!」

 今度こそブリッジを飛び出そうとするカガリだが先に扉が開きキサカとエリカにぶち当たる。
 目に涙を浮かべているカガリに全てを悟ったのかキサカはカガリの肩を抱き引き止めた。

「放せキサカ!」
「予想通りの行動だな。少し待てカガリ。」
「待ってなどいられるか。このまま見ているくらいなら国ごとこの身を焼かれた方がマシだ!」
「それでは困るから待てと言っているんだ。」
「カガリ様の行動。私達が予想出来ないとお思いですか?
 私達は貴女に渡すべきものがあるのです。飛び出すならそれをご覧になってからにして下さいね。」

 苦笑するキサカとエリカにカガリも足を止める。
 この二人との付き合いも長い。彼らは十分にカガリの性格を知っているのだ。
 その彼らが、カガリが飛び出そうとすると考えた上でこれまで行動していたのだ。特にキサカは世話役としてずっとカガリの傍にいた。

「・・・・・・わかった。」

『僕らを頼って。』

 不意にキラの声が蘇り、カガリは不承不承ながらも頷きキサカ達の後を歩きだした。



 ドックの奥の倉庫と思われていた場所。
 思えばこの場所が解放されたのを見た事がない。
 巨大なドアの真下、溝の部分に埃が見える。長く開けられていない証拠だ。
 だが扉の前は掃き清められており人の出入りは無くとも手が入っていると察せられた。

「カガリ様、こちらにお手を。」

 エリカに言われて掌紋読み取りと思われるボードに手を置くときらりとボードを走る一本の光がカガリの手をなぞった。
 3秒置いて読み取り完了を知らせる電子音が鳴ったかと思うとボード脇のランプが青く光る。

「開きます。」

 エリカの言葉と共にドアは開かれた。
 ほのかに光るライトの中、巨大な影が見える。
 カガリが見上げると同時にライトアップされ影はその姿を現した。
 黄金色のMS。キラキラとライトを反射するその機体は神々しさを感じさせながらそこに立っていた。

「そこにメッセージボードがあります。
 どうぞご覧になって下さい。」
「メッセージボード?」

 言われてよく見ると其処には確かに何かが書かれている。
 こんな中にありながら埃のないボードの上で踊る字を読み進めカガリは涙を浮かべた。

「この・・・扉・・・・・・。」

 この扉、開かれる日の来ぬ事を切に願う―――ウズミ・ナラ・アスハ

「ウズミ様の御言葉だ。
 二年前、オーブが侵攻された時にはまだこの機体は完成していなかった為に使われることなく封印された。
 理論が出来ている以上、未完成でも連合に奪われれば脅威になるからと。」
「けれどいつかまたオーブが焼かれる日が来るかもしれない。
 ウズミ様はそれも予測されていました。故に私に開発を続ける様にとこの機体を託されました。
 機体を搬出する大扉と上部の発進口は封じられ開発員の何名かが小扉から入る事は出来ましたが、カガリ様の掌紋、指紋、静脈全てが一致しなければ大扉を開ける事は出来ず、無理にこじ開けようとすればセンサーが感知、連動してこの部屋は爆破されるように設定されていました。小扉も同様。私の生体解除キーがなければ開閉は不可能。こちらも無理に開けようとすれば自爆プログラムが作動します。正直、本当に敵に渡したくないなら破壊が確実ですが・・・。」
「酷とは思ったがキラにも協力を頼んだ。彼女がいて漸くこの機体は完成したんだ。
 いつかお前が力を欲した時の為にと、このMSを破壊せずに残したウズミ様の気持ちを彼女は酌んでくれた。
 だが、ウズミ様は出来るならこの技術ごと葬って欲しいとも願っていた。」
「技術者としては悔しいですが親としての気持はわかります。
 私も母親です。子を持つ親としてのウズミ様がどんな気持ちでこの扉を封印したのかはわかるつもりでしたから。」
「お父様の気持ち・・・?」

