〜選択のとき 後編〜 楽勝だと思った。 派手な色合いに周囲のMSの動きでオーブにとってこの機体が重要であるのがわかった。 金色のMSを守るように自分を阻むムラサメを撃ち飛ばし、大将機と思しき金色のMSをビームブーメランで捉えた時は勝利を確信していた。 しかしブーメランが敵に届く前に小さな爆発が起こり、爆煙の中から仕留めたと思った金色のMSが無事な姿を現し、その前に立ちはだかる様に現れた機体にシンは驚愕せずにはいられなかった。 確かに自分が倒した機体。少し違う部分があるが機体デザインからほぼ同一の機体とわかる。 「フリーダム・・・何で!?」 シンが驚く間にもフリーダムに庇われて金色のMSがこの場を離れていく。 確実にオーブを押し返すチャンスが逃げていくのに気づきシンは慌てて追いかけようとするが、デスティニーを阻むようにフリーダムが前に踊り出る。 勘でしかないが前と同じパイロットだとシンは確信していた。 「でも、アンタは一度俺に破れてんだよ!」 フリーダムを倒した事はシンにとって大きな自信になっていた。 あの時はコアスプレンダーさえ無事なら替えがきくインパルスだったが、デスティニーのスペックの高さを思えば機体性能は互角かそれ以上のはず。 パイロットが変わっていないのであれば癖も変わってはいないだろう。 戦いの癖はそう簡単に直せるものではない。 「もう一度倒してやるよ!」 輝く翼が開きデスティニーが舞う。空かさずフリーダムがビームで牽制するが流れるような動きでデスティニーは懐へと飛び込んでいく。 殆どゼロの距離。フリーダムが手にしたビームライフルでは攻撃は防ぎ切れない。 《捉えた!》 掲げた対艦刀アロンダイトの刃部分がビームで光る。 勝利を確信した瞬間、フリーダムは思わぬ行動に出た。 ライフルを腰に戻し振り下ろされようとするアロンダイトを左右のマニピュレーターで止めたのだ。 「なっ!?」 昔、本でしか見たことのない技。 散々紹介されながらも実戦で行うには剣の振り下ろされる方向タイミングなど、名人と呼ばれる人間でも成功させるのは難しいと言われる真剣白刃取り。それをMSの実戦でやろうなんて人間は今まで見た事がない。ましてや成功させるなんて。 絶対的な勝利の確信が驚愕に変わった瞬間に出来た隙にフリーダムの腰に備えられた砲口がデスティニーに向く。 射程はコクピット。今までフリーダムが狙わなかった場所とわかりシンは血の気が引いた。 ごごぉん!!! 凄まじい衝撃と共に放り出される感覚。 一瞬意識が飛びそうになったが直ぐに立て直し相手を探す。 今が絶好のチャンスであっただろうにこちらを攻撃してくる様子は無く、ただこちらを見つめていた。 シンが体勢を整えるのを待っていたかのように見えるその姿に怒りが湧き上がる。 「これがビームだったら終わってるって・・・そう言いたいのかよアンタは! それともマユの母親だから・・・? 俺がマユを守ってるから殺せない?? だけどマユはアンタが守ってるロゴスのせいで巻き込まれ死んだんだ!!!」 侮られたと思った。許せないと。 だから気づかなかった。 あの僅かな間に相手が、キラが攻撃出来なかった理由に。 「シン・・・。」 直ぐに怒りに任せてライフルを構えるシンにキラは悲しそうに呟いた。 負けた戦いでキラは学んでいた。自分の戦いの信念を突いてのインパルスの戦法には直ぐに気づいていた。 だからと言ってシンを殺すつもりで戦えるわけがない。出来るなら先ほどの攻撃でシンが一度退いてくれたらと思っていた。 戦うと決めたのはキラだが、シンを殺すとは決めていない。 《それとも決着を着けるべきだろうか。》 迷うキラとは対照的にデスティニーには迷いがない。 更に警告音がコクピット内を響き渡る。新たな敵機接近の知らせにキラはじわりと手に浮かぶ汗を感じた。 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の最中、死闘の末に倒した『兄弟』を思い出させるフォルム。 プロビデンスではない。わかっていてもキラは思わず呟いた。 