 エリカの言葉にカガリは振り返った。
 いつもは気丈で余裕の笑みを浮かべているエリカの少し悲しそうな笑みを浮かべ頷き、言葉を続けた。

「私もウズミ様も子供に願う気持ちは同じです。」

 どうか、幸せに―――

 戦いになればその先には悲しみが待っている。
 この機体を必要とする日が来るのであればそれは幸せとは程遠い世界がカガリを取り巻いている証拠だ。
 視線を伏せたエリカの言葉が続けられる。

「この扉が開かれた今、ウズミ様の想いは叶わなかった事になりますが・・・。」

『そなたの父で幸せだった。』

 あの日、クサナギに乗り込んだ日の父との別れの言葉が思い出される。
 返せなかった言葉はウズミには聞こえないとわかりながらもカガリは涙し黄金のMSを見上げながら呟いた。

「私も、お父様の娘で幸せでした。そして、今も―――。」



 ミリアリアの声が通信機越しに聞こえる。
 既にムラサメ隊は発進準備が整い合図を待っていた。
 光るモニターにはORBの文字。OSを組んだキラの想いが垣間見えた気がした。

 ORB―01 アカツキ

《いつか、オーブを照らす光。》

「カガリ・ユラ・アスハ。アカツキ出る!」

《そして私は守ってみせる。オーブを!!!》

 願いと叫びは同時だった。



 * * *



 オーブの市街地は既に戦場だった。
 本当に無関係な市民を巻き込むまいと考えているのか?
 疑問に思うのも当然な激しい戦闘の中をラスティは途中放置されていたバイクを拾い走り抜けていた。
 最短ルートと言ってもどうしても移動に時間はかかる。オーブの正式発表の定刻には間に合わずラスティはラジオでオーブの発表を聞いた。
 ユウナの言葉に驚いたのはラスティも同じ。ウナトがあんな発表を許すはずがないのだから。
 例えユウナの暴走による発表だとしても息子の発表を聞いてウナトが何の手も打たずに静観するわけがない。国の体面よりも戦いを避ける事を優先する為に恥を承知で発表の撤回をしているはず。
 未だ市民が避難していない状況で戦闘状態になれば被害拡大は明らかだ。しかし攻撃は始まり市民の避難は混乱状態で遅々として進まない。その様子を目の当たりにしてラスティの脳裏に浮かんだのは最悪の結果だった。
 目指すは真っ先に爆撃されたセイラン本邸。開け放された門をくぐり抜け進むと瓦礫の山となった屋敷跡にまだ数名の人間が避難せずにウロウロしているのが見える。
 アクセルを全開にして彼らの前でバイクをターンさせて止まると、そこにいたのはセイラン夫人とそのメイドの何人かが怯えながら立っていた。
 何をどうして良いのかわからない。ただ怯えて涙を流す夫人の姿にイラつきながらラスティは叫ぶ。

「おい狸オヤジは何処だ!?」
「タヌ・・・オヤジ? 貴方は一体何なの!?」
「急いでいるんだ答えろ! オヤジだ!! ウナト・エマ・セイラン!!!
 アンタの夫は何処にいる!!?」
「夫は・・・まだ・・・・・・。」

 瓦礫の山を指差し震えるセイラン夫人では話にならない。
 ラスティが他に話せる人間はいないかと見回すと年配のメイドの一人が進み出て声を震わせながら答えた。

「旦那様は、まだ、屋敷の中にいたはずです。
 私達、は・・・旦那様のご命令でセイラン家から離れて民間のシェルターに入るはずでした。
 ですが、ユウナ様が大丈夫だと、セイラン家の地下シェルターに入れとおっしゃられて、ご自身は行政府に・・・。」

 話すうちに状況を理解し始めたのか年配メイドの顔色が更に悪くなっていく。
 声がだんだんと小さくなっていく年配メイドを庇う様に中でも特に若いメイドが進み出て話を継いだ。

「けれど旦那様とご子息のユウナ様、どちらのご命令に従うべきか私達は迷ったのです。
 何人かはユウナ様のお言葉を信じてセイランのシェルターに、他の者達は旦那様のお言葉に従い民間のシェルターへと向かいました。
 私達はお二人の言葉に戸惑われている奥様と旦那様が心配で、屋敷から出たものの庭の木陰で旦那様が屋敷から出られるのを待ちました。」
「でも! 屋敷からあのロゴスの男が、何人かの軍人を引き連れて車で出て行ったのです。
 なのに旦那様は出てこなくて!!」
「まさかと思い執事の何人かが旦那様を探しに屋敷内に入り、しばらくしたところザフトの爆撃が・・・。」
「私達は木陰にいたので爆風から守られましたが、屋敷は粉々で入って行った皆がどうなったかわからなくて・・・。」
「瓦礫の山へ皆を探しに行くべきかと迷っている時に貴方が来たのです。」

 次々と涙ながらに叫ぶメイド達にラスティは状況を想い拳を握った。
 憤りが身体の中を巡る。
 彼女達が動けなかったのは無理もない。
 男達が助けに行ったのは屋敷が安全ではないと悟ったからだろう。
 残っている主人を助けに行く時、彼女達に自分達が安全を確認するまで入って来るなと言い含めたのだ。
 だが戻って来る前にザフトの爆撃があった。
 彼らは全員瓦礫の山の下と考えて良い。また何時爆撃が来るかわからない此処でレスキューの経験もない女性達だけで彼らを助けるのは無理だ。ここで無理に瓦礫を取り除いて助けようとしても逆に自分が崩れてきた瓦礫に埋まり二次被害が出る可能性の方が高い。
 だが、誰一人この場を離れなかった。

《せめて助けを呼ぶくらいは出来たはずなのに。》

 考えラスティは首を振る。
 わかっている。わかってはいるのだ。
 立て続けに起こった理解不能の命令と爆撃。
 主人と同僚に起こった悲劇を思えば彼女達が恐怖し正常な判断力を失うのは寧ろ当然と言える。
 唯一命じる事の出来るセイラン夫人ですらまともに話せないほど取り乱しているのだ。
 ラスティに状況を話せただけでもマシと言えるだろう。

「とにかくアンタ達は直ぐに民間シェルターに向かえ。
 もう市街地は戦闘状態に入っている。主な戦闘区域は軍事基地周辺だが危険な事に変わりない。
 市民の多くが逃げ惑っている状態だから気をつけて移動するんだ。直ぐにここを離れろ!」
「でも皆が!」
「今アンタが残ったところで屋敷にいた奴らを助けられるのか!?」

 気遣う余裕は無かった。
 ラスティの怒声に反論した若いメイドが怯えたように身体を竦め沈黙する。
 他のメイド達も気まずそうに視線を逸らし黙っていた。
 わかっていたのだ、彼女達も。理性はここを離れるべきだと告げていたのに心が否定し動けなかったのだ。
 誰かに指摘されるまで決められなかった。
 何人かは泣き出し蹲る。それでもラスティは話を続けた。

「泣いて奴らが、アンタ達が助かるなら好きにしろ。
 オヤジがどんな思いでセイランのシェルターを使うなと言ったのか理解できるなら直ぐに逃げるんだ。
 セイランのシェルター内にいる奴と通信は出来るのか?」
「爆撃後驚いて通信したのですが、応答はありませんでした。配線は無事らしく通じているのはわかりました。でも、入口部分が大きな瓦礫で埋まり人の手では動かせないとわかりましたし・・・シェルターがある部分の崩落が酷いので恐らくは・・・。」
「わかった。中に入った奴らの携帯番号を教えてくれ。ダメもとで俺が掛けまくって着信音を頼りに探してみる。」