「・・・ラウ・ル・クルーゼ?」 そんなはずはないと首を振る。 容赦なく降り注ぐビームをとんぼ返りで際どいながらも避け切ったが、デスティニーとこの新たな機体、二機同時に相手にするのはキツイ。 そう思っていたキラに応える様に赤い機体が戦場に飛び込んでくる。 【止めろシン! もう止めるんだ!!】 響く声に三機とも動きを止めた。 予想通りの声にキラは嬉しいと思いながらもどこか悲しいとも思った。 《わかってた・・・優しいアスランが選ぶなら共に戦う道だって。 君が傷つくとわかっていて、君が選ぶだろう選択肢をラクスに託した。》 必死にシンを説得しようと叫び続けるアスランの声が通信機から響く。 その言葉に、想いに偽りは無い。 だからこそアスランの叫びはキラの心も切り裂く。 《選んだのは自分だって君は言うかもしれない。 でも僕は知っている。自分が酷い奴だって。》 涙が一粒零れた。 一度手にした温もりが、キラを欲張りにさせた。 《君がマユの為に選ぶってわかってたんだから。》 * * * アカツキから飛び降りるとカガリは走り続けた。 いつもなら大したことの無い距離と思っていた国防本部の通路が酷く長く感じる。 息を切らし飛び込んだ本部内では大勢の将校に囲まれて沢山の青あざが浮かんだ顔を歪めていたユウナが椅子に縛り付けられていた。 カガリの命令通りユウナを調べ上げていたらしい。手酷い調べを受けていたとわかるユウナがカガリの姿を見止め哀れな声で縋った。 「カガリぃ! 酷いよ、僕は君の留守を一生懸命・・・。」 瞬間、プツリとカガリの中の何かが切れる音が聞こえた。 頭で考えるより先に体が動く。振り上げられた右の拳はユウナの左頬にめり込んだ。 嫌な感触が残る。それでも抑えられない怒りが湧き起こりカガリは叫んだ。 「お前だけが悪いとは言わない・・・。 私も、ウナトも、行動が空回りするばかりできちんと己の役目を全う出来なかった。 だから私達も十分に悪いっ!」 カガリがどれほど必死だったか。ウナトがどんな葛藤を胸に決断していたのか。 それを知る人間は一部だ。結果が出せなければ行政府は無能と評価されても仕方が無い。 わかっているからこその言葉だ。それでも、それらを除外してもユウナに湧きあがる怒りは別物だ。 「だが! これは何だ!? お前と考えは違っても、国を想う気持ちは同じだと想っていたのにっ!!!」 カガリが指差す先にはモニターに映る蹂躙されていくオーブの国土。 その映像に苦い思いで見つめているのはこの場にいる者、皆同じだ。 周囲から突き刺さる視線にユウナも居心地悪そうに口を開く。 「だ、だから、それは・・・。」 「あの発表はウナトの指示か!? ジブリールは何処にいる! ウナトもだ!! 言えっ!!! この期に及んでまだ奴を庇い立てるつもりか!!?」 「オヤジは死んだよ。」 背後からの声にカガリは掴み上げたユウナから目を離し、肩越しに振り返る。 気づけばドアの前に壁に肩をついて息を切らしている青年がいた。 オレンジ色の髪は乱れジャケットの所々に土埃と血と思われる汚れが見える。 特に左肩の怪我が酷いらしく腕を伝って床を血で汚していた。 「お、まえ・・・。」 ユウナは知っているらしく驚いたように声を上げる。 だが青年はユウナを無視してカガリに話し始めた。 「ラスティだ。自己紹介も怪我の手当ても後。 発表はジブリールに唆されてソイツが暴走したってところだろ。 セイラン宰相がジブリールを受け入れたのは、奴が大量殺戮兵器でオーブを狙い撃ちにする可能性があったからだ。 情報が半端で兵器の存在しか確認出来てなくて・・・・・・・。」 痛みが増したのだろう。急に声が途切れてラスティはずるずると壁に背中を預けながら蹲る。 カガリが周囲にいる将校を見やると、カガリの表情で察したのかソガがラスティに駆け寄り腕の応急手当を始めた。 「すまない・・・情報の確認が遅れて・・・。 オヤジ・・・宰相はジブリールを足止めしようとして失敗。オーブ軍の中に裏切り者が出た。 今、宰相は瓦礫の下だ。もう生きてはいないだろう。最期の言葉を受けて俺が来た。」 「最期・・・瓦礫の下・・・? どういうことだ!? パパはどうしたんだ!!! 嘘を吐くな。パパは死んでなんかいない! 死ぬわけ無い!!!」 「だったら何で宰相の指示通りにしなかった! ジブリールの言葉を信じて動いたお前のせいでオーブは攻撃されオヤジは瓦礫の下だ! 助けに行った執事達も諸共にな!!!」 ラスティの怒声にユウナは言葉を失う。 カガリはこれ以上ユウナからは有力な情報は得られないと察しこの部屋から出しシェルターに入れるように指示をした。 ユウナは当然の様に抵抗し放せと喚くが耳を貸すものなど誰もいない。 無理やり引き摺られていくユウナの背中が見えなくなったのを見届けるとカガリはラスティに駆け寄り話を再開する。 「ウナトは・・・?」 「それよりもオーブだ。ジブリールは月に上がろうとしている。 オヤジが必死に調べまわっている間に一部のオーブ軍人を篭絡したらしい。 オーブ内に奴の協力者がいる。とにかく月への道を塞いでくれ。 後はセイラン関係の施設の封鎖と確認を・・・。」 「わかった。」 マスドライバー『カグヤ』の封鎖は疾うに終わっている。 だが・・・裏切り者がいる中でジブリールの捜索は難しい。誰が裏切っているのかわからないからだ。 ラスティの言葉に国防本部の者達の表情は硬くなっている。 無理も無い。国を、仲間を裏切っている人間がいるなどと誰が信じたいものか。 それでも、やらなくてはオーブが守れない。 「全ての兵に通達! ジブリールを探し出せ。 各区域の守備に当たっている兵士達にはジブリールと共に行動している兵士達への注意を促せ。 発見次第本部へ通達。抵抗するようなら発砲しても構わん。 生死は問わない。必ずジブリールをオーブで捕らえるんだ!!」 「「「はっ!」」」 カガリが迷えばこの場にいる全ての者が迷う。 声は硬くとも判断は明確だった。 出来れば生け捕り、出来なくば遺体だけでも差し出せば今この時にも続いている攻撃は止められる。 後は部下達を信じて待つほか無い。 カガリは再びラスティに向き直り語り掛ける。 「ウナトの・・・本当の指示は?」 「俺は聞いていない。知っているのはあのアホ息子だけだろ。 他の首長達の行方は・・・。」 「未だ見つかってはいない。」 「・・・見つかって・・・いない?」 「報告は来ているが、奴ら全ての仕事をウナト達に投げ出して自分達はさっさとシェルターに避難していたそうだ。そのシェルターは最初の攻撃で地下から進行してきたMSに潰されたらしく瓦礫の山だ。だから・・・『見つかっていない』んだ。 今は時間が惜しいからそのままにしている。首長達の遺体では世界は納得しないからな。」 「そうか・・・。」 「ウナトは、一人でオーブを支えていたんだな。」 「・・・・・・一人じゃない。少なくとも、黒海で死んだトダカ一佐はオヤジを理解していたそうだ。 俺は傍を離れていたけど・・・信用してもらってたみたいだから全くの一人ってわけじゃない。」 アンタもそうだろ? そう言って見上げるラスティにカガリは頷く。 一緒に戦ってくれると言った仲間達がいる。 傍にはいなくても、彼らは今も共に戦っている。 けれどそれは戦場での話だ。この先・・・行政府でカガリは独りになる。 「・・・傍にいるしか出来ないけど、俺じゃ足りないか?」 「え?」 「もう少ししたら・・・世界中に散らばってる奴らが集まってくる。 サイって奴も今回ザフトの足止め食ってるけど・・・開放されたら直ぐにアンタの助けになるために戻ってくる。 それまでの気休めでしかないけど。」 突然のラスティの言葉にカガリは驚くばかり。 けれどそれはほんの数瞬の間のこと。言葉の意味を理解し、更に問うようにラスティを見つめる。 カガリの視線を受け、怪我をした左肩を庇いながら立ち上がりラスティは話始めた。 「この先の事を全く考えてなかったわけじゃない。 時間が惜しくてオヤジは信用できる人材の殆どを国外に出してレクイエムの調査をしていたから・・・こんな事になっちまったが。ちゃんとアンタが戻ってきた時の為に人材育成だってやってたんだ。 