 ぴるる ぴるる

 突然鳴った電子音にラスティは身体を硬直させる。
 鳴っているのは自分の携帯。画面に映るのはウナトの番号。
 驚いて電話を取ると擦れた息遣いが電話越しに聞こえた。

「オヤジ、生きてるのか!? 今何処だ!!?
 俺も屋敷前にいる。直ぐに助けるから場所を言え!!!」

 ラスティの言葉にメイド達の表情に喜色が浮かぶ。
 だが期待を裏切る様にウナトの声ではなく別の男性の声が聞こえた。

【ラスティ殿、か・・・。そこにいる皆に、伝えて、下さい。
 私達の事、は諦め・・・直ぐに避難を・・・・・・。】
「アンタ・・・誰だ。」
「家長のコールさんです! コールさん無事なんですね!?
 直ぐに助けます。何処にいるのか教えて下さいっ!」

 メイドの一人が携帯から洩れた声に反応し叫ぶが、電話の相手は彼女の言葉には応えずラスティとの話を続ける。
 携帯から聞こえる息遣いの粗さと微かに聞こえる呻き声、そしてパラパラと何かが崩れそうになっている石音からラスティは彼らの状態を察した。
 ギリギリで出来た空間に『彼ら』はいるのだ。そしてその空間はまだ生きている何人かが必死に抑えて漸く保たれている。
 ウナトの携帯を使ったのは彼が傍におり、使える携帯が彼のものだけだったからだろう。
 宰相になった時に作らせた特別に電波が強化され通信が途切れ難い携帯。
 履歴から発信頻度の高い番号に掛ける事で確実に出る人間と連絡を取ろうとしたのだ。
 最期の言葉を、伝える為に。
 恐らく彼らにも自分達がどの辺にいるのかわからないのだろう。積み重なった瓦礫で真っ暗な中、唯一の光源は携帯の光のみ。体力が尽きかけ一切の猶予がないとわかった彼らの必死のメッセージを聞き漏らすまいとラスティはメイドの口を塞ぎスピーカーボタンを押し音量を最大にした。

「オヤジはいるか?」
【はい・・・旦那、様・・・・・・。】

 僅かな間を置き荒い息遣いが聞こえた。
 野太い声が擦れ残った命の儚さを伝える。

【ラス・・・ティ・・・、レクイエムは・・・。】
「わかってる、サイからメッセージが来た。ターミナルに流れたよ。
 奴は鍵を持っているだけで起動出来なかったんだな。」
【ジブ・・・・ル、つきに・・・い・・・ダメだ・・・・・・。】
「わかってる! 今から国防本部に行って止める!!
 軍部に裏切り者がいるんだな? さっきのメイドの話で分かったから、大丈夫だから!」

 だからと続ける声が震えた。
 その時、ラスティは自分が泣いている事に気づいた。
 何でと思う。自分達はただの雇用関係で、オーブにおける扶養者と被扶養者の関係で、優しい思い出とは程遠い血生臭い世界で関わるから、ドライな関係でいるべきだと自分で言い聞かせていたのに。
 死を前にした人間の声が心を震わせるから?
 心のどこかで違うと感じていた。

【皆・・・避難しろ・・・・・命令、だ・・・・・・。】
「アナタ!」
【妻、と・・・ユウ・・・ナ・・・・・・。】
「・・・わかってる。」
【ラスティ・・・おま・・・も・・・無事で・・・・・・・・・・シアワ・・・セ・・・・・・・・・・。】

 屋敷の、瓦礫が崩れる音が一つしたと思った瞬間、通話は途切れた。
 感情の無い回線切断を知らせる電子音が携帯から流れる。
 僅かな間をおいて悲鳴が上がった。
 泣き叫ぶセイラン夫人と、主人を宥めながら涙を流すメイド達。
 あの瓦礫が崩れる音が何を意味するのか、同時に途切れた通話が証明していた。
 泣いている暇は無い。

《彼らが救出を諦めさせてまで告げた最期の言葉を無駄にすることこそ死者を冒涜する事だ。》

 ぐいっと袖口で涙を拭きラスティはメイド達に向き直り言い放つ。

「アンタ達は直ぐにこの場を離れろ。
 俺は国防本部に行く。避難の手伝いなんか出来ないからな。
 オヤジ達の遺言に報いたければ動け!」

 それだけ言うとラスティは再びバイクに跨りセイラン邸を飛び出した。
 向かうは戦闘激戦区。オーブはもう終わるかもしれない。
 ラスティは、いや、カガリも間に合わないかもしれない。