リストは俺が持ってる。実際にそいつ等を部下にするかどうかはアンタが決めれば良い。 けど、それまでの間は俺一人だ。しかもこの怪我だし大した力にはなれない。本当に気休めだ。それでも・・・・。」 いないよりは良い。 心の拠り所があるのとないのとでは大きな違いを生む。 振り返れば年老いた将校達が微笑んでいた。 政治の世界では彼らの力は頼りないかもしれない。けれどゼロではない。 勝手に一人だと思っていた自分が情けなかった。 「皆・・・ありがとう。」 出る言葉は一つだけ。もっと良い言葉があるのではと思いながらもカガリに言えたのはそれだけだった。 十分だとラスティが微笑むと皆も微笑みカガリを見つめる。 カガリは自分が力不足だと言うが、それは周囲の人間の方が感じていることだった。 オーブがまだ18歳の少女に国を支えるという役目を負わせているのは事実なのだ。 ウズミ達が生きていれば、以前のオーブであったなら彼女が成長するまで待つことは出来ただろう。 けれど世界は常に混迷を続けカガリの成長を待ってはくれなかった。 他に適任者がいたら・・・そう思う者も多かったが現実にはカガリしかいなかった。ウナトはそんなカガリのサポートをしていたが、以前からオーブの為に大西洋連邦との繋がりを深くしていたことがオーブの理念を排除したいと考える者達を引き寄せ彼女の願うようなサポートが出来なかった。そしてロゴスともパイプを持っていた事が仇となり今回の災厄を招いてしまったのだ。 それら全てが間違っていたとは言わない。 しかし結果が全ての評価になるのが政治の世界だ。 頑張ったけれど駄目でしたは国民相手に通用しない。言い訳にもならない。 《・・・世論を上手く導く事も政治の世界で必要だ。彼らの解釈で『言い訳が通じる』こともあるってこと、アンタは知らなきゃいけない。 俺は今からアンタから恨みを買う。》 此処に来るまでにラスティは心に決めていたはずだった。 だが、ウナトの最期の言葉が楔になり行動に移すことが出来ない。 「カガリ様! 先ほどシェルターに向かう途中、ユウナ様がっ!」 本部内に走りこんで来た兵士が真っ青になって叫ぶ。 撃墜されたMSの下敷きになったユウナ・ロマ・セイラン死亡の報告に全員が息を呑んだ。 本当にさっきまでこの場で生きていた人間が既にいない現実は状況の恐ろしさを際立たせる。 切迫した状況は追い討ちをかける様に情報という形で本部に飛び込み続けてくる。 カガリは入り始めた報告を聞く為、ラスティの傍を離れた。 その間にきちんとした怪我の治療をと医務室へと案内する兵士の肩を借り、カガリに背を向けながらラスティは声にならぬ謝罪をした。 《ごめん・・・・・な。》 握り締めるのは爆風の中も守り続けてきた携帯電話。一度も使わなかったがある人物の番号も入っている。 彼女が携帯を持っているのであれば連絡は取れるはずだ。 胸ポケットには小型パソコンもある。無事ならば直ぐに動かなくてはいけない。 ネットが完全に麻痺する前に。 * * * 目の前には敵艦ミネルバ。出来れば戦いたくない相手をモニター越しに睨みマリューは次の攻撃指示を叫んだ。 戦いたくないと思っているのは相手も同じだろう。 何度も撃ちあいながらも決着がついた試しがない。 前回の戦闘はアークエンジェルの負けとも取れるが、ミネルバの目的が撃沈であったことを踏まえると満身創痍ながらも逃げ出すことに成功したのだから痛み分けだ。 《だけど・・・今度は逃げ出すわけにはいかない!》 焦る気持ちを押さえ込もうと肘掛を握り締め、マリューは飛び込んでくる報告を頭の中で整理する。 アークエンジェルが成すべきことの一つがオーブを守ることだ。 世界の大きな流れがギルバートの謀略により作り上げられたものならば必ず目的が存在する。 マリュー達ははっきりとギルバートの目的を知ることは無いが、それが自分達の望む未来ではない事を肌で感じ取っていた。 今オーブが滅びれば流れを変えたいと願う自分達は淘汰されてしまう。 本当はどれが正しいのか、間違っているのかわからない。 ギルバートがこれだけ多くのことを成せたのは協力者がいるからだ。賛同者がいると言う事は、彼らにとってギルバートの目指す未来こそが正しいのだろう。 勝てば官軍という言葉は酷く嫌な響きを持つが、歴史においてその言葉こそが真実と言える。 その後の検証で認識が改められることもあるが、人間の歴史は勝った者が作り上げてきた。互いに自分の理想をぶつけ合い潰し合ってきた。 《そして今、私達は再び歴史の岐路に立っている。》 マリューが歴史の岐路に立っていると感じたのは二年前のオーブ侵攻戦の時。 あの時は再び同じ場所で歴史の岐路に立たされるとは夢にも思わなかった。 ただ必死に戦い前に進むことしか出来なかった。あの時と違うのは宇宙へ逃げたら終わりだと言う事だ。 《オーブが消えれば私達も終わる。 やっとカガリさんとラクスさん揃ったのに・・・オーブという舞台に二人が揃ったと言うのにここで負けるわけにはいかない!》 「ヘルダート、ってぇ―――っ!!!」 対空防御ミサイルが飛び交い弾幕が張られるが全ての攻撃を防ぎきれる訳ではない。 衝撃がアークエンジェルを襲い皆衝撃に体を揺らされながらも必死に状況把握に努める。 「艦長! 降下ポッドよりアンノウンMSです!!」 敵か味方か。今、対MS戦闘まで強いられればアークエンジェルは耐えられない。 《こちらに来なくても今のオーブはギリギリの攻防戦を強いられていると言うのに・・・。》 確実性は無いが遠方からの援護射撃は有効かとマリューが考えていると格納庫からの割り込み通信が入ってきた。 モニターに映るのはラクス。歌姫と讃えられる少女は厳しい表情を崩さず語りかけてきた。 【マリューさん、カガリさん。 降下ポッドのMSは敵ではありません。 彼らは私達にお味方下さる方達です。】 言われて注視すれば見慣れない三機のMSは見事な連携でザフトのMSを薙ぎ倒して行く。 光の渦が彼らを守るように渦巻いている事からクライン派が密かに開発していた機体なのだろう。 機体性能だけでなくパイロットの腕も一流。心強さにマリューが一息吐くと再び警戒音がブリッジに響き渡った。 「ミネルバよりミサイル来ます!」 ミリアリアの叫びにマリューは血が凍りつく想いだった。 アンノウンMSに気を取られ指示が遅れた。その隙をタリアは見逃さなかったのだ。 《来る!》 自動射撃による防衛も適わず、タイミングから弾幕は間に合わない。 マリューが覚悟して目を閉じた瞬間、小規模な衝撃がマリューの体を襲った。 驚いて再び目を開けた瞬間、一機の戦闘機が空を舞う姿がモニターに映る。続いてミネルバから立つ煙に誰が何をしたのか、ブリッジにいた全員が理解した。 彼らの予想を肯定するようにモニターの一つが画面を変える。 「貴方・・・。」 マリューは決意して分かれた。彼もこの状況で自分達を助けに来る理由が無い。 なのに、ここにいるはずの無い男がモニターの中で笑っていた。 《前にも・・・こんな風に彼は戻ってきた。》 記憶が無いのに何故以前と同じ選択をするのだろう。 自然と涙がこみ上げてくるマリューに微笑みながら男は・・・ネオは答えた。 【すまんな、余計なことして。 でも俺、あのミネルバって艦嫌いでね。】 言い訳だ。ただの子供じみた言い訳を盾に笑う男にマリューが答えられずにいると、ネオはウィンクしながら言葉を続ける。 【大丈夫、勝てるさ。 なんたって俺は、不可能を可能にする男だからな。】 瞬間、ブリッジに衝撃が走った。 ネオが記憶を失っているムゥ・ラ・フラガであることは全員が知っている。それ故に驚きを隠せない。 記憶を失う前と同じ台詞を口にするなんて ―――記憶は、その人を形作る情報の塊と評価するものもいる。 しかし、それを否定するかのようなネオの笑みにマリューは微かな希望を抱いた。 《もう一度・・・・・・貴方に会える?》 記憶を失ったムゥは自分の恋人だったムゥ・ラ・フラガではない。 そう自分に言い聞かせていたのに、ネオと名乗りながらムゥと同じ事を言う男の姿に嘗ての恋人が戻ってきた錯覚を抱いてしまう。 このまま永遠に記憶は戻らないかもしれない。