《それでも全てが終わるまで諦めきれない。》

 誓ったのだ。二コルの遺体を抱いたあの日に、戦争を終わらせると。

《だから!》



 * * *



 防衛線は総崩れ状態だった。
 あちらこちらで援護を待ちながら応戦するムラサメが戦っている。
 連携すれば持ち直しそうなところが多いと言うのに適切な命令が出ていないのかまるで動きが合っていない。
 国防本部へはまだ遠い。

《一か八か!》

 カガリは通信機で呼びかけ始めた。
 恐らくは、黒海で自分を偽者と断じたユウナがいるであろう国防本部に。
 本部がまともに機能しているのであれば既にアカツキを捕捉しているだろう。
 そして選ぶはずだ。『どちら』かを。

「私はウズミ・ナラ・アスハの子、カガリ・ユラ・アスハ。国防本部聞こえるか!
 突然の事で真偽を問われると思うが、指揮官と話がしたい。どうか―――」
【カガリぃ! 来てくれたんだねマイハニー☆ 僕の女神ぃ★
 指揮官は僕、僕だよぉ〜v】

 通信機越しに溜息も重なって聞こえる。
 通信士が思わず吐くくらいだ。他の将校達も皆同じ思いだろう。
 ユウナが黒海でカガリを偽者と断じた事は彼らも知るところだ。
 この分では国防本部でどんな指令を出したのか、どんな態度をとっていたのかも予想がつく。
 だがこれは好機だ。ユウナは何も考えていない。このままカガリが望む答えをくれるだろう。
 萎えそうになる腹筋を奮い立たせ、カガリはユウナに甘く優しく語りかけた。

「ユウナ。私を本物と、オーブ連合首長国代表首長カガリ・ユラ・アスハと認めるか?」
【もちろんもちろんもちろんっ! 僕にはちゃぁんとわかる☆
 彼女は本物だっ!】

《言質は取った。》

 国防本部もアカツキも通信記録は残している。

「ならばその権限において命ずる。
 将校達よ。直ちにユウナ・ロマ・セイランを国家反逆罪で逮捕、拘束せよ!」

 これで指揮権はカガリに移った。
 首長の一人と代表首長とではどちらの権限が大きいかなど分かり切っている。
 通信機越しに聞こえるユウナの悲鳴から彼らの選択はわかった。
 国防本部は本来の機能を取り戻した瞬間だった。

「ユウナからジブリールの居場所を聞き出せ! ウナトは行政府か? 通信を開け!
 オーブ全軍、私の指揮下とする。いいか!」
【【【はっ!】】】

 モニターには映らないながらも複数の声が上がるのを聞きカガリは安堵しながら指示を続ける。
 空中戦闘を続けながら見渡す戦場は悲惨なものだ。

《だが残存兵力からまだ立て直しは可能!》

「残存のアストレイ隊はタカミツガタに集結しろ。ムラサメの二個小隊をこの上空援護に。
 国土を守るんだ! どうか皆、私に力を!!!」

《キラの言う通りだ。私は一人じゃない。
 頼って・・・良いんだよな、皆に。》

 カガリの想いに答える様に通信機越しに聞こえる声は国防本部からだけではなかった。
 国防本部の通信士の機転で全部隊に繋げられた通信によりカガリの言葉は最前線の一平卒まで届き、彼ら全ての声がカガリに返された。
 突如機敏に動き始めたオーブ軍に戸惑うザフト軍を始めとした討伐軍は一部後退を始める。

 国土を守る。

 この言葉にオーブは再び理念を取り戻そうとしていた。


 続く


 う〜ん。戦闘シーン苦手なんですよね。
 書くとすっごく執筆速度が遅くなる・・・。

 (2008.10.19 UP)

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