やはり自分はネオ・ノアロークだとマリューの許から去って行くかもしれない。 それでも帰って来てくれたという事実がマリューを迷わせる。 「艦長!」 ノイマンの叫びにマリューは現実に引き戻された。 気づけば援護射撃を続けていたスカイグラスパーから煙が吹き出ている。 アラスカでの戦いが思い出された。所属も何もわからないスカイグラスパーが無理やりアークエンジェルに着艦しようと突っ込んで来た。あの時、何処の馬鹿かと叫んだことも懐かしい。 「整備班、緊急着艦用意! またどっかの馬鹿が突っ込んで来るわよ。退避して!!!」 瞬間、ブリッジに笑い声が生まれた。 戦場の厳しさは変わらないと言うのに、ミネルバは未だ健在だと言うのに、嬉しさが隠し切れない。 「スカイグラスパー収容後、潜航用意! ミネルバに一撃食らわせて水中からの攻撃に切り替えます。 私達の目的はミネルバ撃沈ではありません。オーブ防衛が最優先よ。皆いいわね!」 「「「はい!」」」 * * * 目の前に亡霊がいる。 シンはそう感じていた。 自分が倒したはずのフリーダムが再び現れ、アスランも新たな機体を手に入れ自分の前に立ちはだかる。 フリーダムに乗っているだろうキラはレイのレジェンドと切り結び何も語らないが、アスランはシンのビームブーメランを避けながら叫び続けいた。 【もう止めろシン! お前が、お前がオーブを討ってはいけない!!】 「ふざけるな! 裏切り者のくせに俺に指図するなぁっ!!!」 アスランは自分の大切な宝を奪った。 マユを失って心折れかけたシンを救ってくれたのはレイだった。 シンと共に妹を亡くしたルナマリアは戦争を無くす為に戦い続けると言った。 ギルバートの言う通りに戦えば戦争は無くなる。ステラの様な悲しい運命を押し付けられる子はいなくなる。 自分とマユの様に家族を失うことも無くなる。 答えは目の前にあるのにアスランは戦争を疎んじながら戦争を煽るロゴスに協力した。 《許すものか!》 対艦刀アロンダイトを抜き放ち一気にジャスティスの懐へ飛び込もうとするデスティニーに対し、アスランはビームブーメランで牽制しつつ下がりながら叫び続ける。 【自分が今、何を討とうとしているのか・・・お前は本当にわかっているのか!? 戦争を無くす。その為にロゴスを討つ。だからオーブを討つ。それが、本当にお前が望んだものなのか!?】 「ジブリールがいなくなれば戦争は無くなる! 答えは目の前にあるだろう!!?」 【目的がスライドされている事に気づけ! 聞かないから、自分が望むように動かないから、だからオーブを討つのか!? お前は本当は・・・何が欲しかったんだ!!!】 !? 《欲しかったものは・・・・・・。》 アスランの叫びに虚を突かれた。 家族を亡くして一人きりになったあの日。 抱きしめた温もりは他人のものだった。自分と同じ境遇のまだ2歳の女の子。 自分よりも弱く、儚い存在。 涙を浮かべながら眠る女の子・・・マユを抱きしめシンはこの子を手放したくないと願った。 その為に必要なのは力だった。 自分はまだ子供で、弱い。 だから力が欲しかった。 マユを守れる力が、手放さなくて済む力が、大切なものを守り通す力が! プラントに拘ったのはオーブにいたらマユとの本当の関係がバレて引き離されると思ったからであり、プラントでなくてはいけなかったわけじゃない。 ザフトという組織に入ったのもはっきりと示される力に自分の望むものを見出したからだ。 家族が死んだ日に空を舞っていたフリーダムの姿が目に焼きついて離れなかった。 圧倒的な力を持っていたあの機体は恐怖と怒りの対象でありながらその一方で憧れの対象でもあった。 《あの力が俺にもあれば。》 そう思ったのが最初。 その後も守りたい対象は増えていった。 友達・仲間、そして・・・ステラ。 インパルスでフリーダム・・・キラを倒した。 デスティニーでアスランを・・・マユを。 《あの時、言葉を聞く優しさを持っていたら・・・・・・。》 レイに否定された弱さが目の前にある。 手に取るか、それとも・・・。 迷うシンの耳にレイの声が飛び込んできた。 【死に損ないの裏切り者が何をノコノコと! 惑わされるなシン!!! 】 【オーブを討ってはダメだ! シン!! その怒りの、本当の理由も知らないまま戦ってはダメだっ!!!】 レイの言葉に対抗するようにアスランの言葉が通信機から響く。 二人の叫びは常に相反するものでシンを悩ませる。 「うるさい・・・うるさいうるさいうるさいっ!!!」 《確かなのは・・・アスランが裏切ったって事。 俺の守りたかった人を・・・マユを巻き込んだって事。 だから俺はっ!》 再びアロンダイトを構え直しデスティニーはジャスティスへと迫る。 反応速度に推進力が飛躍的に上がったデスティニーは牽制に放たれたビームを軽やかにかわし切る。 今度こそはと思った。 パイロットこそ完全に仕留め切れていなかったがシンは確かにフリーダムを戦闘不能に追い込んだ。 フリーダムにあっさりと敗れたアスランと違いシンは勝つことが出来たのだ。 だからジャスティスの前に飛び込んだ瞬間、勝てると確信した。 なのに・・・。 「なっ!?」 瞬間ジャスティスの姿が消えた。次の瞬間アロンダイトが舞う光景を見てシンは驚愕する。 右腕ごと空を飛ぶ己の武器を認識した瞬間、アスランが回転しながら自分の攻撃を避け腕をビームサーベルで切り飛ばしたのだと理解する。 《そんな馬鹿な!》 フリーダムを倒した時から感じていた優越感。それはグフに乗ったアスランを倒した時に確信に変わっていた。 自分はアスランを超えたのだと。 同等の力を持つMSならば負けるわけがないと思っていたのにアスランの技量はこの瞬間シンを上回っていた。 混乱しながら距離を取るシンをインパルスに乗ったルナマリアが援護するようにジャスティスへライフルを向ける。 遠方からの射撃に遂に最後のルナマリアが出撃したと知ったシン達の耳にミネルバからの緊急連絡が入った。 【ルナマリア! 今、島の裏側から出たシャトルを撃ち落して! ジブリールの逃亡機の可能性が高いわ!!!】 悲鳴じみたタリアの言葉に全員が凍りつく。 《《《ロード・ジブリール!》》》 * * * ジブリールはシャトルの窓から戦場を眺めながら焦っていた。 既にオーブ軍はジブリールと共に行動する裏切ったオーブ兵士がいると知っているらしく自分達を見つけると同時に銃を構える軍人に何度も出くわした。 最初に攻撃をかわし国防本部へ連絡される前に撃ってきた兵士を始末できたのは幸運と言えた。 その後も各ポイントにいる兵士を先手必勝で撃ち殺しセイラン家のシャトルが格納されている区画まで来るのは大変な苦労だった。 早くしなければオーブが制圧されてしまう。そうなったらジブリールは完全に終わりだ。 ウナトがジブリールの目を誤魔化す為に本当にシャトルを用意しているのは知っていた。 だからシャトルさえ飛び立ってしまえばと思っていたのに戦場は思った以上に混乱していた。 恐ろしいのはザフトだけでなくオーブ軍も同じ。シャトルが飛び出したことに気づいたムラサメとインパルスが追い縋ってシャトルにライフルを向ける姿に恐怖した。 一発でも当たれば命がない。 《私は死ぬわけにはいかない!》 ただ祈るだけのジブリールの声が聞こえたのか、星の瞬く空が迫ってきた。 ジブリールを迎えるように広がる広大な宇宙。 くくく・・・・・ 気づけば既に自分を狙うMSの姿は消えている。自分を取り巻く真空の世界に気づいた時、ジブリールは自然と込み上げる笑いを止められなかった。 ふははははっ!!! 「神は! 世界は私に生きろと言っているのだな!! 見ていろ愚か者どもめ。私を追い立てた事を後悔させてやるっ!!!」 睨むモニターに映るのはレクイエムがある地。 月のダイダロス基地へと目指しジブリールを乗せたシャトルは進んでいた。 続く 本当はもっと長い予定でしたが流石に長すぎるので切りました。 辛かったよこの話は・・・戦闘シーンには困りました。 2008.7.13 SOSOGU (2008.10.19 UP) |
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